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【維基】中国英雄wikiウィキペディアを充実させよう

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 08:22:53 ID:9y8E7RQP0
みんなで作るフリー大百科事典のウィキペディアですが、
それの中国英雄関連の項目を充実させようではないかという提案です。

日本史に比べると中国史はまだまだ弱い。
また水滸伝など中国文学関連の項目も充実させたい。
中国英雄板の住民の力を結集して、中国英雄関連項目を充実させましょう。

この項目がないよ。この項目の記述おかしいんじゃない?
この項目が充実していない。この分野の項目が少ないなどを書いて下さい。

ウィキペディア(Wikipedia、維基百科)
日本語版
http://ja.wikipedia.org/
中国語版
http://zh.wikipedia.org/

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 18:50:35 ID:pz+vTIMn0
馬良
他の兄弟の話せんでエエっちゅうねん。
「一説によると馬良の亡骸を守りつつ自刃したとも言われる」
「荊州出身で呉に近いがそれだけに、孫呉との相性は良くない」
「馬良と諸葛亮は義兄弟のちぎりを結んでいたと言われており」
ホントかよ。義兄弟の重さがどんなものか想像も出来ん。
根拠もなく軽々に書けることじゃないはず。
最後はご丁寧に演義のバックストーリーまで推測してくれてるし。

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 18:58:36 ID:p+/aDT7c0
全部消しちゃっていいんじゃない?

兄三人の名前とか事績とかってどこから取ってきたんだと思ってググってみたら、
ttp://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one;no=1723;id=
ソースはこれか。裏が取れてないみたいだし、これも削除すべきだな。

423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 19:03:23 ID:ysUR1ThZ0
>>421
義兄弟云々は、馬良が諸葛亮に送った手紙の中で、諸葛亮を尊兄と呼んでいる事から、
裴松之が注釈として、「馬良と諸葛亮は兄弟の契りを結んでたんじゃないだろうか?」
とは言っているけどね。

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 19:06:22 ID:2vOmULGC0
>>422
>>423
コメントアウトしたった
義兄弟も要出典に

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 19:32:07 ID:Yhg8f6C80
なんでウィキペディアって出典書くってルールがないんだ?
事実と捏造(あるいは妄想)の判別作業がおそろしく困難だ

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 19:54:53 ID:2vOmULGC0
>>425
出典を明記するのはWikiの基本方針らしいよ。
俺もこの方針通りにしてるかというと自信はないが、ルーツbry君や今回の馬兄弟の件が抵触してるのは間違いない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%87%BA%E5%85%B8%E3%82%92%E6%98%8E%E8%A8%98%E3%81%99%E3%82%8B

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 20:33:01 ID:yuZLVhZf0
なあ魏将のさいごを爆死、呉将のさいごを水死にしていいか?

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 20:36:42 ID:LvJFWL4A0
出典を明記してくれればいいよ

429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 20:45:02 ID:LvJFWL4A0
「臣松之以為良蓋與亮結為兄弟,或相與有親;亮年長,良故呼亮為尊兄耳。」

裴松之自身が「単に年長だったから」ていう意見を紹介するぐらい
慎重な態度を取ってるんだから、裴注を明記してやっと△、
示さなければ×だと思うよ

430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 21:14:57 ID:2vOmULGC0
しかしアレだね
中国史関係だと大胆な編集してもあまり編集合戦にはならんね
ホッとする反面少しだけ寂しくもあり

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 12:39:24 ID:VLZmcvA60
>>422のソースが「荊南諸雄記」・・・
『襄陽耆旧記』みたいな風情が感じられない
厨臭い書名だと一見して思ったが、やっぱり捏造か

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 16:44:51 ID:Mso/wN9N0
灌嬰を新規作成したよ
気に入らない点は直してくれい

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 18:06:18 ID:ReHiGHee0

垓下の戦いにリンク張らないのは見識だ

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 18:10:47 ID:LaXLVgUr0
乙。
郎中、中謁者、三秦などには説明が挟んであった方が良いんじゃないかなと思う。

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 18:17:37 ID:Mso/wN9N0
>>433
よくわかっておいでだ
わざとリンクしなかったんだよね

>>434
確かにね
ここは今後の宿題ってことで

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 20:33:33 ID:hJlGAktO0
ついに「煽り君」氏が参戦したのか?お手柔らかにお願いしますm○m

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 20:38:26 ID:Mso/wN9N0
>>436
kwsk

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 20:52:38 ID:hJlGAktO0
両漢交代期に造詣の深い御仁で、某スレで活躍してた
活動範囲が儂と激しくかぶってる
まあ馴れ合う必要は無いし、ちゃんと直してもらえるのは有難い事だ

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 20:56:05 ID:Mso/wN9N0
>>438
あああ、あの人のことか。
そしてWikiのどの人のことかやっとわかったよ。

440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 21:01:16 ID:LaXLVgUr0
さっぱりわかんね。ヒント。

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 21:05:04 ID:AK/jhRtY0
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1023555806/594-693

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 21:11:06 ID:LaXLVgUr0
おおー、すげえな。これってあの人?だよね。

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 21:14:00 ID:Mso/wN9N0
>>442
あの人って?


夏侯嬰が漢代の人物に入ってないことに気づいた夕暮れ

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/17(火) 03:09:22 ID:X4MtUVhn0
カテゴリは生体ボット不在のジャンルじゃたいがい未整備

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/17(火) 19:49:50 ID:ZvPiX+xMO
劉勝の項で子供らの諡が捏造されているのを今さら発見
前にいじったときに全部消せば良かったよ

今まで見つけられなかった自分が恥ずかしいが…
しかしやった奴出て来い!

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/17(火) 21:58:29 ID:btyEEId70
ギャグだと思えば腹も立たない。ただ、書き方がもっともらしいのと
wikiが権威のような顔してるせいで、真に受ける人が多いのが問題

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/17(火) 23:09:24 ID:Ns/0f2kb0
案の定というか諡捏造野郎はやはりルーツ君でした

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 22:49:12 ID:cogu2cE30
ルーツバカの記事は修正じゃなくて全面改稿の方が良いね。どこにウソが混じってるか解らないから。というか全部ウソだから。

449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 17:46:40 ID:WuhV5Je4O
王平

「為人」は「ひとのために」じゃなくて「ひととなり」だね、たぶん

450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 18:06:16 ID:WAuxd5Uc0
蜀将スレではじめ「ひととなり」て読んでみたが
「性狭侵疑、為人自軽」で、「性格は○○、人となりは××」と
性格を表わす語句を繰り返すのは不自然だと思って代えた。
きのう諸橋大漢和や漢語大詞典やら見て考えたが
やっぱり「人のため」だと思った。
併記した方がいいかも知れんね。
ただ、いずれにせよ「軽はずみ」じゃないはず。

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 19:00:54 ID:pmr1kbuI0
猜疑心が強くて卑屈なやつ、の意。

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 19:01:36 ID:WuhV5Je4O
それは失礼。シャカに説法だったね
だとしたら「人のため」は意味としては「他人に対して」かな

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 21:34:49 ID:AHyHlQYS0
陸遜に言及する記事で、たいてい
「三国の皇帝以外で単独で立伝されているのは諸葛亮と陸遜だけで、
陳寿が高く評価している証左」みたいな事が書いてあるけど
ちょっと腑に落ちない。東洋史学者や中国文学者がそう言った?

単に「書く事が多い→他の人物と抱き合わせで書けない→単独立伝」
のようにも考えられる。
まあ「書く事が多い≒事績が多い」だからあながち間違いでもないし、
十把一絡げで列伝に押し込められたメンツよりは
高く買ってるんだろうが、形式を評価に直結させていいのかとも思う。

伝記の形式が評価に直結してるのは項羽本紀ぐらいじゃないかな。

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 23:25:49 ID:k6uwdB7h0
>>450
「性格を表わす語句を繰り返すのは不自然」
そうか?対句や四六文を整えるために、同じ意味の別の語句を繰り返すのは、漢文の常套だと思ってたんだが。

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 23:31:18 ID:37TD2nyZ0
まーでも軽率の意味では「自軽」の「自」がうまく訳せないから、ここの「軽」は(自らを)軽んじる、でいいとおもふ

456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 00:21:48 ID:Wl8auhMJ0
>>454
後出しジャンケンみたいな話になるが、
いちおう対句などの可能性を念頭に置きつつも
ここでは律詩みたいな定型性は要求されてなさそう、とかの理由で
「性○○」と違う意味が「為人」に与えられた、と考えた。

今言えることはこれが限界。何にせよ、まともなチェックを受けるのはいい事だ。

457 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 00:54:38 ID:ADy9Vppm0
ちくまでは「軽率」と訳してるんだったか?
それがかなり怪しいのは動かないと思うYO

458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 02:12:39 ID:YLKjHU9X0
為A所B(受身:AにBされる)の「所」が略された形とも取れるな。

「性格が偏狭で疑り深く、おのずと人から軽んじられた」

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 07:39:34 ID:FHt0TnjIO
「自ずと人の軽んずるところと為り・・・」
意味が一番スッキリ通じるような
たった4文字なのに奥深いな
世間に流布する珍訳を衆智の力で覆したのが痛快だ

460 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 11:39:14 ID:FEJ4BXRq0
どっちが珍訳なんだか。

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 12:18:01 ID:IEpNsCRX0
>>459
「自ずと人の軽んずるところと為る」と読んだら、
原文が「自為人軽」ってことになっちゃうよ。
(つまり、「自ず」が「為る」にかかっちゃってる。)

あくまで「自ず」は「軽んず」にかかってるんだから、
読みは「人の自ずと軽んずところと為る」でしょ。
現代日本語訳の意味自体は一緒なんだけどさ。

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 12:22:45 ID:gBOeVW3H0
受身とすると確かにスッキリするけど
テキストをいじるのには若干躊躇する。

463 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 20:57:46 ID:OxILqBLNO
張騫の息子が張朋って何かに載ってる?
見つからないんだがな

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/21(土) 00:40:29 ID:LnWKtLMb0
史記・漢書になければ、日中のグーグルで「張騫 子 朋」と検索して
日本語でしかヒットしなければほぼ捏造確定だと思う
それ以前に誰が書いたかで捏造確定か

465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/21(土) 09:46:51 ID:Bv/L/kYK0
[[張騫]]
履歴見ると、2006年6月25日につけ加えられた一文だね。
これは間違いなくルーツ君です。

466 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/21(土) 19:49:05 ID:FT6ZItzq0
124.144.50.174とか124.144.48.85の投稿履歴をみて、
こいつがかかわったページに全チェック入れたほうが効率いいね。

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/21(土) 23:42:02 ID:EGp783ju0
とりあえず張騫に要出典入れてきた。

>>466
ルーツ君と思われるIPって4つか5つあるよね
まあ別人もいるかもしれないけど

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 00:20:55 ID:9hxEye9S0
ルーツバカのIPは10個以上あるよ。

469 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 00:24:49 ID:9hxEye9S0
2006年4月11日まで
203.205.154.41

4月13日以降
124.144.45.181
.45.235
.47.149
.50.174
.51.205
.50.38
.46.242
.48.195
.46.45
.46.12
.51.205
.45.235
.45.235
.50.127
.48.85
.44.135
.45.129

470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 03:15:01 ID:qE4CKvm/0
そもそも「為人(ひととなり)」という言葉は、
外面的な、その人の行動や容姿まで含んだ言葉なので、
性と為人は必ずしも全く同じニュアンスの言葉が繰り返されているとはいえないのでは

集解の盧弼は、「為人自輕」の部分を、その前の「言不戲謔」と合わんから、
誤りがあるかもしれんといっているし、

『三国志校箋』(巴蜀書社、2001年)では、呉志の王蕃伝に、
「俗士挟(狭?)侵、謂蕃自輕」とあるのを引用して
やっぱり正しいかもと言ってる。

はっきりと結論が出んところは、そう注記した方がいいんでないの

471 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 13:16:26 ID:apnJzAMp0
劉裕の記事の誤字を直そうとしたら何故か投稿ブロックされてた……orz

472 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 13:40:26 ID:W1aQSOTh0
>>471
回線切って繋ぎなおせば投稿できるようになるかもよ

473 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 16:35:57 ID:EZfWaGuB0
>>470
王蕃伝の当該部分のちくま訳では

「万ケは(中略)俗物で自分の権勢をたのんで他人をなみすることが多く、王蕃が
自分を軽蔑しているだろうとかんぐった。」

これにならえば、王平伝の当該部分は

「王平は性格が偏狭で疑り深く、他人が自分を軽んじていると思っていた」

と解釈できるね。

ちなみに『二十四史全譯』による現代中国語訳は

王平伝:「認為別人輕視自己」
王蕃伝:「認為王蕃輕視自己」

となっています。(この本の訳も結構怪しいんだけどね)

474 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 18:51:46 ID:2FHTz8DK0
「張朋」ってどっかの小説の創作なんじゃね?
以前の武帝の太陽王〜陽宗のときも伴野朗の小説が元ネタだったしな。
朋が月ふたつなんていかにも小説のネタっぽい。
誰か確認してくれまいか。

ルーツ君は善意の勘違い君なので、悪意の捏造はやらないと思うんだ。

ルーツ君のパターンとして、
歴史小説の創作部分を見つける
    ↓
ウィキペディアにはこのことが書いてないや
    ↓
書いておいてあげよう(善意)
    ↓
全くの大間違い

別パターンとして、
あるムック本にこういうことが書いてある
    ↓
正史の日本語訳しか読めないので元が確認できない
    ↓
きっと、僕の読んでない『××』が出典なのに違いない
    ↓
偽出典捏造

ほかにも2ちゃん情報を真に受けるとか、ネット上のアマチュアの仮説を取り入れるとか、同じ姓なら直系の先祖と子孫に違いないとか、パターンはだいたい決まってるよ。

475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 19:01:32 ID:wNeBwebI0
>>474
確認したわけじゃないがそんな感じはするよね
まあ実際に確認するまでは確定したわけじゃないから、こっちは出典が出てこなければ削除するだけさ

476 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 19:55:39 ID:l4APSS9Y0
【ピンでもなければ】 孫武 【シショうでもない】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1161939252/46-

ここのID:IlmF6mcC0って、問題の人じゃないかと思うんだけどどうだろ?
(ID:NdUNw1H30が俺)
違和感を覚えながら、話を合わせて56のようなレスをつけたら
あとで58になっててビックリ。

477 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 20:06:40 ID:wNeBwebI0
>>476
ええまあ、実際に確認すryですが、呂氏春秋の話を出したとたんにWikiの例の項目に『呂氏春秋』が加わってますから・・・

すごく・・・ルーツ君です・・・

478 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 20:13:29 ID:YKV4jaNo0
ああ、孫武の件は、趙範の件と並んでルーツ君の問題を知らしめることになった発端だよ。

おっしゃるとおり、孫武スレの47、48、51、52、53、55はルーツ君本人。

あとはここらへんをコメント欄含みで見ていけばよろし。
ttp://d.hatena.ne.jp/mujin/searchdiary?word=%ec%e4%c8%cf
ttp://d.hatena.ne.jp/nagaichi/20070121

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 20:13:49 ID:l4APSS9Y0
>>477
呂氏春秋は元々あったんだ。
それを46で指摘して、話の中で何故か公羊伝や穀梁伝が出てきて、
適当に話を合わせてたら、さらに公羊伝と穀梁伝が追加されちゃったという流れ。

480 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 20:34:40 ID:YKV4jaNo0
コメント込みで読むならこっちのほうが面白いか…
ttp://d.hatena.ne.jp/mujin/20070129/p3#c

481 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 22:07:43 ID:wNeBwebI0
>>480
はっはっは俺も入ってるのはご愛嬌
ルーツ君が2ch見てたのはWikiの会話から明らかだけど、最近はどうしてるのやら
今もこの板にいるのかねえ

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/23(月) 21:09:07 ID:6B24lXaa0
とりあえずー、最近はルーツ君も控えているみたいだからね。少しずつ直していけばきっと最後には正常化するよ・・・。
と希望的観測を述べてみる。

ルーツ君は内容もさることながらその量が脅威だったからなー。

483 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 00:03:26 ID:spWZ4Y0G0
ルーツ君の人気に嫉妬…。

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 00:07:31 ID:k/aN/kr/0
ルーツ君はとんでもないものを盗んでいきました

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 19:54:04 ID:yIw5JMsv0
それは、あなたの時間です。

486 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 02:35:04 ID:gc6nPLc30
王平のノートは力作だな

兄貴乙

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 08:56:44 ID:1OzwFQub0
いやいや、>>470>>473をなぞっただけ。

488 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 10:22:57 ID:1P9eqMWS0
ルーツ君関連もだいぶ落ち着いてきたな。
[[崔立]]
彼の経歴は一切不明である。一説では寒門(貧家)出身だとされる。
余談になるが、崔立に対して根深い恨みの骨髄を刻んでいた元好問は崔立の惨殺の報を聞き、
[[呉起]]
劉向(前漢の宗室)の『別録』によると、子に呉期がいたという。

489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 12:12:35 ID:lr84u8ZhO
寒門と貧家は違うよね
経済的には裕福な寒門もありうるじゃん

490 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 14:42:51 ID:v7wSnuLK0
>>489
逆に、鄭玄みたいな貧乏名士って例もあるしね。

491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 18:29:04 ID:4rS8ylFb0
権門でも貧乏だったという説もあるし。

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 21:32:22 ID:4rS8ylFb0
[[秦檜]]
>また当時の南宋はいわゆる「抗金の名将」と呼ばれる有能な将軍が多数輩出しており(英雄・岳飛もそのひとりに過ぎない)、
>一方で金は軍事的限界点に達しており、両国の軍事バランスが南宋に最も有利に傾いた時期であり、その絶好のタイミングをみすみす逃しての和平だった。
>もちろん、それでもなお金の軍事的優位は揺るぎなかったかもしれないが、後に韓侂冑による北伐が失敗した事から、
>当時の人たちに「あの時北伐を行っていれば」という後悔の念を強く起こさせる事となり、それはそのまま秦檜への怨嗟となったのである

非常に胡散臭い記述だが、出典知っている人教えて欲しい。またぞろ田中芳樹あたりの小説からの影響じゃないのかなと危惧

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 00:39:49 ID:xS7m8nYK0
ルーツ節入った文章にも見えるが、履歴には現れてないな。
関連書籍とやらで田中芳樹の小説「だけ」が堂々と挙がってるからには
多分これが出典だろうよ。

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 08:02:18 ID:FMqE6fby0
[[荀爽]]


さすがにこれは酷いのでは

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 12:14:17 ID:DNsTQAuSO
あれだけの記述なのに間違いがいくつもあるってのは凄いな

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 21:22:43 ID:FMqE6fby0
らりた乙!

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 21:49:13 ID:2NUxBUkL0
>また『三国志』裴松之注に引く『襄陽記』によると、諸葛瞻以外に諸葛懐という息子と諸葛果という娘がいたとされる。
の要出典が外されたんだが、こいつらの記述が『三国志』裴松之注にあったっけ?俺は見覚えないんだが

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 22:11:40 ID:1Jyr5Ul/0
メンドイから全部消した。

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 22:13:42 ID:G5bUaFtG0
テンプレ外した奴は赤城農水相の記事で
中立性無視のネガティブキャンペーン張ったとかで
晒されてたな。
どうせ出典求めても出てこないんだから、見つけ次第
消した方が良かったんだよ。

しかし、ケッタイな子供の名前書いた奴もテンプレ外した奴も
裴注なんぞ見た事ないだろうし、一生見る事もないんだろう。

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 22:19:07 ID:1Jyr5Ul/0
見ようと思えば、誰にだって見ることが出来るんだけどね。タダでしかもスグに。

「見ようと思わなければ目が開いてても見えない」とかいう言葉が何か無かったっけ?

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 22:19:59 ID:2NUxBUkL0
>>498


>>499
確かにそうだったな
まああの名前はどっかに実際あるのかもしれないけど、出典が捏造である内はWikiの情報としては不適当だもんな

502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 22:53:14 ID:hPZx/bXe0
中野英雄のスレてここか?

503 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 02:13:40 ID:hOe7BR9q0
>>497の情報を最初に書いたのはやっぱりルーツバカだった。(2006年7月16日の編集)
ご丁寧にコメントで
>『襄陽記』を参照に諸葛瞻以外の諸葛亮の子を挿入
とか書いてやがる。マジで氏ね。
諸葛懐でググってみたら、mujinさんとこのサイトが引っかかったんだけど、
(ただし「未確認情報」として)
諸葛懐とか諸葛果ではなく、諸葛亮大姉のところに襄陽記が出てきていた。
捏造出典として襄陽記を出してきたのは、これのせいなんだろうな。

504 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 16:27:59 ID:pY3sBnc00
[[諸葛亮]]

2007年7月27日 (金) 12:47 Geso (会話 | 投稿記録) M (32,082 バイト) (→夷陵の戦い - こちらは完全にコラムなので消去します。)

多分エッセイと言いたかったんだろうな。消さないといけない内容とも思えんが。

505 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 22:42:33 ID:pY3sBnc00
[[殷本紀]]
>『殷本紀』は司馬遷によって編纂された中国の歴史書「史記」のひとつである

あのよ・・・、せめて推敲くらいしろや。

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 23:58:28 ID:k3ospAYr0
いや書いたやつ、『史記』の構成まじで分かってないんじゃない?
『史記』を群書だとでも勘違いしてるとか。それなら文意だけは通るけど。

507 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 00:05:27 ID:H6C7P1WF0
どちらにしろ、『史記』がいかに重要な書物とはいえ、一巻ごとに項目立てされたらたまらん。
そういうのはウィキソースでやってほすぃ。
コテハンの人、削除提案してくれまいか。

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 00:46:53 ID:TgNLWOqz0
たぶん何魏のときみたいに東洋史に不案内な反対派が現れる
不案内だから理を尽くして説いても通じない予感

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 01:13:02 ID:Ffy7vUYZ0
雲台28将の記事を書いたお二方お疲れ様でした。
もしよければ李通等の記事も書いてあげてください・・・

510 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 01:19:36 ID:TgNLWOqz0
鹿台
酒池肉林
どうしても本紀を史記の「1冊」として数えたいらしい。
しかし殷にここまで固執するのも珍しい。封神演義でも読んだか?
夏休みらしく新キャラ登場だな。

511 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 01:22:46 ID:ileADBAfO
彼は漢書高帝紀も1冊と数えるのだろうか?

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 01:59:30 ID:q5Z9MP1E0
なあ、その馬鹿と直接話す手段は無いのか?
このスレに招待しろや

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 02:22:47 ID:TgNLWOqz0
まずはノートで説諭するのが穏便なのでは?
あと、[[史記]]に本紀・列伝の無意味なリンクができてるのも
問題だと思うんだよね。ほとんど赤いし、埋まってる所は定義未満か
各人の伝記に飛ぶだけ。新キャラはその内の殷本紀を埋めようとして
あんなことになったんだろう。
史記の構造についての理解とはまた別問題だが。

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 02:26:08 ID:ileADBAfO
駄リンク愚リンクバカリンク問題だな
劉勝の子供みんなにリンク張りまくりだったのには呆れた
諡捏造してたからまた呆れたがまたそれは別の話

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 02:42:43 ID:TgNLWOqz0
おっと28人コンプリートに今気付いた。
>>509 ありがとうございます。
多分もう一人のひとが書いてくれるでしょう・・・。

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 02:49:55 ID:ileADBAfO
実は平帝も酷いのさ
なんで前漢になかった貴人を勝手に使うのか
母と妻間違えてるし

517 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 08:05:40 ID:Hx37QLP80
test

518 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 08:41:02 ID:WjWt0WEo0
[[妲己]]

こっちも酷いな。三大美女って誰がいってるんだ?

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 12:13:46 ID:svvJnYjf0
西施、王昭君、楊貴妃てのはどこかで読んだ
陳舜臣の十八史略だったかな

520 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 21:50:58 ID:e2jeGJcv0
四大美女じゃないの?それに貂蝉加えて

521 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 10:16:15 ID:aLwN6AhP0
妲己‎でソースに挙げられた外部リンク先って単なる素人の考察でしょ?

522 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 12:27:07 ID:msOitGD60
[[劉カイ]]


これもルーツバカの仕業かな


523 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 12:49:07 ID:88VvwevN0
冷静さを保ってない者が冷静テンプレ貼ってるな
妲己の逸話を「全て記すのが当然」とな?怖いよ

524 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 13:00:57 ID:aLwN6AhP0
いやあ周本紀がフィクションとはすごい新説だね。

525 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 13:21:02 ID:88VvwevN0
酒池肉林もあいつが書いてるんだろ?IPだが。
殷本紀の引用がメチャクチャ、というか引用になってない。
「記述される語句・単語に関する「よみがな」に気を配っていただきたい」
とかどの口で言ってるんだよ。

526 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 16:40:36 ID:gMjTE/490
妲己関係少し直してきた。
反応が楽しみというかなんというか。

527 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 17:30:48 ID:aLwN6AhP0
「妲己のために」ってのは俺が書いた部分だわ。修正アリガト。

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/29(日) 23:08:27 ID:gMjTE/490
平帝
衛「貴人」だの「字」箕子だのインチキ書いてたのはやはりルーツバカだったか・・・

529 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 00:11:07 ID:kLQQMiC40
妲己
人格崩壊か?もう触らないほうがいいぞ

530 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 00:13:36 ID:ycucAvPc0
>>529
早いな
冷静に議論してほしいものだが

531 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 00:21:00 ID:kLQQMiC40
冷静に議論できる相手じゃないよな
あんなのにコテハンで相手できる人には頭が下がる
報復で荒らしに来られたらたまらんわ
あと酒池肉林のノートで爆笑させてもらった

532 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 00:25:01 ID:bQXtQPb50
好き勝手にやりたきゃドマイナな記事をせっせと育てればいいだけなのにねぇ

533 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 00:25:07 ID:ycucAvPc0
>>531
荒らしに来たら悪禁にしたるということなんでしょう

主知肉林はどっから文拾ってきたんだか

534 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 00:32:37 ID:ycucAvPc0
炮烙にも手を入れといた

>>532
それ俺
前漢の記事は誰も修正せんわ

535 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 08:35:34 ID:HYX7i6+k0
面白そうだったから、「妲己」の史書ベースのとこを少し補強しといたわ。

536 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 11:31:12 ID:alr1S7Ly0
あいつは封神演義に史実を見出したいようだが、それが簡単にできることなら
三代の研究者たちの仕事はまったく無に帰する訳で・・・。

ルーツの所業には中学生ぐらいの子が遊んでるような無邪気さがあったが
今度のはメンタル系統の危うさを感じる。クラッシュして何をしでかすか
分からん怖さがあるぞ。

537 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 12:06:54 ID:+82hcT8RO
妲己だが、燕脂と閼氏の関係は全く違うんじゃないのか?
最低でも要出典だな

538 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 18:28:59 ID:WioP/Jlo0
絡んでこない分、ルーツ君の方がまだましだったか。
もう早いトコ、お引取り願った方が良いと思う。

539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 18:34:05 ID:WioP/Jlo0
>>535
殷本紀の妲己の言にこれ従う。の後に続く紂王の悪事に付いてだけど。
全部、妲己の言に従った結果としてしまって良いのかな?それがどうだか解らないので書かなかったんだけど。

540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 20:44:02 ID:v+UjiFyn0
>>539
劉向『列女伝』の記述に引きずられているかもしれないけど、
「於是使師涓作新淫聲」から「為長夜之飲」までは、紂王が妲己の言に従ったとみていいと思う。
手元にある山崎純一とか牧角悦子とかも、おおむねそういう解釈だったし。
(山崎は紂王と妲己の共同正犯的ニュアンスが濃厚だけども)
本当は下見隆雄『列女伝の研究』とかあればいいんだけど、手元にないからごめん。

541 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 23:24:42 ID:ycucAvPc0
妲己
要出典を付けました。

542 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 00:04:16 ID:tMiGY9jI0
妲己関連のバカってすごいね。何ら根拠の無いことを自信満々に書き連ねられるその神経は羨ましい。

要出典の宝石箱やー!って感じ。

543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 00:20:27 ID:Eu8QxiFJ0
酒池肉林の旧版にあった殷本紀の変な引用?をぐぐると
あるブログがヒットした。「妲己=三大美女」のオマケ付きで。
要するに例の奴もブログの主も史記なんぞ読んじゃいないということだ。

そのブログも「殷本紀にこうある」と紹介してる点では責任を負うわな。
例の奴に「好きにやりたいならWikiはやめろ、自分のHPでやれ」というのは
正論には違いないが、Wikiの外でやっても毒を撒き散らす危険は常にあるぞ。

544 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 00:36:34 ID:iqT/Tdts0
>>543
うは・・・マジか
まあWiki外の毒はどうしようもない
Wiki内の毒は、Wikiが権威っぽくなってるから問題が大きいのだし、外で自由にやってくれる分には問題は少ないし、どうしようもない

545 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 00:51:10 ID:tMiGY9jI0
まあ、ウィキ外でやっている分には口出しする権利は無いからねぇ・・・。

546 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 01:05:30 ID:Eu8QxiFJ0
高い公共性が求められるwikiを自己表現のはけ口に選んだのが間違いだったのさ。
当人にとっては非の打ち所のない、完璧な論考のつもりが
あっと言う間に潰されたんだからおかしくもなるだろう。

あと、ここがヲチスレになるのもどうかと思うし、一通り添削したら
放置していいんじゃないか。

547 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 02:21:33 ID:IqVI+Ryd0
蒸し返したくはないが・・・
酒池肉林の殷本紀らしき文章はどうやら十八史略らしい
いいテキストが見つからんが
http://homepage2.nifty.com/zaco/text/kan/juhat/juhat01_in.txt
もちろん史料価値ナシ

上のブログらしいのも見たけど、殷本紀として紹介された十八史略の読み下しは
ウィキと同一。コピペ確定。ただ「悪女3人組」てなってた

548 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 19:53:09 ID:5Vi246okO
そのブログ見たよ
例の文はブログ主が書いたかただ盗用したか…
まあ、我々にできるのはWiki上の怪しい記述を潰して良い記事を増やすことだけ


とか言いながら冷静テンプレの人が冷静に論争してくるのを心のどこかで期待してる俺

549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 20:38:33 ID:dXYsq6F60
これか
古代の悪女3人組
ttp://www.powerwings.net/blog/history/index.php?e=11

550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 21:19:24 ID:tMiGY9jI0
>>540
教えてもらって非常にサンクス。

>>546
>ここがヲチスレになるのもどうかと思うし
そだね。後は放置しておくよ。あと、直さないといけない記事って何があるかな?

551 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 21:47:26 ID:hjMAX1Bt0
直しじゃないが曖昧さ回避のリクエストしとこう。
李通 後漢初と曹魏

以下は後漢初の記事がまだないからすぐには要らないが・・・。
劉永 後漢初と蜀漢
劉敞 後漢初と北宋
秦豊 後漢初と日本の「はた・ゆたか」氏

552 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 21:53:34 ID:hjMAX1Bt0
ああ、後漢初の李通もまだなかったわ。李忠と間違えた。
しかも李忠の曖昧さ回避はもうできてるし。
上のリクは無かったことにして下さい。

553 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 22:07:11 ID:WrXNnXWT0
王商って同時期に二人いるんだがどうしよう
(大将軍)と(丞相)って分けるか?

554 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 22:18:09 ID:tMiGY9jI0
そういう場合は出身地で分けるのがお約束だと思うが。

555 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 22:19:23 ID:WrXNnXWT0
>>554
元城王氏とキョウ成王氏かねえ

556 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 23:48:55 ID:RjzQIQch0
二字名前の同名の人物ってけっこういる
中国語版の方がその点は意外に整備されてるかな


557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 12:33:04 ID:Xpyx3n86O
蘇武の内容ひどいや
さすがルーツ君の仕事だ

558 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 16:45:27 ID:HfZ4zXk00
>>557
「杜陵(一説には京兆)の出身。」
あまりのことに吹いたwww
地理認識が全くないことを露呈ww
「京兆」と「杜陵」でググってみればいいのにな。

559 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 17:30:13 ID:Xpyx3n86O
それ序の口

家族が讒言で殺されてるとか(妻子は武帝に殺されてはいないし兄弟は職務上の理由で死んでいる)、子供の名前(正しくは通国)とか、かなりひどい

560 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 21:09:05 ID:Xpyx3n86O
東方朔がカテゴリー:仙人にしか入ってなくて吹いた

561 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 21:17:26 ID:hKZlqcde0
[[曹植]]・[[曹志]]

ルーツ君が出典として挙げている陳審擧表って何?裴注には見当たらないみたいだけど。

562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 22:13:11 ID:zpOIzPrN0
陳審擧表はグーグルチャイナで検索すると
テキストが出てくる。曹植の作には違いないが
ルーツ話は皆無。

563 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 22:24:08 ID:+fAcBzvZ0
陳審擧表は曹植の上表文だよ。
「臣聞天地協氣而萬物生、君臣合コ而庶政成…」ってやつ。
ちくま文庫の『正史三国志』なら3巻P326L8あたりからの上表文。

ルーツ君はね。
ttp://www5c.biglobe.ne.jp/~sikaban/profiel.htm
を思いっきり誤読して、「陳審擧表」を曹苗・曹志の史料だと思っちゃったのさ。
そんなわけは全くないんだけどさ。

564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/03(金) 00:05:45 ID:GG4SNv370
ルーツ君の作品に手を入れると疲れるぜ
蘇武の家族は殺されてないっての
単于に対しても謝罪どころか「俺殺したら匈奴は南越みたいになるけどいいの?」とか逆に脅してるし、抑留生活の肝心な(面白い)部分は書いていないし

565 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/03(金) 09:39:12 ID:2Aej2s2/0
とりあえずルーツ偽出典の「陳審擧表」は除去してきたぜ。

566 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 06:16:19 ID:hnoT0EFl0
[[高歓]]
疑問。
高歓の貫籍が渤海郡蓚県の人とされてるのはたしかだけど、別に
「渤海郡蓚県(現在の河北省景県)に生まれた。」わけではないんじゃないか??

567 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 11:54:50 ID:/xz/sbvh0
「出生」の節で最期まで言及してるのが何とも・・・

568 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 14:24:39 ID:JieKdUUL0
本貫を出身地と勘違いしてる人って結構多いよね。
西晋以前は本貫と出身地が一緒って人物がほとんどだろうけど、
五胡〜南北朝時代は本貫と出身地が異なる場合が多いので気をつけないといけない。


569 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 20:13:25 ID:5Hj+MrEn0
>>566
北斉書帝紀第一をちょっと読めばどこで生まれたか明記してあんのにねえ。


570 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 20:45:26 ID:6uEIc/aS0
「白道の南」か。これって何処?

571 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 21:08:46 ID:jytVu29v0
>>13

三国志研究入門に付いて。

構成は
1部 研究入門編
2部 研究動向編
に分かれる。

1部は三国志研究をするに当たり、どういった手順で進めていけば良いか。例えばCiNiiの利用方法とか論文の構成とか、あるいは三国志の基礎知識とかを説明してある。
2部は現時点で三国志に関する研究を分野別に逐一挙げている。網羅されているか、取り上げ方は公平か否かは俺には解りかねるが、とても詳細に挙げられているのは間違いない。

個人的には1部の論文の書き方が面白かった。論文の書き方に付いて解説している本はあったけど、中国史に関しては無かったような気がするので。
一つ注記しておく点は、三国志の基礎知識とか論文の紹介などはあくまで渡辺センセの考え、「名士」論に基づくものなのでそれを頭から鵜呑みにすると問題あると思う。

あと、序文で三国志学会から寄せられた言葉が印象に残った。
「中国に関する他の分野に比べて、三国志に興味・関心を持っている人々の知識レベルは高く、深いものがあります。われわれ研究者から見ても、納得できるような興味深い考え方を持っている人も多くおられます。
ただ、これまではせっかくの深い考えを研究レベルにまで高める方法を指し示す書籍がありませんでした。(中略)、
発表の場を提供したいと考えております。(後略)」

この版の住人から『三国志研究』に採用されるような人間が出たら痛快だなーと思う。

572 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 21:09:26 ID:jytVu29v0
>>571

誤爆。スマソ

573 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 21:43:14 ID:jytVu29v0
[[Wikipedia:削除依頼/史記の各節]]

を出したので賛否ヨロ

574 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/05(日) 10:25:02 ID:9AvcJjK60
祖父の高謐が法に触れて懐朔鎮に移され、父の高樹は白道の南に住んだ、と。

「中国歴史地図集」で白道を確認したらいまの内蒙古自治区フフホト市の北あたりと
なってる。ただここだと懐朔鎮より武川鎮に近いことになるね。


575 :574:2007/08/05(日) 10:30:01 ID:9AvcJjK60
いまwikipediaの高歓の記述を読み直してみたら

「武川鎮の軍閥に属する高樹の子として〜」

とか書いてあるし。なんぼ近くても明文で「懐朔鎮」と本紀にあるんだからさあ。

576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 10:57:08 ID:pIczCWT80
ふと思ったが、件のルーツバカ君って女のような気がする。何となくだけど。

577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 13:50:05 ID:18lquA+D0
王昶が重複してるね

578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 21:41:25 ID:PZNF4Pf80
王昶の項目の所の、丁奉に敗れてるってのは何の事だ?東興?

579 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 22:49:14 ID:F6lMRE9S0
[[○○ (字)]]という区別の仕方はどうなん?という気がするけど。

580 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 17:09:42 ID:71P4yyYy0
[[劉岱]]の無様な分け方にくらべればマシ
ていうかアレは分ける必要なかったなあ

581 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 18:12:32 ID:afbqStqb0
劉安とかエエ加減にせえや

582 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 18:37:33 ID:J22g+pj80
劉岱んとこに書いてる「近年の研究」ってどの研究?

583 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 18:58:56 ID:n0uU0AvuO
書いた奴が念頭に置いてたのはむじん書院あたりだろうな

584 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 09:17:49 ID:FTEiV41A0
何魏といい史記といい、削除依頼の時だけ出てくる奴は
知識皆無のくせにやたら横柄だな

585 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 12:21:15 ID:IDkgNt+F0
釣りですか。今日も暑いですね。

586 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 12:22:04 ID:IDkgNt+F0
あー。いきさつも知らないのに、なぜかデマ記事擁護する人のことね。
了解っす。

587 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 19:25:00 ID:LgitVs8pO
削除依頼に中身に関係なく関与する人たちだね

三○板の○治みたうわなにをするやm

588 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 20:43:02 ID:jaJcfRCN0
劉岱を出身地で分けたいと思うんだけど。どうかな?

589 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 22:40:09 ID:eGUInfP20
>>588
おけ
中国の人物だと

時代>出身地>字、官職
って感じかな

590 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 22:55:04 ID:jaJcfRCN0
時代>字>出身地>官職

じゃないかな?

591 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 21:01:46 ID:joW1ZuhB0
[[連環の計]]

('A`)ナニコレ…

592 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 21:12:13 ID:mDmZX9yt0
曹操の死因が脳腫瘍て何?開頭でもしたか?
司馬懿が軍師てのも微妙。軍師に就任した訳じゃ無し、
献策こそしてるが、あれ位の献策は他の者もしてるだろうし
参謀の仕事と言い切っていいのか?
出仕を拒んだ理由にしても普通に晋書見て書きゃエエもんを・・・

593 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 21:15:40 ID:YIUX8Vpk0
曹操の死因は偏頭痛が続いていたということからの妄想だろうな。
しかし脳腫瘍から来る頭痛なら薬でどうにかできるもんでもないと思うがねえ。

594 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 01:40:23 ID:DBxhR/Rn0
>>591
即時削除だったな。

595 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 05:34:57 ID:owZNnup40
とりあえず、脳腫瘍っていうのは、頭痛が出たころにはもう相当進行している。つまりもう
すぐ死んでしまうと考えたほうがよい。[[脳腫瘍]]
曹操の場合、長期にわたって偏頭痛が起きていたとなれば、どう考えても脳腫瘍ではない。
というか、偏頭痛なんて肩こりでも起こるし、いまだ原因不明の部分もある。ただ、脳腫瘍
と偏頭痛はほぼ関係ない。
というわけでたぶん妄想。
もっとも、曹操の項目については外科手術が必要。それも脳外科。

596 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 09:17:13 ID:j95p3yW80
ルーツ君なら「『傷寒論』『本草綱目』などによれば、・・・」とか
フェイクの根拠を示して、確認の労を負わせてくれるところだ
脳腫瘍とか書いた奴はまだまだ詰めが甘い

597 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 10:13:44 ID:j95p3yW80
オペしてやろうと思ったが済んでた。乙
ところで史記の故事成語はちょっと多過ぎるし、秦末漢初に偏り過ぎ
ただ、どれも史記に載ってるから消しにくい

598 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 18:13:55 ID:xwue4X2F0
[[曹操]]

「そして三国志演義の悪役に」以降の文章も非常に怪しいというか。どこぞの三国志マニアの自説展開にしか見えないんだが。

599 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 18:21:07 ID:owZNnup40
>>597
たしかに多いな。考え方によるが、[[故事]]のほうが、3つのあらすじが載っているだけの
スタブ状態だから、あれをそのまま「史記による故事」とかいう節を作って
移すというのも手だと思う。

600 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 18:22:18 ID:xwue4X2F0
全部クォートに移してしまえば良いよ。

601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 18:23:32 ID:owZNnup40
>>598
うん。だから外科手術が必要。それも脳外科。

602 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 20:16:14 ID:loDzzOq/O
史記の故事成語の出所をうるさい目に書き出したのは
実はリストラ候補をあぶり出すためだったのさ
時代の偏りとか、史記由来でないものの存在とかの問題もあるし、
そもそも成語として定着してるか微妙なのもあるな

603 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 20:32:11 ID:loDzzOq/O
あと自分で書いといて何だが、天皇ご進講の類の記録は
どんな読まれ方だったか分からんし
あんまり意味ないと思う・・・

604 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/11(土) 00:59:54 ID:MkEhWVax0
>>592
いちおう華佗が曹操を針治療したときのツボというのがあることはあるが、
ありゃいまでいう肩こりから来る緊張性頭痛の治療ポイントだ。
(史料には具体的な治療法の記述がなくあくまでも民間治療のツボだけどな)

605 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/11(土) 02:09:31 ID:+zR7uRzf0
108 名前:名無しさん必死だな[] 投稿日:2007/08/09(木) 14:22:44 ID:vhfcm0Nv0
wikiに書いてあるんだけどマジかよw
組長涙目w

最近の趣味のひとつはPS3。リッジレーサーはベストタイムを叩き出す腕前。みんなのゴルフは6アンダーがアベレージ。

112 名前:名無しさん必死だな[] 投稿日:2007/08/09(木) 14:32:21 ID:7dsv0ojMO
>>108
視力落ちるのが嫌で、モニターすら見ない人間がゲームなどするか常考

118 名前:名無しさん必死だな[sage] 投稿日:2007/08/10(金) 01:56:20 ID:oWxdcFtI0
>>108
ウィキペディアか?
あそこ実はガセも山ほど書かれてるぞ

119 名前:名無しさん必死だな[sage] 投稿日:2007/08/10(金) 08:02:21 ID:iWF0bafb0
ノート、履歴までしっかり読むのが騙されないコツ
wikipediaを見れば工作員の有無が分かる

120 名前:名無しさん必死だな[sage] 投稿日:2007/08/10(金) 19:25:12 ID:ZPboi7t00
むしろwikipediaを妄信しているヤツがいることに驚き


121 名前:名無しさん必死だな[sage] 投稿日:2007/08/11(土) 01:28:37 ID:ZtsABLf+0

ちょっと前までPS3やってるなんて書いてなかったぞ
ここみてwikiに書き込んで層だな


http://ex23.2ch.net/test/read.cgi/ghard/1184460055/

どこの分野でも似たようなものだな

606 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/14(火) 01:13:42 ID:SjHLqgJR0
さすがに盆休みつぶして記事書く奇特な人はいないみたいだし
ここも過疎ってるな。とりあえず将軍の加筆をリクエスト

607 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/14(火) 02:02:45 ID:JmKiol690
ここにいるぞ!w

608 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 16:35:28 ID:OcIEd3Wh0
ttp://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%98%8E&curid=8581&diff=14261476&oldid=14245274

袁崇煥が反乱軍の相手してた?まあ、後金軍も明から見れば反乱軍だけどな。
こいつって諸葛亮でルーツバカの記述を擁護してた奴だよな。

609 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 17:30:32 ID:ZRrgbhhw0
そのページの「明は明朝ともいい」って、おかしくない?

610 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 18:52:31 ID:C0I+5ox/O
劉ビ(呉王)のルーツ君汚染がひどいのを発見

611 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 19:14:30 ID:G1Khsajb0
ルーツバカのウォッチャースレと化してるな。

612 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 20:56:30 ID:C0I+5ox/O
別にヲチしたいわけでもないんだが、
たまたま見た記事が「ああ…だめだこれは…」って感じの時、履歴掘るとまず大抵はルーツ君なんだよね

613 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 19:47:47 ID:vGMC1P1lO
劉ビの子供三人、全員に間違いがあるのでワロタ

614 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/22(水) 01:21:16 ID:ot4RtKyT0
出典でガチガチに固めてもどうせ無駄になるからアホらしい
遊びのつもりでやってるから腹は立たんが萎える
英語版の理系記事がブリタニカ並みの信頼度らしいけど
書き込み自由のシステムでどうやってレベルを維持できるんだよ

615 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/22(水) 04:20:53 ID:LahkY8w30
>>614
>英語版の理系記事がブリタニカ並みの信頼度らしいけど
そう聞くけど、本当なのかな?俺はかなり疑ってるが。
まぁ、向こうは日本ほどIPユーザー多くないらしいから
その分だけマシなのかもしれんが。

616 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 01:30:58 ID:al2ENdd80
>劉栄(りゅうえい、紀元前171年? - 紀元前147年)は、前漢前期の前皇太子。諡号は臨江閔王である。
但し、かつては太子の地位にいたこともあって(生母の姓を因んで)、栗太子、或いは閔太子と呼ばれることもあるという。

>彼は生母が憤死したこともあり、殆ど都に参内せずに王宮で側室と戯れているばかりか、また賓客とは天下国家の事項を議論したという。
臨江王の目付からこの報を聞いた父帝は眉間に皴を寄せて引き続き臨江王を厳密に監察するように命じたという。
そして数年後の紀元前147年に臨江の領外に祖廟を建てる法律違反を犯した。
また臨江王と対立していた大臣が景帝に讒言したことも含めて、長男の不孝行為に大激怒した景帝はついに臨江王を召喚して、腹心で“酷吏蒼鷹”(獰猛な猛禽類)と謳われた中尉の?都に自分の息子に峻烈な取り調べを命じたという。
また、『漢書』「衛綰伝」によると、景帝はその前年に外戚の禍を断つために、劉栄の母方の栗一族を?都に命じて全て誅滅させている。
臨江王は都に参内する前に、その途中で江陵に立ち寄って道祖神(道教の神)を祀り、それが終えて馬車に乗る時に突然その車軸が折れたという。
これを見た臨江王を慕う江陵の長老達は涙を溢れ出して「われらが王様はもう二度とこの地を踏まないであろう…」と号泣したという。
果して江陵の長老達の予見通り、臨江王は二度と江陵の土地を踏まなかったのである。
そして?都は噂通りに峻烈な酷吏として、臨江王の精神や神経をズタズタに引き裂いたのである。
これを見兼ねた魏其侯の竇嬰(竇后の従子)は臨江王が生まれた時からのお傅役でもあったために、家臣に命じて“刀筆”(刃物の筆)を秘かに手渡して臨江王の無実の釈明文の手助けをさせたという。
?都によって憔悴し切った臨江王はそれを記し終わると牢番役に渡して、その刀筆で悲惨な自決をして果てたという。
しかも、亡くなった劉栄には跡を継ぐ子がなく臨江国は廃されて、漢の直轄地となり南郡に改称されたという。


これはひどい
特に「刀筆」


617 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 05:54:54 ID:aTxvX35y0
三国志サポ板で話題出てる[[周瑜]]の「諡は'''忠侯'''。」って件だけど、挿入したのは自称中学生だな。
2006年3月11日 (土) 10:27の編集。
別に書くのはリア厨でもいいんだけどさ、史料なり研究なりの根拠さえあればね。
でも根拠ないよね。勘弁してよね。

618 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 13:56:57 ID:oDhUyUNE0
シツ都でも刀筆がアレだな。1冊ものの漢和辞典にも「刀筆」の意味ぐらい載ってるやろ
wikiは信じるなとサポ板に書いてもいいんじゃない
まともな記事書いてきた人たちには申し訳ないけど

619 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 18:55:03 ID:eOxMCdAW0
[[劉備]]

>また、中国大陸の劉氏の多くが劉備の子孫を称している(族譜によると劉永には劉晨という子がいて、劉備の血統を伝えたことになっているが、おそらく後世の偽作であろう)。

またまた胡散臭い記述だが。

620 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 20:41:48 ID:AFmH7aQ2O
>>618
シツ都とかをいじった俺としてはその時に気付いて直せなかった不明を恥じるしかないな
にしても今は活動してないっぽいが色々やっちゃってくれてるなあ
俺の記憶が間違いでなければ劉賈とか劉交のところの呉と楚の位置関係も間違ってなかった?

621 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 01:20:33 ID:NGeiK8P70
あーもう荊(のちの呉)の都は呉、楚の都は彭城(諸侯王年表)なんだから、どっちが北かわかりそうなものだがな

622 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 02:08:29 ID:NGeiK8P70
とりあえず劉交劉賈劉栄を直した
シツ都も再修正するべきかな、あとで

623 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/28(火) 18:04:15 ID:4kfwrZ5eO
夏侯威と夏侯称の生没年があやしいな

624 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/28(火) 23:38:50 ID:3FiKw21R0
というわけで早速突っ込んでおいた

625 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/29(水) 01:20:26 ID:X1zQa0OL0
三国志の人物の生没年については昔Aboshiが調査してたなぁ

626 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 12:08:08 ID:od0dliNH0
唐の最初の段落で、遣唐使の廃止まで日本に影響を与えたとか書いてるが
政府間の交流がなくなっても一切の影響がなくなった訳じゃないはず
いま文献を探せないが、例えば
http://www.toride.com/~sansui/circulation/mouko04.html


627 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 17:00:41 ID:Z7PATtOi0
遣唐使の廃止が894年だろ?その時点で唐はもうボロボロの状態だから影響を及ぼしたとは言えないんじゃない?
もちろんその後の中国王朝から日本への影響はあったけど。

628 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 18:13:15 ID:9XlADm1O0
典拠があれば解決すると思うが、せっかく挙がった典拠を
牽強付会とか抜かすアホが絡んでくるのは勘弁してほしい

629 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 20:41:26 ID:Z7PATtOi0
それならまだしも典拠を示しても丸っきり確認せずに削除削除だけのバカ

630 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 01:35:21 ID:C6LFjCti0
自分は説得されるだけの価値がある人間だと思い込んでるバカは削除厨・出典厨になりやすい

631 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 23:20:07 ID:e/CNRsaf0
曹霖(そうりん、? - 249年)は、魏王朝の王族。諡号は定王。

曹操の孫で、曹丕の子、曹叡の異母弟(『後漢書』によると、曹丕の庶長子で曹叡の異母兄とされる)。生母は仇昭儀。子に嗣子の曹啓と第四代皇帝の曹髦(高貴郷侯)がいる。


曹霖が曹叡の兄ってのは後漢書のどこにあるんだろうね

632 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 23:35:18 ID:j6UEHLPp0
ルーツ君関連の嘘出典かと思ったら、ルーツ君が関わる以前から『後漢書』とか書いてるね。

633 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 00:09:00 ID:vyrLemos0
>>632
いや、最初に書いたのもルーツ君でしょ
曹丕の后妃や子供の部分と併せて直しておいた。
東陽武懐王とかって・・・「東武陽」って地名を知らないの丸分かりです

634 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 01:45:10 ID:Oa6NNzX00
曹丕
「肺炎で死んだ」てのを書き足したのは、見た事無いIDの奴だが
コメント欄に「大加筆」「訂筆」「新加筆」と書いてあって、多分・・・な
その前に「風邪をひいて死んだ」と書き足した奴はよくわからん

消しても残しても歴史は全く変わらんが勘弁してくれ

635 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 01:59:48 ID:vyrLemos0
「訂筆」なんて面白表現はルーツ君しかいませんわ

636 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 19:50:22 ID:44BfG/Ub0
楊業はないですね

637 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 06:41:11 ID:DyEOu/cu0
拾遺記の原文載せているウェブってどこかないかな?

ウィキソースは漢文は比較的充実しているがなかった。

638 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 13:24:20 ID:1NXUwEw10
http://www.isurs.com/newbb+viewtopic.topic_id+277.htm
ここの下のpdfが『拾遺記』全文

639 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 19:28:34 ID:HH2anTDw0
拾異記って、こうやってまとまった形では初めて見たけど、すごい内容だな。

640 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 20:04:28 ID:vxD12T490
中国では、始皇帝が宇宙人と遭遇したという説?の根拠として
拾遺記が引用されてるらしい

641 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 00:36:32 ID:EP0/OcQy0
日本史史料もネットで見られるのが増えればいいのに
その点では中国史は結構恵まれてると思う
底本との異同とかの問題もあるが

642 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 10:03:05 ID:TREgBxfK0
[[李驤]]
んー、ルーツ君の記事は非常にあやしい。

とりあえず『華陽国志』巻十一読んでみた。李驤の伝は、陳寿の伝に付されているもよう。
ttp://ef.cdpa.nsysu.edu.tw/ccw/02/hygj3.htm
「時梓潼李驤叔龍,亦雋逸器,知名當世。舉秀才,尚書郎。拜建平太守,以疾辭不就,意在州里。除廣漢太守。初與壽齊望,又相昵友。
后與壽情好攜隙,還相誣攻。有識以是短之。亦自列傳。」
本文はこれだけ。
梓潼の李福と李驤が父子だって話は、『三国志』蜀書楊戯伝裴注所引の『益部耆旧雑記』にしかないんじゃない?『華陽国志』がもとみた
いに書くのはアンフェアだ。
それに李驤は、「孝廉に推されて」じゃなくて「秀才」に挙げられたみたいだし、「郎中」のことは見えないし。

梓潼の李驤の子が李寿ってのも見えない。これこそ成蜀の王族(巴西の李氏ね)の話と混同しているとしか思えない。
「なお、彼の嫡子の李寿はチベット系の巴氐族の酋長の李雄が建てた成蜀の武将となった。後にかつての主君筋であった劉玄が
永嘉の八王の乱に巻き込まれて一族が全て殺され、命からがらに洛陽から亡命すると、李寿は劉玄の近侍になったという。」
なんて文章そもそもがおかしい。「永嘉の八王の乱」なんて語もおかしいし、永嘉の乱の前に「李雄が建てた成蜀の武将となった」なんて
タイムスケジュール的におかしいよ。

あと、成蜀の王族の李驤は、李特の弟(『晋書』巻120戴記20)だから、李雄の従弟ではなく、李雄の叔父ではないかと思うんだが。

643 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 10:06:58 ID:TREgBxfK0
>>642
自己訂正。
「永嘉の乱の前に「李雄が建てた成蜀の武将となった」なんてタイムスケジュール的におかしいよ。」とか書いたけど、これは間違い。メンゴ。

644 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 20:40:01 ID:CxtSOLD40
以前から問題になっていた[[垓下の戦い]]を修正。
しかしどこから仕入れたウソなのか。全く以って何といって良いのかワカラン。

645 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 17:04:58 ID:34MyOef/0

最近ルーツ君レベルの奴が増えてるな

646 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 05:03:59 ID:YbilHrUG0
>>641
日本史の資料は本当に少ない。ウィキソースにも全然ないし。


647 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 11:55:41 ID:GZW/aosiO
光武帝の項の「30分の1」おかしくないか?

648 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 17:43:56 ID:Vl5vGy3G0
「税率を景帝時代と同じ、収穫高の30分の1に戻した」やね
もう書かんけど

649 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 19:44:03 ID:GZW/aosiO
ググってみると、どっちが先か知らないが「それまでの30分の1に減税」という珍説が広まってる模様

650 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 17:13:35 ID:bJgo+8a80
WikiScannerでIP Rangeを
124.144.0.0-124.145.255.255
とすると、ノイズもあるけどルーツバカの記事が探しやすいよ。
漢字の項目を流して見るだけでも、
簡単に中国史の人名(≒ルーツバカの編集)が見つかる。

651 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 03:03:02 ID:OEeTXPbk0
ちょっと「鶏肋」について検索していたのだが、
Wikiでは『三国志』魏志 武帝紀の注に引用される『九州春秋』と
『後漢書』楊修伝の正史の記述をすっとばして
『三国演義』しか出典を説明していないのはどうよ?
Wikiの『三国志演義』の鶏肋についての説明の部分も、
曹操が「鶏肋…」と呟いていたのを楊修が直接聞いたと説明しているが、
手元の『三国演義』(岳麓書社からでている安物の簡体字本)では、
曹操の呟きを直接聞いたのは夏侯惇で、
夏侯惇の伝令を介して楊修に伝わったことになっているのだが
(第72回 諸葛亮智取漢中 曹阿瞞兵退斜谷)

652 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 21:21:01 ID:jJOopUdx0
『三国志』しか知りません。
[[李儒]]は演義だけの架空の人物です。

653 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 22:18:03 ID:/nufJQOw0
>>652
三国志だけが中国史じゃないぞ

654 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 00:19:17 ID:YbWsB9AT0
李儒は『後漢書』や『資治通鑑』に出てくるよね。

655 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 00:27:30 ID:YbWsB9AT0
>>651
劉備が「蜀の前主」になってるのもどうかと思う。「先主」だろ。

656 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 20:31:50 ID:bZK4d3C+0
>>652
後漢書や後漢紀、通鑑を知らないのはまあいいんだけど、
三国志に書いてないことをすぐに演義の創作だと言っちまう短絡性を
どうにかしてほしいよね。ウィキペに限らず。

657 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 22:59:28 ID:8+NfwCiz0
[[少帝恭 (漢)]]

英語版や中国語版もそうなっているみたいだけど、恭の出所分かる人いない?

658 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 01:58:05 ID:M1qgILgk0
劉恭の名前を疑問に思う人は本場にもいるようで・・・
http://blog.sina.com.cn/s/blog_48da473001000a5j.html
http://bbs.guoxue.com/archiver/?tid-442155.html

659 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 14:00:01 ID:lCGbXuXdO
出所不明と加えたのは俺なんだが、以前史記会注考証と漢書補注調べたときにはわからなかった
なんでみんな恭を無批判に使ってるのか理解できない
宮崎市定は名を不明としていたはず

660 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 14:05:02 ID:SJNa+v0r0
明治書院の新釈漢文大系でも名は不明とはっきり書いてる。
少なくともまともな出所ではないだろうな。

661 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 17:11:01 ID:SJNa+v0r0
西嶋定生の『秦漢帝国』でも山川の中国史でも恭にしてあるなぁ。何なんだろうか。

662 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 20:58:40 ID:PQqgJgvz0
呂曠。演義ベースで書かれてる上、
正史では孔明が三顧の礼で迎えられる以前とか何とか、意味不明なことが書かれてる。
きもいよー。

663 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 22:26:57 ID:exJGpklG0
劉恭って、劉盆子の兄貴だろ。
『後漢書』引けば、ほかにもいるぞ。

664 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 22:33:53 ID:SJNa+v0r0
>正史では孔明が三顧の礼で迎えられる以前とか何とか、意味不明なことが書かれてる

それは恐らく博望坡の戦いのことを言っているんだろう。

665 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 05:52:38 ID:OlYcJ5dD0
[[夏候惇]]で記事起こしちゃうような奴が初版だからな
推して知るべし

666 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 12:40:45 ID:HX7IQ/npO
少帝「恭」、以前世界史板で話題にした時は、「某」の見間違えから始まったんでね?って話が出た

667 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 20:19:12 ID:pcKJKq0h0
>>652
そもそもここは「三国志板」じゃないんだから、一度くらい岩波か汲古の「後漢書」を図書館で借りてこい!

668 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 21:30:58 ID:X4v+WbJq0
>>652は「李儒は架空の人物」と書いてあった初版を嘲笑ってるんだろう

669 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 12:20:47 ID:wdNrOMUfO
周勝之などに見える「文帝の双子の妹」、酷いな
まず史記・漢書では周勝之の相手は文帝の娘と書いている
また例え文帝の妹で薄氏の子だとしても、双子という根拠はない
(妄想者は高祖と同衾したのが一回だから双子と言いたいのだろうが、薄氏が幸されたのは「希に」であり、一回のみとは言えない)

編集合戦は勝手だがこういうところをそのままにするのはどうかと思う

670 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 13:25:59 ID:P0m1Q3TR0
wikipediaは自分が立てた記事に合わせて史書の文言を曲げる事もできる
極めて自由度の高い百科事典だからな
自由とは素晴らしく尊いものだ

671 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 13:58:29 ID:ibldTd+50
陳余
「張耳と『刎頚の友を交わした』」・・・
「『儒者』のカイ通が」・・・

672 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 18:37:33 ID:dvSG/R2M0
当時、双子なんてまともに生まれたかどうか。
当時の出産技術ってのはどうだったんだろうな。きっと乳児死亡率80パーセントとかじゃないのかな。

673 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 20:58:47 ID:dvSG/R2M0
史記にも漢書にも公主としか無いから文帝の「妹」とは確定できないと思うんだけど。どうなのその辺。

674 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 21:00:06 ID:dvSG/R2M0
間違い。文帝の娘とも高祖の娘とも、もしかしたら恵帝の娘かもしれない。ということで。
どれかを確定できないと思うんだけど。どうなんだろうか。

675 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 21:24:04 ID:t2eIVKF60
それ以前に双子だったらまともに双子として育てるはずは無いと思うんだが。
洋の東西問わず双子は嫌われる存在だったし。

676 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 22:19:30 ID:wdNrOMUfO
>>674
いやいや、周勝之の嫁は史記・漢書の周勃世家(伝)に「孝文帝女也」と明記されてます
むしろ何故双子の妹説が生まれたのか…?

>>675
論語に列挙されてる謎の人名が双子だという説があるくらいだから断言はできんですよ

班固と班超は同年生まれだから双子の可能性があるし

677 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 22:36:52 ID:dvSG/R2M0
>>676
あ、確かに書いてあった。すいません。大ボケ・・・。

678 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 14:08:50 ID:OeiwmpRM0
個人サイトが出典か・・・

679 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 18:55:28 ID:futXYSnv0
そのサイトにも文帝の娘としか書いてないぞ。

680 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 19:09:51 ID:nx7+uM99O
双子説って他にどこにもないよ、多分
唯一あるのがWiki

何とかよ氏はルーツ君あたりが入れていた妄想をそのまま書いてるんじゃないのか?

681 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 20:55:49 ID:futXYSnv0
この立つのかよって色々トンチンカンな編集やってるな。
[[諸葛亮]]でルーツ君が付けた諸葛亮のニセ子供の記述の要出典ハガシとか。

682 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 21:04:01 ID:nx7+uM99O
周勝之が6歳で結婚って何がソース?
のかよ氏がソースに挙げてるサイト自体に不明な点が…

683 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 21:10:18 ID:futXYSnv0
いや、六歳で結婚は周勃世家に書いてるよ。
外部リンク先のページはかなり信頼できるサイトと思うよ。
もちろん出典として挙げるのはどうかと思うがな!

684 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 22:00:28 ID:nx7+uM99O
>>683
ありがとう
該当箇所はわかったよ

でもこれ誤読でしょ
正しくは「勝之が侯になって6年後、勝之は公主と結婚していたが不仲だったため、殺人罪で(公主に庇ってもらえず)侯を罷免された」だと思う
年齢ではなく「○年後」の意味で「歳」を使うのは周勃世家だけ見てもわかるはず

685 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 22:03:43 ID:futXYSnv0
ああ、そうか。確かにそうみたい。失礼しました。>誤読
・・・しかし新訳漢文大系もその間違いやってるな・・・。

686 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 09:14:55 ID:JEp6z2Fq0
張藐。またしてもルーツ君か。
だいたい魏の張緝の息子が後漢書に載ってるわけないだろう。
早く死んでくれと言いたい。

687 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 09:41:51 ID:JEp6z2Fq0
董卓。
父親の諱が出典不明。そんなの後漢紀にも後漢書集解にも三国志集解にも出てこないぞ。>222.147.8.132
董承を弟という説が出所不明。つかお前の妄想だろ。兄董擢の字も捏造している。
こいつルーツ君と行動パターンが一緒だよ。>大日本帝國海軍博物學大尉

688 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 22:16:50 ID:NAMbAn2h0
>>687
要出典はって1週間応答なかったら消しちゃえ

689 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 22:27:24 ID:JEp6z2Fq0
どうせ根拠なんかないんだろうからさっさと消してきた。

690 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 00:59:58 ID:UAetPbEK0
某掲示板での依頼にもとづき、Wikipediaの「孫覇」と「孫壱」のページに要出典を貼りました。
「孫壱」=「孫懿」の出典が分かるかたがおられましたら、補筆訂筆お願いします。

691 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 01:02:45 ID:4d0WxavFO
訂筆とはまた特徴的なおことばですね

692 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 01:18:38 ID:UAetPbEK0
こりゃ失礼。「補筆訂正」でご満足ですか?

693 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 21:34:58 ID:4d0WxavFO
周勝之の「6歳」も直して欲しかったぜ
俺は今直せない環境なんよね

694 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 21:49:18 ID:4d0WxavFO
しかしアレやね
公主と仲が悪かったことまで消してしまうってのは、史記の訳本でもいいから直接当たってたらやらないんじゃないかね

まあ何かの間違いということにしておこう

695 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 22:16:18 ID:yW3O6Uao0
日本史の事よう知らんけど、張飛と本多忠勝が無関係なのは確定?
だったら三国志や張飛から消していいのでは?

696 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 22:19:34 ID:enpR13Nx0
少なくとも誰も出典を挙げられないんだから消しても文句は言えんだろうな。

697 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 22:24:52 ID:enpR13Nx0
六歳に関して。漢文大系も間違いやってたんでばっさり切るのも躊躇われたんだよね。
一応註釈付けてみたけど・・・、何とも知れん文章やな。我ながら。

698 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 22:31:55 ID:4d0WxavFO
>>697


この件については、
・漢書周勃伝ではこの部分にそもそも「六歳」がない
・漢書侯表によると勝之が侯を継いで六年で有罪になっている
この二点も正しく読む上で大きなヒントになるはず

699 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 22:40:09 ID:enpR13Nx0
あ、確かに。しかも史記の表でもそう書いてるやん。
ハズカシー、金を飲んで氏んできます。

700 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 22:52:02 ID:4d0WxavFO
残念ながら今度は間違いだよ
公主との結婚は周勃が生きている時からなのは明らか
公主との結婚のくだりは、「(元々)勝之は公主と結婚していたが仲が悪かったので〜」という内容であって、「六年して結婚した」という意味じゃあないんだ

701 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 22:55:33 ID:enpR13Nx0
でしたね・・・。焦ってやると碌なことが無い。
今度は焼身自殺の上に首を絶たれて氏んできます。

702 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 23:55:22 ID:4d0WxavFO
>>701
乙っす
願いを聞いてくれて感謝

史記はマジで読み辛いから気にしなさんな

703 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 23:58:27 ID:35hgwhAI0
取り込み中みたいだが、>>695の件はずっと要出典でいいと思う
根拠なしのままけっこう流布してる話らしいが
消してしまうと訛伝であろうという事すら本文からは判らなくなる

704 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 21:53:13 ID:MH0QKAGTO
曹叡の后妃
「廃皇后虞氏」って…
虞氏は皇帝になる前の王妃であって皇后になってないから「廃皇后」って表現は間違いです
追加したのは勿論…

705 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 22:23:58 ID:hJjXnwec0
それくらいなら可愛いもんよ、HAHAHA。

706 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 23:26:06 ID:MH0QKAGTO
捏造の一種なのでまるで可愛くないです

707 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 23:40:27 ID:hJjXnwec0
一応、あったことを基にした捏造だろ?
丸っきりどの史料にも何の小説にもないようなことが唐突にポンと出てくる捏造に比べれば。

708 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 09:38:48 ID:7EuPb3Tv0
下を探せばそりゃいるだろうが、そんなのと比べても何の説得力もない。

709 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 12:44:53 ID:ssOLGis9O
斉王芳、記事に「皇帝に即位する」が抜けてるな
そのせいでよく読むと内容が目茶苦茶になっとる

710 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 20:02:08 ID:ssOLGis9O
吾粲で本人が車騎将軍になったかのように書いてるが、車騎将軍になったのは孫権で吾粲はその主簿にしかなってないぞ
そんな記事を追加したのは誰だよ

711 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 19:11:02 ID:cihYbVK9O
劉備の「烈祖」ってどこから出て来たんだ?

712 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 19:12:32 ID:d+cO5ICYO
あと孫堅の始祖も

713 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 19:17:01 ID:cihYbVK9O
始祖は列伝注にあるんだけど劉備はないよね

714 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 20:46:22 ID:i0FnfqO80
>>711
晋書に見られる記述だな
たしか晋書王彌伝に匈奴劉淵が言った言葉として

元海謂彌曰:「孤本謂將軍如竇周公耳,今真吾孔明、仲華也。
         烈祖有雲:'吾之有將軍,如魚之有水。'」

とある、大意は
「私は昔あなたを竇融のような人物であると評していたが、全く以って見当違い、
 今や諸葛亮、ケ禹に比肩する王佐の才ではないか。
 列祖(劉備)には青雲の志しがあったが、彼の言った「水魚の交わり」とは
 将軍(王彌)と私(劉淵)のような関係のことを言うのだろうな。」
てな感じか?
他にも探せばありそうだが、同時代での表現は見つけられなかった

715 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 21:16:06 ID:cihYbVK9O
>>714
教えてくれてありがとう
無知を棚に上げて言うのもアレだが、やっぱああいう内容はちゃんと出典書いてくれないとなあ

716 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 21:18:00 ID:WCp6c5tC0
件の記事を書いた奴はそれが出典なんて知らなくて、どっかのウェブに書いてあったのをそのまま移しただけと思われ。

717 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 21:21:44 ID:jzi+WZCV0
一応間違いじゃない事になるけど、この一事をもって
「廟号:烈祖」みたいな全く慣用的でないものを
付け足すのもどうかと思うよ

718 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 21:34:13 ID:i0FnfqO80
>>717
同意、昭烈皇帝+蜀漢の祖というパーソナリティーから、「烈祖」という表現は妥当かもしれないが
廟号としては正式なものではないからねえ
世間では大っぴらには使えない呼称だな

719 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/05(金) 21:39:33 ID:SQd44o+B0
[[子嬰]]
>実際には皇帝を名乗っていたのではないかとの指摘が為されている

誰が指摘しているのかなと。例の文帝の双子の妹と書いたバカの記述だからどうも胡散臭く感じる。

720 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 00:10:28 ID:yDiLCjK90
まあ罵倒語は腹に仕舞っとこうや
雲台二十八将が徳川二十八将の元になってるとかいう話は
江戸時代の文献を渉猟できる人に検証してもらえんかな

721 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 01:52:16 ID:hVOWkOV+0
徳川二十八神将の元ネタは千手観音の二十八部衆あたりかも知れん
二十八部衆は護法善神だが、光武帝の部将は神格化されてないし

ただ、当時すでに後漢書や文選で二十八将論を読めたはずだから
光武帝が元ネタでも不思議は無いが

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