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【日明戦争】文禄・慶長の役【万暦役】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 10:09:14 ID:9lXftl5o0
日本側、明側、朝鮮側、いろんなところからの視線を取り混ぜつつ、
広い視野から語りましょう。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 10:49:44 ID:UljiD5yq0
朝鮮征伐
ドキュン李舜臣の無様な死

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 15:56:51 ID:9lXftl5o0
まあ、実質的には日本と明の戦争だったからね。

明の側から見れば、冊封体制への挑戦であり、
日本の側は、秀吉の意図がいまいち分かりにくいところがあるけど、
東アジアの支配者、明の立場に取って変わろうとしたわけだし。



4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 15:39:18 ID:+/xh5wLh0
文禄の役の方で、明軍を率いた李如松は、遼東の大軍閥李成梁の息子で、
その李成梁は前年に弾劾されて失脚しているけど、
息子が軍勢を率いて寧夏のボバイの乱鎮圧に従事し、そのまま朝鮮半島にも派遣されたってことは、
一族関係者が咎められることはなかったのか。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 23:36:06 ID:XZd57zT30
弟の李如柏は、サルフの戦いにも参加しているしね。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 11:52:41 ID:B9ATigu+0
16世紀の世界で最大級の武力衝突。
だけれども双方ともぐだぐだになってしまった感があるな。

明側から派遣された軍勢は、文禄の役で李如松が赴いた時で4〜5万人?
後の慶長の役ではもっと増やされたのかな?

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 15:37:27 ID:h+kNeEkO0
明側は多くても10万人ぐらいじゃないかな。
これに朝鮮軍も数万人加わる。

日本は最大で16万人ぐらい渡海させたと思うけど、
実際の戦闘員の数はもっと限定されると思われ。

全般的に兵数では双方ともそんなに差はなかったと思う。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 01:55:35 ID:sK2XTSfe0
朝鮮征伐とか朝鮮侵略とか言いたがってるけど本質は明との戦争なんだよな
朝鮮はたまたまその中韓にあったから戦場になっただけで

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 11:29:21 ID:geudxQxy0
構図的には、ちょっと朝鮮戦争と似ている部分もあるかもね。
日本側で働いていた朝鮮人もそこそこはいたようだし。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 16:46:40 ID:vsM4qJKH0
>8>9
それこそ白村江の戦いから日清・日露も。
元寇も半島自体は直接な戦場になってないけど似たような視点で語れなくもない。
日本側から大陸方面へ勢力を浸透しようとすれば(もしくは元・ロシアのように大陸側から海にでる)
朝鮮半島が権益の奪い合いや戦場になるのは必然なんだよな。

近世以降のポーランドなんかもそうだけど半島・回廊国家の悲哀だな。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 23:39:40 ID:DO8T9hPV0
対馬と朝鮮半島の間って、実際に見に行ったらすごく近いからねえ。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 11:08:34 ID:6W68FWps0
日本から大軍を渡航させることができるのって、
ぶっちゃけ朝鮮半島しかないから。



13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 23:59:09 ID:XKpKLUL30
ヨーロッパの外洋船技術を導入して、大量建造とかは、
やっぱ無理かな。



14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 03:13:57 ID:3I1JmcWb0
需要が高まればできるだろうけど
もし日本が秀吉死んでもそのまま明を攻め続けようという方針になったら技術向上してたかもしれない

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 11:56:32 ID:WYmIS1B+0
仮に外洋艦隊を作っても、
鄭和の大艦隊でも2万人ぐらいだったし、
中国の本土、江南付近に侵攻するにしても、
数万人規模の大軍を送り込むのはかなり難しいと思う。


16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 22:10:45 ID:kUh6hsY90
元寇の時、江南から日本へ向けて発せられた軍勢は10万人規模。


17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 15:21:58 ID:VgP4iqZ70
台風とか、不意の事故で全滅なんて可能性がかなりありそうだし。
やはり安定した状態で、大軍を送り込めるのは朝鮮半島だけ。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 23:46:16 ID:B+R3jKUe0
朝鮮の国王の宣祖ってさ、漢城か、あるいは江華島にでも籠城する気はなかったんだろうか?

数十年後に北から清軍が侵攻した時には、江華島へ避難しようとして、
間に合わなくなると漢城近くの山城に籠城したよね。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 23:52:00 ID:1lYcG/oc0
最初、今までの倭寇と同じように、南の沿岸でちょっと騒いでいるだけぐらいに思っていて、
対応が遅れたんじゃないかな?

気がついた時には、忠州も突破され、ただ逃げるしかなかった。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/01(日) 23:33:38 ID:3s1z8KUa0
朝鮮軍は斥候を出すこともやっていなかったそうだからね

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 19:38:53 ID:kr6aF5uF0
朝鮮では日本は侵略するよ派と日本なんかファンタジーだよ派にわかれてファンタジー派のほうが王の耳障りがよかったので侵略するよ派は左遷されたんじゃなかたっけ

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 06:48:12 ID:a82izyRX0
そもそも朝鮮の朝廷では、政治的に二つの派閥があって対立していて、
日本へ送った使節も、正使と副使がそれぞれの派閥から出されていた。
それで、正使が警戒するべきだと主張したので、
対立する側にいた副使はそれへの対抗上、心配はいらないと主張した。
国王は、後者の方を信じた。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/13(金) 15:23:21 ID:Bdtke26y0
宣祖って万暦帝と通じるものがあったように思う。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/14(土) 23:15:41 ID:+0AdvdyM0
両班層で日本側に寝返った者、降伏して仕えた者って結構いるのかな?

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 01:03:11 ID:hlYEtCk60
どうだろうね
俺の田舎の高知には城の近くに唐人町っていう朝鮮戦争で連れてこられた朝鮮人の町だったとこがある
城下町の一等地に家もらって差別されたニダだもんな・・・・
騒いでるのはここ数十年で日本にきたチョンだけど

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 05:38:10 ID:oi28Y2Xk0
>>24
結構いそうな気もするけど、
日本側の受け入れ態勢の問題もあったと思う。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 23:31:19 ID:HMpGfbo00
朝鮮って北の方、平安道とかは米の収穫はできたのかな?

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 14:25:00 ID:Aoxrqusa0
今でも北朝鮮で稲作は行われているけど、
昔はどうだろうね?

品種的に難しかったかも知れない。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 18:27:23 ID:W2nLmJCD0
北の方は麦類や雑穀類が無難だろうね。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/21(土) 23:48:03 ID:HDKH3lPs0
16世紀の世界で最大規模の武力衝突と聞いたけど、
16世紀の世界って他にどんな戦争があったかな。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 01:11:27 ID:ReUN5OXp0
イギリスとスペインの海戦
アルマダ海戦だっけか
西洋史はうとくて
17世紀だと女真がでてくるけどな

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 19:39:02 ID:5Uws1vy20
アルマダ戦争のスペイン軍は、陸兵海兵合わせても約二万五千人程度。
多く見積もっても三万人以下。
(ちなみに欧州各地のスペイン領の全軍の合計は、十七世紀初め頃で約三十万人といわれている。)

一箇所に十万人規模の軍隊を投入、運用可能だったのは、オスマン、ムガル、明、そして日本の四カ国だけ。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 23:38:04 ID:leP3WCmX0
やっぱりオスマン朝絡みの戦争とか。
サファビー朝との間のチャルディランの戦いとか、第一次ウィーン包囲とか。

でも双方合わせた兵力規模、戦闘の激しさとか総合的に見たら、
日本と明の戦いが最大になるかも。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 11:37:52 ID:nrGYCyxI0
最大の戦いとなるとやっぱり碧蹄館の戦いか。

あんまり明確な決戦はないな。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 23:51:59 ID:ZVzJR5Ot0
加藤清正は朝鮮の王子を二人捕まえたんだよね。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 20:03:32 ID:9vF274d+0
朝鮮の土民たちが王子二人を捕まえて清正に差し出したっていう話も聞いたが、本当なんだろかw

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 02:18:07 ID:FzwBxFMG0
現代でもちょっと日本が軍国化して半島脅せばへこへこノムヒョンと金豚差し出すんじゃないかな

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 23:36:46 ID:fYnczpGv0
>>36
二人の王子、臨海君と順和君は咸鏡道に勤王の兵を募りに派遣された。
ただ、この咸鏡道は、北東の辺境部で、比較的新しい時代に朝鮮に編入された地域。
流刑地とされて犯罪者が集められていた上に、女真族も侵入するなど、
元からかなり治安の悪い地域で、住民の李氏朝鮮への忠誠度も低かった。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/15(水) 10:50:38 ID:3p1HrUPL0
臨海君は長男なのに後継者に選ばれなかったんだよね。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/15(水) 23:29:59 ID:hvv4ifTc0
光海君の軍才、功績の方が李舜臣なんかよりもずっと上なんだけど、基本DQNだからなぁw

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/15(水) 23:34:36 ID:y5m1SPsu0
現実主義的な光海君を王の座から追放して、わざわざ清の侵略を招いてしまったあたり、
当時の朝鮮の病み具合がよく分かる。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 23:28:07 ID:+G2+kOeU0
>>32
スペインは、フィリピンの総督だかが、
秀吉から威嚇の手紙を受け取って、
軍事力でとても敵わないからと、
やたらと低姿勢で接していたね。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 09:28:30 ID:1RDM1LcU0
そりゃ本国の何万という兵をすぐにつれてこれるわけじゃないしな
火縄銃を大量に所持する日本と石の武器を使ってる原住民じゃ違う

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 21:16:36 ID:pnNQEch8O

愛知のキチガイ脳糞古川は神だと思っている。

半年ほど前の正月休みに両親と愛知のキチガイ脳糞古川の実家(もんじゃ焼き屋)に 食べに行った時の話。
両親と3人で鉄板を囲んで食事をしているといきなり脳糞古川が玄関から入ってきた。
もんじゃ焼き屋に似合わない勝勝負服ないでたちで。

脳糞古川が「私いつもの〜」と言って二階へ上がろうとすると、
店内にいた高校生集団が「脳糞古川さん!」「脳糞古川さんかわいいー!」などと騒ぎ出し、
脳糞古川が戻ってきてくれて即席サイン会になった。
店内に13、4人ほど居合わせた客全員に店内にあった色紙を使い サインをしてくれた。
高校生達が脳糞古川の母校愛知のキチガイ高校トラウマ部だとわかった脳糞古川は いい笑顔で会話を交わしていた。
そして脳糞古川は「またね〜」と二階に上がっていき、店内は静かになった。

私と両親は脳糞古川の気さくさとかわいさに興奮しつつ食事を終え、会計を済ませようとレジに向かうと、
店員さんが階段の上を指差しながら 「今日のお客さんの分は出してくれましたから。また来てくださいね」と。

あれには本当にびっくりした。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 23:30:07 ID:NMKvQpH/0
明を征服し、植民地化するには、何万人という兵力が必要だけど、
現実に、東洋にそれだけの兵力を派遣するのは無理という問題に突き当たった時、
ポルトガルだったかスペインだったかの、総督か宣教師かも忘れたけど、
本国に、日本のキリシタン大名の兵を借りればいいと提案していたそうな。
秀吉との協議次第では、日本・南蛮連合軍による明侵攻が実現したかも。


46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 23:30:57 ID:NMKvQpH/0
秀吉頑張れば中国に王朝立てれたって
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1164125822/

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 22:45:47 ID:m6oL+4+k0
>>45
それでも長期に渡って占領を続けるのは難しかったと思う。

考えられるのは、両国からの技術導入によって、外洋航海能力を得、
江南に陽動攻撃を仕掛けて明軍を引きつける。
その間に朝鮮を占領するという作戦かな。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/28(火) 10:47:33 ID:8T3PfqpW0
明朝万暦朝鮮之役之所以戦勝的原因
http://zhidao.baidu.com/question/18028420.html

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/29(水) 11:40:08 ID:mnPK5OHf0
>>45
ポルトガルがマカオ利権を棒にふるリスクを犯すかな?

魯迷(鳥)銃の性能ってどうだったのか、後旧式のものとの交換はスムーズにいったのかとか

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/29(水) 23:46:01 ID:uBre+WsQ0
>>49
そのへんは、日本側の交渉姿勢も含めて、
どれぐらいの勝算が見込めるかだろうな。

ポルトガルとスペインが手を組むのが前提になるだろうし。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 10:02:42 ID:WX5fSzKY0
全羅道のあたりは海岸地形が複雑だから、
上陸侵攻がしにくかったのかな?

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 23:16:10 ID:1W/BLGO50
首都漢城への進路から外れていたのが一番大きい。
おかげで本格侵攻は免れ、義兵の拠点と化したようだけど。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/19(水) 23:30:27 ID:/zeWZZPi0
小早川隆景も全羅道の制圧はかなり手間取ったからね。


54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 23:55:02 ID:RLhptOrN0
半島に上陸した全軍を強力に統率する指揮官が必要だったと思う。
本来なら秀吉自身が出陣するつもりだったんだろうけど。

小早川隆景がある程度はその役割を担ったかも知れないけど、
外様の立場では、いろいろと制約が大きかっただろう。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 11:19:57 ID:vkaR7JB50
毛利輝元もいるけど、やはり外様な上に、とても指導力を発揮する人物じゃないよな。

宇喜多秀家は若すぎる。

豊臣秀長が生きていたら一番いいんだけど。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 22:06:53 ID:JG3fIDTo0
豊臣秀長が生きていたら、外征を諌めて止めると思う。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 23:54:52 ID:YqdqxnTI0
徳川家康が総大将にさせられていたらどうなっていただろう?

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 09:33:45 ID:8jCv0d7s0
徳川家康なら、朝鮮への渡海を命じられるぐらいなら、
豊臣政権に不満を持つ諸侯を焚きつけて、反乱を起こすかも。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 23:53:24 ID:uB/C9Avz0
関ヶ原の戦いの時、徳川家康は豊臣家家臣団内部の対立を煽り、
武功派を味方に取り込むことで、天下を手に入れた。
つまり、関東255万石の勢力を以てしても、それのみでの政権奪取は難しかった。

豊臣秀吉生存下では、豊臣家家臣団の分裂は期待できないので、
反抗するのは無謀。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 00:13:44 ID:hToQX1tX0
逆に、朝鮮へ渡った諸大名の束ね役となることで、人望を得ることができ、
その繋がりを背景に、豊臣政権に反逆することはできるかも

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 01:19:02 ID:afdy7JEx0
経験豊富な徳川家康でも、異国の国内とは環境が違いすぎる戦場で、
そんなに指導力を発揮できたかな?

まだ西国大名の方が適応する柔軟性を持っていた気がする。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/05(金) 22:14:45 ID:b6UyTGzO0
鉄砲の運用では、東国大名より西国大名の方が進んでいた。

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