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【孫堅】 孫権 【孫策・孫乾】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 21:26:18 ID:sh1Vf8rY0
孫家大集合

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 21:29:24 ID:QztdyMPq0
三戦でやれ

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 23:09:23 ID:mJ0BZJ5g0
>>1
乙!

孫策( ´Д`)モエス

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 23:41:40 ID:/QShm4KC0
ソンケンを語るスレなのか
孫家を語るスレなのか明確にしてくれ。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 23:33:17 ID:FjYpMJc/O
何故に孫乾が入ってるのかと

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 23:41:23 ID:lYP8weru0
呉の孫氏全般を語るスレってことでいいんだよね?
ここは。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 00:00:24 ID:XKEALVkJ0
>>1
孫乾乙(^ω^;)

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 01:01:04 ID:fysNES320
孫乾・・・

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 07:58:28 ID:Frnr48iM0
孫正義・・・

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 09:37:06 ID:h+XeEMeu0
孫ピン
孫武
孫山中(孫文)
孫定(水滸伝のちょい役)
孫(蒼天の拳に登場する情報屋)

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 11:15:17 ID:ov8fAme5O
孫中山だろ

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 22:46:46 ID:uT7wtS330
孫家の女たち

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 23:46:17 ID:hVCkxMKuO
孫乾はなぁ〜孫乾はなぁ〜…………







孫乾って孫家なの?

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 08:32:33 ID:YrlQASzq0
孫仲

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 10:36:42 ID:s8Vp5G3fO
>>6
孫権を語るスレです。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 11:04:25 ID:Vy6E5V1C0
孫乾は旧斉の北海郡出身で孫武の末裔。

孫堅は江南の商人の孫鍾の子。

全くの赤の他人。よって孫乾は削除。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 12:03:33 ID:aFhUb1jNO
ソンソンソーン♪

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 17:59:02 ID:aFoe9IfI0
>>16
なにそれ、初耳だ
kwsk

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 18:03:14 ID:Vy6E5V1C0
>>18
正史によると同郷の鄭玄を師事し、孔融と交流があったと聞く。
劉備に仕えたのも孔融と陶謙の推挙があったからこそだと聞く。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 18:21:27 ID:aFoe9IfI0
>>19
すまん、即レス感謝なんだがそれと孫乾が孫武の末裔ってことと関係が読めない
当時一流の名士だったってことかな?

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 18:57:10 ID:Vy6E5V1C0
>>20
こちらこそ言葉が足りなかった。

>当時一流の名士だったってことかな?
そういうことになる。

孫乾は鄭玄の下で学問を学んだから、多分家柄はいいはず。
孔融も孫乾を評価したと言うから・・・

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 19:52:41 ID:aFoe9IfI0
>>21
サンクス
でも孫武の後裔が孫乾ていう確たる証拠があるわけじゃないんだね


23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 22:16:16 ID:gBUjz7K60
むずかしいな・・・・

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 22:26:02 ID:Vy6E5V1C0
でもまあ、孫臏の例もあるし・・・

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 01:26:33 ID:LlaFp+0bO
スレ主に釈明の余地を……

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 15:46:28 ID:zoqvXbTv0
すくなくとも孫正義泰蔵兄弟が孫氏の子孫ということよりは信じられる

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 09:45:29 ID:SjE/50sv0
なんだそれwww

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 10:01:09 ID:NYIq79nX0
孫堅は父親すら定かじゃないんだね

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 15:06:56 ID:VwWwwi0F0
南宋の文献によると江南の商人の孫鍾・・・

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 15:20:43 ID:NYIq79nX0
呉書にも裴松之の註にも記述ないんでしょ>父の名

宋書か
信憑性はどうなんだろう?

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 16:00:13 ID:VwWwwi0F0
「異苑」(南宋末頃の文献書)と「瓜売りの商人の孫鍾」をクグればいいかと・・・

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 16:03:52 ID:NYIq79nX0
つまり信憑性は?ってことでしょ?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 16:13:21 ID:VwWwwi0F0
そういわれると生憎、信憑性は保障できない。
孫鍾が孫堅の祖父説もあるし・・・

後、『異苑』以外に『幽明録』、『宋書』の符瑞志などで孫鍾の名があり、
また晋の裴啓が著作した『裴子語林』にもその名があるらしい。

繰り返すが信憑性は別として・・・

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 01:00:32 ID:S9mcZ/LR0
>>28
たいていの父親は定かでない

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 09:32:32 ID:xwLxbRj00
曹操の父は定かじゃないの?

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 21:54:12 ID:vgDQhBIa0
劉表の父は定かでは無いな

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 22:05:17 ID:vBKvnkIf0
劉表って漢王室の一族ちゃうの?

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 01:52:56 ID:skaSl5Rv0
>>37
うん。劉焉と近縁の親族。
つまり魯の恭王の劉余(景帝4子)の末裔。
ただ、不思議なことに劉表の父の名が定かではないね。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 09:37:07 ID:y3rdXNT40
劉備が漢王室系だというのは信憑性あるの?

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 11:55:09 ID:oMBYzaF/O
>>39
ない

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 13:10:25 ID:pPK2fjDY0
ガセだけど、そう名乗ることが重要だということ

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 09:35:11 ID:1ny6XECH0
漢の時代、皇族である劉姓を一般人が名乗るのは禁止されていたはず。
劉備が堂々と劉姓を名乗っていたのはなぜ?

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 10:29:13 ID:qcAu0F410
逆に考えよう
一般人は名乗らないから、名乗る人間は本物なんだと

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 11:20:52 ID:wk6ypsne0
まあ、劉備は涿郡の土豪の御曹司だからね。
祖父は東郡范県の令まで昇り、親父も州郡の官吏だったし。
どちらも孝廉に推挙され郎中となったし・・・

ただ叔父の子敬(名は不明)の経歴はわからないね。
また学問費を捻出した従父(父の従兄)の元起も経歴不明だね。

少なくとも商人出の孫堅の生家よりは恵まれていたはず。
だからその恩顧で盧植の門下となれ、公孫瓚と出会ったし。
それだけじゃない、鄭玄・孔融の交友で孫乾を得て、徐州刺史となれた。
まあ、祖父の遺産だとは言えるかな?

劉備の元には簡雍(旧姓は耿)・関羽・張飛・田豫・徳然(劉備の従弟)ら
が集まった。趙雲の場合はわからんけど・・・

そういう意味では劉備は漢の宗族とはいえる。
ただ、曹操・孫堅のように近縁の親族が非常に少ないのが致命的かな・・・

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/13(水) 09:36:10 ID:fqJZ63dK0
( ^ω^)なるほど・・・・

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/13(水) 22:22:20 ID:ynCxtn/1O
孫はどうした孫は

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/14(木) 00:07:23 ID:zS2PPp2p0
孫資、孫礼。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 21:00:37 ID:g9okncXS0
孫家は孫亮以降の迷走っぷりが・・・・

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/01(月) 22:26:00 ID:vNJDLLbh0
孫権の時代からすでに迷走してる

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/02(火) 17:23:20 ID:AcuAgVuf0
王礼とかね

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 09:58:00 ID:FbmFbU9v0
孫亮>孫休>>>>>>>>>>>>>孫コウ

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 23:15:37 ID:xaGbAMT10
孫権の兄貴が死んでいなかったら、どうなっていただろう。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 23:28:05 ID:zyvFRBkf0
孫作は無茶するからどのみち戦で早死に

54 :本当にあった怖い名無し:2007/01/27(土) 00:52:04 ID:qIsyUPXk0
日本でソフトバンクの孫が
バブル崩壊で株主を破産させてる

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 11:09:50 ID:X6YqKanV0
孫権の寿命を孫登に30年ぐらい分けてやれよと言いたくなる

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/01(木) 09:43:41 ID:jPaA75Wx0
晩年の孫権ってただの邪魔者だしな

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 22:00:00 ID:Wb2yRzAH0
【三国志】呉総合スレ6
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1171017047/


58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 22:00:04 ID:cRpNuWVI0
それに比べて曹操は死ぬまで優秀だったな

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 22:02:52 ID:Ua4bsNC2O
>>58
そうでもないだろ
漢中関係の判断とか、曹植を後継にしたがるとか、けっこう頭が弱ってた感じだぞ

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 13:18:12 ID:33ShAuPe0
劉備も晩年は……

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 13:58:29 ID:3WGD+K8O0
曹丕:秀康
曹植:秀忠

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 02:02:39 ID:t6cka/Jg0
秀康DQNじゃん

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 20:22:28 ID:H0G52ana0
そうはイカンザキ

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/13(火) 17:46:58 ID:Ap6OTQmJ0
層化こぇぇぇぇっぇぇっぇ!

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/15(木) 21:49:33 ID:buXqPhHV0
>>64が自殺したらしい

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/24(土) 15:29:51 ID:AzKDpbd50
(^ิิ౪^ิ) 国立と間違う私立大学一覧

沖縄大学、福岡大学、四国大学、奈良大学、近畿大学、兵庫大学、愛知大学、
長野大学、北陸大学、神奈川大学、青森大学


67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/25(日) 11:07:45 ID:YHMuN0Cn0
家光はボンクラ
劉封は名将

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 23:28:25 ID:eNXqlyvr0
孫権ママの実家の呉氏は江東の豪族らしいが、
結構な勢力があったんだろうか?

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/11(日) 00:14:20 ID:td83lVCZ0
>>67
禿げ上がるほど同位

70 :(^& ◆nZAaOGNsjQ :2007/03/14(水) 09:44:19 ID:AR/8CKrl0
 

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 10:54:09 ID:162yLwmk0
>>68
そこそこの勢力はあっていて、少なくとも孫家よりは上の立場だった。
だから呉氏の一族で2人の結婚に反対する者もいたらしい。

ただ、四大豪族には入っていない。


72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/28(水) 18:14:35 ID:/cKtoWne0
見あげて呉蘭

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/31(土) 10:54:22 ID:boNeICeb0
t7つまんね

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/04(水) 23:35:40 ID:fWYfI4Xy0
三国志二十四大英雄
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1175545567/


75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/05(木) 09:18:25 ID:+BfwA/qI0
>>73
オモテ出炉

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/05(木) 09:35:45 ID:q/YSdW2Y0
>>71
四大豪族って何ですか?
今、「四大豪族 三国志」で検索してみたけど、でてこない

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/05(木) 21:11:12 ID:m0q1fbO80
俺もkwsk

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/05(木) 22:30:44 ID:H9XH0T7U0
呉の四姓のこと。
陸氏:陸遜、陸抗など
顧氏:顧雍など
朱氏:朱治、朱然、朱桓など
張氏:張温など

二張(張昭、張紘)の二人は徐州出身なので違う。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/05(木) 23:27:28 ID:OWD+w5i00
>>78
朱治・朱然は丹陽の人。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/06(金) 03:16:54 ID:sX7+s7JB0
呉の四姓には二通りの説があるんだよ
有力なのは呉郡の4姓の方で、呉郡にいる4大豪族を意味する

>>78から>>79の言ってるように朱治、朱然などを除いたものがそれ。

もう1つの説では、朱桓の代わりに朱治と朱然の家系が入り、
張温の代わりに二張の家系が入るんだけど、
こっちの説は漢文を見れば間違いだと分かる

ちなみに呉郡の四姓は呉郡の中の呉県の豪族だったから
正確には呉郡呉県の四姓だったと思われる

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/06(金) 03:22:32 ID:sX7+s7JB0
追伸
呉氏は呉県の出身
だから呉群呉県の中でも、上の四氏より下だったのかもしれないね

もっともこの呉の四姓ってのは、元から持っている影響力ではなく、
孫一族のもとでの活躍によって選ばれてたみたいだけど

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/06(金) 09:33:42 ID:mkDCKYi+0
選任制か

83 :www.sakutv.com:2007/04/06(金) 13:40:01 ID:A1UYoDgV0
【未承諾広告】http://www.sakutv.com 無料映画がたくさんあります。一度御覧下さい。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/06(金) 21:11:09 ID:Ai3/AHWx0
荒らし広告ktkr

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 09:17:00 ID:qgiHXICO0
孫乾って孫呉の一門なの?

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 12:42:16 ID:yi7AxPFXO
違うよ。全然違うよ。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 20:37:54 ID:mbIeraY20
マルチ商法www

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 00:27:34 ID:r4NwAMLm0
江南方面はなぜか後漢の三公や要職の一族が多かったんだっけか
赤壁の戦いの際の魯粛の「我らは官位をもらえるがあなたは平民に落ちる」ってのは呉の豪族と孫氏の家柄の差をあらわしてるらしいな
もっとも魯粛自身はたいした家柄じゃないらしいけど
でも六兆時代以前は江南って未開の荒地だったんだよな

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 00:42:56 ID:eY3v/IkHO
>>88
未開の荒野は言い過ぎっしょ
開拓の余地がかなりあったのは確かだろけど

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 09:32:14 ID:+0uD+bDW0
孫氏は孫子の末裔でもなんでもない平民なのか?

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 01:28:06 ID:FL0IgTcb0
孫堅の親の名前は伝わってないな
商人の子説が有力だったような

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 22:42:22 ID:ZHJC6ISB0
孫堅「俺が呉の孫武の末裔であるはずがないだろう」

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 01:19:15 ID:JycOKfVL0
生まれが良かったら王叡も馬鹿にしなかったんだろうかね。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 02:11:41 ID:ePS2YBFH0
沖縄県の方へ(命に関わる注意事項です)

沖縄県での選挙ですが、どうか民主党だけは避けてください。県民の生命に関わる可能性があります。
民主党の最大の公約は一国二制度(※)ですが、一度「一国二制度 沖縄 三千万」で検索をお願いします。
この際、民主党のHPで調べても良いです。以下の注釈↓と矛盾することは書いてないはずですから…

※一国二制度
 簡単に言えば沖縄を中国と日本の共有物にし、そこに3000万人の中国人を入植させます。
 (つまり沖縄人口の 96% を中国人にして、実質、沖縄を中国人の居住地とします。)
 さらに「自主」の名の下、沖縄で有事が起きても自衛隊は干渉できません。
 3000万人の中国人が、少数派となった130万人の日本人に何をしても、です。
 そして反日教育を受けた中国人の反日感情の強さは、ほとんどの日本人の理解を超えるものです。

今回の選挙で民主党が勝った場合、「自主」「発展」を連呼しつつ段階的に進めていくことになります。
自主と言っても、自主を認めるのが「住人の96%が中国人となった」後だということに気をつけてください。
発展と言っても、新沖縄の少数派となった「少数民族日本人」の発展ではないことに気をつけてください。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 09:26:08 ID:92ZAkrg80
>>93
うーむ・・・・

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 23:22:26 ID:WqNyTz0RO
家柄で皇帝決めよう

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 23:30:48 ID:WqNyTz0RO
家柄で皇帝決めようとすると江南の貴族が揉めるからあえて卑賤の孫氏を立てて貴族たちが平等に協力しあうという絶妙なバランスで呉は成り立っていた気がする
そう考えると孫権の晩年や孫晧の暴君ぶりは単純なものじゃなく独裁体制を作りたい孫氏と既得権益を守りたい貴族との熾烈な争いだったのかも

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 18:38:15 ID:o0BR+AGv0
ってかそれでFAだろ>熾烈な争い

孫権は、単純に豪族を疎んじていたのではなくて愛憎半ばというか
情と利益の板ばさみになって苦しんでいたんじゃなかろうかと考える方が好みだけどな。
陸抗への扱いとか

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 02:09:34 ID:JtKtC5de0
>>88
魯粛の有名な発言だけど、
これって
「曹操に降参しても、『汝を封じて呉王となす』とか言ってもらえて、下に周瑜やオレ
呉の豪族がいたまんまの半独立の状態だとおもっとったら大間違いだぞコラ!
豪族もオレもみんな中央エリートコースか、各郡の太守にしてもらって
オマエなんかのこと、あっという間に忘れてまうぞ」
という意味でもあるよね。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 22:17:21 ID:b0SNPmBT0
>99 赤壁で気張っておいた方が
降伏するにせよ条件が良くなるからやっとくのを薦めるよ、とも取れるな

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/09(水) 14:30:17 ID:X+jNl1700
ちょっとここらで閑話休題。
個人的に格好良いと思った、孫権のエピソードを

徐盛の偽城に騙された曹丕が撤退した後の話。

占師・趙達「今、曹丕には打ち勝てました。しかし、いずれ呉は滅びましょう」
呉主・孫権「それは何時の事だ」
占師・趙達「五十八年後になります」

呉主・孫権「余は自ら成すべき事だけを考えている。手が届かぬ先の事は、子等が考えれば良い」

それから五十七年後、孫皓の御世に呉は滅んだ。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/17(木) 22:13:30 ID:mLHOfhjQ0
占い師ハズレてんじゃん
ウソツキだな

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 08:44:57 ID:aLTo8uEb0
>>101
それは本当?

104 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2007/05/19(土) 06:38:13 ID:UVYYAq8m0
孫権は酒乱の気があったと聞きますね。
赤壁の戦いの前、孔明が説得に行って参戦を決断した際「これより異を唱える者は
かくのごとく斬って捨てるぞ!」と剣で机を叩き切ったあたりは気性の激しさを
垣間見せてる。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 10:37:15 ID:1AZpvvTM0
どの主君も気性の激しさはあると思う。
酒に溺れたのは他に較べてストレスがたまっていたんだろう。
それでも曹操や劉備よりも長生きしたし

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 17:50:05 ID:wpgDuemV0
孫権は、呉を守ることだけ考えていたわけで。
こいつが積極的に軍事行動をしてれば孔明も天下統一近かったのに。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 23:08:32 ID:L97AAhLk0
>>103
巻き添えでアク禁食らってたぜ…

呉書・趙達伝に載ってる。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 08:42:03 ID:PZzKFoWM0
でも何十年かで滅びるだろうというのは占いというより予想だ

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 01:42:02 ID:ZQRkAVs2O
>>106
ヒント:山越

孫策の代から手を焼いていて、孫権自身も異民族がいなければ天下を伺えたのにと嘆いているから、外征したい意志はあった
ただ周瑜、魯粛達重鎮の急死や、発言力の強い地元豪族も上手くコントロールしないといけなかったりと、足場を固めるのに非常に難儀してる為に、なかなか軍を動かせなかったんじゃ

その上、たまに合肥攻めに行ったら負けるし。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 04:40:09 ID:8Gmwm2w80
むしろ異民族討伐や防衛戦にばっかり強い武将しかいなかったのが問題なんじゃねえの。
騎兵隊を用いるのに長けた奴とかいなかったんかね

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 14:53:27 ID:c0mYe7Q+0
>110
呉には軍馬の生産地は無い。
呉軍の騎馬はすべて輸入でそれゆえに騎兵は少数しかなかった。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 12:47:40 ID:xOb+fWBfO
虎や象にでも乗って進軍すれば良かったのに

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 16:15:44 ID:6SppuRb40
>>112
それなんて孟獲?

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 19:33:27 ID:JJxV70KE0
>101 何で魏や蜀が滅びる年を予言しなかったんだ趙達や呉範は。
他にも江南にはやたら占い師がいる癖に

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 02:08:35 ID:gBU9Q/iR0
>>114
孫権相手だと、阿諛追従と取られると首が飛ぶ。
孫皓相手だと、出世の道具になったようだが。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 22:20:39 ID:XcMInDbq0
孫権からしたら魏や蜀なんかよりも地元の異民族とか味方連中の方が
よっぽど始末が悪い存在だったからな。
例えば、張昭だったり、張昭だったり、張昭だったり。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 17:35:44 ID:GYuSTvCF0
大嫌いだった張昭、2chスレッドのおかげで 彼こそ真の忠臣の一人だと思うようになったな。
考えている事と行動と発言が一致している人間は貴重だ。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 19:51:30 ID:ZL74D1NN0
忠臣かな?
まずは自分らの権益守ろうとする江南の貴族の典型だと思うんだが
赤壁の降伏論とかもろに

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 20:08:27 ID:6yY0ptuP0
>>118
おいおい、張昭は江北の人ですよ。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 08:56:27 ID:tIT/Ms/+0
いずれにしろ奴がいざというとき保身に走る人間だったのは明らかだろうが

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 11:27:43 ID:nj8B21eN0
南朝の貴族達も元は江北出身者(或いは本貫が江北)が多いけどね

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 23:47:46 ID:kQ+2Gy470
張昭は大抵の創作物でも忠臣として苦言を呈しているって人物像ばかりだから
敢えて二心を持った怪人物だとして考察を進めてみるのも面白いかもな。
まあそうだとしたら段取りというか要領悪過ぎるけど

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 23:55:47 ID:UhWkePy30
孫権から孫策の遺証を盾に権力を振るい国難とときにあまつさえ自分らだけ生き残ろうとする降伏論をかあkげた奴は許しがたいだろうな
息子が処刑されたのも当然といえる

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 09:41:43 ID:maKUUfHx0
なんで張昭がこんなに叩かれるんだか

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 10:09:07 ID:vVYG2DD80
叩かれる時は叩かれる。たれながすな天下人

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 18:59:50 ID:QeS0/ibi0
あの時点で降伏していても張魯とかの例をみても孫権がそれなりに優遇されてた筈
だから保身だけで言ってたわけでもなかろう。
勝つための具体的な方策もってたの周喩くらいだろ。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 02:03:40 ID:sK2XTSfe0
当時の孫権を張魯と比べるのは無理がありすぎる
張魯は降伏時に巨大宗教勢力の主で人望もあったが当時の孫権は兄が拡大した勢力をなんとか守ってるという感じだし

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 03:34:56 ID:OX+FzEdc0
でも金持ちやら名士やらが何故かわらわらとくっ付いていたね。
何故かって孫策らが尽力していた結果だけど

曹操からしたら あんな若造がどっさりお宝かかえてるぜ ちょろっと嚇かしてやっか
みたいにでも考えてたんだろうかな

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 19:47:50 ID:YLSFMNyI0

孫権さえ降伏すれば曹操は天下統一出来てたわけだから張魯よりもその影響力は大きい


130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 04:26:12 ID:tK5xemM40
実際に降伏していたら、現地に留めておくとその影響力が高すぎるから
馬謄みたいに呼び寄せるかな。 んで最終的には誅戮されるか、
上手くやれていたら簒奪を図るかも。 司馬氏ほどには戦上手って印象は無いからムリか?

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 15:02:19 ID:D3mP+05G0
呉書読んでみると張昭いっつも言い負かされててカワイソス

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 19:00:40 ID:RzaakgU70
>>111 孫権は馬に乗っての狩りが好きだったのでは?

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 15:26:53 ID:71g19m4c0
>>131
多分心労が絶えない立場だったんだろう。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/15(水) 21:05:31 ID:I6E1jQZQO
孫策が生きてたら豪族と対立しまくって終わりかな

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 15:31:55 ID:idZzHRC60
あまり儒教を重要視しなかったりと現実主義者な反面
占い師や仙人を重宝した孫権様

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 11:21:32 ID:zDNiJtAX0
孫権は、行と草書に優れていた。孫晧も詩文や書を
文学人から評価されていた。 意外に文もあったんだな。権。

張昭は呉では周昭、歩シツを超える最強の名声を誇る人間。ただの
保身てわけではないと思う。

孫権もその後はヤバくなるとあっさり魏に"ごめんなさい臣従します"
してるしな。 状況から一旦臣下の礼をとるってのも選択肢。 

あの地点で孫権の官位は低いし一旦臣従しても曹操にはまだ敵が残ってる
から高い官位もらってから名分を得るってのも戦略としては有り得る。

降伏論者皆、北出身名士ばかりだし今はそこら辺の意識もあるのかも。

期待した息子や娘、信頼した部下が自分より先にどんどん死んでいく
状況だと精神的ダメージを考えるとしかたないのかもしれないなぁ。



137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 13:15:01 ID:6TrfTz1F0
>>136
孫登・・・周循・・・孫亮・・・惜しい哉

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 00:06:35 ID:AtX0y4YA0
孫堅の頃の江東って、山越も跋扈していたようだし、
基本的には都市の連合体のような感じの地域だったのかな?

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 13:04:56 ID:PxxlynvS0
開拓時代って雰囲気が色濃く残っていたと思うよ、この時期の江南は

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 19:18:09 ID:9XPov0AW0
原住民も侵攻してくるしな

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 12:38:42 ID:hlfAe/gw0
山越って、春秋時代の越の国の末裔なんじゃないの?

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 15:20:57 ID:xI4wYt8d0
日本の北陸地方も春秋時代の越の国の末裔

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 22:48:05 ID:b0LEyqGi0
普通に趙佗一派の流れじゃないの。春秋とか言い出すとほとんどがその
地域の末裔とかに該当するぞ。

このスレで言うのもなんだけど孫伯符てすげぇみたいなトコあるけどどう
なんでしょ。 俺は彼のそこまでの評価がよくわからない・・
後々の時代彼の名前が出る時だって”孫策の輩(所詮一発屋野郎)”みたいな
侮蔑ぽい引用されてるしさ。

若くしてって所はすごいと思うけど、0状態から勢力築いたのは三国時代
だけでも袁紹ら多く居るし。

対戦面でも、兵隊不足とはいえ下したは劉ヨウ、王郎等軍事面ではさほどと
いう面々。
格上の劉表を同じ勢いで下すことはできず、黄祖にもガチで勝利が実質でき
なかった。 陳登戦はよくわからん。

そこまですごい武将なのかなぁ。無論すぐれた人物だとは思うけど。
殺戮を好む性質もあったみたいだし、"かなり"小型の霍去病つーか
格上と戦うと勝てない And 敗死、滅亡て匂いがする。
呂蒙らみたいなのは別として仮にケイ州とか新規領土獲得してもそこの
士大夫を取り込めるタイプじゃないと思うし。
彼ってそこまでの武将かな・・ 

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 23:00:28 ID:J4PrsP+U0
結果が全てを示しているでしょ、孫家三代は。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 18:54:08 ID:6QNOufya0
だから主役にしても結局は三義兄弟に取られちゃうんだよね

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