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【大耳児】 劉備 【昭烈帝】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/19(金) 15:16:24 ID:/dny6RAj0
 劉備(161 - 223年、在位221 - 223年)は、東漢末期から三国期にかけての武将で、蜀漢の建国者。西漢の
中山王劉勝の末裔を称し、字は玄徳、諡号は昭烈帝。
 三国演義においては、主人公格の待遇を与えられ、正義の君子として描かれている。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/19(金) 15:53:23 ID:Ov2VhAAJ0
 劉備は自ら西漢の景帝の第8子、中山王劉勝(生年不詳 - 前113年)の末裔と主張していた。劉勝には、劉貞を初め、孫
も含めて120人以上の子を残しており、劉備の直接の祖とされる劉貞は、紀元前116年に涿郡涿県の列侯として爵位を賜
った。だが、紀元前112年の年始頃に、劉貞は皇族のみに課された漢朝への上納金を納めなかったために、叔父である武
帝の逆鱗に触れてしまい、侯の地位を取り上げられそのまま涿県に住居していたという。そのため、系図もそこで止まって
おり、劉備との系図の繋がりを確認することはできない。以降の劉備の家系は歴史研究学者の事実に基づいた検証の積
み重ねの成果と、まだ発掘されてない当時の記録書が発掘されることを期待するのみである。

 その一方で、当時の東漢では西漢以来の歴代皇帝の末裔に対して幅広い税の減免が認められていたため、一般の住
民が勝手に漢の皇帝の末裔の証しとも言える劉姓を名乗ることは重大な違法行為であり、もちろんそのような事を行なうこ
とは困難であったとされている。そのため、劉備の主張を単純に嘘と決めつける事はできない。

 また、中山王劉勝は淫色に耽った王として有名であり、子は50人以上もいたため、約300年後の当時には中山王の末裔
は中山国を初め、涿郡や常山郡などに拡がっていたと思われる。仮に劉備が中山王の末裔だとしても、あまり価値はなく
劉備同様に没落して庶民同様に零落した家は珍しくなかったと思われる。 逆に言えば、劉備が中山王の末裔だった可能性
も充分にあると言える。

 なお、『三国演義』では献帝の前で、劉貞から劉雄までの間の13代を読み上げられる場面が書かれているが、これはもち
ろん創作である。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/19(金) 15:54:41 ID:grribzvo0
最近三国志のスレが立ちすぎだと思う

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/20(土) 15:29:13 ID:3U9AujMN0
何だかんだで狡猾な男だよね。

かなり「謀」も使っているし。

曹操ほど器用じゃないけど。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/20(土) 20:30:06 ID:v/ODXrh/0
あちらこちらを転々とする疫病神だよな。

劉備を受け入れた勢力は、亡びへの道を歩み、
劉備はとっとと逃げるし。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/20(土) 23:36:59 ID:5pQWJ/5H0
それでも受けいられるのは凄いじゃないか。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 06:37:10 ID:gReZr/4j0
( ゜Д゜)奪おー

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 15:12:42 ID:uyW5DGbW0
>>6
多分、言葉では説明しにくい人間的な魅力があったんだと思う。
人物としての器があるとでも言うのかな。
結構、苦労しながらも付き従っている人が多いし。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 18:47:29 ID:lmMknHkt0
正史で各人の劉備に対する評をまとめてみると結構面白いよ。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 23:57:35 ID:eGqDZe1f0
>>8
劉備と劉邦は似ているって言うしね。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/23(火) 16:44:41 ID:e7feaU810
劉備も、どうも劉邦を意識して行動していた節があるように思う。

高祖の再来と言われたかったんだろう。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/23(火) 23:13:49 ID:nXIpBtS10
たくさん負けたのも高祖を見習ってw

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 23:56:19 ID:1ZpCS/pH0
子供の時に塾で学んだりしたようだし、
豪族とまでは行かなくても、
全くの百姓というわけでもなかったみたいだな。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/25(木) 23:50:57 ID:UuLzHOlr0
後援してくれる商人もいたらしい。

そういう点じゃ、やっぱり人間的な魅力があったんだろうね。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 23:52:01 ID:xaGbAMT10
何だかんだでこの人、部下人材には恵まれているよ。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 13:53:52 ID:gbUr/f3P0
劉皇叔w

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/28(日) 16:20:51 ID:x1RbvUlz0
中山靖王劉勝ってすごい子沢山なんだし、その子孫と言うのが詐称なら、
劉備はいいところに目をつけたと言えるね。
ひょっとしたら劉備の先祖の代からの詐称の可能性もありそうだけど。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/29(月) 23:50:50 ID:MqGkT5ux0
劉備個人の武勇はどんなものだろうね。

若い頃は、かなり勇ましかったのかな。

老いてからはあまり強い印象がないのだけど。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/30(火) 20:09:53 ID:uOw3Xu9i0
傭兵みたいなことやってたんでしょ。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/30(火) 23:11:09 ID:V67VRuzS0
「みたいな」事はやってないよ。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/03(土) 22:12:32 ID:h8+xsO/m0
手は膝の下まで届く長さがあったって本当かなあ。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/05(月) 23:59:16 ID:GkjDKC4p0
なわけない

23 :名無しさん@お腹いっぱい:2007/02/07(水) 15:20:16 ID:6V6tFHQ50
>>11
見習ってるかなぁ?
劉邦の本紀と劉備の列伝見比べると、行動自体は似てない気がするんだが。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 15:38:24 ID:3XMnymf40
はっきりとしているのは、

劉邦 >>>>> 劉備

だな。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 04:51:37 ID:fYRIsTRvO
君主の器としては劉邦の方が上だが個人の能力としては劉備の方が上な印象がある

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 19:35:47 ID:8lvWr/KI0
劉備に高祖のような数十万の総指揮を取れる能力があったかのかはわからない。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 21:03:52 ID:fYRIsTRvO
いやだから劉備は高祖ほど将の将としては優れてるわけじゃないけど
一部隊の将軍としては劉備の方が優れてるといいたいわけで

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 22:47:19 ID:Zx8hlUo70
某三国志漫画の○天○路では劉氏なのは形だけで
タテマエがあれば漢朝復活できる〜とかいってだが?

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 01:10:09 ID:N3q8jehT0
野に育った奴と、学問しちゃった奴の差かもな。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 09:12:50 ID:dqZYJ3w20
劉備って一部隊の将としては実際そんなに弱くないんだよな。
負けた時の相手が馬鹿みたいに強い奴ばっかりだったわけで、
特に旗揚げ時代の傭兵部隊の隊長やってたころなんか、
腕っ節と指揮能力で頭角を現したようにも見える。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 14:02:24 ID:T7bvvuFM0
何を今更

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 16:21:12 ID:GYldpgBO0
たしかに。今は21世紀だからな
ならこのスレいらないじゃん

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 21:22:58 ID:DsPYHZ7B0
歴史は繰り返すのさ

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 22:52:28 ID:UtamlBLM0
諸葛亮先生が加わるまで領土拡大とは無縁だったな

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/25(日) 19:14:06 ID:IWzqZvTW0
関羽や張飛・趙雲なんかが「この人こそ主君!」と思った理由はよく分からん。
後世の俺らから見れば、負けるほど出世する愉快な男だったり
筵売りから天下を獲っちゃったり、最後はちょっとしょんぼりだったり
なかなか面白い人物だけどさ、共に生きてる彼らには先のことなんか分からないわけで
一体何を思って劉備に就こうと決めたんだ?
それほど見栄えが良かったわけでもなさそうだし、「劉」姓もそれほど効力があったわけではなさそうだし。
なんかオーラでも出てたのか?

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/25(日) 22:27:10 ID:iPLfPzAI0
人間的魅力が有り余るほどあった、というのはくどいほど正史に描かれてる
しまいにゃ曹操まで騙されてるんだからこれがよほどのものと気づけ

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 21:46:59 ID:g0xdm04b0
すまん、正史は読んでないんだ。
そこそこの魅力だったら長い放浪生活の間に見捨てられたりしそうなものだが
いくら負けても逃げても皆ついてきてくれるあたり、本当によっぽどのものだったんだろうな。
やっぱり全然具体的な想像はつかないけど。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 21:50:37 ID:qLOX58Zq0
劉備が人を食った話
劉備が感動した美談であるとされているが、出典がわからん。
なんか、いつもこの疑問を出してもさらっと流される。
他にも食人にはこんな例があるよ、っていうのを求めてるわけじゃないんだが。
「劉備が感動」の部分と「美談」の部分の出典がほしい。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 23:59:28 ID:THGhnWx10
蜀漢の成都って、城市としてはどれぐらいの規模だったんだろう。
地方政権とは言え、一応都城だしね。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/01(木) 16:26:01 ID:ICx8HOcr0
>>38
何が聞きたいのかよく分からないけど出典は演義の19回、
劉備が感動したのは劉安が妻を殺してまで自分をもてなそうとしたことでしょ
現代の日本人にとっては酷い話だが

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/01(木) 17:03:27 ID:B0QCw8C40
>>40
該当部分をちくまから持ってくると、
>劉備は仰天してわけを聞き、はじめて昨晩食べたのが、劉安の妻の肉であったことを知り、
>胸つぶれる思いで、ハラハラと涙を流しながら馬に乗った。
これを読んでも劉備が感動してるようには思えない。

なぜこれが美談とされていると思われているかというと、この部分の
>玄コ不勝傷感
という表現を、日本で小説にする時に、
>玄徳は感傷してやまなかった
と書いてしまったのが原因だろうと思う。この後に鉢の木をもってきてることからも、
感傷=感動と解して、美談だとしてるんだろう。



しかし、もしかしたら美談の出典は他にあるのかもしれないと思った。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 16:25:23 ID:naPZWh5Y0
>35
関羽張飛よりも腕っ節が強かったりして。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 17:25:40 ID:Bug5+iGV0
劉備ってこんなヤツ

劉元起 「一門の人間の中で並みの子供ではないからだ」(先主伝)
麋竺 「劉備でなければ徐州を治めることが出来ない」(先主伝)
袁紹 「劉備は度量が広く立派な信義のある人物だ。劉備が徐州を治めることは私の希望に沿ったものでもある」(先主伝注)
呂布配下諸将 「劉備はしばしば態度を変えるしてなづけるのは不可能。始末するべき」(先主伝注)
程c・郭嘉 「ずば抜けた才能を持ち人心もつかんでる。最後まで人の下にいる人物ではない。始末するにしくはない」(武帝紀、程c伝、郭嘉伝注)
呂布 「この男が一番信用できんぞ」(呂布伝)*
曹操 「今、天下に英雄と言えるのは君と余だ。袁紹などは問題にならん」(先主伝)
程c・郭嘉 「劉備を自由にしてはいけない」(武帝紀、程c伝、郭嘉伝注)
董昭 「劉備は勇敢にして大きな野望を持ち関張がその羽翼となっているので信頼してはいけない」(董昭伝)
曹操・郭嘉 「劉備は人傑であり今攻撃しないと後の災いとなろう。袁紹は機を見るに敏でなく行動を起こさないだろう」(武帝紀、郭嘉伝注)
張遼他 「北方討伐の隙を突き劉表に説いて許を襲撃するに違いない」(武帝紀、張遼伝注)
傅巽 「劉備では曹操に対抗できない。仮に対抗できるとしたらいつまでも劉jの下位にはいないだろう」(劉表伝)
程c 「劉備は英名があり関張の武は万人に相当する。孫権は彼らと協力し我らに抵抗するだろう。それはやがて分裂するだろうが、その時にはもう劉備を殺すことは出来ないであろう」(程c伝)
曹操 「劉備はわしと同等だが、計略を考え付くのが少し遅い」(武帝期注)
劉巴 「劉備は英雄で受け入れれば必ず害をなすので断るべき」(劉巴伝)
黄権 「劉備は勇名を馳せており、部下として遇することは出来ず、賓客として扱えば二君を認める形になる。国境を閉鎖して入国させてはならない」(黄権伝)
劉巴 「劉備に張魯を討たせることは虎を野に放つのと同じことだ」(劉巴伝)
趙戩 「用兵は稚拙で逃走にあけくれてる。一方、蜀は小国と言えど堅固な地である。併合は不可能だろう」(先主伝注)
傅幹 「劉備は度量があり部下に力をふりしぼらせる事が出来る。また政治・戦略に優れた諸葛亮が大臣となり、勇敢で万人を相手に出来る関張が将軍となっている。成功しないことがあろうか?」(先主伝注)
張魯 「曹操の奴隷となっても劉備の上客にはならん」(文帝紀注)
劉曄 「劉備は人傑で度量もあるが行動は遅い。今蜀を手に入れたばかりでまだ治まってないので今これに付けこんで押しつぶすべき。さもないと政の諸葛亮、武の関張らを用い要害を利用して防備し再び犯すことは不可能となろう」(劉曄伝)
曹操 「玄徳がこのような策を考えつくわけがない。誰かの入れ知恵に違いない」(法正伝)
龐徳 「劉備は小物に過ぎない。わしは国家の鬼となっても、賊の将にはならん」(龐徳伝)
賈詡 「劉備は優れた才略を有し群臣にこれに匹敵するものがいない」(賈ク伝)
劉曄 「劉備と関羽の関係は道義では君臣だが恩愛では父子。小国といえども必ず報復の軍を起こすだろう」(劉曄伝)
曹丕 「劉備は戦争を理解していない」(文帝紀)
陳登 「傑出した雄姿を持ち王覇の才略を備えている点で劉玄徳を尊敬している」(陳矯伝)
裴潜 「中原にいれば乱を齎すことは出来るが太平を招くことは出来ない。しかし要害の地を占めれば一方面のあるじとなるだけの器量はある」(裴潜伝)
彭羕 「劉備は老いぼれて話にならん」(彭羕伝)*
(*付きは悔し紛れの罵詈雑言なので除外してもいいかな?)


44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 17:46:24 ID:5WUhnEijO
こうして見るとほんとに劉備って不思議な人物だね
三国志で一番得体の知れない人物だな

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 20:59:19 ID:/LJyeXc70
呂布と愉快な手下たちはそろって「こいつ信用できないよ」って思ってるのか。
お前に言われたくないよバーカバーカw
現代日本で抱かれているイメージだと
>傅幹 「劉備は度量があり部下に力をふりしぼらせる事が出来る。
ここらへんが一番近そうかな?

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/03(土) 12:37:27 ID:/0CCQ39Y0
>>43これは稀に見る良レス

すばらしい

高祖、光武帝のDNAが含まれてると信じてしまうな。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/03(土) 14:19:29 ID:ODzlr6Q6O
もしかしたら高祖の血は引いているかもしれないけど、光武帝の血は引いてないよ

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/04(日) 20:25:47 ID:BqprZ7Dv0
そうだった!

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/10(土) 14:46:44 ID:pIIAabdI0
むしろ、程cとか予言者かと思ってしまう。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 23:59:04 ID:vmMeqhK/0
この大耳野郎が一番信用できねェ! by呂布

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 09:40:44 ID:usJKHLhL0
呂布配下に「しばしば態度を変える」なんてそこまで言われるって、
その頃の劉備にそんな前例あったっけか?


52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 12:57:14 ID:VCwNSQ/00
>>51]
公孫サン→田楷→陶謙→徐州牧→親曹操派
これくらいかなあ?世渡り上手。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 15:30:53 ID:g4z02q970
袁術派だった徐州を問題起こさず袁紹派にするというアクロバチックな真似してるしなぁ
これ全然目立たないけど当時の中原のパワーバランスを一気に塗り替えてるよ

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 16:31:59 ID:UUccATef0
徐州が袁術派ってソースは何なの?

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 18:12:46 ID:VCwNSQ/00
確かに陶謙は袁術寄りか、と言われると微妙だね。
公孫サンあたりは袁術寄りらしいけど。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 18:40:23 ID:UUccATef0
最初に袁紹派袁術派とか言い出したのは誰なんだろうな?
ある場面を切り取ればそう見えなくもない一面もあるが、ほとんどはその場の都合でころころ変わってるのに。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 19:42:14 ID:VCwNSQ/00
その「都合」ってのが袁紹袁術を軸にしてるからじゃないの?

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 20:24:59 ID:UUccATef0
>>57
実はあまりしてない。
敵の敵は味方程度。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 23:47:25 ID:ZtyCdL9v0
結局は、みんな自己利益中心に動いていて、
有利に見える方についていただけじゃないの。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/31(土) 15:33:25 ID:fslYCW750
こうしてみると
劉備恐ろしい子

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/31(土) 15:50:10 ID:fslYCW750
しかし
糜竺が今一よくわからないんだよな
当時金持ちだったのに全財産を劉備に与え
妹を与え劉備が逃げるとき付いてきて
曹操に誘われても断ってるし
あまつさえ弟が裏切ったとき自分を縛り付けて宮廷に現れてるのだから
この男は劉備をどんなふうに思っていたのだろう

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/31(土) 16:38:42 ID:Gs9clL4R0
金持ちだけど器用貧乏な自分が余り好きではなく、
劉備みたいな抜けてる非常人に必要とされることで充足感を得て、
彼の天下取りに自分の人生を委託してる感がある。
高祖之風ってヤツかなあ。
大物ぶることが大物の証なんだろう。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/31(土) 17:53:44 ID:WO9z+BA90
乱世にあって皇帝にまでのしあがり、曹操も一目おいたほどの器量人。
高祖の風とか持ち出すまでもなく、その程度の力はあっても何も不思議はないんじゃないか

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/31(土) 18:15:36 ID:xGzfb26L0
>>60
うん、本当に恐ろしい子だ。
普通なら死んでそうな状況を、なんだかんだでしぶとく生き残っている。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/31(土) 19:20:08 ID:ChPKaXlSO
劉備の最大の英雄的行動は徐州の大虐殺に寡兵で抵抗したことだろう。
徐州の豪商だった麋竺が私財を投げ打つほど惚れ込んだのは分からなくもない。


66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/31(土) 20:50:08 ID:qKAsgrn2O
人と時勢を見る目はたいしたもの

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/09(月) 06:40:04 ID:LxTxBTAq0
age

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/12(木) 00:14:27 ID:lT5NywsK0
>>43
演義の劉備だけでなく、正史の劉備も知りたくなった。
今までなかなか手が出せなかったが正史を読んでみるわ。
このスレに感謝

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 00:31:35 ID:dU1GtozS0
正史の劉備ってかなり乱暴なことやってるんだよね。
例えば演技では督郵を殴りつけるのは張飛だけど実際
には劉備がやっている。『蒼天航路』の劉備はおおよそ
史実を元に作ってると思う。


70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 00:40:39 ID:eY3v/IkHO
>>69
蒼天の劉備は軍事弱すぎるし士大夫らしくもないから史実とまるで別物

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 15:55:03 ID:e84VeZ/A0
こうして見ると、曹操と比べても遜色ない面白い人物だ。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 18:45:30 ID:49zpbT5g0
>>69
蒼天劉備は何故か農民出身にされてるから全然話にならない

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 02:04:31 ID:GYxEYCQFO
歴史にIFはタブーだけど劉備が漢中王になったあと関羽死なずに荊州も失わないで曹操どドンパチやってくれてればなぁ

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 08:01:36 ID:y8z3Ydxu0
>>73
確かに万全の状態の劉備と曹操で合戦をして貰いたかったな
もし関羽以外に荊州を守らせるとしたら誰が良かったんだろうか
あの時点での劉備陣営で一州任せられる将軍って他に誰か居たんだろうかね

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 08:58:45 ID:UOKKH/xY0
張飛
魏延

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 15:21:49 ID:UqkcloHB0
どっちも一州レベルは難しいと思うが
関羽の他にはいないんじゃないかと思う

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 22:13:58 ID:5mKc+q+6O
こいつ現代に女として生まれ変わってたら「魔性の女」なんじゃね

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 23:36:31 ID:G8tRg0hA0
劉備ちゃん……むうう……

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 00:30:26 ID:ycWcPlg90
荊州出身といわれる魏延を荊州においたら、叛乱しろというようなもんだろw

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 09:06:41 ID:Ym9Flah20
劉備が生きてる限り、魏延さんが裏切るわけなかろう……

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 12:03:04 ID:gUup8CNg0
たしかに魏延さんは裏切らないけど、あれは魏延とは別の人だからさw

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 20:34:43 ID:v4wPtnKm0
>>77
どの時代に生まれてても魔性の女だ。
日本の戦国時代に、女として生まれ変わるトンデモ漫画とか面白いかもしれん。
劉備としての記憶を持ったままあっちの君主、こっちの君主にフラフラしてみる。
信長に対してはお約束として「こいつ曹操に似てる」と思わせたり
謙信に対しては「確かに強いけど、こいつが天下統一したら民は暮らしにくいだろうな」と思わせたり。


それなんて無双オロチ?


83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 20:41:12 ID:EC5RIsC20
>>43
> 麋竺 「劉備でなければ徐州を治めることが出来ない」(先主伝)

ごめん。これ病床にある陶謙が麋竺に向かって言った言葉だった。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 04:04:12 ID:EZcfPEbKO
高祖の風あり

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 22:31:00 ID:KcS0l8wD0
毛だし

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 23:42:28 ID:/eVtPcsH0
何か劉備が女とかいう設定の歌舞伎か何かやってなかった?

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 08:16:00 ID:fcQLWbDu0
遺言からして只者ではないわな

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/07(月) 05:50:30 ID:bGzoT0Z8O
仁義なき戦いの山守義雄が劉備のイメージ

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 09:37:51 ID:r/3cPwH7O
有るためだ

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 15:40:20 ID:0pNnhNS70
>>87
なんだっけ?
劉禅が糞だったら孔明が後をつげだったっけ

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 15:58:54 ID:E4WKO7IAO
曹操にとって最大の敵は袁紹で最悪の敵は劉備だな
あんなに高く評価してたのに徐州ごと裏切ったり赤壁で孫権を焚き付けるのに間接的に一役買ったり
夏候淵は殺したり関羽を使って曹操に遷都を考えさせるほど脅かしたり曹操にとって最大の不幸は劉備と同じ時代に生まれた事かもしれない

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 18:01:46 ID:36egW2mR0
>>91
まあ逆に劉備にも同じことが言えるわね
「劉備≒モーツァルトの天才に嫉妬する秀才のサリエリ」ってどっかで見たことある

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/12(土) 22:48:16 ID:Z0BwxkqlO
>>91
劉備が曹操と戦い続けたのは、曹操の度量が自分を受け入れないと思ったから、
と陳寿は書いている。まさに孫権辺りとは次元が違う両雄並び立たず状態だったわけだ

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 17:44:25 ID:wpgDuemV0
>>91
劉備は、劉邦なんて雑魚に執着していなければ天下を取っていたのに。
漢王室を保護している人間に対しての謀反なわけだから。
劉備は逆賊。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/22(火) 20:58:39 ID:3rKOaivq0
>>94
今だからこそ劉備は忠臣なんて評価だけど当時の知識人や民衆の大多数はそう思ってたのかもな
そう思わなかった少数の奴やもしかしたら的に賭けた奴が劉備に仕えたんだろ
あと中国は出身閥が大きいから益州組は魏じゃ出世見込めないからほとんど劉備の下に入ったんだと思う

96 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2007/05/26(土) 17:32:44 ID:s/sU9Cfw0
劉備は現在の北京近くで生まれ育ち、各地を流浪して最後は白帝城で亡くなるわけだが
彼が生涯で移動した距離はもの凄いと思う。
当然のことだけど体は丈夫だったんだね。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 16:10:57 ID:HLa/fWdh0
三国志・蜀将討議スレッド17
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1180445040/


98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 23:17:35 ID:5IYTCGRg0
漢高祖と比べたら劉備の移動した距離なんて大したもんじゃないな。
曹操と比べてもかなり少ない距離じゃないのかな?

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 11:42:55 ID:hEGJ7scS0
とんでもない妄想なんだけど、
劉備たちって実はホモなんじゃないか?

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 13:11:59 ID:D7icj3CZ0
仲良すぎね?とかいうのならアレだが、一緒に寝たとかいう話なら
同じ布団で仲良く寄り添って寝たわけではなく、頭と足、互い違いに寝たらしいぞ。
眠る前にアッーがあったかどうかなど分からんけどな。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 01:46:02 ID:WBBBRh1H0
>>100
それってつまりしゃぶr(ry

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 02:41:57 ID:4JBHCL850
三兄弟の体格だと、一般的なイメージだと関羽と張飛が巨漢で、
劉備は小柄だな。







弟たちに組み敷かれる兄・・・・・・

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 12:04:37 ID:oDL6b7iD0
う〜ん、なんていうか桃三兄弟はいわゆるヤクザの兄弟関係だからねぇ。
「仁義なき戦い」のモデルになった人たちの集合写真見たけど、手握ったり肩に首を持たれかけたりとなにかとベタベタしていた。
こういう関係の人たちって皆こういう感じだと思う。

104 :岩下ベル ◆rF3U/UzFSU :2007/06/10(日) 14:00:04 ID:JcBVDjF7O
りうびはイケメンにあらず

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 20:31:14 ID:oj1C55SW0
>>103
侠に限らず、あの時代では信頼関係のある者が、共に寝るのは当たり前のこと。
逆に女性とは一緒に寝ることはない。
当時の風俗を知ろうともしないで勝手な憶測でものを語るな。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 00:36:21 ID:wpDzSkG30
裴潜 「中原にいれば乱を齎すことは出来るが太平を招くことは出来ない。しかし要害の地を占めれば一方面のあるじとなるだけの器量はある」(裴潜伝)
予言というならこれだな。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 05:50:10 ID:LwIfStsA0
まあ劉備よりは、諸葛亮やむしろ関羽張飛のが行政官としては優れてたかも知れんしな。

でも裴潜は自分が外面の悪さや出自で差別されてたみたいだから、
見た目の良さや生まれで上手くやっていた劉備に対しての腹いせもあったんじゃないか?

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 12:17:10 ID:VNUFqpwe0
賈詡 「劉備は優れた才略を有し群臣にこれに匹敵するものがいない」(賈ク伝)

この評価はどうよ。賈詡の人を見る目に定評があるがこれは褒めすぎてない?


109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 13:31:37 ID:luoBmync0
「才」だけなら先主より上はいくらでもいただろうが、
「才略」となると魏武くらいしか相手にならなかったのでは?

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 13:48:47 ID:dSDz96Ql0
>>108-109
劉備自身の才略について語ってるわけじゃないの理解してる?

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 14:54:20 ID:VNUFqpwe0
>>110
108だけどそう言われて原典を探ってみれば:
以下はその発言の一部
吴、蜀雖蕞爾小國,依阻山水,劉備有雄才,諸葛亮善治國,
孫權識虚實,陸議見兵勢,據險守要,泛舟江湖,皆難卒謀也。
用兵之道,先勝後戰,量敵論將,故舉無遺策。
臣竊料群臣,無備、權對,雖以天威臨之,未見萬全之勢也。

要するに劉備に「雄才」があり、補佐に孔明がいる。
問題は『臣竊料群臣,無備、權對』の意味
臣が思うに、(魏の)群臣に劉備、孫権に敵う人がいないと訳するのはありだけど、
群臣は劉備孫権対策まだ練り上げていない、天威だけじゃだめとも読める。
というか『隆中対』の「対」の使い方を見れば後者のほうが割と近いと思う。

たとえ前者であってもその「備」はどうも劉備本人だけでなく、
諸葛亮も含めて一勢力として挙げられた感じ。


112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 15:01:47 ID:VNUFqpwe0
あと文脈の流れでも、用兵はまず必勝の策を用意しなければならない
という文が直前にあるから、やはり対策がまだ用意されてないって意味かな。
多分文帝頃のそこら辺の若い家臣たちは劉備討伐なんか
策などいらないって騒いでいるのを見てこの発言をしたのではないかと。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 02:55:18 ID:GjwIRhEA0
桃園の誓い
http://www.famitsu.com/k_tai/news/2007/05/30/h-607_72552_toennotikai.jpg.jpg

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 20:47:53 ID:M2FOu0iU0
>>113
酷過ぎてワラタ

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 00:08:38 ID:K3biwmSG0
何だかんだ言って、最近は劉備は使えない奴扱いされることが少なくなったな。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 04:28:01 ID:tK5xemM40
何でだかわからんが、俺は劉備が「人柄だけで能無し」だと認識していた時期が無い。
演義から入らなかったからだろうか?

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 04:45:47 ID:o5ED9cLZ0
俺もだな
演技だって冷静に読めばなんとなく嫌らしさがプンプンとただよってくる

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 22:50:55 ID:7t6/o7V+0
陳寿の評。
「度量が大きく強い意志を持ち、おおらかな心をもって礼儀正しく人に接し、
人物を良く見極めて、ふさわしい待遇を与えた。それらは前漢の高祖(劉邦)に通じ、
英雄の器を備えていたといえよう。国のその後を諸葛亮に全て託すのに際して、
何らの疑念を抱かなかったことは、君臣の公正無私な関係を現すものとして、
永遠に手本とすべき事例である。好機を得るための機知や、行動の根幹をなす戦略では、
魏武(曹操)に及ばなかったため、勢力の基盤となる領土も、その才能の差に準じて狭かった。
しかし、挫折して人に屈しても諦めることなく、最終的には誰の下にも居らず独立したのは、
彼らの器量を考えた時、自分を何時までも許容し続けてくれるような人間だとは到底思えないがためにそうしたのである。
単純に自分の利益だけを考えての事ではなく、自分にふりかかった災難を避け、殺されないようにするためだったと言えよう」
(「弘毅寛厚、知人侍士。蓋高祖之風、英雄之器焉。及其挙国託孤於諸葛亮、而心神無疑貳、誠君臣之至公、古今之盛軌也。
機権幹略、不逮魏武、是以基宇亦狭。然折而不撓、終不為人下者、抑揆彼之量必不容己。非唯競利、且以避害云爾」『蜀志・先主伝』)

人柄も能力も一流だな(能力は曹操には及ばないけど)

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 15:00:46 ID:D3mP+05G0
曹操って多才なんだけど、一部の能力を除くと他の英傑や武将にはどれも劣るような気がする。
曹操は人材を好んだと言われるが、それも個人的には劉備の方が当てはまる。
劉備はあまり身内びいきも謀殺もしなかったしな(してるけど)
曹操と劉備のちょうど中間ぐらいの人材マニアが孫権って印象だ

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 18:24:27 ID:yveQIN8qO
曹操の謀殺というと周不疑が思い浮かぶな
いくら先行き恐ろしいからって十代の若者を始末するなんて、なあ

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 00:09:56 ID:ZUAUqAqq0
曹操は人材コレクターって感じ
果たしてコレクターが一番上手に使えるかと言うと……

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 22:31:43 ID:XVZU+tac0
コレクターだからって上手に使えるかどうかは不明だが、記録に残る限りの
曹操は人材を上手に使っている。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 10:42:34 ID:NrHngCRi0
権力者や資産家は謀殺してから財産を没収してるな。 確かに、上手いやり方だと思う。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 18:58:55 ID:RzaakgU70
劉備って騎兵隊を率いてて強かったんだろ?
馬術に優れた人材や軍勢を吸収してるし

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 20:19:12 ID:65YLlXdb0
劉備の雑虎軍

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 22:00:45 ID:dFO3Vpbz0
劉備もヒゲが貧相だと言った人をいつまでも根に持って
入蜀後、殺している。

人前で言われ恥かかされたと思ったんだろうか?

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 22:14:31 ID:Or7t+ftjO
玉ナシヘナチン野郎
と言われたようなものだったんだろ

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 01:05:16 ID:49i9QkNu0
関張がいつも隣にいるんだから、そりゃある意味しょうがないような・・・

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/03(火) 02:12:46 ID:BpINd+QX0
イリョウの戦いではぶっちゃけ劉備はどんぐらい勝算あって臨んだのだろうか気になる所なんだが…

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/03(火) 03:15:44 ID:zzq9a+rr0
劉備は戦においては適切な判断や行動が取れる人間を積極的に重用できる人だけど
夷陵では「こうするべきでは無かった」と記されるような行動が多いな。
戦死者も多過ぎるし、ハッキリ言って夷陵に勝っていたら
「劉備は戦下手」だと思う人は出ていなかったんだろうな。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/03(火) 21:52:10 ID:d+MFdima0
蜀にとって、荊州の領土は死活的に重要だったから、
一か八かでも、やるしかないって感じだったんじゃないのかな。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 01:44:21 ID:mkuyylAe0
馬良モッタイナス

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 15:22:06 ID:FNa9uJCv0
>>131
中原への道を閉ざされて、蜀に閉じ込められてしまうような感覚だったのかもね。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 01:32:17 ID:ARItLiYv0
劉備は勝ち目もなく戦争なんか仕掛けないぞ。
現に兵力が寡少だった前半生は逃げ回っている。
夷陵は地形と陸遜の器量が想定外だった。
それで後に晋は陸路を避けて水軍で荊州を攻めて呉を落とした。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/07(土) 17:42:13 ID:MdBzWU8N0
夷陵も若干兵数は呉より少なかったみたいだけどね。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 09:33:08 ID:QDV02o7R0
荊州はどうしても欲しかったってことか

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 11:23:10 ID:BmBy4L3j0
劉備は基本戦ベタなんだから、出て行くべきじゃあなかったんだな。

出て行った理由としては

@義弟(正史じゃそんな記述は無いが)の関羽が殺されたことに対する威信の回復。まだまだ蜀は元気ですよーっていうアピール

A荊州を失うと三国鼎立の基本構想が崩壊(中原制覇には漢中、荊州からの2方向作戦が欠かせない)

B荊州派閥からの圧力(劉備陣営で重きをなしたのは主にこの派閥)

結果的に荊州を失ってしまったことで、中原制覇はほぼ不可能になってしまったのは後の歴史からも明らかなんだな。
考えてみれば、これは関羽の敗死、荊州失陥以前における蜀の外交戦略があまりにもお粗末だったから生じた結果で
あって、夷陵どうこうという問題でもないんだな。

そもそも蜀の存在意義の大前提は漢の復興であるわけだから、まずは、簒奪者である
魏を討伐するのが第一義であるわけだな。

それならば国力を考えても、呉と同盟関係を維持し、2国で魏に対するのが大前提なんだが、
荊州の分割問題なんかで、呉との関係は悪化の一途(ロシュクが生きてたらまだ良かったんだが...)、関羽は政略結婚を蹴ってしまう。

もう少し呉に譲歩した外交を進めていればあんな結果にはならなかったんだな。それどころか関羽なんかは呉をなめきって、食料まで分捕って参戦の口実
を与えてしまうし。

劉備に至っては魏に対抗して皇帝になっちゃうし(漢最後の皇帝...霊帝だっけ?はまだ生きてる。劉備もそれは知ってて、あえて殺されたっていうデマを信じた
フリをして帝位に登った。このことで、以前は劉備に好意を抱いた名士層が魏内部にもいたわけだが、一気に冷められてしまう。ああ、漢の復興だなんていっておいて
結局お前も皇帝になりたかっただけなんだな、って。)

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 11:42:35 ID:H3QGognp0
面子と領土と軍団と盟友を失って出てくなってのは無理だろ。
背信行為には死あるのみ。
力不足が問題なのであって、間違った行動ではない。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 11:46:26 ID:VM3Xl6l70
献帝

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 11:53:31 ID:BmBy4L3j0
ああ、献帝か。

>>138
力不足ってのがわかってて出て行くのが問題。
深入りせずに示威行動だけでよかったんじゃあ?

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 12:49:56 ID:G6Ag5xaK0
むしろ夷陵に負けたから戦下手って呼ばれているんだと思う

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 14:06:27 ID:X6Ee4/j40
>(漢最後の皇帝...霊帝だっけ?はまだ生きてる。劉備もそれは知ってて、
>あえて殺されたっていうデマを信じたフリをして帝位に登った。

可能性は以前からいわれていたけど、
デマを信じたフリをしたってのが確定したの?

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 14:45:15 ID:QDV02o7R0
>>142
>デマを信じたフリをしたってのが確定したの?
確定はしていないはずだが
知ってても不思議ではないと思う
臣下が教えなかった言うなら可能性はあるけど



144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 14:52:32 ID:pErzrcRG0
とりあえず即位反対した奴は殺されるか左遷されてるな

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 21:55:39 ID:BmBy4L3j0
多分劉備は知ってたはず。なんせ、魏が簒奪してからわずか6ヶ月(10ヶ月だったっけ?)
で皇帝になっている。こんなに素早く帝位につくのには、やはり生死の確認が十分で
無い段階でつく必要があったためと思われる。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 22:09:21 ID:QDV02o7R0
断定じゃないな

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 00:09:51 ID:eXVfVzBgO
献帝が生きていようが、死んでいようが、劉備にとってはどっちでもよかったんじゃない?

死んでたら、自分が献帝に代わって漢朝再興したといえばいいし。
生きてたら、生きてたとは知りませんでした、漢朝が纂奪されたままでは大義がしめせませんので代わりに位に即いたといえばいいし。

もし、献帝が生きてる間に魏を滅ぼせたなら、形だけ帝位を返上して、献帝から再び禅譲されるように工作するのも可能だし。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 01:10:43 ID:cB5T9jiv0
孔明は反対しなかったんだろうか>帝位

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 01:27:35 ID:GA57N2Gf0
>>147
理論はそうかもしれないが実際は献帝が生きてるのに帝位についたら大逆罪以外の何者でもない
ハッキリいってしまえば帝位についた時点で劉備の漢朝復活という大義はなくなってしまったともいえる
蜀では献帝のことはタブーだったって説もあるしやはり蜀の暗い一面だと思う

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 01:39:22 ID:4f/iKE/l0
滅ぼされる側になれば大逆罪
統一する側になれば天命が下った

そんなもん。献帝も一旦帝位を失ったんだから光武帝における孺子嬰や更始帝みたいな扱いを受けるだけだ

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 02:05:58 ID:4ljN6Fq70
まあ実際は曹丕と同じ穴のムジナになるから魏を討つ大義名分がなくなるだけだ。
だがそれこそが国家目的を揺るがすほどの大問題だったわけで。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 09:02:53 ID:UqzWgn9j0
>>137
戦上手いぞ
下手だと言うなら何を根拠に下手だと言うのか言ってもらおうか
上手い根拠はいくらでもある
赤壁以後から漢中制圧までの動きは戦下手にはできない

>>151
バカ?
禅定を認めるってことは「私は漢の後継である魏に対して弓引く逆賊です」ってことだぞ
ここでは「逆賊の似非禅定はなしで漢の社稷を守る俺達が正統」という登極宣言がないと正当性を失う

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 14:38:42 ID:gXhPlQXx0
>>152
レス番間違ってないか?
あと、日本語でよろしく。

劉備の即位は結果的に生きている漢皇帝の正統の否定にもなってしまう。
正統が途絶えたのなら義をもって自ら正統を宣言するのも可なんだけど、
本物の正統をさしおいて自分が正統と主張するのは無理なんだ。

だから献帝生存を認めると、形式的とはいえ禅譲を受けた魏を叩く理由が弱まる。
蜀が魏に匹敵する大国ならともかく、国力の差を正義の力で埋め合わせようと
いうんだからここは切実な問題だと思うよ。

家臣は欲や義理で動かせても国民はそれだけじゃ動かないんだから。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 17:27:35 ID:KSag8zfg0
献帝自身が逆賊曹氏にもっとも尊いものを譲り渡したロクデナシ。
これは高祖にも光武にも「不孝」と言ってよく、一族の劉備に対しても「不順」である。
はっきり言えば譲位を拒んで自害すれば良かった。
彼の為に多くの志士が死んだ。
どうして彼自身は死ぬべき時にそれから逃れようとしたのか?
禅譲によって、彼は天子としては死人同然になったし、
劉備が帝位を僭称したところで、もはや単なる「劉協」では「不忠」の対象ですらない。
今更何をか言わんや、ってとこ。
社稷を保てない前漢の正統は絶えた。後漢だけがどうして例外なのか?

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 18:37:37 ID:UqzWgn9j0
>>153
禅定に対して「その帝位は間違ってる、こっちが本物」
と劉備が漢の皇帝にならないと魏の正当性を否定できない

ところが>>151で「まあ実際は曹丕と同じ穴のムジナになるから魏を討つ大義名分がなくなるだけだ。」
と言ってる
二行目の「だがそれこそが国家目的を揺るがすほどの大問題だったわけで。」というまとめで前行を受けて
「劉備から大義名分が失われたことが国家目的を揺るがす程の大問題だった」
って意味になる
これでは劉備の登極が間違ってたという主張をしてることになるね

劉備が献帝生存のまま即位しても漢皇帝の正統の否定にはならんよ
天下の紊乱を招き簒奪を受けた皇帝は徳が無かった
漢の火徳はその前帝から劉備に移り、蜀の金城湯池に拠って立ち天下を簒奪者から奪い返すのだ
皇帝が廃位になり漢帝国の祭祀が一瞬でも断たれるのは皇祖皇宗に申し訳が立たないので劉備が即位するしかない!
という論法になるからね
勿論死んでた方が都合がいいので死んだことにしといたんだろうさ

>>154
後世からは三国鼎立に見えるけど実際は魏と反乱勢力その1、その2だからさ
献帝にしてみれば「ああ、もう何してもだめじゃんね」って感じで死んでも意味ないと思ったんだろうさ
じゃあ捨扶持貰って悠悠自適でいいやぁって誰でも思う
俺もそう思うだろう

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 22:27:00 ID:rR1TIAI80
>>154
徳川慶喜を俺は評価してないのでまったく同意

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 03:29:29 ID:Qvv75yOO0
>>155
袁紹みたいに献帝の正当性を以前から批難していたのならともかく、曹操への対抗上
献帝を持ち上げまくってた劉備がそれいってもねえ。

ちなみに、行動だけをみると、劉備は献帝の権威を攻撃しまくっていたが。
勝手に王号を僭称したり、はては帝号を自称したり。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 09:21:10 ID:H7L/jco00
>>157
その時の状況に応じて劉備が言い分を変えるだけ
玉虫色の対応してとにかく正統は自分、魏は偽者って言うだけのこと

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 17:17:42 ID:uqBA02MB0
>>157
漢中王に就いた時には上表してるし、それ以前に孫権と同盟した時にも互いに上表しあってる。
劉備はきちんと漢室の権威を立ててきてる。
あと「君側の奸」という便利な言葉もあるしね。
その見方は一方的に過ぎる。

もっとも仮に劉備が献帝在位中に曹操を討つことが出来ていたら、献帝を譲位させたかもしれんがなw

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 19:46:10 ID:Qvv75yOO0
>>159
「諸事情で漢中王名乗ることにしましたんで事後報告はしておきます。あ、そちらの許可が
なくともやめませんから」
のどこが権威を建てていると?

正当性を云々すれば、曹魏にきまっている。皇太子でもなく法的な資格もなく勝手に帝位を
名乗ったという点で、劉備の即位は袁術のそれと大差ない。皇族なら勝手に帝位を名乗っても
いいよなんてそんなこと認めたらどうにもならん。非常時に名乗るは個人の自由だが、それも
正当性の部分ではやはり疑義をさしはさまれる偽者にすぎない。
偽者が本物になる方法は一つ、本物を抹殺すること。しかし劉備と蜀はそれに失敗した。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 20:20:42 ID:j005kyeM0
>>160
朝廷を曹操が牛耳ってる時点で何をいわんや、だなあ。
というか君はまさに王朗だな。
朝廟が危ういときにもただひたすら簒奪者に媚びへつらって我が身の栄華を図るのは確かに利口ではあるね。
劉備も孔明もそうすればよかったのにねえ・・・曹操にへつらっていれば安穏と暮らせたものを。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 22:44:14 ID:ySGYG7Wl0
>>161
孔明様こんなところで何やってんですか

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 00:32:54 ID:Jp/TlktW0
>>152 まあ言葉遊びみたいになるけど
「弱くは無いが戦上手ではない」という印象はありますな。
曹操、呂布、袁術らには負けていましたし。 まあ彼らは戦上手の代表みたいな人物ですが
後は夷陵の大敗が一番大きいと思いますよ。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 10:06:35 ID:xV7sehJV0
袁術のどこが戦上手?曹操にやられっ放しじゃん。
呂布も後ろを掠め取るばかりでとても戦上手とは…
「戦上手でも勝ち星が少ない」でいいと思うが。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 18:43:13 ID:XeEUzU290
劉備がその能力を最大限に発揮するのは生き延びる時だしなぁ

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 00:39:12 ID:CssFzkU+0
だから三国志11だと特技で遁走を持ってるんだろうな。
どんなに敵に囲まれても生き延びる、みたいな。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 07:07:31 ID:8kV0YDWm0
>>166
川を飛び越えたり孫権の元から無事逃亡した逸話からじゃない?

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 20:10:08 ID:3f8OdFeO0
徐州のときも関羽はマヌケにも捕虜になり張飛なんか世をはかなんで山賊になってたのに劉備は着実に目標に向かって進もうとしてたからな

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 20:52:38 ID:JwGS/czj0
この辺後まで共通の思い込んだら例え一人になってもやるような頑固さがあるな

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 04:33:33 ID:hfvoLzKZ0
『後漢書』列伝第六十・孔融伝
 「・・・・(略)備驚曰、孔北海乃復知天下有劉備邪。・・・」

劉備が発したこの言葉の意味を教えてください。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 05:48:49 ID:LW4damp90
見たまんま

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 13:23:59 ID:ELAGGr570
劉備曰く、コウユウが、
『劉備は邪心もちであると天下は知る』
と言ったことに驚いた




違うかw

173 :170:2007/07/26(木) 13:52:16 ID:+AKG0plF0
>>172
訓読は「・・・備驚いて曰く、孔北海(融)乃ち復た天下に劉備有ることを知る邪、と。・・・」

自意識過剰にしか思えないのだが、どういう意図での発言なのかイマイチ分かりかねる。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 14:50:07 ID:LW4damp90
天下の意味ちがくね?

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 15:02:57 ID:+AKG0plF0
どう違う?

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 15:19:09 ID:LW4damp90
孔融は管亥に包囲されてしまった。そこで孔融は太史慈を使者として劉備に救援を求めた。
劉備は驚いた。「孔融殿は、この広い世間の中で、この劉備ごときの名を知ってくれていたのか」
そこで三千の兵をもって救援して敵をやぶった。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 15:24:00 ID:+AKG0plF0
なるほどね。しっくり来るね。
じゃあ「復」の意味は何?「復」が無ければ多分自分もそう読んでいたとおもうけど。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 15:26:39 ID:vLIFAvJv0
孔融が黄巾に囲まれてピンチに陥り、太史慈を劉備の所に使いにやって援軍を求めた。
劉備は「孔融さん(のような偉い人)が、天下に俺(のような小物)がいる事をご存知なのか」
と驚いて援軍を送り、黄巾を蹴散らした。

みたいな意味だと思う
「復た」の意味まではよく判らんが、他の大物軍閥じゃなくて
自分を頼ってくれたことに驚いたんじゃないか

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 15:27:21 ID:vLIFAvJv0
うわ
かぶってた

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 15:30:32 ID:vLIFAvJv0
復た
「『いったい』という語気を示す副詞」だって

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 15:33:49 ID:+AKG0plF0
「諾」

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 15:40:17 ID:vLIFAvJv0
孔融は大物に助けてもらって借りを作るよりも
その辺をフラフラしてて腰の座ってない劉備に頼んだ方が
後々面倒が少ないとか思ったんかな。これは勝手な想像だが

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 18:37:07 ID:lKUOOEsZ0
>>182
> その辺をフラフラしてて腰の座ってない劉備

その頃は公孫瓚のもとで軍功を上げていた時期だからそういうことでも無いと思うが……

劉備の平原郡と孔融の北海国(この時は篭城していた都昌も北海国の一県)の間には済南国と斉国しかない。
太史慈に兵三千をつけた後、すぐかどうかは分からないが、劉備は袁紹に当たるため田揩と共に斉国に向かってるから、
頼りになりそうなヤツの中で一番近いのが劉備だったんじゃない?
孔融と陶謙、袁紹の関係性はどうだったのか良くわからないから断言はしないけど。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 20:23:13 ID:s2rfpWYT0
孔融が袁紹も曹操も嫌いだった事が
劉備の援軍の話の直後に出てる

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 20:48:33 ID:x4ZfoIDj0
っていうか、孔融や王允といった文官は、”威”をちらつかせるような輩は悉く軽んじていたらしいからな。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 03:31:39 ID:S3X2j2Ne0
その点、誰にでも腰が低かったという劉備はうってつけだったか

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 06:31:01 ID:dq6rxSOx0
文民統制という概念から考えると孔融らの発想もある程度理にかなっているな
単純に当時は軍閥の力が異様に強くなってしまったという現実でもあるが

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 20:53:33 ID:tMiuEVqy0
そのへんでも劉備の「学歴」がモノをいってるよな。
武官上がりの傭兵隊長だったら後継指名どころか呼ばれさえしなかったかも。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 20:59:38 ID:7nha1ex20
公孫瓚の呼びかけに応じて陶謙も袁紹包囲網に参加した。
劉備も公孫瓚の配下として高唐に駐屯した。
その後、陶謙が袁紹ラインである曹操に攻められると劉備が救援に向かった。
陶謙が死ぬと劉備がその後を継ぎ徐州を支配した。
そして何故か袁紹と孔融も劉備を推した。

なんか不思議だよなあ……

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 23:13:27 ID:mQRrQUjJ0
やっぱり劉備には説明できない魅力があったんだろうなあ
何もしなくても嫌われる俺とは大違いだ

191 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 06:44:45 ID:gMjTE/490
>>189
それまで親袁術的な立場だったのが、公孫瓚から独立して親袁紹になったんだろうな。
孔融はかつての関係があるから不思議ではないし。

より有利な陣営に次々移るってのは節操ないとも言えるけど、完全に独立できるような状況じゃなかったんだから仕方ない。
曹操だって袁術を倒すまでは袁紹からは完全独立していなかったようなものなんだし、群雄なら誰でもやってること。
ただ劉備は陣営を移る時の見切りが凄い。

192 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 09:02:33 ID:MeSSZ2am0
>190 劉備は外見が良かったから

193 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 15:30:27 ID:G6zarsUX0
耳が肩までたれてるなんて外見がいいか?
少なくとも俺は気持ち悪いと思うぞ

194 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 15:44:52 ID:IQoYJnZl0
手長で耳デカってのはオールマイティな人間だったって言う比喩じゃなかったっけ

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/29(日) 20:45:03 ID:34ugdJCp0
腕が膝を超える人間なんてあり得ない、仏様が大耳・手長に描かれることが多いから
劉備の異相も仏教の影響だろう、という説を複数の研究者が唱えてる。
当時どれだけ仏教が普及してたか、という疑問がないではない。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/29(日) 21:15:10 ID:raVlYbIu0
劉備の耳長手長って外見的特徴は正史にも記述あったんだったっけ

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/29(日) 21:24:55 ID:34ugdJCp0
バッチリ書いてあるよ

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/29(日) 23:39:29 ID:7fFdRuWC0
先主伝に
「手を下げると膝にまでとどき、ふり返ると自分の耳を見ることができた。」
とある。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 03:37:03 ID:96do+bAT0
考えてみるとキモイな

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 03:54:11 ID:w/wrrEfL0
手長猿かリトルグレイみたいな容姿だったり

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 10:41:03 ID:RBapHOJm0
孫権も似たような体型だったと劉備本人が言っている。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 11:08:27 ID:alr1S7Ly0
腕長はなぜか魏晋南北朝の人物に多いような・・・
苻堅は手が膝に届いて、目に紫光があったというから
劉備+孫権みたいな感じか?

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 13:21:11 ID:dp7PYOZl0
むしろ劉備が符堅に被ってそう

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 02:10:17 ID:IqVI+Ryd0
どういう事かな?

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 09:49:14 ID:o0Q29gLA0
司馬炎は髪が地面に届くとかうんぬんなかった?

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 13:40:04 ID:Kn96Scgf0
ロン毛、腕長だね

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 18:44:28 ID:QqJUNok40
劉備はロリコン

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 20:46:21 ID:u2SJL4670
現在に生まれてギタリストになってたらすげーな!

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 16:36:40 ID:IVEPfF6w0
>>207
実際のところ、劉備はどんな女性が好みのタイプだったんだろうね?
その方面の話題はそんなに豊かじゃないけど。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 19:26:11 ID:uavJHyZb0
ぶっちゃけこの時代の英雄どもは女より男のほうが好きかもしれねとか

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 03:18:27 ID:Syfke5bH0
腐女子脳の恐怖

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 04:51:57 ID:82serWde0
まあ戦国時代なんかだと、

子作り→仕事
男色→娯楽

だったという話を聞いたような聞かないような。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 05:12:58 ID:cnogAd870
どっちも仕事であり娯楽だよ。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 11:08:03 ID:aHljT6cO0
劉禅は長生きしたな。遺伝子が良かったのかね?

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 11:14:52 ID:eSXgqAkz0
そんなに長生きしたか?

長生きしたとしても遺伝子が良かったとか断じれるような人はこの世にいないだろうな。

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 11:29:57 ID:LWtL+rLO0
寿命としての63が長生きかどうかはわからないが
まず何度も途中で殺されててもおかしくないレベルの負け戦をしても生きのびてきたという意味では驚異的な長生き

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 12:20:34 ID:NuBJgbgj0
>>216
劉備と劉禅、どっちの話をしてるんだ?
劉永も長生きの部類に入るのかな?

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 14:29:37 ID:xDafCs4Y0
>>216
何だかんだでしぶといんだよね。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 23:59:29 ID:zqwrtzZ60
>>217
劉備かと思ってたら劉禅の話だったのね、スマソ

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 02:24:45 ID:Q6aUaEiL0
血統詐称と寡黙で感情表に出さなかったのがカリスマ性に関係あったのかな?

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 02:45:27 ID:5QJJsINd0
血統詐称とも言い切れんだろうに。
曹操や夏侯氏よりかは信憑性ある。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 06:20:20 ID:jr/jF3JQ0
まさか劉備も1800年以上も後の時代に、自分の血統が疑われるとは思っていなかっただろうな
皇族ではないにしろ、劉氏を代々名乗っていたんだから、自分も先祖を辿れば一応は
そこそこの王族に繋がっていたんだろうなあ、くらいは普通に思っていたんじゃない?
別に詐称するのであれば、当時の権門の姓を詐称した方が遥かに利益大きそうだけどね、野心家的には
(北斉の高歓が渤海高氏を詐称したように)

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 07:52:31 ID:tMdBrh3/0
劉氏なら王族の子孫って考えられるお前が凄い。
高祖の時代に劉氏を使い始めたわけでもなければ、
徳川みたいに皇族以外の劉姓使用禁止したわけでもない。
先祖の段階で劉姓を勝手に使ったとか、家系を買い取った可能性もありえる。
劉裕の例もあるわけで詐称はありえないとも断言できない。
>別に詐称するのであれば、当時の権門の姓を詐称した方が遥かに利益大きそうだけどね、野心家的には
劉姓は名乗る価値が無いから、別の姓を名乗ったはずだってか、ずいぶんと乱暴すぎる理屈だな。
>1800年以上も後の時代に
って、現代になっていきなり言われ始めた話でも無いだろうに・・・

なんにしてもはっきりした証拠があるわけじゃないし、
劉表・劉焉・劉岱・劉虞・劉曄など経歴のはっきりした皇族と違って
疑わしいところが残るのは事実だろ。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 08:28:56 ID:jr/jF3JQ0
>>223
劉備が純粋な皇族、貴種の末裔なんて俺は言ってないけどね
皇族扱いになったのは、劉備の実力と時勢によるところ大ではあるが
劉姓の庶民が成り上がって皇族待遇、どっか不自然なところある?(強いて言うなら劉備の強運)

そもそも大家族単位で生活している中国において、劉備の数世代前で
いきなり姓を詐称しちゃいましょう、て発想に至るんかね?
一族全部で詐称?姻族やら近所づきあいの柵もあるのに
血統詐称説てリスクとコストが高すぎること、全く考慮していなくない?

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 08:30:47 ID:tMdBrh3/0
はいはい。血統詐称はまったくありえません。
これで満足かい?

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 09:08:00 ID:5QJJsINd0
>>225
なんかずいぶん短絡的なレスだね。
劉備の場合、他に裏付けとなるような材料が無いのも事実だけど、明確に否定できるような材料もない。
まあ疑わしいのはわかるけどイコール嘘じゃないんだから、決め付けた立場で他者を断ずるのはどうかと思うよ。

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 09:28:24 ID:8LCTLJQ90
時の皇帝が信じてたんだからホントに血がつながってたかはどうでもいいんじゃない?

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 12:16:46 ID:08U0WiM10
何度か書いたけど当時劉氏を名乗るのは税の免除や職の優遇などある反面嘘だとばれれば死罪だった
簡単に詐称詐称いってるけどお気軽にできるもんでもないんだよ

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 13:03:21 ID:Spv1/XfJ0
山田論文にもあった話だな
ただ、皇族を詐称すれば死罪、という取締りが実効力のあったものかはまた別問題で
中央の統制があまねく行き届いてたかという疑問はある

例えば人事権ひとつ取っても各軍閥が勝手に地方官やら雑号将軍を任命してたし
軍閥同士の互選も頻繁に行われてた。中央の統制がキツければあり得ない話
人事とは違うが、劉備自身が小役人の頃に督郵を半殺しにしても
咎められた記録が無いことを見ると、中央の統制はザルだったとも考えられる

もちろんこれが詐称を裏付ける訳じゃない

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 16:25:33 ID:GLAiwjYj0
なんか反論がずれてるやつがいないか?
別に劉備(及びその一族)が「劉姓を詐称した」わけじゃないだろ。
劉姓だったから、皇族の末裔と称するようになったんじゃね?という問題だろ。

>>224
よく演義のイメージ鵜呑みにして勘違いしてるやつ多いが、
劉備の家はただの庶民じゃなく、それなりの豪族な。
劉備個人の家が落ちぶれてたみたいなだけで。

そういう家が、権威付けのために、
いつのまにか先祖が有名人になるのはありがちなことではある。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 17:00:23 ID:fTAX3KHm0
>簡単に詐称詐称いってるけどお気軽にできるもんでもないんだよ

後に皇帝にまで上り詰めた男がこのぐらい出来なくてどうする。
曹操や孫堅あたりも若い頃に殺人とかいろいろやってなかったっけ?

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 23:08:17 ID:3OV24osH0
証明するものが何一つ無い状態で皇族名乗れてる時点で
皇族を詐称すれば死罪って言う法律の判断基準なんてあるわけも無い。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 23:17:28 ID:5QJJsINd0
皇族を名乗ってることと事実なのかどうかは別にして王の末裔を称してることにはかなりの差があると思うけど?

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 23:25:02 ID:e/CNRsaf0
皇族ってのは宗正の属籍に名を連ね、労役免除などの特権がある「宗室」のことを言ってるんだと思うけど、
劉氏でも宗室の属籍から外れている者=皇族ではない者はいるよ
王の末裔でも、犯罪を犯した場合などには宗正の属籍から外れる場合がある

ちゃんと区別して考えないと混乱する一方だよ

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 23:30:49 ID:3OV24osH0
つまり>>228は勝手な妄想ってわけだな

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 04:07:16 ID:+EiuKdOb0
結局、劉備が本当に中山靖王の末裔だったという確証はないし、
そうではないと否定する明確な根拠もない。
確かなことは、劉備が中山靖王の末裔を称していた、ということのみ。
なので「自称中山靖王の末裔(真偽不明)」くらいが一番妥当な表現だと思う。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 07:42:35 ID:C2CJM2pU0
本人が自称し、皇帝が認め、否定する根拠がない。
それなのに称号の上に「自称」をつけ、しかもその後括弧つきで
真偽不明とか入れるのはいくらなんでも不当にイメージ悪すぎ。
どっちか片方だけにしろよ。

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 07:43:19 ID:vyrLemos0
>>237
「皇帝が認め」って何のこと?

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 07:57:30 ID:n8GBYB8E0
自称なのは確かだし、真偽不明なのも確かだろ

意味がかぶってるわけでも無いのに過剰に反応しすぎ

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 18:11:20 ID:if/q3k6+0
劉姓を自称したんなら、本名とか元の姓分かるくらいに匂わせるのが、中国の正史だよねえ。
(新末の王郎や曹操の親父曹嵩みたいに何だかんだ言って、ルーツには絶対ぶち当たってる)
これは、おいらが前に上で上げておいた高歓でも明らか(字から非漢民族出身だと匂わせている)。
史書編纂者としては、ある種の悪意がここに働いているわけだ。(共通項は彼らは全員敗者側)

だから劉備の場合も、はっきり元の姓やら何やら書いちまえば良いんだよ、結果的には敗者側なんだし。
書かないで、「真偽不明」に暈かすんであれば、理由はひとつ。
史書編纂者の悪意は「出自を暈かして、血統の正当性を怪しませる」に他ならない。
祖父の時代にそれなりに栄達した一族なんだから、「系図買い」するんであれば、この時に粉飾は
十分に可能、立派な家系図を備えていなければむしろ不自然。
それがあんなバッサリ切れていれば、「何で?」て普通は考えるでしょ。
祖父は曲りなりにも官僚、さらに劉備自身、若いころは盧植に師事している。
みんな、詐欺師みたいな劉備の経歴詐称、あるいは自称にコロリと騙されるお人よしばかり
だったのか?(実際、多くの群雄が劉備に騙されているような気がしないでもないが)

真偽不明なのは、史書編纂者が本当に客観的に劉備を評価していたかどうかの方でしょ?

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 18:51:29 ID:WP7pr99k0
酎金失侯って意味わからんけど、分家した直後からずっと庶民だったってこと?

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 19:26:22 ID:CgNO/if40
>>240
なんかムダに長い長文だな。
しかも何を根拠にしてるかわからないが、劉備の代から劉備が僭称したという前提になってるみたいだし。
そもそも史書では別に真偽不明になってない。
全ての代が記述されてない事を以って、史家は家系が捏造と判りながらあえて暈して真偽不明としてるという理屈?
よくわからん。

>>241
ちくまの訳によると「酎祭の献上金不足のかどで侯位を失い(坐酎金失侯)」とある。
ちなみに失った侯位は「陸城亭侯(陸成侯)」で、「分家」の意味が良くわからないが、中山靖王勝の子貞が封じられた侯位を失ってからは庶民だということだろうね。
それが事実なのか、家系伝説として何代か前からあったのか、劉備が世に出る際に捏造したのかはわからない。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 20:02:20 ID:if/q3k6+0
>>242
書き方悪いからな、よく誤解を招く。
俺の結論は、「親疎の程度は不明だが、劉備は普通に漢室に繋がる家柄」と言うこと。

たとえば、詐称説、自称説の根幹がどこにあるか考えてみる。
劉備の数世代前から自称しているかどうかは、別にどうでもいい(劉備自身の自称でも問題ない)。
もしそうであれば、正統王朝である晋(すなわち蜀を征服した勢力)は、劉備の系統を
暈かしつつも、「詐称」、「元の姓は〜〜」、あるいは「実際は、〜〜に所縁あって、劉貞との関係は疑わしい」
史書のどこかには散りばめる、リードするのが通例(始皇帝の出自がいい例だな)。
それをしないで逆に系図を暈かしているものだから、みんないろいろと想像を膨らませる。
大体は「ああ、劉備の系図は怪しいんだな。」という結論に落ち着く。
でも、それは途中の系図がないから辿り着く結論であって、系図が存在すれば誰も思い至らない。
ルーツが(漢王室にしろ、あるいは元の姓にしろ)存在しないから、貶めれるんだよ。
不可解なのは、県令にまで出世した劉雄が自分の経歴を、立派に見せこそすれ、何にも残していない点である。

系図に空白があるどこの馬の骨とも分からない人物に対して、征服者側である晋が余りにも
寛容すぎる、いくらでも貶める材料は揃えられる立場でありながら。
編纂者グループは劉備を貶めたい、しかし、劉備が劉姓であることは揺ぎ無い事実である。
だったら、やることはひとつ「系図を載せない」に尽きる。
あとは「深読みする好事家」が勝手に拡大解釈してくれるんだから、楽なもんだよ。
曹叡の生年とか、本当にこういうのは面白いと思う。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 21:08:51 ID:n8GBYB8E0
>>243
お前の結論を皆の共通認識にしようとして必死になるな。
考え方の一つとして、聞いてやるのは構わんが、
「これが真実です!」なんて、絶対的な証拠もなく
わめき続けてたら、誰も聞く耳すら持ってくれなくなるぞ

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 21:20:19 ID:vyrLemos0
>>241
「酎金失侯」は漢の歴史では有名な話。
>>242にもあるけど、当時列侯は祭祀の時に金を献上しなければいけなかった。
これが「酎金」だが、武帝の時に「金の純度が低い!不敬である!」と大規模摘発され、功臣の子孫から諸侯王の分家から100人以上の列侯が金の純度不足による不敬罪で摘発され列侯の位を失うという大事件となった。
劉備の祖もその事件にひっかかって父中山王から分家した列侯国を失った。

しかし彼が皇族(宗室)としての特権まで失ったかどうかは不明だし、劉備と血縁関係が本当にあったかなんてわかるわけがない。

大体、劉備ってそんなに皇帝の血筋であるってことで得してるかねえ?
最後の最後、漢中王になり皇帝に即位するあたりはわかるけど、それ以外ってそんなに良くも悪くも影響していないような気もするんだがな。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 21:31:28 ID:if/q3k6+0
>>244
あくまで俺の持論だからな、別に万人の同意を得れるとは思っていない。
考え方にもいろいろあると知ってもらいたいから書いてる。

祖父から上の系図が不明
普通の人:それぐらい没落してたのか、そこから漢復興のために頑張ったんだから、劉備って傑物だよな。
詐称派 :中山靖王の子孫かどうかは疑わしい、あくまで自称→劉備は貴種ではない可能性がある。
(それはそれで下克上の体現者という意味ではカッコいいんだがね)
穿った人:待て、これは司馬家のワナだ。普通に漢王室の末裔の可能性のほうが高いだろ。

確かに、俺の考え方が一番アホに見えるな。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 21:46:13 ID:CgNO/if40
祖父から上の系図が省かれてるのは儒教の制度と関係あるのでは?
文帝紀だったか明帝紀だったかに曹嵩以前だったかを祀る云々に関しての批判があったと思う。
だから祖父以前を省くのは特に不自然ではないことなんではないかと。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 23:38:00 ID:cOWPC5R50
>>245
皇帝即位に重要だったのは劉姓よりむしろ「左将軍」の官位。
劉姓だけならもっと正統だったのがゴロゴロいたわけで。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/03(月) 23:42:28 ID:vyrLemos0
>>248
皇帝即位の頃ってもう左将軍は名乗ってないよね

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 00:09:44 ID:V3cTrzk40
そら王になったらもういらんだろ。
だが漢皇室から正式に授与されたメッチャ高い官位というのが重要。
これが曹操の簒奪を正す口実になってる。

孫権だってね、皇帝名乗る前にわざわざ魏と和睦して王位認めてもらってるのだ。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 00:35:25 ID:BfCa0zVz0
>>250
> 皇帝名乗る前にわざわざ魏と和睦して王位認めてもらってるのだ。

別に帝位を号するためじゃないだろうにw

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 02:53:16 ID:ePs2a5X10
>>250
漢朝から正式に任じられた官位は左将軍が一番。漢中王は自称というか、これこそ詐称。

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 19:03:27 ID:P7U7z95+0
>>245
>大体、劉備ってそんなに皇帝の血筋であるってことで得してるかねえ?
肩書きが何も無いよりもはるかにましだろ。
同姓ってだけで、同族意識に近いものもあるんだから
劉表や劉璋に与える印象も違っただろうし。

>>248
なぜそんな結論になるのかよくわからんが、
ならば、後将軍、のちに左将軍の袁術陛下も
皇帝になる資格がしっかりあったわけか。

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 19:49:25 ID:n53rncOf0
248の結論は250だと思うのは俺だけ

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 20:32:35 ID:V3cTrzk40
>>253
>ならば、後将軍、のちに左将軍の袁術陛下も
>皇帝になる資格がしっかりあったわけか。

現存する漢皇帝を抱えた連合勢力と真っ向からぶつかって、
その全てに勝つ自信と力があったなら資格は十分だったんじゃないかな。
袁紹とか曹操はそれより皇帝抱えたほうが楽だと冷静に判断したわけだがw

なんにせよ劉備も孫権も魏とガチでやりあう覚悟があったから皇帝を名乗った。
資格は同じでもそのへんが違うから評価も違うだけだと思うよ。

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 22:20:04 ID:4TEA9vXZ0
そもそも皇統を自称した、なんてのはどこから出てきた話なんだ?

先主姓劉諱備字玄徳たく郡たく縣人 漢景帝子中山靖王勝之後也

正史読む限りじゃ景帝の子孫だと断言してるんだが

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 22:36:44 ID:BfCa0zVz0
演義の劉皇叔が念頭にあるんじゃね?

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 23:17:35 ID:Q8J2Obiw0
>>257
演義でも同じだろう
劉皇叔ってのは系図調べたら献帝より一世代上だったってことから
つけられたってだけの話だしな

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 23:28:13 ID:BfCa0zVz0
ん?
だから、皇族と爵位を失った王の末裔じゃ全然違うという流れの中で、そもそも「劉備が皇族を自称した」なんてのはどこから出てきた話なのよ?ということでしょ?

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 23:55:40 ID:UbCEplfV0
>>259
同族で世代が上の人はみんな叔って呼ぶんだよ
皇帝の同族で世代が上の人ってだけの意味なのに何で皇族を自称につながるのか分からん

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 23:57:16 ID:VqSDWxY40
他の有象無象の名族の末裔と同じように
系図が残ってないから、証拠が無い。

もちろん本当に中山靖王劉勝の末裔であってもおかしくない。
それでも証拠がなければ、自称に過ぎないのは変わりない。

なんで、国語の授業してやらなければいけないんだ?

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 00:58:52 ID:KsSGJQbl0
証拠がなければ自称というのはさすがに意味がわからん。
史書に記載があるのだから歴史的には状況証拠十分。
せいぜい真偽は不明というべきだろ。

国語の授業?

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 04:11:39 ID:vKLH0M2k0
>>261
見下して相手に話す割に、説得力の無い内容。
もう少し肩の力を抜かなければならない。

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 04:54:32 ID:frz28qW80
真偽不明だから、「自称」程度の表現で言われるんじゃない?
そこまで劉備ファンには許せない表現なのか?
>>237が粘着してるのかな?

さすがに「史書に記述があるから即真実」というような理屈は話にならん。
史料批判は史学の基本だよ。

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 07:44:06 ID:XNnSTtM50
>>264
曹叡はエンキの息子って言うくらいの言いがかりとしか思えません
曹叡は自称文帝の子なのですか?
第一「漢景帝子中山靖王勝之後也」をどうやったら「自称」中山靖王の子孫と訳せるのか教えてください
資料批判じゃなくてそれは単に手前勝手な超訳でしょ

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 07:49:58 ID:UKpqDQ1/0
第一劉表とか劉焉とかも系図残ってるの?
こいつらだって魯恭王餘の後は以下省略だよw
劉曄も光武帝の子延から一気に父の代まで飛んでるし

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 08:11:20 ID:6y/LLMkl0
曹叡の件なんてまるっきり関係ないのに持ち出す意味が分からない。
劉表、劉焉、劉曄なんかも正史に系図が載ってないだけで、
当時、皇族に連なる名門とした履歴を持つとはっきり認められてる家の出身なわけで
劉備のように、朝廷が認識すらしてなかった家の出身と同じだと主張する意味もわからない。

劉備以外だって、はっきりとした傍証が無い名門の子孫は
「○○の後裔と言われる」、「○○の子孫を称した」という風に
確定事項としては扱われないのに、劉備だけ例外に考えるのもおかしい。

それともあれか?
演義で朝廷が劉備の系図の欠史13代を読み上げたのを真に受けてる人なのか?

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 08:29:57 ID:6SxBD4/v0
>>267
> 当時、皇族に連なる名門とした履歴を持つとはっきり認められてる家の出身なわけで

ソース、もしくは根拠plz

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 09:38:08 ID:pwNrT+9/O
劉備だって漢王朝に連なる者ということを疑う人なんて同時代には誰もいないよ
劉備を罵倒してる人に関してもだ
正史も「勝の後なり」と3人称で断定してるじゃん
これをどう読んだら劉備が自称してたということになるの?

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 10:38:00 ID:6SxBD4/v0
>>269
そこはそれ、著者が著者だから……
例えば劉勝に劉貞という子は存在しないとか、同時代人の劉備に対する罵倒の中でその系図は虚偽であるに類するものがあるとか、そういう根拠めいたものってあるの?
まあ後者に関しては史料が三国志しかないけど、裴松之の注とかは十分参考になるような気がするけど……

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 10:47:46 ID:0WxiGE2o0
妻妾が何十人も(あるいはそれ以上)いる状態が何百年も続けば、
その家系に連なる者の人数は天文学的な数になるはず?


272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 11:14:32 ID:vKLH0M2k0
史料批判で粘着するのは勝手だが、
劉備は一応皇族だろうと推理する立場の人間を、
丸っきり馬鹿扱いする物言いが気に食わない。

第一「劉備は中山靖王の血筋である」という明確な証拠も無いが、
「劉備の系図は詐称である」という証拠もないのだ。
どっちも疑わしいならば、当時の人間の劉備への対応を見て考察するべきだろう。
そういうプロセスを無視した詐称論は、
「史料批判」ではなく単なる「狐疑逡巡」と言うのです。

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 12:33:53 ID:/3KK4+Vp0
まあ、ここは学問板じゃないから、大学とかで教わる方法論を知らない人がいてもいい。
励ましの意味で。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 12:42:23 ID:z/SQL5O4O
はっきり言えるのは、劉備が当時存在した皇帝含め勢門貴族の劉姓より名声があったということだな。
徐州の虐殺に対して貴族の義務を果たした劉姓は劉備だけだった。
他の劉姓は名に恥じぬ働きをしなかった。
日本に源平の後裔はごまんといても北朝鮮と戦う人間はごく一部だろ。
国民のために何かできない人たちは名門であっても意味はない。


275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 12:45:52 ID:pwNrT+9/O
正史に漢室の子孫と書いてある以上、それを覆す反証をしなければならないが
それが全く出来てないね
系図がないのは劉備に限らず全員そうだし

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 12:55:06 ID:z/SQL5O4O
光武帝とか継体天皇とかも脊髄反射的に偽物呼ばわりする輩がいるが、
いくらなんでも何の根拠も無しに自称したら不敬罪だろう。
熊沢天皇とか生かしておけるのは戦後日本だからだぞ。

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 13:26:35 ID:frz28qW80
劉備が中山靖王の末裔と断定できると主張してるみなさんへ。
『典略』の「劉備は元来臨邑侯のわかれである」という記述はどう解釈してるの?

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 13:58:05 ID:o3ha2/l80
劉備が中山靖王の末裔と断定する気はないが
『典略』を持ち出せば、その史料価値を吟味する必要が出てくる

劉禅に関する珍説は有名だな

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 14:42:59 ID:pwNrT+9/O
>>277
劉備の親父さん辺りが妻子を連れて養子にでも入ったんじゃないか?
だから「元々は」臨邑侯(劉譲のこと?)の支流であったと

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 14:50:33 ID:6SxBD4/v0
臨邑侯:劉秀の兄の子北海靖王興の子復。

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 14:51:30 ID:6SxBD4/v0
袁紹ですら父について異説があるからなあ・

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 16:13:25 ID:/3KK4+Vp0
枝屬ってなによ?

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 16:20:19 ID:6SxBD4/v0
枝族。別れ出た一族。支属。分家。枝胤。

どれでも好きなのをどうぞ。

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 16:54:38 ID:/3KK4+Vp0
販履織席で生活し、失侯あるいは枝屬の家系である人。

失侯あるいは枝屬の家系を自称する可能性……
失侯あるいは枝屬の家系を自称するメリット……

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 19:51:48 ID:tV40ldBa0
>>279
血筋的には臨邑侯の分家、家柄的には中山靖王の一族(没落してるけど)かよ
劉備って毛並み的にはすごいサラブレッドじゃん

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 20:09:13 ID:5VHIng4W0
劉備の先祖に関しては
正史には中山靖王劉勝と書いてある。
それをはっきりと裏付ける傍証は無い。
真偽については不明である。

で、良いものを「劉勝の子孫です」って、断言したがってる人ってなんなんだろうな。
別にこっちは「劉備は劉勝の子孫ではない。100%劉備の詐称」.と断言したいわけじゃないんだけどな。

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 20:20:50 ID:tV40ldBa0
>>286
そんなこと言い出したら正史に書いてあることのほとんどが傍証なしだろw
そもそも劉備が筵を編んで暮らしていたのも本当?とかきりが無いぞ
貴方のレスを読んでると反三国志の前書きを読んでるかのようだ

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 20:30:17 ID:5VHIng4W0
正史の記述のみで他に裏づけが取れないものは、確定事項として扱われないのは普通のことだぞ。

大体、正史の記述をそのままただ受け入れるだけでは、ところどころに矛盾がでるんだぞ。
正史に載ってるから、全て正しいなんて思考停止はありえない。

劉備が本当に中山靖王劉勝の末裔の可能性は高いと論じるのは構わんが、
「劉勝の末裔と断言しない人はおかしい」、みたいなことを喚くのだけはやめろ。

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 20:30:57 ID:pwNrT+9/O
劉備の字に関しては
正史には玄徳と書いてある。
それをはっきりと裏付ける傍証は無い。
真偽については不明である。

で、良いものを「玄徳です」って、断言したがってる人ってなんなんだろうな。
別にこっちは「劉備の字は玄徳ではない。100%劉備の詐称」.と断言したいわけじゃないんだけどな。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 20:34:19 ID:5VHIng4W0
>>289
池沼ですか?
劉備の字が玄徳ってのは、傍証はいくらでもあるだろう。

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 20:40:27 ID:pwNrT+9/O
>>290
本当にどこにあるの?いやマジレスで
当時の書簡で正史以外に劉備の字に言及してるのってあるのか

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 21:00:11 ID:6SxBD4/v0
>>290
傍証なんてあるならオレも知りたい。

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 21:07:28 ID:5VHIng4W0
書簡は知らんが、正史三国志の中だけでも多角的に検証できるし、
他の史料でも玄徳とは書か.れているはずだが?
つーか実際、史料に字すら間違えて載ってる可能性もあるから
古い時代の史料ってのは油断ができんww
もっと古い時代だと、字なのか、名なのか、官名なのかすらわからなかったりするし

ま、なによりも字と系図じゃ裏付けなきゃいけない事由自体が違いすぎるし、
>>289みたいな鸚鵡返しは馬鹿すぎると言っておこう。
どうしても断言したければ学会行って
正史にこう載ってるから正しいんですって発表でもして来いw

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 21:17:17 ID:v1qBImk00
>>288
>正史の記述のみで他に裏づけが取れないものは、確定事項として扱われないのは普通のことだぞ。

>>293
>書簡は知らんが、正史三国志の中だけでも多角的に検証できるし、


言うことがコロコロ変わるなアンタ、もういいよ
>他の史料でも玄徳とは書か.れているはずだが?
後の資料が前のを参考にしてるだけって可能性は考えないんですね

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 21:23:52 ID:6SxBD4/v0
> 「劉勝の子孫です」って、断言したがってる人
> 「劉勝の末裔と断言しない人はおかしい」

見えない敵と戦ってるように見える。
多くは「『劉備は中山靖王の末裔である』という記述を否定する材料は特には無い」程度だろう?
それに対して「真偽は不明だ!真偽は不明だ!」と必死な人はいるみたいだが。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 21:39:02 ID:5VHIng4W0
>>294
劉勝の末裔ってのは正史の記述の中だけでも多角的に判断しきれる情報あるんだっけか。
そもそも系図の確かさを保全する為の傍証は出身の家系についての別角度から記述でなければならない。

ちなみに聞くが、曹操の家系の先祖が曹参ってのも無条件で信じてるのか?

>>295
否定する材料が特に無いということにはなんも文句つけてない。
可能性は高くとも断言できるような話ではない。とだけ言っている
それに噛み付いてきてる時点で「劉勝の末裔と断言しない人はおかしい」 と主張してるってことだろう。
本当に
>『劉備は中山靖王の末裔である』という記述を否定する材料は特には無い
と言ってるだけなら、ここまでの論争に意味は無い。ただすれ違いから生まれた悲劇。
そういうことなら以後、この話題は禁止↓ 話題出したやつは断言したいキチガイ決定。

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 21:47:22 ID:XOCINrRG0
>>296
お前頭ヤバすぎるぞ。薬でも飲んで来い。

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 21:58:05 ID:/g/M+g0KO
呉の程ヘイなる人物は「自身の伝記にしか自分の名前がのっていない」という奇妙な人で、
実際正史三国志立伝者の中で
自分の伝記にしか自分の名前が載っていない、というのは唯一この人だけ。
この人物の名を正史三国志内の他の人物の伝から見出だすことはできない、
よってこの人物の存在を証明することは不可能。

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:09:16 ID:6SxBD4/v0
>>296
あなたの言ってることは不可知論でしかなく、議論に値しない。

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:13:40 ID:v1qBImk00
>>296
漢の正統を継ぐ、ということで蜀を建国できたのは家柄のおかげだろ
そして魏も晋もその血筋には異論を唱えていない
(正史に載ってる段階で劉備の出自について問題視していないというのはわかる)
裴松之も突っ込みいれてるけど漢室に連なる者だということには異論を挟んでいない

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:15:06 ID:6SxBD4/v0
文章に矛盾があるとかそういう観点で疑問視してくれるんならいいんだけどね。
例えば「陸城亭侯」が誤字で無かった場合。
亭侯は前漢時代には無かったらしいので、途中で誤伝があり実際には中山靖王の子孫であったとしても、その信憑性は落ちる。
とかね。

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:22:39 ID:/3KK4+Vp0
ID:5VHIng4W0は高卒ですか?

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:26:03 ID:frz28qW80
このスレ、揚げ足取りに煽りに詭弁ばかりで酷いことなってるな。
劉備が中山靖王の末裔ということに疑いを持っただけで
この異常な感情的な叩きっぷりってなんなんだろう?
自分の意見を他人に押し付けるのに必死すぎ。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:28:49 ID:6SxBD4/v0
>>303
疑うのは勝手だが、その疑問の根拠は?と聞かれてもろくに上げられないのでは説得力ないね。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:33:37 ID:eXObZQd/0
>>303
根拠も無いのにただ「書かれているだけでは納得できん」では話にならないよ
感情的になってるのは「正史の記述を信用できない」って意固地になってる方でしょ

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:37:13 ID:6SxBD4/v0
>>303
ああ、あなたは典略の記事を根拠の一つに上げてるね。
異伝があるからただちに信憑性に問題が出るとは思わないけど、あなたがその事を以って疑問視するならそれはそれで構わない。

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:37:46 ID:MUCz8gEl0
>>300
それはまた別の問題だろ
魏も晋も劉備の血筋が正しいから、漢の正統を継ぐことが正しいなんて言ってない
魏は漢から正統に禅譲されて、晋は魏から正統に禅譲されてる
禅譲後、仮に献帝の息子が漢の正統を主張しても、そこに民意が集まり、
結果、魏を武力で滅ぼした場合のみ、その王朝に正当性が生まれる

劉備の建国した蜀漢も同じ、正統は魏にある以上、血筋がどうあれ逆賊であることに変わりない
(親子や兄弟で君主権を争った例はいくらでもあるけど、
正当になるのは勝った者だけ。負けたものは君主の係累であっても逆賊でしかない)

血筋にのみ拘るなら、孫権はどうして建国できたんだよって話だよ
劉備が真に皇族の末裔だから、魏や晋が否定しなかったんだっていう結論ありきの論法過ぎる
むしろ漢の血筋を名乗ったことをなじったら、漢の血筋が王朝を継ぐのが
本当は正しいって暗に認めてる(恐れてる)と.世間にとられるって考え方もできる。

劉備が正当な漢の血筋でないと否定するわけじゃないけど、
こうだから漢の血筋だと主張できるエピソードでもない

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:42:17 ID:6SxBD4/v0
>>307
劉備は漢朝を継いだという立場で帝位についてるから、孫権の場合と同一視は出来ないと思うけどなあ。

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:42:50 ID:FDen667B0
>このスレ、揚げ足取りに煽りに詭弁ばかりで酷いことなってるな。
揚げ足取ってるのは「正史に書かれてることが全てとは限らん」って主張してる奴の方だろ
>劉備が中山靖王の末裔ということに疑いを持っただけで
同じく系図の無いほかの劉姓を挙げてない点で疑いじゃなくただの偏見だな
>この異常な感情的な叩きっぷりってなんなんだろう?
叩きじゃなくて正常な意見を語ってるだけ
>自分の意見を他人に押し付けるのに必死すぎ。
自分の意見を押し付けてるんじゃなくて三国志正史の記述を何度も読み上げてるだけでしょ

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:47:19 ID:frz28qW80
200年もの間の記述が何もない、田舎の二流地方豪族の端の人間が、
正真正銘中山靖王の末裔なの?
と疑うことが、それほど許されない、史料を無視した行為なのか。
いや、俺も疑いたくないという人に強要するつもりはないから、かまわんよ。
どちらの意見にせよ、議論でなく、煽りあい・押し付けあいに参加する気はないのでご自由に。

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:53:57 ID:frz28qW80
>>309
最後に「同じく系図の無いほかの劉姓を挙げてない点」について
劉焉は漢朝から宗室扱いされてたことが、彼の伝に書かれている。
劉ヨウは「高族名人」とあり、これまたれっきとした名家だったことがうかがえる。
劉備とは彼らは家格が格段に違っていた。
参考までにどうぞ。
あとはご自由に。

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:56:56 ID:FDen667B0
>>310
何を勘違いしてるの?
正史で中山靖王の末裔と言ってる以上、それを覆すのを人に納得させなきゃいけないのは
>正真正銘中山靖王の末裔なの?
と考える方だよ
>と疑うことが、それほど許されない、史料を無視した行為なのか。
分かってるじゃん、そうだよ、史料を無視した行為以外の何物でもないよ
許されたけりゃ正史以上の証拠を示さないと

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:58:23 ID:MUCz8gEl0
>>308
よく読んでくれよ
論点はそこじゃない
君は人のレスのごく一部だけをあげて、反論する癖があるようだから直したほうがいい。

問題は
・王朝を立てるのに劉姓であることは必要条件でない
・魏・晋の立場上、漢の血筋を恐れることはできない
>>300のレスは劉備の血筋の確かさを補強するエピソードではない
・もちろん漢の血筋でなかったと主張できるエピソードでもない

繰り返すが、元皇族の王朝設立であっても、献帝の禅譲という既成事実がある以上
武威を用いて魏・晋を打ち倒した後に禅譲でなく、簒奪だったとしない限りは逆賊のまま
逆賊の理由は「正統は魏にある」からであって「漢の血筋でない」からではない
魏・晋の立場から言えば漢の血筋には魏への禅譲の時点で、正統性は一切なくなってる
(王莽も負けたから簒奪者になった。負けなければ劉玄はただの逆賊)

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 22:59:33 ID:MUCz8gEl0
>>312
釣りならよそでやってくれ

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:03:45 ID:275cfeMl0
>>313
>君は人のレスのごく一部だけをあげて、反論する癖があるようだから直したほうがいい。
釣りならよそでやれば?
ここは君のような上からものを語りたい人に好意を示すことは無いよ

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:05:02 ID:6SxBD4/v0
>>312
それはそれでどうかと思うが……

例えば劉焉。
前漢の魯の恭王の後裔とあるが、劉焉までの系図は不明。
ちくま訳を頼りにすると「王族のため、中郎に任じられた」とあるが、
本当に王族のために任じられたのか、出世したのでその言い分が通ったのか断言できるかわからない。
でも特に疑わなければならない材料があるわけでもない。

劉表は……前の方で名前があげられてたけど、彼も皇帝の末裔なの?

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:13:40 ID:MUCz8gEl0
>>315
自分にとって気に食わない意見だからって感情的になるな
好意云々でなく、論証をしてくれよ

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:16:06 ID:275cfeMl0
>>312
劉曄に関しては高族名人が詐称であるかもという点はまったく考慮しないんですか?
大体それは鄭宝が劉曄を利用しようとしたときに出てきた文面だよ
鄭宝が敢えて騙った可能性もあるよね、少なくとも否定は出来ない

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:17:33 ID:6SxBD4/v0
>>313
劉備は帝位に就くに当たって、その正統性の一つとして中山靖王の後裔である事を上げている。
正確には諸葛亮らの上表だけどね。
魏には魏の理屈があり、蜀には蜀の理屈がある。それは当然。
相手を非難する時、自らの正統性を主張する場合もあれば、相手の主張が間違いである事を主張する場合もある。
他にもあるかも知れんけど。
で、後者の場合、劉備の中山靖王の末裔であるという主張を否定することは十分ありうる。
しかし、呉の場合、これは有効でない。だから同一視できないと言ったのであって、
そのような主張が魏側からなされなかった事を以って、あるいは記録が無い事を以って魏側も劉備が中山靖王の末裔であることを認めていたと言ってるのではない。

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:22:31 ID:275cfeMl0
>>319
でも本当に劉備が自称だったのなら魏がそうしない理由が分からない
禅譲を受けたのは自分(自らの正統性を主張)
そして劉備は漢王朝の末裔を騙る不届者(相手の主張が間違いである事を主張)
これらは相殺するものじゃなく重ねればプラスになるものだからね

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:28:43 ID:6SxBD4/v0
>>318
劉曄の場合、「自分は漢の王族の端くれだから、魏朝においてあまり交友を広めるようなことはしない」とかいうような事を言ってなかったっけ?

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:36:16 ID:MUCz8gEl0
>>319
>>307での主張は君への意見でなく>>300の意見が
「主張が魏側からなされなかった事を以って、
 あるいは記録が無い事を以って魏側も劉備が中山靖王の末裔で
 あることを認めていたと言っている」
に該当してるからのそれに対して反証するレスなんだよ
だから、すまないが>>308は論点がズレてると言うしかない


魏・晋からすれば、中山靖王の後裔にはすでに皇統の正統性は無い。
中山靖王の後裔だから蜀漢王朝は正統なんだって主張自体が間違い。
なのに、わざわざ「中山靖王の後裔じゃないから正統じゃない」なんて言ったら
漢の血筋に王朝の正統性があるって認めることになるという考えね
魏・晋からすれば、名声のある元皇族劉姓を相手に逆賊と主張できるのは
劉姓に皇統は既になしって言うプロパガンダに都合がいいとも言える
もちろん、その効果を考えず、「漢の血筋でも王朝の正当性はない。その上、
劉備は漢の血筋どころかどこの馬の骨とも分からないじゃないか」という主張をすることもありえる

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:43:59 ID:1/8aCGT90
>>321
いまさら昔のことを嘘でしたと言うには収まりがつかなくなったからとかかもw

>>322
劉曄みたいに名士でありながら服属してる王族もいるんだから
劉備の主張が自称に過ぎないのなら当然指摘すると思うよ

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:45:23 ID:MUCz8gEl0
>>323
当然となぜ言い切れるのかが俺には理解できないのだが

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 23:59:39 ID:1/8aCGT90
>>324
元皇帝はじめ元王族は魏を嘉してる
これに逆らうのは漢室の末裔を騙る者だけ、とするのは自然じゃない
劉備の出自があやしければ少なくとも魏ではそれを指摘するかどうかの話が行われるはずだが
そういう形跡がまったく無い

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 00:09:45 ID:enrJWLsG0
>>325
状況証拠による推論で水掛け論にしかならないんだよ
とても「当然指摘した」なんて言い切れる話じゃない。
それと元皇族が臣下にいるってことと
元皇族が正統を主張して、反乱してるけど、ただの逆賊だよって言えることは
魏の正当性を高めることでは同じだけど、イコールではない。相乗効果がある話。

持論を披露するのはいいけど、推論でしかない話を「当然」とか言って、
人に押し付けるのはやめようよ

別にこの話がなければ劉備の血筋の確からしさを証明できないわけじゃないだろ?

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 00:13:53 ID:QOkI24a70
劉備は実在しなかった

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 00:19:25 ID:enrJWLsG0
>>327
おもしろい
その心は?

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 00:23:47 ID:sapwcRMa0
>>326
魏が劉備中山靖王末裔説を否定したとしても、「それは批判のための批判であり事実に基づくものではない」と主張することも可能だからな。
魏が批判しようがしまいが、各自の心証を左右するものでしかなく他者への説得性を持つものとはなりえないわな。

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 00:24:40 ID:6MvHXQSS0
実は劉備はすでに殺されていて劉備に摩り替わった日本人の男がry

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 00:27:18 ID:sapwcRMa0
劉備の先祖は同胞ニダ……と悪乗りしてみた。
反省はしてる。

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 00:28:10 ID:tBj6uOKS0
劉備が実は死んでいて、まではよかったが、惜しかったな
摩り替わった劉備は、実は女だったんだよ。
呂布や曹操にモテモテ。

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 04:38:44 ID:10Zm4Yu80
劉備の血筋に正史の記述以外の傍証が無いのは確かだが、
ID:5VHIng4W0やID:frz28qW80が言うことがマトモな反証とは全然思えない
疑問を呈するのは勝手だが、たいした論拠も無しに是とされてることを非と言えば、反発を食らうのは必至。
発表の事前に叩きを回避できなかったのは用意が足りていないから。
そんなことも分からずにオーディエンスの人間性を非難とか、どうしようもない

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 07:26:38 ID:tBj6uOKS0
ここでは妙に自称とか真偽不明という言葉に過剰反応してる奴が多いが、
研究者さんの間では、劉備の血筋については懐疑的・眉唾物
と考えてる人が多数を占めているようだね。。
特に触れなくても「劉勝の後裔とされる」くらいの表現で濁す人も多い。
一般的には、こうした疑わしいととる見方の方が是とされてる見解なんだよね。
勿論、通説をひっくり返そうと頑張るのは結構なことである。

しかし、このスレみたいに
「先主伝に断定形で書いてあるから間違いないんだ」
という単純な主張のみでは、今さらあまり相手にされないと思う。

あと、陳寿は蜀の遺臣で、蜀についての記述には何かと気をつかってる
という問題には、先主伝を振りかざす人は触れようとしないのが気になった。

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 07:59:03 ID:10Zm4Yu80
>研究者さんの間では、劉備の血筋については懐疑的・眉唾物
>と考えてる人が多数を占めているようだね。

これはほとんどの住人がそうだろう。
「眉唾だ」で止まるならまだしも、それが「詐称だ」に直結するから問題

>しかし、このスレみたいに
>「先主伝に断定形で書いてあるから間違いないんだ」
>という単純な主張のみでは、今さらあまり相手にされないと思う。

そんなこと言ってる輩がどこにいた。
ここの住人が「先主伝を振りかざす」というのも人聞きが悪い言い方だろう。
詐称派も魏書や呉書から持論の都合のいい記述を引っ張って来ればいいじゃないか。

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 08:03:16 ID:enrJWLsG0
詐称だなんて誰も主張して無いわけだが・・・
一人でなんか勘違いして、騒いでるアホがいるな。

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 08:38:37 ID:10Zm4Yu80
>>336
事実関係を確かめられないような脳足りんぶりも、
自分に都合のいい言葉以外は認識できないようなアホならしょうがないかなー

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 02:24:45 ID:Q6aUaEiL0
血統詐称と寡黙で感情表に出さなかったのがカリスマ性に関係あったのかな?

m9(^Д^)プギャー

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 12:46:03 ID:M97anqEQO
英雄劉備をブルジョアから外したい中共から、
劉備が血筋を疑われる原因となったのは孔明への遺言、
これは逆に劉備自身に血統への自負があった証拠だと思う、
国を一世一代で作り上げた不世出の英雄秀吉は天皇の血筋なのに全く逆の遺言をした。
血筋に全く自信が無かったからだろう。

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 19:23:11 ID:yJs0XuvY0
>>337
ああ、つまり何日も粘着してた君はそのレスの主が
ずっと血統詐称だと主張し続けてると思い込んでたわけだな。
どんだけキチガイだよw

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 19:49:03 ID:EGET2Z3g0
議論はこの偉そうな男の発言からヒートアップしてる。
その経緯を知らずして語るなかれ。
初期の熱い反論はこの傲慢さに対しての正常なリアクションにすぎない。


261 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/09/04(火) 23:57:16 ID:VqSDWxY40
他の有象無象の名族の末裔と同じように
系図が残ってないから、証拠が無い。

もちろん本当に中山靖王劉勝の末裔であってもおかしくない。
それでも証拠がなければ、自称に過ぎないのは変わりない。

なんで、国語の授業してやらなければいけないんだ?

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 20:13:49 ID:10Zm4Yu80
>>339
「詐称ではないにしても証拠不十分で自称としか言えない」と言うのは双方一致しているが、
系図から劉表や劉虞、劉焉らの例を見ても、劉備は皇族ではないという明確な証拠には成り得ないだろう。
仮に皇族だとしても劉備の主張する系譜がこれほど直系から離れていては、
ただ劉姓であるというだけで、その内実は劉裕あたりと大して変わらん。

一日しか見てない俺でもおまえらの主張が理屈に合ってないのは分かるわ。
「劉備は文帝の傍流の傍流である皇族だ」というかなりどうでもいい内容を、
疑わしいと何日も連呼するだけで、反証もロクに出せないあんたらこそキチガイだろう。精神科へ行け馬鹿。

342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 20:24:08 ID:10Zm4Yu80
>>340
そいつより↓の方が問題だろ

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 08:30:47 ID:tMdBrh3/0
はいはい。血統詐称はまったくありえません。
これで満足かい?

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 20:33:34 ID:VNIH+oQP0
>>341
それぐらいの認識がちょうどいいんじゃない?
ずっと暴れてた人は、ひたすら「真偽不明」(可能性の考察も無視)に拘っていたから。
肯定的に見るか否定的に見るかは、あとは個人の問題でしょ。

しかし、劉裕は楚王の末裔であることを自ら否定していたはずだが
それでも、「自称」中山靖王の末裔の劉備と同列になるのか?

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 20:43:04 ID:yJs0XuvY0
>>341
劉備は皇族じゃないぞ
本当に中山靖王劉勝の後裔だとしてもな

それに劉備の血筋はそれほど重要じゃなないというのは
「自称としか言えない」と主張してるグループの意見であって、
劉備は絶対に中山靖王劉勝の後裔だと主張してるグループは
「自称はおかしい。劉備は中山靖王劉勝の後裔だから
王朝立てられた。そうじゃなかったら無理。」と言っている。

俺が問題視するのは詐称云々じゃなく、
劉備の建国を皇室に連なる血のおかげと断じてること。

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 20:48:37 ID:yJs0XuvY0
>>343
>ずっと暴れてた人は、ひたすら「真偽不明」(可能性の考察も無視)に拘っていたから。

可能性については認めてたと思うが・・・
劉備は中山靖王劉勝の後裔と主張してる人が
「こうこうこうだから、真偽不明でもなければ自称じゃない。自称を撤回しろ!」
と、一般的に可能性の問題でしか論じられない
劉備の血統問題を確定事項として扱おうとしてるようにしか見えんが・・・

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 20:53:04 ID:10Zm4Yu80
>>343
劉裕は最初の方こそ自称していたが、即位後に詐称だったと認めてる。
劉備は死ぬまで自称を通したから詐称かどうか分からん。
当時では自称も他称も劉備は皇族扱いだったようだが、その根拠はまさしく「真偽不明」だろ。
俺にしてみればどっちも一応劉氏ですね、ぐらいで信じる根拠にはならない。

あと自称も真偽不明も半信半疑であまり良い意味ではない。
その内訳は 信:疑=1:9 ぐらいだろう。
この場合において、意味はどっちも正しいという主張は本当だが、
両方同時に使ったら相乗効果でコケにしてるようにしか見えない。
アホが言葉の印象を注意もせずに重ねるからここまで荒れたのだろう。

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:03:34 ID:tBj6uOKS0
>>343
>「真偽不明」(可能性の考察も無視)
これがもう喧嘩腰になっちゃってる曲解だよね。
「真偽不明」は「真か偽か明らかにあらず」ということだから、
偽と断定してるわけでもなく、どちらの可能性も含めた表現なのに。
それを偽と決めつけた、と勝手に決めつけ、大騒ぎして叩いてる。
結果、俺にも、可能性として疑うことすら許さず
「確定事項として扱おうとしてるようにしか」見えない。
どう見ても、このスレの過剰反応からの叩き方は異常なものがあったと思う。

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:07:20 ID:s69CjkWb0
>>344
劉備が自称してるのが分かるところなんかあるか?陳寿がそう書いてるだけだし
諸葛亮が劉備は漢室の末裔と言うシーンはあるが本人がそう主張してるなんて記述無いぞ

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:12:01 ID:VNIH+oQP0
まあ、個人的な意見だが
劉備は漢王室にとっては傍系も傍系、道楽王侯の没落して土豪化した子孫の末裔ですよー
て自己申告してるけど、これって劉氏を名乗る一族にとっては、結構下位カーストに位置
づけられているように思うんだが、史書に登場する劉氏はたいてい王族、皇族なわけだし
(奴隷階級や日当稼ぎにまで身を落としていない限り)
これを「真偽不明」て言っちまったら、劉姓すら疑えというのか?と普通の人は思うんじゃないかな?
少なくとも俺はそう感じたんだけど、>>347氏はこの意見どう思う?

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:13:31 ID:sapwcRMa0
> 「確定事項として扱おうとしてるようにしか」見えない。

それが思い込み。
劉備の系図が真偽不明というならば曹操や劉焉、劉表も同じくらい不明というしかない。
そうした中で殊更に劉備の系図を真偽不明を強調するのは何故?ということなんだと思うわけよ。
で、それはそうと三戦板の方の類似スレにも書いたんだが、劉表が魯の恭王の後裔ってのはどうなんかねえ?
後漢書には記述があるが、三国志には記述がない。
陳寿は書き漏らしたが史料が残っていたのであれば、范曄と時代の近い裴松之が注に記したと思うんだが……?
それとも三国志にも劉表伝以外の場所に記述があるのかなあ?

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:17:48 ID:sapwcRMa0
劉備の系図が真偽不明と思うのも主張するのも勝手だが、
何故そう思うの?と根拠を聞かれても答えず、逆に「疑うことも許されないのか」と切れるのはやめていただきたい。

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:21:38 ID:sapwcRMa0
あと元々は「劉備は中山靖王の末裔だと詐称してる」という断定が話の発端だからね。
これに対しての反論側がやや「系図は真実」寄りになってるのも仕方がないことであるのは理解して欲しいものである。

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:32:24 ID:yJs0XuvY0
>>350-352
なんで、こんなどうでもいいことをいつまでもループさせようとしてるの?

正史には劉備は中山靖王劉勝の末と書かれている。そこまで至る系図は不明である。
中華の歴史では、自分のルーツを有名人に求めるのは普通のことで
(実際は日本でもそうだけどね)劉備もその可能性はある。
ただし、中山靖王劉勝は子供が多く、その末裔は多くいた為、本当に子孫であってもおかしくない。
ちなみに中山靖王劉勝の末という血筋は特に尊貴なわけでもなく、
中山靖王劉勝の末裔だから蜀を建国できたわけでもなく、血筋はそれほど重要ではない。
※大義名分としては、使ったが建国に不可欠な要素ではない

ってな感じが落としどころだろ

詐称してたと断言してる人なんて、もうどこにも見当たらないのに
「詐称してた証拠出せ!」と暴れ続けている意味はなに?
このスレの人間に何をさせたいの?

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:37:16 ID:sapwcRMa0
>>353
じゃあ「劉備の系図を特に疑わなければならない点はない」ということでお引き取りください。

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:39:14 ID:10Zm4Yu80
>詐称してたと断言してる人なんて、もうどこにも見当たらないのに
>「詐称してた証拠出せ!」と暴れ続けている意味はなに?
>このスレの人間に何をさせたいの?

上の部分は燃料にしかならんだろ。暴れたりないのか?
「不快で挑戦的な物言いだった割にしょぼい顛末。謝れゴルァ!」ってとこじゃないの。

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:43:26 ID:yJs0XuvY0
>>354
なんでお前の思想でこのスレの人間を染め上げようとしてるの?
中華でも日本でも系図不明の有名人の子孫は一応は疑いの目を向けられているわけで
殊更、劉備のことだけ系図不明だけど疑う必要が無いと考えるべきだ。
なんて主張が通ると思うほうがおかしい
詐称は断定できないし、疑う人は疑うでいいだろ

そうじゃなきゃ↓みたいになるぞ
<丶`∀´> <疑うなニダ!

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:51:51 ID:OSv6to03O
解釈と態度か気に食わないってだけでなんでこんなに荒れなければならないのかわからん。
だれか、いい加減おだやかな結論だしてくれよ。

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:54:38 ID:10Zm4Yu80
>>356
一々煽るから何時までも続く。早くやめれば?

そうじゃなきゃ↓みたいになるぞ
<丶`∀´> <疑うニダ!断定するニダ!証拠は後で捏造するニダ!

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:57:33 ID:yJs0XuvY0
>>358
そういうお前が煽ってりゃ世話ねぇwww

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:09:56 ID:tBj6uOKS0
一応俺的にまとめてみると

劉備は田舎の豪族の端からの成り上がり。
しかも、200年ほどすっ飛ばして、祖を中山靖王に求めている。
中山靖王は子種120人ほどばら撒いたことで有名なおっさん。
帝王の伝紀には、その出自・生誕の逸話なんかを書き添えるのが定石。
これらのことから、劉備が中山靖王の末裔ってのも、
眉唾物でそんなに信用できないよね。

というのが研究者間でも通説になっている、懐疑論の要旨。
一般論から「怪しいよね」と言ってるわけ。

それに対し、このスレでは
先主伝本文に断定形で書いてあるだろ。
疑うのなら、詐称・自称である証拠を史料から明示しろ。
と騒ぎ立てている。
これでは、話が噛み合うはずもなく、
明確な証拠を出さない限り、確定の物と扱おうとしてる
ととられても仕方が無い。
結果、この論点の違いを理解しないまま「懐疑論は言いがかりだ」と大荒れ。

こんなとこだろうか。

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:11:45 ID:10Zm4Yu80
結局、悪印象による感情的なこじれに長い論争につながってる。

「詐称かどうかは当時の人間にも真偽不明」
「現代人としての視点では、正史の系図だけでは証拠不十分で自称としか言えない」
「だが競争相手の曹氏、司馬氏、孫氏も、曹参、殷王司馬コウ、孫子の血統を自称してる」
「よって劉備だけが系図を疑問視されることで、殊更に貶めらている訳でもない」

これで終わりにしたいがどうだろうか?もう飽きた。

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:15:51 ID:s69CjkWb0
ちなみに裴松之も劉備が漢王朝につながる血筋だとは認めてる
すごい遠縁な上に検定が生きてるのに即位した姿勢は批判してるけどな
つまり少なくともチンジュや裴松之の時代には劉備が自称してるなんてことは考えもつかない
「劉備は漢王族の末裔」というのは前提として受け入れられてたことが分かる
むしろ現代的な目を持ち込んでるのが失敗なんじゃないかなあ
劉備は貧乏→貧乏人が皇族の末裔なんてそうありえん→自称だったんだろうという連想で
でないと同じく系図の無い他の劉性を無視して劉備の三国志での記述だけ疑うわけないもの

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:16:57 ID:tBj6uOKS0
史学においては、根拠となる史料を提示することも大事だが
それのみに拘泥しすぎれば、
直接的に明記した根拠となる史料がなければ、推測は許さない
ということになり、史料の内容からの類推という考察手段を封じてしまう。
今回の荒れ具合は、そうした問題をよく表しているといえる。

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:17:37 ID:F/lBTXEw0
実際には貧乏な皇族や功臣の末裔なんて山ほどいたからねえ

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:18:58 ID:s69CjkWb0
>>363
>史料の内容からの類推という考察手段を封じてしまう。
これを全然懐疑派は示してないだろ
自分の感覚だけを根拠にしてるんだから

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:19:41 ID:yJs0XuvY0
>>362
くどい
陳寿がこう書いたから、裴松之がこう書いたから全て正しいっていう主張の仕方自体がありえない。
と言われてることに気付いてくれ

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:20:14 ID:tBj6uOKS0
>>361
俺も、無限ループはうんざりです。
特別新しい仮説・発見でもない限り、もうこの話題は意味が無いと思う。

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:21:12 ID:yJs0XuvY0
>>365
全レス読んで来い
そしていつまでループさせる気だ?

なんでそんなにルーツを疑うのを禁止させたがるんだ?

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:21:52 ID:VNIH+oQP0
でも、劉備が中山靖王の子孫であることを疑う人はこのスレにはいても
劉邦、あるいはその親族に連なる人物であることを否定する人はおらんよね?

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:22:16 ID:F/lBTXEw0
曹操は曹無傷の子孫に違いないですぜ

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:24:24 ID:10Zm4Yu80
ただし、史料を盲信しない俺sugeee!という態度では
余計な反感を買い感情的な水掛け論が続く。
悪態をついたり不遜な態度を取るのは最悪
現実的な考察でも所詮は推論にすぎないので、
暴論に近い正史盲信派の論者に対する決定打にはなりえない

と補足。

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:24:41 ID:yJs0XuvY0
管夷吾は管叔鮮の子孫に違いないですぜ

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:24:44 ID:WRketDRG0
>>361
でも曹操については
>養子嵩、官太尉に至るも、その生出本末を審らかにする能ふなし。
という書き方してるよね。
これは陳寿の誠意を信じるに足る証拠のひとつになると思う。

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:25:44 ID:sapwcRMa0
>>368
疑うなら勝手に疑ってろ。他の人にまで強制すんな。
言葉は悪いがこういうこと。
陳寿の記述を疑う根拠は何?
これは陳寿の言ってることは全て正しいとかそういうことじゃないからな。

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:26:44 ID:WRketDRG0
>>368
>なんでそんなにルーツを疑うのを禁止させたがるんだ?
ルーツを疑う理由が自分の主観によってるからだと思う。
客観的な証拠(劉備の血筋を怪しいと言う同時代の人物の言葉など)が示せれば違うんじゃない?

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:27:27 ID:F/lBTXEw0
>>373
誠意というか、「本当のことバッチリ書いちゃったら今いる曹氏の末裔に刺客送られちゃうなあ・・・」っていうぼやかし方なんじゃない?
まあ曹騰の実子としなかったんだから誠意あるのかな

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:28:50 ID:WRketDRG0
>>374
そうですよね。三国志の記述を疑うということは
陳寿が嘘をついてるか誤ったか、ということになりますもんね。
他人をうそつきとか無能とか言うからには自分感覚以外の根拠を示さないと。

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:31:18 ID:10Zm4Yu80
ID:yJs0XuvY0氏
ID:tBj6uOKS0氏
ID:s69CjkWb0氏

と俺ID:10Zm4Yu80が
二三日、書き込みを自粛する方向で
手打ちとしたいがどうだろうか?

>>366>>368
大方収束しかけてるのに命令口調でイラつかせるようなことをいうのは逆効果。
人は敵性な人間の命令には従わないものだ。
自粛よろ

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:31:34 ID:sapwcRMa0
>>373
例えば曹叡なんか年齢の件から出生を疑う余地が三国志自体にある。
劉備が中山靖王の末裔であることは疑わしいと考える材料は三国志にはない。
この違いって結構大きいと思うんだよね。
推定無罪の立場をとるか、立証できない限り不明とするか。どっちの立場を取るか?

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:33:36 ID:yJs0XuvY0
>>375-376
じゃ、中国や日本の歴史で有名人の子孫を名乗っている人は
懐疑的な意見を同時代の人物が言ってない限りは全て事実と認定すべきとあなたは言うわけですね。
荒唐無稽なことが史書に書かれていても、そのなかで否定されてない限りは事実だと?
アンタの主張は歴史に関する考察を放棄しろって言ってるようなもんだよ。

とまともにさらに長文レスを書いていこうと思ったら>>377
なにこの釣りwwwまともに反論する気も失せるわ

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:35:24 ID:F/lBTXEw0
劉備が王忠たちに「おまいら何人来ても平気だよ?」とか吠えたのってどこに見える記述だっけ?

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:51:44 ID:tBj6uOKS0
>>378
俺はまとめることはまとめたし、
特別目新しい見解でもない限り、無限ループに参加する気はなし。
ただ、あんたも今日一日のIDみてると、
馬鹿だのアホだのキチガイだの、m9(^Д^)プギャーだの、
挑発的発言や悪態が相当目立つぞ。見てて相当不快だった。
まず、自分の発言を反省すべし。

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:04:47 ID:10Zm4Yu80
>>382
>挑発的発言や悪態が相当目立つぞ。見てて相当不快だった。
言われた分をしっかりお返ししただけさ。
反論より先に人格攻撃が先に出る輩を付け上がらす必要は無い。

>まず、自分の発言を反省すべし。
と、言われましてもねえ。
参加したことが間違いだったという以上の反省はないです。
あんたはマシな方だが、そうでないのは論外のレベルでしょう

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:04:51 ID:vJGy8VET0
>>380
>荒唐無稽なことが史書に書かれていても、そのなかで否定されてない限りは事実だと?
劉備が漢室の末裔というのが言うほど荒唐無稽か?
実際にたく県に昔封ぜられた王族がいて下手打って爵位を失った
そして劉備の一族はたく県でも結構大きな一族だったらしい
(少なくとも他に匹敵する劉一族がいるという記述は無い)
俺は荒唐無稽だと思う方が独りよがりな思考の罠にはまってると思うよ
吉川三国志の茶を買うのも苦労する母子家庭の劉備をイメージしてるんじゃないの?

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:09:45 ID:yJs0XuvY0
>>384
別に劉備が中山靖王の末裔なのが荒唐無稽と言ってるわけじゃないが・・・
史書で否定されてないから絶対そうなんだっていう考え方に対するつっこみ
というか、それぐらい理解できるだろ・・・

それともわざとレスの一部を取り出して、相手の意見を捻じ曲げた解釈するのが目的?
そういうことやられるとまともな意見の交換できないから議論の意味がなくなるよ

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:24:04 ID:sapwcRMa0
緊急アンケート
・劉備は中山靖王の後裔である。

1.絶対に間違いのない事実である。
2.特に疑うべき材料もないので、一応信用できる。
3.判断材料が少ないので是非については述べれない。
4.立証できない以上、疑わしいという立場でいるべきである。
5.絶対に詐称である。

どれ?
オレは2.かな?

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:26:22 ID:F/lBTXEw0
6.どっちでもいいに一票

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:28:52 ID:UuTRKoLd0
4.かな。
そもそも立証責任は賛成している派にあるのだから、信頼できる材料を持ってきてもらわないと。
史書にあるからというのなら、北斉の高氏とか、隋の楊氏とか唐の李氏とかねえ。

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:33:44 ID:4E/EBi9H0
>>383
これはひどい

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:35:08 ID:yJs0XuvY0
3.で

>>388
このスレでは1.の立場の人が
「紛れもない事実を否定しているのだから立証責任は懐疑派にある」
と言い続けてるけどね
悪魔の証明になるから2..3.の立場の人はそんな主張するはずはないかわな

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:43:05 ID:sapwcRMa0
>>388
> 史書にあるからというのなら、北斉の高氏とか、隋の楊氏とか唐の李氏とかねえ。

詳しくは知らないけど、それらは他に疑うべき材料があるからだろ?

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:44:31 ID:vJGy8VET0
>>386
2でしょ。普通に考えたら。
このスレにはどうしても正史の記述を肯定することから始めたくない人がいるみたいだけど
劉備は漢室の生まれだとすでに推定されてるんだから立証責任は否定派にあるよね。

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:45:00 ID:yJs0XuvY0
>>391
曹操の先祖についてはどう思ってますか?

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:45:17 ID:F/lBTXEw0
自然に性転換した人間とか、寿命を不気味なくらい的確に予知した奴とか、史書に書いてあって誰も疑う記述をしていない
もちろん紛れもない事実だよね
昔の人間は凄かったんだな

395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:46:52 ID:vJGy8VET0
>>394
劉備が漢の血を引くというのはそれらと比べると現実性が高いから一緒くたに出来ないね

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:47:50 ID:F/lBTXEw0
>>395
なんという二重基準

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:48:10 ID:EGET2Z3g0
>>394
当時それが広く信じられてた、ということを示す事実として読むよ?

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:48:46 ID:vyM5jWky0
>>394
これはひどい
劉備の記述がこれらと同じくらいありえないって否定派は思ってるんだな
こんな偏見の塊とじゃ議論不可能だよ

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:51:05 ID:F/lBTXEw0
>>397
結論が出たじゃん
劉備=陸城侯の末裔も当時それが広く信じられていた、ということを示す事実なんだろ

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:51:18 ID:M97anqEQO
中共の研究者たちは文革で武侯祠や関帝廟までもが破壊されるのを恐れて、
劉備をなんとかして百姓出身の革命的闘士に仕立てあげようとした。
その為には劉備がプチブル的富農出身で貴族の血統に頼った機会の均等の外の存在ではまずい。
んで「孔明に皇帝の位を譲ろうとしたのは血統にこだわりが無かったから。劉備はこだわるほどの血筋ではなかった」
ということになった。
実際には劉備には、本人にやる気はなかったが、当時一般人や多少の金持ちが受けられない超一流の教育が施されていて、
中央に太いコネがあったことを伺わせる。
督郵を殴らなければ、地方有力者としては十分な出世コースに乗っていた。

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:53:13 ID:vyM5jWky0
>>399
事実なら広く信じられるのも当たり前で水掛け論にしかならないね
俺のレスは無視かい?

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:53:23 ID:sapwcRMa0
>>393
どの点に関して?
曹操の父曹嵩の出自について?
曹家は曹参の後裔であるということについて?

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:54:26 ID:F/lBTXEw0
>>400
それはない
劉備は自ら望んで官僚としての出世コースじゃなく軍人としてのドサ回りの道を選んでる、初めから
大きなことを成そうとしたら官僚なっても見込みがないと早くも見切っていたわけで、恐ろしい先見の明だといえよう

404 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 23:55:54 ID:vyM5jWky0
>>403
先見の明がなかったから孔明に会うまでドサ回りやってたんじゃないのか?
先見の明というか戦略構想と言った方が適切か

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 00:00:17 ID:hlS0dxUj0
>>404
前半生も戦略はそんなに間違ってないよ。
単に曹操に及ばなかっただけで……

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 00:06:00 ID:aZ7XrAbSO
>>403
それはないって、どの点に対して言ってるの?
劉備自身にやる気はなかったって書いたつもりだけど。
だけど親戚に清流派のコネがあったのは事実だし、伯父さんのすすめで勉強させてもらってる。
全く金もコネもない貧乏人には無理だと思う。


407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 00:15:22 ID:OBVMjZeG0
>>406
>督郵を殴らなければ、地方有力者としては十分な出世コースに乗っていた。
ハナッから私兵を集めて(後の曹操のような規模ではないだろうけど)反乱平定に参加して軍人として出世してから督郵事件があるじゃない
素直に学生時代のコネを使えば彼ら一門の麒麟児として後には中央政界の端くれぐらいにはなったのかもしれないが、その程度では満足できなかったのが劉備


408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 00:17:32 ID:hlS0dxUj0
>>407
官僚としての能力はそれほどなかったんじゃないかなあ?

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 00:27:14 ID:aZ7XrAbSO
>>407
ああ、そう言う意味か。
反乱討伐に私兵を率いて参加した人ってのはいっぱいいる。
劉備の一族が地方では少しは知られた名士の家柄なら、ごく当たり前の行動だったとも言える。
もし、漢室と縁もゆかりもない貧乏人だとしたら、それはそれで凄いけどね。
まあ劉備がどう考えていたのかは置いといて。
劉備の血筋を疑ってみても、こういう状況証拠がでてくるんだよって事で。

410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 00:38:01 ID:OBVMjZeG0
>>409
名士としての参加だったら最初から将校待遇とかでしょ
それか官僚(候補生)として反乱討伐に参加
死んだ振りして生き延びるだなんて危険な戦場に自ら飛び込んだ格好の劉備は、地方とはいえ名士の世界を捨ててわざわざ戦場を選んだんだよ

それとも酔っていたときに関羽たちに騙されて傭兵契約書にサインしてしまったのだろうか

411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 01:01:24 ID:aZ7XrAbSO
>>410
でも、私兵率いてても官職は邪魔にはならんでしょ。
場合によっては督郵と組んで百姓絞り尽くしてもいいんだし。よくないけど。
劉備は血統の名に恥じない立派な人だったと思うよ。
みんなが困ってたから戦ってたような気がする。

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 07:40:32 ID:XIPMC5Z10
>>411
劉備教の信者さんですか?

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 08:56:16 ID:YZNF/gl30
ルーツでループしてる流れを切るために別の話題

劉備が非凡だと思えるのは、荊州奪還のために動いた事と、
失意の中死ぬ際に諸葛亮に「禅がマトモなら助けてやってくれ。無能なら君が代わって皇帝になれ」って言ったことかな。
劉備は荊州の自領はあきらかに魏への侵攻路としかみなしてなかったと思う。
逆に言うとその侵攻路は三国鼎立から魏打破という、国家戦略の第二フェーズで必要不可欠な物だったから、
寡勢で現状復帰して和睦を狙ったんじゃないかなと。

荊州ありだと漢中〜長安ルートに加えて江陵〜襄陽南陽ルート、それに呉の合肥ルートの三方面から。
荊州を失ったら漢中〜長安ルートのみに絞られ、呉は荊州からの独立した侵攻戦力を置かないだろうから、戦術的に可能性が大幅に減る。

ここで妄想の飛躍になるけど、劉備の諸葛亮への先の言葉は
「おまえの戦略構想破綻させてしまったよ。荊州取り返してイーブンにしようとしたけど駄目だった・・・ごめんな」
と、以後蜀が辿る静かなデカダンスを見抜いていた上での発言じゃないかな。
「君の才能は曹丕の10倍」ってのは、劉備自身では蜀のみで本気の侵攻は無理だったけど諸葛亮ならやれるかもしれないっていう期待。

諸葛亮も第一次までは本気で挑戦したんだろうけど、
本拠地から漢中、漢中から長安という飛び地を2つ跨ぐことになる補給の不利
一方の魏は長安を守ればいいだけという利
仮に長安を奪取しても、さらに補給が伸び、独立した司令官が漢中のみならず長安にも必要という飛び地の増加
こういう事実を身にしみて感じて、北伐は国家のアイデンティティーを確立するためを第一として、魏になんらなかの異変が起きるまで国力を温存という消極主義に転換したんだと思う。
魏延なんかはこの構想を理解しておらず、また諸葛亮もタテマエ上「侵攻するフリだからマジになんな!」とも言えずに後に困ったことに・・・

まぁ、「劉備は多分これらのことを全て承知でバクチに出たと思う」という長文でした。スマン。

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 11:23:11 ID:GdKPzh9T0
>>400
文革について、最高権力者の毛沢東は曹操派だから、
劉備の扱いは所詮其の程度。
おまけに71年以降批林批孔運動に連動して、
諸葛亮=周恩来という図式が出来上がり、
孔明も四人組にょって封建士大夫の反面典型とされていた。
阿斗魏延も毛沢東に扱き下ろされて、蜀漢はますます沈下していた。

415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 12:48:03 ID:2X35RZbn0
>>411
督郵は元々戦功で成り上がった人たちの口減らし目的で来たらしいよ
まあ劉備は若者が争って友誼を結びに来るというくらいの人望あったから
田舎でじっとしてても推挙されてお祖父さんぐらいの官職にはつけてたろうけどね

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 22:16:54 ID:mIsQUBVR0
■最強は■五虎将軍■誰だ■
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1188962254/

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 22:17:57 ID:mIsQUBVR0
督郵は朝廷から直接派遣されて来たように描かれるけど、
実際は郡に属する監察官のような役職だったみたいだね。

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 23:48:39 ID:aZ7XrAbSO
>>413
俺は徐州救援に動いたことの方が非凡だと思う。
呂布と張バクももしかしたら目的は一緒だったかもしれないけど、
圧倒的に不利な戦場へ入り込んで弱い人々の為に大軍に立ち向かおうという精神が凄い。
劉備が呂布を招き入れたのは、劉備だけでなく徐州の多くの人が呂布に恩義を感じていたからではなかろうか。

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 06:33:14 ID:dD2i6R/X0
このスレすげぇな。
演義か二次創作の何かで劉備好きになった人が、
劉備はすげぇって主観をもって、正史を読み取っていくスレか。

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 08:24:09 ID:k8d+mS430
というか劉備好きの大半はそんな奴だろ

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 09:00:39 ID:17vkQmGiO
劉備はやっぱり凄い人なんじゃないかなあ
ビジクなんか曹操からもらった官職捨ててついて行ってるし
陳登や陳群に逃げられたと揶揄されることもあるが、普通に考えたらついて行く方がアホだろ
そしてその有り得ないことをさせて当然、むしろ陳群を連れていけないことを笑われる劉備は
ものすごく評価されてる、過大評価なまでに

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 09:50:39 ID:xRy6bexu0
何だかんだであの乱世を掻い潜って、地方政権とは言え、皇帝にまで登ったんだから、
劉備の実力は確か。
聖人君子ではなく梟雄に近いとは思うけどね。

423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 09:51:09 ID:xRy6bexu0
もし関羽以外の者が荊州を守っていたら?
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1189212296/

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 12:23:46 ID:17vkQmGiO
>>422
ただの梟雄と言い切るのもどうかと思うんだよね
「度量が大きく強い意志を持ち、おおらかな心をもって礼儀正しく人に接し、人物を良く見極めて、ふさわしい待遇を与えた。
それらは前漢の高祖(劉邦)に通じ、英雄の器を備えていたといえよう。
国のその後を諸葛亮に全て託すのに際して、何らの疑念を抱かなかったことは、君臣の公正無私な関係を現すものとして、永遠に手本とすべき事例である。
好機を得るための機知や、行動の根幹をなす戦略では、魏武(曹操)に及ばなかったため、勢力の基盤となる領土も、その才能の差に準じて狭かった。
しかし、挫折して人に屈しても諦めることなく、最終的には誰の下にも居らず独立したのは、彼らの器量を考えた時、
自分を何時までも許容し続けてくれるような人間だとは到底思えないがためにそうしたのである。
単純に自分の利益だけを考えての事ではなく、自分にふりかかった災難を避け、殺されないようにするためだったと言えよう」
簡単に一言で言い表せない多面的な顔を持つ人だと思う

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 03:20:57 ID:Iuxb9HdyO
鋼鉄三国志のリュウ備のキモさには怒りがこみあげてくる

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 11:03:35 ID:Zq8iHzD30
>>425
キモいとかいいつつ、しっかり見てるんだなw

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 02:43:00 ID:U/N3QXMoO
まぁ鋼鉄は三国志とは名ばかりのもんだからなぁ。

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 03:01:05 ID:s3QrNuw20
常に前漢の高祖を意識してたんだろうな。

劉禅は意識せずに中山王劉勝のような
生き方をしたんだろうけど


429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 17:00:28 ID:yS5xG9Xy0
没落しても何故か配下に慕われ、難局を乗り切って生き残る術は、
真似しようとしても簡単には出来ないだろう。
基本的に似ていたところがあったんでしょ。

430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 19:45:37 ID:8979mDX90
曹操や孫家もそうだしな
英雄の最低条件とも言える

ま、それでも重耳や劉邦とじゃ比べものにならんな

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 21:27:55 ID:UhRD+y0t0
>>429
徳があるように見せかけるのは絶対どっかで破綻するよ

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 01:27:30 ID:ZiDVwLxS0
コウソンサン、トウケン、リョフ、ソウソウ、エンショウ、リュウヒョウ、
リュウショウに次々に取り入るって考えると凄いな。
各勢力には劉備の履歴と人物みて、かなり警戒する部下もいたし、
君主ごとに全く性格も違うのにねぇ。もろに敵対していた勢力までいるし。
かなりの特技OR魅力があったとかかな?
正確に情勢を読んで、適時的確に自分に危害を加えない相手を選んでいるし
しかも寄生先が滅んでもしぶとく生き残って這い上がるなんて、まさに怪人。
曹操みたいなわかりやすい怖さじゃないけど、得体が知れない怖さがあるな。

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 04:04:54 ID:jP7YTHjl0
劉備軍団には傭兵としての期待があったんじゃないかな
当時の群雄たちには呂布と同じで危険ではあるが結構な戦力になると思われていたかと

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 04:48:43 ID:MX8KfY3RO
つうか普通に人気者だろ。
危険な匂いがしてくるのは劉璋以降で、それ以前は人気者劉備のタニマチみたいな者ばかりだろ。
劉備には乗っ取りの野心どころか頼る相手を選ぶ余裕すらなかったはず。
トウケンに到っては放っておいたら曹操に食い物にされてたのを助けただけ。


435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 18:41:58 ID:0gK9eK7i0
>>429
慕われているというより、可愛がられているように思う。

この人ならついて行けるというより、
この人ならすべて捨てても守るというタイプかな。

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 20:07:34 ID:0kqCXw1Z0
>>434

>つうか普通に人気者だろ。

同意。庇護を受けた回数も内容も、まるで春秋時代の公みたいでこの時代ではありえない。
特筆すべきは、ちょっと前までは間接的な敵(派閥)だった勢力にも受け入れられてる所。

>危険な匂いがしてくるのは劉璋以降

郭嘉・程c・周喩などは劉備の危険性を十分予測していたようだが・・・
殺せとか、飼い殺しにして外に出すなとか、物騒なことばかりだから相当なものでしょ。
梟雄ってw

>それ以前は人気者劉備のタニマチみたいな者ばかりだろ。

そんなに甘くはないと思う
真偽は定かではないけど、皇室の末裔という由緒は受け入れられていたし、なにより
公孫?→陶謙→曹操→袁紹→劉辟→劉表→劉璋
いずれも劉備の武力をアテにしてたか、名をアテにしてたかで、庇護者と被庇護者という関係よりgive and takeに近い関係のほうが多い。
傘を借りる代わりに劉備の力を貸すと(性格上、劉備の立場が弱いことは明白だが)。
公孫?の下では袁紹戦に功を上げ、陶謙への援軍の前には孔融を賊から助け・・・負けたのは袁術呂布曹操といった猛者ばかりだしな。
孫権にしたって、赤壁こそ単独だけどその後の江夏を譲り受けてるわけだし、江陵と南部四郡は共同で平定してるし。
この辺りからもう劉備は完全に対等(少なくとも「上客」)な関係になっている。

>劉備には乗っ取りの野心どころか頼る相手を選ぶ余裕すらなかったはず。

流浪中にどこぞかの勢力を乗っ取る機会など無かったと思うよ。
曹操誅殺の件は乗っ取りというより必死の刺し違えだろうし(出来る訳ないと踏んで逃げた?)、袁紹に居候してたときは兵など持ってない上に乱を起こしても曹操に利するだけ。
劉表の時は曹操が北を制圧中で、唯一の「機会」だったけど、完全制圧は益州のように2、3年も掛かるだろうしね。
襄陽取っただけで終わるのなら劉備も終わる。

色んな意味で唯一にして最大の機会が益州だったわけで、決して楽ではない獲物を逃さなかった劉備は凄いと思うよ。

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 23:41:25 ID:o+g2JbpR0
歴史を知るってのはそこに自分の心情を乗せることでなく、何が事実かを問い続けること。

とか言ってもここの住人には理解できないだろうな。
自分の好きなものの正義を競うのが歴史を語ることだと思ってるようだからな。
まるで自国の歴史を都合よく解釈し続ける韓国人のようだ。

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 23:53:08 ID:D3pMQqkk0
>歴史を知るってのはそこに自分の心情を乗せることでなく、何が事実かを問い続けること。
こういった概念、定義が浸透してからまだ数十年。
さも当たり前みたいに言うけど、歴史の見方この考えが絶対に正しいなんてことはない。
437がそう思うのは勝手だけど、「この考え以外は有り得ない」とか思うなら、愚かな奴だ、と言わざるを得ない。

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 23:56:52 ID:8+69Efuk0
>>437
つまんない釣りだな
そういうのは自分の劉備に対する認識を明らかにしてから言う台詞だぜ
同じ土俵に上がろうともしない者は語るにすら値しないね

440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 00:25:09 ID:McREX+ce0
すぐ釣り扱いするのもどうかって思うわ

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 00:30:32 ID:k5eifM2G0
歴史を知るってことは傲慢になるってことと同義か?
自分も気をつけないとな。

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 00:44:12 ID:KYM34KOn0
>>437=419だろ。こんな過疎スレで似たようなことを書く荒らしが
何人もいるとも思えんし。
で、それが誰かと言えば、ちょっと前の史書はなんでも疑うと言ってた人なんだろうな。
こいつは歴史を疑う前に自分の正気を疑った方がいい。

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 06:09:31 ID:ZFNwJZDA0
三国志系のスレは、間口が広い分荒れやすいのが宿命か。

みんな大人になれ。
いちいち頭に血を上らせるな。
釣りだと思ったならスルーしろ。
過ぎた話に粘着して蒸し返すな。

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 07:25:22 ID:pyntBDkp0
>>443
大人ぶってんなよ。
劉備に関しては間違った歴史認識されてることが多いから
正しい歴史観を教えるのは当たり前。

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 07:41:09 ID:wZ29gWBZ0
>>444
荒れてるついでに突っ込むが
歴史観なんて個人の妄想と変わらんようなものを教えずに
判明しているだけの事実関係を教えてやれ

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 07:49:40 ID:pyntBDkp0
>>445
劉備は皇族の末裔として、漢室を助け、その大いなる徳で
ついには曹賊に陥れられた漢王朝を復古させた稀代の英雄。
決して、皇族詐称とか梟雄とかヤクザとか腹黒とか言われるような謂れはない。

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 09:07:54 ID:jD/Kydbt0
>>446
おいおい。曹「賊」ってなんだよw
しかも「陥れた」って・・・
どうみても曹操は董卓〜李カクまで本気でやばかった漢朝を助けた「忠臣」の本流だが。
後に「簒奪」したといっても、初めて「禅譲」という前朝廷を殺めることなく、否定することなく「正統に受け継ぐ」というシステムを考えたんだぞ。
いくら劉備が好きだからって、不当なレッテル張りをしてる貴方は人の事を言えなくなるんじゃない?

それと「梟雄」ってのは周瑜が実際に孫権へ劉備を表す言葉として言ったものだ。
しかも全然悪い意味じゃないぞ(曹操や孫権から見たら最悪だがw)。

劉備以梟雄之姿,而有關羽?張飛熊虎之將,必非久屈為人用者.
愚謂大計宜徙備置?,盛為築宮室,多其美女玩好,以?其耳目,分此二人,各置一方,使如瑜者得挾與攻戰,大事可定也.
今猥割土地以資業之,聚此三人,?在疆?,恐蛟龍得雲雨,終非池中物也

劉備を大器と認めてるんだ。

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 10:01:56 ID:IJKMizNd0
>>437-447
は全部あぼーんでよろ。
理性的な議論は期待できないだろうしな。



449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 12:01:00 ID:zbYh5XhV0
あぼんする必要ないよ。こういうのが面白いんだから。

ただ現実に曹操は簒奪してないし、ある時期までは天子を奉じていたのも間違いない。乱世をある程度まで収めたのも功績。
劉備は後世の小説等で過大評価されてる。或は脚色されて印象良くされることで、
ようやく曹操と比肩し得る、というのが妥当だろう。

450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 12:28:37 ID:O4RBM5ow0
> 評曰、先主之弘毅ェ厚、知人待士、蓋有高祖之風、英雄之器焉。
> 及其舉國託孤於諸葛亮、而心神無貳、誠君臣之至公、古今之盛軌也。
> 機權幹略、不逮魏武、是以基宇亦狹。

陳寿の評、ここまではまさにその通りである。

> 然折而不撓、終不為下者、抑揆彼之量必不容己、非唯競利、且以避害云爾。

ただ最後の部分はちょっと好意的に過ぎるなw

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 18:06:31 ID:IZ3gcmFwO
>>447
周瑜、美女やご馳走攻めで劉備を骨抜きに出来る、なんて馬鹿なこと言ってるなw
そういうわけでその人物眼はちょっと偏りがあるかもね
もっとも益州を取ったことからもただのお人好しでもないのも事実で
そういう多面的な部分が魅力だと思うね

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 22:17:13 ID:sW+C5eS20
曹操はだいたいどんな人物だったか想像できるが
劉備は謎。人物評聞いても、イメージが固まらない。

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 22:33:24 ID:5hcSdcnQ0
劉備の男色相手で有名なのは誰でしょうか?
曹操には扈従以外に男色相手は居なかったのですか?

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 22:36:11 ID:niwCuLQsO
曹操は献帝より年上だから、禅譲を受けるのは無理があったんじゃないのか。
年老いた先代が超優秀な若者に位を譲るのが上古の禅譲なわけだから。

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 22:37:40 ID:jD/Kydbt0
>>451
おーい
単純に贅沢で引き止めると解釈しないでくれよw
http://f27.aaa.livedoor.jp/~sonpoko/syuuyu17.html
http://f27.aaa.livedoor.jp/~sonpoko/syuuyu18.html
これ、かなり説得力を持った考察と思うね。
いや、勿論決定的証拠がない「飛躍」だけど・・・
まぁこのサイトは劉備の荊州事情を解りやすく説明してるので熟読してくれ。

大体、劉備は龍になる大器と言ってるのに
龍がただの屋敷とか女で満足するタマじゃないことくらい自分でもわかってるでしょ
もしそうだとしたら当代最高の将帥の一人が、自分の発言の矛盾も気が付かずに上奏するアホになっちまう
この発言は劉備という呉からみて潜在的に超危険人物の劉備を殺すことなく(殺したらトンデモないことになる)
逆に神輿にして実権無くして利用してやろうという、周瑜ならではの献策じゃないかな。

龍になる=皇帝になる
池の中で終わらない=荊州で満足せず蜀を得る

周瑜の予言はことごくあたってるぞ。だからこそ、この評は的を射たものだと思うが?
もう一度いうけど、けっして劉備をナメてるわけでも貶めてるわけでもないんだよ。
逆に凄い評価をしてるから飼い殺しにしろと言ってるのさ。

456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 22:52:59 ID:niwCuLQsO
董卓残党時代は董卓全盛期の百倍ヤバい気がする。
董卓の残虐性を表すエピソードとして村の祭りを襲う話があるが、
リカク、カクシは毎日のように同じ事を繰り返して関中から人家の集落を無くしてしまったといわれる。
ここから董卓全盛期に戻らせた曹操は、まあ一応偉い。

だが、しかしな。
妊婦である皇后を叩き殺すとかは忠臣のやることじゃないだろ。
今はもう帝政ではない日本やイギリスですら、
首相が同じ事をしたら暴徒に襲われて逆さ吊しに遭うと思うんだが。


457 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:19:09 ID:pyntBDkp0
>>456
曹操を忠臣じゃないとネガキャンすることに意味があるとも思えんが一応言っておこう。
現代的な思想を持ち込むこと自体が間違いだろ。
そもそも現代の首相は妊婦でなくとも誅殺なんてできない。

それに皇后でなくて貴人だし、お前の言い方だと趣味で殺したように聞こえる。
ただの宮廷での権力争いの結果で、中世頃までは普通にあったこと。
大体、その子供が生まれたところで、殺すことに変わりはないわけで
「妊婦だから殺すな!」なんてのは無意味な繰り言。

458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:24:17 ID:dlLGSYkE0
>>455
矛盾してる
そもそも飼い殺しでよしとする程度の人物なら
チョウシュウみたいに適当なとこで曹操への抵抗を切り上げて下ってるはず
孔明が同名結ぶときにぶち上げたように志があるから曹操に下ることは出来なかったんだろう

>もしそうだとしたら当代最高の将帥の一人が、自分の発言の矛盾も気が付かずに上奏するアホになっちまう
別に構わないんじゃないの?当代最高の将帥であっても謀臣というわけじゃないし
周瑜には戦略眼はあったかもしれないが外交とかそういう素養はないでしょ

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:27:06 ID:pyntBDkp0
って、ID:niwCuLQsOは他のスレでもズレた歴史観披露してるじゃねぇーかw
ただのかわいそうな人か(´・ω・) カワイソス

460 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:46:55 ID:niwCuLQsO
>>459
妊婦という記録が残っているということは、だ。
産婦人科も無い昔のことだからヤヤコの有る無しは自己申告で、それが確定的になるのは腹が誰の目にも目立つようになるからだろ。
曹操はこうなった主君の妻を謀略に巻き込んだだけでも、たいしたもんだ。
昔の女性は腹に初めての子ができてから謀略に関わる余裕があったのか?

確かに歴史上、止むえぬ事情から殺し殺される凄惨なエピソードは多いが、多いからって、ここまでやる曹操は本当に忠臣と呼べるか?
浅井長政の息子を殺した信長を『優しい伯父さん』と呼ぶくらいに無理な話だろ。

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:53:12 ID:pyntBDkp0
>>460
だからなぜ曹操が忠臣じゃないってネガキャンに走ってるんだ?
曹操の高評価って、忠臣だからって理由じゃないだろ。

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:55:15 ID:vDOlStrR0
曹操が忠臣というのはかなり無理あると思うな
彼にとっての皇帝って単に自分の目的のための神輿でしょ
それ以上でも以下でもない
禅譲も道徳的見地からそうしたわけでもなく
敵がまだいる状況で名分を失うことを恐れただけだろうし

463 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:58:38 ID:eIH1CgXEO
曹操は忠臣ではないだろ
ことさらに逆臣と言い立てるほどのものでもないが
漢の皇帝をないがしろにするなんてあの時代はみんなやってることで、曹操もやってたが彼だけ悪く言うのは妥当じゃないな

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:02:07 ID:RexfMBzt0
>>458
だから反曹の神輿の飼い殺しだって
反曹の立場から曹操に下った張繍と比較する意味がわからん。

貴方にわかりやすく話しを例えるとだな

劉備を献帝のように実権のない南朝(漢王室は既に曹操の物で正統性は失われたとする)の主に置いて、
孫権は曹操のように力を握るという国家構想を述べたの。
謀臣外交素質というかね・・

劉備(最高権威)→孫権(最高執行者)→周瑜(軍事責任者)→[揚州孫権・荊州?・益州孫瑜]+同盟の涼州馬超

この布陣で曹魏に挑むという大戦略だよ。
これなら劉備も漢王室を守り、曹操=逆賊を誅する立場になるでしょ?

劉備を荊州に戻したら劉備は天下への道を歩んで手がとどかなくなるから、適当に理由つくって呉から出すなって献策してるわけよ。




465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:04:48 ID:Qrc8jAng0
曹操は忠臣とはいえないが、その業績をみれば明らかに衰亡の淵にあった漢朝を
援け漢室の保護の一助を担った。

劉備は忠臣と言われるが、こいつがやったことは漢朝の権威を傷つけ貶めること。

466 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:05:55 ID:Q9HLBd8w0
>>464
それってかなりの空論な気がする。

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:06:00 ID:xx0QOcWc0
曹操が賊というのも簒奪したというのも良く考えたら割と妥当な表現だな
後漢側の人間から見ればだが・・・
その後魏も賊が現れたりとかその賊に簒奪されたりとかやられてるから自業自得ではあるし
(魏皇帝が司馬氏のやり方に納得していたわけないしな)

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:06:25 ID:Q6P6SAof0
>曹操が忠臣というのはかなり無理あると思うな
忠臣と言うのに無理は無いけど、言い切ることもできないのもまた事実。

>彼にとっての皇帝って単に自分の目的のための神輿でしょ
>それ以上でも以下でもない
論拠を示して星井。
仮に御輿だったとして、その「目的」が何かに因って忠臣非忠臣議論が再燃する。


469 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:08:33 ID:dJwoIFNa0
>その後魏も賊が現れたりとかその賊に簒奪されたりとかやられてるから自業自得ではあるし
「自業自得」という見方は凄く現代風。
中国史上の見方で言うなら「天命」でしょう。

470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:08:55 ID:xx0QOcWc0
>>464
周瑜は戦馬鹿であって丞相の器ではないことが良くわかった
こんなこと本気で考えていたというならアホ過ぎる

471 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:10:44 ID:2XM2Z1tO0
>>470
アホといえるだけの論拠を示せよ

472 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:11:24 ID:GZW/aosiO
>>467
曹操が漢にとって忠臣だというなら、司馬懿・師・昭も魏の幼帝を守り権臣や暴君を排除して蜀を滅ぼした忠臣だな

473 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:13:42 ID:2XM2Z1tO0
>>472
ID:niwCuLQsOさん、コテつけてくださいよ。
曹操が忠臣かどうかなんて誰も問題にしてないのに
曹操は忠臣じゃないとか言い続けてる姿はまさにキ○ガイですよ。

474 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:15:42 ID:dJwoIFNa0
>>472
そういう意見は論文の題材としては非常に面白そうなのだが、決め付けるのは安易過ぎると思うよ。

475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:22:41 ID:RexfMBzt0
>>460
建前上はだね・・・
曹操は難を逃れて洛陽まできた皇帝を保護し、洛陽の復興を開始し、
その間は許で皇帝の下で天下の為に奉公する忠義の高官なわけだ。
その忠臣曹操を誅殺しようとした董承は帝を誑かして勅を得、都を再び騒乱に巻き込もうとした逆賊であって
その三族が皆殺しにあうのは法に適ってるだろ?

逆にパワーゲームに敗れた董承(曹操が帝奉戴しようとしたときに一度敵対してる)が無罪になるわけないし、
「貴人」(正室でない可能性が非常に高い)の娘だけが罰から逃れるのも結局法を捻じ曲げることになる。
以上から「逆賊の身内」が妊婦であっても処刑するのは理に適ってる。当時において敵対勢力の頭を皆殺しにするのは普通だし。
今の倫理観を持って「残虐だ」「忠臣でない」というのは無理でないかい?




476 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:23:01 ID:dUzwPXj1O
>>467
西郷隆盛や岩倉倶視って一番いい時ですら忠臣と呼べるか?
敵対するものを片っ端から逆賊のレッテル貼って、幼帝を御輿にやりたい放題やっただけ。
主君の傍に居られなくなって都落ちしたとは言え松平容保や劉備が忠臣でないとは言えないだろ。

477 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:28:30 ID:Yjuyk+QM0
吉本の乱・魏諷の乱みたいなのが起こっている以上
曹操が忠臣だなんていうことは当時の人でも建前でしかないと思ってたんじゃないかね
特に後者は後漢知識人の最後の抵抗だわな

478 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:30:41 ID:Yjuyk+QM0
>>475
それこそ無意味な論立てだと思う
曹操が忠臣のポーズを取っていたと証明することに何の意味があるんだ?

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:31:12 ID:2XM2Z1tO0
>>476
劉備は忠臣とは呼べない。
本当に忠臣だったなら、曹操の下から逃げ出さない。
献帝が生きてるのに、勝手に皇帝名乗らない。
結局、劉備は自分が皇帝(No.1)になりたかっただけでしょ。

480 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:34:57 ID:BDBvPzjb0
特別曹操が忠臣だとは思わんが、
董承だって、外戚という立場を利用して権力闘争を行って敗れただけで、
劉備に至っては、献帝死去の誤報を根拠に帝位につき、
存命中の献帝の存在を黙殺している。
漢の皇帝の権威を利用しようとした点では、別にみな大差ない。
曹操一人を特別忠臣だの不忠だのいって騒ぎ立てる意味は何?

481 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:42:28 ID:RexfMBzt0
>>470

>周瑜は戦馬鹿であって丞相の器ではないことが良くわかった

おまいさんは
「夏侯惇は戦馬鹿であって丞相の器ではないことが良くわかった」
なんてな事を言う人なのか?
周瑜を丞相と結びつけるとか、これくらい無理があるぞw

>こんなこと本気で考えていたというならアホ過ぎる

これはあくまで周瑜伝に載っている事実からの推測にしか過ぎない。
ただ、推測事態の整合性は物凄く取れていると思う。
天下二分にしても、その後の益州攻略準備等、その場にいきなり出たものとは思えん。
この周瑜案は孫呉と蜀漢が独立共同して曹魏に当たるという、
実際は魏がパワーバランスの主導権を握ってしまい、絵に描いた餅に終わった案より、遥かに実現味があると思うが?
何せ表裏一体だからね。

この周瑜案が「アホ」というなら諸葛亮や魯粛の三分も「アホ」になるけどいいのか?

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:43:23 ID:RexfMBzt0
>>480

完全に同意。
あくまで曹操を特別視するなら曹操から見た視点を書いただけなのが>>475

483 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:44:57 ID:dUzwPXj1O
>>479
会津は明治天皇を認めずに自分達で北朝を建てた。
だが孝明天皇に信頼され、また期待に応えようと必死だった容保公は現在では逆賊よばわりはされていない。
劉備は皇帝に即位したのは漢朝が滅ぼされ、曹丕が即位したことに対抗するため。
本当に漢朝を無視するなら漢中王に即位した直後に皇帝に即位すればよかった。


484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 02:19:34 ID:TSMloAGL0
>>483
つまり、政策上の都合で帝位を称したわけでしょ?
少なくとも忠ではないね。

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 07:20:47 ID:Lkosjte/0
>>481
美女でもてなしてたらOKとかいうのは俺はありえんと思うな
劉備を野心のある男と見なしてるのなら尚更
漢のお飾りも魏のお飾りも権力奪回を企てたのに

486 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 07:48:11 ID:WapEoQBT0
>>483
容保も将軍が降りたのに戦争続けた点では劉備に似てるね
その手段はともかく幕府に殉じたという内容が評価された、ということなのかな

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 08:24:45 ID:2XM2Z1tO0
>>485
美女でもてなしたら、孫権に心服して従うようになる。
と周瑜の主張を勘違いしてないか?
漢の傀儡も魏の傀儡も権力奪還を求めて果たせたのか?
実権を与えずに、反乱の機会も与えず、それが飼い殺しってことだろ。

488 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 11:27:09 ID:BDBvPzjb0
別に、美女贅沢でおもてなしして、劉備に自主的に残ってもらおう
なんて虫のいいこといってるわけじゃないだろ。

宮室を築き、美女玩好で接待というのは表向きの名目。
実質は、賓客扱いしながら軟禁状態にしてしまうのが実際の目的。
そうして中心を失った劉備軍団を切り崩して、自勢力に加えてしまう。
劉備には、反抗的な連中を抑える人質としての効果も期待できる。

周瑜の献策の理解としては、これぐらいが一番妥当なとこじゃないかな?
家康が駿府に預けられ、今川の命令で動かざるをえなくなった三河武士。
イメージ的には、これに近いような状況を狙ってたと考えていいと思う。

>>455で紹介されてるのも、面白い推測ではあるが、それ以上の評価はしようがないなあ。

489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 23:53:33 ID:9WttOJ4r0
一番ドラマ性がある生涯だね
曹操は正統派の英雄すぎ、孫権は若い頃の政治は凄いけどやっぱりちょっと地味

490 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 05:16:55 ID:mO/qfO/n0
>>489
別のスレでも話題になったが、
曹操は早くに登りつめすぎて、物語の主人公としてはいまいち盛り上がりに欠ける。
袁紹を破ったあと、自分より強大な敵というのが存在しないから、
物語的に緊張感に欠けるんだよね。
その点劉備は、前半生の苦労が長い分、後半の急成長の爽快感が高く、
ずっと曹操という格上の敵が存在して、緊張感が途切れず
小説の主人公には最適なキャラだろうと思う。

491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 10:23:57 ID:oZCGbw1N0
>>488
いや、その説で難点なのは
三国同盟によって後ろが安全になった今川と違って、孫権には曹操という脅威があり
その脅威に対抗するために劉備(反曹操実績による名声・力)は必要であるということ。

劉備のこの時点(210年)での力は
・劉gの勢力を名実共に吸収している
・南荊州四郡を独力で落とせる
・曹仁攻撃に力を貸している

・後の事だが劉璋攻略の再に荊州の守備に十分な兵力を残していた
(これは雷緒の数万が大きいのかもしれない)

これだけの力が今川に対する徳川と孫権のソレと同じではないと考えるのが妥当。
仮に孫権が名目上は歓待・・・上客として遇しても実情が意に反する軟禁だとしたら、
たちまち孫権は留守の劉備勢力から総スカンを喰らい、臨戦状態になる危険もある。
「手を出したら劉備を殺すぞ従え」
「おお、やってみろ殺したら攻め込んでやる!」
という風に、孫呉が有利といっても劉備の勢力はそれに痛手を被らせることが出来ると思われ・・・
そのような情勢は曹操が喜ぶだけなので下の策としか言えないと思う。
仮に劉備を人質に取ったとしても、孫権は曹操の敵(朝敵=逆賊)であり劉備の敵(心情的な漢の敵)になってしまい
もう完全に味方がいなくなる(この時点で呉が独立する準備が出来ていたはずがない)。
そういう同盟者を捕らえた呉が馬超と同盟できわけもなく、ここで完全に矛盾が噴出してしまう。

つまり引きとめは引きとめでも、劉備も喜ぶような(留まらせるだけの説得力を持つ)策であり、尚且つ
>>488
>劉備軍団を切り崩して、自勢力に加えてしまう。
一体化する方法は劉備を頂点(同時に傀儡化)とした孫劉合併しかないのでは?

話の整合性を考えると一番合理的だと思うんだ。

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 12:05:43 ID:9WyxaZz60
>>491
「天下二分の本質が反曹勢力の即時的な結集である以上、劉備の処遇が傀儡化以外にない」というのは頷ける。
もっともな仮説だが、これ以上は孫ぽこさんとこで話した方がいいんじゃないかな?
そういう仮説にケチつける人間もいるし、無用の荒れに繋がるだろう。

実際に孫呉の基本方針は周瑜の天下二分案より魯粛の天下三分案だった。
劉備にとっても孫権にとっても天下二分は現実的な方策ではなかったことだろう。

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 14:06:42 ID:vM6w49Gf0
>>492
天下二分なんて
曹操がボーと眺めているわけがない
益州襲っている時点で荊州を襲うだろうぜ


といまさらの事を言ってみる

ついでにあげ

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 15:48:07 ID:mO/qfO/n0
>>491
>仮に孫権が名目上は歓待・・・上客として遇しても実情が意に反する軟禁だとしたら、
>たちまち孫権は留守の劉備勢力から総スカンを喰らい、臨戦状態になる危険もある。

だから、周瑜案は却下されて、魯粛の方針が採られたんじゃないの?

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 16:17:54 ID:mO/qfO/n0
つまり、俺の意見としては>>455は仮説としては面白いが
>>455自身が認めているように「決定的な証拠がなく飛躍した」仮説でもある。
だから「面白い仮説」の域を脱するのは難しい。
一般的に妥当かつ無難なのは>>488程度じゃないかな?
ということ。

>「手を出したら劉備を殺すぞ従え」
そりゃ、こんな言い方したら険悪になるわなw
そうしない為の表向きの賓客扱いだろ。

今川のたとえは、主君を人質にして、
その配下を先兵として使ったことを有名な例でたとえたかったわけで、
別に周囲の情勢や両者の勢力関係まで同一とか言うつもりはない。
そんなとこまで細々つっこまれてもw

>>492
あくまで個人の一仮説で絶対の正解じゃないのに、それに対する反対意見は
「ケチつける人間もいるし」とか、妙に喧嘩腰というか、悪意に満ちた表現だね。
そういう態度が荒れにつながるんじゃない?

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 17:15:06 ID:9WyxaZz60
>>495
仮説の論証ばかりがスレの大半を占めると、
むきになってケチをつける輩は必ず出てくる。

まあ転ばぬ先の杖というか、老婆心というか…
要らぬおせっかいならスルーしといてくれや。

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 17:48:03 ID:+XtNeiCFO
しょせん一つの仮説にしか過ぎないものを何でそこまでムキになって主張するのか分からん
定説でもなんでもない個人の意見が批判に晒されるのは当然でしょう
「ケチつける」なんて物言いについては何様のつもりだと感じる

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 18:48:50 ID:9WyxaZz60
ああ、なるほど。
>>492を読み直して、あんたらの激怒がようやく理解出来たよ。
別にID:mO/qfO/n0氏やID:+XtNeiCFO氏が今まで付けた批判を「ケチをつける」と言ってる訳ではないのだ。
「ケチつける人間もいるし」⇒「ケチつける人間も出てくるだろうし」に修正しといてくれ。

>一つの仮説にしか過ぎないものを何でそこまで主張するのか分からん
これは>>492で私が言ったことに通じるかな。
どっちにしても諸兄の心中をおだやかならぬものにさせたようでスマソm()m

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 01:52:51 ID:GPKe1kAm0
>>492
いや、呉の基本戦略は二分策。ただ現状で二分に持ち込める実力がなかったので、
現実に対する妥協として三分策を採っただけ。それも一時的なもので、好機さえ
得られれば劉備を排除して荊益を征服する気は満々だった。
その動きは劉備死後にも諸葛亮死後にも現われている。ただ、期待したほど荒れ
なかったというので手を出すのは控えただけ。

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 10:30:59 ID:u0igmUIK0
また蒸し返すようだけど、現実に三国志をこの板で語らってる連中ってのはどういう人たち?
小説と漫画だけでしか三国志知らない人?
それとも全員が全員正史を読んでるの?

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 17:28:10 ID:GM5YvODhO
さあ?
ただ少なくとも皆の頭に「演義」があって考えを霞ませてるのは確か
このイメージから抜けないと三国志を語るのは難しいよな

502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 18:07:55 ID:tB7CwQdW0
あーあ折角論戦が盛り上がっていたのに
「荒れる」とか「仮説にすぎない」とか自治厨が沸いて話すことなくなったよw

過疎板でそんなことしても意味ないだろ

一つの定説について私的見解しか話せないなら
皆似たようなのばかりで同意に同意を求めるだけじゃない?
正史をソースにして筋が通っている論戦に水を差す奴らより
多少熱くなって罵声が飛ぶくらいでも「中国英雄」についてレスしてる奴らのほうがよっぽど貴重だね

503 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 20:09:51 ID:DAEXg1d90
その貴重な意見に寄ってたかって正史を根拠にした正論をぶつけられて、その貴重な意見を発した奴が
ファビョるのを見るのが面白いのだ。

504 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 15:43:10 ID:oumSjbMJ0
>一つの定説について私的見解しか話せないなら
>皆似たようなのばかりで同意に同意を求めるだけじゃない?

なんで?

505 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 20:01:41 ID:/BSXfxaO0
どうでもいい

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 22:22:19 ID:klaR2LLr0
公平な観測者ならば結論が出せない問題。それが歴史学の本質だからな。
>>497みたいに一つの仮説をムキになって否定して、
自分の思想が唯一つの定説だと主張したがるアホがいたら話も弾まんわな。

分かっている確かな証拠からいくつかの類推できる仮説が存在し、
新たな証拠が発見されない限りは、そのどれもが論争の価値のある話である。
それがわからず、「自分の定説」という結論から、
他の仮説を否定する為の反証を組み立てるアホが多すぎる。
ここは裁判所じゃないんだ。山口県光市母子殺人事件の被告弁護団みたいなマネをするな。

裁判じゃないから「死刑」や「無期懲役」といった結論を出す必要はないんだ。
各々いろんな考えをぶつけ合おうじゃないか。

507 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 01:41:46 ID:WFKydUua0
価値ある話というより妄想だろうが
結論から入ってそれに都合良く当てはまるように解釈してるだけじゃねえか

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 01:56:10 ID:IkEEaw150
>都合良く当てはまるように
うーむ、「論」というのはそんなものの様な気がするのだが。いかに説得力を持たせるか。
ただそれを聞いた人間は、その都合よく当てはめられた論に反論する権利があるわけで、だから自由に反論していいと思うよ。
でもその権利を行使せずに、「反論の価値無し」とか「それは有り得ない」とか言って反論できなければ、或は反論しなければ負けですよ。

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 19:19:26 ID:JbtVtZs40
三人の中でただ一人皇帝にならなかったのが曹操というのは皮肉だよな。
孫権は最初から漢王朝に対して忠も不忠もないから「ふふん」と帝位についたのも面白い。

510 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 22:24:15 ID:fCIgOPjp0
>>509
曹操も赤壁で勝ってりゃなあ・・・

511 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 05:55:39 ID:7TzNrLo+0
あげ

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 12:44:09 ID:A3vxEp7P0
>>509

今盡力一方 冀以輔漢耳 此言非所及也

魯粛が「漢なんかどーでもいいから江東に拠って帝王になれ」
って考えを披露したときの返事。
定型で無難であたりまえの返事だけど、
魯粛は筋金入りの蒼天既死思想を持ってる人間だから、孫権が遠慮する必要はない。

・親父が皇室の墓を復旧したことを自慢してること
・兄貴が僭称した袁術から離れたこと
さらにこの二つを加味するに、けっして「忠でも不忠でもないようなスタンス」ではなかったと思うよ。
むしろ勤皇(漢)で通ってるのが孫一族。
皇帝になる時も漢を称する蜀漢に断りを入れてるしね。



スレ違いだけど。

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 15:18:54 ID:vHplihTkO
詐欺の能力が凄かっただけで実力は劉璋に毛がはえたレベル。
行動と口先が一貫しない小物中の小物。

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 15:43:32 ID:7FZlSSLE0
孫堅や孫策は漢の忠臣だったのは史料からも読み取れるからな。
でも孫権は本当に?

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 21:40:49 ID:CXlDJ0Jf0
孫権が漢王朝の忠臣だなんて説、あるのか・・・・・・

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 22:10:42 ID:pJ/GlauNO
玉璽ネコババした孫堅や献帝拉致を考えた孫策が忠臣なのか

517 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 23:37:40 ID:W1c9/tnv0
奇抜な新解釈を出せばよし、って風潮はどうかと思うなあ
家柄を考えても孫家に漢室の藩屏になる義務も無ければ期待もされてないっしょ

518 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 23:42:15 ID:GPEmSXEU0
現代でいう「義務」なんて概念は無いんだよ当時は。
それと、何が奇抜な新解釈なんだ??

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 06:13:56 ID:TJzapgdl0
藩屏になる期待をされていたかどうか知らんけど、
孫策自身が漢の藩屏になって尽くすみたいなことを張紘に言ってるけどね。

>玉璽ネコババ

記述が各々違いすぎて真相不明じゃないの?
論理的に考えると、連合軍で唯一董卓とガチバトルをして(曹操も、か)
皇帝の墓を修復した孫堅が漢の宝を盗んだと考えるのは合理的じゃない気がするが?
裴松之の説を支持したいね。

>献帝拉致計画

孫策の視点からすると、乱れる中原から帝を保護するためという理論では?
曹操が帝を許に移したことと同じ。


本当にスレ違いなんだけど、自分の考えになかったものは「奇抜な新解釈」になってしまうこのスレって何?w
話が盛り上がってくると(←すれ違いだけどw)必ずこの手のが沸いてくるのがこのスレの特徴なの?

520 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 08:05:12 ID:GaAFx+NB0
劉備マンセーで劉備以外はクズという思想のもとに
史実を捻じ曲げて解釈するのがこのスレの特徴

521 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 09:57:23 ID:AwKQLvNQO
>>518
義務はあるだろ…曹操が四方の群雄を平らげていったのは
「忠臣」としての義務だったからだろ(本音はこの際置いといて)
劉備が漢の復興を唱えてこれに対抗したのも同じく劉氏の義務だし
でもその結果外交上取れるオプションは狭くなってしまった
呉はそんなものないから有利なように自由に出来たわけで
孫権が忠臣とか歴史を無視するにも程があるわ、飽くまでも状況に応じて使い分けてただけだろ

522 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 12:36:12 ID:Omiks+1u0
義務に見えても、それは現代とは感覚が違う。
まあとにかく、軽々しく現在のそれと同一視するな。

523 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 15:24:05 ID:8mZ19M5a0
まあ、スレ違いだけどって断れば
延々とスレ違いの話題を繰り返していいって事はないけどね。

524 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 11:45:32 ID:LLn00aFi0
あげ

525 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 01:55:18 ID:+U6F4ubE0
百度百科「劉備」
http://baike.baidu.com/view/6213.htm

526 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/05(金) 14:24:49 ID:wmyZ2T2W0
-

527 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 05:39:21 ID:fiZxDCCR0
_

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 16:21:05 ID:Mq2fqsz00


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