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江戸幕府攘夷成功の可能性

1 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 04:30:56 ID:???
もし江戸幕府が開国しないで攘夷政策を取っていたら欧米諸国の侵攻を撃退出来たであろうか?

2 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 04:34:21 ID:???
これは軍事より歴史か政治の話題になりそうな気がするが。

結論から言うと無理だろ。

3 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 04:48:02 ID:???
薩英戦争も下関戦争も死傷者は欧米軍の方が多かったから本気で戦えば撃退出来たんじゃない

4 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 05:19:38 ID:???
>>3
たしか隣の半島が良い例だね。
アメリカの攻撃を撃退したが、それで「我々は強いホルホル」となり近代化の機会を失い、あとは皆さんの知る様な結果に……

5 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 11:22:28 ID:2D0CVCBV
>>>4
いやあれは実は戦闘は朝鮮軍の大敗(戦死者は朝鮮350、米軍3)で
いつまで経っても開国要求のまないから米軍が勝手に引き揚げただけだったらしいぞ

6 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 11:26:17 ID:???
開国要求を突っぱねるのが目的だったんだから、戦略的には勝ったと言えるニダ。

7 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 12:27:58 ID:Srg0WwUl
つ「敬天布武」

ぶっちゃけロシアを味方にすれば勝算あり

8 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 16:00:18 ID:???
しかしまあ性能が低いとはいえ銃や大砲を持ち
肩が触れれば刀で切りかかってきて
不祥事起こせば腹をナイフで切り裂く
戦いにかけては統率が取れた土人が
ワラワラと沸いて出てくる国を全面戦争で屈服させて
直接支配しようとまでは思うまい

9 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 17:36:47 ID:Y1AUMzgp
白兵戦ならほぼ間違いなく日本が勝ってたな
日本刀と銃剣じゃ断然日本刀の方が有利。

10 : :2007/08/19(日) 17:41:53 ID:???
でも機関銃が登場し始めるあたりで不利になっていく。
史実の日露戦争くらいの時には、かなり領土が侵食されるだらう。


11 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 20:29:57 ID:???
最期はロシアかアメリカの植民地にされた後、第一次大戦でロシア帝国軍の一員、あるいはアメリカ軍の一員で日本人が参戦、しかしドローで。
ワシントン条約でアメリカ、イギリス、ドイツ、の三大海軍時代の開始。

12 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 20:33:28 ID:???
大体当時オスマントルコ帝国は日本より近代化した列強の一員だが、それでもロシアを撃退出来なかった。
オスマントルコ帝国以下の土人ジャップが生き残れるとは思えない。

13 :名無し三等兵:2007/08/19(日) 20:39:06 ID:???
いや、陸続きじゃないって
地理的要因は大きいぞ。

まぁ海からバカスカ打たれまくって
心折れると思うが。

14 :名無し三等兵:2007/08/22(水) 15:48:19 ID:n/OcUfTn
江戸幕府の攘夷は、対西洋向けではなく李氏朝鮮向けなら成功しただろうし
幕閣はかなり真剣に検討してますね。

勝海舟は、幕府海軍は東洋最大級になったのでこれを利用し
さらに民間の船を入れれば90隻近く保有している計算になるので
これも動員し征韓論を老中、将軍に上げている。

老中、板倉勝静は、同じく征韓計画を策定している。
ただしこの計画は、幕府が長州征伐やりさらに薩摩藩を叩き
徳川慶喜による廃藩置県を実行し郡県制をしいた後の話として
出てくる。

いずれにせよ幕府は、李氏朝鮮への攻撃計画を策定している。
明治維新政府の専売特許ではないよ、征韓論は。

幕府の方が先に征韓論を具体的に研究している。むしろ明治の帝国主義は
幕府の原案があればこそと言える。


15 :名無し三等兵:2007/08/22(水) 16:06:56 ID:???
朝鮮進出したら清帝国と衝突だな、史実みたいに日清戦争の賭を避けたい場合、清帝国とどう交渉するんだ。
清帝国と同盟結んでロシア帝国の南下を押さえるのが理想的だが、清帝国が陸軍で、海軍は清と日本の連合海軍でロシア帝国極東艦隊を押さえる。定遠、鎮遠、以下の清帝国北洋水師が味方なら心強いがな、西太后説得に手間が掛かるが。

16 :名無し三等兵:2007/08/22(水) 22:48:40 ID:???
幕府海軍が東洋最大?誇大報告だな、清帝国を無視するか、オスマントルコ帝国は西洋か?。

17 :名無し三等兵:2007/08/23(木) 08:42:39 ID:???
スエズが完成するか、しないかって当時の状況じゃ
トルコは欧州って考えでも間違いじゃないが。

18 :名無し三等兵:2007/08/24(金) 02:02:13 ID:31tDXhuy
徳川慶喜の軍制改革は、対薩長ではなく、
外国向けであると聞いたことがある。

ある程度徳川幕府は、外征を考えていたのではないか?


19 :名無し三等兵:2007/08/24(金) 02:03:34 ID:???
>ある程度徳川幕府は、外征を考えていたのではないか?

・・・

20 :名無し三等兵:2007/08/24(金) 07:07:24 ID:???
清帝国の水軍はどれくらいかな。

21 :名無し三等兵:2007/08/24(金) 07:18:40 ID:???
私の言う郡県制は、アメリカ合衆国に、ならったものです。

藩を廃止して、県と郡に分け、
初代の大統領には徳川家の当主がなる。

22 :名無し三等兵:2007/08/25(土) 15:27:03 ID:ZWjX/DQ4
↑フランスじゃね?

将軍という称呼は止めて“大君”に徳川慶喜が就くはずだった。
西周が草案作ったはず。

この“大君制新国家構想”だと、軍権が全て大君に握られるし
議会制度も入れられているけどあんまり力ないね。
いずれにせよ徳川家の主導権は無くならない。
薩長は潰すつもりだったんだろう。

大政奉還直後にも陸軍奉行兼老中の松平乗かたが全国の譜代・外様大名の
領土を削りそれを元に西洋式陸軍・海軍を作る構想を出している。

いずれにせよ大名の石高は削られるわけだ。

23 :名無し三等兵:2007/08/25(土) 15:34:18 ID:???
>>16
たしか一時的に、清の海軍をも上回っていたと思う。
この場合の東洋ってのは、インド以東をさすんじゃないのか?

いずれにしろ、あの戦力で侵攻作戦というのは、基地外沙汰だが。

24 :名無し三等兵:2007/08/26(日) 02:31:51 ID:bSJB65dm
>>18
この慶喜による軍制改革は、対薩長でもあるし、対西洋列強防衛でもある。
後者を大義名分にした軍制改革だから朝廷にはそういう言い方をしたのでは?
孝明天皇は攘夷論者だしね。水戸藩にも攘夷論者大勢居る。

勝海舟が征韓論を唱えた時期は、海軍の訓練所の責任者だったはず、
かなり本気なのでは?時期は何時と考えていたのかは不明ですが。

何人かも老中も征韓論者だったはず、板倉・松平なんかはのアイデアは
本当みたいですね。清との戦争まで考えていたのか判りませんが、
ただ幕閣はもうアヘン戦争で清が英国に負けたことは知っていました
し清朝の弱体化は認識してようです。

また、
大政奉還から王政復古のクーデターまでは、幕府の主導権はありましたから
朝廷主催の諸侯会議で土佐藩・越前藩・尾張藩の根回しで徳川主導の新政権
を認めさせ、徳川の400万石の天領は手を付けずに諸大名の領土は削るか
もしくはこの時点で廃藩置県みたいのをやるつもりだったようです。
王政復古までは関白は二条家で徳川シンパだし中川宮も居ましたから
朝廷は幕府が操縦してました。

関白に徳川慶喜が就任する動きもあったようです。400万石の天領と
12隻の幕府海軍、3万人近い近代化された幕府陸軍を持ったまま関白
に就任すれば明治天皇は幼少なのですから天皇の名前で長州・薩摩征伐も
征韓論もなんでも出来るでしょう。

まあ〜薩摩と長州はそんな事認めるわけないからいずれにせよ戦争ですけどね。
薩長が慶喜や親幕府派の公卿を朝廷から排除したのはこの動きを阻止したかった
のでしょう。王政復古後の小御所での初会議では土佐藩主と岩倉が大喧嘩してます。


25 :名無し三等兵:2007/08/26(日) 02:33:05 ID:bSJB65dm
続き

いずれにせ慶喜は第3次長州征伐や第1次薩摩征伐はやるつもりだった。
アメリカから幕府は鉄鋼船を買い入れています。
ストーンウォール号でしたっけ、これが幕府艦隊に入れば相当な戦力に
なるでしょうね。鹿児島湾に突入して鹿児島城を艦砲射撃できるし
萩城に対しても同じく出来たでしょう。

徳川による帝国主義・植民地主義もありえたと思いますね。
案外、明治維新政府よりも早く達成できたかも、
軍備が整い戦争に勝てば関税自主権も領事裁判権も早く返還してもらえます。

ヨーロッパでは最大の封建領主がそのまま近代国家の主権者になっています。
フランスのブルボン家やドイツのプロイセン王国(ホーエンツォレルン家)
などみてもそうです。


26 :名無し三等兵:2007/08/26(日) 02:56:42 ID:???
薩摩・長州の二藩に苦戦してる時点で論外にも程があるような。
鹿児島県・山口県相手に勝てない政府とか有り得ん・・


27 :名無し三等兵:2007/08/26(日) 09:01:31 ID:2eWvQ5vM
幕府・朝廷・諸大名が一体となって攘夷を実行すれば、成功した可能性は
あると思う。海軍力で圧倒されても、陸軍力は海上輸送力の関係で、せいぜい
沿岸部を一時的に占拠される程度だと思う。南北戦争以前ならば小銃の
性能も圧倒的な程度の格差はないと思うし。
薩英戦争のように引き分けに終わって、徳川政権下で日本の近代化が図られる
のでは?

28 :名無し三等兵:2007/08/26(日) 09:32:52 ID:???
その場合、最後にロシアに日露戦争で負けて、ロシア領ヤポニスタンで江戸、大坂にロシア総督駐留の最後だろう

29 :名無し三等兵:2007/08/26(日) 09:35:32 ID:???
ちなみに満州はロシア領マンチュリスタン、朝鮮はロシア領コリアスタン、琉球、台湾はアメリカかイギリス領と想定出来る。

30 :名無し三等兵:2007/08/26(日) 09:36:15 ID:???
イスラムが東アジアまで勢力を伸ばすのか

31 :名無し三等兵:2007/08/26(日) 10:03:46 ID:???
違うロシア帝国が日本、満州、朝鮮を手にいれるんだ。

32 :名無し三等兵:2007/08/26(日) 10:45:27 ID:???
スタンってペルシャ語じゃねえかよ

33 :名無し三等兵:2007/08/26(日) 11:06:09 ID:???
わろ

34 :名無し三等兵:2007/08/27(月) 15:17:41 ID:ACfJiUMO
天皇=教皇、将軍=皇帝みたいな関係か

35 :名無し三等兵:2007/08/27(月) 17:32:02 ID:FqICSRGj
海上や海岸線なら負けるけど、内地に引き付ければ勝てるといったところか。
日本の国土を制圧すんのは無理だと思う。

36 :名無し三等兵:2007/08/27(月) 18:29:29 ID:???
攘夷は亡国、そんな事をしたら、イギリス、フランス、ロシア、アメリカ、を怒らせて、日本滅亡、植民地化だろうが。
大体当時の日本には清帝国みたいな国土、人口、冨やオスマントルコ帝国みたいな近代化した軍隊も無いのにな。

37 :名無し三等兵:2007/08/27(月) 21:27:16 ID:???
なんかあったら腹を切るという特殊性で宗主国側が嫌がると思う

38 :名無し三等兵:2007/08/28(火) 00:13:28 ID:???
艦砲射撃で日本の主要都市が灰になるっつーの>>攘夷
焦土と化した無人の荒野への上陸なんて余裕だし。

本気で陸軍と艦隊送られれば防御の薄いとこを自由自在に砲撃・占領されて
清以上に酷い惨敗を喫するよ。


39 :名無し三等兵:2007/08/28(火) 00:18:01 ID:???
流石に当時の火力でそこまでは出来まい

40 :名無し三等兵:2007/08/28(火) 00:58:45 ID:H7vV4wv6
二条斉敬と中川宮朝彦親王が老中板倉勝静と相談しながら徳川慶喜を
摂政に就任させようとしていたみたいですね。
この頃の五摂家もこれに納得していたようで特に反対はなし。

>>26
この第2次長州征伐での敗退は、幕府軍の敗退というよりは
譜代大名の軍勢の旧式化が露見してますね。
幕府直属部隊は、あまり動いていない様子、最後に慶喜が“大打ち込み”
と称し6000人の軍勢で長州に攻め込む作戦があったんですが、
14代将軍家茂が死亡したし北九州の戦線が崩壊したしという事で慶喜は
“大打ち込み”を止めてしまいます。
これをヤリ少しでも長州に打撃を与えていれば後々有利だったのに。

これを見て慶喜は将軍任官直後から“慶応の軍制改革”を始めます。
富国強兵や殖産興業はここから始まったという人も居るぐらいの
大改革で幕府陸軍3万人はほぼ洋式化された新軍隊になります。
横須賀で鉄鋼所や造船所が作られ新橋・横浜間の鉄道もしかれる事となり
兵器の国産化も視野に入れた計画だという事がわかります。

したがって長州征伐の頃の幕府軍と鳥羽伏見の頃の幕府軍はまったく違います。
後者の軍隊を率いていた人物がキチンと作戦を立てていれば戊辰戦争に
負ける事はなかったと言われています。幕府は鳥羽伏見で薩摩長州相手に
戦争する心算はなかったようです。
慶喜もまさか鳥羽伏見の戦いに負けるとは思っても見なかったでしょう。

いずれこの軍隊は征韓に使う心算だったのかもしれません。


41 :名無し三等兵:2007/08/28(火) 04:32:40 ID:izaYPF0h
>>38
都市が灰になっても、農業立国だし、現代ほど都市化が進んでいないので、近代国家で都市が灰燼に帰するほどのダメージは無いのでは?

42 :名無し三等兵:2007/08/28(火) 05:21:08 ID:???
>>40
慶喜の改革や幕府の征韓論についてのソースを教えてくれたら嬉しい。

確かに、維新政府が幕府の方針を引き継ぐ、というのは十分ありえる話
だと思うんだが、初めて聞く説なので興味がある。


43 :名無し三等兵:2007/08/28(火) 17:28:31 ID:LNvpPbmV
>>42
慶喜の改革については、wikiの小栗忠順のページにも書いてある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%A0%97%E5%BF%A0%E9%A0%86
       ↓
1867年(慶応3年)、陸軍奉行になった小栗は海軍だけではなく、陸軍の力
を増すためにフランス師軍事顧問団の指導を受けさせ、洋式による陸軍を
日本に広めた。事業や軍隊強化など多くを成功した小栗だが、その結果死期
を早めたという説もある。

大隈重信は後年「明治政府の近代化政策は、小栗忠順の模倣にすぎない」
と発言。幕府とは違う、新しい政治体制を強調していた明治政府にとって、
小栗は政府の存在自体を否定する人物だった。

★明治の元勲たちは小栗の事隠したいわけだ、連中のような芋侍は、
 大した情報もプランも無いだろうし、幕臣は後に閣僚にもなってる。

 明治維新、特に富国強兵と殖産興業は小栗の原案を大久保たちがなぞった形跡。
 
 日清戦争の開始時の清と朝鮮の大使は幕臣の大鳥圭介だな、偶然かな?
 

44 :名無し三等兵:2007/08/28(火) 21:09:34 ID:/OJKLYNe
中央公論  日本の名著 32

勝海舟  海舟の貿易立国論   嘉永六年・1853年

海舟の貿易立国論であり貿易による富国強兵論である。しかも海舟の脳裡に
は、このときすでに日清露を打って一丸とする地域経済圏の構想がおぼろげ
に浮かび上がっている。
嘉永六年夏、黒船来航後わずか一ヶ月という時期に、若干三十一歳の蘭学者
勝麟太郎がこれだけ透徹し見通しを立てられたということは、文字通り驚異
というほかない。

小野浜海軍営所碑  元治元年甲子(1864)

文久の初め攘夷の論はなはだ盛んにして、摂海守衛の説、また囂囂たり。
予建議して曰く、よろしくその規模を大にし、海軍を皇張し、営所を兵庫、
対馬に設け、その一を朝鮮に置き、終に支那に及ぼし、三国合従連衡して
西洋諸国に抗すべし、と。


45 :名無し三等兵:2007/08/29(水) 00:29:52 ID:gUEv0sO4
そもそも外国と通商しないで、どうやって外国の軍隊と対抗できるんだ?

火縄銃ではミエミー銃には勝てないよ

46 :名無し三等兵:2007/08/29(水) 00:32:13 ID:???
ミエミー銃 に一致するページは見つかりませんでした。

検索のヒント:
キーワードに誤字・脱字がないか確認します。
別のキーワードを試してみます。
もっと一般的なキーワードに変えてみます。

47 :名無し三等兵:2007/08/29(水) 00:41:56 ID:gUEv0sO4
ミニエー銃と言うべきではあったな

開国しない場合、鎧兜と火縄銃で近代軍隊との対決になるわけで
そりゃ無理だよなぁ

打ち払い政策だった長州が秒殺で敗北したのがいい例

48 :名無し三等兵:2007/08/29(水) 01:20:47 ID:FK9NnlfU
開国はしないとだめでしょうね。
慶喜も小栗も勝も開国には賛成してます。

ただし幕府の老中は当初は武器や軍艦を購入し後には武器の国産化を
図るつもりのようでした。
小栗はその為に横須賀に製鉄所と造船所を造ったという事。

いずれは元込め式の銃も国産化するつもりだったのでしょう。

戊辰戦争の頃の幕府陸軍は、相当数が元込めの銃に代わっていたのではないでしょうか?


49 :名無し三等兵:2007/08/29(水) 07:50:14 ID:???
開国は必要だ、しかし史実では日本が近代化するには資源、農業の近代化困難、資本の不足、鎖国による外交知識の欠如、ハンデを埋めるのは史実同様不可能に近いぞ。
ポールケネディ氏が大国の興亡で指摘してた。

50 :名無し三等兵:2007/08/29(水) 08:59:43 ID:???
>>49
江戸末期の経済状態ならそれほど物資に苦労しない
苦労しだすのは日清戦争終了後、対露軍備増強を開始してから

51 :名無し三等兵:2007/08/29(水) 11:21:35 ID:???
清帝国と同盟できればな、清帝国陸軍でロシア帝国を押さえて、定遠、鎮遠以下の北洋水軍が味方なら心強いがな。

52 :名無し三等兵:2007/08/29(水) 12:33:58 ID:???
>>48
確か歩兵隊は元込め式だったお

53 :名無し三等兵:2007/08/31(金) 09:02:31 ID:7Y6uAg5t
家茂と慶喜の関係は最悪、家茂は毒殺の可能性あり、
家茂は幕府独裁維持だけど、慶喜は朝幕二元体制解消派。

慶喜は幕府はどうでもいいけど、徳川宗家は残そうという考えかな〜〜

54 :名無し三等兵:2007/08/31(金) 20:33:25 ID:???
開国なんてしなければ太平洋戦争をすることはなかった。

55 :名無し三等兵:2007/08/31(金) 21:37:16 ID:DPlErPkN
徳川政権が存続したとしても、近代化は進むだろうけど。武士階級の
扱いはどうなるのかな?
武士階級の存続と近代軍の建設は両立できるだろうか?

56 :名無し三等兵:2007/08/31(金) 21:40:40 ID:???
>>55
時期に解放運動が起きて、オシマイ。

57 :名無し三等兵:2007/08/31(金) 22:40:16 ID:???
http://koware.hp.infoseek.co.jp/jyu-goya/comic/joui.htm
この本読めば一発だ
夷荻討つべし

58 :名無し三等兵:2007/09/01(土) 00:09:47 ID:???
攘夷を強行して今頃まで延々とゲリラ戦をやってれば
今頃、俺は米兵キラーで英雄になってただろうに・・・

59 :名無し三等兵:2007/09/07(金) 12:31:07 ID:???
改造コードを弄って日本の地下に超古代文明の遺産とかを埋めて、
幕府の要人の能力をエディタで弄ったら攘夷は可能

60 :名無し三等兵:2007/09/07(金) 14:02:55 ID:???
ろくな製鉄設備も無いのにどうやって自給自足するんだよ

61 :名無し三等兵:2007/09/07(金) 17:48:57 ID:???
鎖国継続で良いんじゃない

62 :名無し三等兵:2007/09/08(土) 02:26:34 ID:vCctAOAp
186X年9月、長崎を完全に制圧した4カ国艦隊は、次なる目標の大坂を
目指して20隻の大艦隊を出発させた。
4カ国艦隊が取りうるルートは玄界灘ルートと大隈海峡ルートの2つが
あったが、後者は九州の太守・薩摩藩の激しい抵抗が予想されるのと遠回り
になるため、玄海灘から馬関海峡を抜け、瀬戸内海に入るルートが選択
された。

日本軍は馬関海峡で決戦を挑んだ。海峡両岸の長州・小倉には幕府・諸藩
の部隊が増援にかけつけ、さらに幕府艦隊も海峡封鎖に乗り出した。
両岸の日本軍砲台・海峡出口の日本艦隊が狭い海峡を縦陣で侵入してくる
連合軍艦隊に十字砲火を浴びせる。日本軍の砲台が下関か小倉のどちらか
にしかなかったならば、性能に劣る日本軍の砲弾は連合軍艦隊に達しな
かったであろう。しかし、両岸に砲台を構築したことで、短射程の不利を
カバーし、砲撃精度もあがったのである。

つづく



63 :名無し三等兵:2007/09/08(土) 02:31:07 ID:???
江戸湾方面に何隻か陽動されると、それだけで負ける気がする。

64 :名無し三等兵:2007/09/08(土) 05:20:19 ID:c7Xx8jk7
攘夷は無理だって、家茂や慶喜は判り切ってる。
ただし、領事裁判権や関税自主権は取り戻したい。

それと武器の国産化は目指してる。一応攘夷用(実際は薩長に対抗する為)
という事になっているし、横須賀に製鉄所と造船所を勘定奉行の小栗忠順が
造ってます。軍艦や大砲、鉄砲(元込め式)、弾薬は国産化したいんでしょね。
そうしないと攘夷は無理。攘夷の為の開国なのですよ。

幕府の方針としては、攘夷を成功させる為の開国。ようするに・・・
日本の近代化つまり富国強兵する為に技術導入や人材育成の為の開国なので
あり別に外人かぶれになった訳ではない。
ただし明治の元勲の1人“井上馨”は白人との人種交配計画を考えていたらしい。

徳川幕府と明治維新政府を比べるとどちらかといえば幕府の方が鎖国的
実際に貿易が盛んになっている横浜港を幕末に閉港している。
ま〜それ以上の事はしてないけどね。

65 :名無し三等兵:2007/09/08(土) 06:47:18 ID:???
難しいな、幕末だと外交知識の欠如、国内は山がちで資源も無くて、小規模土地所有で、農業の近代化が絶望的、国内資本も不足、近代化には欧米の外国資本や借款、借金が必要、史実明治政府も資本不足などハンデに苦しんだ。
井上馨の計画で欧米人を日本に移民させたり欧米の移民と共に外国資本を帝政ロシアみたいにバンバン入れないと、ハンデを埋めるのは史実同様困難だよ。
日本人だけでは絶望的。

66 :名無し三等兵:2007/09/15(土) 04:19:36 ID:w8OT7jrY
>>55
武家階級つまり士族は、いずれ徳川慶喜が廃止しただろう。
明治天皇がやったみたいに。

長州征伐が成功していれば、次は薩摩征伐でその後は“徳川幕府による廃藩置県”
ですね。慶喜や小栗は諸藩をつぶして郡県制を引くというアイデアがありました。
モデルはフランス第二帝政のナポレオン3世です。

富国強兵も小栗が実践中、横須賀で製鉄所や造船所を造っています。

フランス人軍人教官の献策で都市部の人間を幕府の歩兵部隊に雇うのは
止めるような決定もされています。
あまり言う事も聞かず体力に乏しいとの理由からのようです。
いずれは田舎の農民を徴兵するつもりのようでした。
それを実践する以前に幕府は潰れましたが。


67 :名無し三等兵:2007/09/15(土) 13:49:20 ID:???
それなりの装備があった長州や
一応善戦した薩摩でも結果的に負けているから
攘夷は不可能だろうなぁ。

68 :名無し三等兵:2007/09/17(月) 21:35:37 ID:???
運良く一度は跳ね返したとしても直後に違う国がせめて来るだろうな

69 :名無し三等兵:2007/09/24(月) 04:20:10 ID:???
言ったら悪いんだがたぶん江戸幕府はフランス王朝未満の愚劣の権化だと思う。
鎖国で外国を無かった事にした後は農民からしゃぶり尽くしてもうやり放題。

こう書くと都市部は先進的で素晴らしいし欧州みたいに戦争して無いから至高って抜かすタコが出てくるのがイヤン
てか何もかも忘れて停滞するのが素晴らしいと思うなら国なんか必要ない

70 :名無し三等兵:2007/09/24(月) 19:45:06 ID:???
いや、その考えはおかしい。
戦争を無くしたから停滞しているだけであって
別に進化を諦めたから戦争が無くなった訳じゃない。

71 :名無し三等兵:2007/09/24(月) 20:46:50 ID:???
農民をしゃぶりつくすというのも史実と違う。
江戸時代前期の農民はかなり自由に農地を手に入れられたし、気に入らないことがあれば逃げるのも自由。
江戸時代中後期の農民は土地に土着した分強い。
定免制の導入時や更新時には交渉して妥結しなければ一揆や越訴。
領主は毎年赤字なのに農民側に十分な蓄積が残るように闘争してる。

それに幕府は管理貿易を通じて外国情報を把握し、列強の隙を突いて先に米国と比較優位な条件で条約を結び
それを雛形にして他国との交渉を優位に運んだり、武力に劣る中で全力で交渉に当たってる。
国家としての成熟度は極めて高かったよ。

72 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 00:17:45 ID:8uumZWs8
鎖国・島国っていうけれど、幕末の日本の外交って、なかなか立派な
もんな気がする。

73 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 01:20:37 ID:???
>>71
>それに幕府は管理貿易を通じて外国情報を把握し、列強の隙を突いて先に米国と比較優位な条件で条約を結び
>それを雛形にして他国との交渉を優位に運んだり、武力に劣る中で全力で交渉に当たってる。
誰も欧州に行った奴が居ないのに酷い知ったかしてるのが素晴らしいとでも?
蘭学者も薄々オランダなどおそらく今は弱小国だし何か言動も胡散臭いと看破していたのだが


74 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 01:24:08 ID:???
>>72黒船来航で今までの閉塞感が全部噴出して幕府の破滅が確定したがな
停滞したまま二世紀も過ぎてしまった実に下らん時代

75 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 06:36:18 ID:mhmLyUdr
>>74
下らん時代を2世紀も過ごした国民が、その後数十年で列強入りするのだが
制度の改革だけで出来る事ではないと思う

たしかに何かが蓄積されていた

76 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 06:53:24 ID:???
>>68
李氏朝鮮なんて正にそれ。
日露以降の日本も、結局は軍国主義に走って自滅したからね。

77 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 06:59:46 ID:???
>>75実に下らん時代としか言えない。だってヨーロッパやアメリカやロシアを見た人間が
元遭難者しか居ないのに外国情報を全部把握したとか支離滅裂で酷いギャグ言ってるんだもの

蓄積つったら二世紀の間に民族統合前のドイツ状態だった多様性が撲滅されたぐらいか。
幕末の頃には会津や長州や薩摩や土佐ぐらいしか残ってねェのがバロス

78 : ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:2007/09/25(火) 07:55:34 ID:???
     / i   / i
    /,_ ┴─/ ヽ
  (゜\iii'/゜ノ,!||!ヽ
 /V,,ニ..,ニ、、u ノ(\
 \ヽY~ω~yi ./⌒/
  . | |⌒/⌒:} r く
 / ! k.;:,!:;:;rj ,!  .\
   <ニニニ'.ノ

79 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 08:46:00 ID:W0E+wHgm
>>72
ことごとく不平等条約結ばされてるじゃねえか

80 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 10:09:59 ID:???
まあ江戸幕府は帝政ロシアはおろか、オスマントルコ帝国より後進国、農民は帝政ロシアの農奴や南部連合の奴隷以下。

81 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 10:28:02 ID:???
>>80アメリカ独立戦争もフランス革命もイギリス産業革命も
南北戦争も全部ガン無視だからな。

見た奴が居ないのに外国情報を全部把握したってなんじゃらほい

82 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 10:59:13 ID:???
>>79
国力に大きな差がある場合は、現代社会においても不平等条約は結ばれてますよ?

83 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 11:31:47 ID:???
江戸当時200年くらい平和で、江戸以降ほかの国に比べて一番ひどい目にあっているわけではないということで
鎖国はそれほど悪い政策じゃなかったと思うなあ。まあ発展の芽を摘んだ部分もあるとは思うけど、
振幅の少ない国であることはことさら悪いとも思いません。

84 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 12:56:59 ID:???
>>83なら何で戊辰戦争が起きたんだよカバ
蒸気機関車が線路動き回ってた時代にあんなんだぞ。

薩長同盟はカスで国賊とでも抜かしたいようだなホント

85 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 14:36:59 ID:???
>>84
薩長同盟はあれはあれでうまく国政を掌握したと思うけれども。
17世紀から19世紀初頭くらいまでのスパンで考えたとき、いわゆる鎖国が「悪くなかった」というのと
いずれ何らかの体制変革が必要であったというのは矛盾しない。
しかも、戊辰戦争くらいで住んだのは他国に比べて幸いじゃない。
英仏、ブルボン家・ハプスブルク家の対立でぐだぐだの欧州とか、
太平天国が出来ちゃった清に比べれば全然まし。

鉄道敷設も後々急速に進んでるやないですか

86 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 18:23:57 ID:???
>>85何言ってんだカバ。開国した途端に反幕運動真っ盛りになって国中炎上した歴史も虫かよ
スパンスパンで悪くない悪くない言うならペリー来航の腐れ対応はなんなので

87 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 18:39:56 ID:???
>開国した途端に反幕運動真っ盛りになって国中炎上した歴史も虫かよ

でも中学までの歴史教科書だと、ほとんど維新の経過は無視もいいとこだよな。
ペリー襲来、大政奉還のあと、即東京遷都、明治政府成立だからな。
関が原なんて東西両軍についた大名だとか寝返り大名まで地図の一覧で
解説してくれてるってのに。

88 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 19:51:57 ID:???
>>87まぁサヨ主観では江戸時代は至高と言う事にしておきたいらしいからな

薩長土佐会津が言ってた攘夷から開国の方針変更も欧米列強に日本民族が根絶
させられる恐怖の必然でやってただけなのに

89 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 19:58:35 ID:???
鎖国したまま続いていれば、それはそれで平和だっただろう。
石原莞爾も言っていたが、日本が外国へ行かざるを得ないようになったのは
やっぱ日本が開国したからだからな。

外国がちょっかい出さなければ世界にとって日本は毒にも薬にもならぬ、
本当に平和な存在になっていただろうよ。

ま、時代がそれを許さなかっただけだ。

90 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 20:09:39 ID:???
>>89平和でも工業化の萌芽すらない前文明じゃなぁ

91 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 20:14:08 ID:???
ま〜、攘夷が成功する可能性はほぼ皆無だな。
詭弁のガイドラインを使って良いなら海に
鯨が棲んでなければ後50年は江戸時代が続いていたかもな。

今から考えると、自力で先進国に追いつける
ギリギリのタイミングで明治維新って起きたんだよなぁ。
あれ以上遅かったら、自力では絶対追いつけなかったかもシレン。

92 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 20:29:09 ID:???
>鯨が棲んでなければ後50年は江戸時代が続いていたかもな。

露西亜領日本になってます。

93 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 22:15:12 ID:Esv81E/F
火の元の古き神々にお願いして出動してもらえば攘夷達成。

黒船強しといえども、大魔神やダイダラボッチや八岐大蛇の敵ではない。

94 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 23:17:16 ID:EbIuYbgs
鎖国しなきゃ基督教に乗っ取られてるつーの

95 :名無し三等兵:2007/09/25(火) 23:30:01 ID:???
>>94
開国後も乗っ取られてないじゃん

96 :名無し三等兵:2007/09/26(水) 01:32:06 ID:???
布教→乗っ取りコンボ全盛期と時代が違うじゃん

97 :名無し三等兵:2007/09/26(水) 09:20:07 ID:???
>>86
国中炎上ってあんなん世界史的に見れば可愛いもんじゃないですか。

98 :名無し三等兵:2007/09/26(水) 12:52:03 ID:???
>>97お前は北米やフランス革命軍の戦いを世界に戦乱をもたらしただけの悪行だと抜かすか
リンカーンやワシントンが聞いたら泣くほど民度が低いなホント。背景を何も考えずに脊髄反射orz

99 :名無し三等兵:2007/09/26(水) 13:47:38 ID:???
>>98
orz
フランス革命全体に比すべきはこの場合広い意味での「明治維新」でしょ。
「国中炎上」という意味で考えるなら対置すべきは例えばヴァンデ戦争なんかじゃないかなあ。

100 :名無し三等兵:2007/09/26(水) 13:51:11 ID:???
話し合いだけで一つの国が纏まった事例があるのか?
多かれ少なかれ、争いは起きただろう。

101 :名無し三等兵:2007/09/26(水) 13:53:49 ID:???
宮廷革命としての「明治維新」はうまくいったほうだと思う

102 :名無し三等兵:2007/09/26(水) 14:05:20 ID:???
小栗好きのオレとしては小栗をしょうもない理由で切ったことは許せんけど
明治維新自体は混乱をほぼ最小限に押さえたから評価できるかな

103 :名無し三等兵:2007/09/26(水) 18:44:10 ID:???
慶喜が逃げたのが混乱を最小限に抑えた主因。
まあその功労で公爵貰ってるので報われてるなw

幕府側が本気で抵抗する気なら熾烈な戦争になった可能性が高い。
薩長には及ばないとはいえ、それなりの戦力を揃えてたからね。

104 :名無し三等兵:2007/09/26(水) 20:56:05 ID:???
慶喜「薩の西郷・大久保に匹敵する程の人物が幕府側におるか」
板倉「…おりませぬ」
慶喜「orz」

じゃなかったか。装備で見れば絶対負ける訳がない鳥羽伏見でボロ負けこいて
(偽錦旗ごときで形勢逆転する時点で精神的敗北喰らってる)駄目ぽって見極めたんだろう。


105 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 01:23:09 ID:adQBtGPZ
明治維新は革命じゃないよな、クーデター。特に王政復古は徳川慶喜潰しだよ。
公家と関が原負け組みが手を組んだだけ。薩長もこのまま慶喜に将軍を続けさせると
幕府の軍制改革が成功し海軍・陸軍ともに強化され薩長の手に負えない可能性が
でてきた。それで京都御所を乗っ取るクーデターを起こした。

明治政府が天皇家をここまで民衆に崇拝させたのは、
徳川将軍家のオールマイティーな存在を否定する為と言われている。

極論だが天皇が東京に来て将軍に成りすました。とも言えなくもない、いまでも江戸城に居るしw

まあ〜頭のよさは、徳川慶喜>明治天皇だけどね。

>>103
>薩長には及ばないとはいえ、それなりの戦力を揃えてたからね。
陸軍にしろ海軍にしろ幕府のほうが戦力的に完全に上、
特に海軍は東洋最強の艦隊になっている。陸軍も元込め式の銃を配備し始めていた。
戊辰戦争をもう1〜2年遅らせれば幕府軍は大勝しただろうね。

その間だけどう誤魔化すか判らないけどw

106 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 01:31:29 ID:7pmUzV1g
越後長岡藩執政 河井継之助 さえ幕府の要職にいれば歴史は変わったかも。
まあ旗元はどうしたって駄目だけど。

史観としては江戸末期を階級社会としてみることには抵抗がある。
ナポレオンの元帥達が下士官あがりであるように。


107 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 02:09:43 ID:???
>>106アホだろうお前は。誰がどう見たって江戸幕府の強権独裁です

108 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 02:14:55 ID:???
ずっとこのスレに定住して書き込んでいる奴の一人は
とある特徴で特定しやすいな。

109 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 04:06:53 ID:???
>>108素晴らしい江戸時代wwを否定されるとキレる奴にだけは言われたくない

110 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 04:45:57 ID:???
別に特定しやすいと言ってるだけで
書き込みの内容やら人物がどうこう言ってるわけじゃないのに
自分に自信がないんだな。

111 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 04:53:14 ID:???
しかも、キレているのは本人だけだ支那

112 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 05:23:35 ID:???
>>110-111だから何でお前らは鎖国を賛美するのかと小一時間

113 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 07:13:09 ID:???
誰も賛美なんてしてないだろ。
鎖国での良い面を言っている奴もいるが
悪い面だってちゃんと認識している。

ただお前だけが鎖国賛美者が居ると決めつけ
シャドーボクシングを繰り返しているだけだ。
ただ鎖国絶対反対者はいるが。

114 :884:2007/09/27(木) 07:14:06 ID:???
>>アホだろうお前は。誰がどう見たって江戸幕府の強権独裁です

 勝海舟や榎本武揚の出自に付いて言いたいのだと思う。幕府以外でも下級藩士
や郷士が主役だしね。サヨはそこらへんから「ブルジョア革命」と見たがるけど
、そう言う人間が主導権を握れる体制が出来てる段階で「階級社会」じゃないと
も言えるっつー主張だろう。

115 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 08:39:55 ID:???
>>113鎖国の最悪さを認識してないだろお前。攘夷紛争から戊辰戦争を経て
食い詰めた武士の鎮魂歌の西南戦争の流れを見れば
鎖国で日本が全部膿んでた事は明白だろうに

116 :名無し三等兵:2007/09/27(木) 14:45:29 ID:???
あ〜・・・、自分の意見は絶対正しく
他人の意見は絶対間違ってる的な認識な人だったのね。
どんな物事にもメリットやデメリット、
見方によっての認識の違いも存在するのに
それを認められないんじゃ話にならない。

117 :名無し三等兵:2007/09/28(金) 05:42:23 ID:???
>>115
通りすがりの者ですが

どんな国にも膿はあると思います
今の日本だって、ドロドロした膿がたくさんあるでしょうし、膿のない国はないでしょう

そんな膿や、逆に良い面なども考えて、その国の良否は総合的に判断される問題でしょう
膿という一面をもって切り捨てるのはいかがなものでしょうか
少なくとも、植民地支配を受けずに明治維新をなしとげたり、アジアで断トツの近代化をなしとげた事は、偶然の産物と考えるには無理があると思います


118 :名無し三等兵:2007/09/28(金) 11:07:09 ID:MWtRucMM
>>88
マルクス主義史観では江戸幕府は圧政者で近世は暗黒の時代のはずだが

119 :名無し三等兵:2007/09/28(金) 17:34:54 ID:???
確かに科学技術的な側面からは徳川幕府の政策はマイナスだけど、あの時代に大衆から文化が生まれる程、
成熟した社会を成立させた功績はそれこそ賛美されていいくらいと思うけどな。

欧州では30年戦争だ、ナポレオンだ、って人がバタバタ死んでる時期に都市部や主要な藩では飢饉すら
ないっていうのは凄いことだよ。

だからこそ、近代国民国家へスムーズに移行できたんだし。

120 :名無し三等兵:2007/09/29(土) 12:08:46 ID:qUCBphrp
江戸時代は統一国家でなかったら良かったんじゃないかな。
徳川がリーダーであっても、藩ごとに価値観が違ってたわけで、
幕府が鎖国を敷いていても薩摩藩なんかはちゃっかり外国と貿易をしていた。

それを幕末に幕府が独占しようとしたことが、

倒幕につながったという事です。


121 :名無し三等兵:2007/09/29(土) 17:00:22 ID:???
じょーいじょーいじょいとぅざらーぶ

122 :名無し三等兵:2007/10/04(木) 21:09:14 ID:???
サヨ史観≠正統唯物史観てことかw

>>120
幕府発足時には徳川家も諸大名も、長い戦国時代を経て学び、
互いの軍事的政治的な「攻勢終末点」が判っていたからな。

「武家諸法度」はあっても、ある程度の自治を徳川家も認めざるを得ず、
反面で諸藩の内部では次第に集権化が進んだりして面白い。

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