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何故秀吉は将軍にならずに関白になったのか? 2

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 10:48:33 ID:R6vu/Xof
前スレ
何故秀吉は将軍にならずに関白になったのか?
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1152118867/

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:23:01 ID:NCGJmNSF


3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:23:13 ID:/siyyYCy
>>1
結論出てるんだけど理解できる?

970:   結   論     2006/10/10 20:53:14 ZtXb26V6
1.秀吉が義昭に泣きついて将軍職を希望したが断られた
  (ソースは林羅山の「後鑑」「豊臣秀吉系譜」)
2.秀吉は最初から将軍職だけを望んでいたわけではない
  (ソースは近衛・二条の関白論争の経緯)

結論
「秀吉は将軍職を断られたかもしれないが、実際には将軍・関白どっちでもよかったし
 朝廷を牛耳れる分、結果として関白のほうがよかった」

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:31:01 ID:NCGJmNSF
俺も>>3に概ね同意だけどね

立っちゃったらなんか語ればいいじゃん

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:35:51 ID:R6vu/Xof
>>3-4
1.のソースがやばすぎる。根拠として全然なりたっとらん。
羅山なんか幕府よいしょしかしないし、彼の著書なんか時系列、徳川家家系捏造等
眉唾なものばかり。
しかも秀吉が死の間際に
「秀頼が君主の器でないのなら君が天下を治めてくれ」
と遺言したと堂々と妄想垂れ流してる。

したがって
>結論
>「秀吉は将軍職を断られたかもしれないが、実際には将軍・関白どっちでもよかったし
> 朝廷を牛耳れる分、結果として関白のほうがよかった」

>秀吉は将軍職を断られたかもしれないが

秀吉は元々将軍職を望んでないっていうのが俺の持論。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:39:45 ID:R6vu/Xof
>しかも秀吉が死の間際に
>「秀頼が君主の器でないのなら君が天下を治めてくれ」
>と遺言したと堂々と妄想垂れ流してる。

結局、大阪の陣等で家康が言われもしなかったから当然だが、天下覇者としての
後継の正当性を遺言によって主張した事もなく、秀頼の後顧の秀吉遺言が残ってる
っていう物証でこの羅山の妄想は完全否定されとるが、

>秀吉が足利家名を欲しがったが断られた
という妄想に関しては、現時点では物証が無いだけであって、
羅山の著作の信憑性から言ってもこれをソースとは認められん。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:46:24 ID:NCGJmNSF
いいねいいね
俺は中華皇帝説でも支持しとこうか、根拠はとくにないけど

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 13:51:52 ID:UTGpNRw/
やっとスレ消化したと思ったのにまだ延々とやるのか
前スレ落ちたら、IE使用者がやってきてイチから同じ議論始めて(ry

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 14:57:09 ID:Pt+KaVZc
古くは大伴弟麿・坂上田村麿・文屋綿麿・大塔宮護良親王など。
鎌倉幕府の時代でさえ、将軍位は源氏三代以降は藤原氏や親王が征夷大将軍。
藤原氏を自称する信長も将軍着任を打診された。

つまり源氏で無かったから、将軍になれなかったという説は成立しない


・義昭に養子を拒まれた
  「清和源氏しかなれない」のなら、すなわち「清和源氏ならなれる」のだから
  足利以外の養子先を探せばよい。 
・現職の義昭がいるからダメ
  朝廷は将軍を罷免できる。
  10代目の足利義稙は罷免されて、義澄が11代となり、今度は義澄が罷免されて
  義稙が将軍位に返り咲いた。
・義昭の工作を受けた朝廷が認めなかった
  朝廷が時の権力者の言いなりになるのは、過去の事跡が示すとおり。
  それに関白を初めとする朝廷の職を武家に取られると、ただでさえ貧乏な公家は
  着任する職までも失うことになり、秀吉が将軍になってくれたほうが、むしろ
  都合が良いので、秀吉が将軍位を求めたら拒むはずなどない。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 17:22:14 ID:vpD/Zf1b
>>9
長文乙。 
自分の主張に合う説を都合よく取出して、都合よく解釈してるに 
すぎないな。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 17:26:31 ID:R6vu/Xof
>>10
じゃあ
・義昭に養子を拒まれた
これの事例が実際にあったとする根拠を提示してください。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 17:38:54 ID:fckaFdZ5
だからそういう説ばっか相手にしてることが
ダメだって言われてるんじゃないのかな

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 17:40:43 ID:R6vu/Xof
>>12
結局秀吉が「将軍になりたかった」論を展開する人って
清和源氏の家柄云々とか羅山の説を引用してるだけじゃないの?
あとは東夷説くらいか。

他にもあればあげてください。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 17:53:23 ID:vpD/Zf1b
理由を三つも挙げておいて“だけ”って言うのもなあ、当時の状況 
や勢力範囲とか考慮に入れている? 家康を抑えていない以上東国 
を支配できていないということ、つまり信長の三職推任の時の条件 
を満たしていないということになる

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 18:10:23 ID:3C9TSyOu
もう結論でたのにな。
何故2をたてたのか。

まあ秀吉が将軍になりたかったとする一次資料もないようだしなあ


16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 19:23:27 ID:R6vu/Xof
>>14
三つもとは言うが、羅山の妄想白書や家康の出自なんかは根拠にすらならんでしょ。
議論の余地なんて毛の先程にも無いと思いますが。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 19:56:39 ID:tnzIJYEt
東夷説に関しては議論してもいいんじゃないの。
源氏説や足利拒否説に関してはスルーということでいいと思うけど。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 20:16:53 ID:cy3v2W12
信長が三職推任されたとき、武田って滅ぼされていたっけ?
東国がどうこうって、その後家康は政治的に服従し、関東の北条も滅ぼされた。
そもそも歴代の足利将軍だって、東国(=関東)を完全に服従させていた時期は
あったりなかったりする。関東公方が室町足利将軍との敵対姿勢を見せたとき、
あるいは応仁の乱以後後北条氏が台頭して関東が室町幕府の手から完全に離れた
とき、朝廷が「お前に将軍の資格はない」とか言って位を剥奪したり相続を認めない
なんてことがあったのか?

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 20:25:37 ID:/siyyYCy
足利義昭が将軍職譲渡を拒否した説は林羅山の記述しかない
たしかに怪しい説だ。
しかしこのスレの結論は>>3にもあるように 断られた「かもしれない」というニュアンスなのに
>>5>>6のように「羅山は御用学者だから」という呆れた理由で
秀吉が将軍職断念した説を完全に否定するなんて思考は幼稚すぎるな

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 21:19:42 ID:UTGpNRw/
源氏説を否定するのに、田村麻呂や頼経を持ち出すのはバカとしかいいようがない
源氏説否定の根拠史料は晴豊公記しかないだろう。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 00:33:02 ID:J4o1Mqdk
>>19
御用学者の著作にしか論拠がない、というのは立派な否定理由になりうると思うがね。
何しろ儒者といえば、本家本元の孔子さまからして歴史的事実よりも儒教的正義を優先
させてきた連中だからな。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 01:16:45 ID:Xkvi3kS6
関白より将軍の方がいいだろ
将軍じゃないと幕府を開けないんだから
関白なんか所詮公家だからな
ちゃんと武家を統率できない
幕府を開いて強力な政権を作れず
朝廷を利用した中途半端な支配体制だったのが
豊臣家が滅んだ原因の一つなんだから

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 01:43:07 ID:sfOTfS7Y
>>22
豊臣が滅んだのは子供が少なかったからだよ

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 01:59:18 ID:6/iHPICo
誠意大将軍なら幕府は開けないけど結婚できる

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 02:09:48 ID:+VdjAz3p
秀吉が征夷大将軍になろうとして何らかのアクションを起こしていたらなら、
羅山以外にも何らかのそれを裏付ける史料があるはず
それが無い以上、やはり秀吉が義昭の猶子になろうとして断られたという話は信憑性に欠けるとしか

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 03:19:23 ID:lsWQKncs
秀吉が自分に都合の悪いことは隠蔽して証拠も消した

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 03:28:10 ID:5AN7BgpO
東夷説の場合
北条征伐の時点で条件満たしてるだろって話にならないか?
関白と征夷大将軍を兼任してもいいし
自分が関白で秀長、秀次、秀家辺りに征夷大将軍をやらせてもいいのに
ずっと関白一本だったんだから、征夷大将軍自体に興味が無かったんだろうな


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 09:26:44 ID:7KAHGrqk
>>19
なら、羅山の
>「秀頼が君主の器でないのなら君が天下を治めてくれ」
も秀吉が秀頼に天下を継がせる気が無かったかもしれないとか言っちゃうのか。

史料検証能力の欠如だよそれ。
可能性だけを挙げるなら、秀吉は宇宙人だったかもしれんとか言ってるようなもん。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 12:22:16 ID:fvLJkuQz
>>19が言いたいのはそんな問題じゃなくて
「証明の材料にならない」と
「反証の材料になる」を混同するな
ということでしょ

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 12:41:06 ID:7KAHGrqk
>>29
羅山が色んな捏造ともいえる著作をだしてるが、
信憑性から言っても羅山「しか」足利猶子云々言ってないのだから
事実無根。

秀吉が将軍になりたがったとされる史料が羅山のトンデモ作以外からは
全く出てこないのだから、ハナから将軍職は眼中になかった。

これで十分だろ。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 13:17:35 ID:4qRrfO2k
>>30
結局、羅山の史料を否定する根拠はあなたの偏見と思い込みという 
主観的なものであって具体的で客観性のあることは言えないわけね。

秀吉が将軍に「なれなかった」を証明するのに彼がなろうとした史 
料を出す必要はない、なれなかった理由を挙げればいいだけ。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 13:23:51 ID:w0Tf1HtG
じぁ、「なろうとしなかった」から「なれなかった」でいいじゃん

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 13:32:06 ID:7KAHGrqk
>>31
羅山の説
1、徳川家家系
2、秀吉が家康に残した「秀頼に代わって天下を治めてくれ」の遺言
3、秀吉の足利猶子

とりあえずこの件に関する代表的な物を上げた場合、1、2は別史料から
完全に否定されるが、3に関しては史料が出ない。
悪魔の証明を求めるなら否定は出来ないが、見つからないんじゃ将軍職に
興味が無かったと決定付けるのが当然だろ。

>なれなかった理由
これこそ悪魔の証明。
秀吉が将軍職を望んだとする史料が無い以上、それを証明するのは秀吉自身に
聞いてみるしか無いだろ。


34 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/10/13(金) 13:52:05 ID:NMuqAGnG
同一人物の記述だからといって、事象が全く違う別々の件を、同じ論法で解釈するのは
ちと、おかしくはないか?

秀吉が将軍職を断念した話は、林の書いた「豐臣秀吉系譜」の中にしかない
つまり他の傍証史料を引用してこれを肯定することも逆に否定することも出来ないんだよ

問題はそのようなクソ低レベルのくだらんことじゃない。
学者の朝尾や今谷は、羅山説を鵜呑みにしてさらにそれに小牧長久手の失敗を関連付け
秀吉が将軍職を断念するまでをシミュレートした。
その結果、帰納法的に「足利義昭が将軍職を断った」ことが
なぜか受け入れられてしまったわけだ

もともと否定も肯定も出来ないものなんだから、それ以上追求が出来ないのは仕方ないかもしれんが
「足利義昭が将軍職を秀吉に渡すのを拒否した」ことを前提に論を立脚した朝尾と今谷は
はっきり言って大罪。武功の小和田がかわいいくらいだ

35 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/10/13(金) 13:53:55 ID:NMuqAGnG
というか話題は前スレで完結してるじゃんよ。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 14:30:21 ID:fvLJkuQz
>>34
羅山説が信用おけないのは確か。同意する。
(ついでに、証明がどうとかいう話がレベル低いことも認める。)
しかし俺が読んだ狭い範囲では、今谷氏が
羅山説から演繹を始めたことも、
羅山説に帰納したことも
読んだ憶えがないんだけど。
というか今谷氏が羅山説を紹介しているところすら
見かけたことがない。
どこを読めばいいのか書誌を教えてもらえると助かります。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 14:55:11 ID:7KAHGrqk
>もともと否定も肯定も出来ないものなんだから、それ以上追求が出来ないのは仕方ないかもしれんが
>「足利義昭が将軍職を秀吉に渡すのを拒否した」ことを前提に論を立脚した朝尾と今谷は
>はっきり言って大罪。武功の小和田がかわいいくらいだ

完全に同意

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 15:08:01 ID:4qRrfO2k
小学校のころの「僕も〇〇君と同じ意見です。」を思い出した。 


39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 15:29:22 ID:fvLJkuQz
>>37が朝尾氏や今谷氏を読んだ上での同意なのであれば
37さんでもいいから>>36に答えて欲しい。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 15:31:14 ID:UB99zhxS
970:   結   論     2006/10/10 20:53:14 ZtXb26V6
1.秀吉が義昭に泣きついて将軍職を希望したが断られた
  (ソースは林羅山の「後鑑」「豊臣秀吉系譜」)
2.秀吉は最初から将軍職だけを望んでいたわけではない
  (ソースは近衛・二条の関白論争の経緯)

結論
「秀吉は将軍職を断られたかもしれないが、実際には将軍・関白どっちでもよかったし
 朝廷を牛耳れる分、結果として関白のほうがよかった」


41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 15:37:54 ID:7KAHGrqk
>>36
朝尾の場合は以下が参考になるかな
「近世封建社会の基礎構造 畿内における幕藩体制」
「将軍権力の創出」

今谷の場合、朝尾の京都大学の後輩だし、完全に朝尾に影響を受けたモノしか書かないから
これで十分かと思うが。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 15:46:24 ID:fvLJkuQz
>>41
そこで朝尾氏が林羅山の説を無批判に受け入れるか、
または羅山説に収束するような議論をしているわけですね。
もう一度読んでみます。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 19:17:24 ID:lIuq59uK
今谷浅尾の両氏の論も別に林羅山の説を踏まえたものじゃないでしょう。
つか学説レベルでは羅山の足利拒否の話は信憑性がないというのが大勢になってたと
記憶してるんだが、最近新資料か何かが出て覆ったのかな?

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 13:27:19 ID:9BPxzxoY
>>9
簡単に源氏しか将軍になれないなんて根底くつがえせるけどな
源頼朝が幕府開いたけどその後は北条が引き継いでるし
北条はまぎれもない平氏だし

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 13:59:18 ID:LeLea+DN
をいをい、北条は将軍にはなってないぞ
日本史ちゃんと勉強したか?

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 14:33:30 ID:YSPym78Z
北条が傀儡に立てた宮様将軍と誤解してるんだろう

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 14:41:08 ID:02PwJY8l
江戸期だって下馬将軍が
宮将軍擁立企ててるでしょ

結果的に失敗したが
宮将軍でもOKってことだよね

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 18:58:09 ID:YeF68LI2
誰も源氏でなければ将軍になれないなんて言っていないのにそのこと 
にやたらこだわるんだろう、全肯定か全否定しか出来ないのか?  
要は名門かどうかということ、武士の世界では源氏の正統が尊ばれて 
いたわけでそれ故頼朝や尊氏の家系が担がれていた。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 19:30:41 ID:Zthq95tZ
>誰も源氏でなければ将軍になれないなんて言っていないのに
>誰も源氏でなければ将軍になれないなんて言っていないのに
>誰も源氏でなければ将軍になれないなんて言っていないのに

何このキチガイ

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 03:07:23 ID:wQXXyIRA
>>48
尊氏も足利もべつに源氏の正統なんぞではないよ。
当然ならが、徳川と家康もね。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 16:53:20 ID:7eyEZGHJ
清和源氏は多田氏の系統が正統?

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 16:59:49 ID:MTQOsgD1
あのな・・・清和源氏嫡流が多田系という考え方は、少なくとも平安末にはない。
頼朝に至って現出する。頼朝以降、「血統から見れば土岐源氏が嫡流」といい出すやつがいるが
そいつは嫡流の意味がわからない馬鹿

詳しくは日本史板の議論を見ろ

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 01:31:02 ID:p8xrbWbS
なっていないものをなれたと言い張ってもねえ…なんか虚しいだけ。
「なろうと思えばなれた」ってそんな事言いだしたらきりがないよ。
つうか小学生か、だいたいレス読むとレベルの低い発言をしてるのは 
なれた派?だね、結局官職にかこつけた家康叩きか、

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 01:34:36 ID:HQEzQ5qD
>>53のせいでこのスレにおける家康信者のレベルがもの凄く下がった気がする

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 02:39:35 ID:Xo+baYXw
>>53

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 07:24:11 ID:k214r3kh
>>53
史料の提示もなく検証すらなされてない。結局、感想でしか反論できないのかよ
もうお前帰っていいよ

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 11:58:07 ID:cab2JolA
秀吉が征夷大将軍になれなかった理由は
秀吉が源氏でも平氏でもなかったからだよ。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 12:14:55 ID:k214r3kh
>>57
はい却下
秀吉は平姓として従五位下筑前守に任官している

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 14:07:36 ID:cPp5AMq+
>>57

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 15:30:26 ID:W+6axUhY
平姓をとったからではないのか?確か足利に養子にしてもらおうとして失敗して公家の道をあゆんだような

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 16:00:51 ID:k214r3kh
>>60
残念ながらそれも違う
晴豊公記によると信長は将軍に推任されるだろうと述べている
その信長は平姓つまり源氏でなければ将軍になれないというのは幻想でしかない

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 16:20:16 ID:uFue5Cc1
>晴豊公記によると信長は将軍に推任されるだろうと述べている
述べてねえよw

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 16:40:16 ID:cPp5AMq+
>>60

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 19:36:55 ID:OpaVuKEh
秀吉は将軍職にきょうみがなかった。で済む話を
わざわざ2スレも作成する必要あるのか?
三戦版でもスレはあったし
ここ戦国版でもスレ作成して、さんざん激論しているから必要なかったんジャマイカ?
また同じ内容のスループになるだけのような気がする。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 19:51:22 ID:k214r3kh
>>62
天正十年夏記の三職推任と誠仁親王消息
文意の解釈は朝廷から信長への推挙とみる
出典は立花と今谷以外の大勢の学者の論文。
もういいよループな人

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 20:01:52 ID:sotFZpSv
前スレで語り尽くしたからなぁ
もう新規さんへの反論もめんどくさい

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 20:08:35 ID:0faDBpH7
>>66
殆どの事が「前スレ読め」で終わるからねえ。

そんなわけで疑問がある人は先ず前スレ読め
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1152118867/

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 20:19:18 ID:G0yG0YRJ
>>65
今谷説にしたって朝廷の側は申し出を受ける気なんだから
どのみち、信長の将軍就任は朝廷的にはOK、という点では
学会で一致を見てるもんな

そのへんを踏まえたうえでの議論なら論点も若干残ってるんだが
いつもすぐに「源氏が」「義昭が」と直近20レスも追ってないレスが入って
ここぞとばかり「珍説」絶叫君が暴れてどっちらけになる
そのパターンも飽きた

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 20:25:47 ID:k214r3kh
>>67
こっちを紹介したほうが親切かも

何故秀吉は将軍にならずに関白になったのか
http://makimo.to/2ch/hobby8_sengoku/1152/1152118867.html

>>68
新規の人は前スレ読んでないから仕方ないが
このスレの>>1=ID:R6vu/Xofは前スレを読んだにもかかわらず電波を飛ばしてるからなあ
この人正直痛すぎる

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 20:27:02 ID:7y3XGE1t
>>68
だったらageるな

71 :新規にこのスレをみてる人へ:2006/10/27(金) 20:49:53 ID:k214r3kh
Q1、秀吉は足利義昭に将軍を断られたんだよね?
A1、秀吉が将軍を断念したソースは林羅山の「豐臣秀吉譜」のみなので今のところ否定も肯定も出来ない
Q2、秀吉は農民だから将軍になれなかったんじゃないの?
A2、秀吉は平姓として筑前守になり藤原姓として関白になり豊臣姓として太政大臣になってる
     どれも立派な姓であり、秀吉の出自が将軍職就任に影響をおよぼしたことはない
Q3、源氏しか政権担当者としての将軍にはなれないんだよ。おまえ馬鹿?
A3、「天正十年夏記」によると勧修寺晴豊は信長が将軍になるだろうと感想を洩らし
     誠仁親王も信長をどのような官にでも推挙すべしと言っている
     そして信長は平姓。もうわかったね?
Q4、だから何?
A4、つまりこのスレの結論は「将軍を断られたかも知れないが、秀吉はなろうと思えば将軍にも関白にもなれた」
     「むしろ朝廷をも支配出来る関白になるほうが都合が良かった」ということ
Q5、秀吉厨キモすぎwwwww必死だなwwwwww
A5、・・・反論に窮してその態度かよ

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 20:52:53 ID:G0yG0YRJ
>>71
それとこのスレの>>1の違いがよくわからなくなった

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 20:54:14 ID:k214r3kh
>>72


74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:02:08 ID:G0yG0YRJ
>>73
A1を
 秀吉が義昭に断られたというソースは林羅山の「豐臣秀吉譜」のみなので
 今のところ否定も肯定も出来ない
に修正したらA3まではまとめとして同意だな。
というかそこまでは>>1も主張してないか?

しかしA3までの論点さえおさえればA4に飛躍できることについては
>>1と君が支持、一方(俺も含め)2スレ目でも何度も反対意見が出てる
(収拾つかないまま)ので君と>>1の考えの違いがわからない。
何をもって>>1を電波と呼んだんだ?

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:07:17 ID:k214r3kh
>>74
>>5>>6>>11>>13>>16のレス。否定も肯定も出来ない林羅山の説を
「嘘つき御用学者の説」だからという理由で完全否定に走ってるから

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:10:59 ID:k214r3kh
最初から将軍職を望んでいなかったという>>1の意見には同意だけどね

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:17:05 ID:G0yG0YRJ
>>75
羅山説の成否かー。うーん。事実ならあるはずの傍証がいつまでたっても
出てこないので学会ではかなり疑問視されてるんじゃないのかなあ。
そんなことくらいで電波というのか。

まあそれはさておいてさ、
学会で誰も乗っていない説の真偽云々(A1-A3)だけで問題を片付けるのは
どうして? 出てる学説のほうはどうして無視してすぐA4にいっちゃうの?
そっちのほうがよほどやばくない?

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:21:33 ID:k214r3kh
>>77
勉強不足で済まないが、A1〜3に反論するような学説があるならぜひ紹介してほしい
これは煽りではなく知識として教えてくれない?

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:23:50 ID:G0yG0YRJ
いや、だから、A1-A3自体はいいんだよ

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:27:45 ID:k214r3kh
A4、つまりこのスレの結論は「将軍を断られたかも知れないが、秀吉はなろうと思えば将軍にも関白にもなれた」
     「むしろ朝廷をも支配出来る関白になるほうが都合が良かった」ということ

具体的に反論個所があるならどうぞ

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:37:39 ID:Lizftfr/
>>71
A2の
>秀吉の出自が将軍職就任に影響をおよぼしたことはない
の「将軍職就任」は「官位就任」に変えたほうがよくね?

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:44:33 ID:k214r3kh
>>81
それもそうだ
Q2、秀吉は農民だから将軍になれなかったんじゃないの?
A2、秀吉は平姓として筑前守になり藤原姓として関白になり豊臣姓として太政大臣になってる
     どれも立派な姓であり、秀吉の出自が官位就任に影響をおよぼしたことはない

しかし関白太政大臣にとんとん拍子に出世した秀吉の力なら
容易に将軍職も狙えたはずでなので、あえて将軍職としたわけです
Q1やQ2のような俗説をわざわざ否定したのもそのため(この手の質問が多いためでもあるが)

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:47:51 ID:k214r3kh
間違い訂正
Q1やQ2

Q2やQ3

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:50:30 ID:G0yG0YRJ
>>80
このスレでは>>12,17,34,36,43読んで。
特に34の
> 問題はそのようなクソ低レベルのくだらんことじゃない。
に端的に非難されとる。研究者が誰も支持してない説をめぐって
挙証責任がどうしたこうした言い合ったって仕方ないでしょ。
それをふまえて34,36,43あたりでやっと、
朝尾・今谷説が羅山説に回帰するのかどうかが話題になったけど、
そこでスレが止まった。
前のスレでもここにつながる論点がいくつか出てるから読んだらいい。

でも>>82
要約作ってくれたのはどうも。その手の突発レスが多いので有益だよ。
(ただし「秀吉の力なら容易に将軍職も狙えたはずでなので」は
 論点先取。例えば朝尾・今谷説はそう考えていない。)

>>27についてだが、朝尾・今谷説は武家関白の成立過程について
 論じてるんだから北条征伐後がどうたら言っても批判にならない。)

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 21:59:54 ID:k214r3kh
>>84
なるほど。長文ありがとう参考になったよ。しかし>>34
義昭に将軍職を断られて小牧長久手で将軍を完全に断念したという説は興味深いね

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 23:28:53 ID:JdvBAXtt
源氏系将軍しか幕府開けないと小学のとき習ったが間違いだったのか…

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 23:44:41 ID:Xyo57Qsv
だったら暗殺して覇権握った平氏の北条が幕府引き継いでてたのはどうだと思ってたんだ

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 23:53:05 ID:aesdOh7J
>>87
北条が実権を握っていた時でも、幕府のトップはあくまでも将軍。
北条はその補佐官に過ぎない。

要は、建前上のトップは天皇でも
摂政や関白や大臣や将軍が実権を握っているという
当時の日本の政権の形態をそのまま幕府にも取り入れただけ。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 01:14:35 ID:WSr9mcVC
>A4、つまりこのスレの結論は「将軍を断られたかも知れないが、秀吉はなろうと思えば将軍にも関白にもなれた」
>    「むしろ朝廷をも支配出来る関白になるほうが都合が良かった」ということ

これのさ、「将軍を断られたかも知れないが」っての
羅山しか言ってない上に、学説で完全否定されてるんだから

正しくは
A4、つまりこのスレの結論は「将軍職に興味を示した資料は無いが、秀吉はなろうと思えば将軍にも関白にもなれた」
     「むしろ朝廷をも支配出来る関白になるほうが都合が良かった」ということ

が正解だろ。
秀吉が望んだ将軍職って箔をつけるのはまずかろう。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 01:44:39 ID:rhtsShaj
そもそも、なろうと思えばなれたと言うのが特に根拠のない思い込み
にすぎない。色々理由を並べたところであくまでも後付けの論理にし 
かすぎない、仮に秀吉が将軍織を望んだとしても義昭の事を持ち出さ 
れて断られるのがおち、実際はそんなもの、学者が小難しく言ってい 
るのはあくまで商売だから、

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 02:06:30 ID:nXK7skas
>>90
何度も書かれていると思うが
秀吉が将軍になろうとしたという史実もないし
信長の三職推任の件を見ても秀吉が将軍になれないという根拠が全くない
秀吉が将軍になる必要性も認められない

おそらく君はこのスレに初めて来てログも読まずに書き込んでいるのだろうと思うが
恥をかきたくなければログくらいは読もうぜ

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 02:36:18 ID:WSr9mcVC
>仮に秀吉が将軍織を望んだとしても義昭の事を持ち出さ 
>れて断られるのがおち

これこそ根拠のない思い込み

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 03:05:52 ID:rhtsShaj
秀吉に三職推任があったのか?何故関白か将軍かを選べると言うのか、 
関白になったのも近衛家の猶子になり強引になったものであって推挙 
されたわけでもない、

なろうとした史料がない、ってそんなものが根拠となるならなんとで 
も言えてしまう。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 03:10:58 ID:WSr9mcVC
過去さんざん語られてるんでそれ見て来い池沼

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 03:16:53 ID:6rJ7Mxnv
秀吉は身分低いから貴族になりたかった&同僚の武士を超越したかった

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 03:22:39 ID:T1z5xzie
正直、難しい。
朝鮮出兵のためにも関白が必要だったってことはない?ごめん。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 03:26:42 ID:rhtsShaj
>>94
はいはい、自分の意見もなく挙げ足取りぐらいしか出来ないオバカサン、
いかにも秀吉厨らしいね。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 03:28:16 ID:WSr9mcVC
はいはい、自分の意見が妄想しかなく過去レスも読めないオバカサン

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 03:30:52 ID:nXK7skas
>>93
史実にない「将軍になろうとした」という珍説を主張したいのであれば
他に資料をかき集めて分析し、誰もが納得出来るようなそれなりの根拠を作る作業が必要だが
史実にない以上、珍説を否定するための根拠は全く必要ない

ちなみに、再三書かれている事だが
朝廷には将軍職を任命する権利もあるが解任する権利もあり
実際に解任されている将軍は複数実在する
足利義昭の存命中に織田信長への将軍を含む三職推任があったので
それらをまとめると「義昭の関係で将軍になれなかった」という珍説は否定できる。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 04:25:28 ID:jwyMjzd3
何かこのスレ携帯から馬鹿な書き込みする家康厨が常駐してるな
変な改行と、一人だけ書き込みのレベルが凄く低いからすぐわかる

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 21:26:03 ID:72VkGz7K
実際になっていないものをなれたと言ってなんの意味があるのかな。
なれなかったというほうが自然であり、なれたということを証明する
ほうが難しいと思うのだが、

秀吉が将軍になれたと思っている人は、「戦国時代は誰もが天下を狙い
上洛して足利氏に取って代わろうとした」みたいな勘違いをしているの
か、というか当時の人たちは秀吉が将軍になれる、もしくは将軍にふさ
わしいなどと思っていたというのか。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 21:35:43 ID:H/5DhGnu
>>101
おそらく君は創価学会に入信していないと思うが
君の発想で行くとそれは「入信出来なかった」と考えるほうが自然なんだね?
「入信出来る事」を証明するのって難しいの?

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 21:43:52 ID:72VkGz7K
>>102
どうしたらそういう発想がでてくるのか?マジで言っているとしたらかなり
やばいな、だいたい創価学会に入るのは難しいことなのか、話にならん。


104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 21:51:05 ID:H/5DhGnu
>>103
だろ?
他人のキチガイ発言を読んで
やっと自分の発言が如何にキチガイなのか気がついた?

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 21:52:23 ID:xFgaUS8b
おそらくちゃんとした歴史論文の一つも読んだことがないんだろうなあ。


106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 21:55:45 ID:H/5DhGnu
もうキチガイ相手にはこれをコピペしときゃいいか

>>101
何度も書かれていると思うが
秀吉が将軍になろうとしたという史実もないし
信長の三職推任の件を見ても秀吉が将軍になれないという根拠が全くない
秀吉が将軍になる必要性も認められない

おそらく君はこのスレに初めて来てログも読まずに書き込んでいるのだろうと思うが
恥をかきたくなければログくらいは読もうぜ

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 21:58:02 ID:A5BIF60m
>>104
そのアナロジーが通ると思ってることのほうが
よほど基地外だよ

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 21:59:39 ID:A5BIF60m
やはりまたこいつだったか
>>106は以後コテハンつけてくれない?
NGワードで消すから

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 21:59:51 ID:gQmWK1cC
そもそも、なろうと思えばなれたと言うのが特に根拠のない思い込み
にすぎない。色々理由を並べたところであくまでも後付けの論理にし 
かすぎない、仮に秀吉が中納言を望んだとしても(ry
という論理も成り立つんだよな
検非違使になっていないから秀吉は検非違使望んでも断られたに決まってるとか〜
例え検非違使や中納言や征夷大将軍が関白より低い官位役職でも。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:01:19 ID:72VkGz7K
じゃあ説明してごらん。どうせこのスレに出てきているようなアホなこと
しか言えないんだろう。実際なっていないものをなれたというからには中
途半端な意見じゃ通らんよ、なれなかったというよりも何倍も知識が必要
になってくるよ。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:06:31 ID:gQmWK1cC
だいたい将軍より関白の方が上なのに・・・
関白になった以上将軍になる必要が特に無かっただけじゃないか
世界チャンピョンが日本チャンピョンにわざわざならなくてもいいみたいなもの

義昭に断られたのが本当に原因だとしたら
義昭が将軍職を返還した後になればよかっただけだしさ

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:09:08 ID:H/5DhGnu
補足すると、
秀吉は関白に就任するために「摂関家と養子縁組」という、
過去に前例のないアクロバティックな手続きを取って関白に就任する資格を得ているのよね。
しかも秀吉が無理強いして行なわれたのではなく、朝廷も納得ずくでやっているのよね。
関白になるために朝廷と組んでこんな無茶な事をやっているのに
それよりも簡単に就任できるはずの将軍になれないという話はありえないのよね。
将軍になるためには「摂関家と養子縁組」よりも難しい手続きなどありえないのだからね。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:15:06 ID:H/5DhGnu
>>111
いやいや、朝廷は足利義昭の将軍職なんか解任出来るんだから。
解任しなかったのは、解任する必要がなかったから。
つまり秀吉がはなっから将軍職を望んでいなくて
義昭なんかは将軍のままで放置プレイしとけばいいと考えたから。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:19:45 ID:72VkGz7K
珍説絶叫君だろ、ほかのスレでも基地外とか言われてるよね、たしか、
よく思いつきだけで長文が書けるのか、ある意味感心するよ。
もしかして、三戦ころの関が原でも有名だったお方かしら?

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:27:02 ID:xFgaUS8b
>>114
学説でも、小牧長久手の敗戦による東夷の未達成による方針転換の結果としての
「将軍になれなかった」という論が少数意見としてあるぐらいで、大勢は
「なる必要がなかった」という論が主流をしめてるんだけどねえ。
まあ君がそうした学者先生達よりも高等な知識を有してるんなら拝聴するんだけど。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:27:06 ID:H/5DhGnu
「将軍になれなかった」と主張するためには
 1・秀吉が将軍職を望んだという史実
これだけあればOKだが、それがないのなら
 2・秀吉が将軍になる必要性
 3・秀吉が将軍になれない理由
これをキチンと説明する責任があるのだが
「将軍になれなかった」と主張しているヤツは
この説明責任から逃れ、相手の人格を否定する事だけに奔走し、
ほとぼりが冷めた頃に同じ事を繰り返し主張するという無限ループに陥っている。
前スレからずっとこれ。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:31:51 ID:72VkGz7K
珍説とか馬鹿みたいに叫んでいるやつがなにを言ってるんだか、

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:36:05 ID:gQmWK1cC
>小牧長久手の敗戦による東夷の未達成による方針転換の結果としての
付け加えるならこれも本当に将軍職を望んでいたのなら北条降伏後に
なればいいわけで
結局将軍には「なる必要がなかった」になるんだよな

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:40:47 ID:H/5DhGnu
ID:72VkGz7K
必死なのは分かったから
一言でもいいから何か反論してみなさいw

120 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/10/31(火) 22:42:05 ID:u1QTMJ9b
ID:72VkGz7Kは>>1か???>>1なんだなwwwww
よく帰って来てくれたwwwwwww

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:44:55 ID:72VkGz7K
>>119
君を相手するのかったるい。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:48:26 ID:xFgaUS8b
ここでおこなわれてるような論証のやり方は学論でもよくある型なんだけどねえ。
それが駄目というID:72VkGz7Kはきっとすごい学識を有してるんだろうな。


123 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/10/31(火) 22:52:00 ID:u1QTMJ9b
>>122
つまり羅山を超える新史料を持っているということか

それから>>34で俺様があげた朝尾と今谷のソースだが
随分前に読んだから正直よくわからん。
今谷のほうは「武家と天皇」、朝尾のほうは「豊臣政権論」だったと思う
今谷のほうはたぶんそう。朝尾の方は記憶が曖昧なので誰か知ってたら教えて呉

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 22:58:30 ID:A5BIF60m
>>123
お前さんに言われていくつか見たが
まだ朝尾・今谷が羅山にのっかってる証拠は
見つけてない。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 23:05:20 ID:A5BIF60m
>>115,122
> 大勢は「なる必要がなかった」という論が主流をしめてるんだけどねえ。

それを積極的に述べている論文を1つ2つ挙げてくれ。
参考にしたいから。

それから俺はまったく別分野の研究者だが
「学論」なんて語は使わない。「論」より「説」だ。
詳しいふりで使うとあまりに素人臭くて馬鹿にされるから
以後気をつけるといいぞ。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 23:14:58 ID:A5BIF60m
・・・もしかして

> ここでおこなわれてるような論証のやり方は学論でもよくある型なんだけどねえ。

の「学論」ってのは「学士論文でも」の意味か?
だったらまあどんな論証のやり方があっても驚かんなw
(卒論をいちいちチェックしてる122には驚くが)

127 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/10/31(火) 23:16:16 ID:u1QTMJ9b
要はだ、小牧長久手の敗戦が将軍断念の終点と位置付けることにより
逆に起点を想定した場合、それが義昭から将軍を断られたという例の物凄くあやしい羅山説に
結びついたというのが件のシミュレートだったと記憶している
>>34でその起点に立脚したかのような書き込みをしたが
実際は終点を元にシュミレートした結果、帰納法的に起点が浮かび上がっただけに留めてたと思う

>>34は書き方としてはまずかったな。
とにかく朝尾の論文片っ端から読んで記憶の曖昧さを払拭するしかほかに方法はねえ

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 23:22:23 ID:jJz6BiqU
なれた、なれなかった、と論じていても所詮水掛け論にすぎないのではないか 
それよりも>>101が書いているように当時の人は秀吉をどのように見ていたの
か、など当時の状況から考察したほうがいいのではないか、結果から推測する
のではなく。

129 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/10/31(火) 23:24:03 ID:u1QTMJ9b
>>128
それなら家わけの島津家文書だったかの島津家の反応が如実に物語ってると思うが

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 23:34:35 ID:H/5DhGnu
林羅山の時代背景を考えたら
「将軍様は武家の頭領で偉いんだぞ」
「秀吉はその武家の頭領様になれなかっし、なる資格もなかったんだぞ」
「だから徳川家は偉いんだぞ」
という事を言いたかったんじゃないのか?
その結論ありきでいろいろと書いてるんだから、
信憑性という意味ではまず疑ってかかるべき話でしょう。

同じように、明治から終戦までの歴史学者は、まず
「天皇陛下は偉い」
「天皇家は万世一系で今まで一度も途絶えた事がない」
「戦国時代の武将が天皇に逆らうはずがない」
という結論から始まってるから、いろいろと間違ってることがあるのよね。
織田信長と正親町天皇の関係は上手く行っていた事になってるし。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 01:03:13 ID:GTpNU2BC
足利義昭が征夷大将軍を正式に降りたのは天正16年だよね
このとき秀吉から1万石も知行もらっている。
この時点で関白と将軍の政治的位置関係は決したんじゃないか。


132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 06:45:19 ID:2pLcWU5d
>>125
日本史の研究者なら、この話題についてのあんたなりの考察も書いてくれれば
いいのに。煽りしか書いてないんじゃ何も説得力ないし。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 07:29:23 ID:kNOrTL/Y
>>115
あなたが少数派と言っている意見のほうが私は目にする機会が多いのだが、
それは気のせいなのか?NHKなどもその説を採用しているのだが、 


134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 07:58:02 ID:aLCtYd1s
NHKの小和田哲男は偉い先生だけど、織豊政権に関しては基本的に専門外の人でしょ

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 08:00:35 ID:BMHHiqxR
>>133
大河ドラマの前説で、足利義昭に断られたから将軍の就任を諦めたと
言ってるのをみたんだけど、NHKでも歴史番組によって違うんかね。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 08:44:01 ID:Z2ozcvgZ
>>132
「まったく別分野の研究者」と書いてあるけど・・・

>>133
俺もそう思うけどな
>>115は「主流」の本や論文の紹介キボン

>>135
大河は歴史番組に入りません

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 08:49:33 ID:aLCtYd1s
研究者が下手に専門外のことに顔を突っ込んで、万が一2chの素人に揚げ足取られたら大変だからなw

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 09:02:43 ID:GlT0lIKQ
NHKみたいな大衆番組は流石に役に立たないでしょ。
NHKがそのような説を採るのは単純に面白いからでしょ。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 09:10:50 ID:Z2ozcvgZ
>>137
実名で顔突っ込んでくる研究者なんかいるか?
実名でなければ大変も何もないんでないと思うが

140 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/01(水) 09:33:02 ID:fRGyndTn
当時の人間が秀吉をどう見ていたかについて補足
>>129で島津家文書と書いたのは間違いで正しくは上井覚兼記。頼朝以来の名門島津が
羽柴などという「非貴」に軽々しくなびくものではないと言ってる
この「非貴」がどの程度の非貴を指しているのかはわからん。秀吉を百姓ととらえていたのか
あるいは頼朝より格下の者をすべて非貴ととらえてたのか。
島津は信長とは修好を通じていたから、少なくとも信長未満の階級を指して非貴と言ってるんだろう

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 10:18:17 ID:ZKnJfAIG
>>中野区
俺は>>1だが
そもそも俺の考えは>>5で語ってる通り
「秀吉は元々将軍職を望んでない」っていうのが俺の持論。

将軍に「なれなかった」って記述は羅山の思惑にのっちゃうかららめぇええええ

142 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/01(水) 10:32:23 ID:fRGyndTn
>>141
ちと待て>>1よ。すると何か?スレタイに対する答えがわかっていながら
お前はわざわざ新スレを立てたのかよwwwww

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 11:07:18 ID:aLCtYd1s
>>139
日本史板にはいる
案の定荒らしに粘着されて大変みたいだが
それに例え実名が晒されなくても本人のプライドがズタズタになるんじゃないかw

>>140
信長みたいな守護代の分家の家柄でもOKなのに、秀吉を殊更差別するのもおかしな気がするな
誼を通じるのと実際に臣従するのでは話が違うってだけじゃないの

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 11:22:54 ID:GlT0lIKQ
まあ信長だって最初はいろいろ言われているからねー

だいたい島津だって分家の分際でw

いや島津も庶家だから分家の信長はOKという論理なのか?

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 11:27:47 ID:ZKnJfAIG
>>142
>結論
>「秀吉は将軍職を断られたかもしれないが、実際には将軍・関白どっちでもよかったし
> 朝廷を牛耳れる分、結果として関白のほうがよかった」

前スレの「断られたかもしれないが」が激しく気に食わんかったから立てた。
反省はしてない。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 11:30:54 ID:Z2ozcvgZ
>>142
やっぱり>>1が何を言ってるのか
よくわかってなかったんだね
>>120で1と違うほうに絡んでるから
変だと思ったよ

147 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/01(水) 11:37:01 ID:fRGyndTn
>>143
まあ修好と威圧じゃ島津の対応は違うわな。しかし当時の信長は
明智→惟任日向守
丹羽→惟住
羽柴→筑前守
塙→原田
簗田→別喜
と九州名族の苗字や官位を家臣に与えて暗に九州を牽制してるわけで
島津がこの意味をどの程度認識してたのか。認識した上での交誼なら
上井日記の秀吉の格付け評はやはり信長未満ということになる

148 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/01(水) 11:42:43 ID:fRGyndTn
>>146
前スレで終わったと思ってた議論を、スレまで立ててまた再開という>>1の姿勢と
昨日の奴がだぶった。今は反省していない

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 11:44:44 ID:aLCtYd1s
そりゃ実際に信長以下の家柄なのは間違いないからな>秀吉
信長と秀吉への島津の対応を比較することで秀吉の出自の卑しさを証明しようとしなくても、
それこそ都の落首や榊原康政の檄文、豊鑑の序文など、
当時の人間が秀吉の出自をどう見てたかという状況証拠はいくらでも有るでそ

150 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/01(水) 12:00:08 ID:fRGyndTn
豊鑑の記述なんて向こう50ばかりの集落出身者だもんな

151 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/01(水) 12:01:25 ID:fRGyndTn
豊鑑の記述なんて向こう50ばかりの集落出身者だもんな
萩中納言が聞いて呆れるぜ

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 18:24:27 ID:CsgGcpJx
ここは秀吉厨の巣窟だな。こんなとこで鬱憤晴らしてみっともないことよ。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 19:34:18 ID:GlT0lIKQ
>>128
当時の状況から考察するって
それは完全になる必要がなかったといってる人達の
採ってる手法じゃ・・・

>当時の人は秀吉をどのように見ていたの
当時の人々は秀吉は将軍になれるはずがないと見ている史料は多分無いし
秀吉を成り上がりと見ている史料があってもそれが何の役に立つの?
秀吉が何の官位役職に就いていなかったりするとか、
せめて将軍職より低い位にしかつけなかったのならまだその論証も可能かもしれないが。


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 20:20:30 ID:kNOrTL/Y
>>152
いきなり核心をついちゃったよ、そう、このスレは家康叩きが目的であり 
屁理屈をならべて秀吉が将軍になれたことにしようとする所です。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 20:33:45 ID:VaEyHv0W
家康厨が反論にもなってないレスをして程度の低さを露呈しているスレです、ここは

156 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/01(水) 20:45:02 ID:fRGyndTn
155+1000もの膨大なレスを費やして、俺様たちは秀吉厨の家康叩きを行なってきたのか
そうか
へえ

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 01:09:47 ID:yJ1RMaE1
アンチ秀吉の朝鮮人のレベルの低さにはうんざり

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 01:29:48 ID:WA44RHoG
秀吉をどうしても将軍にする方法を考えるスレなのか? 義昭が将軍の座を 
あけ渡さなかったから秀吉は将軍になれなかったでいいではないか、これだ 
けでも十分理由になってると思うが。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 02:50:57 ID:6lR4vVie
「将軍になれなかった」と主張するためには
 1・秀吉が将軍職を望んだという史実
これだけあればOKだが、それがないのなら
 2・秀吉が将軍になる必要性
 3・秀吉が将軍になれない理由
これをキチンと説明する責任があるのだが
「将軍になれなかった」と主張しているヤツは
この説明責任から逃れ、相手の人格を否定する事だけに奔走し、
ほとぼりが冷めた頃に同じ事を繰り返し主張するという無限ループに陥っている。
前スレからずっとこれ。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 02:54:39 ID:bDL3wTJW
>>158
それが史実でないから問題なんだよ。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 02:57:18 ID:WA44RHoG
1573年に義昭は京都追放とともに将軍職を追われたと思っているのかな。

162 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/02(木) 10:58:38 ID:8Umd1Xv8
>>161
京を追われたときに将軍職がなくなったと考えるのなら
義稙以下歴代将軍はどうなるんだよwwwww

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 12:36:44 ID:WA44RHoG
>>162
このように思っている人は少なくない、実際1573年に解任されたとする本を 
目にすることがあるし、公卿補任に義昭の名がずっと記載されていたことを 
意外と述べている人は多い、

公卿補任のことが取り沙汰されるようになったのは比較的新しい話ではないか?


164 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/02(木) 13:19:36 ID:8Umd1Xv8
国史大系として一般に活字化されたのが戦後として、まあ新しい部類だわな
将軍辞職後に准三后とは、ここの経歴だけみれば足利義満と同じか

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 18:57:04 ID:iRUWhup4
義昭は追放後も公帖の発行権等の将軍権限を有していたし、朝廷もまた義昭になんらかの配慮をしていた
のもうかかがわれるけど、それらの事実と林羅山の書いた猶子拒否の話の信憑性はまったく別問題と考えるほうが
いいと思うんだけど。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 20:34:04 ID:WA44RHoG
あくまで仮説なんだが昔は公卿補任の義昭の記載については知られていなかった
か無視されていたのではないか、それ故、専門家は秀吉が将軍にならなかったこ
とを不思議に感じ関白になったことから逆算して色々な説を生み出したのではな
いか、

167 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/06(月) 13:59:38 ID:MmuBu0B9
そうやって結論ありきで理論を組み立てるやり方は
京子ちゃんだけでお腹いっぱいです

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 15:12:56 ID:v75xD+QF
秀吉は公家になりたかったんじゃないの?
家柄コンプレックスだからさ

169 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/06(月) 16:05:00 ID:MmuBu0B9
コンプレックスはあっただろうがその劣等感が公家の官位に向いたのかどうかはわからん
ただ任官時期を改竄して累進を急いだのは確かだ

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 21:14:52 ID:c3ffLvcY
その任官改竄との関わりでその時期、秀吉が正親町天皇から将軍任官を打診されたが
それを秀吉は断ったという話があるがどうなの? 
後代の林羅山のはなしより同時代の多聞院日記のほうがよほど信憑性高いと言えないか?

171 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/06(月) 21:50:42 ID:MmuBu0B9
うむ、英俊の記録の傍証があればいいんだがな。
秀吉に有利な計らいなら、英俊に先んじて権大納言晴豊・右大臣晴季・神祗大副兼見ら秀吉に平身低頭な
彼ら昵近公家衆らが耳にし、或いは記録に残すはずだ
他でもない秀吉の関白任官に関する情報は、まず任官に先だって晴豊が受け、兼見が記録している
(天正十三年七月九日・秀吉の関白就任二日前)

要するに秀吉に近い公家衆より先に情報を得ることはアリエナイ。単なる風聞じゃね?

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 23:04:12 ID:c3ffLvcY
風聞だとしても、秀吉が「義昭猶子」の行動を実際起こしてたなら
断ったなんて話にはならなかったと思う。英俊だって義昭の動向は気になっているはずだし

173 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/07(火) 10:05:43 ID:BuVe1UKv
秀吉が将軍を断ったという風聞は、秀吉の公家官位取得の時期に連動して発生してるから
この官位運動に対する理由付けを当時の人間が色々と噂していただけかも知れない
目的語を将軍職においた風聞とは言いきれないと思うぞよ?
あと奈良の田舎ぼうずが中央の政局や備前の貧乏公方の情報を正確に受け取れたのかどうかも疑問だな

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 12:51:59 ID:+JK9ba5d
丹羽長秀が秀吉を恨みながら腹を割いて死んだ、みたいなトンデモ記事もあるからなあ>多聞院日記
確実なのは当時「そういう噂」があったということだけかな
ただしその噂に対して特に疑問を呈することなくそのまま書き記しているということは、
当時の人間は秀吉の血筋やら小牧・長久手の敗戦やらは
将軍就任に対して大して問題だと考えてなかった、と逆説的に言えるかもしれない

175 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/07(火) 13:44:01 ID:BuVe1UKv
晴豊は信長が将軍か何かになるだろうという懐述を洩らしてるが
信長=平姓、秀吉=平姓だし単純に等号でつなげば
「平姓信長が将軍になれるなら、平姓秀吉も将軍になれる」でいんじゃね?
あと>>173の補足だが、公家の日記に将軍を望んだことも将軍を辞退したことも書いてないから
秀吉は最初から将軍を望んでなかったと考えていいかもね

結論
1.秀吉が将軍になることに障害はなかった
2.秀吉は将軍になるための運動を起こしてないからなる気はなかったと考えられる

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 23:53:50 ID:kq88H0hr
>>175
相変わらずキチガイ炸裂ですなw

結論は正しいが
1・晴豊は「信長が将軍になるだろう」とは書いていない。
 村井に「信長を関白か大臣か将軍に推任したらどうか」と勧められた事を朝廷に報告しただけ。
2・秀吉は平氏も源氏も関係ないほどの低い身分の出身。
忘れないようになw


177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 01:21:02 ID:qDk35lAo
>>176
>村井に「信長を関白か大臣か将軍に推任したらどうか」と勧められた事を朝廷に報告しただけ。
それ京子説やん

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 06:32:27 ID:XVPENUjc
将軍というのは幕府の象徴であり擬似天皇なわけだろ、だから源氏をはじめ 
摂家や皇族など血筋の良い者を選んでトップとして担いでいた、それにより 
武士が政治を行なう正当性を主張していた、それなのに他の大名と比べても 
出自のわるい秀吉を将軍に担いでどうするの?

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 07:11:22 ID:Q3QUvzXU
釣り人来る。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 08:36:27 ID:B9f8Wj5Y
将軍というのは幕府の象徴であり擬似天皇なわけだろ、だから源氏をはじめ 
摂家や皇族など血筋の良い者を選んでトップとして担いでいた、それにより 
武士が政治を行なう正当性を主張していた、それなのに他の大名と比べても 
出自のわるい偽源氏を将軍に担いでどうするの?

181 :このスレのまとめ:2006/11/08(水) 11:11:10 ID:iQcrmmZ8
Q1、秀吉は足利義昭に将軍を断られたんだよね?
A1、秀吉が将軍を断念したソースは林羅山の「豐臣秀吉譜」のみなので今のところ否定も肯定も出来ない
Q2、秀吉は農民だから将軍になれなかったんじゃないの?
A2、秀吉は平姓として筑前守になり藤原姓として関白になり豊臣姓として太政大臣になってる
     どれも立派な姓であり、秀吉の出自が官位就任に影響をおよぼしたことはない
Q3、源氏しか政権担当者としての将軍にはなれないんだよ。おまえ馬鹿?
A3、「天正十年夏記」によると勧修寺晴豊は信長が将軍になるだろうと感想を洩らし
     誠仁親王も信長をどのような官にでも推挙すべしと言っている
     そして信長は平姓。もうわかったね?
Q4、はあ?意味不明
A4、だから信長が平姓で将軍になることに問題はないから
     平姓秀吉も将軍になることに問題はないと考えられるの
Q5、だったら将軍になればいいじゃん。ならなかったのはやっぱ秀吉じゃ無理なんだよ
A5、小牧・長久手合戦の直後に権大納言や内大臣つまり将軍が兼任した官位を獲得したが
     すぐに関白になっているため秀吉は将軍職を望んでなかったようだ
     小牧・長久手の敗戦により将軍職を諦めたという論説もあるが
     秀吉が将軍職獲得のために運動した形跡はないため憶測にすぎない。
Q6、だから何?
A6、つまりこのスレの結論は「将軍職に興味を示した資料は無いが、秀吉はなろうと思えば将軍にも関白にもなれた」
     「むしろ朝廷をも支配出来る関白になるほうが都合が良かった」ということ
Q7、秀吉厨キモすぎwwwww必死だなwwwwww
A7、・・・反論に窮してその態度かよ

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 11:41:22 ID:Z47/GgFD
征夷大将軍が擬似天皇だという説は初めて見た

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 12:27:00 ID:GjYGjGmo
Q7A7は何故そういうことを書きたくなるのか理解に苦しむ
そういうのがかえって説得力をなくすんだけど

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 13:19:34 ID:Z47/GgFD
このスレや前スレを「秀吉厨」で検索してみれば議論に参加できるほどの知識も無く、
ただ単に煽りたいだけの人が常駐してるのがわかる
それに対する牽制のつもりなんでしょ
自分もそんな煽りまがいのことは不要だと思うが

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 18:41:42 ID:32X879pd
>>177
お前原文も読んでないのかよw

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 00:52:24 ID:xMIdNc/j
なんかさー佐竹とか伊達とかが源氏の血筋でどうたらとか生意気だったからさ。
豊臣姓つくってギャフンと言わせてやりましたわ。


187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 13:24:08 ID:l209gQoI
>>185
お前こそ原文嫁
というか原文の解釈で2通りの説が出てるだけなんだがな

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:43:48 ID:xvK8Ygcn

(原文)
村井所へ参り候。安土へ女房衆御下し候て、太政大臣か関白か将軍か、
御推任候て然るべく候よし、申され候、その由、申し入れ候。

(一般的な解釈)
私(晴豊)は村井の所へ参りました。そこで私(晴豊)は村井に
「朝廷は安土へ女房衆を派遣して信長様を太政大臣か関白か将軍に
御推任するのが当然ではないか」と言われた。
私(晴豊)はこの事を朝廷に知らせた。

(キチガイの解釈)
私(晴豊)は信長様が将軍か何かになるだろう。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 00:11:11 ID:kBcTxlXF
>>188
立花京子儲とでもいうのか。
信長と十字架読んで納得しちゃうお馬鹿。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 01:45:52 ID:TjhiiUb3
>>189
古文の知識があって素直に読んだらそうなるはずだし
「解釈が分かれている」というのは
推任の件を持ち出したのが村井か晴豊かで分かれているのであって
キチガイの解釈は論外なわけです

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 02:09:20 ID:TjhiiUb3
しかも「晴豊のほうから切り出した説」のほうは
戦前の天皇陛下万歳時代に行なわれた「歴史上の人物は勤皇派かどうか」という意味不明の分別で
「信長は勤皇派」という誤った解釈をしたために生まれた発想
「天皇陛下と信長の関係はうまく行っていたはずだ」という誤解があったために
「村井から切り出すはずがない」とされた

192 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/10(金) 07:05:16 ID:3glb3EsN
京子ちゃん信者あらわる!!!!!

>>176
>2・秀吉は平氏も源氏も関係ないほどの低い身分の出身。
秀吉の身分のことを言ってるんじゃない。秀吉の身分が彼の官位累進に影響をおよぼしたことがないのは
史実で秀吉が就任した官位を見れば明らかだろ?それとも秀吉は「非貴」だから関白就任は嘘でした
とか言いだすのかw

>>188
それ4/25日の記述だな。それには二通りの解釈が存在し、村井主体説をとってるのは
京子ちゃんと今谷らしかおらんよ。4/25を受けて5/4の勅使派遣につながるが
それまでの朝廷側の準備が左大臣推挙のときと同じく朝廷(というより誠仁親王)主体で行なわれていた
ことに着目し今回のも朝廷から信長側に伝えられたと結論付けている。
「信長権力と朝廷」における京子ちゃんの解釈は、岩沢がご丁寧に原文の訳をして反論してるから
読んでみるといい

>>191
>しかも「晴豊のほうから切り出した説」のほうは
>戦前の天皇陛下万歳時代に行なわれた「歴史上の人物は勤皇派かどうか」という意味不明の分別で
>「信長は勤皇派」という誤った解釈をしたために生まれた発想
日々記が晴豊のものだと証明され、信長への三職推任があったのが報告されたのは戦後なんだが

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 09:42:33 ID:KuXRRtqw
村井(貞勝 信長の家臣)の所へ参り候。安土へ女房衆御下し候て、太政大臣か関白か将軍か、
御推任候て然るべく候よし、申され候、その由、申し入れ候。

立花京子氏の解釈
私(晴豊)は、村井貞勝から「朝廷は安土へ女官を派遣され、信長様を三職に推任するべきである」という
申し入れを受けた。このことを私はすぐに(朝廷に)報告した。

東大史料編纂所の岩沢としひこ氏の解釈
私(晴豊)が村井貞勝のもとへ行き、正親町天皇が安土へ女官をつかわし、
信長を三職に推任したいと望んでいる、と申し入れした。

ここで立花氏が「申され候」のれ(被)に関して、自分自身を表現する文ではないって根拠なんだが、
岩沢氏が「(正親町天皇)が申され候」と反論しとる。

というか立花説は今谷氏以外支持してる歴史学者なんぞ居らんわけだが。

まぁ三職推任に関しては以下のスレでも話題になってるから見てみ。
ttp://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1160252794/


194 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/10(金) 10:18:31 ID:3glb3EsN
>>193
全然盛り上がってないな。向こうのスレ

三職を最初に推挙したのが誰か解釈上の違いはあるが、5/4にはそれが朝廷の推挙になり
晴豊自身も、信長が将軍になる儀って言ってんだからいいんじゃね
それより秀吉の将軍に関する件はもう最終結論か?

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 12:44:57 ID:33+BHz8N
190ってひょっとして晴豊公記が何かを知らないんじゃ……

何で晴豊の述懐が、村井貞勝との会談の話になるんだよ


196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 13:08:24 ID:KuXRRtqw
>>195
キチガイとか言っちゃうくらいだからなぁ

それに
>古文の知識があって素直に読んだらそうなるはずだし
素直に読んだら岩沢説の読み方になるんだけどな。

然るべく候よし、申され候、
(安土へ〜と(正親町天皇が)申された)

その由、
(事を、)

申し入れ候。
((貞勝に)申し入れた)

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 02:00:32 ID:+NBtQNjS
このスレでは関東打ハタサレ…のほうが重要だろ、

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 10:04:12 ID:Z1i6b+6k
将軍になれんかったのは結局小牧長久手で家康を叩きのめせなかったことも
あるのでは?で、朝廷権威も動員しなきゃならなくなって関白を望んだとか?

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 10:08:41 ID:kzAtzkrc
>>198
それは関係ないだろう。結果的に家康は秀吉に従ったのだから。
それを言ったら真田や島津を叩きのめせなかった家康は
どうなんだと言うことになる。


200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 15:41:40 ID:rNRgrYWa
つかね
小牧長久手で「家康は秀吉に勝った」あるいはそこまでいかなくても「秀吉は家康に勝てなかった」とか言うのは
「真珠湾で日本が勝ったから太平洋戦争は日本がアメリカに勝った」とか言ってるようなもの。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 15:55:48 ID:1Dm9uQp5
いや、むしろ日露戦争で「日本が勝った」状況に近いと思う。
緒戦で激しく犠牲をだしながら、最後は政治決着をはかったから
このあと、既成事実を積み重ねながら
日本も秀吉も社会的地位を上げていくことになるw

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 16:06:13 ID:+NBtQNjS
スレタイも読めない奴がいるね、関白就任後の話をしてどうする。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 16:16:06 ID:eJa3lfCN
>>199-200
東夷説の側はそんなスパンで勝った負けたを言ってるんじゃないでしょうよ
小牧長久手の敗戦は1584年
家康の上洛は1586年
秀吉の関白宣下はその間の1585年で
その時点では家康がまだ臣従してないどころか四国征伐すら済んでない

旧織田家内部の後継者争いをほぼ収め終えただけで
まだ対外的な軍事的勝利を収めていない1584-85年の時点では
征夷大将軍になるための「関東打ハタサレ」が欠けていたので
先に関白になってから朝廷の名の下で対外的に優位に立つ戦略を選んだ、
というふうに「何故秀吉は将軍にならずに関白になったのか」の
経緯を説明するのが東夷説+武家関白説なんだから
秀吉がその後天下人になったことをいくら叫んだって反論にはならないよ

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 16:18:00 ID:eJa3lfCN
長文書いてるうちに>>202に先こされたか・・・

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 19:38:29 ID:VKC0zhjJ
>>203
だったら北条征伐後に将軍になればいいじゃんでループ
まあこれは関白就任天下統一後には将軍になる必要が無いことの
証明にはなっても、1584年の時点で秀吉が将軍になれたとか
将軍になる必要が無かったという証明には間接的かもしれんが。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 02:13:35 ID:SNM49w3t
>>203
だから、小牧の役という戦争は秀吉の勝利だって。これは動かしようがない。
その中の、長久手合戦という一局面で土をつけただけ。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 02:39:02 ID:61M8LXzD
というか東夷説を持ち出したのって今谷とかだろ?

秀吉は将軍に成りたかったけど成れなかった、何故だ?

って前提で論説を出してるだけじゃん。


秀吉が将軍位を望めばそれなりの猟官運動の書簡やら
史料に記述が見つかってもおかしくないのにそれが無いんだもん。


208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 11:15:29 ID:res8XzyL
>>206
>>203の言っていることを理解していないみたいだね、要は東国を支配下に置い
ていないということ、

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 13:07:21 ID:fbZ9QgbH
徳川や北条は秀吉に臣従してなかったけど、上杉・佐竹・里見なんかはかなり早いうちから豊臣家に恭順してたはず
それではやはり駄目なんだろうか

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 16:00:02 ID:SNM49w3t
>>208
そもそも東国支配が将軍の条件というのなら、木曾義仲とか護良親王とかどうするんだ?
足利将軍だって、関東はその支配から離脱していた時期がかなりあるのだが。
信長の三職推任だって、話が出たのはまだ武田征伐がなされていない、東国支配が出来て
いない時期だろ?

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 18:12:32 ID:0xHD4nKY
征夷大将軍の職掌や性格は時代によって大きく異なるから
義仲や尊氏と比較してもあまり意味はない。
秀吉当時の朝廷や武家自身が「東夷」や「源氏」を条件として
どこまで意識していたかどうかが問題。


212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:21:24 ID:SNM49w3t
>>211
じゃあなんの問題もないね。
朝廷自身が源氏でない、東国支配もしていない信長に将軍就任を認めていたのだから。

そもそも東国がどうこうとは肯定派が言い出したことなんだがな。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:36:49 ID:f9/kygzY
>>211
それじゃあ
「慣例として関東の支配がどのこうの」
という妄想と矛盾するのだが

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:42:14 ID:res8XzyL
問題にしているのは関東という局所的なことではなく勢力範囲、

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:46:28 ID:f9/kygzY
また新たな詭弁が誕生したもようw

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:46:53 ID:61M8LXzD
また新たな珍説が

217 :211:2006/11/12(日) 20:22:47 ID:0xHD4nKY
そんな「慣例」など当時言った人物などなかったと思うぞ。
すべて後世の創作か思い込みだろう。


218 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/12(日) 20:43:33 ID:3hyvUvQ0
関東制覇が条件・・・
じゃ珍説と折衝してやろうか。勝頼父子の首が京都で晒されたのが天正十年三月二十二日
甲信が広義での関東とみるなら関東制覇がその時点で成ったと考えられ
それを受けた朝廷が三職推任を諮問して五月四日の勅使晴豊による信長への三職打診と相成

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 06:28:34 ID:8jx9ZUqd
>>218
つまり>>210,>>212は前提が間違っておると?

220 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/13(月) 11:15:27 ID:2J8Csm3m
>>219
>>218はまず第一に、三職推任までの時系列誤認を指摘
第二に、将軍就任のために東国支配が必要条件と仮定した場合に
では東国の示す範囲はどこなのかを信長の将軍推任の事例にあてはめて仮定すると
甲信であることが浮かび上がってくる。すはわち天正十二年の小牧・長久手合戦で
秀吉は家康から甲信を得ることが出来なかったから将軍を断念。そして武家関白になった

もっとも第二に上げた意見は、仮説を立証するために仮説を引用してる点で
半分妄想みたいになってることに留意してくれ。
現実には(上の方でも指摘してたが)上杉・佐竹・結城・蘆名ら東国の有力な大名が
早くから秀吉に恭順しており、信長の時には甲信獲得だけで将軍を推挙してることから
朝廷が将軍推挙の条件に「東国制覇」を掲げていたとは到底考えられないというのが俺様の持論

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 12:43:10 ID:8jx9ZUqd
> >>218はまず第一に、三職推任までの時系列誤認を指摘

そだね。俺も>>210,>>212は変だとは思ったんだが、
俺の思っているのと何か別のことを言っているのかと
怪しんでいた。ただの誤認ということでいいのかな?

> 第二に、将軍就任のために東国支配が必要条件と仮定した場合に
・・・
> 甲信であることが浮かび上がってくる。

まあ東国を無理に甲信に限らずともいいと思うよ。
というかそもそも東国に限らず大戦に勝ちさえすれば
たぶんどこでもよかったと思うけど。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 16:41:40 ID:Oj0eGDIg
秀吉は賤ヶ岳の戦いで北陸を根拠地にしてる柴田勝家を破ってる
北陸も京からみたら「東国」、条件は一応満たしてると言えるかも

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 17:00:22 ID:ztglA7kx
織田家の家臣って時点でダメじゃん。それにわずか2、3年の間に全国の大名
を納得させるのなんて無理に決まっている、短期間て織田家の実権を握ったこ
とだって信じられないほどのスピードだと言うのに。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 17:04:49 ID:Oj0eGDIg
何故織田家の家臣だから駄目なのか説明してみ?
別に自分は秀吉が賤ヶ岳の戦いで征夷大将軍になる条件を全て満たした、
と言う積もりはないが(あくまで叩き台の積もり)、
根拠も提示されずに否定されるのは納得できないぞ

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 17:37:58 ID:464Mol/3
木下の本名は朴。つまりウリナラの同胞は将軍より上位の関白こそふさわしいニダー。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 03:31:34 ID:0OEGrJ4/
218 ですが、なるほどたしかにこちらの誤認です。すまん。
しかし恭順でいいのなら、信長には甲信獲得以前から北条や佐竹伊達最上なども
恭順していたといえるから、武田滅亡時点で東国を制覇した、と言えなくも無い。
おや肯定派を証明してしまった(あくまで仮だけど)。

だたそれでも、秀吉の場合になれなかった理由にはならんけど。
北条征伐、奥州遠征で東国制覇した時点で要求すればいいだけの話。

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 06:45:02 ID:IhNVglul
またループさせる気かよ

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 13:44:42 ID:yqdHEkGZ
新規書き込み→これまでの経過説明レス→それを見た別のレス
→既出の源氏説や東夷説、百姓説むしかえされる
→ならなかった派となれなかった派で議論煮詰まる
→結論を誰かがまとめる→新規書き込み

これで1000まですすむスレ

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 17:01:53 ID:IhNVglul
結局どっち側も相手の言ってることにロクに答えないしな
どちらにも証拠がないから仕方ないけど

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 17:04:15 ID:33U1YByQ
>>229
ログを全部読んだ上でその感想を述べているのですか?
日本語が苦手なんですか?

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 17:05:59 ID:IhNVglul
読んでるけど?
勝手に勝利宣言する馬鹿が出没してるのは
読んでわかった

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 17:07:26 ID:IhNVglul
罵倒でぎゃあぎゃあ騒ぎ立てて
ぐだぐだになって人がいったん離れてから
「これで結論出たな」って言う馬鹿、
と言ったほうが正確かな

233 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/14(火) 20:17:58 ID:mj4soAHO
いや・・・
前スレ1000レス分+現スレ232レス読んだら結論出てんじゃん・・・

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 20:30:11 ID:yqdHEkGZ
ということでみなさん一旦おひらきです
新規書き込みが現われたらまたお会いしましょうw

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 21:12:45 ID:pFx0Zuu2
ほとぼりが冷めた頃にまた
今までの事を全部無視して「なれなかった派」が書き込みます

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 21:41:11 ID:guw/UTe5
>>233
IDがアホ

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 00:04:58 ID:PvDk5eTd
秀吉が将軍になれたというならその主である三法師も当然なれたということだ
と思うが、そういう話聞かないな、

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 11:20:09 ID:mm9rWoyS
うわちょっと新手じゃね?

239 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/15(水) 13:36:49 ID:u8YVrVE2
>>221
禿散らかす程に同意

>>226
>信長には甲信獲得以前から北条や佐竹伊達最上なども
>恭順していたといえるから、武田滅亡時点で東国を制覇した、と言えなくも無い。
仮に将軍職の必要条件として東国制覇というものがあったのなら、甲信制覇で完了かもな
しかし東国の範囲を探るのはあまり意味がないことだと思う
将軍職の発端を考えれば東国や奥州を支配するという原則的な意味を喚起するかもしれないが
朝廷が厳密に将軍の定義を持っていたわけでもあるまいし。

さて、何度も書くがこのスレの命題について俺様なりの考え
第一に秀吉が将軍になろうとした形跡はない。これ事実
武家昵近公家衆の日記、天皇周辺の記録、秀吉側近の行動(玄以や大村ら)。あるのは羅山の記録のみ
第二に秀吉の官位累進は将軍を狙った任官というわけではない
>天正12年10月3日・従五位下左近衛権少将
>天正12年11月12日・信雄と講和
>天正12年11月22日・従三位権大納言
>天正13年3月10日・正二位内大臣
>天正13年4月・紀伊平定
>天正13年6月・近衛と二条の関白論争
>天正13年7月11日・従一位関白
>天正13年7〜8月・四国、飛騨、越中平定
>天正13年10月27日・家康降伏
>天正13年12月19日・正一位太政大臣

つまり秀吉は将軍になれなかったのではなく
「将軍になる必要がなかった」あるいは「将軍にならなかった」と結論

>>237
1584年11月に秀吉が三法師の官位を越えるから
仮に三法師にその資格があったとしてもその時点で断たれてるな

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 16:11:14 ID:0bojs+ho
>>239
最初の頃は将軍追放後の信長時代の
信長信忠の官位任官の方針を単に受け継いでいるようにも見える

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 17:24:19 ID:RND81Mad
「なろうとした」という史料があれば「なれなかった」ことの証明にはなるが
そのような史料がないからといってはたして「なれた」と言えるのだろうか?

242 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/16(木) 22:31:39 ID:HxbwoPwl
なれたと言い続けることに何か意味があるんだろ。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 23:25:40 ID:tzvEXYwx
「なろうと思えばなれた」という部分だけをピンポイントで叩いて否定しても
「なろうとした」という史料がない以上「なれなかった」という珍説の後押しにはなりませんが

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 23:52:01 ID:RND81Mad
>>243
では聞くが「なれた」というならばそのなるための手順や方法を具体的に提示し
ていただけないか、たとえばシュミレートしてみるとか、言っておくけど例外を
探してきて都合のよい解釈をしろという意味ではないから。

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 00:02:56 ID:wT+PE+Wm
>>244
何度も書かれているはずなので過去ログを読むといいよ
秀吉が関白に就任するために朝廷と秀吉がやった事の滅茶苦茶さを考えれば
将軍になるなどたやすいもんです

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 00:13:31 ID:/YPuyPLA
>>245
あなたの説明でよくわかりました、あなたはたいした知識を持ち合わせていない
のに人の意見を珍説呼ばわりする傲慢な人間だということが、

一応目を通したつもりだが具体的な方法は誰も提示していないが。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 00:35:09 ID:wT+PE+Wm
>>246
秀吉が「将軍になりたい」とさえ言えば
朝廷がごにょごにょと手続きをしてくれて将軍にしてもらえます。
具体的な方法もクソもありません。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 09:35:29 ID:eYgd2AeY
「なれた」「なれなかった」どちらも類推で論じているだけさ
被疑者死亡で有力な物証もなく、情況証拠だけを積み重ねる捜査だよ
「なろうとした」決定的な史料が発掘されないかぎりはね

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 10:36:06 ID:7XyS6NVh
>>246
ほんとにちゃんと目を通したのか?
「珍説絶叫君はスルー」ってのは
このスレではもう常識なんだが。

250 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/17(金) 11:07:26 ID:mC749uDL
では秀吉が将軍に「なれた」「なれなかった」から少し離れてみよう
秀吉の官位累進を見ると、その一次的な動機は敵対勢力をいかに飲み込むかを想定した
叙官であったかを知ることが出来る
つまり権少将の叙官は10月に始まった織田信雄との和睦交渉にメドがついた10月中に起こり(翌11月和睦)
これにより織田家で生存する男子のうちもっとも高い官位の者と同等の立場に成り上がった。
それ以後、内大臣獲得までの官位累進は紀伊・四国・飛騨・越中など統一過程で順当に獲得した結果であり
関白職に至っては小牧・長久手の敗戦上講じられた処置、つまり家康という最大の敵対勢力を飲み込むための
手段だったとして理解されている(朝尾・永原)
秀吉が天下統一事業や政権構築のために、受けた官位を運用していくのはその後の話で
官位獲得によって生じる職域や権利の行使は、官位累進の動機としては
あくまでも二次的な側面であるといえる

秀吉が将軍に「なれた」「なれなかった」を語る時には上記に上げた一次要因、
つまり秀吉が他者を圧倒するためには果たして本当に将軍職が必要だったのかどうかを検証することが
重要であると思う。
上にある一次要因を克服するために秀吉は他者より優位に立つための場当たり的な官位獲得を行なっており
>>239で上げた官位足跡を見てもかならずしも将軍職に固執した累進でないことがわかる

与えられた状況証拠から類推するかぎりは、やはり秀吉は将軍職を目指してないと結論付けるしか
他に方法はないだろう。新史料でも出れば別だが
恐らくこれが現在の歴史考察における限界ではないのだろうか?

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 11:16:34 ID:Rkzfa/Xw
そして、本当に将軍職が必要なら、
全国を平定して太政大臣になった後にでも
大臣との兼務でも秀次を使うにしても
自分が将軍職に就くか部下に就かせるかして幕府を開いてただろうに。

それをやっていないという事は
「将軍という地位の必要性も感じていないしなろうともしていなかった」
という客観的な証拠でもあるわな。

これ何回このスレで書かれてるんだ?
もうこれが結論じゃんか。

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 11:19:02 ID:7XyS6NVh
「なれた」「なれなかった」から離れるのは大正解だと思うよ
そもそも東夷説自体がそんな次元の話じゃないんだから

253 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/17(金) 11:35:55 ID:mC749uDL
>>251>>252
そういうことだな。原則的な話をすれば、関白も将軍も職に相当する位を持たないのが特徴だ
普通は他の職式と兼帯してその職式に相当する位をもらうのが慣例。統治には必要ではあるが
秀吉がもっとも必要だったのは他者を圧倒するための越官でありそれが秀吉の急務でもあったわけだ
その段階では将軍も関白も差し当たって必要ないわな
やがて自己の政権運営のために関白や将軍が必要になってくるわけで
原則的な解釈を用いてみてもやはり将軍になる必要はなかったといえるんじゃないかな

254 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/11/17(金) 12:40:08 ID:mC749uDL
そしてここで敢えて「なれた」「なれなかった」に話を戻すと
秀吉の素性だけに限定して将軍職の可能性を考えると「なれた」のではないかと言える

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 22:04:27 ID:MAqDk1ox
将軍は田舎臭い(ダサい)、関白はきらびやかってイメージが
秀吉の中にあったんじゃね?w

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 01:05:05 ID:ec1SV/Bl
なぜ秀吉は右近衛大将になって幕府を開かなかったのか?w

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 03:41:56 ID:dOolfENl
>>256
そんなことは秀吉以外で右大将になった武士全てに言えるんじゃないか?

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 02:49:34 ID:JV7Moymk
源氏じゃないから。アッー

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 08:19:59 ID:OAaOnuXj
>>258
菊紋を下腸されたかw

260 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 23:23:35 ID:MX9b6EZW
Wikipediaで関白相論の記事が充実してるな
トップで新着記事として紹介されてたから読んでみたが、かなり勉強になった

261 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/12/05(火) 00:06:22 ID:SBYtNUfw
よく読んでみるとわかるがwiki記事の骨子は京子ちゃん説じゃねえかwww

262 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 08:04:15 ID:2/obQzY4
正親町帝はしたたかな人物だったんだな。

263 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 10:02:16 ID:NrlwUVGA
京子ちゃん儲はどこにでも沸くな。


264 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 21:13:03 ID:4VVTsuOZ
「自分で三職要求しておいて、いざ使者が来ると何で断るねん」
という疑問に答えられなくて、最近京子ちゃんトーンダウンしてるらしい

265 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 16:53:06 ID:tMTT28f+
京子ちゃんは、戦国期のイエズス会は戦国一の実力者を排除出来ちゃうと妄想する
くらいハッピーな脳細胞持ってるからわけわからんな。

266 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 17:20:46 ID:9Ot4xzSz
>何故秀吉は将軍にならずに関白になったのか

そもそも農民出が将軍になろうという発想すらできない(考えられない)時代だったから
ではないでしょうか。

以下、朝廷目線で書いてみます。
朝廷が恐れたのは、信長と家康。
信長を抑えるために将軍職を打診したが失敗→光秀を使って倒した。
家康を抑えるために秀吉を関白職にした。

すなわち、秀吉は朝廷に操られていたにすぎないのではないでしょうか。

267 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 22:39:51 ID:5WFAm/HE
>>266
約1カ月ぶりのレス大儀!

さて >そもそも農民出が将軍になろうという発想すらできない(考えられない)時代だったから

そんな時代に農民出を関白にと発想した晴季公は偉大であると思わないかね、きみぃ。

268 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 23:21:13 ID:u66PiiW6
図書館書店で通史や歴史書をいくつか読んできたんだが、足利義昭の養子拒否説に関しては
否定的に書いてるものが多かった。ただ一つそれを基に関白就任の経緯が書かれているものがあった。
その書は井沢元彦著「逆説の日本史」。





269 :266:2007/01/05(金) 00:04:15 ID:uXv/Fqv9
>そんな時代に農民出を関白にと発想した晴季公は偉大であると思わないかね、きみぃ。

思います。
自分たちにとってのメリットとして、誰も発想しなかった策を考えた朝廷は、
したたかで一枚上手だったのでしょうね。

270 :267:2007/01/05(金) 21:27:34 ID:eeSR3xoO
>>269
同意してくれるか
ならば聞くが、家康を抑えるだけなら武家の棟梁たる将軍職でも
十分用をなすと思われるがいかがか?


271 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/03(土) 20:21:56 ID:hU9SRybK
家康に負けた(勝てなかった)秀吉に
武家の棟梁なんてカッコ悪い



272 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/03(土) 20:27:34 ID:CS31TAJH
「頭領」な

273 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 02:27:22 ID:mEhwHRUz
>>272
いくら趣味カテ板だからって、ちょっとは勉強汁

274 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 17:56:54 ID:6WPSxryU
やっぱり下賤な身の出身が、将軍になることは無理だったのでは

275 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/02/06(火) 18:04:10 ID:cTdTi5C5
ループが好きだなおい。
一応このスレは俺様の責任において終了させたはずだが

276 :人間七七四年:2007/02/26(月) 00:53:51 ID:o2AETMrJ
歴史の知識はあまり無いんだけど、素人的に気になるのは結局関白と将軍って
どっちが偉いの?って部分。ドラマなんかでは徳川将軍が公家関白をザコ扱い
してるシーンがあるけど、関ヶ原前後の関白と太閤、将軍と大御所の関係同様に
結局関白と将軍の上下関係も実質その時の力関係で決まる相対的なものって事?
個人的には望みさえすれば当時あれほど空前絶後の勢力を誇った秀吉が将軍職
をもらえないはずは無いんで、多分出自のコンプレックスも手伝って
「将軍なんて所詮武家の棟梁・・っていうか義昭のザマみてみろや。その点
関白ともなると・・ワシも天子並みの華麗なる一族ってか!?ウシシシww」
みたいな感じで選択したのかもと思ってんだけど、どうなんだろうね?
ちなみに関白とか将軍ってのは成人(元服?)前でも先代が死んだら継承OKなの?
徳川が豊臣を攻めた名目って「将軍家に頭を下げないから」でしょ。
だったら秀頼が関白だったら攻めきれなかったのか・・又は関係なく滅ぼしてたか・・。
または例えば秀吉が将軍になってて秀頼が2代将軍継いでる状態なら
家康は関白(もしくは関白秀忠で太閤家康)になって「将軍家が関白に頭を下げない」
って名目で豊臣攻めを敢行したのか・・関白になんぞならず普通に将軍家つぶしてたか・・。
「何故秀吉は将軍にならなかったのか」って疑問が湧く背景には自分も含めて
「将軍になって幕府つくってれば滅びなかったかもしれないのに・・」みたいな
感覚があるような気がするが、実際関白と将軍の関係が上記のような相対的な
もんだとしたら、豊臣幕府誕生後の大坂の陣ってどんなもんになってたか
とても興味深い。
秀吉が関白と将軍両方なってたとした場合のシュミレーションも含めてね。
(もちろん家康が史実通りに関ヶ原後に勢力を拡大した前提での話だけど)

277 :人間七七四年:2007/02/26(月) 06:02:12 ID:0QfdLUAS
どこを立て読みすればいいの?

278 :人間七七四年:2007/02/26(月) 17:13:38 ID:kFgSHDAw
>>277

もんだとしたら、豊臣幕府誕生後の大坂の陣ってどんなもんになってたか
個人的には望みさえすれば当時あれほど空前絶後の勢力を誇った秀吉が将軍職
みたいな感じで選択したのかもと思ってんだけど、どうなんだろうね?
ちなみに関白とか将軍ってのは成人(元服?)前でも先代が死んだら継承OKなの?


279 :人間七七四年:2007/03/04(日) 03:12:06 ID:rFG95Iuh
>>276
最初の3行で読むのやめた
このスレ最初から嫁

280 :人間七七四年:2007/03/04(日) 03:13:52 ID:rFG95Iuh
>>278
まずはいろんな本を読んで勉強して
そうすれば基礎知識的な事を質問して恥をかくようなことはなくなるから

281 :九條殿@前関白 ◆1Ixlm5F0XU :2007/03/05(月) 21:58:46 ID:jOfPL7Yu
わからんかったら俺様に聞けばいいのに

282 :人間七七四年:2007/04/05(木) 13:19:37 ID:QPJKQHUJ
 

283 :人間七七四年:2007/04/12(木) 07:55:18 ID:P/el3O0/
>>261
参考文献は東大の橋本だが
橋本と立花って学説的に距離あるんじゃなかったっけ?

284 :人間七七四年:2007/04/12(木) 14:59:20 ID:fOqWQ1sl
しょうがねえなぁ。またageちまったのかよ。


285 :人間七七四年:2007/04/15(日) 21:41:38 ID:owTGTkz9
>>283
っていうか、アンチ京子タソじゃなかった?

286 :人間七七四年:2007/05/01(火) 20:42:30 ID:LdO27UIU
将軍になるには全国の大名を従えるのと、もう一つ、関東管領を屈伏させることが条件としてある。
関東の北条は滅ぼしたが、次に関東を与えられた江戸の徳川が豊臣に対して屈伏したとは言えずに
将軍になることができなかった。

また、将軍になるには源平の流れのものでなくてはならない。
朝廷としては秀吉を将軍職に就けるわけにはいかず、源平ではないため、仕方なく豊臣の名を作り
秀吉に与えた。豊臣って名前あげるから我慢してね、という形である。



287 :人間七七四年:2007/05/01(火) 21:29:43 ID:LNu7pj6P
>>286
平家はダメだろ?


288 :人間七七四年:2007/05/01(火) 22:52:38 ID:9vyH6W5a
坂上氏ならOKw

289 :人間七七四年:2007/05/01(火) 22:53:34 ID:LdO27UIU
別にいいんじゃないですか?
ダメなの?
確か信長は平氏の流れとなってるけど、征夷大将軍にならないかとの誘いを朝廷から受けてたはず。
源氏の流れでないとなれないというのはなんの根拠もない話のはずですよ。

290 :人間七七四年:2007/05/01(火) 23:21:44 ID:J+3yZSGR
お前らGWにヒマだからって釣りに構ってやるなよ

291 :人間七七四年:2007/05/01(火) 23:25:22 ID:9vyH6W5a
なら平氏の流れの平朝臣羽柴秀吉だって内大臣だ。

292 :人間七七四年:2007/05/02(水) 05:48:40 ID:D9WvDUjV
足利義昭が将軍の座にいるわけだから、物理的に無理、


293 :人間七七四年:2007/05/02(水) 06:14:59 ID:uljoaEd9
秀吉は1586に朝廷がわざわざ新しく作った豊臣姓を下賜されて、羽柴豊臣朝臣秀吉になったからそれ以降は平姓ではないよ
豊臣は名字ではなくて、源・平・藤原・橘・物部と同じ本姓だから。
その面では何ら障害はないかと

294 :人間七七四年:2007/05/02(水) 06:27:37 ID:MqpvEqFS
またループが始まるわけかw

295 :人間七七四年:2007/05/02(水) 06:43:20 ID:mbQ86BNX
信長は平だけど、征夷大将軍の誘いがあったのは真実だよ。

296 :人間七七四年:2007/05/02(水) 10:11:17 ID:R2ovFQwY
いろんなスレで見るけど、最近は秀吉が生前に正一位になった説が流行ってるのか?

297 :人間七七四年:2007/05/02(水) 12:06:37 ID:MqpvEqFS
公卿補任なんかじゃ生前は従一位止まりで死後に追贈正一位になってるな>秀吉
けど公卿補任ってその時々の権力者に阿って結構改竄されてるからな
秀吉の正室である高台院が天正16年の聚楽第行幸の後に従一位に叙任してるのに、
旦那の秀吉に音沙汰が無いのは不自然だとも言える
本当はこの時秀吉も正一位に昇叙してたけど後に記録を改竄したんじゃないかと妄想してる


298 :人間七七四年:2007/05/02(水) 12:44:17 ID:Q0kN93O0
秀吉もさ、朝廷になんかへりくだってないで、軍勢で殺してしまえばよかったのに。
橋場秀吉天皇を目指すべきだったな。
下剋上なんだからさ。

299 :人間七七四年:2007/05/02(水) 16:05:24 ID:R2ovFQwY
>>297
なるほどね。
生前の叙任が行われたのはいずれも武家政権の無い時期だし、
関白として皇室を奉じる政体を採った秀吉なら生前の叙任も有り得るよなぁ。
ただ、公家が猛烈に反対しそうだな。

300 :人間七七四年:2007/05/02(水) 21:24:18 ID:QNh2Ihty
死人の位が正一位だから縁起が悪いとことわったんじゃないか?


301 :人間七七四年:2007/05/02(水) 22:04:43 ID:c68O3uTx
武家として、天下を獲ったといえるのが清盛、頼朝、尊氏、秀吉、家康あたりか。

このうち征夷大将軍になって幕府を開いた3者の政権はかなり長続きしているのに対し、平氏と豊臣氏の
政権はほぼ一代限りであっさり滅んでいる。
結果論かもしれないが、やはり幕府を開くというのは武家が恒久的に天下を治めるに当たって
有効なシステムであるのは間違いない。その有効性は秀吉も認めていたはず。

史実からみれば、秀吉が征夷大将軍になろうと積極的に動いた足跡はないが、ならなんで秀吉は
幕府を開こうとしなかったのか。
幕府とは違う、新しい統治システムを構築しようとしたからなのか、そのへんがよくわからないんだな。

だから「なろうとしたのになれなかったんじゃね?」という仮説も出てくると思う。
秀吉が目指していた(実際にやった、とは別に)政権システムってどんなだったんだろうね。最終的な形態は。

302 :人間七七四年:2007/05/02(水) 22:46:26 ID:igRiM+1h
源のどこが長期政権なのだ
三代アボンなのに

303 :人間七七四年:2007/05/02(水) 22:49:24 ID:c68O3uTx
源氏の血統は滅びたが、頼朝が作った政権自体はそのまま継承されていってる。

実朝暗殺の時点で、鎌倉幕府がいったん滅びたという解釈は見たことない。

304 :人間七七四年:2007/05/02(水) 23:27:13 ID:QNh2Ihty
>>301
武家関白のシステムを根本的に変えないと
将軍の場合無位無官の赤ちゃんでも襲うことはできるが
関白の場合大臣まで出世してやっと関白に任ぜられる。時間が掛かりすぎるわけだ
関白の政所で政務をとるのでなく、関白府を置き常設の直轄軍直轄領を持ち
その長たる存在に関白を位置付ける。そうすれば第三代豊臣関白秀頼が誕生したはず(かな?)

305 :人間七七四年:2007/05/02(水) 23:44:08 ID:igRiM+1h
平家の北条氏主導になってから、鎌倉幕府のシステムも変化してるんですが

306 :人間七七四年:2007/05/03(木) 00:04:28 ID:JUEynWol
>>303
幕府という政治機構は存続したが、源氏政権としては三代で滅んだ。
清盛の平氏政権と豊臣も二代だな。

307 :人間七七四年:2007/05/03(木) 01:34:21 ID:IBhV5wpC
>>300
当時までで生前に正一位なった例は現在判明してる限りたったの三人だし、
なれたのを断ったとするよりも、なれなかったか徳川に隠蔽されたと見るのが妥当でそ。
なんといっても人臣最高位だもの。



征夷大将軍も同様に、従一位に叙任した秀吉になれないはずは無いでそ。
征夷大将軍って室町以降は正二位か従二位程度の役職じゃなかったっけ?
それに、朝廷が武士の棟梁を天皇の代理より上に置くとは思えないが。
あくまで名目上だけのものとはいえ。

308 :人間七七四年:2007/05/03(木) 03:37:02 ID:Tw75wqRE
>>301
秀吉が生まれて生きていた時代の幕府がどういう惨状だったかを考えると
幕府そのものには魅力を感じられないかも知れない
やるとしたら
・幕府とは違う新しい統治システムを構築する(信長型)
・過去の幕府の欠点を完全に払拭してシステムを改良する(家康型)
・新しい組織を作らず旧来の組織を活用する(秀吉型)

309 :人間七七四年:2007/05/03(木) 06:23:10 ID:1SOAuIwi
信長は幕府のシステムを利用してるんだけどね、 
当時の幕府の惨状云々というなら朝廷はどうなの?


310 :人間七七四年:2007/05/03(木) 06:36:33 ID:6ke+/FPA
利用するだけして、最初から捨てる気満々だったじゃないか。>信長

311 :人間七七四年:2007/05/03(木) 06:47:15 ID:1SOAuIwi
ごめん言葉が足りなかったかも
幕府の官僚組織をそのままに使っていたという意味、
つまり信長は幕府を滅ぼしたというより、幕府の最高実力者 
になった、というほうが正しい、

312 :人間七七四年:2007/05/03(木) 17:12:59 ID:ZaHgwZWo
>>311
まず「幕府」という物が何か
図書館に行って勉強してくるといいよ

313 :人間七七四年:2007/05/03(木) 23:27:23 ID:rcW9r6WY
>>304
秀吉的には関白を世襲にするつもりだったんだろ?
だから近衛だって島流しにしてわけだし。

314 :人間七七四年:2007/05/04(金) 00:38:27 ID:k9rwJym4
>>313
それはそうだろう。でも秀次死後に秀頼を関白につけるでもなく、自分が復職するでもなく
関白職を空白にしてしまったからね。摂関家は近衛だけではないし
豊臣家が関白独占するためのシステムを別に考える必要があったわけだ

315 :人間七七四年:2007/05/04(金) 00:47:59 ID:8gj+mLi8
秀頼みたいな幼児を関白に就けるなんて前例の無いことだから幾らなんでも不可能だろうが、
自身が関白に復職して天下の采配を取らなかったのは謎だな
面倒臭かったのかもしれないけど

316 :人間七七四年:2007/05/04(金) 02:38:30 ID:lz8oKdoX
秀吉は摂政にはなれないし

317 :人間七七四年:2007/05/07(月) 01:06:06 ID:LI+77Q/L
豊臣家が関白独占するためのシステム

近衛の流刑が他の4家を含めた五摂家に対する刑罰を用いた脅しだと思うのだが。

318 :人間七七四年:2007/05/07(月) 08:02:37 ID:Q++v7YGF
そうなると、別に関白じゃなくてもよいような気がするが。
豊臣という姓を新たに創ったように、関白のさらに上をいく位を新設していた方が秀吉らしい気もする。

319 :人間七七四年:2007/05/07(月) 20:10:20 ID:ZAvi8V+1
豊臣なんてただの姓のひとつにすぎない、創姓を過大評価しすぎ、 
それでいて源氏を低く見る人が多いんだよなあ。

320 :人間七七四年:2007/05/07(月) 21:52:21 ID:LPr0VMfU
秀吉と正親町天皇はめちゃくちゃ仲が良かったから
秀吉がそれを思いついていたら出来たかも知れないよ

321 :人間七七四年:2007/05/08(火) 04:12:31 ID:mMhHNfO8
徳川のインチキ源氏なんて低く見られて当然じゃないのw
豊臣賜姓の重要性については歴史上何人の臣下が新しく姓を貰ってるか考えればわかるんじゃね

322 :人間七七四年:2007/05/08(火) 05:52:27 ID:DM5yl0qR
ばか?

323 :人間七七四年:2007/05/08(火) 05:55:09 ID:5AAYEJIi
>>332
ん?そんなに悔しかったの?w

324 :人間七七四年:2007/05/08(火) 06:13:40 ID:lp2+d8Lq
豊臣なんて安っぽい姓に重要性があるのか?
こんな姓を信長に与えると言ったら激怒するぞ。
大体、天皇の子孫である源平とはあきらかに格が
ちがうだろ

325 :人間七七四年:2007/05/08(火) 09:57:48 ID:ggZtXwHP
>>321
「歴史上」何人か数えてここで教えてくれ
一応、八色の姓制定以後にしておいてやるから

326 :人間七七四年:2007/05/08(火) 12:22:54 ID:mMhHNfO8
八色の姓制定以降では県犬養三千代が橘姓を賜ったくらいじゃないかな>臣下に新姓授与
それ以前にも中臣鎌足など数例しかなく、秀吉以降は絶無(皇族の臣籍降下除く)
いずれにせよ日本史上極めて稀な事柄であるのは間違いない

>>324
源氏も平氏もピンキリなんだがそれを全部一緒くたにしてる時点で終わってるなw

327 :人間七七四年:2007/05/08(火) 12:36:23 ID:ggZtXwHP
>>326
三千代だけ?
爆笑あげ

その程度の知識で日本史板来るなよ

328 :人間七七四年:2007/05/08(火) 12:39:58 ID:mMhHNfO8
いや、ここは日本史板じゃなくて趣味カテゴリの戦国時代板だしw
秋篠菅野中原令宗も追加
秀吉以前で一番新しいのが惟宗允亮かな

329 :人間七七四年:2007/05/08(火) 13:17:21 ID:lp2+d8Lq
>>326
歴史上まれだからといってなんで豊臣姓が源平より
上になるわけ?
それにピンキリとかいってるが問題をすりかえてないか?
源氏と豊臣の比較であって、秀吉と誰かの比較じゃない。
ピンキリ言い出したら秀吉は豊臣姓を諸大名にばらまいて
いるのだが、それはどうなの?

330 :人間七七四年:2007/05/08(火) 14:41:39 ID:qF+HbHzT
>>329
ID:mMhHNfO8がどこで「豊臣姓が源平より上」なんて言ってる?

331 :人間七七四年:2007/05/08(火) 15:14:26 ID:qF+HbHzT
ピンキリ言い出したら家康は藤原姓から源姓に改姓した上に
系図をそれに合わせる様に改竄しているのだが、
赤の他人に勝手に名乗られちゃうような源氏姓ってのはどうなの?

332 :人間七七四年:2007/05/08(火) 16:51:35 ID:lp2+d8Lq
源 天皇と祖を同じくするという意味
豊臣 金持ってる馬の骨
これだけでも豊臣姓に重要性がないのがわかるだろ
豊臣と源の話をしてるのになぜわざわざ家康たたきを
してるんだか?
少なくても今は関係ないはなしだろ


333 :人間七七四年:2007/05/08(火) 17:21:38 ID:qF+HbHzT
ID:mMhHNfO8がどこで「豊臣姓が源平より上」なんて言ってる?

334 :人間七七四年:2007/05/08(火) 17:33:26 ID:qF+HbHzT
勝手に源姓騙る連中のせいで源姓自体に権威付けとしての意味しかなくなったからな。

>豊臣 金持ってる馬の骨
豊臣と源の話をしてるのになぜわざわざ秀吉たたきを
してるんだか?
少なくても今は関係ないはなしだろ

335 :人間七七四年:2007/05/08(火) 17:39:15 ID:qF+HbHzT
大体さ、俺は>>331で家康叩きをしてるんじゃなくて

>>329
>秀吉は豊臣姓を諸大名にばらまいているのだが、それはどうなの?

に対して、源姓といえども、素性が明らかじゃない家康だって勝手に名乗ってるという意味で
>藤原姓から源姓に改姓した上に系図をそれに合わせる様に改竄しているのだが、
>赤の他人に勝手に名乗られちゃうような源氏姓ってのはどうなの?

って返してるだけ。これのどこが家康叩きなのか。
馬の骨みたいに明らかな叩き文句なんぞ使ってないんだが。

336 :人間七七四年:2007/05/08(火) 18:29:38 ID:DM5yl0qR
ホント、秀吉厨はアホですね 
権威付けしか意味がない?じゃあ豊臣にどんな意味が?ぶっ 
家康だって源氏長者にも将軍になっているのになにか問題があるのか

337 :人間七七四年:2007/05/08(火) 19:12:45 ID:MAYfDCat
五摂家以外で初めての関白家


少なくとも藤原家と同格だろ
鎌足の為に創姓された訳だし

338 :人間七七四年:2007/05/08(火) 21:24:27 ID:Xc+ANdIa
>>318
秀吉は実務官僚の能力はあったが、政権構想が不十分だったから既存システムを生かしただけだろう。

339 :人間七七四年:2007/05/12(土) 13:16:37 ID:XcCCdVsE
>>292
前の将軍がまだ生きているうちに、
それを放逐して新たに将軍にった足利将軍も何人かいるわけだが。

>>303
秀吉からしてみれば子孫が滅ぼされて組織だけ残った、
なんてシステムには全然魅力を感じないだろう。
血縁には執着しない、天下が治まればいいって人物だったならともかく、
実際は全く逆なわけだから。

340 :人間七七四年:2007/05/12(土) 18:24:20 ID:620j85V3
またいかにも誰だかわかるような意見が湧いてきたな、 
前者はあくまでも足利家内の首のすげかえであって、他家に取って代わられ 
たわけじゃないだろ、それに次期将軍も幕府が指名するわけで朝廷が口出しできることではないだろ 
後者については、 将軍とは象徴的存在ということがわかってるのか?と

341 :人間七七四年:2007/05/12(土) 18:46:41 ID:kHv36h70
>>339はいかにも珍説絶叫君て感じだもんな
源氏三代でわかるな、

342 :人間七七四年:2007/05/12(土) 19:49:44 ID:jBaD4OtV
義輝の死後、義栄将軍就任にたいして朝廷が難色を示して、結果将軍就任が遅れたって
話を聞いたことがあるけど、それはどうなんでしょう?

343 :人間七七四年:2007/05/12(土) 22:03:25 ID:XcCCdVsE
>>340
それじゃあなぜ義昭が生きているうちに、信長に三職推任の話が来たの?
そして、血筋は三代くらいで途切れ象徴にしかならないような組織を、
秀吉が望むとでも?

344 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/05/12(土) 23:55:29 ID:QsMON77A
しばらく来ないうちに「これはひどい・・・」な状況になったな
このスレ

345 :人間七七四年:2007/05/13(日) 00:42:45 ID:tNHiPpAb
>>340
将軍職は朝廷に任命されて初めて就任できるんだよ

346 :人間七七四年:2007/05/15(火) 11:09:46 ID:5t9Mqth3
>次期将軍も幕府が指名するわけで朝廷が口出しできることではないだろ 
こんな知識で征夷大将軍を語るなんてどこの馬鹿ですか?

347 :人間七七四年:2007/05/15(火) 20:27:04 ID:skSilSEy
まあでも、世襲で平和裏に将軍が代替わりしている時期は
現代の総理大臣を天皇が任命している状態とそう変わらんよね
天皇は総理大臣の選定には関与していないわけで

なので>>340が言っている事が正しいと言える時代は
幕府の治世が安定している江戸時代の話でしょうな

348 :人間七七四年:2007/05/15(火) 22:26:11 ID:W1siQ80a
>>342
義栄が名乗りを上げた時に義昭も既に名乗りを上げていたから。
あとは、金を先に出した方を将軍にすると朝廷は言っていたのに両方金を出さなかったから。

349 :人間七七四年:2007/05/26(土) 15:05:42 ID:2adUrY1u
そもそも秀吉が最終的に考えていた政権構想ってどんなだったんだろう?

関白(太閤)が秀吉の到達した、現実の頂点だったが、唐入りが成功した暁には遷都して天皇を北京かどっかにすえて
自分はアジア全体を治めるみたいな計画練ってたんだっけ。
その途中で、天皇を越える意志があったのかな。それとも関白にせよ征夷大将軍にせよ、天皇の下というポジションのまま?

350 :人間七七四年:2007/05/26(土) 18:53:17 ID:bME5bDg1
当時、誰だかに宛てた書状で

唐の皇帝に天皇
日本の王に秀頼
天竺に秀吉自身が王として君臨する


ってのがあったはず
携帯からなんでソースが判らんが

351 :人間七七四年:2007/05/26(土) 21:46:02 ID:qojqnzqQ
ネタをマジにとらえてどうする

352 :人間七七四年:2007/05/26(土) 23:41:13 ID:bME5bDg1
いやもちろん秀吉はネタで言ってるんだろうが

実際の書状ってなかったっけ

353 :人間七七四年:2007/05/27(日) 02:37:25 ID:de6i1ldB
義昭が存在してなおかつその座に固執し秀吉に敵対している
秀吉は農民出身といわれており武家の象徴たる将軍にはふさわしくない 
これらの事実があればふつうなれないと言うだろ?
屁理屈こねまわして何が言いたいんだ?

354 :人間七七四年:2007/05/27(日) 02:44:35 ID:0NL/1emW
>>353
そう思うんだったらageるんじゃねーよ

355 :人間七七四年:2007/05/27(日) 03:15:18 ID:7BOKEQlq
>>353
何度も何度も論破されている事を持ち出してどうする

・義昭の存命中に、天皇から信長に「将軍になれ」という宣下があったので義昭の存在は将軍就任への足枷にはならない
・過去に武家出身どころか武家ですらない将軍が存在しているので武士であるかどうかは関係ない
・秀吉は農民出身ではないし仮に農民出身であったにせよ天下を取った時点ではすでに武士なので農民出身であっても関係ない

これらの矛盾に対してきちんと反論できないのであれば
同じ事を何度も書く必要はない

356 :人間七七四年:2007/05/27(日) 06:10:31 ID:de6i1ldB
はい妄想乙、全部仮定の話だろ、将軍にたどりつくまでいくつifを重ねる気?
だから例外ばっかあげるのではなく具体的な方法をあげて証明してくれ、 
三職推任などは専門家でも意見が分かれるし、秀吉にに話が来る 
とはかぎらない

357 :人間七七四年:2007/05/27(日) 06:29:40 ID:+ufPq+Gq
>>355
>義昭の存命・・
三職推任をまずきちんと説明してくれ、
将軍職に義昭がいることを足枷でないとなぜ言えるんだ?
思いっきり足枷じゃねえか
>過去に武家出身・・
摂家将軍や皇族将軍のことを言ってるのかな?
そんな高貴の血筋の人間と秀吉じゃ比較にならない
>秀吉は農民・・
天下を取ったのは何年だ?スレタイをよく読め


358 :人間七七四年:2007/05/27(日) 09:26:14 ID:OajMhR+n
>>357
将軍の義昭が存命なのに朝廷から信長に、
三職推任、つまり望むなら将軍に(或いは太政大臣でも関白でも)任命するという打診がきた、
要するに、朝廷側には現将軍がいようとどうしようと、
新たな権力者に将軍位を与えることに何の問題も感じていないということ。

そして、農民出身というのが問題になるなら、関白になる時の方がはるかに問題になる、
現に関白になれているのに、将軍にはなれないなどという話にはならない。

359 :人間七七四年:2007/05/27(日) 13:36:50 ID:de6i1ldB
だから三職推任のような例外を自分に都合のいいように拡大解釈するなって 
だいたいその話はどちらが言いだしたかで意味が変わってくる、だから 
例にするのにはむかない、

関白になるほうがはるかに難しいって、勝手な思い込みにすぎない 


360 :人間七七四年:2007/05/27(日) 13:45:29 ID:0NL/1emW
三職推任問題はどちらが言いだしたにせよ、朝廷側の結論は将軍職だったわけで(晴豊公記)
意味自体は変わらないと思うよ

361 :人間七七四年:2007/05/27(日) 13:53:38 ID:wVQYIfsg
そりゃ関白も征夷大将軍もどちらも簡単には就任できない役職だとは思うが、
どちらが比較的なりやすいかといえばまあ征夷大将軍じゃないかな
官位の高さ、歴史的な経緯からして関白は臣下が成り得る最高の役職と言う位置付けだし

362 :人間七七四年:2007/05/27(日) 14:22:56 ID:HpVC8gjM
身分卑賤説は通史レベルの本でも否定的に書かれてあるのしかないんだけど
今の研究者でこの説を採用してる人なんているのかな?

363 :人間七七四年:2007/05/27(日) 16:10:34 ID:OajMhR+n
>>359
例外?そもそも秀吉の関白就任自体が例外中の例外ですが?

だいたい、秀吉という新興の権力者の任官について、
そのすぐ前の同じく新興の権力者である信長の例を参考にするのはむしろ当然。
もしも、それを例外だから参考に出来ないというなら、一体何を参考にすればよいので?

そして三職推任については、既出だが、
それが信長・朝廷のどちらから言い出したものだとしても、結局三職推任が行われた以上、
朝廷の出した結論は、信長が将軍になってもよいというものだったことに変わりはない。

364 :人間七七四年:2007/05/27(日) 16:29:42 ID:de6i1ldB
織田家の家臣にすぎない秀吉に三職推任の話が来るとでも? 
それに実権を握ったといってもわずか二年ぐらい、反信長勢力は息を吹き返し
義昭や家康とも敵対、こういう状況を考慮してるのか?

365 :人間七七四年:2007/05/27(日) 17:31:25 ID:0NL/1emW
>>364
落ち着け、三職には関白が含まれているw
織田家の家臣が関白に推任されたんだ。文章整理しなおさないと君の論理が矛盾をきたす

366 :人間七七四年:2007/05/27(日) 17:43:10 ID:HpVC8gjM
多聞院日記には正親町帝が将軍就任を薦めたという記述もあるしなあ。
ついでに任関白を「先代未聞ノ事也」とも書いてある。

367 :人間七七四年:2007/05/27(日) 18:05:21 ID:0NL/1emW
同時代史料として多聞院日記は、少なくとも林羅山よりは重視すべきだが
英俊の伝聞が噂程度のものとして考える向きもある。
秀吉が将軍任官を断ったとされるのが内大臣就任前の話だから
実際の話ならむしろ秀吉が将軍に飛び付いたと素人的には想像する。

368 :人間七七四年:2007/05/27(日) 18:53:46 ID:rc8mZomd
ID:de6i1ldBがたった300レスさえ読めないバカだというのは分かった

369 :人間七七四年:2007/05/27(日) 20:54:07 ID:OajMhR+n
>>364
織田も斯波家の家臣に過ぎませんが?

370 :人間七七四年:2007/05/27(日) 21:07:51 ID:7BOKEQlq
>>364
君は「秀吉が関白になった」という史実を全否定したいの?w

371 :人間七七四年:2007/05/28(月) 06:51:32 ID:rKTcWGFy
ID:de6i1ldB

372 :人間七七四年:2007/05/28(月) 09:43:11 ID:o+bAWIfH
>>359
>だいたいその話はどちらが言いだしたかで意味が変わってくる

三職推任は信長の方から働きかけたって説挙げてるのは京子ちゃんしかいないわけだが。
学会の定説は朝廷側から信長に三職推任の話を持ちかけたってのでFA

373 :人間七七四年:2007/05/28(月) 09:44:22 ID:o+bAWIfH
たまに沸く京子ちゃん信者だろ。

京子ちゃんの著書は読むには面白いから簡単に洗脳される池沼が多いな。
あれは信長と十字架とかあのあたりはフィクションだと思わないと。

374 :人間七七四年:2007/05/28(月) 12:20:47 ID:EJ5OOR33
372 :人間七七四年 [sage] :2007/05/28(月) 09:43:11 ID:o+bAWIfH
>>359
>だいたいその話はどちらが言いだしたかで意味が変わってくる

三職推任は信長の方から働きかけたって説挙げてるのは京子ちゃんしかいないわけだが。
学会の定説は朝廷側から信長に三職推任の話を持ちかけたってのでFA


373 :人間七七四年 [sage] :2007/05/28(月) 09:44:22 ID:o+bAWIfH
たまに沸く京子ちゃん信者だろ。

京子ちゃんの著書は読むには面白いから簡単に洗脳される池沼が多いな。
あれは信長と十字架とかあのあたりはフィクションだと思わないと。

375 :人間七七四年:2007/05/28(月) 13:00:26 ID:C0DbhVIO
三職推任は信長から持ちかけた、と言っているのは彼女だけでもないし、
少数派というわけでもない、文の解釈については学会でも論争中というのが 
実情なんだがな。 あまりはっきりしない説を無知なくせに振り回して 
思い付きで、たとえば京子ちゃんが唱えているからとかいうのもなんだか
頭が弱いとしか、 
あと関白就任と三職推任は別ものなんだが混同してる馬鹿がいるね

376 :人間七七四年:2007/05/28(月) 13:20:44 ID:o+bAWIfH
立花京子と今谷以外で、信長から三職を要求したって言ってる学者は誰?

377 :人間七七四年:2007/05/28(月) 13:26:08 ID:o+bAWIfH
村井(貞勝 信長の家臣)の所へ参り候。安土へ女房衆御下し候て、太政大臣か関白か将軍か、
御推任候て然るべく候よし、申され候、その由、申し入れ候。

東大史料編纂所の岩沢としひこ氏の解釈
私(晴豊)が村井貞勝のもとへ行き、正親町天皇が安土へ女官をつかわし、
信長を三職に推任したいと望んでいる、と申し入れした。

立花京子の解釈
私(晴豊)は、村井貞勝から「朝廷は安土へ女官を派遣され、信長様を三職に推任するべきである」という
申し入れを受けた。このことを私はすぐに(朝廷に)報告した。

今現在立花説は否定されとるぞ。
岩沢説の方が現時点では学会で支持されとる。

378 :人間七七四年:2007/05/28(月) 13:27:49 ID:o+bAWIfH
ここで立花氏が「申され候」のれ(被)に関して、自分自身を表現する文ではないって根拠について
岩沢氏が「(正親町天皇)が申され候」と反論しとる。

というか立花説は今谷氏以外支持してる歴史学者なんぞ居らんわけだが。

379 :人間七七四年:2007/05/28(月) 13:29:11 ID:o+bAWIfH
立花京子は元々数学の研究者。
カルチャー講座で古文書を学び始めて博士号まで取ってしまったという異色の経歴の持ち主。

信長と十字架って著作だが、
仮説をたてて資料をつき合わせながら検証していく論法。
つまりイエズス会ありきで語ってる。

内容はこんな感じ。
イエズス会の宣教師たちは、右手に銃(テクノロジー)を、左手に聖書を持ち、
ポルトガルの世界征服・植民地拡大の出先機関として現れた。
信長は右手だけを上手く利用していたつもりだったが、徐々に自分の力を過信するようになり、
自分を神だとみなし始めた。
これをデウスへの冒涜だと判断したイエズス会は、信長のすげ替えを謀る。
後継者として白羽の矢が立ったのは豊臣秀吉。
ただし、秀吉に信長を討たせたのでは正統性が問われることになる。
そこで狂言回しとして利用されたのが明智光秀。
これこそが本能寺の変の真相である。

380 :人間七七四年:2007/05/28(月) 13:35:19 ID:o+bAWIfH
ID:C0DbhVIOは
>>375
1、少数派というわけでもない
2、文の解釈については学会でも論争中

とか言ってるが
>あまりはっきりしない説を無知なくせに振り回して
これはお前だろ。

論争どころか岩沢はじめお歴々の学者に突っ込まれて今谷くらいしか
京子ちゃんの支持者はいないんだが。

ここが変だよ〜で金星人はすでに地球人になりすまして戸籍まで取ってる
と主張する人がいるいが、そんなキワモノ的な人が世間とは異なる説を吐いてる状態
を論争中というのなら2は論争中だろう。

1の京子ちゃん説を支持してる学者の名前を挙げてくれないか?
他人を無知と言うくらいだからさぞかし詳しいんでしょうね。

381 :人間七七四年:2007/05/28(月) 13:57:19 ID:I0b2d+KB
ID:C0DbhVIOの反論マダー

382 :人間七七四年:2007/05/28(月) 14:08:47 ID:AYZ6D0HA
三職推任の解釈がどうであろうと秀吉が将軍になれる
ということの証明にならない気がするんだが・・
なのにそれを金科玉条のごとくかかげて自分の都合の良い
ように拡大解釈するのもなあ
ていうか誰か詳しく三職推任について詳しく語ってくれないか、
話はそれからじゃねえの。


383 :人間七七四年:2007/05/28(月) 14:16:48 ID:I0b2d+KB
ID:C0DbhVIO逃げた?

384 :人間七七四年:2007/05/28(月) 15:53:21 ID:1sugVCYo
>>382
いつものアホの人が
関白になれたほどの人間を「将軍にはなれなかった」と主張するために作り出した根拠が
「農民出身だから」というネタ話のみというのが情けない
まずその前提条件からして間違ってる

だが、仮にアホの言うとおり農民出身だったとしても
秀吉はすでに何10年も前から武士になっているんだし
戦国大名として日本の大半の武士を束ねているんだから
将軍職に就くくらい何の問題もないわけだ
史実として武士以外の将軍もいたわけだから武家出身にこだわる必要はない

それに史実として信長に将軍職に就くよう天皇から勅旨が下ってるわけだから
足利将軍が将軍職のまま健在でいる事は何の障害にもならなかったと言える

385 :人間七七四年:2007/05/28(月) 16:08:17 ID:1sugVCYo
>村井(貞勝 信長の家臣)の所へ参り候。安土へ女房衆御下し候て、太政大臣か関白か将軍か、
>御推任候て然るべく候よし、申され候、その由、申し入れ候。

これを素直に現代文に訳すと

私は村井の所へ行きました。
天皇陛下が「安土へ使者を派遣して信長を太政大臣か関白か将軍かに推任したい」
とおっしゃった事を村井に伝えてきました。

386 :人間七七四年:2007/05/28(月) 16:14:13 ID:1sugVCYo
そういえば立花説を信じてる人がいたよ
「逆説の日本史」の著者、井沢元彦(小説家)
この人の本いくつか読んだけど
小説は面白いけど「逆説の日本史」は初期の頃から全部ダメだ

387 :人間七七四年:2007/05/28(月) 19:26:04 ID:I0b2d+KB
ID:C0DbhVIOは逃げたか
なんで立花説を学会でも有力な説
だとか勘違いしてる馬鹿おおいね
どっかの漫画日本の歴史とかで紹介でもされてるのかね

388 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/05/28(月) 20:58:55 ID:mTG+/YEO
また始まったのかwwwwww
俺様のレスを百万遍読み直せ!!!!!!!111

389 :人間七七四年:2007/05/28(月) 21:15:51 ID:3jFv0aFC
立花説が正しいとすれば、朝廷は信長の要求にびびって将軍推任に動いたことになる
だとすれば、もし秀吉が同様に朝廷に将軍職を要求すれば、朝廷はそれを許したと考えることもできる

390 :人間七七四年:2007/05/28(月) 22:06:09 ID:3NJetU0y
京子ちゃん説が正しいなんてことは無いからなぁ

391 :人間七七四年:2007/05/28(月) 23:34:52 ID:bF5pm69o
>>389
でもその推任の使者を信長は何の返答もせずに帰したなよ
立花説が正しければその辺りの説明がまったく出来ないよ

392 :人間七七四年:2007/05/29(火) 00:14:20 ID:W/DFBMtj
>>391
その反論にはカルチャー京子ちゃん自身も説明できないと持説を後退させているからね。
4月25日記の解釈にかかわらず5月3日記の将軍推任の事実のほうがこのスレ的には重要。
この時点で足利義昭はまだ反信長の旗を降ろしていないし、
信長の覇権は近畿・中部にとどまっている。しかも信長は平氏を称していて源氏でもない。

393 :人間七七四年:2007/05/29(火) 08:03:46 ID:8/Go1jxL
>>382
信長に対する三職推任は、源氏でなくとも将軍になれるということ、
そして現職将軍が健在でも新たな権力者を将軍にするのに、
朝廷が特に抵抗を持っていないことの証明にはなる。

つまり、秀吉は将軍になれないという説の根拠を明白に否定している。

394 :人間七七四年:2007/05/29(火) 14:10:52 ID:buLmDqX0
秀吉が将軍になれたなどとほざいている奴はゲームのやりすぎか?
なれなかったものを屁理屈ならべてどうすんだ?
じゃあ聞くけど、なぜ時の権力者は天皇にならなかったんだ? 


395 :人間七七四年:2007/05/29(火) 16:33:58 ID:dVqhmqOy
>>394
たった三行で突っ込みどころ満載でレスするのさえ躊躇うほどの頭の悪い文だが
一応哀れみを感じてレスしてやると

>秀吉が将軍になれたなどとほざいている奴はゲームのやりすぎか?
「将軍になれた可能性がある、希望すれば将軍に就任できただろう」という意見=ゲーム
という意味がわからん。

>なれなかったものを屁理屈ならべてどうすんだ?
朝廷が信長に三職推任したという、極めて時期も近い格好の事象がある
その三職とは、関白、太政大臣、征夷大将軍であり、その時点で信長は
関白、太政大臣、征夷大将軍どれにでもなれた可能性があるわけだ。
信長でさえ勧められた職の中では征夷大将軍が一番格下だから、
関白になれた秀吉が望みさえすれば将軍職に就くのはなんら問題が無い
と推論してもまったく問題はないだろ。

現代に無理やり例えてみると、本社の社長(関白)になったのにわざわざ地方の支社長(征夷大将軍)になる
必要は無い訳で。
*例えば支社長(将軍職)に就くことで、支社内(幕府内)ではある程度思い通りにできるが
 (実績さえあれば、本社を脅かす存在にすらなれる可能性もある)
 することよりも、社長になって、クセのある支社の社員(武家)をどんどん他の部署に配属し(官位を与え)て
 自分の目の届きやすい本社(公家社会)の中で支社の人間(武家社会)を組み込もうとしたわけ。
 
>じゃあ聞くけど、なぜ時の権力者は天皇にならなかったんだ? 
日本史勉強しろ
そういや同じ質問を昔中学の教育実習に行った時に中学生からされたな。
歴史得意な子なら中学生でもわかるぞそれくらい。

396 :人間七七四年:2007/05/29(火) 17:13:34 ID:buLmDqX0
>395
教師?もしそうなら生徒が不幸だな、 
>朝廷が・・
秀吉と信長の身分の差や置かれている状況、など個別の案件はまったく考慮に
入れてないのか? 右大臣を自ら辞した信長、官位が欲しい秀吉というだけ 
でも朝廷の態度もずいぶん変わってくると思うのだが
>現代に 
相当頭の悪い例えだな、
当時日本は、武士が実効支配する軍事国家だぞ、だとしたら答えはわかるよな?
あと相当歴史に詳しいのだろうから、その中学生でもわかるということを 
ご教授していただけませんか。

397 :人間七七四年:2007/05/29(火) 17:25:42 ID:AzfBdRs+
>>396
まったく違います。
日本が武士によって一元支配されるようになったのは秀吉の天下統一以降。
それを受け継いだ徳川幕府が安定させた。

398 :人間七七四年:2007/05/29(火) 18:27:25 ID:fRlKrhE5
>>154=>>353=>>394だろ
毎回毎回それまでの議論無視して頭悪い煽りするとこなんて酷い
いい加減スルー汁

399 :人間七七四年:2007/05/29(火) 19:03:46 ID:zqkis7Ao
どっちみち豊臣は将軍とは関係ない家なのだから
家康が将軍になったり秀忠に継がせたことに対して怒る資格はないな

400 :人間七七四年:2007/05/29(火) 19:05:56 ID:8/Go1jxL
>>394
将軍より上の位である関白になれるのに、将軍にはなれないという根拠が全くないでしょうが、
そもそも関白になれるのに、なぜわざわざ将軍に固執する必要があるの?

>>396
状況や態度が変わった結果関白になっているわけですが?

401 :人間七七四年:2007/05/29(火) 19:38:01 ID:5NTyLYOw
>当時日本は、武士が実効支配する軍事国家だぞ
これは違いますよ
武士が統治した時代は武士=官僚でしかなく
現代の官僚主導体制の基礎でしかない
軍事国家の「軍事」というのは対外的な軍事力を持つ1つの組織が国を支配している体制であって
武家社会は組織もバラバラだし軍事というよりは治安を維持する機能でしかないので
「軍事国家」はあてはまらない

402 :人間七七四年:2007/05/29(火) 19:48:55 ID:buLmDqX0
>>400 
反論のつもりかな?意味不明 
ホントは将軍より関白のほうが上だとは思ってないんじゃないの? 
でなきゃこんなスレ立たないもんね、
心理学でいうところの「酸っぱいブドウ」「甘いレモン」だな。 


403 :人間七七四年:2007/05/29(火) 20:21:35 ID:8/Go1jxL
>>402
朝廷のおける関白という位の位置づけを勉強しなさい。
思うとか思わないとか言う話じゃあないから。

404 :人間七七四年:2007/05/29(火) 20:31:21 ID:buLmDqX0
>>403 
日本史における将軍という位の位置づけを勉強しなさい。
だいたい官位うんぬん言いだす奴はセンスがなさすぎ、


405 :人間七七四年:2007/05/29(火) 20:39:02 ID:8/Go1jxL
>>404
征夷大将軍は辺境派遣軍の司令官。
対して関白は天皇の代理で、
天皇を頂点とする朝廷という組織の中でこれ以上の位はありえない。
つまり、天皇から位を授かるという形式をとる限り、
関白以上の位はありえないんだよ。

406 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/05/29(火) 20:44:46 ID:ZkcJgYLQ
天正十二年十月三日 叙従五位下
               任左少将     平秀吉

これでわからない奴はバカということだ

407 :人間七七四年:2007/05/29(火) 21:04:43 ID:kpIo9jUE
>>404
横レスなんだけどあなたはなんでなれなかったと考察してるの?
まさか出自卑賤説なんていう噴飯ものじゃないよね。

408 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/05/29(火) 21:22:22 ID:ZkcJgYLQ
結論再掲:
> 254 名前:中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y [sage] 投稿日:2006/11/17(金) 12:40:08 ID:mC749uDL
> そしてここで敢えて「なれた」「なれなかった」に話を戻すと
> 秀吉の素性だけに限定して将軍職の可能性を考えると「なれた」のではないかと言える

もっと言えば秀吉は将軍になれなかったのではなく
「将軍になる必要がなかった」あるいは「将軍にならなかった」

おk?

409 :人間七七四年:2007/05/29(火) 21:28:58 ID:W/DFBMtj
>>406
三職推任問題はは岩沢VS京子がすべてとおもってる奴に、その意味がわかるわけないだろw
ひとしきりループが続いたら適当なところでおまいさんのまとめをまたコピペしてくれ

410 :人間七七四年:2007/05/29(火) 21:30:42 ID:W/DFBMtj
もう貼ってたorz

411 :人間七七四年:2007/05/29(火) 22:34:20 ID:Wrm6sZgL
>>396
>>395
>教師?もしそうなら生徒が不幸だな、 
アフォだ
教職課程取ってれば、一応教育実習はあるが、別に教師の資格持ってて
リーマソやら教職とは関係ない職業に就いてる人間は腐るほどいる。

教育実習=教師
と言っちゃう時点で大学にすら到達してない年齢だな。

412 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/05/29(火) 22:44:17 ID:ZkcJgYLQ
>>395
> >じゃあ聞くけど、なぜ時の権力者は天皇にならなかったんだ? 
> 日本史勉強しろ
> そういや同じ質問を昔中学の教育実習に行った時に中学生からされたな。
> 歴史得意な子なら中学生でもわかるぞそれくらい。
網野善彦も同じような質問されて結構悩んだと書いてたな

413 :人間七七四年:2007/05/29(火) 22:44:58 ID:MswdVsX+
>>405
>征夷大将軍は辺境派遣軍の司令官
実質的には国家の首長だろ、関白だって昔の勢いはないし
そんな有名無実なことを言ってどうするんだ?
そんなんだからゲーム脳とかバカにされんだよ。        
         

414 :人間七七四年:2007/05/29(火) 22:54:00 ID:Wrm6sZgL
>>412
結局古代中国では自分が皇帝に取って代わり、皇帝がころころ変わる。

日本では武士が力を持つようになってからは天皇に国家運営の主権を認めさせる
公認機関なようなものへと変遷していった。
これは結局、日本は島国であるゆえの単一民族から成り立つ国家であったってのが
大きいんだろうな。


>>413
ID変わったね
国家の首長に名実ともになったのは徳川将軍から。
それまではあくまでも武家の棟梁。

415 :人間七七四年:2007/05/29(火) 23:03:35 ID:buLmDqX0
>>411 
別に教師だとは断定してないが、だから?やもしそうならと書いている
おまえ人のこと言う前にもっと国語力身につけろよ。

416 :人間七七四年:2007/05/29(火) 23:05:35 ID:Wrm6sZgL
教職資格もってて教師になってるやつなんて数%しかいねぇよ

というか、京子ちゃん説持ち上げて他のお前だろ?
さっさと学会での今谷以外の京子説の支持者を教えてくれよ

417 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/05/29(火) 23:14:34 ID:K/IVjFJO
言った本人の京子ちゃんでさえ口を噤んでしまった京子説を持ち出すのは
どういう了見なのか・・・気にはなる

418 :人間七七四年:2007/05/29(火) 23:16:34 ID:Wrm6sZgL
>>417
>>375

419 :人間七七四年:2007/05/29(火) 23:27:12 ID:5NTyLYOw
人格否定合戦はもういいよ

とにかく結論としては
「秀吉が将軍になれなかった」という説は間違いである
という事で一件落着

420 :人間七七四年:2007/05/29(火) 23:30:47 ID:Wrm6sZgL
何度一件落着したのに荒れたんだろう。


421 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/05/29(火) 23:49:50 ID:K/IVjFJO
>>418
重要なのは五月四日の勅旨派遣なんだけどね

422 :人間七七四年:2007/05/30(水) 00:03:01 ID:Ms6uSaLt
つまり「将軍になろうとしたがなれなかった」と主張する奴は
秀吉が将軍になろうと行動(あるいは指向)した一次史料を示さないと
想像の域をいつまでたっても越えられない。
「将軍になれたがならなかった」というのも想像の域を越えないが、
多聞院日記などを同時代史料として多少検討の余地がある。

423 :人間七七四年:2007/05/30(水) 00:16:41 ID:mRABLowy
>>421
俺が聞きたいのは京子ちゃん説を支持するのは少数ではなく、
今は学会でも論争中

という部分に関してだから

424 :人間七七四年:2007/05/30(水) 00:26:03 ID:28rea3gX
>>422
史実として関白になれた秀吉が「将軍になれない」という根拠がない
アホ側が提示する「根拠」は、それで将軍になれないのなら関白にもなれないし
史実として三職推任の勅旨が来たはずの信長さえも将軍になれないという事になってしまう


425 :人間七七四年:2007/05/30(水) 00:32:43 ID:mRABLowy
東夷説ならまだ多少は議論しても盛り上がるかなとおもうけど
出自やら源氏やらを根拠に出されると盛り上がらんな

426 :人間七七四年:2007/05/30(水) 00:34:43 ID:Ms6uSaLt
>>421
>>392で書いた

427 :人間七七四年:2007/05/30(水) 01:47:59 ID:EWWQ1OEP
朝廷を脅し、秀吉征夷大将軍に就任 
     ↓ 
義昭が糾弾、秀吉包囲網発令 
     ↓ 
諸大名が蜂起、織田家中も分裂 
     ↓ 
秀吉あぼーん 

ていうのも有りなら、なれる。

428 :人間七七四年:2007/05/30(水) 01:52:38 ID:28rea3gX
>>427
義昭は備後へ逃亡後も全国の諸大名に檄文を送っていたが
誰も相手にしなかった
朝廷が義昭を無視して信長を将軍にしようとしたのも
そういう状態を見てるからだろう
なので「秀吉包囲網」などありえない話

429 :人間七七四年:2007/05/30(水) 07:26:59 ID:oAZA1dNB
>>413
確かに実際の権力については、室町時代から関白よりも将軍が上だっただろうが、
どの道実権を取り返すなんてほとんど不可能な朝廷にとっては、そんな事は関係ないんだよ。
別に秀吉を将軍にしなかったことで、少しでも実権が朝廷に戻るとかいうようなことはないのだから。
朝廷としてはどうせ実権を取られままなら、格下の征夷大将軍を与えるだけで済ました方がまだいい。
わざわざ、将軍位を与えるのをあえて拒否して、
名目上まで最上位の関白の位を与える意味は全くない。

430 :人間七七四年:2007/05/30(水) 07:43:18 ID:oAZA1dNB
逆に秀吉の側から見れば、実質的権力では最高のものを持っている自分が、
たかだか辺境派遣軍の司令官程度の位で満足しなければならない必要はない、
むしろ最大の実力者なのだから、可能なら最高の位を手にしたいと考えるのが普通だ。

つまり、位を与える側も授かる側も征夷大将軍にこだわる必要は全くない。
なのになぜ秀吉が将軍に「なりたかったがなれなかった」といえるのか、
またそれが事実なら、朝廷はなぜそこまでした将軍位を与えたくなかったのか、
是非説明していただきたい。

431 :人間七七四年:2007/05/30(水) 10:25:09 ID:nbNOrJmq
秀吉が征夷大将軍就任の為の猟官運動をしてる決定的な証拠があればなぁ

征夷大将軍云々には羅山の一文しか無いが、関白就任の過程の史料は多い。

432 :人間七七四年:2007/05/31(木) 01:49:22 ID:AHithgh7
秀吉が将軍になれる、という根拠に三職推任をあげているがピント外れだね。
だったらなぜ近衛家の猶子になったんだ?必要ないだろ、少なくとも関白に 
なるために使った手法は血統を利用したもの、三職推任とは次元の違う話。 

なんか皆勘違いしているみたいだけど近衛家の猶子になるという手段を割りと
当たり前のことみたいに思っているようだが、これってかなり凄いアイデアであり、秀吉を高く評価 
すべきことだと思う。

433 :人間七七四年:2007/05/31(木) 02:09:45 ID:FHvSGncF
まったくもってその通り。
三職推認は、単に将軍職へのハードルの低さを証明するものでしかない。

関白になるための条件(ハードル)は、征夷大将軍になるよりもはるかに高い。
そのハードルを乗り越えた秀吉が、なんでそれよりも低いハードルを越え
られないと思うのか。

この意味で、秀吉の将軍就任への根拠の一つにはなりえる。

434 :人間七七四年:2007/05/31(木) 06:07:44 ID:u5KmocW1
>>432
信長が三職推任で関白を選んだとしても
当然ながら秀吉と全く同じ方法が用いられるだろう
なので三職推任と同じ次元の話
あの手この手で毎日ごくろうさん

435 :人間七七四年:2007/05/31(木) 06:51:44 ID:7evbhScl
>>432
藤原家の猶子となって関白に就任したのは事実だが、
それを言うなら、同じ藤原氏で征夷大将軍になった者もいる。
つまり藤原氏に猶子に入れば、なろうと思えば将軍にもなれるということ。
もちろん、わざわざそこまでして関白よりも位として格が下の将軍に固執する必要は全くないが。

要するに、あなたの言っていることは、
秀吉はなろうと思えば将軍にもなれたことの根拠にはなっても、その逆には全くならない。

436 :人間七七四年:2007/05/31(木) 11:04:02 ID:7n5uDdQ+
三職推任の意義

・将軍が居ても関係ない
・将軍就任には平氏でもなんら問題無い
・将軍就任には実効的な関東支配も必要ない
 *もしくは甲信、上総あたりだけでもおk?
・五摂家以外の、それも公家でもない武家が関白になれる可能性を
 朝廷自ら示した

こんなもん?


437 :人間七七四年:2007/05/31(木) 16:29:20 ID:TJCQT35g
三職推任の意義なんてとくにないって、ただ朝廷が信長に屈しただけ、
それだけの話、それを取り上げて身分にとらわれない社会になった
なんていうのは幻想にすぎない

438 :人間七七四年:2007/05/31(木) 16:31:24 ID:7n5uDdQ+


439 :人間七七四年:2007/05/31(木) 16:32:02 ID:IApVLAWt
誰もそんなこと逝ってなくね?

440 :人間七七四年:2007/05/31(木) 17:11:08 ID:S5Ss+WZh
>>437
落ち着けw

441 :人間七七四年:2007/05/31(木) 19:58:15 ID:8pAYPL+N
>>437
>朝廷が信長に屈した
詳細説明希望

442 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/05/31(木) 20:12:37 ID:UvFct8SN
秀吉は将軍になんか絶対なれないという奴は秀吉に対して個人的恨みでもあるんか
色々書きたいがどうせ書いても読まないだろうからそろそろ次の話題にいこうぜ

443 :人間七七四年:2007/06/01(金) 22:26:46 ID:Uj9yEOTk
少し時間がたつとまた京子ちゃん説を掲げて鼻息フンフンしながら勝ち誇ったレス
する馬鹿がくると思うんだけど。




444 :人間七七四年:2007/06/02(土) 11:20:49 ID:vOBRtyU3
秀吉は将軍になれなかった。
生まれとかならあれだけ実力があればなれるだろう。
でも、秀吉は義昭の力の無さを見て偏見をもっちゃったから
将軍になるって言う発送をもてなかった。
将軍って言うのはなってそんな損なものじゃないのに
将軍になりたいと思えなかったから秀吉は将軍になれなかった。

極端な話、前例は無いけどあれだけ実力あるなら関白と将軍を兼ねて、
関白将軍でも良いんじゃねえの?とか思うんだけどどうなんだろ。


445 :人間七七四年:2007/06/02(土) 11:43:41 ID:t3P/AMMo
>将軍になるって言う発送
どこに発送したの?

446 :444:2007/06/02(土) 11:50:42 ID:vOBRtyU3
すまん、誤字だ。
発送→発想
発送の方ばっかり良く使うからナチュラルに間違えた。

447 :人間七七四年:2007/06/02(土) 14:00:49 ID:PQowuQDz
天下の政権執行者としての役職は一つ有れば十分じゃね?

448 :人間七七四年:2007/06/02(土) 14:09:27 ID:IL1O2MJP
秀吉様が関白と将軍の両方になられたら
「関白様」とお呼びしたらいいのか「将軍様」とお呼びしたらいいのか
三成、困ってしまいまするぅ

449 :人間七七四年:2007/06/02(土) 14:21:25 ID:PQowuQDz
「上様」と呼んでれば無問題w

450 :人間七七四年:2007/06/02(土) 16:19:03 ID:Q+4ECiRi
今まで関白将軍って誰かいたっけ?
将軍になってれば秀頼も将軍になれたのにね
じゃあ秀頼は関白になれなかったの?

451 :人間七七四年:2007/06/02(土) 17:15:59 ID:pqAiD/Ef
秀吉が将軍になって秀頼が世襲で将軍職を継げるくらいなら
関白も継げてたと思うんだがどうか

452 :人間七七四年:2007/06/02(土) 17:30:20 ID:e2MJgF7Y
実際秀次は関白になっているわけだから、世襲に出来たはずだと思うのだが、
確かに秀頼を関白にしなかったのはなぜか分からないなあ。
あまりに幼すぎたのが問題だったのだろうか?

453 :人間七七四年:2007/06/02(土) 18:06:48 ID:suR4JnQg
そらそうでしょ
天皇の補佐って名目なんだから

454 :人間七七四年:2007/06/02(土) 18:08:26 ID:pqAiD/Ef
うん、それぐらいしか理由がないですな

455 :人間七七四年:2007/06/02(土) 18:10:58 ID:suR4JnQg
石田三成も、秀秋に秀頼が成人するまで関白にするって内容で西軍に
誘ってたし、成人したら関白ってプランだったんでしょ

456 :人間七七四年:2007/06/03(日) 07:25:39 ID:9p36JWCC
しかし関白が幼い者には継げない位だったなら、秀吉の選択は多少失敗だったかもね。
長く政権を維持しようとすれば、幼君を擁立しなければならない場合もありえるし、
そういった際に君主の権威を保障する位に就くことが出来ないとなると、
「権威ある位」の意義が薄くなる。

豊臣政権の場合は二代目で早くもそうなってしまったわけだが。

457 :人間七七四年:2007/06/03(日) 07:40:09 ID:KJxKq2zx
じゃあ将軍だったら幼児でも継げるのかというとそう言うわけでもないし
秀吉が死んだ後も豊臣政権がそのまま安定すると朝廷が予測するような情勢だったら
幼児でも継げたかも知れないわけで
結果論で「失敗だった」と言われてもね

458 :人間七七四年:2007/06/03(日) 08:00:37 ID:DDyDJxiK
まあ、将軍は幼児でなった先例があるが政権の安定とは関係ないよね
関白の最大の問題は天皇一代に附属した職ということだろうな


459 :人間七七四年:2007/06/03(日) 08:10:02 ID:LhlJpexA
秀吉の場合は関白という役職ではなく、
いわば「豊臣氏の氏長者」に政権執行者としての役割を持たせようとしたんじゃないか
秀次粛清以後は関白も空席になるが、秀吉が関白に復職して政務に当たったかというとそうでもない

460 :人間七七四年:2007/06/03(日) 08:26:52 ID:9p36JWCC
>>457
天皇の補佐だから、という理由で幼児が継げなかったのなら、
政権が安定していようとそうでなかろうと、
幼児は関白になれないって事になってしまうでしょう。

将軍の場合は幼児でも位についた前例はあるが。

461 :人間七七四年:2007/06/03(日) 08:33:05 ID:9p36JWCC
まあ、元々前例なぞ全くないのに、実力で関白にまでなった秀吉なんだから、
どうしてもと思えば、前例なぞ無視して幼児だろうと何だろうと、
関白にしてしまえば良かったのだろうが。
それをしなかったということは、やはり別の政権構想があったのかね。

462 :人間七七四年:2007/06/03(日) 10:58:52 ID:LhlJpexA
秀吉も関白になるときは近衛前久の猶子となって
「藤原秀吉」として任官されてるわけで、一応それなりの手続きは踏んでる
太鼓持ちの大村由己に命じて「関白任官記」みたいな怪文書配らせて
せっせと自分の出自を捏造してたのもこの頃
朝廷の権威を後ろ盾に全国統一とその後の政権運営をやってきた豊臣家にとって
あんまり朝廷の先例とやらを蔑ろにするのは賢いやり方じゃない

463 :人間七七四年:2007/06/04(月) 18:11:12 ID:pyIbY5gm
でも、単純に後のこと考えたら、秀次をやったときにごり押しで良いから
秀頼を関白にしてしまった方が良かった気はする。

確かに無理筋ではあるんだけど、偶には無茶も必要だよ。

464 :人間七七四年:2007/06/04(月) 19:28:25 ID:CNr7d47V
朝廷が首を縦に振らないんじゃないか?

465 :人間七七四年:2007/06/04(月) 21:13:33 ID:k3zF2+Yn
そういえば、松殿師家ってある意味12歳で人生が終わった摂政がいたけれど、それより若い摂関任官ってないんじゃないか?

466 :人間七七四年:2007/06/04(月) 21:20:50 ID:kryo2HfE
>>464
秀吉相手に断固抵抗する気概はなかったと思うが・・・。
しかし、秀次粛清で政権が動揺している直後に、
朝廷に対して無理なごり押しをするのはさすがに躊躇ってもおかしくないか?

どっちみち、秀頼を関白にしようとしたようなことを示す資料もなさそうだし、
推測の域を出ないわなあ。

467 :人間七七四年:2007/06/06(水) 05:39:05 ID:gsKslL7v
日本史雑学トリビア200って本に
「秀吉は将軍になろうとしたがなれなかった」と書いてあった
ウソビアじゃねーか

468 :人間七七四年:2007/06/06(水) 18:17:48 ID:x5GfRTZ2
この手の本はいい加減な物が多くて
「信玄の死因」を検証するページに「鉄砲傷」が含まれてるのがあった

黒沢明の映画「影武者」で、外国人が見ても分かりやすい映画作りのために
信玄が突然死ななければならなかったから、鉄砲で撃たれて死んだという話を創作しただけなのに


469 :人間七七四年:2007/06/06(水) 18:26:59 ID:gIv8gIly
信玄が笛の音に誘い出されて撃たれた、ってのは黒澤映画じゃなくて松平記みたいな徳川方の史料が元ネタだろ
君もいい加減なことを言うなよ

470 :人間七七四年:2007/06/06(水) 19:04:37 ID:5B02IoSe
コミック乱だかコミック乱ツインズだか忘れたけど
コラムで普通に秀吉が義昭に養子の申し出をしたが断られたので
仕方なく関白になったみたいな記載もあったなぁ


471 :人間七七四年:2007/06/07(木) 07:05:47 ID:1ESmyzJQ
>>467
どっちかというと「秀吉は将軍になろうとしたがなれなかった」と言う方が、
一般に流布している俗説だから、
むしろ実は将軍になろうとしたことを示す同時代の証拠は全くない、
という方がトリビアと言えるでしょうね。

472 :人間七七四年:2007/06/07(木) 07:10:46 ID:JJBla47o
ガセビアの沼向けの話題だな

473 :人間七七四年:2007/06/07(木) 14:00:20 ID:WjvDMW7Q
>>470
コラム作者にとっては関白は消去法でなれる地位としか思ってないんだろう。

474 :人間七七四年:2007/06/07(木) 17:00:02 ID:bYAJXOiN
>>471
>どっちかというと「秀吉は将軍になろうとしたがなれなかった」と言う方が、
>一般に流布している俗説

それは初耳だった
いつからそんなデマが広がったんだろうか?

475 :人間七七四年:2007/06/07(木) 18:22:14 ID:ZFbqHhX6
江戸時代から

御用学者のヨイショだけじゃなく紫衣事件等で
公家の扱いが悪かったからなぁ

京に住む民衆ならともかく幕府が証人喚問で呼び出した
高位の公家なんかを江戸市民は目撃してるし

476 :人間七七四年:2007/06/07(木) 18:58:20 ID:1ESmyzJQ
>>474
そういう俗説を知らなかったならむしろ幸運だと思うが、
まあ要するに江戸時代の御用学者が徳川家の権威を高める為に流布した説。
「秀吉は将軍になりたかったがなれなかった、
しかし家康はその将軍になれた(だから将軍家の方が尊い)」というような論法。

こういう背景があるからこそ、このスレなどでも、
繰り返し「なりたかったがなれなかった」派が現れる。
私自身、関白という位の意味や、藤原氏も将軍になっているという事実を知るまでは、
この俗説を信じていた。
今にして思えばずい分恥ずかしいことをしていたものだと思う。

477 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/06/07(木) 21:05:35 ID:GVm6P585
こうして一人一人"俗説"という名の呪縛から解放されていくのだよ

ほぼ一次と呼べる史料に基づいて編纂された史料集覧や大日本史料と呼ばれるような
いわゆる「通史」には征夷大将軍における秀吉の猟官運動については一切記されていないし
もちろん当代の朝廷に近かった公家どもの日記にも一切記されていない

これを前提としてもう一度整理してみるが
一般に流布されてきた"俗説"とは何だったのかそれはどのようなものだったのか

1.「秀吉は正親町天皇からの将軍要請を辞退した」(多聞院日記)
   この説の信憑性については>>173および>>171で否定しておいた
2.「秀吉は足利義昭から将軍職を断られた」(豐臣秀吉系譜)
   豐臣秀吉系譜については原本および著者・林羅山が書くにあたって根拠としたソースの記述もない
   ただ徳川史観で編纂された「後鑑」の中に綱文があり「林はこう書いている」とあるだけ

実際に秀吉は将軍に任官されなかった。位人臣を極めた「あの秀吉が」である。
あれほどの権力を持った秀吉が何故将軍にならなかったのかあるいはなれなかったのか
(なれなかった、については俺様の上のほうのレスで否定しているが)

このスレでも書かれているが史料がない以上推論に走るほかなく
当時はこのスレ以上に人々は色々と噂し、納得いく答えが欲しかったはずである
ま、その結果として俗説が生まれただろうことは容易に想像できるわな。

こうした俗説は根拠がないから俗説であって、こうして紐解いていけば考えら得る着地点としては
「秀吉は将軍には な ら な か っ た 」という状況証拠と
「秀吉は将軍になる必要がなかった」という比較的妥当な推論を得られるだけ。
史料を読み込む+αの限界がこの辺りだろうな

史学的検証を付け加えるなら
「だからといってこれらの俗説を否定するに足る史料はないわけで俗説を完全に否定することは出来ない」
という補足を付け加えればもう充分だろう

478 :人間七七四年:2007/06/07(木) 23:34:38 ID:HY3gWJG8
記憶

479 :人間七七四年:2007/06/08(金) 02:52:39 ID:XOv8koLQ
さて、あのむきになってた馬鹿もなりをひそめたことだし、再びどこかの馬鹿がスレを上げるまでここは凍結です
ではみなさんよいお年を!

480 :人間七七四年:2007/06/08(金) 16:22:36 ID:7qts7ivA
じゃあ今週のキチガイ当番は君に決定!


481 :人間七七四年:2007/06/08(金) 16:51:58 ID:tadxIQR6
あ、俺にきちがい当番が当たったよ。
今週のって事は一週間がんばらにゃならんのか。厳しいね。

482 :人間七七四年:2007/06/08(金) 16:57:56 ID:tadxIQR6
征夷大将軍ってのは戦国末期でははっきり言えばさびた名刀のようなもの
逆に関白って言うのはでかくて質の良いダイヤみたいなもんだな。

錆びた刀なんて誰が欲しがる?錆びてるんじゃ切れもしないぜ。
ダイヤだったら見せびらかせるし、綺麗だぜ。

ただ、カタナはちゃんと研げば名刀に戻るし名刀に戻れば人を脅せるし、人を殺せる。
秀吉はカタナを研ぐって言う発想がなかったから将軍にはならなかった。
家康は錆びた刀を研ぎなおしてちゃんと武器に戻した。

まあ、ダイヤだってちゃんと工業利用すれば恐ろしい武器にはできるんだけどね。
あと関白も関白の権限を利用すればいろんな事が出来たと思うけど、
秀吉はそれほど、無茶をしてない気はする。勿体無いなあとおもってしまうよ。

by 今週の当番

483 :人間七七四年:2007/06/08(金) 23:54:08 ID:McG/t/5K
本当にアホだなオマエラwww

天才のオレ様が正解を教えてやろう
秀吉は信長の家臣だった頃に
将軍の命令を聞かない勢力・将軍の指揮下にない勢力と
死闘を繰り広げていたので将軍になっても価値は低いと考えたんだよ
将軍の言う事を聞かないやつでも天皇の命令は聞いたので
秀吉は天皇になろうと思ったけどなれなくて関白になったんだよ
分かったかクズどもwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

484 :人間七七四年:2007/06/09(土) 00:04:24 ID:0YxFTYHP
切れ過ぎ。

485 :人間七七四年:2007/06/09(土) 15:23:09 ID:hDw4+IBC
将軍という肩書きは武家の統制にしか役に立たない
当時としては何の役にも立たない役職だった
関白なら朝廷にも寺社にも役に立つ肩書きだし
一揆衆を抑えるのにも重要な役職だよ
だから秀吉は天皇になれなくて関白になったんだよ

486 :人間七七四年:2007/06/09(土) 19:50:55 ID:St4IjpWF
関白と将軍を兼任することはできなかったの?

487 :人間七七四年:2007/06/09(土) 20:07:44 ID:5jZdbu7m
そこら辺は微妙なところだけど、
とりあえず、あえて兼任する必要はなかったってところでしょう。

現代から見ると、大成功といってよい徳川家の例があるので、
どうせなら将軍職もあった方が良かっただろうと思えるが、
秀吉の時代では、関白になれた以上あえて将軍に固執する必然性はない。

488 :人間七七四年:2007/06/09(土) 22:46:41 ID:zsjdYCHE
>>487
正解

489 :人間七七四年:2007/06/09(土) 23:48:05 ID:KC9muJNF
将軍がさらなる上の位を求めた例はあるけどね(源実朝、足利義満、足利義政、etc)。
逆は知らないなあ。

490 :人間七七四年:2007/06/15(金) 20:27:52 ID:PuuWtRhB
関白が天皇を代理する武家政権ってのもしっくりこないんだけど

491 :人間七七四年:2007/06/16(土) 10:51:48 ID:d8OiOz6s
信長が神を目指していたように、秀吉もさらに上を目指すつもりだったから、
関白だろうが将軍だろうが、通過点だからどっちでもよかったんじゃないかと。

492 :人間七七四年:2007/06/16(土) 22:43:48 ID:l0b9BP9v
まだやってんのか

493 :人間七七四年:2007/06/17(日) 11:29:57 ID:nfOjJkgv
>>491
>信長が神を目指していた

何、その俗説

494 :人間七七四年:2007/06/17(日) 15:10:28 ID:eKPatP3F
京子ちゃん説だろ
信長と十字架でそんなこと言ってる

495 :人間七七四年:2007/06/20(水) 19:54:57 ID:lpAdTCHf
太政大臣、征夷大将軍、関白・3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1180987995

496 :人間七七四年:2007/06/20(水) 22:42:38 ID:KJaHkfPx
種無しは将軍にはなれぬのじゃ。(by 家康)

497 :人間七七四年:2007/06/22(金) 21:01:37 ID:r8lMBCPJ
家康は実際に神として祀られたしな

498 :人間七七四年:2007/06/22(金) 21:18:08 ID:1acEpLfi
秀吉も神格化されて豊国神社に祀られたけど、家康に遺棄された。

499 :人間七七四年:2007/06/22(金) 21:27:16 ID:Y+AvN12R
今は信長も秀吉も家康も皆神様だな

500 :人間七七四年:2007/06/23(土) 10:47:44 ID:XI3ulFIj
信長は神様になっていたか?

501 :人間七七四年:2007/06/23(土) 11:57:12 ID:12A8MZr4
第六天魔王だな

502 :人間七七四年:2007/06/23(土) 12:26:23 ID:hA68/0hX
明治時代になって信長の尊皇の志が評価され、明治天皇から正一位の神格が贈られた>信長
別格官幣社建勲神社がそう

503 :人間七七四年:2007/06/23(土) 18:18:50 ID:XI3ulFIj
>>502
そうだったのか、知らなかった。
情報ありがとうございます。

504 :人間七七四年:2007/06/23(土) 23:22:44 ID:3urGudOm
ノブも秀吉、家康の仲間になれてよかったな

505 :人間七七四年:2007/07/02(月) 16:26:40 ID:+CowluRH
>>490
そりゃ豊臣政権が10年そこらで終わったからだろう。
多分、江戸幕府みたいに250年以上続いたら話が違ってくる。

506 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:22:50 ID:rn2RBlJR
「関白が」の部分を「征夷大将軍が」に置き換えても同じことが言える品

507 :人間七七四年:2007/07/06(金) 14:52:50 ID:yVske4Y7
というわけで
これにて一件落着

508 :人間七七四年:2007/08/30(木) 23:09:15 ID:lEshouPl
ありがとうございました

509 :人間七七四年:2007/09/02(日) 16:36:39 ID:NDjtAt1y
>>1
近衛家の猶子になったから関白になれたんだろうが、
なんで関白でも将軍でも好きな方を選べたとか言ってるんだ?
羅山の話が事実かどうかは別にして将軍になりたければ足利家の猶子
になるというのは方法論としては妥当だと思うが
考え方じゃないか、


510 :人間七七四年:2007/09/02(日) 19:27:36 ID:THZSVviu
なんで?征夷大将軍は関白と違って持ち回りでもなければ、まして世襲でもないのに
足利源氏の血統を必要とする理由なんてどこにもないだろ

511 :人間七七四年:2007/09/03(月) 01:47:58 ID:fNQnbivM
>まして世襲でもない
室町幕府は15代に渡り世襲できてるんだが・・・
>足利源氏の血統を・・・
それは関白にもいえる、少なくても室町時代は足利家が独占
していたわけで、関白よりもなれる家が限られていた

512 :人間七七四年:2007/09/03(月) 02:32:49 ID:RwE9UqEF
足利家15代を世襲というなら
関白も藤原家代々の世襲と言えてしまうな。

513 :人間七七四年:2007/09/03(月) 02:40:11 ID:gKmnvfRn
世襲の意味わかってる?
関白の持ち回りは世襲とは言わないよ

514 :人間七七四年:2007/09/03(月) 06:51:45 ID:8Zvp6tUc
明応の政変以降の将軍職が世襲といえるのだろうか?

515 :人間七七四年:2007/09/03(月) 07:10:26 ID:r7ag2ErH
傍系や弟が継いでも世襲?
つーか、別に征夷大将軍なりたきゃなればいいのよ
坂上も藤原も皇族もなってんだから今更源氏にこだわる必要ない
それこそ関白みたいに強引に猶子になる必要ナシ

516 :人間七七四年:2007/09/03(月) 07:56:16 ID:plLQPTNN
>>509
このスレを読み直しなよ。

517 :人間七七四年:2007/09/03(月) 08:40:31 ID:clqpU5Cn
理由:家康が大嫌いだった。
秀吉様は家康をことのほか嫌っていた。
予知能力の有る秀吉様は家康が将軍となることを見越しておられた。
そのため将軍よりは上位である関白となった。



518 :人間七七四年:2007/09/03(月) 08:42:18 ID:WWbPu6gR
百姓や足軽の子が将軍職に就いたという
前例を残したくなかったからだろう
武家の棟梁なんだから

519 :人間七七四年:2007/09/03(月) 09:38:13 ID:sxlEWFa6
百姓や足軽の子が関白職に就いたという
前例を残したかったからだろう
人臣の最高職なんだから

520 :人間七七四年:2007/09/03(月) 20:28:15 ID:fFxGbn2t
>羅山の話が事実かどうかは別にして将軍になりたければ足利家の猶子
>になるというのは方法論としては妥当だと思うが

足利家の猶子になって将軍になった者など一人もいないのに
どこが妥当なのか説明くわしく

521 :人間七七四年:2007/09/03(月) 21:59:14 ID:gKmnvfRn
↑関白になる時に使った手法と同じじゃねえか、


522 :人間七七四年:2007/09/03(月) 22:57:23 ID:fFxGbn2t
関白職は代々摂関家が代々世襲しているので
関白になるための手続きとして
摂関家の養子になるという方法を取ったのはいいとして
(これも当時としては物凄い荒技だが)
それと同じ手続きが将軍職に就くためにも必要だという根拠がないわけで
その辺の説明を一切拒否して「とにかく必要だ」という意見はおかしくないですか


523 :人間七七四年:2007/09/03(月) 23:07:14 ID:RwE9UqEF
当の足利を追放した信長に征夷大将軍やらんか?と朝廷が言ってるのに
足利の猶子もなにも・・・

524 :人間七七四年:2007/09/04(火) 02:43:25 ID:HcJ0urse
家康だって、将軍になるのに足利の猶子になんぞなってない。

525 :人間七七四年:2007/09/04(火) 03:37:08 ID:dwm9yD1Y
やっぱり当時の世相として血筋というのは
大きな影響があっただろう
最低でも武家の子なら将軍職になれたと思う

526 :人間七七四年:2007/09/04(火) 10:45:36 ID:XDDj+hjt
>>524
家系は平氏から源氏へ捏造済みだったしね。

527 :人間七七四年:2007/09/04(火) 13:14:05 ID:BSo5Crtn
>>522
おもいっきりダブスタだな、何も言えん
>>525
屁理屈

528 :人間七七四年:2007/09/04(火) 16:52:21 ID:dhu4wwgi
>>526
平氏の信長でもなれたんだから源氏捏造は関東支配の為だろ

529 :人間七七四年:2007/09/04(火) 19:45:00 ID:K44Ze+4l
朝廷からすれば
強大な権力者が朝廷のしかるべき地位に就いてくれて
朝廷を保護した上で国内が平穏になってくれればいいんであって
せっかく平和になろうとしてる時にその機会を朝廷が潰したと言われたりとか
強大な権力者の力だけで朝廷と関係なく平和になっちゃったとか
そういういう事態になったらそれこそ朝廷としては立場がない
朝廷は秀吉や家康が欲しがる地位をやればいいんだよ

源氏が平氏が足利がと言ってるヤツは
そういう当時の朝廷の立場とかを考えた事が一度もないだろ

530 :人間七七四年:2007/09/04(火) 19:56:11 ID:lOBr6qYV
>>525
血筋が大切なら、天皇の外戚である藤原氏以外は、
かつて一度も就任していない関白になる方がよっぽど大変なことだが。

もちろん、藤原氏の養子になったからこそ可能だったわけだろうが、
それだったら同じ藤原氏は将軍にもなっているのだから、
どうしても将軍になりたかったなら、藤原氏の養子から将軍になっても良かった。
それをしなかったのは、やはり将軍より関白の方が良いと思ったからだろう。

531 :人間七七四年:2007/09/04(火) 21:20:13 ID:oXeP09yE
>>528
源氏改姓がいつだと思ってるんだ


532 :人間七七四年:2007/09/04(火) 21:39:13 ID:k438Zw7O
秀吉としては自分らで傀儡として利用し追放した将軍位に大して魅力を感じてない
織田信長の最高位が右大臣でそれを超える官位として関白の方が良いに決まってる
家康は関が原当事は一応豊臣家の家老という建前なので関白にはつけない
となれば征夷大将軍の方を選んだ
と簡単に思ってたんだが違うのかい?

533 :人間七七四年:2007/09/04(火) 21:46:47 ID:K44Ze+4l
>>532
それでいいと思うよ
加えて言うと、秀吉が関白になったくらいの時代はまだ治安が安定していなかったんだけど
治安を安定させる力は将軍職にはなかったんだよ

将軍は「武家のトップ」でしかないので武家しか統治できず
一揆や寺社には力が及ばなかった事を信長配下の秀吉は実感している
本願寺は将軍の命令は聞かなかったが天皇の命令を聞いて石山寺から撤退した

534 :人間七七四年:2007/09/05(水) 06:11:37 ID:fEkGu5JZ
関白なんかなったから将軍職の家康に滅ぼされた
ようするに秀吉はアホ

535 :人間七七四年:2007/09/05(水) 07:37:28 ID:8nnUY8QY
下手糞な釣りだな

536 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/09/05(水) 23:16:39 ID:0healmVw
いまさらこんなスレ持ち上げてるおまえらドッグスメーン
俺様を完全にディスってるとしか思えないなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

信長横死後に秀吉に必要だったのは何だったのか?

それに対する俺様の推論(>>250)がすべてを現しているだろうがッ!!!111!!


秀吉が可及的速やかに行わなければならなかったのは信長の継承者としての地位
他社の圧倒であり越官、そして彼を取り巻く公武門跡に対して戦略的優位に立つことに他ならない

つまり自己の政権統制に必要な関白とか将軍という官は秀吉躍進の初期段階にはさしあって必要ないのだよ。


537 :人間七七四年:2007/09/06(木) 01:06:54 ID:eBtTSmUB
他社の圧倒

538 :人間七七四年:2007/09/06(木) 01:08:06 ID:eBtTSmUB
彼を取り巻く公武門跡

539 :人間七七四年:2007/09/06(木) 02:02:11 ID:QeBr1QiR
>>1 単純なこと、将軍職には義昭がおり、関白は空位だったこと 
少なくてもまったくの間違いだとは言えないと思うが
今まで関白不在が語られていないのが不思議としか言いようがない、


540 :人間七七四年:2007/09/06(木) 03:17:09 ID:pYfTzWGz
秀吉が将軍職が必要だと思えば朝廷は義昭を解任すればいいだけの話
秀吉を摂関家の養子にするよりはずっと簡単な手続きはなず

541 :人間七七四年:2007/09/06(木) 06:16:30 ID:V9SEdNSE
>>540
そうか?養子なんて本人がうんと言えばいいだけの話だぞ、


542 :人間七七四年:2007/09/06(木) 08:37:44 ID:yEcQYYcJ
前例がないと朝廷も渋るぞ
徳川三河守任官時がそうじゃないか

543 :人間七七四年:2007/09/06(木) 14:33:24 ID:AQeyfTPA
朝廷からすれば
強大な権力者が朝廷のしかるべき地位に就いてくれて
朝廷を保護した上で国内が平穏になってくれればいいんであって
せっかく平和になろうとしてる時にその機会を朝廷が潰したと言われたりとか
強大な権力者の力だけで朝廷と関係なく平和になっちゃったとか
そういういう事態になったらそれこそ朝廷としては立場がない
朝廷は秀吉や家康が欲しがる地位をやればいいんだよ

源氏が平氏が足利がと言ってるヤツは
そういう当時の朝廷の立場とかを考えた事が一度もないだろ

544 :人間七七四年:2007/09/06(木) 20:52:25 ID:vlYmRpSu
>>541
解任なんて本人がうんと言う必要もないよ。

545 :人間七七四年:2007/09/06(木) 20:57:56 ID:YSZnfj2y
>>544
実際の力関係が上の人間から言われれば、どっちも本人がうんと言う必要もないわな


で、秀吉が勤皇よりの人間だったから天皇の権威と別の権威を
はっきり打ち上げることになる将軍職を嫌った可能性は無いのかな?

あくまで天皇の政府を取り締まる関白と
あきらかに天皇とは違う政府を作る将軍との違いね。

546 :人間七七四年:2007/09/06(木) 21:33:31 ID:d6SDYOIt
かつての将軍が勝手に武家政権を作っただけの話で
関白になっても同じことが出来るし実際に同じ事をしてるわけだが

547 :人間七七四年:2007/09/06(木) 21:54:16 ID:YSZnfj2y
天皇の朝廷と別に開府するのと、
天皇の朝廷の実権握るのは別じゃないのか?

それと、天皇に専制させなかったから勤皇はありえないと言ってるのか?
勤皇論者はみな天皇の専制を望んでいると思うのなら朱子学を学べ

548 :人間七七四年:2007/09/06(木) 22:33:02 ID:xEiwhhet
どうして勤皇なんてことが出てくるのかがよくわからない

549 :人間七七四年:2007/09/06(木) 22:37:08 ID:YSZnfj2y
天皇を敬う気持ちがあったて言う本来の意味で
幕末の勤皇活動のイメージと一緒にされたら理解できないのは当たり前

550 :人間七七四年:2007/09/06(木) 22:59:45 ID:BxCJoqmr
秀吉の場合は自分の権威付けに天皇を利用したんでしょ
それなら将軍は都合悪いかもね。鎌倉にしても室町にしても朝廷と対立して成立してるから

551 :人間七七四年:2007/09/07(金) 00:09:48 ID:Cq6yagvz
秀吉の政権だって幕府と同じで
朝廷の役職にない奉行だの大老だのを作って運営してたしね

552 :人間七七四年:2007/09/07(金) 00:10:41 ID:Cq6yagvz
それに関白が朝廷の役職で将軍はそうではないという理屈が分からん

553 :人間七七四年:2007/09/08(土) 07:33:07 ID:Zfql/o5O
実際に天皇の政庁である朝廷を取り仕切っていたならともかく、
>>551もいうとおり、実際の秀吉は封建制と奉行を用いた統治を行っていて、
実質的には豊臣家の政治機構を作っただけだしね。
関白は人臣の最高位だからそれを目指すのは至極当たり前だし、
そのことだけで勤皇の志があったという根拠とは言えないと思う。

554 :人間七七四年:2007/09/08(土) 09:05:34 ID:Zfql/o5O
>>539
今まで関白不在が語られていないのが不思議としか言いようがないって、
当時は関白空位ではありませんが?
秀吉が関白になるまでは、二条昭実が関白職に就いていました。

555 :人間七七四年:2007/09/29(土) 11:36:10 ID:TKx2UVTn
>「秀頼が君主の器でないのなら君が天下を治めてくれ」

これなんかもう劉備が孔明に託した遺言のパクリだろ
羅山がアホ以外の何者でもない裏返しだな
で、義昭に断られたってのも真っ赤なウソだな

556 :人間七七四年:2007/10/01(月) 15:14:43 ID:hsRvHRMI
そろそろ上げてみる。誰かまた煽ろう

557 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2007/10/02(火) 00:43:36 ID:kZdB+h9x
次回開催はどう考えても冬休みだろw

558 :人間七七四年:2007/10/05(金) 21:06:47 ID:VcD1vkFk
知ってるか?最近のゆとりドモには秋休みってのがあるんだぞ。

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