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今川義元 VS 武田信玄

1 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 14:53:37 ID:hTQC9Vya
駿河を取ってないころの武田なら大体石高は同じくらいのはず
条件としては
・周りの国と同盟を結んでいる(今川なら織田、武田なら上杉と)
・今川は三河遠江駿河の3国(計70万石)武田は甲斐信濃と上野の一部を所有(海が無いので今川よりも若干多めで)
・部下は太原雪斎がいたら今川が勝利確定なので1560年ごろので 武田も駿河攻め前程度の連中で

2 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 15:08:44 ID:hTQC9Vya
今川勝利説
・松平元康以下天下を取った連中が勢揃い 朝比奈とか岡部とか今川側にもそれなりにはいる
・港+金山でボロ儲け 国力からして違う
・政治の能力ならそれこそ信玄などとは比べ物にならない
・息子は政治面では優秀
・東海道一の弓取り
・武田騎馬隊なんてねーよ
・寡兵で何度も負けている武田信玄自体そもそも別に強く無いのでは?
武田勝利説
・駿河が無くても石高では甲斐信濃上野の一部でも80〜90万石
・今川義元はかなり太原雪斎に頼っていた部分がある、その太原雪斎がいないのなら武田有利
・いくらなんでも太原雪斎がいない今川家臣団よりかは武田家臣団のほうが優秀だろう
・息子がアレ
・そもそも今川義元ってホントに戦強いのか?

3 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 16:08:24 ID:1fWbdxL4
>>1
信玄の長男の扱いはどうなってるんだ?

あと、北条はどうなってる?

4 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 16:32:47 ID:5bCsUIgy
( ´゚ω゚` )

5 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 16:39:07 ID:WwSWl+tY
似たようなスレたくさんあるじゃん。
乱立させないで、こっち使えよ。
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1170222817/
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1168681421/
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1165627429/

6 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 16:56:18 ID:85QvapGj
織田信長>>>>>>武田、今川


終了!

7 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 18:08:06 ID:j+F2Hgrn
おいおい、信長の野望ならキラ星のように優れた武田武将たちで
無能な今川家臣を簡単に蹂躙できるだろうが、史実はゲームとは違う。
武田と今川が同じくらいの勢力ならきっ抗しあって勝負はつかないだろう。

8 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 18:20:16 ID:lwa9UsN6
>>7
信虎時代の繰り返しになるだろうね。
武田も今川も地方豪族として終わるだろ。

9 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 20:28:49 ID:e89Lrtyt
>海が無いので今川よりも若干多めで

はぁ?

10 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 20:47:14 ID:hTQC9Vya
>>9
港の重要性知らんの?

11 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 23:11:12 ID:wTICppqR
>>8
史実と一緒な結末だな。

12 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/31(水) 23:59:49 ID:XIyp+HpA
北条が味方に付いた方が勝ち

13 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 02:31:18 ID:KV+uuC78
今川・北条連合軍VS武田軍なら、武田は苦戦しながら領土を維持できそう。(信虎の時代と同じ構図)
武田・北条連合軍VS今川軍なら、雪斎がいない今川軍が領土を維持できるかどうか疑問。


14 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 02:35:05 ID:dnKo6s0k
そもそも雪斎いないってどういうことだよ?
いてもいなくても同じ。
武田の勝ち

15 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 02:46:55 ID:wtUbi5IH
そもそも雪斎の存在はそこまで影響するのか。

16 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 14:40:45 ID:4U/tGr7R
>>13
今川・北条連合軍VS武田軍なら、武田は苦戦し上杉に北信から進入されて滅亡だな。
武田・北条連合軍VS今川軍なら、雪斎がいない今川軍が領土を失いそうになると上杉が(ry



17 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 17:09:32 ID:KV+uuC78
>>16
史実として今川・北条・上杉に囲まれた信玄は、しっかり駿河国を制圧してるよw
上杉が信濃を攻めれば武田は兵を退くだろうけど、北条は退かない。
駿河国駿東郡を足がかりに北条が駿府に攻め込んで、今川終了。



18 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 17:31:50 ID:QT+A3ZJ7
太原雪斎はそれこそ武田の家臣ごときが束になっても到底敵わないぐらい強いぞ
史実も結局徳川と共同して三河の無い40万石程度のしかも今川氏真の今川家を潰しただけだしな
所詮武田なんてそんなもん

19 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 18:16:23 ID:haDuWOQp
ゲーム脳

20 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 18:30:11 ID:7ij7BzcM
実質、太源雪斎軍だろな。
内政も寿桂尼が仕切ってた感じだったろうし、義元自体は無能だった可能性
は高い。 一応トップとして決済は取り仕切っていたとはいえ、花倉の乱
で君主の座に据えてもらった雪斎は絶対だったろうしな。

軍事なんてまるで素人で、それ以前に大軍率いてるだけで余裕ぶっこいてる
武将に勝利なんて訪れないよね。

21 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 18:31:54 ID:Mqzm0EHf
太原雪斎が優秀なのは認めるが、そこまで圧倒的とは思えんな。
小豆坂だって劣勢の織田軍に追い立てられて伏兵で逆転だら?
確か兵力差は結構あった気がするんだが。それでこれじゃあ圧倒的とはいえんだろう。

22 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 19:11:19 ID:QT+A3ZJ7
太原雪斎が死んだから新たに松平元康を育てようとしたというのは凄まじいな義元・・

23 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 19:39:30 ID:4U/tGr7R
>>17
スレタイ詠めよw
義元健在なら内応者が続出はしないしから、武田は対陣して引き上げるだろうなw

24 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 19:49:31 ID:KV+uuC78
>>23
「スレタイよめよ」の意味がわからん
北条・上杉などの主な他大名が動かず、今川と武田が決戦すれば武田が勝つと俺は考える


25 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 20:04:12 ID:ZG+ksJZD
史実では北条は今川が相当に弱体化してるのにこれを援けて武田と対決してるよなあ。
それにこのIFでは義元健在という今川家の最盛期という条件になってるわけだ。
年代的には1560年付近だとすると武田は信濃に勢力を伸ばしつつある頃だよな。
石高でいうと2倍近く開いてるかな。

26 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/01(木) 22:30:57 ID:LgA7Gc4s
今川はそれこそ弱体化しているが、それでも岡部正綱が駿府を一時奪還したり
北条が出ばったりで3年くらい平定にかかっている。今川義元が全盛だった
今川と武田なら、どう転ぶかわからん。

27 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/03(土) 08:50:17 ID:R4L0dnRW
北条早雲は元々、今川の客将で今川と北条の縁は深い。
そして三国同盟を破った武田に対して北条と今川が同盟組むのは当然。

28 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/03(土) 08:52:31 ID:p7AXsAng
太原、太原言っている人は太原の実績上げられるの?

29 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/03(土) 08:56:48 ID:1psJsbEU
>>28
その通りだ挙げてみやがれ糞大原厨

30 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/03(土) 09:54:25 ID:NEEtWI3q
雪斎は第二次小豆坂合戦で織田信秀軍を撃破したりと軍事的実績もあるけど
どっちかというと今川義元に家督継がせたりする多数派工作や外交のほうが功績のウェイトが大きいような

31 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 03:01:22 ID:JSgIpZE9
>>30
織田信広を捕らえたりもしてるね。

32 :光流義 ◆IpSLd1HMDY :2007/02/04(日) 08:52:46 ID:NgEhGa7M
>>30
外交・政治なら今川義元一人でも十分なんじゃない?
ただ、まだまだ彼は戦経験が不足だから
どちらかというと軍事面で大原は不可欠だと思うけど

33 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 08:57:57 ID:467vJ6vE
北条氏康と互角の争いをしていた義元に不足は無いと思う

34 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 09:00:02 ID:H25AZlXJ
義元の戦のレベルがどうであろうと信玄も似たような力量だろ。
それなら今川が勝つ、ような気がする

35 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 10:44:20 ID:83A9IMpW
武田は豪族連合体
今川は大名権力を強化した進んだ大名
総力戦になったら武田のほうが息切れしそうな

36 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 12:37:28 ID:XPr1fuWO
で、今川氏真って最後はどうなったの?

37 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 15:29:25 ID:9w8pzbxk
今川のかちに決まってるな

38 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 21:04:33 ID:G7TpzUG0
今川家は家が残った
武田家は滅亡した

今川の勝ち

39 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 21:17:07 ID:KTALbAPv
>>36
アーセナルに移籍した

40 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 21:34:53 ID:h7i/8BsK
>>36
アンリの相棒としてファンタスティックなゴールを量産したんだよ
ゴール前では常に冷静でテクニカル
去年惜しまれつつ引退したけどね。
確か10番だった

41 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 00:49:56 ID:ouuG8x9M
36
子供の頃、共に将来の夢などを語り合った松平元康くんに捨扶持をもらって静かな余生を送った。
三国同盟時にもらった嫁さんと仲良く晩年までつれそって、
嫁さんを看取った二年後、自らも病床に伏した。

なかなかに 世をも人をも 恨むまじ 時に合わぬを 身の科にして

今でいう経済制裁にあたる塩止めを400年前にやろうとした政治のセンスはなかなかのものだった。
氏真は、天下泰平の世ならば名君と称されていたかもしれない。
それを、本人も分かっていたんだ。

42 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 08:46:26 ID:BdTG7IKX
義元って吉良攻めの時位しか勝ち戦なかったんじゃね?
対北條戦では負けてばっかだったし


43 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 11:16:46 ID:6wABFieB
>>42
勝ってるよ。負けたのは最初だけ。

44 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 11:52:47 ID:TgpdYCNo
武田家 信玄 勝頼 信繁 勘助 山県 馬場 高坂 内藤 秋山 小山田 真田幸隆 昌幸     
今川家 義元 雪斎 元康その他雑魚      

メンツ的には武田が圧倒してるな        
史実で信玄は駿河攻めで今川の他に氏康、家康、謙信四面全方位で
有力大名を敵に回しても駿河ぶん取ってるからどう考えても武田の勝ち   


45 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 12:00:19 ID:TgpdYCNo
氏康が三国同盟を破棄し今川攻めた、信玄と敵対し徳川、上杉と同盟したが
信玄に小田原攻められ、その後撤退した武田を攻めたが大敗してる     
遺言では上杉と徳川と同盟を切っても武田と同盟しろと
遺言してる(これは史実ではなく単に息子が武田を選んだ説もあるが)  

このように武田、今川をよく知る北条の評価は武田>今川という事にならないか? 


46 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 12:09:42 ID:qEA700dV
ならないから。

47 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 12:12:56 ID:iNTHjbra
太原雪斎ってそんな凄かったのか…
誰か!誰かァ!太原雪斎の凄さについてkwsw!11

48 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 13:42:11 ID:f+aYbP4j
今川家の凋落は、義元討死と重臣団の壊滅という桶狭間の大敗から
それまでは武田家の場合、援軍を求められたら当主の晴信自らが参陣して働かなければならないほど差はついていた
言われている今川家の駄目さって全部桶狭間以降の事なんだから、五分という条件下なら結論は変わる

49 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 13:57:49 ID:B+UWMD9A
>>40
ベルカンプ乙

50 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 14:10:30 ID:hZeAkNHu
一昔前のおっさんたちの「雪斉長老」観を知りたければ、山岡宗八の
小説を横山光輝が漫画化した「徳川家康」の初めの辺りを見るといい。
ある時期まで「主人公を導く老師」の代表格として国民に認知というか
誤認されてしまっていた。

テレビの「武田信玄」ではその定着していた「人格者の禅師」の
イメージを壊してスタートしなければいけなかったため、第1話で
財津一郎演じる「太原スウフ」が鎧に身を包んだ血なまぐさい姿で
信虎のもとに国交を結びに談判しに来るシーンをぶち込んできた。
これも原作の新田次郎が、太原を酒や生臭モノも好きで女にも眼が
無いが、第2回川中島合戦の和平工作に美男の小姓、というより
寵童を連れて行って政虎の歓心を引き付けるといった硬軟自在の
策士として描いていた前提が大きい。

というより「海道一の弓取り」はあくまでも今川であって、貧乏
山国の武田やら、海商で小金はあるけど小物の織田やらなどは
話にならない治世経済戦略全てに抜きん出ていた大大名が今川。

ほっといても来年当たりは「信長の野望」でも大きく扱われるよ。
庵原だの朝比奈だのは山ノ内なんかより大きな存在だったと認知
されるようになるかも知れんな。


51 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 15:28:12 ID:TgpdYCNo
>>50 横山の徳川家康は名作だな。       
ただ雪斎が家康の勉学の師的存在に扱ってたのはありえねぇwとは思った! 
ただ一番衝撃だったのは真田昌幸の小説で(作者は忘れた)        
信玄の小姓時代の昌幸の勉学の師が山本勘助だったヤツだw
小説だからメジャー所絡ませたくなるのは分かるがさ



52 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 15:33:56 ID:FVdbnBrd
武田が強いとされたのは江戸時代からだからなぁw
今川が貶められたのは家康が元の主君に弓を引いたから。
江戸時代フィルターと光栄フィルターを除かないと真の姿は見えない。

お歯黒戦国武将義元は腹の中も黒いぞw

53 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 16:32:14 ID:TgpdYCNo
>>52 おまえこそ、ここでの反信玄厨に影響されすぎw  
当時から武田というか信玄は恐れられてたよ!  
信長家康氏康関連の資料でも腐るほどあるけど  
西上進攻での中央勢力の対信長勢力には大きな期待を寄せられ、信長方には強烈な緊張状態を与えてる 
当時まったく相手にされてない小物にそんな反応しないだろ        
駿河進攻が家康が背いたから?笑わせるなよ   
家康単独なら北条の援軍も望める今川が負けないよ
信玄がほぼ今川家中を調略により反乱させまくっておとしたんじゃねーか  
別に信玄ビイキ出もないが少しは勉強してから言え 無能のカスが

54 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 18:34:17 ID:zoKggOiJ
信玄は仮にも100万石の大大名だからなー
そりゃ頼りにもされるし相手も脅威に思う

みんな信玄の持つ兵力、国力についていろいろと思っていただけで別に信玄が怖いだけじゃない
ここが重要 小説とかでは武田の無敵騎馬軍団とか最強武田信玄とかが恐れられているがな

>>44
山県? 内藤? 高坂? 馬場? 自分で一軍を率いて大活躍したわけでもない武将Aがどうしたの?
朝比奈や太原雪斎は自ら一軍を率いていた 格が違う

55 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 18:41:42 ID:6M7Efcro
馬鹿が一人で頑張る姿ほど滑稽なもんはないな

56 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 18:55:36 ID:ZMLo787s
>>52 
信虎時代から兵力が優る今川が武田征伐をやって、甲斐で寸土も領有できたのかよ
最後には兵力が優っている信長征伐でも、失敗して討ち取られると


57 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 18:58:26 ID:zoKggOiJ
>>56
そりゃ信虎の手柄であって信玄の手柄じゃねーよ
更にいえばその時は部下C程度しか向かってない

58 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 19:22:55 ID:ZMLo787s
福島正成が部下Cかよ


59 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 19:26:58 ID:zoKggOiJ
んじゃ福島は当時の今川家のNO.2といえるほどの人物だったか?

60 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 19:28:13 ID:sbdllqZL
山県は飛騨攻めで総大将だったと思うんだが。

61 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 19:32:35 ID:zoKggOiJ
>>60
一軍率いるだけなら信雄でもできる
北条綱成のように一軍を率い大活躍した、織田信忠のように大軍を率い各地を転戦し多大な功績を残したというわけでもないだろう

62 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 19:48:38 ID:WxnpgRAv
>>61
さすがに信忠を過大評価しすぎ
過小評価だった頃の反動で最近妙に過大に評価されててうんざりだ
おそらく武田攻めのことだろうが当時の織田・武田の力関係も考えるべき
そもそも武田をガタガタにしたのは親父の戦略であって信忠の功績ではない

63 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 20:09:51 ID:JgJ6HtCk
武田家は滅亡した元大名

64 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 20:46:54 ID:6M7Efcro
この対決が時空を超えてそれぞれの最盛期と部下を有してのガチバトルなのか
それとも史実における特定の時間を定めてのものなのかがわからんとなあ。
一つ言わしてもらうと武田の駿河攻略戦の頃の今川には義元はいないわけなんだから
スレタイからはずれたものであるということぐらいのことはなあ。

65 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 20:53:58 ID:zoKggOiJ
>>62
お前こそ信忠を過小評価している
信忠の功績は武田攻めだけじゃない、中国攻めやら何やらで終盤は信長が政治を、信忠が戦争を行っていたほどだ

66 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 21:07:31 ID:ZMLo787s
>>59
そうだろ
花倉の乱で滅亡するまでは


67 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 21:12:28 ID:xMNvVRYs
>>65
中国攻めのときは秀吉の応援にいってあからさまに手を抜いてなかったか?
あれが自主的なサボタージュなのか、部下をまとめられなかったのか
どっちにしてもあんまり誉められたもんじゃないぞ

68 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 21:15:19 ID:zoKggOiJ
>>67
中国攻めは毛利10万織田6万 というのはあまりに馬鹿げている数字だが毛利のほうが多かったんじゃねーの?
組織もまだしっかりしてる状態で国人も近隣の大名も豪族も織田方は少ないというのにどうしろというんだ 秀吉だって宇喜多が織田についてやっと有利になり始めた それまでは酷いもんだ

69 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 21:17:18 ID:xMNvVRYs
>>54
太原や朝比奈は義元が基本的に前線にでないタイプの大名だった事も大きいだろう。
信玄は基本的に自分で率いていくタイプだからな。
そんな組織のタイプの違いで大将になったならないで決めても乱暴すぎるだろう。

70 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 21:22:41 ID:zoKggOiJ
>>69
そりゃそうだが特に何の働きをしたというわけでもない武田四天王を高く評価しすぎなんだよ

71 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 21:38:28 ID:xMNvVRYs
>>70
総大将になっただけが武将の価値なのか?
武田4名臣はいづれも信玄の部将として各地で戦い功績をあげているが?
三方が原の前にも山形や馬場は部隊を率いて信玄の本軍から離れて城をいくつも
攻略した後で信玄本隊と合流しているだろ。
高坂は大名である謙信と相対することを想定されて海津城をまかされて任務をしっかり
はたしている。内藤は地味だが西上野の差配をまかされたり、北条との和睦で
全権を任されたりしている。信長公記でも山形や馬場は高く評価されてる。
あんまり低くみすぎるのは織田方も貶めることになるぞ。

72 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 21:44:52 ID:zoKggOiJ
>>71
その信玄の武将というのがなぁ・・
今のノブヤボ基準ならまったく低くみていない この板基準でもそれほど低くは見てないだろう
結局「その程度」だろ? 例えば上杉の押さえを任された高坂 実際に上杉と対戦して大勝したことあるか?
方面軍として活躍するのが超一流 例えばノブヤボならこの副将、便利屋程度の武将が超一流の扱いを受けているのが気に入らないし・・
太原雪斎や朝比奈の力により大勝した戦もある 信玄の別働隊で活躍したとかじゃなく紛れも無く自力で大勝
一軍を率いるだけならサル(信雄)でもできるがそれで大勝するかどうかというのはまったく別問題だろ

73 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 22:01:11 ID:xMNvVRYs
>>72
だから、その方面軍をつくるかどうかはその組織のタイプによるんだってば。
それで超一流とかいってもな。第一このスレ的にいうとどんな戦況を想定しているんだ?
今川は兵力を義元、太原、朝比奈にわけて多方面作戦でもやる気か?
総兵力がイーブンだとすると自らまとめて率いる信玄軍に各個撃破されるぞ。
まとまっているならば、そこで太原や朝比奈に求められるのは総大将としての
能力ではなく部将としての能力だろう?総大将と部将じゃやり方が異なる。
少なくともその能力においては太源や朝比奈で武田四天王を雑魚扱いはできんと
思うぞ。小豆坂は第一次も第2次も小勢の織田勢に苦戦しているしな。



74 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 22:51:10 ID:zoKggOiJ
だからここでは武将個人の話だろ
大規模な戦をするならそれこそ今川義元が大将、副将に太原雪斎に朝比奈
部下の力は一概には決められんが太原雪斎や朝比奈がいる限りは今川の方が上だと思われる という話だ
ただその部下の話をする時に副将として活躍したか大将として活躍したか、どっちが上か という話なだけ

75 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 22:51:43 ID:TgpdYCNo
つーかバカは相手しない方がいい。       
信長のような大勢力で四方八方敵に回して戦線を拡大して信長一人じゃ対応しきれないから
各部隊を率いる大将がいるんだし(それだけの国力もある)
戦略を練って実働部隊はすべて部下に委任する大名もいるし        
立場や勢力、周辺状況によるんだよアホ     
大部隊率いて大勝してないと名将じゃないのかw 
立場や役回りがあんだろ!
信玄の場合も四方八方敵にした状況もあったが、ほとんど他を同盟などで敵を一点打破で
突破していける状況にしてる これが賢い戦略
特に信玄の場合は信長みたいな圧倒的権力というより各部族の集合帯みたいな関係だから
みずから率いて敵と対していた!
若い時は特に板垣など勝手に処遇など決めだした事があったからね
その為山県などは有能な部隊長として信玄につき従い活躍した       
譜代ではない真田などは自ら大将になり対信濃勢力に活躍してる
それでも西上では各隊を率いて秋山は美濃方面山県などは徳川領をかなり落としてる
信玄の駒としても実戦部隊で家康に自害を覚悟さすほどの活躍だし
(その恐怖で家康は後に武田の残党を集め赤備えを作ってる) 
三方ヶ原や長篠の織田や徳川方の一級資料で見てみろ絶賛してるから   



76 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 22:54:45 ID:zoKggOiJ
出たな謙信玄厨・・
どこから突っ込めばいいのかわからんがとりあえず1つ

>信玄の場合も四方八方敵にした状況もあったが、ほとんど他を同盟などで敵を一点打破で
>突破していける状況にしてる これが賢い戦略

アホか

77 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 23:15:26 ID:TgpdYCNo
>>74 大規模な戦?そりゃ秀吉の小田原攻めや関ヶ原か?         
だったら総大将がいで各大名が大将として各方面戦線を率いるなw     
だいたい雪斎が率いたのはそんな数万単位か?  
武田今川ともに最大兵力は2〜4万だろ     
武田は信玄を総大将として各部隊を統率できる数。西上で攻略してるからな 
まぁ別動部隊数千を部下に任せてるが      
それに対し今川は義元一万、雪斎一万、朝比奈一万ときっちり別部隊として分けるって事だな?    
で、そっちのがすごい!強いとw意味が分からん 

仮に最盛期でぶつかるとして今川は雪斎がいる1550年くらいか?      
武田は信繁がいた1560年もあるが、やはり西上の1572年だろ。   
まぁ圧倒的団結力で全盛の軍団だった山県ら四名臣、
働き盛りの20代の昌幸、隠居したとはいえ健在の幸隆がいて信玄率いた武田に軍配上がるんじゃねーの?



78 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 23:18:26 ID:TgpdYCNo
>>76 まったく突っ込みになってないんだがw  
アホだろ!理論的にいえ。くやしくて罵倒しかできねーのか?


79 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 23:23:40 ID:Ycm4BqWq
最盛期でぶつかると領国や武将などで重なるから想定するのもナンセンス
のようにも思えるけど。

80 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 23:37:37 ID:TgpdYCNo
>>79 そーだけどね。まぁ領地はかぶるが配下はあんま被らないね!    
この時代じゃ隣国としては珍しく        
今川家家臣で武田に寝返った奴らを信玄は重要視してないし、有力者もいないからいーかなと。    

織田対豊臣対徳川で最盛期だと被りすぎてラチあかんがな


81 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 23:38:13 ID:zoKggOiJ
その4名臣とやらがどの程度の強さかねー
ゲームじゃないんだからさ、豪族の集まりでしかない武田とちゃんと組織として完成している今川じゃ長期戦になったら今川が有利
大体武田の経済状況を知ってるのか? 自転車操業だよ自 転 車 操 業
相手から略奪して、それでなんとかもってる状況 金山と港でボロ儲けの今川とは違うんだ 「仮に」武田のほうが戦争強かったとしても関係無い
国力が同じならまず武田は攻め切れないわけだから後は勝手に自滅 ということすらありえる

>>78
お前マジで馬鹿なんだな
一応説明しておいてやると信ゲイはわざわざ今川北条徳川織田と周りから同盟を申し込んでいただいたにも関わらず
信ゲイの馬鹿は俺ルールで周りを敵にまわしまくったんだよ お前もしかして武田が頑張ったから同盟結べたとか思っちゃってるのwwwwwwwwww
逆だよバーカ

82 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 23:49:31 ID:Ycm4BqWq
合戦したらなんて厨房くさいことは無しにして領国経営や家臣団などいろんな視点から
今川武田両家を比較考察するスレにしたほうがよっぽど建設的だと思うけど。

83 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 23:51:44 ID:TgpdYCNo
>>70 今更ながら無茶苦茶いっとるなコイツw  
おまえが織田系武将しか知らねーんじゃないかと…
おまえの理論だと無能な大名配下で兵を任されたか
三傑のような大勢力で各方面攻略を任された大将しか評価しないって事か  

島津にしろ毛利、武田、上杉、北条と大名が有名な所はそいつだけがすごかったのかよ?  
大友家の立花とかみたい奴しか評価しないじゃない?


84 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:00:08 ID:zoKggOiJ
>>83
北条綱成はいろいろと活躍している 河越城に立て篭もったりとか武田の軍勢相手に立て篭もったりとか・・
こういう何か凄い働きをした というのは十分凄いと思う

だが井伊の赤備えとか言われてもなー
実際井伊がやったことって関ヶ原で抜け駆けして1000人の島津にやられたぐらいだろ
そりゃ高坂が上杉の大軍を迎え撃って互角の戦いを繰り広げたとかなら凄いと思うが実際何やった? 信玄からのラブレターが送られてきたことでしかあいつ歴史に残ってないだろ
武田四天王が例えば北条綱成のように、前線で大軍を相手に見事に戦ったとか そういうのがあればいい でも無いだろ 信玄の指示でしか動けてないといったらそれまでだし、
仮に自分で動いていたとしても本多忠勝みたいに様子見の秀吉相手だったとしても500で2万以上の軍勢を迎え撃つだとか
そういうのが一切無い 別働隊を指揮して同じぐらいかそれより少ない兵相手に勝ちましたよー ぐらいしかない それでどうやって評価を上げろと 人からの評価ほどアテにならないものはないぞこの時代(例:真田日本一の兵)

85 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:01:45 ID:zts/SXeI
>>83
両家武将の能力比較して結論だしてるからには、当然のこと今川の武将についても
史料なり研究書を読んでのことだと思うから、よければ君が参考にしたものを
教示してもらえたらありがたいんだけど。

86 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:02:18 ID:FVdbnBrd
>>83
もしかして君は信玄大学を作ろうとしていた人ではw?

87 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:04:45 ID:8orQnnO0
>>81 今川が組織として完成してたら、当主が討たれたとしても跡取り健在の状況で
あんなすぐに崩壊するかよ! 
武田の制度は圧倒的統率力を持った信玄健在が条件だが          
今川よりはよっぽど結束し組織がなりたってましたよ!

ぷっ馬鹿すぎマジ 信玄は同盟結成破棄を自らの意志、都合でしまくったが 
相手の都合だけにより提携破棄をされた事など一度もない 
つまり主導権をにぎってる。信濃で対上杉ではたしかに致命的時間をかけたが制圧したし 
駿河攻略では犠牲を承知で破棄し、一時的には苦戦したが結果は  
駿河制圧し、北条同盟もまた向こうからさせてますが何か?  


88 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:06:11 ID:ouK4V0YU
>>87
ア・・アホすぎる・・

流石謙信玄厨・・ 謙信玄厨てのはみんな馬鹿なんだな まぁまともだったらとっくに他に乗り換えてるだろうが・・

89 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:14:03 ID:ouK4V0YU
まぁ一応馬鹿な謙信玄厨のために説明しておいてやる

まずお前は桶狭間で『義元だけ』が討ち取られていると思っている まずここ勘違いな
当然本陣なんだから今川家の中核・・武田でいうと板垣信方、甘利虎泰みたいな奴だ! そいつらが死んだ
この状況で立て直すというのは仮に今川氏真が織田信長だろうとお前の大好きな武田信ゲイだろうと無理!
信玄が圧倒的な統率力? そんな統率力あるんなら息 子 に 裏 切 ら れ た り し な い よ な ?
信玄は国人に力を持たせたからな、それを束ねる力は確かにあったがそりゃ力を与えれば手なずけることは容易にできる
勿論それが後で大変なことになるわけだが・・

そして同盟関係の話
>相手の都合だけにより提携破棄をされた事など一度もない
当たり前だ! 片方の都合だけで提携破棄をした例などほとんど無いわ! 浅井長政のは家臣の暴走 通常そうなって同盟というのは崩れるんだよ
だがこの武田信ゲイという大バカ者は片方の都合で提携破棄をしたんだ 駿河を取った代わりに信玄が何を失ったか考えてみろ
息子の命、ひいては武田家の寿命が何年縮まったと思う!

90 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:15:27 ID:8orQnnO0
>>85 今川家に関しては義元雪斎あたりはよく知ってるけど他は 
織田の資料や北条徳川関連が多い   
あとは個別に経歴ぐらい知ってる
が、やはり名将と言われてる人はいないと結論がある!室町からの名家で早雲らも配下にいたから
その遺産の典型的な転身戦国大名かと 


91 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:26:20 ID:8orQnnO0
>>83 だから北条なんて典型的なお前の主観じゃねーか!         
だったら幸隆のがすごいだろーが!       
それに役割あるつーの!高坂は命令を忠実にこなす立場だったんだよ。   
西上の時、上杉が攻めなかったのは信玄が調略により一向衆を動かし    
謙信を釘づけにしたからだが
現に信濃を守ったのは高坂!一万の兵で睨みきかせてたんだから    

はぁ?真田日本一?あんな実績ない奴が、負けるの悟って玉砕戦法しただけだろ!
そりゃ勝つ気なくて一か八かの奴はそりゃ損害ぐらい与えるわ!     
だいたい義弘がいったのは、また聞きしたのを言っただけだぞ。
すごかったらしいなって。
誰もそんなの評価してないよ 一緒にすんな


92 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:33:10 ID:WewwNyGB
三方が原には高坂も参加してなかったっけ?

93 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:38:29 ID:ouK4V0YU
>>91
・・・・アホすぎる・・
西上というのは上洛(あるいはその足がかり)ということでいいんだよな? 信玄で西上ってのはそれしか思い浮かばないぞ普通は
あの時、信玄は国を空っぽにしてほとんどの兵を動かしていた 25000という大軍を
何故冬に西上したか、越後から来れないから だから押さえも何も全て放り出した

お前長篠のこととごっちゃになってるんじゃ・・

94 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:41:50 ID:xLuy2HNC
>>92
参加どころか活躍している
留守を守ったのは、真田幸隆


95 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:48:50 ID:JQfqT7m/
>>88 >>89
随分ないわれようだが、とりあえずいっておくと
>当然本陣なんだから今川家の中核・・武田でいうと板垣信方、甘利虎泰みたいな奴だ!
信玄は板垣・甘利を失っても立て直しているが?というか桶狭間で死んだ今川方の
有力武将って誰だ?信長公記には特に記録が無かった気もするが。有力武将たちは
自分の部隊を率いて各地に展開中だったと思ったが。信長はそれに乗じたわけだし。
>>統率力あるんなら息 子 に 裏 切 ら れ た り し な い よ な ?

息子に裏切られたというが、結局その計画において家臣の大半は信玄を支持し、義信は孤立した。
これは統率力の証明にはなるだろう。
>>片方の都合だけで提携破棄をした例などほとんど無いわ!
>>浅井長政のは家臣の暴走通常そうなって同盟というのは崩れるんだよ
浅井の裏切りはその行動に主体性が欠けていたという点で珍しい部類に入ると
思うのだが。 大抵同盟を破棄するときは自分の都合で動くだろう、戦国時代だし。
>>息子の命、ひいては武田家の寿命が何年縮まったと思う!
義信が死んだのは事実だが、武田家の寿命に直結させるのは極論と思う。
勝頼陣代説には一次資料の裏づけはないしな。
穴山や小山田が義信と仲が良かったから裏切ったというのも微妙だな。
彼らはもともと信虎以前においては独自の勢力としてやってきた。
武田の傘下に入ったのも生き残りの選択だし、織田に寝返ったのもそれと考えるのが
自然だろう。当時は危機に瀕すれば一族も裏切る時代だしな。

96 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:48:57 ID:8orQnnO0
>>89 はぁー たしかに駿河攻略で嫡男を失ったが
統率なけりゃ山県など兄を見捨てず武田家は真っ二つになってたんだよ?  
駿河攻略で何年ダメになった?もうアホかと   
仮に今川家と同盟維持したまま死んだとして何か武田家の命運は変わったんですか?  
信長の急激な拡大には何ら影響してないし    

あっさり織田徳川に今川家が蹂躙されるだけですよ
武田家の崩壊は勝頼の判断が早めたんだよ    
いずれ滅びるにしろ本能寺まで待てば北条のように秀吉の九州討伐後まで存続しただろ
勝頼の判断ミスはまず長篠!素直に撤退の進言聞いとけば織田に追撃する気はなかったし、できなかった
それまで対徳川は攻勢だったんだから十分立て直せた! 
最大の致命は上杉の家督争いに北条の養子を見捨てた事。 
これにより織田徳川の他、後ろにも大大名北条を敵に回した        
仮に味方すれば上杉が潜在的に北条の傘下になり後々驚異になるが     
その時点ではまだ西に向いてた織田だから   
上杉、北条という後方の強大な同盟国をバックに徳川一人に当たれた。   
まだ武田にも勝ち目は全然あった 


97 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:54:48 ID:8orQnnO0
>>93 お前に歴史を語る資格なし
対上杉に対し、一向衆を動かし雪で動けないと踏んだが 
それでも不安な信玄が守りに高坂に8000〜12000と言われる兵を任せてる  
これは常識中の常識しきでこれも知らないカスがでしゃばるな   
もうお前とは議論しない 無知すぎだから


98 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 00:59:31 ID:ouK4V0YU
>>97
ポカーン
それは斬新な歴史ですねー
まぁ手っ取り早くお前のような馬鹿に理解させるとだな・・ 当時は石高1万石で250人、100万石で25000人
お前の計算でいくと25000の本隊に加え8000の別働隊 33000 当時の武田は100万石よりも若干多い ――が、それほどの人数を押さえにまわせるほど多くは無い
しかし三方が原に高坂がいないとは・・ 素晴らしい斬新な歴史解釈だことで・・

99 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 01:02:50 ID:JQfqT7m/
それから高坂(香坂)が信玄のお気に入りだっただけというだけで
歴史に残ったわけじゃない。高坂は海津城を拠点として北信濃を統括したし、
各戦闘でも手柄を立てている。信玄の使者も信玄の代筆もつとめたし、割り当て人数は武田家臣の中でも
特に多い。信玄死後に北条との折衝にも当たっている。
これらは決して無下にできない働きだと思うが。

100 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 01:05:17 ID:8orQnnO0
>>94 ちょw 隠居しとるがなw        
しかも真田は上野方面だぞ!   
だいたい高坂がいつ三方ヶ原に参加して活躍しだんだよ! 
全員アホしかいねーよ 
…もしかしてマガジンのセンゴク知識じゃねーのかW
ありゃ高坂三方ヶ原だして ちょwwww   
またはウィキの知識かな?アハハッ


101 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 01:29:45 ID:8orQnnO0
大体甲信越のど真ん中に本拠地がある武田が国の兵を空にして       
大遠征すると思うか? 
甲斐は別として数は正確にはワカランが海津城に押さえを置くのは常識かと…

高坂に関しては三方ヶ原にいたとされる資料があるとしても 
それもたしか、海津城からあとに出陣し合流したんじゃなかったか? 
それでも徳川側の資料等、高坂に関する記述はないし
信玄出陣時は海津城にいたんだから対上杉の押さえをしたのが常識かと  


102 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 02:40:53 ID:xLuy2HNC
>>101
高坂が三方ヶ原にいたのは本当だから、撤回したほうがいいよ。
同じ武田ファンとしてアドバイス。
三方ヶ原の後、浜松城攻めよりも上洛を急ぐ旨を信玄に提案したのが高坂だから。
高坂が数千の兵を率いて留守居役をつとめたのは長篠の時。(それでも息子は長篠へ出陣したが)




103 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 08:14:53 ID:WL+uj7vB
高坂が居た居ないで誤解が多いのは
当時の史料じゃ香坂あるいは春日と名乗ってて別人だと思われるからか?
軍鑑の捏造からだっけ、当て字の高坂のほうが有名になったのって

104 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 10:41:56 ID:Y/JaFebr
>>102
信玄の西上はそもそも上洛が目的なの?
上洛じゃなければ高坂の進言はおかしなことになるよ。
信玄の西上を上洛と決め付けた根拠は?

105 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 12:07:20 ID:lPHIrvn/
60分1本勝負
●武田信玄VS〇今川義元
32分16秒、毒霧→シャイニングウイザード→ムーンサルトプレス

106 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 21:26:08 ID:JQfqT7m/
わけわからんな

107 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/02/06(火) 22:20:34 ID:kui/oT15
毒霧て。

108 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 22:20:54 ID:ouK4V0YU
まぁ確かに高坂が三方が原の時にいないという謙信玄厨の脳内歴史なら今川義元も馬鹿だろうし武田が勝つだろうけど・・
全盛期の今川に勝つのは100%不可能だし、太原雪斎が死んでもやっぱ今川有利だろ

109 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 22:27:42 ID:G/iuLiTK
信長厨、謙信玄厨はこちらにお帰り下さい

【戦国】★戦国最強武将決定戦★【最強】 8陣目
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1168681421/l50

110 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 22:31:33 ID:JQfqT7m/
今川は全盛期で、武田は勃興期でくらべるのか?
それじゃ不公平とも思うし、100%不可とまでいいきるのはいかかなものか。
第一勝利条件ってなんなんだ?どちらかの滅亡か?
1560年の状況じゃ武田と今川がサシでやるなら今川も武田を滅ぼすのは無理じゃないか?


111 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 22:34:31 ID:ouK4V0YU
>>110
今川の全盛期は太原雪斎がいたころ、武田の最盛期は信玄が死んだころだろ
太原雪斎がいないが70万石+海 海は無いが80万石程度の武田(駿河攻め出したころ?)の戦い

112 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 22:41:25 ID:JQfqT7m/
どっちにしろどちらかを滅ぼすのは無理そうだな・・・。

113 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 22:47:38 ID:JQfqT7m/
義元の戦争能力がわからないからなあ。
信玄は数に勝った順当勝ちしかしてない、といっても太原だってそうだろ。
太原の戦った戦い自体少ないし、いずれも兵力では勝っている。
これで信玄に勝るといわれてもな。



114 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/07(水) 02:27:14 ID:NWi1J//u
現代戦もそうだが大規模部隊になると将帥の能力が部隊全体の戦闘能力に影響する割合は
それほど多くない。一般的に部隊の規模が小さければ小さいほど、指揮官の能力が反映される。
小隊規模だと指揮官の判断材料も実見できる情報に限られるし、判断の臨機性もタイムラグ無しで
部隊の行動に反映されるし、また指揮官個人の武勇やカリスマ性が兵員の士気に直接かかわる。
しかし大部隊のトップだと判断材料の情報収集の時点でかなり運に依存するし、情勢判断の質、命令の
伝達段階で幕僚の質にかなり影響される。つまりシステムの一部として飲み込まれる割合が多く、
運に依存する要素も多くなるが故に個人の資質が殺されるわけだな。
逆に言えば総大将がボンクラでもシステムの質が良ければ悪影響もあまり出ないわけだが。
そういうわけで大名クラスの武将の場合、戦闘資質云々を議論するのはあんまり意味がない。

115 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/07(水) 05:39:19 ID:wwKfPTeh
えーと、つまりその理屈でいくと信長も元就も信玄も謙信も家康も秀吉も
その戦い方に個人の戦闘資質は関係なかったと?
整った組織をもつ徳川家の3万をこえる大軍を率いた秀忠が真田昌幸の3千にみたない兵に
あしらわれたのも大将の質は関係なかったと?
ちょいと強引過ぎるだろう。そういった大将の資質がシステムに飲み込まれるのは
通信や組織整備が発展した近代以降の話だろう。

116 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/07(水) 08:37:02 ID:z8FIIxH1
検地で領国をかなり掌握していた義元のほうが、重臣国人の利権に機を使って動員しないといけない信玄よりも消耗戦になったら有利でしょ
どちらも決定打を欠く泥仕合になりそうなのは確か
信玄も義元も、劣勢を逆転したとかの戦術手腕とは無縁だし

117 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/07(水) 13:43:57 ID:BJ3cxHAO
ばかなんじゃんの?
今川の子孫は生きている。
そしちぇ武田も。
作り話に踊らされ過ぎ。
全部秀吉が作ったもの。
アンアもの筆一本で書き換えれるんだぞ。
そこを肝に命じておけ。

118 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/07(水) 15:07:50 ID:KY2+hYAo
いつの時代で争うのか?それとも矛盾無視の最盛期同士なのか?
その定義が分からないから結論でないだろ    
だったら代表10人対10人、兵士は1人に1000人の  
一万対一万で平地の野戦で考えよう       
格闘ゲーム的ノリだけどw
武田軍        
信玄 信繁 勝頼 山県 馬場 内藤 高坂 勘助 幸隆 昌幸      

今川軍        
義元 雪斎 氏真 家康 朝比奈親子 松井 その他三人(あと知らない)  

義元の器量次第って感じかな? 


119 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/07(水) 15:11:50 ID:p4vZEoGa
>>117
ピノコ乙

120 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/07(水) 15:26:14 ID:OK5cEj5k
静岡県民VS山梨県民の醜い争い…

121 :名無し選出投票・投票日は2/11(日):2007/02/07(水) 23:16:38 ID:mCx7gK58
>>118
今川随一の猛将岡部元綱を入れぬとはなにごとか!!

122 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/07(水) 23:55:39 ID:BIHXA4KA
>>115
そんな城攻め撃退の話しをどうこう言われてもねえ。
平地の戦いならまだしも、

123 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/08(木) 05:15:28 ID:aa7zcIhn
強いものが勝つのではない・・・勝ったものが強いのだ

124 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/08(木) 12:12:10 ID:/KfoTRUT
>>122
後詰の無い城相手にボロ負けしたからじゃないの?
後詰がある相手ならともかく、孤立した城一個を攻め落とせないのは問題だよ

125 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/08(木) 12:55:36 ID:UnA4nOv8
じゃあ小田原や唐沢山を〜の彼はどうなるんだ。

126 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/08(木) 13:15:47 ID:s77Y5HnP
>>125
彼は……まぁ、戦下手ってことでしょw
(小田原城だけじゃなく事前に攻めた滝山城もあの人は落とせてない)

127 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/08(木) 13:16:53 ID:5Aw1dpuf
平地なら信長の天王寺・桶狭間や、毛利元就の折敷畑・有田中井手・青山土取り場の
戦いとかは大将の質がもろに出た戦だと思うが。光秀も兵力的に不利でも
山崎では途中まで善戦してるし、家康の小牧・長久手も見事なものだと思うが。
ていうか、本当にこの時代の戦争で指揮官の質が左右しないと思うのか?
戦国から200年後の西洋の諸国民戦争でさえ、連合軍はナポレオンとぶつかるのを避けて
部下との決戦を志向したのに。

128 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/08(木) 13:37:07 ID:ri5Fscy/
城攻めが得意といえば秀吉の金も時間もかける物量作戦だが
上田の秀忠はたった三日か四日攻めただけで、予定変更があり
関が原に向かったんだから、言うほどのもんじゃないな

129 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/08(木) 14:12:24 ID:X5a7h2jp
桶狭間は大将の質より運の要素の方が勝利の要因としては強い

130 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/10(土) 21:31:55 ID:P39bXxEx
はああああ????今川義元???あれって戦国武将じゃなく公家大名だろ
2万5千の軍団を狭い道で行軍させるようなアホが戦上手なわけないだろ。
計略 情報収集能力 など信玄に勝る大名がいるかよ

131 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/10(土) 21:53:48 ID:TXfmAD6y
>>130
さすがは無知な謙信玄厨 恥ずかしげも無くよくもそんなこと書けるね

132 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/10(土) 22:10:48 ID:EYg3GAGA
計略と情報収集能力ならあながち間違いじゃないかもしれん。
戦闘の才能じゃないわけだし。
信玄は調略や謀略は良く使ったし、情報収集にも意を砕いていた。

133 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/10(土) 22:27:55 ID:EyPs1BFu
義元は、朝倉一門・近江浅井一門・六角家臣小倉・伊勢水軍向井・甲賀大原
・将軍家家臣等を家臣に迎え、尾張より先の布石を打っている。
一向衆を味方にし、岡部元信の指揮下には、多くの甲賀・伊賀衆を雇って
配置している。
だからといって、信玄より勝るか判らないけど。

134 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/10(土) 22:42:28 ID:omEHHJSk
>>130
狭い道ってw
この板に未だにそれを信じている奴がいるとは・・・・
どうしたもんかね

135 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 03:13:51 ID:Jlbxg87U
>>132  大爆笑!!!やっぱ反武田は無知で頭が単純だねえ
戦闘の才能がなけりゃなんであれ程勝ち続けてたの?北条に対しての
威嚇戦闘をしながら、駿河平定を行える信玄にかなう武将がいるかよ
家康が何で一度も信玄に勝てなかったか考えたことあるの?

>>134ここにもアホが一匹、なら余程奇襲された義元は凡将だったとい
うことになるね、戦闘の一番の基本である情報収集を怠ってる以上どん
なに屁理屈をこねても無駄だよ


136 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 10:39:26 ID:zWFt1EkK
いや、信玄に戦闘の才能がないとはいわんよ。むしろ強いほうだろ。
でも戦術家として最強か?といわれると違うと思う。
信玄は謀略や情報収集で戦う前に有利な状況を作り出す事に秀でた人物だったとおもう。
戦闘では何回か負けもあるしね。もちろん勝ちのほうが圧倒的に多いわけだけど。

137 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 12:39:54 ID:jV1PyJ86
劣勢の敵にボロ負けした回数では信玄のほうが多いからなぁ……
上田原じゃ自分まで河の中に不用意に突っ込んであやうく討たれかけてる

138 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 13:10:37 ID:zWFt1EkK
まあ、義元はそもそも基本的に自分では率いないしなあ。

139 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 15:55:34 ID:h1jGAwf8
>>138
他国や他の時代なら、自分に軍事的才能がなくても、
人に任せて成功した例が少なくないんだが、
戦国時代においてはどうかなあ。

雪斎の死後に後釜に座れる人が居なかったのが痛いね。

140 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 20:14:45 ID:h1K5Vy22
対織田にしろ北条との紛争にしろ自分で軍勢率いてるじゃんか
むしろ手柄を部下に持ってかれた可哀想な人

141 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 21:18:13 ID:zWFt1EkK
対織田では第一次小豆坂では大軍を率いていながら敗北してなかったっけ?
第2次小豆坂も安祥城も田原城も太原だし。
河東郡をめぐる戦いでも北条氏綱に敗れてるだろう。
(河東を取り返すのは氏康の代になってから。それも上杉との争いにおいて
2正面作戦を避けたい氏康が割譲したもの。)

142 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 21:18:54 ID:zWFt1EkK
有能な戦国大名である事は認めるがどうにも戦上手とは思えないんだよなあ。

143 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 21:32:03 ID:T/dNIVao
戦上手の政治下手ってのがあるくらいだから、その逆もしかりなんじゃないか
向き不向きってあるとおもうし

144 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 21:44:44 ID:zWFt1EkK
義元の政治力や統率力は見事だな。そこは認める。
戦は?だが。(まあそれほど弱くはないのだろうが。)
太原を始めとする部下達も上手く使いこなしてるし、「海道一の弓取り」は
伊達じゃないな。


145 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/11(日) 23:52:44 ID:VAbSRu84
>>137 またアホが一匹沸いてるねえ、総合的に戦闘回数では信玄は
義元や氏康ななんかと比較にならないだろ、そこを考えろアホ。
それに信玄が負けたのは村上戦の2回だけだろ。
小田原城は本気で攻めたわけじゃないし、威嚇戦闘みたいなもんだろ
あれは負け戦にはならないね

146 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/12(月) 00:14:43 ID:qEhp92Lz
>>145
またアホが(ry
とりあえずコテやめろよ、コテってだけで馬鹿に見えるからwww

147 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/12(月) 02:08:02 ID:hgXwk/3x
いやいや、コテ付けてくれればあぼーん出来るわけで
ありがたいじゃないか。

148 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/12(月) 02:20:48 ID:+MkgR/o3
武田好きは信玄が完璧な武将じゃないと気がすまないのか
大内ファンの俺としては理解しかねる

149 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/12(月) 02:29:33 ID:RtKAknt0
>>145も別に完璧とはいってないような。2回負けたとはいってるし、
小田原が威嚇戦闘というのもそうだろう。
最近は信長好きな人等から不当に貶められる事が多かったからなあ、
ついつい反応が過剰になる人もいるのかも。
とりあえず武田好きな俺としては信玄が総合力において信長に及ばないものの
優れた戦国大名であった事を認めてもらいたいって所かな。


150 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/12(月) 03:09:27 ID:BL9QF+5K
戦国武将に興味が無い連中に限って3英傑しか知らなく、信長が最強
と過信する始末www
信長が脅威を抱いてた(包囲網の中で絶体絶命だったのは事実)のは
事実であり、武田軍が農繁期に撤退などしてる間に畿内の雑魚敵を急
いで抑え、対武田に備えようと考えるのが正しいと思うね。
秀吉はかかわりは無い。
まあ信玄最強説の呼び声が高かった理由の一つに、クソ漏らしのおか
げというのもあるね、あのアホが散々遠江でコテンパンに信玄に何度
もやられたもんだからね、信長が信玄を恐れた理由の一つにもなる。

151 :人間七七四年:2007/02/12(月) 15:10:38 ID:LFEyH/3z
信玄がそんなに強ければ、朝倉が一時越前に帰っただけで大慌てしないよ
後世の厨ファンと違って、信玄自身が自分が徳川相手に好き勝手やれるのは信長が他に兵力を当てているからだと知悉していた
そう言う意味では確かに戦力に幻想を持たない名将だった
ゲームじゃないんだから、誰かが率いれば状況を無視して部隊戦闘力が上がる、なんてありえない
国力差兵力差という冷たい理論は覆せないよ

152 :人間七七四年:2007/02/12(月) 19:34:31 ID:RtKAknt0
まあ、だからこその連合軍なわけだし、信長も信玄西上の時は活発な動きを示せていない。
なんだかんだいって信長が苦境にあったのは事実だと思うよ。即座に滅亡するとはいわんけど。

153 :人間七七四年:2007/02/12(月) 23:45:30 ID:kEdtMHAO
今川方は歴史が残っていないところがある。
雪斎の死後、知立・沓掛・品野のあたり・知多半島の大半をどのように手にし
たかわからない。
蟹江を取った時は、場所的に鯏浦等も動いているかもしれないし、海上から攻
めたと思うので、尾張の海上は今川方が支配していたとも考えられる。
義元家臣が、楽田で戦死しているが、小牧合戦まで廃城となっていた楽田城と、
この合戦との関係はどうだろう。

154 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/13(火) 00:55:01 ID:AtdpU7T+
>>151そりゃあ信玄からすれば、信長が近江か山城あたりでウロウロしてくれれば
逆に尾張と美濃をじわりじわりと心理的に圧迫させるように切り取っていけるから

あっさりと朝倉に引き返されれば戦略にならないでしょうよ、それに付近にはクソ
漏らしが依然生息してたしね、信長や朝倉の行動によっては、また奇襲を仕掛けて
くることも考えられたんだろうよ

155 :人間七七四年:2007/02/13(火) 08:23:01 ID:bFkHU+sW
信玄は、小笠原や村上といったせいぜい数郡しか持ってない格下にしか勝ててない
しかもかなり苦戦して。信濃の過半制圧に十数年もかかってる
晩年の徳川相手だって、二ヶ国半+北条の援軍貰っても一ヶ国と分国一つ程度の徳川を4年かけても潰せない
(しかも開戦時に盟約破りの奇襲しかけておいて)
信長包囲網ばかりが強調されるが、この徳川への盟約破りがきっかけで北条・上杉・徳川に包囲されて滅亡の危機に陥った信玄のミスはなぜか触れられることがない
この時は信長に泣きついて上杉出兵を止めてもらい徳川との間を取り持ってもらい窮地を脱した
しかし信長が苦しくなるとあっさり裏切る
これでどこが戦上手?確かに謀略上手=恩知らず、ではあるがな

156 :人間七七四年:2007/02/13(火) 10:35:52 ID:8e5cb0yx
しかも長い目で見ると、勝頼滅亡の種の中には信玄がまいた物もかなりある。

157 :人間七七四年:2007/02/13(火) 11:08:43 ID:hv46/1wv
石高およそ倍の信濃を10数年で制圧したのは悪くない事だと思うがね。
甲越和与に関しては上杉の動きを封じる一環ではあってもすべてではない。
他にも煽動した越中一向一揆や本庄といった連中が謙信の動きをからめとった。
徳川に対しては何かあったっけ?特に信長のおかげで和議をしたっけ?
というか、あの時の徳川に武田と全面衝突する余裕があったとは思えないんだが。
国力対等以上の北条相手に連戦し、駿河を奪い取ったのは見事な事だと思うが。
第一、朝廷や将軍を使って和議をして都合のいいときに裏切るのは信長だってやっている。
まさか信長が恩知らずじゃないとでも?
あとあんまり知られていないけど本願寺と緊迫した時に信玄の仲介で
和議を結んだ事もある。長い目で見た滅亡要因だったら信長も秀吉もそうなる。
極端なたたきもどうかと思うよ。

158 :人間七七四年:2007/02/13(火) 11:10:14 ID:hv46/1wv
というか、このスレ的にいうなら義元も格下相手ばかりなんじゃ・・・。


159 :人間七七四年:2007/02/13(火) 11:26:57 ID:8+VMbjWX
信濃が一つにまとまっていたのならともかく、分裂状態だったわけだからなぁ
佐久や小県や筑摩に小出しで侵攻をしたりとこの時期の信玄の戦略ってすげー効率悪い
恩知らずぶりにしついては周知のことじゃないの?むしろ謀略に優れていたと誉める見方もできるわけだし
信玄贔屓から見れば縁戚を裏切り、包囲喰らった駿河侵攻だって結果的に取れた点を評価してマイナスどころかプラスでしょ?

160 :人間七七四年:2007/02/13(火) 11:28:08 ID:uB0Vsz11
義元が健在なら、信玄はそもそも戦いを挑まない
義元としても、従順な信玄を攻める口実がない

━━━ 終了 ━━━

161 :人間七七四年:2007/02/13(火) 13:13:39 ID:+mFx6+uR
義元は無能だとは思わないな。むしろ不運だったろう。
尾張を統一したばかりで、まだ一国としてまとまってない信長ぶぜいと
心のどこかで侮ったのが全てだよな。

162 :人間七七四年:2007/02/13(火) 13:17:10 ID:+mFx6+uR
勝ち将棋で相手が飛車・角・金・銀失ってて
目を瞑っても勝てるなと茶を飲んで余裕ぶっこいてたら
自分の玉が詰まされてたという感じだもんな。
どんなに有利な将棋でも自分の玉に詰みがかかるかどうかは常にチェックせんとあかん。

163 :人間七七四年:2007/02/13(火) 13:33:29 ID:hv46/1wv
あんた良い事いうな。

164 :人間七七四年:2007/02/13(火) 13:46:56 ID:Y+6c6Syx
あ、だからおれ低級なのか(爆)

165 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/13(火) 20:42:05 ID:AtdpU7T+
>>155 メガトン級大爆笑!!アハハハハハハハハハ

やっぱり単細胞は、物を大小でしか判断出来ないんだねえ、信濃の攻略に
長年かかったって?ならばその信濃の豪族が強力か弱敵かは考慮しないの?
それにまだ南側を攻略時の信玄は若かったこともあるしね、それと信玄が
大敗した唯一の相手は村上だったんだがどこが弱敵なの?

お前の認識は面白い程突っ込みどころ満載だよ、4年かけてクソ漏らし領
を少ししか攻略していなんて言ってるが、表立って敵対したのは4年もな
いだろうがアーホ、駿河攻略の時は同盟であり、クソ漏らしにあんまり深
く遠江を攻略出来ないように多少工作はしてたみたいだが。
てゆうより信玄はクソ漏らしを懐柔したかったという見方もあっただろ、
西上をなるべく急ぎたかったというのもあるわけだし。

それと信玄が四方を包囲されたのは駿河に進行した時だ、あの時点でク
ソ漏らしと半ば同盟しておいたから今川領を挟み打ちに出来た、上杉に
は一揆を煽動させ身動きさせなくしておき、北条とは本気で敵対するよ
うな態度を見せてなかったからこそ互いの領を本気で切り取ろうとはし
ないと考えるのが普通だろ?考えてもみろ、弱体化した今川や若いクソ
漏らしなんかより信玄と同盟組んでる方が得だろ北条も(後顧の為)
包囲されても侵略出来るところが信玄の凄みだな


166 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/13(火) 20:51:00 ID:AtdpU7T+
信玄も天下への野心かもしくは(一向宗 比叡山などを理由に)西上する為
には信長と敵対するのは当然の行為だと思うね、クソ漏らしにしたって、今
川領を攻め取るという意味ではどっちも同じ、クソ漏らしが運悪かっただけ

信玄の外交が恩知らずなだけとか抜かしてる大たわけ共はもう少し勉強しな
さいな

167 :人間七七四年:2007/02/13(火) 21:04:32 ID:+mFx6+uR
井沢元彦に言わせると
将としての才能は武田信玄、上杉謙信などは
長野業正や真田昌幸の足元にも及ばないという評価らしい。
しかし大名としての評価は‘経済力’であって
金山を保有してた信玄、謙信、義元、氏康はどうしても優秀だという評価になるし
石見銀山を保有してた毛利もそうなるし
尾張を抑えなおかつ岐阜、京、近江、堺と金を生み出す商業上の重要拠点を
抑えてった信長がどんどん強勢になるのは自然の摂理らしい。
秀吉は天下を獲ったあと「信玄は早死にして運が良かった、もう少し長生きしてたら
世の草履取りをさせてたのに」とか「謙信は所詮、田舎大名だったな」と暴言を残してるが
全くの夢想でもなく経済力の差を実力差と見れば秀吉の言う通りになった可能性は
十分にあるという考えのようだ。

168 :人間七七四年:2007/02/13(火) 21:18:37 ID:hv46/1wv
よりによって井沢を挙げるのか・・・。
ちなみに毛利が石見銀山を保有したのは晩年の事だよ。
信玄も謙信も義元も氏康も別に金山だけに頼ったわけじゃないよ。
彼らはそれぞれ自分なりの経済政策を行い、国内整備を行って
拡大できる組織を作っていった。もちろん信長も。
それから戦闘だけが将としての才能じゃないし、戦国大名の才能でもないよ。
特に戦国大名には政治力・外交力・謀略能力その他が必要とされる。
村上が信玄に2回勝っても結局追い出されたのはその能力に劣ったからだし、
長野業正が信玄と結構戦えていたのも、婚姻政策などで上野の豪族達を強固に結束させた
からでもあるし。最終的に箕輪衆はその結束を信玄に乱されて敗北する。

169 :人間七七四年:2007/02/13(火) 22:51:20 ID:2Zonlw82
その死ぬまでは結束が保たれたという点では業正も信玄も同じだろ
死ぬと途端に崩壊するような脆い組織だったことも

170 :人間七七四年:2007/02/13(火) 23:01:13 ID:hv46/1wv
俺はあくまでも>>167の将としての才能は長野業正に信玄達が足元にも及ばないという意見に
対して反論しただけだよ。決して金山があっただけで勢力拡大できたわけでもなく、
戦闘だけが戦国大名の才能ではなく、長野業正だって戦闘の才だけで信玄と戦えていた
わけじゃない、という事をいいたかった。

171 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/13(火) 23:04:32 ID:AtdpU7T+
>>169組織の脆さというか、やっぱ病一つじゃないかね信玄と武田家の不運は
まあ勝頼の教育を誤った責任は信玄にあるかもしれないが。
秀吉を悪く言うわけではないが、やはり運が良かったのは当時の織田家だった
かもしれない、仮に信玄と秀吉が戦になったとしても小牧長久手みたいな結果
になったかも・・・・・


172 :人間七七四年:2007/02/14(水) 08:54:07 ID:zz/jVT+Y
兵力差を生涯一度も覆せてない信玄が秀吉に勝てるという妄想には恐れ入った
史実を無視すればなんでも言えるという典型

173 :人間七七四年:2007/02/14(水) 09:36:01 ID:9WFpfLgW
そもそも兵力差を覆さねばならない状況をつくらないからな、信玄は。

174 :人間七七四年:2007/02/14(水) 09:38:06 ID:zz/jVT+Y
作ってるだろ
信長に泣きついて止めて貰った徳川への盟約破りを発端とする上杉の攻撃とか
つくづく信玄って過大評価の典型だな

175 :人間七七四年:2007/02/14(水) 09:44:18 ID:9WFpfLgW
だから、上杉の動きを封じ込めたのは甲越和与だけじゃないってば。
一向一揆や本庄をけしかけて動きを封じてる。
なんで信長の関与した事だけをを大きくしたがるかな。

176 :人間七七四年:2007/02/14(水) 10:20:10 ID:TiqQwoPz
信玄が格上どころか同等の敵にも勝てず、格下相手にも苦戦した理由は明白
甲斐は守護を国人が推戴する国一揆の国
合理的な戦略であっても軍役を過度に課す作戦をとることは不可能
分立した中小豪族相手にすら迷走したのは、合議制を取る以上当然の産物
もし信玄が中長期的な視点から短期的に負担を国人に強いたりしたら、信虎のように追放されるのがオチ
そしてこの国人連合体制のボスという立場でなければ、信玄の家督継承は無かったんだからどうしようもない

177 :人間七七四年:2007/02/14(水) 11:15:23 ID:HDOqGYjg
話を今川対武田に戻してみる。

大名の支配権力の強さを見ると武田は>>176。今川は遠江に検地を実施してるから
やはり今川の方が支配・動員には無理がきいたんじゃないかな

178 :人間七七四年:2007/02/14(水) 11:22:48 ID:zgb0AQSl
武田が今川と決戦しようとする→そんな負担やだ、と家臣が反発→信玄追放・今川との融和路線を採る嫡子義信が武田家継承
で、今川の不戦勝

179 :人間七七四年:2007/02/14(水) 14:38:40 ID:9WFpfLgW
一応信玄も甲斐や信濃佐久郡で検地を行っているんだけど
どうして無視されるのかねえ。
あと信玄はその生存中軍役拒否された事は無かったように思うんだが。

180 :人間七七四年:2007/02/14(水) 14:49:57 ID:+tcwL7nK
>>179
今川は領国全域に渡る検地。しかも分国法で検地拒否権無しを明記している
領国の一部の検地でいいのなら、やってる大名はそれは他にも居る
信玄が軍役を拒否されなかったのは、拒否するような軍役を課したら追放喰らうからじゃね?w
小田原攻撃の時には、留守を命じた馬場が無視して手柄欲しさにかけつけても罰するどころか帰還させることすらできなかったのが信玄の統率の実情

181 :人間七七四年:2007/02/14(水) 15:21:40 ID:9WFpfLgW
分国法なら甲州法度で信玄は領国全体が武田家の属する事を定め、
国人・地侍が勝手に土地を処分したり、
農民から勝手に土地を取り上げる事を禁止し、隠田に対する調査を行う規定と
悪銭の取り締まりの規定など非常に郷村支配において力がいきわたっていた事が
伺える。そして郷村支配に力を注いだ結果、領主層だけでなく領国中の郷村などから領民を動員して
「上意の足衆」として兵力に加えているんだけど。さらに信玄は国人の本貫地を移封するという
政策も行えているんだが、今川はこういうこと出来ているの?
命令違反でいったら信長の時の秀吉の例もあるしなあ。馬場は北条攻めのときは自分の管轄地域の兵を
ほとんど残して少ない軍勢で参じていた事から帰還させなかったのでは?

182 :人間七七四年:2007/02/14(水) 15:40:03 ID:+tcwL7nK
>>181
「たよりなき者訴訟のため、目安の箱、毎日門の番所に出し置く」(訴訟条目13カ条)
今川氏の支配は「たよりなき者=浮動人口層」にまで及んでいるぞ
秀吉の例は不適当じゃないの?そっちは罰受けてるんだし

183 :人間七七四年:2007/02/14(水) 15:47:12 ID:+tcwL7nK
つうか問題は「統制力の実際」なんだから
例えば小山田氏のように書状に「甲州法度うちのところじゃ停止ね」とか書かれるレベルじゃヤバイだろ

184 :人間七七四年:2007/02/14(水) 15:54:42 ID:9WFpfLgW
交易や流通の盛んだった今川と武田では「たよりなきもの」=浮動人口の
重要性が違うと思うんだが。一応信玄も、甲州法度に信玄自身が違反したら
貴賎の別なく目安において申すべし、としてはいるね。

185 :人間七七四年:2007/02/14(水) 15:59:50 ID:+tcwL7nK
>>184
まてい。そんなこと言い出したら、甲州法度の条文ではこうだから信玄の支配は優れているぞとか言い出す必要ないじゃん
環境が違うんだから
問題は大名の統制がどうだったか、でしょ
で、甲州法度は露骨に無視られる・軍令違反を処罰できないというのが実情だったと挙げているわけ

186 :人間七七四年:2007/02/14(水) 16:31:38 ID:9WFpfLgW
小山田は甲州法度が出され始めた信有のときに拒否している。
これは信玄の統治初期であり、また小山田がそもそも信虎のときに
建前は同盟関係として傘下に入ったことなどを考慮して容認されたと思われる。
しかし天文十八年には棟別役が賦課され、通行税にも干渉されたりと
武田家の家臣化は進んでいる。母親も人質に出しているし、与えられていた職責も
譜代家老と同等だ。そして武田家自体も中期以降は子飼いの旗本たちの所領が大きくなり
その統制力は強化されていった。

187 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/14(水) 21:15:27 ID:Z+0IvdRr
凄い馬鹿な見識ばかりしてるなあアンチ信玄は、領内の検地がどうのこうの
以前に、おじゃるって戦闘指揮に長けてるの?城攻めは?野戦は?外交能力
にしたって信玄みたいに鋭い観察力が公家大名にはないでしょ?
結局信玄が信濃攻略に全力傾けてたから運良く3州を攻められなくて良かっ
ただけじゃないの?
雪斎が死んでドン臭くなったおじゃると、勘助が死んでも衰えることのなか
った信玄の違いだな

188 :人間七七四年:2007/02/14(水) 21:18:58 ID:D+d3PUQi
勘助・・・勘助wwwwwwwwwwwww
お前もうちょっと歴史勉強してきたほうがいいよwwwww 勘助てwwww
伝令役の1人が死んだところでそりゃ何の支障もねーよwwwwwwww

189 :人間七七四年:2007/02/14(水) 21:20:15 ID:D+d3PUQi
しかし、君のような馬鹿な謙信玄厨を必要としているスレもある

【戦国】★戦国最強武将決定戦★【最強】 9陣目
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1171434273/

以前の栄華を取り戻すためには君の活躍が必要なのだよ!

190 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/14(水) 21:28:03 ID:Z+0IvdRr
>>174>>176まだこんなこと抜かしてる馬鹿がいたとはね。
じゃあ今川や北条や上杉はお前らが同等と見ている信玄に
勝てたことあるの?最終的に信濃甲斐駿河を領したのは何
なの?お馬鹿さん
信玄の西上(信長クソ漏らしとの盟約破棄)にしたって、
表向きだけでも大儀(義昭の要請)があったんだから恩知
とか関係ないだろ。
戦国なんだから国を守る為その時の状況によって、同盟組
むか破棄するかなんてのは悪でも何でも無い

191 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/14(水) 21:37:12 ID:Z+0IvdRr
>>188ということはおじゃるは雪斎にまかせっきりのまさしく
公家大名ってことになるのかな?笑)

大体、おじゃるの公家を娶らせて一度同盟組めばいつまでも有効
とか考えていつまでも国は安泰とか考えて桶狭間は運が悪かった
とか考えてる時点で頭が麻痺してるとしか思えないね。
そりゃあ海道一の弓取りと言われてたぐらいだから一つぐらい信
玄より勝るものもあろうがそれだけで全て、おじゃる>>>信玄
と決め付けてるアホウは全くオメデタイ^^

192 :人間七七四年:2007/02/14(水) 22:05:53 ID:HDOqGYjg
メ、メガトンさんてまさか・・・競馬好きですか?

193 :人間七七四年:2007/02/14(水) 23:22:56 ID:oqox+fi3
ああぁぁー!
豚ちゃんみっけ!
こんなとこに棲んでたのかあ

武田vs今川ねー
崩壊の鮮やかさなら武田の勝ちだねw
桶狭間では岡部がしっかり仕事してるし
帝国の崩壊時も、今川は朝比奈掛川城が頑張ったしな

194 :人間七七四年:2007/02/14(水) 23:27:14 ID:5I4g+5/n
岡部はねえ。堅固な鳴海城のおかげでしょ

195 :人間七七四年:2007/02/14(水) 23:39:20 ID:oqox+fi3
崩壊した戦線を収拾したばかりか、主人の首を取り戻し、さらに帰りの駄賃に刈谷城を攻め落とした岡部の働きを知らんのか?
武田も岡部は十分に評価してるだろ


196 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/14(水) 23:42:59 ID:Z+0IvdRr
もし仮にだが、武田が上杉に関東にばかり目をいかせ、信濃攻略を途中で
留めていたら、おじゃる領攻略が出来たかもね、北条とは硬い同盟になれ
るし。
そうなれば織田北条と挟撃しておじゃる征伐はいちころだったろうね

197 :人間七七四年:2007/02/14(水) 23:51:50 ID:oqox+fi3
分裂した信濃の攻略にあれだけ手こずった武田が駿河攻略だって?
あひゃひゃひゃひゃ
しかも今川はずいぶん武田を支援してやってんだけどな
そういう意味じゃ武田厨に今川がなんで目の敵にされるのかがわからん
なかよくしようぜ
もっとも信玄は今川が怖くてしょうがなかっただろうがな

198 :人間七七四年:2007/02/15(木) 10:14:50 ID:c7ixCTj8
信玄の末期の体制って血族や重臣粛清したりと信虎末期と酷似しているね
妙法寺記にはモロ「信玄は信虎と変わらない、戦ばかりする」という民の怨嗟が記録されているし
要するに戦国を生き抜くには豪族連合から脱却しなきゃ駄目
信玄は徳川史観で過大評価される嫌いはあるが、公平に見て当代有数の大名だからそこらへんは理解してたからそうなったんだろう
でもそれは間接的に信虎路線を追放によって曲げた事が間違いだったと行動で認めたことになる
大名権力を強化したまま信虎の跡を継げていたら、信玄の迷走は史実より短縮されて、武田ファンが嘆く「あと数年生きていたら」という時間が手に入ったかもしれない
が、信虎路線の否定無くして信玄の家督継承は無かった
結局、信玄が地方の群雄の一人で終わることは家督継承時のゴタゴタの時から確定していたんだな

199 :人間七七四年:2007/02/15(木) 10:55:31 ID:kcYVWb8x
信玄が過大評価の代表格なら、義元は過小評価の代表格だ
笹本正治氏によれば「甲州法度は今川仮名目録より後退している」そうだし
将軍家庶流である名門が、いち早く戦国大名化・それもかなり進んだ方へ自己改革したのは普通に凄い
義元だけの功績じゃなくて先代以来の路線ではあるんだけど
あと、何でも雪斎がいたからになっちゃうけど。優秀な家臣に腕を振るわせるのは立派な器量でしょ
有能な部下を恐れて粛清する奴までいたわけだし

200 :人間七七四年:2007/02/15(木) 11:03:16 ID:sndNWFQx
廃嫡抗争は信昌VS信縄、権力を集中させた途端に胃癌でダウンは
信縄がすでに実行済み。

信玄の人生はある意味武田家の伝統芸というか…

201 :人間七七四年:2007/02/15(木) 14:40:39 ID:iZHp4kx2
意外にも今川方有利の見解が多い
そういえば岡部元信は、後に武田に下ったけどここでも節義を通して高天神城で討死してるね
老齢だったためか名を名乗らずに討ち取られたそうだ

202 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 14:45:42 ID:fpWLOJKL
>>197  ほんと哀しい連中なんだねえおじゃる厨っていうのは
信武田が上杉と戦ってる時点では信濃の4分の3は領土化してた
んだがどうかした?上杉をその後関東に釘付けにするってのは悪
くは無いね。
むしろおじゃるの方が武田を恐れてたに決まってるだろアーーホ
西(織田)と東(北条)から敵対してる状況でどうやって武田と
戦うんだ?
それから早く答えてよ、おじゃるは戦強いの?家臣は戦強いの?
武田と戦闘した時のシミュレーションしてみたら?

203 :人間七七四年:2007/02/15(木) 14:49:15 ID:iZHp4kx2
>>202
その理屈でいえば北(上杉・信濃豪族)と東(後北条と敵対していたのは武田も同様・さらに上杉憲政とも別個で敵対)でどうやって武田が今川と戦えるの?

204 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 14:57:02 ID:fpWLOJKL
>>201単にいつまでもおじゃるの世間の評価が上がらないから武田に嫉妬して
るだけだよ、統治の仕方一つ違うだけで、おじゃる>>>>信玄だの、「武田
は過大評価だ!、おじゃるは過小評価だ!」って喚いてるだけ。
知識はあっても解釈の仕方がアホな連中ばかりだなこりゃ。

甲斐信濃といった武田領は常に四方八方敵になるか見方になるかの毎日、それ
らを切り抜けて列強国を震撼させたのは事実、過大評価でもなんでもないね。


205 :人間七七四年:2007/02/15(木) 16:31:02 ID:h9kSzU81
今川は名家中の名家だからなぁ
個人的には今川に一票

206 :人間七七四年:2007/02/15(木) 20:07:10 ID:27UvIegf
>>202 武田と戦闘した時のシミュレーションしてみたら?
どうやってシミュレーションすんの?


207 :人間七七四年:2007/02/15(木) 20:15:36 ID:C+/qgVPa
コテはやっぱバカだな バカだからコテやってるのかwwww
ゲームに侵されすぎ ○○が指揮した部隊が強いとかまずありえんからwwwwwww んで戦争だけで勝負が決まるとかありえんからwwwww

208 :人間七七四年:2007/02/15(木) 20:16:33 ID:J7aBfjKh
戦闘力ってまさかシミュレーションゲームの数値の話してないよね?
少なくとも武田が手を出せないくらいの実力はあったでしょうよ
義元の指揮能力が低いという証拠は桶狭間ということだろうが、あれはどう評価していいか俺にもわからん
対して信玄の稚拙な軍配を示す例なら片手はあるぜ
それこそ、本陣強襲されてみたりな(笑)
あとな、幼稚でテキトーな都合のいい設定して語るなら何とでも言えるんだよ
そもそも信濃侵攻が上杉との対決にいたる原因でしょ


209 :人間七七四年:2007/02/15(木) 20:37:53 ID:KKSa3Lpx
>>141にもあるけど義元は
第一次小豆坂で織田信秀に、河東郡をめぐって北条氏綱にも負けている。
今川が勝った戦で有名な第2次小豆坂、安祥城、田原城は
いづれも太原だよ。義元は基本的に戦闘指揮に向いた人ではなかったんじゃないかな?
それほど弱いとはいわないけど。

210 :人間七七四年:2007/02/15(木) 20:59:25 ID:J7aBfjKh
第一次小豆坂なんてホントのとこは何もわかってないじゃん
松平側の記録では今川勝利とされてるそうだし、実際、攻勢をかけてきた織田は戦略目標を達成してないのだから、戦略的には今川の勝ちだね、川中島式にいえば

211 :人間七七四年:2007/02/15(木) 21:08:37 ID:KKSa3Lpx
曲がりなりにも小豆坂7本槍という名前があるし、
今川の目的は西三河からの織田の排除じゃなかった?
西三河の織田の勢力は維持されたままだ。
今川の勝ちといえるのかな?

212 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 21:11:46 ID:fpWLOJKL
>>203 お前らって本当単細胞極まりないねえ、お前らがタラレバで、おじゃる
が武田と戦っていたらどうだの抜かしてばかりいるから逆に反論してやったん
だが、一度レス一通り読み返してみれば?笑)

>>208 そうだろ?四方を敵に回すような事は簡単には出来んだろ、桶
狭間後弱体家したおじゃる家の例を除けばな。
ならおじゃるが西と東に頭がいってる時に対武田ところじゃないだろ

213 :人間七七四年:2007/02/15(木) 21:24:31 ID:6IqiFYcX
                 |;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;|
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                 |_;:_;:_;:_;:_;:_;:_;:_;:_!
                 |;:_;:_;:_;:_|_;:_;:_;:_;:」
                 fT 、_ `"'''"´ _,.゙!}
    r―、-、          tj、 t苙、 ,ィ苙ア lノ
    ',  ヽ ヽ         ',':,   ,! l、  ,イ
    l   !"´!         ヾ! ,.ィ竺t:、 リ
    l   l  l         人.'´三`' /l          f'^i-、__
    |   |  |,. ―- 、_r≦´、、 `'ー' " ト、       {゙ヽ丶ヽヽ
    |   |_|_::::::::::::::::::::::::::::::::::`ヾミ丶、、ヽヽー-、_  ヽヽ丶ヽヽ
    |  /   i\::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`丶.`'=┘::}:::::::`,==、! ,l_.l,..ヽヽ、
    ト、_.|    l / ̄`ヽ:::::::::::::::::::::::::::::::::`'ー-一'::::〈::ヽ ゙',   、_ ',
    ノ  `'ー‐(⌒ヽ ノ l::ヽ:::::::::::i::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ:ヽ ゝ -‐ァ
   ,! __,,.. -r-、`'ーr'´ ノ、:::ヽ::::::::l!:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヾヽ   ;'
    l       ヽ_,.ノ  /::ヽ}::::'i,::::::|l:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ丶、_,. -‐
   {  -‐' ´ ̄ソ  /::::::::::::::::|l:::::||::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::l!:::::::::::ト-

ttp://www.nicovideo.jp/watch/ut6A4nX-R0yYM

「東方軍vs陰陽軍の戦に参加するのだ」

214 :人間七七四年:2007/02/15(木) 21:44:40 ID:TawBrTLU
シミュレーションのやりかた教えて

215 :人間七七四年:2007/02/15(木) 21:45:07 ID:J7aBfjKh
豚ちゃん、乙!
あんまり幼稚な言説で俺をアンチ武田に追い込まないでくれよ
折角大河で武田やってんのにつらいわ

ところで武田厨の豚ちゃんに質問
長尾景虎は1959年に将軍家に塗輿の使用を認められたそうだが、晴信クンはいつ頃乗れるようになったの?

216 :人間七七四年:2007/02/15(木) 21:47:53 ID:FyiEITZq
今川義元の男色相手で名高いのは誰ですか?

217 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 22:05:44 ID:fpWLOJKL
哀しきおじゃるオタの悪ふざけスレだと思ってみて見れば、本気で
公家のおじゃる>>>>>>>武田とか想像してる連中はマジ爆笑

桶狭間での出来事が不運だとか、わけの分からん屁理屈をこねて強
引に(凡将から知名度回復!)みたいなことやってても意味ないっ
て。
なら信玄や信長秀吉、元就といった名将達がどうして戦国の世をま
っとう出来たかっていう理由を考え抜かなければ駄目だね。
公家のおじゃるは織田領に隣接しておきながら、信長の政治、部隊
編成、戦闘の仕方などを軽視してきたせいでの自業自得なんだよ、
分かる?情報戦略に長けてなかった証拠だね、ついでに公家大名な
ので頭も鈍感そのものだい!^^
雪斎の死が悔やまれるって?関係ないね、信玄のように大名として
常に周囲に敏感でないと勝ち残っていけないんですよ、ニャハ^^

218 :人間七七四年:2007/02/15(木) 22:09:50 ID:QzpQD2jY
ニャハ

219 :人間七七四年:2007/02/15(木) 22:14:08 ID:kxrzA8j0
運が悪かったというのも、地元の人間のせめてもの抵抗ですよ。
そういう状況にもっていった義元の実力のなさだと認めたくないが上にね。

220 :人間七七四年:2007/02/15(木) 22:20:20 ID:J7aBfjKh
それよか、武田家が何故あれほど見事に滅び去ったのか教えてエロい方


221 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 22:25:11 ID:fpWLOJKL
それにしても、信玄の治水事業や鉱山開発や商業発展などに一切触れない
おじゃるオタの陰湿さは笑えるね、はっきりいうが、駿河なんて元から政
治するのに楽な土地柄だったんじゃないの?甲斐信濃といった山間は大変
だからねえ、特にアホの信虎のせいで元々甲斐は散々な状態だったからね

222 :人間七七四年:2007/02/15(木) 22:36:21 ID:J7aBfjKh
信玄の内政の手腕については認めますよ

ただね、戦争遂行能力というものが組織と経済にもとづくものである以上、あなたのいうとおりの小国の甲斐武田が今川より強いなんて考えられないのだよ


223 :人間七七四年:2007/02/15(木) 22:46:00 ID:KKSa3Lpx
武田の滅亡についてはあっさり滅びただの、結束が所詮信玄一代とかいうのに
何故今川があっさり滅びた事にはふれないのか・・・。
結束や統制については最後を見る限り今川も武田をあまり笑えないんじゃまいか?

224 :人間七七四年:2007/02/15(木) 22:50:43 ID:kxrzA8j0
信玄の息子勝頼は信長相手に無謀なりにも最後まで戦ったが、義元の息子は・・・

225 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 22:51:09 ID:fpWLOJKL
>>222いやだからそれらを着実に戦闘の勝利まで持っていかないと
意味ないっつうの、弱兵で家臣も大したこと無い今川が武田より
強いなんて考えられないんですよ、てゆうかいい加減答えろよ、お
じゃるは戦強いの?家臣は戦強いの?

大体その経済力を、弱小とあなどってた信長に負けて灰にする程、
隣国の情勢に対して鈍感だった人間が信玄に勝てるのか?それに
領土を拡大すればする程自身の領土統治も難しくなるんだがおじ
ゃるに出来るのか?信玄の調略によって少しづつおじゃる領が削
られていく様が目に受かぶが・・・

226 :人間七七四年:2007/02/15(木) 22:52:30 ID:J7aBfjKh
武田厨は武田家が今川家以上に見苦しく滅んだという事実を知らないのかとおもってな
それに、今川家の評価にはそれが織り込まれ済みだけど、武田家の評価にはそれが入ってないのはいかにも不公平だろ
全盛期の今川にビビりまくってたクセによ


227 :人間七七四年:2007/02/15(木) 22:55:22 ID:27UvIegf
メガトンさんは信長VS信玄だとどうなる思う?

228 :人間七七四年:2007/02/15(木) 22:55:53 ID:J7aBfjKh
信玄の調略なんてもともと分裂して弱小勢力しかいなかった信濃でしか通用してないんですけど

229 :人間七七四年:2007/02/15(木) 22:56:17 ID:KKSa3Lpx
武田の全盛期はもっと後だしなあ

230 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:01:19 ID:KKSa3Lpx
>>228
長野と戦った西上野でも通用してませんでしたか?
今川氏との戦いでも今川の重臣が何人も寝返ったり戦線離脱してませんでしたっけ

231 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:01:33 ID:27UvIegf
>>225
信玄は信長の勢力拡大のスピードについて行けてなかった気がするけど、
信玄も信長のこと過小評価してたんじゃない?

232 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:01:37 ID:DfLQpP+T
項羽と劉邦はどっちが戦強いっていうのだろう。

233 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:02:08 ID:8BgHmJWn
>>228
当然だろ

調略って「我が武田の当主晴信公は軍略政略に優れ、いずれ天下を治めんとする〜〜 まあ知行は半分だけどな」
ってギャグじゃないのか?
誰が今川から武田に乗り換えるアホが居てるんだ
城から追い出されるわ!

234 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 23:05:44 ID:fpWLOJKL
>>226>>228 ビビッテたのはおじゃるの方だよ、上杉の内部工作や北条を
抑える為の佐竹などへの工作や本願寺までをも利用した壮大な外交のスケ
ール(おじゃる生前より後だが)を見れば恐ろしさが垣間見えようぞ。
で?おじゃるの調略が成功した中に強豪はいたの?

235 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:07:39 ID:J7aBfjKh
武田から織田に乗り換えた香具師はいっぱいいたけどなw

236 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:10:44 ID:J7aBfjKh
だからそもそも調略なんてものはそういうものだってことだよ
勉強になったろ?

237 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:11:13 ID:27UvIegf
>>235
信玄存命中にいたっけ?

238 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:12:30 ID:J7aBfjKh
>>234
ちみ、一つ大事なこと忘れてるよ
甲相駿三国同盟

239 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:13:45 ID:J7aBfjKh
>>237
236読め

240 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 23:15:50 ID:fpWLOJKL
>>228>>233信玄は弱敵に対しても、内応出来るような場合は無理に攻めない慎重派
小豪族相手にてこずってるとか解釈してては駄目だね。



241 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:17:34 ID:C+/qgVPa
>>240
豪族しかいない信濃に対し大名があった50万石の大国美濃
内応をし、内部から崩し、見事50万石の大大名を僅か10年足らずで滅ぼした信長最強!!
ってことを言いたいのか?

242 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:18:28 ID:27UvIegf
>>239
ごめん、読んだけど普通に分からんかった…

243 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:19:21 ID:J7aBfjKh
>>240
だから自ずと武田の成長には限界があったってことかな?

244 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:20:58 ID:J7aBfjKh
>>242
あ、そ

245 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:21:56 ID:KKSa3Lpx
速度をもって武田に限界があったというなら
今川の拡大速度はもっと遅いように感じるのだが。

246 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 23:23:20 ID:fpWLOJKL
おーーいお前らこれに答えろよーーー、おじゃるにとって都合の悪いこ
と(史実通りのぶざまな出来事)になるとだんまりを決め込み、あるこ
とないこといつまでも喚いてもみっともないよ ↓  ↓  ↓  ↓



公家のおじゃるが負けたのは織田領に隣接しておきながら、信長の
政治、部隊 編成、戦闘の仕方などを軽視してきたせいでの自業自得
なんだよ、 分かる?情報戦略に長けてなかった証拠だね、ついでに
公家大名な ので頭も鈍感そのものだい!^^
雪斎の死が悔やまれるって?関係ないね、信玄のように大名として
常に周囲に敏感でないと勝ち残っていけないんですよ、ニャハ^^


247 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:24:41 ID:C+/qgVPa
>>245
一応お家騒動の時点で当時の今川家(駿河と遠江)の半分とすると20万石ちょい
ここから大体80万石ぐらいにしたんだから結構いい方だろ 金山や港で価値は100万石レベル 義元40代で死んだし

248 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 23:24:46 ID:fpWLOJKL
>>245 おじゃるオタは、顔面真っ赤にして武田を叩くことしか
頭にないから、おじゃるの不手際なんてそっちのけなんですよ

249 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:26:50 ID:27UvIegf
>>244
そんな事言わずに教えてくれよ…

250 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:29:07 ID:KKSa3Lpx
お家騒動の時点でほとんどの家臣は義元を支持していたような気がするのだが。
例によって太原の交渉によるところが大きいが。

251 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:32:12 ID:KKSa3Lpx
こうしてみると改めて太原の存在は大きいな。

252 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 23:37:32 ID:fpWLOJKL
結局武田が羨ましい今川オタ、まあ武田のことを一方的にあーだこーだ
ガキみたいに喚けば喚く程、せっかく義元を品良く見せようとしてきた
メディアも又(凡将扱い)してしまうだろうね、オタがこんなにアホな
んだから。
義元の知名度を上げたいが為に武田などの諸大名を見下してるようじゃ
あ世話ないね

253 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:39:14 ID:iQu4cJJ1
>>248 なら、その顔まっかにしてるおじゃるオタ(言い方キモッ・・)にムキになって、あっちこっちのスレで反論してるお前はどうなんだ?

254 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:43:57 ID:I49gmcWm
おかげで義元関係のスレが伸びる伸びるw

255 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:44:00 ID:J7aBfjKh
>>246
結果論だけで判断するならそもそもシミュレーションなんてやる意味がな
武田だって信濃攻略の過程で散々読み間違いをしてるだろ
織田だって浅井の寝返りを掴めなかったり長い人生にはいろいろあるんだよ

俺は雪斎とか言ってないが、そもそも武将の能力云々いってるのはそっちだろ
俺はもともと戦争遂行能力をはかるときにあんまりそういうのに重きを置いてない

256 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/15(木) 23:45:46 ID:fpWLOJKL
>>253からかってるだけやがなあーーーーーーーー
武田 北条 織田など立派な歴史のある家柄のスレに惨めったらしく
割り込んできて荒らしまくってきたアホ一族マンセーはどなた方??

257 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:47:48 ID:J7aBfjKh
豚ちゃんこっちの質問にも答えてくれよ
で、晴信クンはいつ頃塗輿に乗れる身分になったの?
いやマジで知りたいんだお
教えて丁髷

258 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:49:37 ID:KKSa3Lpx
>>215の人?
長尾景虎って1959年に塗り輿乗ることをゆるされたの?
ガリレオ裁判並みのロングパスだな。

259 :人間七七四年:2007/02/15(木) 23:53:48 ID:NN2MJf0g
北条と織田って歴史あるか?

260 :人間七七四年:2007/02/16(金) 00:01:08 ID:gpi6qi59
>>256
俺がアンチ武田になりかけてんのはチミの所為だよ
豚ちゃんに釣られて二日め(笑)

261 :人間七七四年:2007/02/16(金) 00:01:57 ID:gpi6qi59
>>258
(笑)

262 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/16(金) 00:01:59 ID:Yr8Cyibc
>>255  あんまり>>246の答えになってないような気がするが
じゃあ武将の能力はおいといても、大名自身の能力ははずすこ
とは出来ないと思うし、信長を尾張の奥に押しとどめておいた
のは良いけど、信長自身の戦闘の仕方を軽視してたと思うし、
義元自身も本陣での身の回りの警戒を怠ったのは事実だと思う
が。

経済力だが、籠城戦や攻城戦には軍資金は豊富な方が良いけど
信玄が城に篭るような戦いをするかどうか、まあ義元も簡単に
は打って出ないだろうが


263 :人間七七四年:2007/02/16(金) 00:06:51 ID:gpi6qi59
信玄も川中島ではうっかりはちべえだったしな

264 :人間七七四年:2007/02/16(金) 00:10:39 ID:YkK3EFQy
義元、信玄のどちらが優秀か甲乙は付け難いが
天下を獲る意思は義元の方があったんじゃないかと思う。
北条や武田信虎とは友好関係を保ち西へ領土を伸ばすという意思は
明確に感じ取れる。信玄は北へ東へと無作為に戦線を広げすぎだ。

信長は能力が高いか低いかはともかくとして、最も切り取りやすい義元なきあとの
今川家領土侵食を打っちゃってまで強敵斉藤家征伐にこだわったのは
まだ尾張一国の太守に過ぎない時期から明確に京・及び天下を獲る野心があった印だ。

265 :人間七七四年:2007/02/16(金) 00:27:15 ID:gpi6qi59
義元健在ならそもそも武田が天下なんて考えもつかないだろう

今川が潰れて初めて、武田が天下争覇のポジションに就くことができたわけで

ま、おとなしくしてれば甲信二カ国位は安堵してやってもいいぞってのが義元の偽らざる気持ちだったんじゃないか

266 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/16(金) 01:11:36 ID:Yr8Cyibc
>>264無作為というか力を付ける為だったんじゃないの?
地理的にも西上するような領土じゃないし(甲斐信濃西上野)
信玄も義元がうまいこと天下取れるとは思ってなかったでしょ
信長のことある程度認識してたみたいだし美濃もある。
まあ、あの先どうなってたかタラレバになるがやはり信玄の方
が優秀なのは確かだね、家臣団も兵も違う(三河兵などしょぼい)

義元は身の回りの警戒も怠るような程度、攻め取る先の武将の器
量も見抜けない程度のおじゃるです。この大名は政治の良さばか
り取り上げられるが、今川厨の中で軍略の良さについてほとんど
触れる連中いないじゃないか?

267 :人間七七四年:2007/02/16(金) 01:25:00 ID:qo0e6n61
今川義元の衆道相手のなかでは誰が有名ですか?

268 :人間七七四年:2007/02/16(金) 01:33:36 ID:9aC99ZM+
>>267
庵原元政

269 :人間七七四年:2007/02/16(金) 03:46:33 ID:U8EeQN1Z
>>268
武者震いが(ry

270 :人間七七四年:2007/02/16(金) 08:25:58 ID:7NOnz0rL
身の回りの警戒を怠る→上田原、川中島双方で大将が丸裸になって手傷を負う事態を招いた武田軍
攻める先の大将の器量も見抜けない→村上義清・長野業政・さらにその織田信長にまで喧嘩売って大敗数回と後の家滅亡食らった信玄
どうみても武田のほうがヒドスです。ありがとうございました

271 :人間七七四年:2007/02/16(金) 11:53:01 ID:EidaDHtH
武田家臣団って軍鑑の創作のために人柄とか能力が捏造臭く加算されてるけど
実際のところどうなの?
太原雪斎はもとより、岡部元信並の戦績の家臣っているの?

272 :人間七七四年:2007/02/16(金) 17:50:49 ID:spX7N3jv
武田家臣団は武田24将などと称されて名家臣団だとされてるけど、
織田軍団の羽柴、明智、柴田、滝川、丹羽なんかの方が武田24将よりも
能力は凄かったと思われる。

273 :人間七七四年:2007/02/16(金) 18:59:46 ID:U+QbKgST
そんなこと(ry

274 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/16(金) 20:59:04 ID:Yr8Cyibc
>>270反論して噛み付けば噛み付く程、今川厨は自身が哀れとは思わない
からマジで笑えるね^^
上田原?川中島?信玄は 討 ち 取 ら れ た の ? 川中島なん
てまさしく器量持ちならではの戦だね、弱小とみくびってあっさり討ち取
られた義元なんて問題外、永遠の凡将扱いで結構だね。

275 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/16(金) 21:03:01 ID:Yr8Cyibc
今川厨は反論出来ないような痛い事実を突きつけられると、すぐに「武田
こそあーだこーだ!!」と幼稚なアホレスしか出来ないから笑える、戦国
好きの中でも特に悪質な2ちゃんねらーだね

276 :人間七七四年:2007/02/16(金) 21:12:58 ID:0T+QJ/Ty
>>274
川中島が器量持ちの合戦はワラタwww


277 :人間七七四年:2007/02/16(金) 21:19:30 ID:2zYWdAQD
                 |;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;|
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                 fT 、_ `"'''"´ _,.゙!}
    r―、-、          tj、 t苙、 ,ィ苙ア lノ
    ',  ヽ ヽ         ',':,   ,! l、  ,イ
    l   !"´!         ヾ! ,.ィ竺t:、 リ
    l   l  l         人.'´三`' /l          f'^i-、__
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    |   |_|_::::::::::::::::::::::::::::::::::`ヾミ丶、、ヽヽー-、_  ヽヽ丶ヽヽ
    |  /   i\::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`丶.`'=┘::}:::::::`,==、! ,l_.l,..ヽヽ、
    ト、_.|    l / ̄`ヽ:::::::::::::::::::::::::::::::::`'ー-一'::::〈::ヽ ゙',   、_ ',
    ノ  `'ー‐(⌒ヽ ノ l::ヽ:::::::::::i::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ:ヽ ゝ -‐ァ
   ,! __,,.. -r-、`'ーr'´ ノ、:::ヽ::::::::l!:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヾヽ   ;'
    l       ヽ_,.ノ  /::ヽ}::::'i,::::::|l:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ丶、_,. -‐
   {  -‐' ´ ̄ソ  /::::::::::::::::|l:::::||::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::l!:::::::::::ト-

ttp://www.nicovideo.jp/watch/ut49jki2kpq7c

東方軍 VS 陰陽軍 の戦い 琴姫の役

278 :人間七七四年:2007/02/16(金) 21:31:31 ID:5yOwkRmr
センゴク外伝で義元が主役になりそうなので期待アゲ

279 :人間七七四年:2007/02/16(金) 22:29:23 ID:dEHcoP28
どうしても生き残った順で 北条>>武田>>今川に思えてしまう
徳川のような我慢さえできず、全国大名に撃沈された北条も大概馬鹿なんだが


280 :人間七七四年:2007/02/16(金) 22:36:01 ID:HDLhfELR
北条や今川に比べると武田の外交は今ひとつじゃありません?
基本的に駆け引きが苦手なんですかね?

281 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/16(金) 22:59:14 ID:Yr8Cyibc
>>280どこがなの?武田が裏切られたこととかあるの?重要な外交で
作戦上広い視野を見て、武田の方から見限ったのはあるが

大体なあ、今川北条と違って、武田は(甲斐信濃領する時点)隣国が
8カ国もあったんだぞ、今川北条上杉織田徳川とな。
武田に比べれば今川北条なんて警戒すべきところが絞られてるから楽
なだけ

282 :人間七七四年:2007/02/16(金) 23:03:05 ID:tFkNJ0Hh
武田の外交は良く言えば臨機応変
悪く言えば機会主義的場当たり外交

283 :メガトン ◆xfEWihaR6w :2007/02/16(金) 23:14:09 ID:Yr8Cyibc
>>276 そう、互いにミスを犯さなかったからこそ10数年に渡って
繰り広げられてきたんですよ、っていうと八幡原の信玄のミスだけを
持ちあげてワーワー言うだけなのが今川厨wwww
敵の出方を伺って、失策を演じないっていう考えが無いから駄目なん
だよねえアホは。

それから川中島は今川には関係ないのですよお馬鹿さんwww

284 :人間七七四年:2007/02/16(金) 23:21:37 ID:0T+QJ/Ty
>>283
俺別に今川ファンじゃないし今川のことなんて何も言ってないんだが?
結果論だけ言う10数年も無駄な戦いしちゃっただけじゃん。

285 :人間七七四年:2007/02/17(土) 12:05:24 ID:lS9zlgCm
信虎が背後を同盟で固め、北の村上と組んで数年で制圧した佐久に十数年もかけてる時点で論外だよ
父親から何も学ばなかったのかと

286 :人間七七四年:2007/02/17(土) 13:05:44 ID:UBUsICVF
佐久に10数年もかけた?
どういうこと?
10数年っていったら信玄が信濃攻めにかけた年数のほとんどじゃないか?
基本的に1543年から攻め始めて1548年にはあらかた制圧してあったと
思うが。しかも他の諏訪や伊那も制圧しつつ。

287 :人間七七四年:2007/02/17(土) 13:10:24 ID:lS9zlgCm
>>286
1554年の義信初陣は佐久への出撃
制圧してないよ、その年では

288 :人間七七四年:2007/02/17(土) 13:18:37 ID:UBUsICVF
義信が初陣で攻めたのは信濃伊那の知久氏じゃなかった?
確か1554年に信玄は伊那を攻めて知久氏を始めとする諸豪族を撃破して
伊那の制圧を完成させているんだけど。

289 :人間七七四年:2007/02/17(土) 22:20:35 ID:5GWFRunc
>>285 まさしくアホ、君こそ信玄のことをもう少し勉強した方が良いね。
信濃全土を攻略するのに何で村上なんかと同盟続けなければならないん
だ?ばーーか
ちなみに>>288のレスに対して「ええ?そうだったの?」とか思ってんだ
ろ?これだからアンチ=義元オタは、困るねww

290 :人間七七四年:2007/02/17(土) 22:22:38 ID:5GWFRunc
http://kotatujo.cool.ne.jp/hyo/itiran/itiran/takeda.htm

結局こういうのが悔しい、人格破綻の低脳単細胞今川オタでした
何せ義元自身は軍略に長けていませんのでね、だから雪斎死後、
桶狭間で無様に死んでいったんだーい^^

291 :人間七七四年:2007/02/17(土) 22:30:06 ID:Da/jEFXU
メガ豚さんコテハンやめたんですか?

292 :人間七七四年:2007/02/17(土) 22:47:55 ID:T6DfJtQ3
武田って武官しかいないのが最大の欠点だと思う
政治家がまったくいない、優遇されていない、育っていない これじゃ負けるよ

293 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:04:52 ID:5GWFRunc
まあ武官がいない家の方が戦国にあって危険なんだけどね、特に当主が軍略
に長けてなかったりとかね。


294 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:08:49 ID:UBUsICVF
あの時代における政治家というものをどう定義するかにもよるな。
一応武田4名臣は奏者をつとめて朱印状などを発給したり、北条との交渉等で
全権を任されたりしてるし、国内行政にも深くかかわっているんだけどな。

295 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:12:50 ID:T6DfJtQ3
織田における村井、徳川における大久保のような奴がいれば武田家の寿命は・・
信玄が冷遇するから一緒か

296 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:18:16 ID:UBUsICVF
大久保や村井が有能なことは認めるが
それの有無で勢力の荒廃がきまったとは思えんな。
特に大久保長安は信玄生前は、信玄に優遇されていたはずだと思ったが。

297 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:23:03 ID:T6DfJtQ3
>>294
それだと上杉の斎藤も政治家になってしまう 直江(親父のほう)を政治家とするのはかなり納得できるけど・・


>>296
確かにそりゃそうだがいなけりゃいないでそれなりに困る その「それなり」は勢力が広がれば広がるほど大きく出てくる

298 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:37:57 ID:UBUsICVF
あの時代においては武官であり政務もとるという人間が多いからなあ。
正直どういう線引きで政治家とそうでないのをわけたらいいのかわからない。
直江(親父のほう)も自ら軍を率いて戦ってはいると思うが。

299 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:40:07 ID:T6DfJtQ3
>>298
まぁそれはそうだが・・
武官文官・・ 加藤清正福島正則みたいなのと石田三成やらなら簡単に分けれるが
明智光秀なんて両方が完璧にできるからどっちにも入れれない、どっちに入れても当てはまるどこかしっくりこない
ただ馬場や内藤辺りは明らかに 戦争>政治 だろう

300 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:41:52 ID:O52cdaT9
穴山なんかは本来そっち側だったんじゃないの?

301 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:43:54 ID:T6DfJtQ3
あ、そうか穴山がいたか・・

地味すぎて存在を忘れていた

302 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:47:03 ID:UBUsICVF
石田光成もその前半の経歴をみると結構武官な所もあるけどな。
朝鮮出兵や関が原の当日の指揮を見る限り武官としてもいいと思うんだがね。
官僚として有能だからそうみられないけど。

303 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:50:20 ID:T6DfJtQ3
>>302
あの福島や加藤だって内政ができたんだからそりゃ三成も戦争ができんと超無能ってことになってしまう
猪武者や本多正信みたいな極端な奴は滅多にいないに決まってる

304 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:53:41 ID:tAFgh9Ch
陣頭に立って暴れるだけならともかく
軍隊の統率や行軍・物資調達なんかは政治の要素も含むからね

305 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:55:16 ID:xsvFqzil
歴史ゲーム

306 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:56:41 ID:UBUsICVF
加藤清正も上杉謙信もどちらも戦闘ばかりが伝えられるが
実際の彼らは領国においては偉大な政治家でその業績は後世にまで残った。
でも戦闘のほうが優れているから、イメージが強いから彼らは武官であって
政治家ではない、とすると非常に奇妙に感じるんだよ。
戦闘に優れていたから政治家ではないというのは少なくともこの時代では
あてはまりづらいんじゃないかな?

307 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:58:53 ID:tAFgh9Ch
政治家(内政家)ではあるが戦略家としては物足りないんだよな
いま名前の上がる人たちは。

308 :人間七七四年:2007/02/17(土) 23:59:49 ID:6LLnfkwM
       ,ィ                      __
      ,. / |´ ̄`ヽー- 、 ト、        , -‐、/./.- 、 書き込みのはやきこと風の如く
    / | |    ヽ   l l        ( 火◇風 ノ
  /o ̄`ハ._.ゝ===┴=く.ノ- 、      ノ ◇ ◇ (  他人と会話せざること林の如く
  /o O / l´ ノ      ヽ lo ',ヽ      ( 山◇ 林 }
  \___/. ト、  ●    ● ハ  ∧      `⌒/7へ‐´  ネットで煽ること火の如く
 / ,イ   レ_   ( _●_) ミl~T--‐彡    /./
/ ̄ ̄l.  彡、   |∪|  ノ'l  l::::::::::彡ー7⌒つ、    部屋から動かざる事山の如し
彡:::::::::::l  ト、___ヽノ /|  l::::::::::::ミ  {,_.イニノ
彡ソ/ノハ   ト、 \  / ,イ  川ハ ヾー‐'^┴

309 :人間七七四年:2007/02/18(日) 00:00:43 ID:IWJ93Wdy
武田厨風林火山ってかwww

310 :武田信玄:2007/02/18(日) 00:04:35 ID:7Lm6Mv61
動かざること山の如し!!

311 :人間七七四年:2007/02/18(日) 00:06:31 ID:Mi8zFpcI
【☆無敵☆】武田家の輝かしい戦歴【☆騎馬軍団☆】

1541年5月 信玄、信虎、村上義清に従い海野棟綱を攻める。とっとと帰りオヤジに怒られる。
   6月 オヤジ狩り開始。武田信虎追放。
   7月 諏訪頼重との同盟を一方的に破棄、名門諏訪家を攻め滅ぼす。
      12歳の幼女である姪の諏訪御料人を愛人に迎える。

1548年2月 上田原の大敗 村上5000を上回る7000もの大軍で戦に挑むも先陣を包囲され殲滅。
      副将重臣板垣、速攻で討ち死に。さらに怯んだ所を中央突破を受け、歴戦の重臣甘利、才間、
      初鹿野を討ち取られ、さらに信玄自身も足軽に切り付けられ2箇所に重傷を負う。
      将兵700も討ち取られる大敗。村上の被害は300程度。
      この戦によって反武田勢力が力を盛り返し窮地の陥る。
      平定に二年も費やし逆らう者を皆殺しにし、無駄に時間と軍費を費やす。
      後の長篠大敗の後の信濃大離反の火種を作成する。

1550年10月 戸石崩れの大敗 原虎胤のみならず信玄自身も偵察に赴き、万全の体勢を築き上げ、
      かつ、村上義清が高梨と交戦中の絶好の留守の機会に奇襲をするも、つい先程まで高梨軍と
      死闘を繰り広げ疲弊していた村上軍が急遽来襲。圧倒的に有利でありながらまたも大敗。
      将兵1000を失い、追撃を受け、信玄がその才能に期待していた未来の有望株であった
      横田高松が討ち死に。信玄は後年まで酒を飲むとこの者を失った悲しみを周りの者に語った。

1551年10月 小岩岳城に奇襲をかけるも失敗。後年、その恨みか落城の際には降伏さえ許さず城兵500を
      皆殺しにし、かつ、老人、女、子供に至るまでを奴隷として売りさばく(妙法寺記より抜粋)
      そのため現在でも落城の8月12日には慰霊祭が行われている。野戦で討ち取った首を城に前に
      槍で突き刺し並べ降伏を迫り成功するも無抵抗の城兵1000人を皆殺しにし、老人、子供は
      黒川金山に奴隷として連行し、女は女郎屋に売りさばいた志賀城と双璧を成す大虐殺である。

312 :人間七七四年:2007/02/18(日) 00:07:32 ID:Mi8zFpcI
1552年3月 村上義清との信州常田合戦で小山田信有、小山田 昌辰、討死
1553年4月 第1回川中島の戦い(布施の対陣) 更級郡八幡で戦うも長尾軍の猛攻により一時撤退。
      高坂、奇襲をかけるも村上義清にボロボロにやられる。
      後に甲陽軍艦において見事なまでの捏造で挽回をする。
   8月 軍を建て直し川中島で戦うも越軍の連夜の夜襲に悩まされる。
   9月 謙信に敗れ、筑摩、埴科郡に侵入され、荒砥城を落とされる。
      信玄塩田城に怯えて篭る。謙信暴れるだけ暴れて帰還。
      そのまま兵2000もの大軍を率い信玄が果たせなかった京へと上洛。

1554年7月 伊奈郡神之峰城主 知久頼元、座光寺氏が謀反。国内が乱れる。

1555年7月 第二回川中島の戦い(大塚の対陣) 再び越軍の夜襲に毎夜被害を出す。
      信玄対抗して1000の別働隊を善光寺方面より向かわせ夜襲をかける。
      が、見破られ手痛い被害を出す。ウサ晴らしに善光寺より本尊を強盗。
      兵糧が底を尽き始める。今川に頼み旭山城を撤去する譲歩でなんとか和睦。

1557年1月 第三回川中島の戦い 村上義清の守る飯山城を攻略。失敗
      謙信まで出陣してくる事となり上田西方坂城、岩鼻付近の武田軍を撃破される。
      信玄出陣するも決着付かず。

1558年4月 信玄自ら武田軍二万を率い上州に侵攻。業政が吾妻に出陣している留守を狙うも、
      業政は間道を使って直ちに帰還。業政に蹴散らされ、翌日には食糧を焼かれ弾薬を爆発され
      軍を維持できなくなり即座に撤退。
      
1559年9月 飯富虎昌に安中城を攻撃させ、信玄は和田城の攻略に当たる。業政は援軍として駆けつけ
      奇襲を行い信玄の陣を混乱に陥れる。反撃とばかりに雉郷城を取り囲むも空城。
      長野業政は鷹留城の部下に策を与えて箕輪城に帰還。信玄は追撃しようと鷹留城を攻めるも
      反撃を受け撤退。撤退中に伏兵を受け惨敗。兵五百を失う甚大な被害を出し撤退

313 :人間七七四年:2007/02/18(日) 00:08:53 ID:Mi8zFpcI
1560年1月 再度箕輪城を取り囲んだが、飢えと寒さに苦しむ中、さらに安中忠政に
      糧道を断たれ、長野業政の総攻撃を受け、たまらず撤退。
   11月 武田一門の勝沼信元謀反。処刑。

1561年9月 第4回川中島の戦い 上杉12000、武田23000、上杉は数ヶ月前まで関東に遠征をし、
      疲弊をしている圧倒的優位な戦。
      啄木鳥戦法にて奇襲を行うも簡単に奇襲を読まれ、信繁、諸角、室住昌清、勘助討ち死に。
      信玄自身も本陣にまで切り込んできた荒川に切りつけられる。
      死者では上杉の1,5倍、負傷者では二倍近い損害を出す。

1565年9月 義信、飯富虎昌、謀反を起こそうとしたため処刑。国を傾けた大いなる要因となる。

1568年7月 謙信と同盟を結んでいた本庄と共謀し、大軍を率いて越後を攻める。
      が、しかし越後以前の北信濃、村上義清の守る少数の小城である飯山城でさえ落とせず。
      仕方なく撤退。駿河に侵攻。

1569年4月 合戦に敗れたため、駿河を放棄して帰還

1571年1月  駿河興国寺に奇襲をかけるが見破られ敗退。深沢城攻略も失敗。全軍撤退

1573年3月 信玄、2万5千もの大軍を率いて高天神城を攻める。が、失敗
4月 信玄没。死後娘婿の二人に裏切られる。奥平信昌、長篠城ごと徳川に寝返る
   8月 武田信廉、山県昌景、穴山信君、北遠江へ侵攻。徳川の伏兵にあい敗北

1575年5月 長篠の戦い
      死者7000、山県昌景、内藤昌秀、馬場信春、甘利信康、五味高重、安中景繁
      真田信綱、昌輝、原昌胤、望月義勝、香坂昌澄、土屋昌続、川窪信実、和田業繁、
      三枝守友、名和宗安、横田綱松、祢津是広、武田信実、討ち死に
   11月 秋山信友、大嶋長利、座光寺貞房、討ち死に


314 :人間七七四年:2007/02/18(日) 00:10:13 ID:Mi8zFpcI
1582年1月 木曽義昌、武田に謀反、織田に寝返る。 
   2月 武田勝頼二万の兵を率いて出陣。木曽義昌に鳥居峠で大敗。曾根覚雲斎謀反。武田信豊死亡
      17日、松尾城の小笠原信嶺が反旗を翻し平谷陥落。
      18日、保科正直、飯田城を捨て逃走。信廉、戦わずして大島城を捨て逃走。20日、田中城落城

   3月 難攻不落の名城、高遠城1日で陥落。仁科盛信、小山田昌行、今福昌和、原貞胤、武田竜宝、
      武田信綱、武田信堯、一条信就、山県昌満、朝比奈信直、諏方頼豊、一条信竜、討ち死に。
      武田勝頼、盛信、信勝、信貞、信友、海野信親、跡部勝資、土屋昌恒、安部宗貞、小宮山友晴、
      滝川一益に討ち取られる。
      武田信豊、小山田信茂、長坂光堅、一条信就処刑
   4月 織田軍による武田残党狩り開始。武田信玄の六男、葛山信貞、織田信長によって善光寺で殺害
      武田残党は恵林寺ごと焼き殺され皆殺しにされる。 

      武田家唯一の生き残り武田信清、武田家滅亡時にその縁故を頼り、上杉氏に仕える。
      江戸時代まで代々、上杉家の下層家臣として飼われる。

315 :人間七七四年:2007/02/18(日) 00:13:11 ID:TiVB7oDg
勝ち戦は一切書かず、他の事を書いても可能な限り悪意でもって曲解するってのは
どんなもんかと思うがね。

316 :人間七七四年:2007/02/18(日) 00:14:11 ID:Mi8zFpcI
☆偉大なる武田家の系譜

【偉大なる信玄の弟達】
武田信繁・・・信玄の采配ミスで討ち死に。
武田信友・・・織田軍に捕まり処刑される。
武田信廉・・・戦わずして城を捨てて逃げるが織田信長に捕まり処刑される。
一条信龍・・・上野で徳川軍に大敗。捕らえられて親子共々処刑される。
武田信実・・・長篠の戦いで松平伊忠に討ち取られる。
松尾信是・・・目立った功績もなく病死。

【高貴なる息子達】
武田義信・・・嫡男。謀反が発覚。東光寺に幽閉され殺害される。
海野信親・・・二男。生まれつきの盲目で僧となる。勝頼と供に自害。問題外の雑魚
武田信之・・・三男。生まれつきの病弱で十歳の若さで病死。
武田勝頼・・・四男。長篠の戦いで優秀な重臣達を皆殺しにさせ、十倍もの軍を擁しまがら鳥居峠で
       寡兵の木曾義昌に大敗。織田の本格的進行からたった二ヶ月で武田家を滅亡へ追いやる。
仁科盛信・・・五男。名城高遠城を信忠に1日で落とされた愚将。惨めに自害。
葛山信貞・・・六男。怯えて逃げるも織田軍によって善光寺で捕まり処刑される。
武田信清・・・七男。武田家滅亡後、景勝側室甲斐御前を頼って落ちのび上杉家の家臣となる。

317 :人間七七四年:2007/02/18(日) 00:15:04 ID:Mi8zFpcI
【誠実なる一門衆】
木曽義昌・・・義理の息子。武田家を裏切り勝頼を破り武田家を滅亡へと追いやる。
穴山信君・・・義理の息子。武田家を裏切り勝頼を見捨て降伏。
勝沼信元・・・従兄弟。謀反の疑いで処刑。信玄の器量の狭さを立証

【優秀なる武田一族】
武田信勝・・・武田勝頼の嫡男。天目山で惨めに討ち取られる。
一条信就・・・一条信龍の嫡男。上野で徳川軍に大敗。親父と供に捕らえられ処刑される。
武田信俊・・・武田信実の子。滅亡後も生き残り保科家の口添えによって徳川家1600石の旗本として助けられる。
武田信堯・・・武田信友の子。信長によって処刑。何か活躍しましたか?w
望月信頼・・・武田信繁の長男。目立った功績もなく地味に死亡。
武田信豊・・・武田信繁の二男。部下の下曾根覚雲斎に裏切られ死亡。
望月信永・・・武田信繁の三男。長篠で無残に討ち死に。無敵騎馬軍団☆
武田信道・・・海野信親の子。滅亡時に出家。命だけは助かる。


318 :人間七七四年:2007/02/18(日) 00:16:46 ID:Mi8zFpcI
さて、発狂した武田厨が何匹釣れるか楽しみだな。

319 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/02/18(日) 00:17:17 ID:L7w+D6iy
結構前にみたコピペだな。

320 :人間七七四年:2007/02/18(日) 00:22:22 ID:TiVB7oDg
>>318
釣り糸たらしまくってるのに魚が釣れるとでも?

321 :人間七七四年:2007/02/18(日) 01:18:29 ID:HADoshBs
>>317>>318  大 爆 笑 !!それで煽ってるつもり?

可哀想なアンチ、それだけ武田に嫉妬してるのが目に見えるよ、そういう
系譜があるからって煽りになるとでも思ってるの?今川みたいに細々と弱
い敵を相手にちっぽけな領土保有してたわけじゃないのだよ、正直に言え
ば?これが悔しいんだろ?今川には無いからねえ、こういう輝かしいのが↓↓↓

http://kotatujo.cool.ne.jp/hyo/itiran/itiran/takeda.htm

322 :人間七七四年:2007/02/18(日) 02:15:09 ID:OjadxakO
釣られてると言うか一人相撲をしてるというかww

323 :人間七七四年:2007/02/18(日) 02:37:02 ID:XJEq3MTA
この調子だと謙信はおろか信長・秀吉・家康もボロクソ言えそうだな
貶しようがなさそうなのは秀長ぐらいか?

324 :人間七七四年:2007/02/18(日) 02:40:47 ID:TiVB7oDg
おそらくその場合は常に兄の影に隠れたという所をついて
ぼろくそにいってくるだろう。

325 :人間七七四年:2007/02/18(日) 07:39:32 ID:Mi8zFpcI
             \   ∩─ー、
                \/ ● 、_ `ヽ
                / \( ●  ● |つ
                |   X_入__ノ   ミ 俺は釣られないクマ ・・・
                 、 (_/   ノ
                 \___ノ゙
                 / 丶' ⌒ヽ:::
                / ヽ    / /:::
               / /へ ヘ/ /::: ←メガ豚
               / \ ヾミ  /|:::
              (__/| \___ノ/:::


326 :人間七七四年:2007/02/18(日) 12:08:17 ID:4YiKAddD
今川も武田も結局家康に態よく踏み台にされた同士なんだから仲良くしろよ
武田なんて家康が小国(っつっても一ヶ国程度はあったが)時代に対戦できたから後世マンセーされる幸運付だし

327 :人間七七四年:2007/02/18(日) 12:40:30 ID:TiVB7oDg
三河遠江で2カ国だろ、しかも織田までついてくる。
今川相手のほうがむしろ小国だろ(半国からスタート)

328 :人間七七四年:2007/02/18(日) 15:40:34 ID:HADoshBs
家康なんて武田と織田と秀吉のおかげで長生き出来ただけの戦国の廃棄物
だろ、家康って何か取り柄でもあるの?
まあ今川は良くこんなクソ漏らし相手に手も足も出なかったもんだねえ

329 :人間七七四年:2007/02/18(日) 15:42:41 ID:HADoshBs
今川義元は日本史上に残る偉大な凡将ことお公家オタク様wwww

・東海一の弓取りとは偽りで実は家臣の太源雪斎に軍略はまかせっきり
・桶狭間で周囲の警戒に気を配らず奇襲を受け尚且つ神輿に乗り兵に担がせ
 て逃げようとする大マヌケ
・戦国の世にあって公家風の趣味ばかり持つお気楽人
・桶狭間であっさり負けた敗因を棚にあげひたすら信長は運が良かったなど
 と必死に反論したいが為史実にも乗ってないような妄想を抱く毎日今川厨
・長い間本領の駿河の一部を北条に取られておき3国同盟によってようやく
 返還してもらう程大マヌケ
・武田や北条の数多くの戦闘や周囲の強敵に対する強豪ぶりを妬み両家のわ
 ずかな失態を派手に持ち上げ「織田や武田や北条は過大評価である」とほ
 ざく毎日の今川厨
・織田や武田や北条の輝かしい戦歴を妬み、両家のスレを散々に発狂して荒
 らす毎日の今川厨
・逆に今川の惨めさや失態を論じられると何も言い返せずに話をそらし織田
 武田北条のことに話をそらす惨めっぷりの今川厨

330 :人間七七四年:2007/02/18(日) 15:48:17 ID:IWJ93Wdy
とりあえずお前が無知ってことだけはわかった

331 :人間七七四年:2007/02/18(日) 16:11:34 ID:kS3HToJm
こんな公家大名を警戒してた信玄w
レベル低いなぁ〜

332 :人間七七四年:2007/02/18(日) 16:33:28 ID:w7eguL7F
一級史料である妙法寺記によれば、通説では勝頼の暴政のためとされる領民離散が既に信玄の信濃経略中に起こっていたことが明記されている
本来、犯罪を金で償うためのものだった過料が恒久税化するなど領国にかける税が激増したから
信玄が外に敵を求めたのは、その地にある冨を収奪しないと国が維持できなかったからだ
「乱捕り数知れず」なんていう大規模な略奪を示す記録もやはり妙法寺記にいくつもある。これも信虎期には無かった事
このスレでは信玄の戦略の非効率性が指摘されているが、要するに大規模かつ長期の負担に既に国力が耐えられなかったのでは?
短期的に弱敵を狙うことによる自転車操業

333 :人間七七四年:2007/02/18(日) 16:55:03 ID:TiVB7oDg
微妙な所。妙法寺記は小山田の領地だった郡内で書かれたものだ。
郡内は甲斐のなかでも特に貧しいところだったとされる。
それを一般論的にいうのも多少疑問がある。
さらに当時の戦国時代において食料の慢性的不足などは各地で起きていた
事もあり、略奪は当時の大名にとって特に珍しいものでもない。
信玄はかなりあの手この手を駆使して財政政策や領内発展を目指している。
略奪だけに頼った自転車操業というのは無理のある見方と思う。

334 :人間七七四年:2007/02/18(日) 17:24:35 ID:FEFO8Nj/
略奪に頼るようでは計画的な戦争はできない・しかし略奪を奨励ないし黙認して国人達を潤わせないとこれまた戦争ができない。
二律背反ってやつか?

335 :人間七七四年:2007/02/18(日) 17:40:51 ID:qiF4hmLO
あれ〜〜〜っ!
豚ちゃんコテハンやめちゃったの(笑)
つまんなーい
流石にバカ丸だしがキツくなっちゃったのかな?
だって漏れ、別に今川ファンでもアンチ武田ってわけじゃなくて、豚ちゃんが好きなだけだったんだけどなあ(*^^*)

でもね、豚ちゃん!
チミが糞もらしと貶める家康以上に、チミは臭いからすぐわかっちゃうよ

その糞もらしに260年も誉めてもらったおかげで哀れて悲惨な最期ばっかりの武田二十四将もモーニング娘。ばりに名前ばかりは残ったから、精々感謝するんだな
それこそけつでも舐めてやっちくり


336 :人間七七四年:2007/02/18(日) 19:02:44 ID:HADoshBs
まあクソ漏らし一家は武田(信玄時)に対して4年間で一度も
勝てなかったからねえ、そしてクソ漏らしが天下を取れた理由
に信玄の軍略を模範したんだよねえ、ある意味武田のおかげだ

337 :人間七七四年:2007/02/18(日) 20:29:22 ID:897FxKxJ
いいからメガトンはコテつけてくれ

338 :人間七七四年:2007/02/19(月) 14:54:11 ID:ImHDynPN
第二次川中島合戦の時、信玄は義元の仲裁で謙信と和睦したのは知られているが
実は兵糧その他も今川頼みの部分がかなりあった。駿河からの荷物は改め不要、という触れが出されていた
要するに武田家の財政っていうのはそのレベル
命令無視の常習犯・馬場信房が信玄の命令に反して「山賊みたいに見られるのは恥」と今川館を焼いているが、現実問題として山賊行為の拡大版に過ぎないのが駿河侵攻だった

>>336
軍法を武田流に変えてからは二度の真田攻めの敗北・大坂の陣での直系部隊の脆弱など弱くなる一方だがw

339 :人間七七四年:2007/02/19(月) 17:52:36 ID:ny25vxfw
・長篠の戦い

武田軍戦死武将 
甘利信康 安中景繁小幡憲重 川窪詮秋 川窪信実 鎌原之綱 五味高重 高坂昌澄 三枝守友
土屋昌次 土屋直規 武田信実 真田信綱 真田昌輝 禰津是広 常田春清 室賀信俊 原昌胤
馬場信春 望月信雅 望月義勝 望月重氏 望月信永 名和宗安 内藤昌豊 山県昌景 横田康景
横田綱松 米倉重継 和田業繁

 
織田、うんこ漏らし軍戦死武将 
鳥居強右衛門 松平 伊忠


軍法以前に弱かったんだろ。武田軍は

340 :人間七七四年:2007/02/19(月) 18:28:46 ID:8D9uj910
>>338
駿河からの荷物が果たしてただでもらっていたかは疑問だが。
同盟国でもあり、流通の発展していた駿河を介して物資を調達していたのなら
別に不自然ではないと思うのだが。
>>339
山賊行為の拡大版というのは無理があるだろう。それなら駿河を北条などを敵にしても
何度も制圧する為に攻める理由が無い。制圧した後は武田水軍を整備したり
一門の穴山を置いて統治の整備に力を注いでいるし、海に面し豊かな駿河を
領国化するのが目的とみるのが妥当だろう。従来説どおりに。

>>339
よりによって長篠を例にして弱いとするのは無理があると思うが。
重厚な防御陣地に立てこもる三倍の兵を相手にすれば大敗は普通だと思うが。

341 :人間七七四年:2007/02/19(月) 18:29:40 ID:8D9uj910
悪い、真ん中の>>339は無視してくれ。

342 :人間七七四年:2007/02/19(月) 18:46:59 ID:n+Ibsq9P
まあ、軍法だか軍制だか知らんが、それのおかげで天下を取れたなんていう発想自体が問題だよな。
お稽古事の流派なんかと一緒で、優劣にそれほど差があるとも思えない。
つまり、徳川が採用したから優秀とされるわけであって、これまでの武田家過大評価の構図と何ら変わらない。

343 :人間七七四年:2007/02/19(月) 19:11:34 ID:ny25vxfw
>>340
重厚?まあ、武田にとっては只の柵でさえ万里の長城クラスになるのは仕方がないか。


344 :人間七七四年:2007/02/19(月) 19:16:58 ID:n+Ibsq9P
そこにただ突っ込んでっただけの連中は能無しでオケ

345 :人間七七四年:2007/02/19(月) 19:20:57 ID:8D9uj910
>>343
堀を何重にもめぐらせ土塁を築きさらに柵を設置して
まとまった数の鉄砲が援護射撃してくるのは、当時の日本にとっては
重厚な野戦陣地だと思うが。

346 :人間七七四年:2007/02/19(月) 19:23:09 ID:8D9uj910
>>344
島津も似たような状況に突っ込んで豊臣軍に負けてるな。
武田はまして後ろをとられて退くのが難しかったのも考慮するべきだろう。

347 :人間七七四年:2007/02/19(月) 19:25:24 ID:n+Ibsq9P
だから尚更無能無策ぶりが知れますね
上のリストに何人いわゆる武田二十四将とやらが含まれているのかは知らないが

348 :人間七七四年:2007/02/19(月) 19:35:56 ID:8D9uj910
まあ、当てになるかどうかはともかく
軍鑑には馬場や内藤などが決戦を避けるように勝頼にいったとあるな。
あれだけ追い詰めた長篠城を落とさず残したまま前に出たのも
これまでの武田とはなんか違う感じがするな。
勝頼は開いていく国力差に焦り決戦をもとめたのかな?

349 :人間七七四年:2007/02/19(月) 20:10:51 ID:Z1PRoR2P
上杉>=武田>徳川>=斎藤>織田・豊臣>北条(氏政)>=今川
北条も氏康の代は、川越や国府台で大勝してる
長野業政は名将。山内上杉も当主がまともなら北条に滅ぼされなかった
四方を有能な大名に囲まれていながら勢力を拡大した武田はすごい
今川も氏真がまともなら武田や北条の援軍と尾張を攻略できただろうね
織田信長VS今川氏真・松平元康・武田信玄・北条氏康・斎藤義竜

350 :人間七七四年:2007/02/19(月) 20:50:13 ID:n+Ibsq9P
まあ、マリアナの七面鳥打ちのときの日本海軍と同じで、必勝の確信もしくは信念ってやつじゃないか
情報軽視というなら桶狭間の今川より酷いよな
なにしろ、重厚な防御陣地ってやつは眼前にあるんだからよw
旅順の日本陸軍並だわな


351 :人間七七四年:2007/02/19(月) 20:56:54 ID:n+Ibsq9P
>>349
豚ちゃん?

352 :349:2007/02/19(月) 21:03:23 ID:Z1PRoR2P
今日がこの板で初書き込みの山梨県民

353 :人間七七四年:2007/02/19(月) 21:11:52 ID:sxlyh/y6
>>338 な、そういう認識してるからアンチ武田は馬鹿にされる
んだよ、クソ漏らし自身の軍略が未熟だったのを、何で武田のせいに
するんだよ、それから武田の軍略を一番心得てたのはその攻めあぐね
た 真 田 な ん で す が 。


武田の駿河攻めが山賊並みの所業って?天下取る為には進行ルートに
なるからに決まってるだろ、何より弱体化した今川をそのままにして
おけばクソ漏らしが駿河を領土化しにくるかもしれないし、普通に考
えれば信玄の行動は正当化そのものだ。

354 :人間七七四年:2007/02/19(月) 21:17:21 ID:8D9uj910
>>350
スレ違いになるが要塞に対する強襲は近代でもよく行われていたことだ。
日露戦争の後の第一次世界大戦でもこれが行われ多くの死傷者を出している。
問題は兵力三分の一にもかかわらずそれをやってしまった勝頼だが、
しばらくいい戦績だったから勢いにのってたのかねえ?
情報に関しても調べ好きだった信玄とは違った印象を受けるかな。

355 :人間七七四年:2007/02/19(月) 21:24:13 ID:n+Ibsq9P
>>354
まあまあ、話の喩えだよ
確かにあの頃の武田家はむしろイケイケだったはず

そんなことより
豚ちゃん
キタ━(*ёдё*)━!!


356 :人間七七四年:2007/02/19(月) 21:33:08 ID:n+Ibsq9P
>>352
ごみんごみん
なんかおれ、鬼のように失礼なこと言っちゃった(笑)
漏れホントはアンチ武田でも山梨嫌いでも何でもないんでお手柔らかに
風林火山楽しく観させて貰っとりますドモドモ

357 :人間七七四年:2007/02/19(月) 22:26:07 ID:iWTPTbqJ
武田は村上を倒す前後あたりが絶頂期だからなぁ
その後は領土拡大するも、対外的には斜陽の一途を辿り最終的には
外交のまずさで八方塞になったイメージがある。
今川?名門(貴族系)の血筋で先祖の活躍が近辺の土豪に伝わり
祭り上げられて大勢力になったというイメージがある。
そりゃ合戦を幾度もしているが・・・小競合いがほとんどだ。
土豪といえば武田も同じだが、武田の場合はほとんど征伐といった具合かな
ただ、武田は経済観念がなかったのは間違いないが。

358 :人間七七四年:2007/02/19(月) 22:39:22 ID:8D9uj910
領土を拡大しても斜陽の一途って随分な表現だな。
信玄の死亡時点じゃあ北条とも同盟してるしそんなに悪くないんだが。
あと経済観念がなかったというのは言いすぎだろう。
金山開発、当時極めて珍しい貨幣鋳造、商人・職人の育成、度量衡の統一、新田開発
といったように信玄はあのてこのてで経済政策をとっている。
滅んだという結果だけ見てあまり悪くいうのもどうかと。

359 :人間七七四年:2007/02/19(月) 23:11:42 ID:Dm1k7Ymq
>>349
それって一族勝率?

織田軍ってそう考えるとかなり低いんだが。



360 :人間七七四年:2007/02/19(月) 23:22:30 ID:sxlyh/y6
>>357 どういう地域と比較してるのか知らないけど、甲斐信濃
を統治するのはかなり厳しかったんじゃないか?それまで乱立し
ていた土豪と比較すればかなりマシな統治だったと思うが。
まあ武田の戦闘が多すぎるなんて考えであればまた別だが

361 :人間七七四年:2007/02/19(月) 23:38:19 ID:ny25vxfw
>>358
456 :人間七七四年 :2007/02/19(月) 19:27:20 ID:8D9uj910
それじゃあ元就はやってるのかね?
あと貨幣鋳造は当時の戦国日本では非常に珍しい事だし評価されているが。
その制度の一部は徳川にも採用されて江戸時代に使われてたと思うが。
信玄堤に使われた技術も江戸時代に採用されているはずだが。
甲州法度のような分国法もやっている大名はいることはいるが多くはないんだが。



こんな見え透いた釣り・・・・・・武田厨に見せかけたアンチ武田かw

362 :人間七七四年:2007/02/20(火) 08:23:00 ID:Ha8kScsD
武田の統治がマシどころか、重税かけすぎで領民離散が実態だろ
甲州法度が何で度々追加されたかを史実で追えばわかる
国人は恩田すら困窮のために売り払い、棟別銭は領民がいなくなるため残った人間に肩代わりさせる状態
後年の徳川史観でそういう負の面は無視されても、「信玄は信虎と同じ」「戦ばかりで酷すぎる」という民の怨嗟はしっかり妙法寺記等一級史料に残ってる
でも、オレは信玄凄いと思うよ。ここまで無茶苦茶な政治しながら最後まで破綻させなかったんだから
例え息子の代で負債が一気に噴出したとしても……

363 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:00:07 ID:cWWMMzjg
>>361
あおってないでちゃんと反論しなさい。
元就はそういうことやったのか?ちょんと答えてくれよ。
人をただ釣り扱いして逃げるのは卑怯だぞ。

364 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:16:32 ID:cWWMMzjg
>>362
甲州法度の追加は55条から2条追加された説と26条から増補された説の2つが
あるんだっけ。追加されたという条目の中には僧侶は諸役をつとめれば
妻帯を許可する、といった生活面のこともあるんだが。

365 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:18:16 ID:Ha8kScsD
>>363
いや、無理な設問だしw
例えば当時は銀は貨幣の材料としてはほとんど使われておらず、金山が配下にない元就にはする必要も動機もない
銀山でよければ、天皇に献上した銀貨(丁銀)があるがね

366 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:20:43 ID:Ha8kScsD
>>364
それだって立派な経済政策
信玄期に増設された税金の一つにかかわるもの(妻帯役)
僧侶の妻帯に税金がかかってなければそもそもそんな条文必要ないじゃん
武田領内では寺社の権益が強く、そういう経済負担を負わせる形でしか信玄の財政には寄与させられなかった

367 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:30:23 ID:cWWMMzjg
>>361
ちなみに信玄鋳造の貨幣制度で後世に残ったのは両・分・朱・糸目の4進法制度
甲州金自体も江戸時代の文政年間まで鋳造されている。
信玄堤に使われた技術も甲州流川除として後世に残った。
分国法を定めた大名も伊達・大内・朝倉・今川・長宗我部・大友・北条そして武田などが
いるが戦国に存在した大名家がどこでもやっていた事ではないのだが。

368 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:32:28 ID:cWWMMzjg
>>367
当初は僧侶の妻帯を禁じていなかったっけ?
それでも妻帯する僧侶が多かったから諸役と引き換えに認めたと思ってたが。

369 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:34:38 ID:Ha8kScsD
分国法即先進的というのは間違い
六角式目のように大名権力が制限される目的で家臣主導で作られた物すらある
甲州法度自体、大名自身も縛られることを明記したり有力国人には完全ないし一部無視を喰らったしね
大名権力がもっとも強かった織田からして分国法を作らなかった(替わりに国掟を信長は発しているが)
実態が大事だよ

370 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:35:39 ID:cWWMMzjg
それじゃあ条件が違うから業績は認めないと?
それはきつすぎるだろう。甲斐は多くの問題が山積みしており
信玄はそれに多くの手を打って対処した。
その業績は優れたものとして認めていいと思うが。

371 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:37:43 ID:Ha8kScsD
>>370
設問が無茶苦茶、といっているだけで信玄の業績を認めないとは言っていない
毛利元就と比べる時、一方に無意味な問題を挙げるのが間違いだと言ったまで
ごっちゃにしないでねw


372 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:43:33 ID:cWWMMzjg
それでも甲州法度が信玄領国において使われ、その統治の骨格を形成したのは
事実だろう。拒否したのは同盟関係という建前だった小山田くらいじゃなかったっけ?
それでも後に棟別銭や通行税をつけられ、母親も人質にだしている。
譜代家老と同等の職責もつけられ、武田の家臣化は進んでいる。

ちなみに>>370>>365にあてたものね。

373 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:48:01 ID:Ha8kScsD
なんで無批判のマンセーに事実と違う、といったらいちいち噛み付かれるんだ?
そんなに信玄が元就他の大名より立派じゃないと許せないんか?

374 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:54:29 ID:Ha8kScsD
>>372
それはそうだね
でも、無視したのは穴山氏も同じ。発給文書領内支配は独自体制
そして北条氏他国衆に名を連ねるなど、排他的に武田氏に従属させることは勝頼末期までできなかった
実態はそんなもん。信玄に限った話じゃないけど史実にロマンは無い

375 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:57:48 ID:cWWMMzjg
>>373
あ、いや気を悪くしたなら謝る。ごめんなさい。
最近信長好きな人から不当に貶められる事も多かったんで
ついつい過剰に反応してしまうのかも。
とりあえず信玄好きの俺としては持っている議論して
より良い知識をつけたいとは思ってる。
ただあんまり極端な批判はどうかと思ってる。略奪だけの山賊大名とか。
最高じゃなくても有能な大名であったことは認めてほしいだけなんだ。
気にさわったら悪い。

376 :人間七七四年:2007/02/20(火) 10:09:07 ID:cWWMMzjg
>>374
小山田も北条の他国衆に名を連ねてはいるけど
武田の対北条との戦いでは大きな活躍をしている。
穴山は一門衆の中でも重きをなし、駿河のまとめやくもやっている。
武田家臣として重要な存在だと思う。
史実にロマンがないのは確かだが、穴山は小山田と並ぶ独自性をもった
武田家の国人領主でそれをもって他を推し量るのもどうかと。(後は木曾もかな?)
もともと穴山も小山田と同じく独自の勢力としてやってきた一族だ。
信玄期においてもそれは尊重するところがあったんじゃないかね。

377 :人間七七四年:2007/02/20(火) 10:48:53 ID:fb9sr2Qf
武田家は山賊集団
信玄→諏訪家を滅ぼし、その娘を側室に
小山田信有→笠原家を滅ぼし、その未亡人を側室に
秋山信友→遠山家を滅ぼし、その未亡人を城ごと奪う
殺伐とした戦国時代とはいえ、上級武士がこれだけ略奪婚した家は他に類を見ない
こいつら好き勝手やり過ぎwww

378 :人間七七四年:2007/02/20(火) 10:50:53 ID:cWWMMzjg
釣られないよ。

379 :人間七七四年:2007/02/20(火) 10:52:36 ID:fb9sr2Qf
釣りじゃないんだな残念ながら
全て事実。違うというのなら、これだけやった他の家を挙げるとかして貰わないと

380 :人間七七四年:2007/02/20(火) 10:57:01 ID:cWWMMzjg
大友とかは結構すごいことやってるよ。
今は外出の用事があるので戻ってきたらまた。

381 :人間七七四年:2007/02/20(火) 12:40:43 ID:2ZmxNbh8
武田のが押されていた
簡単にどちらかを滅ぼすなんてできないけどね

382 :人間七七四年:2007/02/20(火) 12:55:43 ID:OLAl20ki
武田が勝つに決まってる
略奪乱暴のプロ・武田とお上品な今川だぞ
今川兵はビビって戦えないよ。妻子が大事だもん

383 :人間七七四年:2007/02/20(火) 13:06:26 ID:Xr6RyoFI
>>377信 濃 を 統 一 し た の は ど こ で す か ? 
信 濃 国 内 で 戦 が 無 く な っ た の は ど こ 
の お か げ で す か ? 
そ れ か ら 一 般 民 衆 に 対 す る 略 奪 行 為 
が ど れ だ け あ っ た と い う の で す か ?
あ な た 方 が 言 う 武 田 の 悪 行 っ て 何 な 
の ? 

384 :人間七七四年:2007/02/20(火) 13:15:25 ID:OLAl20ki
「討取頚五百余、足弱取事数ヲ不知候」
(妙法寺記)
これは信濃小岩岳城攻めの記述
五百人をぶち殺した。これは戦だから仕方ないが、問題は後ろ
足弱(女や子供)の乱取数知れず、という凄まじさ
こういう記述がずらずらと出てくる

385 :人間七七四年:2007/02/20(火) 13:23:12 ID:OLAl20ki
「男女イケトリ被成候而、悉甲州へ引越申候」
同じく妙法寺記から
男女区別なく乱取りして悉く甲斐へ誘拐
身内がこれを助けるための身代金も十貫に及んだ。まさにヤクザ

386 :人間七七四年:2007/02/20(火) 14:20:46 ID:Xr6RyoFI
なら武田が平定する以前の信濃はどんな状況だったのかなあ?
戦闘にあけくれる毎日の70万石の国は、武田の進行のおかげ
で最後は平和になったと認識すべきなんだがそういう理解力は
アンチにはないか?

387 :人間七七四年:2007/02/20(火) 14:22:59 ID:Xr6RyoFI
http://www.spacelan.ne.jp/%7Edaiman/rekishi/takeda04.htm

お〜〜い、騎馬軍団に関する資料提示してやったぞ、今度は
お前らの方から「武田騎馬軍団ゼロ」を証明してみせろよなあ

388 :人間七七四年:2007/02/20(火) 15:40:30 ID:tWFnxIpd
>>377
武田家は人妻好きなんだよ。

ちなみに諏訪の娘は拉致られた当時12才の幼女で信玄の実の姪。
2年後に出産。流石信玄だぜ!

389 :人間七七四年:2007/02/20(火) 20:13:51 ID:cWWMMzjg
人妻好きなら大友宗麟のほうがすごいけどなー

390 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/02/20(火) 20:51:46 ID:3EJ2waSn
>>388
義理の姪。血の繋がりないよ。

391 :人間七七四年:2007/02/21(水) 08:39:51 ID:oqr1bDjc
戦国時代だから略奪・乱取は当然だ
江戸初期の軍鑑さえ武田軍が越後を攻撃した際(攻撃自体は謙信が戻ってきたので頓挫したんだが)のことを「越後人を沢山奴隷にできた。信玄様の武威のお陰」と堂々と書いてるんだもの
現代の倫理観ではかってはいけない

392 :人間七七四年:2007/02/21(水) 11:30:09 ID:1xkr/ZHp
>>388
人妻好きだからってそこまでやるか?
組織は上から腐る。下から腐ることはない
武田家が略奪魔軍団なのは当主以下幹部の姿勢のせいだろ

393 :人間七七四年:2007/02/21(水) 14:40:23 ID:vtut36JR
ちゃんとその下の突っ込み見た?

394 :人間七七四年:2007/02/21(水) 20:54:15 ID:ziTFSUBN
信玄は最初、家臣団を統率するのに結構てこずったみたいだからね
家臣団の横暴が悪かったんじゃないか?
だから信玄は、馬場や内籐、山県に高坂といった自らの直臣を作り
まともな家臣団を作りあげていったんだよ。

395 :人間七七四年:2007/02/21(水) 21:02:49 ID:sI5B7fjQ
いや、家臣団の統率にてこずるのは皆同じですよ
当主と土豪の勢力差が少ないんだから当然言いたい事を言い放題の奴もいる。
そういう奴をうまく使いつつ家臣との勢力差を広げながら領土拡大を目指す。
で、支配権を確立していく

396 :人間七七四年:2007/02/21(水) 23:38:26 ID:qsotZUH8
>>394
板垣などはかなり扱いにくかったらしく、独断専行も目立ったというからな。
で、信方死後、倅は処刑されて、信玄の側近が板垣の名前を継いでいたはず。

武田氏の場合、国人系の家臣の力が強かったから、高坂弾正や山県三郎兵衛の
ような直臣を作る必要があった。

397 :人間七七四年:2007/02/22(木) 00:52:15 ID:vruV4qz5
今川義元が天下を取れたなら
http://ex21.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1171066041/


398 :人間七七四年:2007/02/22(木) 01:43:17 ID:a9FPtswp
義元と重臣があっさり死んだから、信長の野望では今川家臣団が無能みたいだけど、織田の方が負けてたら尾張の武将が地味で、駿河の武将の方が有力者揃いだったかもしれん。

399 :人間七七四年:2007/02/22(木) 04:41:07 ID:hF59YGSB
上田原合戦の敗因も、功にあせった家臣団の行動が原因らしいね
あれから自ら作あげた直臣に加え、真田幸隆などが加わりだんだ
んと武田は統率の取れた最強の軍団になっていくんだね、あああ
またアンチが嫉妬するうwww

400 :人間七七四年:2007/02/22(木) 14:19:04 ID:Id6yncvw
小山田信有に自分が殺した城主の未亡人を恩賞に与えたのは信玄の判断だよ(妙法寺記)
立派に山賊集団のボスとして振舞っている
だいたい戸石崩れや長野氏への連敗はどう言い訳するんだ?
どっちも上田原後だろ

401 :人間七七四年:2007/02/22(木) 14:45:34 ID:hF59YGSB
>>400 それはお前らの勝手な妄想だな、アンチを続けている以上
信玄のささいな行動も全て悪に映ってしまうんだろうね、大名の奥方
から一平民に下がるよりはその方が良いとか言う判断かも、それか殺
された城主の恨みを後後晴らされない為に家臣のそばにおかせたとか
いう考えは君らには無いんだろうねえ。

それから上田原の敗退が唯一の負け戦とか一度も言ってませんが何か?
1548年の時点でいきなり最強家臣団になるわけないだろばーか

402 :人間七七四年:2007/02/22(木) 14:51:10 ID:Id6yncvw
>>401
あれ?じゃあ全部板垣ら一部家臣に責任を押し付ける情けない論法は引っ込めるわけだね?w

403 :人間七七四年:2007/02/22(木) 14:57:23 ID:sgfrWoct
武田が統制とれてたことありませんから
信虎時代には多少取れてたかな

404 :人間七七四年:2007/02/22(木) 15:17:55 ID:hF59YGSB
>>402 ほんとに尺時将棋な見方しか出来ないんだなあ。
統率するのが目的なんだから、まず家臣団に軍の規律などを分からせない
といけないのは世の常に常識だろばーーか、あっそうか引きこもりには組
織社会の重要性が理解出来ないか ワラ)

それから統率が取れない家が120万石も版図を広げることは出来ません
からね。 ワラワラ)

405 :人間七七四年:2007/02/22(木) 15:21:02 ID:Id6yncvw
>>404
一部家臣に責任を押し付けて信玄無謬だっていう考えはやめたの?と聞いてるだけ
イエスノーで答えられる問いなのにどうしたの?w

406 :人間七七四年:2007/02/22(木) 15:34:57 ID:hF59YGSB
>>405 「家臣団に自ら理解させる」を「責任を押し付ける」
という身勝手な解釈してたのはどこのアホでマヌケな単細胞なの?w

407 :人間七七四年:2007/02/22(木) 15:39:41 ID:jVjA7xG8
メガ豚哀れ・・

408 :人間七七四年:2007/02/22(木) 15:42:00 ID:/MQJbNYv
信玄贔屓の信玄知らずって痛いね
自ら理解させるなんていう悠長な手を取れる時代だったら信玄の苦労は不要だよ
家臣から人質とったりことあるごとに誓紙や起請文交換したりといった苦心を全く無視するのはファンじゃないね
悪質な誉め殺しだ

409 :人間七七四年:2007/02/22(木) 19:50:43 ID:hF59YGSB
家臣に自ら理解させる=身勝手な行動で組織が崩れていくことがいかに愚
かな行為か理解させる。

信玄の悪行とか言ってる連中は、なら家臣団の身勝手な振る舞いには全く
スルーなの?お前らの方こそ一方的に信玄の不手際言ってるようにしか聞
こえないね、ああアンチは何を反論しても誤爆してしまうから面白いww

410 :人間七七四年:2007/02/22(木) 20:33:33 ID:TNDyKipT
武田ファンからも見放されてるメガ豚であった

411 :人間七七四年:2007/02/23(金) 08:33:08 ID:PYQsqAV0
武田家臣団の内訌は厳しい条件の一つ
信濃攻略中一門衆勝沼信元はじめ対上杉戦否定派を謀殺している
(寝返りを恐れて小さな国人層にまで粛清の手を伸ばすほど)
対今川戦に打って出る前も嫡子及び重臣筆頭飯富を殺してようやく家中を纏めている
武田家の引き立てで出世したクチである馬場美濃守さえ命令無視を連発
相対的に武田家より小さな勢力ばかりを相手にしていた時代からこれだから

412 :人間七七四年:2007/02/23(金) 09:36:54 ID:bmYaLRwY
『分取、高名、足弱の生けどり申候事後にあるまじく候』 (妙法寺記)
信玄が義清を塩田から追った時の記述
こんな略奪と誘拐は以後ありえないだろう、と甲州側の人間にすら書き残されるほど酷い有様
村上氏の妻女は信玄軍に捕まったら何をされるかわからないので自害(『姫の宮』。村上氏室の行く末については異説有り)
調子に乗って略奪したはいいが村上義清に逆襲されて曽根源八郎以下暴虐の報いで討死
信濃攻略再末期ですらこんな状態
兵站を略奪に頼るから、格下相手にも二個取ったら一個取り返されるという遅々とした状態が長らく続く

413 :人間七七四年:2007/02/23(金) 11:00:14 ID:cdJdnw/n
略奪はどちらかというと将兵に与える戦利品の意味合いが強かったと思うが。
武田軍は結構小荷駄を重視していたと思うのだが。
三増峠の時の信玄の言葉や第2回川中島の時に同盟国の駿河を介して荷物を調達したりしている所から
それは伺えると思うが。

414 :人間七七四年:2007/02/23(金) 11:07:00 ID:Ebpsz36S
>>413
褒美レベルなら、信玄自身が何貫もの金(当時の身代金としてはかなり高額)で売り飛ばす必要は無い
略奪で恩恵を受けていたのは信玄自身も一緒

415 :人間七七四年:2007/02/23(金) 11:13:33 ID:cdJdnw/n
ああ、それについては否定はしないよ。当時の戦国大名としては
ありふれた事でもあるし。将兵の戦利品になった事は確かだし。
ただ兵站を略奪に頼ったという点に反論しただけ。

416 :人間七七四年:2007/02/23(金) 11:20:17 ID:Ebpsz36S
反論っていっても小荷駄云々は軍鑑の創作
今川からの調達といったってその関係を裏切りで切ってるじゃないか
(しかもその今川の支援があってすら十ヶ月で根を上げている)
長期戦ができなかったのが実態だよ
小田原攻めでさえ2ヶ月がやっとだし

417 :人間七七四年:2007/02/23(金) 11:24:12 ID:Ebpsz36S
ちなみに三増峠合戦では軍鑑の話とは逆に荷駄を全て放棄させたという話が同様の軍記物レベルで他にある

418 :人間七七四年:2007/02/23(金) 11:48:01 ID:48VtqYO7
三増峠合戦の帰り、燃料にも事欠いた武田軍は諏訪神社を襲って建物を壊して暖を取った。
勝頼はその後始末に奔走する破目になったという話も。

419 :人間七七四年:2007/02/23(金) 11:54:00 ID:cdJdnw/n
今川からの関係を裏切りで切っているって
それはこの問題には関係ない気がするが。
それから今川方との同盟崩壊は、
今川自体が上杉と交渉して武田を敵視した事が原因でもある。
小田原攻めはもともと本気でかかるつもりはなかったと思うがね。
小田原について3日ほど周囲を荒らしたらすぐに帰ってるし。
長期戦というのがどこまでなのかはわからないが、10ヶ月も戦えば
当時の大名としては悪くないと思うがね。



420 :人間七七四年:2007/02/23(金) 11:58:11 ID:48VtqYO7
悪い事は全て相手のせい、信玄公は無謬!って。メガ豚が芸風変えたのかなぁ?

421 :人間七七四年:2007/02/23(金) 11:58:20 ID:cdJdnw/n
>>418
三増峠の後、信玄は甲斐に戻ってないか?
なぜに信濃の諏訪神社をおそうのかな?

422 :人間七七四年:2007/02/23(金) 11:59:39 ID:cdJdnw/n
>>420
ちょいまち、別に信玄が悪くないとはいわないが
今川が無謬とはいわないぞ。そっちのほうが今川を無謬にしようとしてる
じゃないか。

423 :人間七七四年:2007/02/23(金) 12:03:33 ID:48VtqYO7
なんで?だって「上杉と連絡とった」のは義信事件後で義信室が送り返されて絶縁状態になった後じゃん
同盟破棄を受けたら他の相手を探すのは当然でしょ?
信玄だってやったこと

424 :人間七七四年:2007/02/23(金) 12:10:04 ID:48VtqYO7
信玄は今川に
・追放した親父を預かって貰う(共謀説も)
・謙信との和議を斡旋してもらう(信玄も今川北条間を斡旋してるからこれはお互い様だが)
・川中島合戦のときのように援助をしてもらう
こういう恩を受けながら、相手が弱くなったからという理由で一方的に敵対しようとした。
戦国期に道義云々言うのが馬鹿らしい、というのならわかるがどう見ても善悪でいえば信玄が勝手じゃん。
後手紙のやり取りが問題なら、信長なんかは信玄謙信双方とずーっと音信してるぞ

425 :人間七七四年:2007/02/23(金) 12:23:21 ID:cdJdnw/n
最近では今川が上杉と交渉開始したのは義信事件後すぐ、
妹の返還を求めたのも今川が先という説もあるがね。
確かに今川にしてみれば信玄が織田と同盟したり義信が死んだりして
不信があったろうがね。
前に徳川を共同して攻める話を持ちかけて断られたりしてるし、その時の
受け応えが真実とするならば今川も武田を信用してないじゃないか。
同盟破棄を受けたら他の相手を探すのは当然だがね。武田にだけ理由があると
するのはいかがなものかと。

426 :人間七七四年:2007/02/23(金) 12:29:38 ID:cdJdnw/n
川中島の時の援助というのは果たしてただでもらったものなの?
物資の調達に流通のある駿河を利用するのは別に悪いことじゃないだろ。
追放した親父をあずかるのは今川にしてみても新当主に恩を売れて都合がいい。
今川にしてみても同盟相手であった武田がお家騒動でがたがたになるよりは
穏便にすんだほうが好都合だしね。当時は北条との敵対関係もあったし
武田ががたがたになるのは望みじゃないだろう。
和議の斡旋に関してはそちらも述べているように信玄もやっている。
今川と北条との戦いの時には救援もしてるしね。

427 :人間七七四年:2007/02/23(金) 20:19:04 ID:4sEyVZTw
弱体化した今川をそのままにしておけば、クソ漏らしが駿河を攻略してしま
うことに関してアンチが誰も答えられない件についてwwww

信玄の行為は正当化そのもの、再び塩止めでもされちゃあ、たまったもんじゃ
ないだろうしね、経済的に豊富な駿河を攻めて何が悪いんだか、それに氏真で
は国を安泰させることは出来ないと見た以上、攻め取るのはいたしかたない事

428 :人間七七四年:2007/02/23(金) 21:18:46 ID:6q6noqvQ
これがゲーム脳ってやつか

429 :人間七七四年:2007/02/23(金) 22:09:23 ID:h1u8d7l0
まぁ所詮子分(信玄)は親分(義元)には到底勝てんだろ

430 :人間七七四年:2007/02/23(金) 22:29:09 ID:cdJdnw/n
子分じゃあ親分の喧嘩(今川vs北条)の仲裁はできないけどなー

431 :人間七七四年:2007/02/24(土) 00:52:04 ID:ZVrXBMRd
そもそも晴信クンは今川によって親分にしてもらったという事実

432 :人間七七四年:2007/02/24(土) 20:02:00 ID:S3jZL+fp
別に親父を預かってもらっただけでしてもらったわけではないのだがなあ。

433 :人間七七四年:2007/02/24(土) 20:17:41 ID:DVjNh3KH
>>432
もし今川が正当な当主はこっち、と立てて攻撃してきたらどうするのさ?
信玄が義元に宛てた手紙が残ってるが、事前に信虎の待遇について話し合ったことを示す内容
今川の後ろ盾があってこその晴信政権
嫡子及び重臣が今川攻撃に謀反起こしてまで反対したのは、義理人情というより一方の現実的判断から

434 :人間七七四年:2007/02/24(土) 20:57:55 ID:S3jZL+fp
今川にしてみても当時同盟国であった武田が混乱する事は望みではないよ。
北条との問題も抱えているわけだし。信虎に信望がなくなっていたのは知ってたろうさ。
現にこの後の北条との紛争で武田の協力を今川は得られていて、ちゃんともとは
取れている。一方的な貸しをつけた関係ではないよ。



435 :人間七七四年:2007/02/24(土) 21:38:55 ID:ZVrXBMRd
要するに、少なくとも武田家と今川家の勢力は対等であったと認めたということでオケ?


436 :人間七七四年:2007/02/25(日) 00:19:35 ID:hx4lhlvO
別に俺は信玄が当主になった時の武田と今川の同盟関係に
上下があるなんていってないんだが。>>429に言われてたのは
武田は今川の子分だということで、俺は違うと思うだけ。

437 :人間七七四年:2007/02/25(日) 02:51:41 ID:KKNcTzOR
あの後北条に、今川は駿河の一部を占領されるんでしたよねえ 笑)
で?武田の仲介により領土を返還されるんでしたよねえ 笑笑)

438 :人間七七四年:2007/02/25(日) 03:17:31 ID:Qxteh8wn
>>437
大河の話と混同してないか?三国同盟の立役者は雪斎だろ?

439 :人間七七四年:2007/02/25(日) 03:43:23 ID:KKNcTzOR
>>438  違いますよ、北条と今川が戦ってるのを仲介したのが武田だと
言うことです、つまり3国同盟も武田が仕切って行われたものですよ。

440 :人間七七四年:2007/02/25(日) 10:25:18 ID:5Z8b7hNP
実のところ、武田の仲介した時の講和は短期間しか機能してない
その後でも興国寺城領を取り合って今川北条で紛争が起こってる
三国間の同盟がはっきり結ばれたのはやはり三国同盟からだよ
この時期はだいたい三国の利害の釣り合いが取れ始めているし(それ以前は、例えば武田は上杉憲政とも友好的だったから後北条側のみに肩入れできる情勢ではなかった)

441 :仙台藩百姓:2007/02/25(日) 10:44:19 ID:cPncQH5r
どっちも豚だね
家康もいれて三豚地帯だな

442 :人間七七四年:2007/02/25(日) 13:35:07 ID:DZdvx2c7
メガ豚に好かれる信玄カワイソス

443 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/27(火) 23:48:41 ID:IuWKnt1C
豚うざいよー。最悪。はよ消えてくれー。

444 :_:2007/03/08(木) 16:07:24 ID:lyV1Ne61
関係ないが、武田勝頼の長篠の敗戦って信玄の作ったシステムにあったのも原因の一つでOK?
某漫画だと穴山信君が勝手な行動とったことで負けたことになってるが…


445 :人間七七四年:2007/03/17(土) 21:53:51 ID:oTGm84zs
武田方が最も得意なやり方で戦おうとしたら織田が弱点を突いてきてそれが成功した

446 :人間七七四年:2007/03/18(日) 19:08:55 ID:J5qUR+PY
事前に織田の戦略を見抜けなかった勝頼にも問題があるのでは
信玄の作り上げたシステム自体に問題があるというよりは、使う側の情報収集に問題があった

447 :人間七七四年:2007/03/20(火) 22:36:15 ID:VqxB2VA4
武田信玄戦績
ttp://shingen3.hp.infoseek.co.jp/shingen/shin_kassen.html

誰か今川義元の戦績教えてくれ


448 :人間七七四年:2007/03/21(水) 13:29:31 ID:wjTkuJLN
信玄は実質義元に従属してただろうが

449 :人間七七四年:2007/03/21(水) 22:34:47 ID:LhfvAADm
太原雪斎 ≧ 山県+馬場+内藤+高坂
異論は無いな

450 :人間七七四年:2007/03/21(水) 23:01:06 ID:/GigOi2u
異論ないな。太原雪斎は甲陽軍艦のような捏造なしに名将だからな

451 :人間七七四年:2007/03/21(水) 23:02:50 ID:aJJNNtc0
いい加減にしろよ信長厨
お歯黒塗った馬鹿殿の義元が戦国最強の武田軍に勝てるわけねーだろw
今川程度なら信玄自ら大軍で出陣しなくても四名臣、勝頼、真田辺りの単独部隊だけで余裕だろ



452 :人間七七四年:2007/03/21(水) 23:04:33 ID:LhfvAADm
ハァ?子分が親分に勝てるとでも思ってんのかよwww
朝比奈や太原雪斎にボコボコにやられる光景なら安易に浮かぶがなwwww

453 :人間七七四年:2007/03/21(水) 23:08:51 ID:ImhJvNlZ
信玄は義元との合戦を避けて北上し謙信と戦った史実があるわけだが。
信玄から見たら、義元よりも謙信のほうがくみしやすい奴だったんだよ。
しかも、その謙信にも勝てなかった。

当時の今川は、片手で信玄を北上させ、もう片手で松平を植民地化し家康の揺り篭を揺らした強豪大名だ。
今川家の前では信玄の武田家なぞ青二才にすぎない。

454 :人間七七四年:2007/03/21(水) 23:24:43 ID:aJJNNtc0
>義元よりも謙信のほうがくみしやすい
>義元よりも謙信のほうがくみしやすい
>義元よりも謙信のほうがくみしやすい
>義元よりも謙信のほうがくみしやすい
>義元よりも謙信のほうがくみしやすい


信玄=謙信>>>>>元就>>信長>>>>>>>家康>>>>>義元

455 :人間七七四年:2007/03/21(水) 23:41:53 ID:wjTkuJLN
困った時はいつも義元にケツ持ってもらってたくせに偉そうだな

456 :人間七七四年:2007/03/21(水) 23:44:18 ID:LhfvAADm
>>455
当たり前だ、義理も人情も約束も存在しない信玄とその信者だぞ
アレ?これ某国(ry

457 :人間七七四年:2007/03/22(木) 09:26:36 ID:0vHLVRPz
秀吉=家康>信長>>>義元=元就>>>>>>>>>>>信玄=謙信

458 :人間七七四年:2007/03/22(木) 09:45:55 ID:6ul1giSR
雪斎が死んだあとに信玄にボコられる義元がいるな。

459 :人間七七四年:2007/03/22(木) 13:05:16 ID:Ia43rv1W
>>456
 ↑
こういうクズってなんなの?w

460 :人間七七四年:2007/03/22(木) 13:19:20 ID:70kLzAiT
456が既に459の登場を予見していた驚愕の事実

今川厨>>>>>>>>>(超えられない壁)>>>>>うんこ>>>>武田厨

461 :人間七七四年:2007/03/26(月) 14:43:44 ID:i36kPWNA
>>455
とりあえず義元も北条との戦いや仲裁に武田の力を借りてるよ。
子分とか一方的な借りだけの関係というのは間違い。
>>456
戦国大名に信義を期待するとなると多くの武将が攻められることになる。
信長も元就も家康もその他の大名も、もちろん義元も。


462 :人間七七四年:2007/04/05(木) 01:10:23 ID:8ex/jvnn
援軍要請を即諾して、当主自ら直ちに先陣に駆けつけるという事例がしばしば見受けられる
点からも、武田が今川の風下にあったというのは、明白。
小笠原との小競り合いで苦境にあった晴信の加勢依頼に対しては、部下に寡兵を与えて、時間差をつけて
参戦させるという義元の処置と比べれば、信長と家康を彷彿とさせるがの如き観あり。



463 :人間七七四年:2007/04/05(木) 01:18:46 ID:9D9NxzGs
スレ読んでないけど、結局織田厨対武田厨なんだろ?

464 :人間七七四年:2007/04/05(木) 04:43:49 ID:HHjKmazE
偏った見方で凡将にされてるけど、義元も優秀な人だからねぇ。

465 :人間七七四年:2007/04/05(木) 19:25:21 ID:k3BUORAq
>>462
別に先陣ってわけじゃないだろう。別方面を攻めているんだし。
第一風下にしては相手の北条や今川自身が武田の調停を受け入れて和睦しているし。
信長時代の家康にこのような芸当はできないだろう。

466 :人間七七四年:2007/04/06(金) 01:53:55 ID:auhmIneM
ふと疑問に思ったんですが何でここの板では謙信玄厨はそんなに嫌われてるんですか?

467 :人間七七四年:2007/04/06(金) 09:33:31 ID:V9S2Ug7F
>>462 こういう解釈しか出来ないからアンチはますます馬鹿にされ、
逆に武田信玄の評価が今以上に高くなってくるということに気が付かない
から笑えるねwww
信玄が小笠原と戦ってた時の今川の所領はどれぐらいだったの?今川の力が
信玄より上だなんてのは嘘八百だね、東海道平定に忙しかった義元が、戦上手の
信玄を恐れて下手に敵に回したくなかったのは明白

468 :人間七七四年:2007/04/06(金) 18:55:49 ID:6CFlfevh
>287 :人間七七四年 :2007/04/06(金) 09:28:18 ID:V9S2Ug7F
>そういえば、アンチ武田というのは未だに川中島が創作されたものとか
>言ってるんだよねえ、有力大名同士が直接対決した唯一の戦い(しかも
>二人とも後に最強となる)は事実、お分かり?
>最強同士の戦いなんて決着つかなくて当たり前



豚乙

469 :人間七七四年:2007/04/08(日) 13:04:15 ID:2Vv8dup2
>>465
確かに河東一乱においては、氏康の北条主力とは義元が直接対決
し、実際に勝利も収めている。ただし、北条別働隊の駿相国境への
進出へは、晴信が先手として当たっている。一番問題としているのは、
現役当主自らが、日和見的ではなく果敢速攻している点。

合戦や紛乱にともなう調停については、純粋な「当事者」以外の第三者が
取り持つ場合が多く、この場合は、勢力比は一概に問題でないことも多い。
現に、氏真の代に反武田のための今川―織田間の和議があった折には、
徳川が仲介役に入っている。ただ、「風下」とは評したが、武田が
今川の従属関係にあったというふうには認識していないのであしからず。


>>467

なぜ馬鹿にされるのか意味不明。
それから、別にアンチ武田ではない。

>信玄が小笠原と戦ってた時の今川の所領はどれぐらいだったの?今川の力が
>信玄より上だなんてのは嘘八百だね

この箇所については、文脈がよく分からず、また根拠に乏しい強がり。
1550年前後、今川は駿河・遠江を完全に手中にし、三河は侵攻作戦展開中。
信濃を制圧しきれていない晴信の所領のほうは、如何だと言いたいのか‥
往時の国勢・家格等の総合力からいって、どう贔屓目に見ても、
今川に軍配が上がる筈だが‥


470 :人間七七四年:2007/04/08(日) 15:54:27 ID:kW2LX/jQ
>どう贔屓目にみても
あいつらは贔屓目が歴史を語る要素の大半

471 :人間七七四年:2007/04/08(日) 16:53:58 ID:CbNQ1+34
三方ヶ原1572年の武田軍vs桶狭間1560年の今川軍で対決したらいい。
どちらも上洛目指した行動だし兵力も拮抗しているから比較しやすい。

472 :人間七七四年:2007/04/08(日) 18:57:52 ID:9jMpr6Co
>>469
氏真の代に反武田のための今川―織田間の和議があった折には、
徳川が仲介役に入っている。

これは初めて聞いた。いつ頃こんなことあったのかな?今川は武田が三河攻めを
持ちかけた時に「武田が織田と結んでいるから」「徳川は自分で倒すから」
といってこれを拒絶し、武田をののしっている。これほどまでに織田と徳川に
敵意を持っていた氏真が徳川の仲介で織田と和議をしたの?しかも徳川にいたっては
武田と結んで今川を挟撃しているし。史実と付き合わせると矛盾が生まれると
思うのだが。良かったら詳しく教えて欲しい。
またこの当時においての武田にしてみると同盟相手の今川が安定してくれるほうが
北条が伸びるよりは望ましい事だったのでは。親父を預かってもらったばかりだし
借りを返すという意味合いもあったのでは。さらに信玄の狙いはすでに信濃への集中に
あったので今川との信頼関係を強固にし、後背を同盟勢力に抑えてもらって安定を図るためにも
今川に勝ってもらいたいという事情があり、攻勢に出たのでは。

473 :人間七七四年:2007/04/08(日) 23:23:30 ID:uA7aPtVo
>>472
いわゆる今川滅亡後の話
氏真は最初は北条頼ったが後に織田を頼ることにその時の話
だと思う

当時の価値観では
家の存続>親の仇
だから別におかしなことではないしね

>合戦や紛乱にともなう調停については、純粋な「当事者」以外の第三者が
>取り持つ場合が多く、この場合は、勢力比は一概に問題でないことも多い。
この例としては
上杉本庄間を葦名がとか
六角後藤間を蒲生がとか
足利(細川)三好間を六角がとかあるな

他にも勢力は無に近い権威だけの存在が大勢力の調停を取り持つとか
寺社が間にたつとかあるな

>第一風下にしては相手の北条や今川自身が武田の調停を受け入れて和睦しているし。
これは反論にならないと思う。

474 :人間七七四年:2007/04/08(日) 23:24:11 ID:9jMpr6Co
悪い、後半の、またこの当時においては〜という所からは
>>確かに河東一乱においては、氏康の北条主力とは義元が直接対決
し、実際に勝利も収めている。ただし、北条別働隊の駿相国境への
進出へは、晴信が先手として当たっている。一番問題としているのは、
現役当主自らが、日和見的ではなく果敢速攻している点。

にかかっている。区切りが無くてスマソ。

475 :人間七七四年:2007/04/08(日) 23:31:03 ID:uA7aPtVo
>>469
信玄が家督を継いだ初期の段階では
半ば従属的な関係じゃないかと個人的には思うけどね
織田と徳川みたいな関係だと思う。

信虎が駿河にまで出かけることや
今川の援軍として信玄自身が出兵することとか

徳川との違いは徳川はより織田が成長したためますます従属関係になっていったが
武田は今川が成長していたが武田がより成長したため段々と対等になっていったのでは
と思う。

476 :人間七七四年:2007/04/08(日) 23:33:48 ID:9jMpr6Co
>>475
上杉と芦名は別に芦名が風下だったわけじゃないでしょう。
細川・三好間における六角の調停も六角はどちらかの風下だったのだろうか?
権威のあるところが調停をするのももちろんそうだが
明らかにどちらかの風下にある勢力が調停するというのは難しいのでは?
調停をするにはある程度の独立性が必要だろう。
六角と後藤間の調停はもともと主家と家臣のいわば内部の争いなので
例が違うと思うのだが。


477 :人間七七四年:2007/04/08(日) 23:39:48 ID:9jMpr6Co
信虎は諏訪にも自分で出向いてなかったっけ。
まあ、諏訪頼重も甲斐を訪れていたかな。

478 :人間七七四年:2007/04/08(日) 23:47:01 ID:uA7aPtVo
>>472
あとこの時期の北条にはそんなに余裕は無いから
信玄自身が出兵しなくても別に・・・

>親父を預かってもらったばかりだし
どちらかといえばその年5月の藤沢攻めでの援軍のお礼という意味が強いと思う
>>474
当主自身が出る理由としては無理やりな気がする
今川が援軍として義元を信濃に出してきたというならともかく
>>476
結構風下だよ
上杉葦名や足利六角はどちらも時期によっては結構違ったりするけど

479 :人間七七四年:2007/04/10(火) 17:25:55 ID:H1/3Mp+c
おじゃるおじゃる、ワシは義元アホな公家大名でおじゃりませうww
ろくに戦場で采配を振るわなかった為、生涯武田信玄公を恐れておりました
でおじゃる

480 :人間七七四年:2007/04/10(火) 17:56:53 ID:x9Im6J5U
豚乙

481 :人間七七四年:2007/04/20(金) 13:43:50 ID:MTPZgD26
もうサッカーで勝負しる!

482 :人間七七四年:2007/04/24(火) 18:19:07 ID:iBS4m9qY
結果論からいうと義元は市姫でも氏真の嫁にもらって、
信長と和睦して静岡に余生を送るべきだったよな。

483 :人間七七四年:2007/05/03(木) 04:14:40 ID:ODHUlkDq
多分あの時代にそれをやろうとしたら誰もが驚愕するであろう
スーパー結果論だけどな。

484 :人間七七四年:2007/06/13(水) 15:56:18 ID:mGjLdXd3
今川―織田同盟か‥
義元・信長の双方にメリットがあると言えばある。
義元の活躍の場を如何にするかだが、日本史を塗り替えることになったな。

485 :人間七七四年:2007/06/13(水) 16:46:47 ID:h0eBcA+I
北条が武田につくか今川につくかが問題だな
武田についたら 今川―上杉 VS 北条―武田
今川についたら 今川―北条 VS 武田―上杉

下だったら確実に武田が滅亡する

486 :人間七七四年:2007/06/13(水) 23:56:32 ID:7k9iLEpi
1550年頃の武田は、すでに中信濃〜南信濃をどんどん平定しまっくてる時期だね
しかし義元というのは、家督を継いでから24年間三河一国と尾張半分しか平定出来なかった
とは・・・・・

487 :人間七七四年:2007/06/14(木) 14:14:03 ID:ype6JLbo
スピード重視の、時系列だけから一面的にみた解釈ですね‥
家督相続や大名としての自立の時点から、単純に歳月の経過だけをみたら、
それこそ家康の前半生なんてどうなるのですか(笑)

晴信の半ば強引な侵略作戦と比べると義元の領土拡大は戦略的だからね。
またそういう論法ならば、晴信も1541年(天文10年)に家督を奪取してから、
24年後というと、信濃一国をかろうじて平定している段階だが、これは如何に。

488 :人間七七四年:2007/06/14(木) 15:34:54 ID:igW1QsAr
>>486
そもそも今川家自体が当主死んで真っ二つに分かれたからな
そう考えれば(15+25)/2で20万石程度でスタートと考えてもいい
実際にはもっと大勢が義元に付いたけど それでも最初から三河遠江が丸々義元の物だったかといえばそうではない
政治の能力を考えると 自転車操業の武田なんかより圧倒的に凄いよ

489 :人間七七四年:2007/06/16(土) 10:53:09 ID:Yv/6RXaR
>>485
上杉ってこの時代なら憲政?

490 :人間七七四年:2007/06/18(月) 07:46:15 ID:mY2JBGVt
このスレなかなか面白いですね!メガ豚と呼ばれてる変なのが沸くまでが
詳しくて面白かったですよ。

で、俺の意見は、自分が戦でドンパチせざる負えない武田信玄より、
戦略的に人間を配置して勝利する今川義元に1票かな。

その場かぎりの戦術より全体的な戦略こそが戦には大切だとおもいまつ。
まあ、北条氏康に勝ってるつーだけでもドンパチも相当なもんだと思うがな。

491 :人間七七四年:2007/06/18(月) 08:10:45 ID:mY2JBGVt
メガトン  メガ豚  メガ武田

492 :人間七七四年:2007/06/18(月) 08:41:46 ID:c8TWkadA
>>490
正確には氏康にドンパチでは勝ってないよ。
上杉との戦いで2正面作戦を避けたい氏康が今川の欲しがっていた
河東郡を割譲した。義元は河東郡をめぐる争いで氏綱に敗れて奪われていた。
これを評価するなら戦術ではなく義元の戦略や政略の分野だろう。
ちなみにこの時は結構義元は氏康を滅ぼしたかったみたいだけど
信玄が「このまま攻めれば被害が大きい。それに氏康を仮に滅ぼしても
次に上杉と国境を接する事になり、その国境紛争の解決の困難さは氏康とは
比べ物にならないだろう。」といって説得して和議を締結させている。
やがてこうして成立した和睦が後の三国同盟に発展する。

493 :人間七七四年:2007/06/18(月) 09:01:19 ID:c8TWkadA
>>487
24年後というと1565年だけど
このころには信玄は信濃だけではなく西上野の多くも制圧しているよ。
信濃だけで甲斐の倍近い石高だしな。

494 :人間七七四年:2007/06/18(月) 14:12:23 ID:Epr8SQ31
静岡県東部民対山梨県民の罵り合いだろこのスレ

495 :人間七七四年:2007/06/18(月) 16:58:23 ID:ziHsViQQ
>>492
その後も争い続けてるの知らないのか?

496 :人間七七四年:2007/06/18(月) 19:04:06 ID:Sr5EnfAW
>>492
正確ってどういうこと?
義元の方は、氏康に何も与えていなくて、氏康から一方的に河東を割譲させた
んだから勝利した事にならないか。

497 :人間七七四年:2007/06/18(月) 19:21:50 ID:MqrT5iuC
>>492
今川義元が、「狐橋の戦」と「吉原の戦」で北条氏康軍を撃破し
三島まで撤退させて、その後長久保城を包囲しているのを知らないの?
8万と言われる軍勢を相手に勝利した氏康も義元の戦術、戦略には
手も足もでず、東駿河の領地を割譲せざる負えなかった。

数年後にも氏康は河東郡奪還をめざし、今川義元が三河に出兵している隙を
突いて駿河に侵攻するけど、ここでも返り討ちにあい、結局三国同盟を結んでいる。

武田にいたっては、義元に良いよう利用されている感がある。



498 :人間七七四年:2007/06/18(月) 19:25:39 ID:MqrT5iuC
>>492

>ちなみにこの時は結構義元は氏康を滅ぼしたかったみたいだけど

大河ドラマの見杉w

499 :人間七七四年:2007/06/18(月) 19:31:59 ID:c8TWkadA
>>495
天文23年の侵攻は資料的に疑わしいといわれてなかったっけ。
>>496
いや、だからそれは戦術の勝利じゃなくて戦略や政略の勝利だと思う。
義元を貶めるつもりはないよ。

500 :人間七七四年:2007/06/18(月) 19:33:53 ID:c8TWkadA
>>498
ちょっとまてい。
大河じゃなくて普通に信玄が「このまま攻めれば被害が大きい。それに氏康を仮に滅ぼしても
次に上杉と国境を接する事になり、その国境紛争の解決の困難さは氏康とは
比べ物にならないだろう。」と書状に書いているんだってば。

501 :人間七七四年:2007/06/18(月) 19:38:06 ID:ziHsViQQ
書状に書いてあったからって、
それを鵜呑みにしたかどうかは別物でどう考えても上野一国と下野と武蔵の一部しか持っていない
上杉が100万石の北条に勝てるわけが無く。

勢力的に的に義元が氏康に勝てるわけがないし、河越合戦こど資料的に疑わしい。

歴史ヲタクの悪い点は資料を鵜呑みにしすぎるところだろ。

502 :人間七七四年:2007/06/18(月) 19:58:42 ID:c8TWkadA
>>501
北条ってこの時点で100万石あったっけ?
それはともかく河越合戦がないとするといろいろおかしな事になると思うが・・・。
扇谷上杉の当主なんか死んじゃってるし。

>>497
あと「吉原の戦」というか、妙法寺記では「晴信が吉原へ出馬しその意を汲んで
氏康は三島に兵を退いた。」となっているよ。

503 :人間七七四年:2007/06/18(月) 20:06:36 ID:ziHsViQQ
>北条ってこの時点で100万石あったっけ?
あった。

>それはともかく河越合戦がないとするといろいろおかしな事になると思うが・・・。
資料では全く確認されていないんだよ。
言われてるほどそれほど大きな戦いでもなく北条の順当勝ちだった可能性もある。

その頃の両上杉は八万どころか2万くらいしか動員できないんじゃないの?上野一国くらいでしょ。
それも従属連合で、直轄領なんかほとんどないし。

いずれにしろ義元より大勢力で、防
衛ならともかく侵攻して勝てるわけが無い。

また、義元と氏康の本格的な和睦はもっと後だったんだから、信玄が言うとおりにした可能性は薄いね。

504 :人間七七四年:2007/06/18(月) 20:56:40 ID:c8TWkadA
>>503
まず伊豆・相模・武蔵でおよそ93万石くらいだったはず。
しかもこの時点では武蔵は完全に制してはいなかったと思うけど。
百万石の内訳教えてもらえるかな?

対北条だけど今川でおよそ40万石余り、武田がこの当時で25万石ほど
上杉が上野一国と武蔵の一部ならおよそ50万石以上。
君の言うとおり北条が百万石だとしても反北条勢力は百万石を
上回り勝てない相手じゃないぞ。同時侵攻されてるわけだし。

本格的な和睦も何も和睦は結ばれてるし天文23年の侵攻は疑問視されてる。
ちゃんと領土の割譲もされてるし。それに武田は北条と今川の双方から信頼されて
1545年の武田の上伊那侵攻のときに今川と北条の援軍が少数ながら差し向けられている。


505 :人間七七四年:2007/06/18(月) 21:12:10 ID:aF8z+tQF
>>503
実際に義元が、北条領の河東郡に出兵した侵略戦で、駿河東部を
切り取っている訳だが、義元が氏康に勝てる訳がないとは、これ如何に?
勝てる勝てないではなく「勝っている」だよ。
さらに、河東軍に侵略してきた北条軍にも「勝っている」

んで、スレの本題だが、やはり義元健在なら、武田は今川に「勝てない」と見る。
ん〜、でも武田も強い…。今川も武田には「勝てない」かな…。
武田vs上杉みないに泥沼化しそう。



506 :人間七七四年:2007/06/18(月) 21:26:50 ID:ucCD1Shx
風林火山で諏訪地方攻略とか佐久地方平定と言われても、
板垣や勘助の活躍を見ていても、
結局最後は天目山かと思うと何か儚いな。

507 :人間七七四年:2007/06/18(月) 21:27:59 ID:ziHsViQQ
>まず伊豆・相模・武蔵でおよそ93万石くらいだったはず。
根拠を出せ

>しかもこの時点では武蔵は完全に制してはいなかったと思うけど。
>百万石の内訳教えてもらえるかな?
駿河の一部と上総や下総の一部は北条氏綱で制圧されており
それを入れると100万石に行く。

君は教えてもらえるかなと偉そうだけど間違いなく君も根拠がはず?
なのになんで偉そうに振舞えるのか。


>対北条だけど今川でおよそ40万石余り、武田がこの当時で25万石ほど

どうやって歩調をあわせるわけ?基本的に防衛側が戦争では有利で、
更に両上杉は寄り合い所帯で継続的な軍事行動を取ることは出来ないと考え、
しかも今川や武田には他に敵もいるわけだから明らかに単純な比較は出来ない。

>上回り勝てない相手じゃないぞ。同時侵攻されてるわけだし。
どう考えても北条は100万石を有する勢力で防衛側に回ると互角の兵力を持つ
他に敵がいる諸国は結束して当たれるとは考えずらい。

互角なら防衛側が有利であり、諸連合には他に敵がいることを考えてみてもやはり
難しいんじゃないのか?


>本格的な和睦も何も和睦は結ばれてるし天文23年の侵攻は疑問視されてる。
すぐ切れる戦いになるのは本格的な和睦とはいえない。

508 :人間七七四年:2007/06/18(月) 21:38:57 ID:ziHsViQQ
あとどう考えても河越夜戦は無い。

武蔵下野上野の一部の兵と伊豆相模武蔵上総下総の兵ならば
どちらが強いかというと後者で八万は集められない。

上杉憲政なんてそんなに独裁権を行使できなかったのを考えると2万いたかどうかも微妙で
明らかに上野一国なんて持っておらずぎりぎりの軍事行動だったと見るべきなのでそんなに脅威ではない。

509 :人間七七四年:2007/06/18(月) 21:54:28 ID:c8TWkadA
>>507
とりあえず慶長検地では
伊豆が6万9千石、相模が19万4千石、武蔵が66万7000石
で合計93万石。
この当時武蔵を拠点としている扇谷上杉は武蔵松山城を拠点として北条に応戦してる。
んでそっちの内訳は?別にえらそうなつもりは無いけど。教えてくれるとありがたい。

歩調を合わせるも何もこの同時期に上杉の大軍勢が河越城を包囲してる。
だから北条も河東を渡してさっさと今川と和睦したかったわけで。
このまま状況が推移すれば普通に北条もやばいと思ってたんだろう。

防衛側といってもあちこちに戦力を分散させている状態。
河東郡では押されている。
相手は互角というか互角以上。北条にも里見とかを始めとするほかの敵がいる。

だからすぐ切れるっていっても天文23年の侵攻は疑問視されてるし
武田が双方から信頼されて援軍までよこしてもらってるのはどう考えてるの?

510 :人間七七四年:2007/06/18(月) 21:55:06 ID:ljD16ada
そもそも今川が甲斐の田舎なんぞに出兵しても旨みはなさそうだ。

武田が裏切って駿河に進撃する事態なら十分考えられるが。

その場合、武田側のネックは兵站だな。甲斐は防御に適した地形であるため

長期戦になると補給が追いつかないだろう。


511 :人間七七四年:2007/06/18(月) 22:00:34 ID:c8TWkadA
>>508
どちらが強いとかいわれても主観になると思うけど。
多方面作戦を強いられている状況で一正面に大軍が存在すればそれは十分な脅威だよ。
仮に君の言うとおり百万石を北条がこの時点で持っていても兵力は2万5千ほど。
山内・扇谷の両上杉が力をかき集めて2万近くもってきたら十分すぎるほどの
脅威だろうよ。

512 :人間七七四年:2007/06/18(月) 22:08:46 ID:ziHsViQQ
>とりあえず慶長検地では
時代が違いすぎる。
それと秀吉のは土佐の例を見ても全く当てにならない。

>この当時武蔵を拠点としている
>扇谷上杉は武蔵松山城を拠点として北条に応戦してる。
粉末勢力に過ぎない

>んでそっちの内訳は?別にえらそうなつもりは無いけど。教えてくれるとありがたい。
それに上総と下総をあわせれば確実に100万石以上の勢力が有る。

>歩調を合わせるも何もこの同時期に上杉の大軍勢が河越城を包囲してる。
河越の戦い自体が虚構の可能性があり上杉のは絶対に大軍勢では無いし脅威ではない。

>だから北条も河東を渡してさっさと今川と和睦したかったわけで。
推測に過ぎ無い。

>このまま状況が推移すれば普通に北条もやばいと思ってたんだろう。
推測に過ぎない


>防衛側といってもあちこちに戦力を分散させている状態。
攻勢側も戦力を分散させている。
むしろ好きに兵力が集中できるのは防衛側だが、攻勢側はそれが出来ないし連携だってとれるかどうか疑わしい。


>河東郡では押されている。
河東軍は義元の本拠地から近いけどむしろ北条の本拠地に攻め入るとなると立場が逆転する


>北条にも里見とかを始めとするほかの敵がいる。
だから?里見は里見で敵がいるんだし、この当時の里見はそんなに大勢力ではないはずだ。

>武田が双方から信頼されて援軍までよこしてもらってるのはどう考えてるの?
それは北条と今川に直接的な関係は無い。

513 :人間七七四年:2007/06/18(月) 22:14:57 ID:rfOKG3dc
およ?北条ヲタが一人で暴れるおー

514 :人間七七四年:2007/06/18(月) 22:16:25 ID:Sr5EnfAW
>>502
「高白斎記」によると、8月11日に信玄が、善得寺に出向いて義元と
血判をし13日に帰府。
その後に、「狐橋の戦い」があって、9月になって、長久保に出馬している。
妙法寺記の、信玄の吉原への出馬と氏康の退却って関係があったのかな。

515 :人間七七四年:2007/06/18(月) 22:35:31 ID:vzSfRmAI
>>512
ならお前の百万石はあるってのは何を根拠にしてのものなんだ?
土佐の例といっても問題にしてるのは関東のそれで関係ない

516 :人間七七四年:2007/06/18(月) 22:36:53 ID:rfOKG3dc
>>514
所詮いくさの詳細なんて資料が古すぎて分からんだろ?
戦法なんてものは、後で作られた単なるお話であって、あったかなかった分からん程度の代物やで。
上のほうでも言ってるヤシいるが、全体を通してみる戦略眼こそ大切やろ。
武田が、内政戦略に長けた今川に勝つなんてことは、義元さんが生きてたら無理やと思うわ。
最近のその時歴史がどうたらっつー番組で、武田は家臣団をまとめることができず
戦争し続けるしかなかったことがあきらかになってますがな。
そんなイノシシ集団じゃ駿河、遠江、三河、尾張東部を大した損失もださずに
まとめあげた今川義元には勝てへんやろ?なあ、メガブタさんよ〜。


517 :人間七七四年:2007/06/18(月) 22:40:33 ID:c8TWkadA
>>512
検地例を取り上げないなら何を基準にするの?
君のいう百万石以上は確実というのも当てにならないだろう。

なんで粉末勢力と思うの?武蔵松山城のほかにも滝山城、天神山城と
属していた城や武将は結構いたはずだけど。

だから、上野一国でも50万石近い。これだけでも1万2千近い兵力を出せるんだって。
これに武蔵の扇谷上杉が加わる。
君のいう北条が仮に百万石あってもそれだけの軍勢は十分脅威だよ。

推測じゃないって。武田と北条は現に何度も連絡を取り合い話をすすめている。
吉原の時も北条は晴信の意をくんで退いているし、割譲に向けて動いてる。
実際河東を割譲して上杉に集中するし。

攻撃側はとりあえず自身がもっている兵力を集中できる。
むしろ防衛側のほうが分散させざるをえないはずだが。
今川・武田だけでも60万石以上だよ?両上杉で50万石以上。
しかも北条の敵は里見とかもいる。
連携取らなくても普通にそれぞれ領土拡大に努めれば北条は
押しつぶされていくんだってば。

北条の本拠地で防衛戦やってる間に上杉に領土とられていくと思うが。
2正面作戦はきついよ。いくらなんでも。

里見は第一次国府台では主力をつとめているしこの戦いが終わった後で
空白地帯に勢力を拡大して中々のものになっていたはずだけど。

関係あるって。今川が同盟相手である武田に北条からの援軍が来て同席して
いるのをもし北条を完全に敵としてたなら文句いわないわけないでしょ。



518 :人間七七四年:2007/06/18(月) 22:48:03 ID:Sr5EnfAW
>>512
>516にまた言われるかもしれんが(俺はメガブタじゃないよ)
「高白斎記」によると、憲政・義元・氏康がそれぞれ、誓紙を書いて和睦
している。義元に対しは河東を割譲。
憲政に対しても、不利な条件で和睦していたと思っている。

519 :人間七七四年:2007/06/18(月) 23:04:59 ID:ziHsViQQ
>検地例を取り上げないなら何を基準にするの?
>君のいう百万石以上は確実というのも当てにならないだろう。
だから動員兵力やそれ以降や以前の検地で見ていくしかない。

>なんで粉末勢力と思うの?武蔵松山城のほかにも滝山城、天神山城と
>属していた城や武将は結構いたはずだけど。
はっきりいうが10万石そこらの兵力しかもっていない。2

>だから、上野一国でも50万石近い。これだけでも1万2千近い兵力を出せるんだって。
上杉氏は国人連合の盟主に過ぎず直轄領や
独裁権の強さを考えると一万二千なんて笑わせる。
残念だが上杉氏の盟友豪族にすぎず配下ではない。
単純な兵力に加算は出来ない。

>君のいう北条が仮に百万石あってもそれだけの軍勢は十分脅威だよ。
北条は倍近く用意できますがね。
どこが脅威なんだ?今川も武田も里見も全部他に敵がいて上杉の体制は前近代的。
信長包囲網のようになるだけの可能性が高い

>推測じゃないって。武田と北条は現に何度も連絡を取り合い話をすすめている。
予想戦果は推測に過ぎない

>吉原の時も北条は晴信の意をくんで退いているし、割譲に向けて動いてる。
>実際河東を割譲して上杉に集中するし。
君は北条が割譲に向けて動いているのと割譲しなかった場合の戦果をごっちゃにしてるんだよ。
史実は「北条は武田と連絡を取り合い今川に領地を割譲しました」でそれ以外の言葉をまるで史実のように付加する姿勢は推測だと思われても仕方が無い

>攻撃側はとりあえず自身がもっている兵力を集中できる。
>むしろ防衛側のほうが分散させざるをえないはずだが。
君は防衛側と攻勢側を何か勘違いしていないか?
防衛側と一括りにするなら攻勢側も一括りにしないといけない。
攻勢側は隔てているのだから物理的に挟撃するしかないが
防衛側はいくらでも調整することが出来る。

>今川・武田だけでも60万石以上だよ?両上杉で50万石以上。
その数値をすべて攻撃に使えるのならばまだしも、
武田や今川だって他に敵がいるためこの数字は全くあてにならない
また北条は防衛側なのですべての兵力を注ぎ込むことが出来るので
動員を当てにしても良い。

>連携取らなくても普通にそれぞれ領土拡大に努めれば北条は
連携取らなきゃ防衛されておしまいだな。同兵力が控えてる中、どう考えても領地なぞ取れない。

>北条の本拠地で防衛戦やってる間に上杉に領土とられていくと思うが。
推測に過ぎない

>2正面作戦はきついよ。いくらなんでも。
二正面合わせても北条の動員には及ばないな


>里見は第一次国府台では主力をつとめているしこの戦いが終わった後で
>空白地帯に勢力を拡大して中々のものになっていたはずだけど。
それを考えても里見の兵力は大したことが無い。また里見にも敵がいる。

>関係あるって。今川が同盟相手である武田に北条からの援軍が来て同席して
>いるのをもし北条を完全に敵としてたなら文句いわないわけないでしょ。
別の関係性だから問題が無い。

520 :人間七七四年:2007/06/18(月) 23:19:21 ID:eJJI4V9w
93万石も100万石も大してかわんないじゃん。
有効数字4桁という正確さで議論できるようなもんなのか??

521 :人間七七四年:2007/06/18(月) 23:32:22 ID:c8TWkadA
>>519
そんじゃあ君のいう確実なそれ以降や以前の検地による内訳示してくれ。
検地を見ないで動員兵力だけを見るならそれこそ上杉8万とか
この当時の武田が2万(諏訪攻め)とかありえることになってしまうが・・・。

いっとくが10数万石あれば山内上杉の共同勢力としては十分だよ。
上野一国50万石近くに加えて10数万石で60数万石に達するんだけど。

だから、まず君の百万石の根拠を出してくれ。慶長検地を否定するならもっと
確実なものがあるんだろ?2倍だせるかどうかはそれまでわからないとしかいえない。
仮に出せてもその全力を集中できる状況じゃないといってるでしょ。

それじゃあ聞くが、何故に北条は武田を仲介にして必死に和議を求めたのか?
君がいうように余裕があるなら戦えばいいだろう。

防衛側はどう調整するの?兵力を調整して薄くなったところから破られるのは
普通にありえるでしょ。

それじゃあ聞くけど武田・今川・両上杉・里見の動きを妨害できる敵って誰?
それぞれ具体的にあげてもらえる?

だから同兵力ってどうして思うの?百万石の根拠自体が君はまだ出してないんだけど。
この同時期に反北条は兵を出しているし、連携云々じゃなくて北条自体が
対応に苦慮してるじゃないか。

守りきれると思うほうがはるかに推測だと思うが。少なくとも君のだけ推測じゃないとはいえんぞ。

だから、君の百万石自体に根拠がわからないし、仮に百万石としても反北条は
それ以上なんだってば。

里見の敵とは?君のいう大した兵力ってどれくらいなの?相対的にそれぞれの
正面を圧迫できるだけの兵力があれば攻められる側は脅威なんだよ?

なんで別の関係性だと思うの?どう見たって今川が北条を敵と見てたなら
怒るだろ。


522 :人間七七四年:2007/06/18(月) 23:33:40 ID:c8TWkadA
>>520
いや、だからその93万石は武蔵を北条が完全に制していた場合。
実際は武蔵に扇谷上杉がいるのでありえない。

523 :人間七七四年:2007/06/18(月) 23:55:00 ID:ziHsViQQ
>そんじゃあ君のいう確実なそれ以降や以前の検地による内訳示してくれ。
>検地を見ないで動員兵力だけを見るならそれこそ上杉8万とか
>この当時の武田が2万(諏訪攻め)とかありえることになってしまうが・・・。
だからといって、君の93万石が正しいわけは無いし
君の根拠としている慶長検地でも北条は100万石の勢力をもっている。
動員兵力を見ても諏訪攻めや上杉8万はどこの資料にも無い虚構だ。
確実な動員兵力と江戸期、戦国期の検地を見て調べるしかないが
関東5カ国に及ぶ勢力を持っている北条が100万以下なのは江戸期の検地やさまざまな戦いの動員兵力を見ても考えずらい。

>いっとくが10数万石あれば山内上杉の共同勢力としては十分だよ。
>上野一国50万石近くに加えて10数万石で60数万石に達するんだけど。
60数万石っていうが上杉の配下のほとんどが共同勢力で上杉は上野の一部しか持っておらず
10万石って遠征には2000人も動員できないため脅威じゃない。一万二千なんて100%無い。

>だから、まず君の百万石の根拠を出してくれ。慶長検地を否定するならもっと
>確実なものがあるんだろ?2倍だせるかどうかはそれまでわからないとしかいえない。
後北条の動員兵力と当時、江戸期の検地では5カ国で100万石を超えている可能性すらある。

>仮に出せてもその全力を集中できる状況じゃないといってるでしょ。
そんなのはどこも同じ。

>それじゃあ聞くが、何故に北条は武田を仲介にして必死に和議を求めたのか?
>君がいうように余裕があるなら戦えばいいだろう。
だからといって、君の「あのままじゃ滅ぼされた」というのもおかしいですね。
何らかの戦略目的があったかも知れないし仮にそうかもしれない例えば、上杉を黙らせ関東制覇するためかもしれない。

>防衛側はどう調整するの?兵力を調整して薄くなったところから破られるのは
>普通にありえるでしょ。
逆に打ち破ることも出来る。むしろ臨機応変に兵を集中したり撃破したり出来るので兵力を自由自在に調整できる北条の方が有利なのは言うまでも無い

>それじゃあ聞くけど武田・今川・両上杉・里見の動きを妨害できる敵って誰?
攻勢側が全兵力を持って攻勢をかけることが出来ると君は思っているの?防衛兵力を本拠や敵対勢力に残していくのは当然で単純な石高比べなら
どこか中立な戦場を定めてたたかうしかなくなる。

>だから同兵力ってどうして思うの?百万石の根拠自体が君はまだ出してないんだけど。
北条は3、4万単位の兵をこの時期と大して変わらない状態で動員している
不安定な体勢の上野一国すら持っていない上杉憲政や2万も動員できない

>この同時期に反北条は兵を出しているし、連携云々じゃなくて北条自体が
>対応に苦慮してるじゃないか。
どこが?戦国時代なんて全部そうだと思うんだけど。

>守りきれると思うほうがはるかに推測だと思うが。少なくとも君のだけ推測じゃないとはいえんぞ。
滅んでもいないし滅ぼされたというのが推測だな。事実後年関東中が敵に回っても守りきったんだから。

>だから、君の百万石自体に根拠がわからないし、仮に百万石としても反北条は
>それ以上なんだってば。
反北条が国を空にしてすべての兵を誰か総大将を決めて戦うならそうなるがそうではないのでありえない

>里見の敵とは?君のいう大した兵力ってどれくらいなの?相対的にそれぞれの
>正面を圧迫できるだけの兵力があれば攻められる側は脅威なんだよ?
防衛は攻勢よりも少ない兵力で十分なので脅威にはならない。

>なんで別の関係性だと思うの?どう見たって今川が北条を敵と見てたなら
>怒るだろ。
たかだか援軍で人様の関係性にけちつけるほど今川って子供なんですか?

524 :人間七七四年:2007/06/19(火) 00:20:15 ID:YNkDtBM0
>>523
だから否定するばかりじゃなくて根拠を出してくれよ。
何の検地を、何の動員の記録を根拠にしてるの?いい加減具体的に内訳をだしてくれよ。
江戸期の検地って具体的になに?あんまり時代が降りすぎてると
開墾が進みすぎていて戦国期の根拠にはならないぞ。
諏訪攻めの2万は普通に相手の諏訪が見てびっくりして逃亡が続出してるんだけど。
でも検地の石高でありえないから虚構とされる。否定する前に早く根拠をだしてくれ。

その1万2000ありえないというのは君の推測なわけだが。
具体的に上杉が兵力をそれだけ動員できないという根拠ってなにかあるの?
少なくとも石高では可能だよ。

だから、5カ国の内訳を示してくれ。話はそれからだ。
何の検地を元にしてるかも示してね。

どこも同じというが北条が一番焦点にされて厳しいのだが。

上杉を黙らせ、って結局上杉を黙らせるには今川と戦っているのは厳しいというのは認めたと
言う事でいいんだね?

兵力集中して手薄になったところを突き崩される可能性が高いが。
撃破できるかは相手との問題。ぶっちゃけ有利なんて希望的観測。

答えになってない。具体的に妨害できる敵の名をあげてくれ。

3、4万の兵力をこの時期に北条がいつ頃動員したの?
百万石あってもありえないよその数。上杉8万と同じ。

少なくとも同等以上の敵勢力に包囲されて同時に攻撃を掛けられるなんて事態は
珍しいよ。珍しくないなら具体例を挙げてね。

関東中が敵って謙信の時のこと?その時は武田・今川と同盟してたろ。
援軍や牽制もしてもらってるし。

別に総大将なんて決める必要はないよ。それぞれの利害で領国をとっていけばいいだけ。

結局それをやっているうちにどこか一つが敗れればおしまい。ぶっちゃけジリ貧。

子供も何もないだろ。同盟相手が自分の敵から援軍もらって同席してりゃ
普通文句言うよ。




525 :人間七七四年:2007/06/19(火) 00:40:06 ID:QafmDeb0
> だから否定するばかりじゃなくて根拠を出してくれよ。
> 何の検地を、何の動員の記録を根拠にしてるの?いい加減具体的に内訳をだしてくれよ。
しかし君も十分な根拠を出していないんだからほとんど意味が無い。
>江戸期の検地って具体的になに?あんまり時代が降りすぎてると
>開墾が進みすぎていて戦国期の根拠にはならないぞ。
慶長もそうだな。
>諏訪攻めの2万は普通に相手の諏訪が見てびっくりして逃亡が続出してるんだけど。
>でも検地の石高でありえないから虚構とされる。否定する前に早く根拠をだしてくれ。
資料に無いからだろ。
>その1万2000ありえないというのは君の推測なわけだが。
>具体的に上杉が兵力をそれだけ動員できないという根拠ってなにかあるの?
>少なくとも石高では可能だよ。
石高じゃなくて政治体制だな。一万二千はかなりのギリギリな動員兵力で盟友に過ぎない関東管領家が出せといったからといって
周囲の豪族は出さない。何度も書いている。
>だから、5カ国の内訳を示してくれ。話はそれからだ。
>何の検地を元にしてるかも示してね。
吉宗検地やどこかで見た江戸初期中期の検地ではどう考えても相模、伊豆、武蔵、上総、下総の一部でも100万石は超えていた。君の慶長でも超えている。
>どこも同じというが北条が一番焦点にされて厳しいのだが。
一時的にはそうでも長期的にそうなるとは限らない。
>上杉を黙らせ、って結局上杉を黙らせるには今川と戦っているのは厳しいというのは認めたと
>言う事でいいんだね?
なんでそうなるの?そうした方がいい可能性が高かったかもしれないしそうだったかもしれない。
上杉を黙らせる可能性が高くなっただけに過ぎない
>兵力集中して手薄になったところを突き崩される可能性が高いが。
>撃破できるかは相手との問題。ぶっちゃけ有利なんて希望的観測。
撃破出来る可能性が高くなるのは事実で手薄になっても相手は手が出せない状況かもしれない。
自由に兵力の調整が出来る北条が有利な事実には変わらないね。
>答えになってない。具体的に妨害できる敵の名をあげてくれ。
だから、領土を空にして君は侵攻するのかと聞いている。そうじゃなければ
すべての兵力を使える防衛側が基本的に有利な事実には全く変わりはないし、
武田には信濃豪族、今川には織田や三河豪族がいる。北条が組むこともできる。
>3、4万の兵力をこの時期に北条がいつ頃動員したの?
>百万石あってもありえないよその数。上杉8万と同じ。
実際、薩垂峠や一連の武田との駿河を巡った争いや三船山では大した領土の違いも無いのに3万や4万を動員している。
織田や今川は100万石無くても二万五千を動員できているので動員兵力だけを考えても上野一国で8万は絶対に出せない。
>少なくとも同等以上の敵勢力に包囲されて同時に攻撃を掛けられるなんて事態は
>珍しいよ。珍しくないなら具体例を挙げてね。
珍しいなら事例を挙げるべきだね。君の議論っていつもそうだから。自分は主観だけで他は根拠を出さず
他人には立証を強いるが、自分はしない。いつのまにか推測に過ぎないレスが、事実になっている。
戦国時代はほとんど敵に囲まれているのがどの勢力もそうだ。
北条も佐竹も毛利も大友も織田も武田も伊達も上杉も今川も包囲網を組まれまくっていた。戦国時代は同等に近い敵はいつもいるのが基本。
>関東中が敵って謙信の時のこと?その時は武田・今川と同盟してたろ。
それ以上の苦境でしたね。今川、武田との同盟が役に立ちましたか?役に立ってませんね。
>援軍や牽制もしてもらってるし。
援軍は1万5千でクソの役にも立たず信玄もほとんど城一個取っただけ。役に立っていない。
>別に総大将なんて決める必要はないよ。それぞれの利害で領国をとっていけばいいだけ。
>結局それをやっているうちにどこか一つが敗れればおしまい。ぶっちゃけジリ貧。
そんなわけは無い。連携不足で信長包囲網のように確固撃破が落ちだ。
特に上杉は連合勢力なので利害関係の調整が難しくうまくいかない可能性のほうが高いのではないか。
>子供も何もないだろ。同盟相手が自分の敵から援軍もらって同席してりゃ
>普通文句言うよ。
武田と北条と今川は別勢力です。今川が他人や他国の関係性に口を出すんですかね?

526 :人間七七四年:2007/06/19(火) 01:01:13 ID:gyVwGBUW
>>497
>武田にいたっては、義元に良いよう利用されている感がある。
そんなことはないと思うが
伊那藤沢攻めで今川の援軍に協力してもらっているし
佐久攻めでも今川に助力を頼んでいるし
伊那小笠原攻めでも今川と協力しているし
村上や小笠原との和睦の仲介を頼んだりもしているし
川中島にも援軍を派遣してもらっているし、和睦の斡旋をしてもらったこともある

>>500
ソースは?

>>503
上杉には古河公方が協力しているからもっと増えるんじゃないか?

>>502
妙法寺記は軍の行動、大名の動きは、郡内の噂話、人づてによるものであるから
郡内での軍事行動であれば著者をそのまま信用してもいいかもしれないが
他国のそれも軍事機密となるとそのまま信用はしないほうがいいと思う

>>521
武田は小笠原・佐久の大井
今川は織田
里見は武田千葉と敵対していたと思うが

527 :人間七七四年:2007/06/19(火) 01:14:09 ID:gyVwGBUW
山内上杉は一応府中長尾氏とは敵対に近い関係
上田長尾氏は河越に上杉側として参戦していたと思う

里見氏はこの時期はまだ土岐氏とは敵対していない
1544年に一応武田氏を追っているので敵対勢力は少ないか
酒井氏と争っていたと思うけど

528 :人間七七四年:2007/06/19(火) 01:46:52 ID:YNkDtBM0
>>525
こっちはちゃんと慶長検地だしてるだろ。ふざけた事いわないでくれ。

慶長で駄目なら江戸なんてもっと時代が下るから論外だぞ。

武田2万は守矢頼真書留という資料にあるんだけど。ちなみにその後の
安国寺の戦いでも武田は2万を動員したとある。でも石高でありえないから虚構と
されている。

だから実際拒否ったことがあったの?政治体制がどうして後進的だと思うの?
古い守護大名とかは結構いるけど大軍を動かしたのはいるじゃないか。

吉宗検地・・・って本気?この時代から150年以上あとじゃないか。
それだと確か西国なんてとんでもない事になってたはずだが。
慶長でも武蔵に扇谷上杉がいるから百万はいかないといってるでしょうが。

それを一時的にするか長期的にするかは外交手腕次第。ぶっちゃけた話今川に
和議でもしない限り多方面作戦は続く。

結局あやふやな推論でいくわけ?勝つには普通に戦力の集中は必要でしょ。

なんで敵対している相手が北条が手薄になっても都合よく動けないはずだから有利だなんて
話になるの?完全に希望的観測じゃないか。普通にその薄みをつかれる可能性のが高いだろ。

信濃豪族はこの当時武田を突っつける状態じゃないぞ。諏訪の不穏分子は壊滅したし。
織田は斉藤にかまっててそんな余裕ないぞ。三河豪族なんて話にならん。

だから、その3万、4万というのが虚構だといってる。第一この和議の話から
ずっと後だろ。織田が2万5千を動かしたことっていつ?美濃制圧いこうなら
百数十万石あるから普通の話だよ。今川も駿河遠江三河プラス尾張の一部で
80万石以上はあるから2万は普通に動員できるし、この出陣前に結構無理して
いたはずだが。上杉8万を否定するなら普通に北条3、4万も疑うのが普通だろ。

ちゃんと根拠挙げてるだろ、こっちは。そっちは全然根拠挙げないでただ文句をいってる
だけじゃないか。主観で語ってるのはそっちだろ。
それでどうなった?同等以上の敵に包囲されて攻撃された連中は大抵ジリ貧に追い込まれてる。
佐竹は豊臣の北条征伐が遅れれば危なかった。大友も同じ。織田は他の同盟勢力以上の力があった。
武田は上杉が越中ばっかり攻めてろくに武田領を攻めなかった。
伊達はラッキーパンチで助かったけどもう少しで人取り橋で壊滅する所だった。
上杉は結局関東も信濃も奪われた。今川は滅んだ。毛利は大友に勝てなかった。
北条の敵は北条より上でやる気満々で多方向から攻めてくるのに本気で勝てると思うの?

十分役に立ってるよ。ちゃんと援軍送ったし謙信を後方から牽制した。
第一この時に今川と武田が北条の敵だったら?それこそ終わりだろう。
第一謙信の遠征の事をいってないならいつのことをいってるんだ?

連携不足も何もない。信長包囲網は織田・徳川の勢力で包囲網勢力と同等かそれ以上の
力を持っていたことによる。この当時の北条と反北条ではむしろ反北条のほうが大きい。

出すだろ、普通に。別勢力でも同盟相手なんだから。敵と組んでたら同盟じゃないだろ。



529 :人間七七四年:2007/06/19(火) 01:52:13 ID:YNkDtBM0
>>526
ソースは信玄が今川家臣松井山城守にあてた書状。土佐国蠢簡集残篇。

530 :人間七七四年:2007/06/19(火) 01:54:19 ID:YNkDtBM0
そろそろ寝ます。続きはまた明日にでも。

531 :人間七七四年:2007/06/19(火) 02:20:21 ID:QafmDeb0
>こっちはちゃんと慶長検地だしてるだろ。ふざけた事いわないでくれ。
慶長検地は疑わしい。
慶長は根拠にならないに対しての反論は無い。

>慶長で駄目なら江戸なんてもっと時代が下るから論外だぞ。
江戸の方が精度が高いと書いているんだが。
俺が言ってるのは精度と時代で、確かに時代でも江戸も慶長も駄目になるが江戸の方が精度が高いのは事実だから採用しただけだ。
>武田2万は守矢頼真書留という資料にあるんだけど。ちなみにその後の
>安国寺の戦いでも武田は2万を動員したとある。でも石高でありえないから虚構と
>されている。
石高でありえないから虚構とされていると言っても、完全に解明されたわけではなく
更にその資料の信憑性だって議論になるべきで、石高の一元論に持っていっても仕方が無いんだよ
その資料の信憑性が問題で二万動員はあったかもしれないし無かったかもしれない
されているってのは一応だから真実とは程遠い。
>だから実際拒否ったことがあったの?政治体制がどうして後進的だと思うの?
軍役拒否されている大名なんて権力のある大名ですらいる。
古い体質の盟友上杉ごときのためにどうやって全兵力を出すのか。
そして、北条家との争いでどんどん追い詰められていること
上杉憲政の上野の直轄領の少なさと豪族寄り合い所帯を考えてみればやはりそんなに権力は持っていなかったんじゃないか?
領国化すらしていない。

>古い守護大名とかは結構いるけど大軍を動かしたのはいるじゃないか。
しかし古い守護大名は盟友に対する権力が少ないのは事実で、
古い主義大名が、ギリギリまで動員できるのは考えずらいと書いている。
しかも上野の豪族でさえ敵対しているのがいる時点でやはり上野全域と言うのは無いな。
そして越後上杉氏や下野豪族のために押さえはおくだろうから1万2千は無い。

>吉宗検地・・・って本気?この時代から150年以上あとじゃないか。
精度は一品だな。
>それだと確か西国なんてとんでもない事になってたはずだが。
>慶長でも武蔵に扇谷上杉がいるから百万はいかないといってるでしょうが。
だから扇谷なんて大したことが無いし、上総や下総や駿河の一部は完全に無視ですか?
>それを一時的にするか長期的にするかは外交手腕次第。ぶっちゃけた話今川に
>和議でもしない限り多方面作戦は続く。
今川に和議しなくても他方に和議をしたりすることも
勝手に引き上げていくことも打ち破って楽になることも十分にありえる。
誰かが指揮をとってやっているならばともかく完全にばらばらな上に各家も北条が憎いわけではなく
北条を滅ぼそうと目標を持っているわけとは限らないので方向転換もありえる。
それ以後も北条は多方面作戦を何度も強いられているので、何を今更という感じだろう。

>結局あやふやな推論でいくわけ?勝つには普通に戦力の集中は必要でしょ。
あやふやな推論にしてるのは君だ。

>なんで敵対している相手が北条が手薄になっても都合よく動けないはずだから有利だなんて
>話になるの?完全に希望的観測じゃないか。普通にその薄みをつかれる可能性のが高いだろ。
君の「普通」は主観に過ぎない。
手薄だったからと言って攻めるとは限らず、動くとは限らないのも可能性として存在するのは事実で
北条は領内なのでいくらでも兵力の調整が出来るのは事実だ。
反北条は別勢力で、調整に自由が出来ない事実。

>信濃豪族はこの当時武田を突っつける状態じゃないぞ。諏訪の不穏分子は壊滅したし。
>織田は斉藤にかまっててそんな余裕ないぞ。三河豪族なんて話にならん。
三河豪族は織田についたりしてるのは知らないんですね。織田信秀は多方面で戦をしているため斉藤と戦っているから大丈夫というのもわからん。
諏訪や小笠原や織田が北条と組めばすぐに武田や北条も二正面作戦を強いられる。
また斉藤と戦っているといっても押さえは残さねばならないので、全力で動員できない
むしろ武田や北条が君が言う普通にその薄みをつかれる可能性のが高いだろ。
なんで北条だけが手薄なところを付かれて他勢力は北条に全力に取り掛かれる環境なのが全く意味がわからん。

532 :人間七七四年:2007/06/19(火) 02:28:57 ID:QafmDeb0
>それでどうなった?同等以上の敵に包囲されて攻撃された連中は大抵ジリ貧に追い込まれてる。

>佐竹は豊臣の北条征伐が遅れれば危なかった。
根拠が無い。むしろずっと包囲網組まれていてもかなり奮戦した事実。

>織田は他の同盟勢力以上の力があった。
明らかに同盟勢力のほうが動員人数いますよ。何を言ってますか?
>武田は上杉が越中ばっかり攻めてろくに武田領を攻めなかった。
それでも包囲網を突破したのは事実ですね。
>伊達はラッキーパンチで助かったけどもう少しで人取り橋で壊滅する所だった。
人取橋以降もそうだったんだけど、むしろ優位に立っていたよね。
>上杉は結局関東も信濃も奪われた。今川は滅んだ。毛利は大友に勝てなかった。
毛利は大友に勝てなかったけどジリ貧ではありませんね。
>北条の敵は北条より上でやる気満々で多方向から攻めてくるのに本気で勝てると思うの?
北条より上で無いと言っているし、むしろ武田も伊達も織田も毛利も防衛は成功させているので
問題ないですね。

>十分役に立ってるよ。ちゃんと援軍送ったし謙信を後方から牽制した。
援軍が役に立った?牽制が役に立った?
援軍送ればとか牽制したがちゃんと役に立ったのかは行動とは別物。

>第一この時に今川と武田が北条の敵だったら?それこそ終わりだろう。
それこそ君の推論だな。今川と武田が北条の敵だったら?だったら、佐竹が、里見がも同じことが言えるしそれでも負けてないのは事実。

>第一謙信の遠征の事をいってないならいつのことをいってるんだ?

>連携不足も何もない。信長包囲網は織田・徳川の勢力で包囲網勢力と同等かそれ以上の
>力を持っていたことによる。この当時の北条と反北条ではむしろ反北条のほうが大きい。
この当時の北条と反北条は同じだと僕は何度も書いているし。
織田、徳川の勢力では、夥しい信長包囲網に対抗出来たのはやはり兵力の調整と確固撃破が大きい。

>出すだろ、普通に。別勢力でも同盟相手なんだから。敵と組んでたら同盟じゃないだろ。
敵と組んでいてもたかだか援軍で人様の関係性なんてしったっこっちゃ無いんじゃないか?
組んでせめて来なければ宜しい。

533 :人間七七四年:2007/06/19(火) 04:00:31 ID:gyVwGBUW
>>528
1544年に美濃で大敗したが織田はこの時期はまだ西美濃西三河の一部を支配していて
一応信秀の最盛期
1545年には松平を破り
1547年には戸田氏を寝返らせ東三河にも手を伸ばす
今川が反撃するのは1548年から

信濃豪族は1546年に佐久で反乱起きているが

>>529
ありがとうございます
今度調べてみる

>>531
>しかも上野の豪族でさえ敵対しているのがいる
誰?

>そして越後上杉氏や下野豪族のために押さえはおくだろうから1万2千は無い。
越後に関しては守護代長尾氏は内乱中で押えはいらないだろうし
山内上杉氏と敵対している勢力って下野にいる?

534 :人間七七四年:2007/06/19(火) 11:24:52 ID:fGdQGQ4i
なんだこのスレ?武田今川関係ないじゃん?
北条ヲタと歴史ヲタうざい!どっかいけ!
ここは、武田今川を語るスレだ。
おまえらが噂のキモヲタ野郎のメガ豚か?

PS
北条が嫌いになりました。


535 :人間七七四年:2007/06/19(火) 19:38:53 ID:YNkDtBM0
むむむ、帰ってきて>>531>>532に反論しようかと思ったが
>>534さんみたいに思う人もいるから控えておいたほうがいいのかな?
>>534殿失礼をしました。

536 :人間七七四年:2007/06/19(火) 20:00:49 ID:2lZZ/qf9
馬鹿はほっとけ
自分で論を展開することも出来ない、主張することも出来ない、自分の不快感をウザイとしか表現できない国語力、表現力に乏しい奴の遠吠えだ

537 :人間七七四年:2007/06/19(火) 20:58:02 ID:tOnmlOJA
武田信玄と北条氏康を比較検証するスレ
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1181647136/

538 :人間七七四年:2007/06/19(火) 21:51:49 ID:QafmDeb0
北条は何度も包囲網を組まれているし、
北条氏綱も両上杉、里見、今川と戦い抜いた。
そうやった北条は関東中を敵に回して戦ったいたから包囲網=滅ぶとは違うんだな

539 :人間七七四年:2007/06/19(火) 22:00:51 ID:YNkDtBM0
北条の話題はすれ違いらしいのだが。
俺も反論あるけど控えてるんだけど。お互い自重したほうがよくね?

540 :人間七七四年:2007/06/19(火) 22:04:56 ID:h9v2gn9n
そういえば氏綱は両上杉里見を敵にまわしながら、
今川武田と争って今川から河東を奪ったのだったな。

氏綱氏康の違いは氏綱時代は古河が北条についたのにたいし
氏康時代は古河が敵対、代わりに忍岩槻を手に入れて武蔵の大部分を
上総で峰上城を奪っている。

古河とそれらの城とどっちがより重要性が高いかは分からないが
氏綱時代に何とかなったのだから
氏康の時も武田今川を敵にまわしてもある程度抵抗できると考える方が自然だな。

個人的には古河の影響力は大きいと思うから氏康時代の方が不利だと思うが
それに武田は諏訪に伊那佐久の一部を手に入れ強大化
今川は氏綱と争った時は義元が家督継いだばかりで
その上花倉の混乱から回復していなかったと考えられるが。

541 :人間七七四年:2007/06/19(火) 22:07:21 ID:2M1wO1ZE
>>538
>>539
今川義元 VS 武田信玄(スレタイ)
勝つのはどちら?やはり武田有利か!?

542 :人間七七四年:2007/06/19(火) 22:12:25 ID:QafmDeb0
むしろ凄いの80万石しか持ってない
義元が二万五千を本拠防衛を考えると3万以上動員していたわけでやっぱり石高は当てにならない。

543 :人間七七四年:2007/06/19(火) 22:25:27 ID:YNkDtBM0
まあ、一万石=250人役は基本的な動員だしな。
無理すればもっと動員できるだろうがそういった兵力は基本的に
守りにまわされるだろう。
信玄西上のときの兵力は美濃方面も合わせれば武田の全軍に近いけど
本国ががら空きだったわけではないし。
今川はもともと仮名目録にわざわざ「役以上の額を払っても新規の商人は認めない、
取り次いだ寄親も処罰する」と書いてあることから商人が多く集まる地帯で
経済力も豊かだったんだろうよ。氏真は楽市楽座も信長より先にやっているし
経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。

544 :人間七七四年:2007/06/19(火) 22:42:51 ID:QafmDeb0
つまり経済力や政治体制が関係あるわけで
石高だけで話しても仕方が無いと。

545 :人間七七四年:2007/06/19(火) 22:45:55 ID:vOilqAgB
これが朝鮮人の正体。
こんな連中は即刻、駆除すべき。

-京都 舞鶴の神社乗っ取り&破壊事件の犯人逮捕-
http://www.youtube.com/watch?v=xKGOjBDH_KM
http://www.youtube.com/watch?v=09mFI4HUNzQ&mode=related&search=


546 :人間七七四年:2007/06/19(火) 22:49:18 ID:YNkDtBM0
政治体制はどれだけ関係あるか知らない。
どんな線引きで旧体制と新体制をくらべるのかそもそもわからないし。
豪族の盟主というなら極端な話ほとんどの大名がそうなるし。
石高は基本的な目安には十分なるだろう。
石高を2倍も3倍も上回った動員はさすがに怪しいし、
長篠の戦いが地形上から見て古くからいわれていた織田3万8千、武田1万5千
という大軍が入りきらないとされている所からも
戦国の軍隊の動員にはある程度の誇張があるケースもあると思われる。

547 :人間七七四年:2007/06/19(火) 22:57:04 ID:QafmDeb0
土佐の長宗我部や越後上杉や今川義元や織田信秀や一向一揆や雑賀は
石高に見合わない動員を続けていたが破綻しなかったわけだ。

戦国時代では農民を兵にすることは少なく基本的に
専業武士や傭兵を金で雇うスタイルだったと考えられる。
万石計算はあまり当てにならず、石高からの収入を計算するしかない。

経済力で大量の兵を雇うことが出来た織田や今川や上杉は2万を超える兵力を動かすことが出来た。

政治体制では上杉や雑賀や一向宗や長宗我部のように農民を兵にするところほど多く動員できるがその分生産力が減ったりするため
いつでも戦できる体勢ではなくまた錬度も専業兵士に比べれば弱かったのではないか。

548 :人間七七四年:2007/06/19(火) 23:19:40 ID:YNkDtBM0
>>547
長宗我部はちょいとたとえとしては極端な気もする。
織田信秀は「国中頼み勢」をして尾張の豪族の盟主として兵を動員して
いるのでその兵力はおかしくはない。
一向一揆は戦国大名の軍隊とは構造が違うし、雑賀はそれほど多くなかったと
思うが。ちなみに武田も上意の足衆として農民を動員して兵力を多くしている。
戦国時代の軍隊は軍役衆で構成されており、軍役で割り当てられた人数を所領の
米で養い戦の時に率いていく。
織田は先に述べたとおり。今川も特に2万余りは石高から見て不自然ではない。
上杉も上杉軍役帳を見る限り圧倒的に無理な動員をしているのだろうか?
いつでも戦ができるというか毛利や武田、上杉など結構長期戦をしている例も
見受けられる。専業兵士というがこの時代農民とかも普通に武器を使っているし
それほどの差があったのだろうか。

549 :人間七七四年:2007/06/19(火) 23:33:06 ID:QafmDeb0
織田は尾張で50万ちょいだから二万五千はありえないな。
織田信長の安定した時代から半世紀以上前なんだから
40万石程度と考えてもっとありえない。

今川は君が言ったとおり経済力と金山だろう。
77万石で3万の動員は少し石高から考えると無理をしすぎなので
やはり経済力だと。

経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。

と石高を否定しておいて

今川も特に2万余りは石高から見て不自然ではない。

が矛盾してるから反論のための反論をしているから死ねばいいと思うけど。


紀伊豪族連合も秀吉との戦いで2万を超えた軍勢を出している。
これは紀伊が鉄砲や火薬を見てもわかるとおり経済的に豊かな地だったから
二万の動員が出来た。

上杉謙信は2万近くの兵を川中島で動員したそうだが
当時の上杉は36万石程度しか持っていなかったのでかなり無理していることになる。

加賀の一向一揆は、本願寺から派遣された坊主の下宗徒たちが戦っていたわけだ。
そうだとしても一国でありえない動員が記録されているため農民を無理り率いていたとしか思えない数で
老若男女が兵として率いられている。
むろん戦国時代は女性を動員することは多々あったが基本的には男がベースで
農民はほとんど動員されていなかったのが明らかになっているらしいのでやはり農民を兵として使うような
政治体制を構築できれば一向一揆のような動員を誇ることも可能なんだろう。

北条はどちらかというと専業武士ばかりを率いていたようだから、
経済力を考えて動員人数を割り出すしかない。



あと農民が武器を使えれば諸大名も農民をもっと動員しているからそれは無い。

550 :人間七七四年:2007/06/19(火) 23:55:39 ID:YNkDtBM0
>>549
??
信秀が2万5千?いつの戦い?知らないんだけど。
加納口の戦いは5千の兵を失ったけど2万5千とは書いてなかったはずだけど。
今川は250×約80で約20000は動員できるはずだよ。何か不自然なのかな。

さらにいっておくと戦国時代の軍隊にも誇張はあるといってるけど。
諏訪の武田2万みたいに誇張や誤認は十分ありえるんだけど。

上杉謙信は越後に加えて北信濃にも当時は勢力をもっていたし
上野にも勢力をもっている。さらに謙信は越後で経済力を高めている。
死んだときの遺産は2万7千両。単純にはいえまいよ。

一向一揆は上でも挙げているが普通の戦国大名とは軍隊の構造が違う。
宗教的な要素がなければあれだけの動員なんて普通はできない。

それから女性の動員が多々あったって何を根拠にしてるの?なんか資料名とか知ってたら教えて。
あおりじゃなくて知りたいので。

だから、その動員における経済力には米が大きく関与してるんだって。
当時の米はただの食物じゃないぞ。

農民が武器を使えないってどうして思うの?有力百姓たちが集まって
大名の軍を撃破しちゃってることもあるし、普通に水争いとかで武器や鎧を
身に着けて対峙していることもあるんだけど。
「7人の侍」かなんかのイメージで見てない?

551 :人間七七四年:2007/06/20(水) 00:02:01 ID:xC5gPwIE
>>541
個人的な能力は別として史実において戦うなら今川の方が有利だと思う。
北条が武田につけばまた別だろうけど

>>542
前年から出陣準備をして、借財とかして、その上武田北条とは婚姻同盟
2万5千動員するのに無理があるとは思えないけど

>>549
>織田は尾張で50万ちょいだから二万五千はありえないな。
織田がいつ2万5千集めたのかは分からないけど
信秀の美濃攻めの時は信秀は西美濃を支配しているし、
土岐氏の美濃への影響も無視できないと思うが?

>紀伊豪族連合も秀吉との戦いで2万を超えた軍勢を出している。
秀吉書状が誇張している可能性と、豪族連合だから多数の農民含んでいる可能性もありそう
ただ畿内は三好なども石高と比較すると過大な兵力を有しているから(これにも誇張の可能性はあるが)
経済的に豊かな地なら石高以上の動員は可能だろうと思うが

>上杉謙信は2万近くの兵を川中島で動員したそうだが
越後一国ではなくいろんなとこからの援軍含んでいたと思うが

552 :人間七七四年:2007/06/20(水) 04:47:13 ID:HQM5YwBw
経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。
ってなんだよ(苦笑
つまり、経済力があれば石高以上の動員は可能だとこの人は主張している。



そして政治体制では土佐や一向一揆がある。


桶狭間の義元は二万五千だが、
防衛人数を考えればもっと兵がいたのであきらかに3万は超えるだろう。
80万石の義元では石高だけを考えると不可能である。

553 :人間七七四年:2007/06/20(水) 05:36:52 ID:w8mT7eUa
当時の国力だの功績だのの知識がほとんどない素人の俺からしたら、



おまいらみんなすごすぎ

554 :人間七七四年:2007/06/20(水) 07:16:35 ID:Mqk4SoSm
論戦の一方の人の知識はあやしいもんだな。どっちかはいわないけどさ。

555 :人間七七四年:2007/06/20(水) 07:23:58 ID:HQM5YwBw
俺は知識より知能が必要だと思うな

556 :人間七七四年:2007/06/20(水) 08:06:57 ID:HQM5YwBw
経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。

と石高を否定しておいて

今川も特に2万余りは石高から見て不自然ではない。
経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。

と石高を否定しておいて

今川も特に2万余りは石高から見て不自然ではない。
経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。

と石高を否定しておいて

今川も特に2万余りは石高から見て不自然ではない。
経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。

と石高を否定しておいて

今川も特に2万余りは石高から見て不自然ではない。
経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。

と石高を否定しておいて

今川も特に2万余りは石高から見て不自然ではない。


557 :人間七七四年:2007/06/20(水) 08:16:06 ID:HQM5YwBw
> 今川は250×約80で約20000は動員できるはずだよ。何か不自然なのかな。


???
君は上のレスすら読むことが自分の不自然さに気がつかずに君は自分が何を言ったかもわかってない。
それは反論して人を打ち負かしたいという気持ちしか存在せずに
持論を持ってないからこそそんなとんちんかんなレスをすることができるんだだね。

俺が書いたのは2万じゃなくて3万でそれに対して君は

経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。

という他所の石高否定のスタイルをしておいて

その後

今川も特に2万余りは石高から見て不自然ではない。


また石高肯定に戻している

結局こいつは、議論に主観を混ぜるし変なレトリック使うから議論は面白いんだけど情報交換の価値はないね。

558 :人間七七四年:2007/06/20(水) 11:36:52 ID:nt+1MU5z
>>557
>>今川も特に2万余りは石高から見て不自然ではない。
が矛盾してるから反論のための反論をしているから死ねばいいと思うけど。

最初に君はこう書いたじゃないか。だから2万の動員が石高的にできる事は
特に疑問でもなんでもないと書いただけなんだけど。

あとなんか書き込みを見ていて思うんだけど、君は当時における米という
存在の意味と大名の経済力との関連をまるで別個のものとして捉えていないか?
日本における統治者の主要な財源が年貢っていうのは知ってるよね?
江戸時代においては米をわざわざ他所から銭で買って税として納める買納も
あるくらい経済と財政における米の重要性は高いのだけど。
その納められた米を元手に軍の動員などが行われる。戦国時代には銭で納める銭納も
各地でよく行われていたね。
だから石高による動員とそのプラスアルファとして他の経済性による動員が
可能なことはまるで矛盾しない。大雑把にいえばどちらも経済力なのだから。
当時における経済、そして動員の主要はやはり米であり今川はベースたる
石高においても2万余りの動員は可能であり、その他の豊かな経済性からなる
経済力でもってそれ以上の動員をかける事も可能であったという話だよ。

559 :人間七七四年:2007/06/20(水) 21:05:21 ID:XM1HP1rL
狐橋の戦は、まあ義元公の勝ちってのは順当。
吉原でも義元公が北条侵略軍を追っ払っている、
という事実を考慮すると義元公の勝ち。

吉良攻めでは、義元公の順当勝ち。

第一次小豆坂は、なかったとする説が強いので無し。
または、あったとしても包囲された岡崎城を守ったことを
考慮すると義元公の勝ち。
第二次は、雪斎と朝比奈の手柄としても義元公が戦法について
関与していない訳がないので義元公の勝利。

今川義元は、このように実際の戦においても強い。
もちろん政治戦略や内政、そして家臣団の統率能力はそれ以上だが。

義元公健在なら、武田信玄より今川は強い。



560 :人間七七四年:2007/06/21(木) 05:31:24 ID:jzSF5Fa/
>>551
おいおいおいおい!

どういった史実だったら今川が有利になるんだ?

武田信玄は治水工事したり甲州法度作ったりと内政でも相当なレベルで、

さらに戦国最強軍団と呼ばれるほどの有能な家臣団を率いているのは史実だろが。

【お前の言う史実ってなんなんだよ?】

もしかして誰も興味なくて知らないようなマニアックなこと俺は知ってますって言いたいだけの馬鹿か?

時代錯誤も甚だしい慶長検地がなだって?戦争がありゃ田畑だって焼ける。

名も知らねーよーな城主に送った一枚の手紙がなんですって?

武田、今川、北条、上杉(謙信)は誰がどこについたかで

簡単にやられちゃうようなヤワな大名達じゃない。

勝てないまでも負けない戦略をとる。決着なんてつかんね。

ずっと読んできたがスレタイに沿ったお前の答えをちゃんと聞いてないぞ。

561 :人間七七四年:2007/06/21(木) 08:45:26 ID:8TU8UpQo
なんか随分ムキになってるようだが
慶長検地や書状を提示した>>550>>551は別人だぞ。
その>>550だって話の流れで出したに過ぎないしな。
慶長検地で時代錯誤なら吉宗検地なんか出してきた奴はどうなるんだ。
江戸時代に平和になって開拓進みまくっちゃって時代錯誤どころの話じゃないぞ。
第一>>551は有利とはいっているけど「滅ぼせる」とはいってないだろ。
能力は別にして、ともいってるしな。

562 :人間七七四年:2007/06/22(金) 02:56:52 ID:QUMZz5Wz
>>558
君はそうやってこすい手を使うんだね?
僕が最初に書いたのは3万で、最初に書いたのは断じて

今川も特に2万余りは石高から見て不自然ではない。
が矛盾してるから反論のための反論をしているから死ねばいいと思うけど。

ではなくてこれは結論に近い内容だ。

それは石高という基準から見ると過剰だと書いた。
つまり石高だけでの判断は出来ないと。
そしてそれを受けて君は「石高とは違う基準の経済力」でそれを正当化したわけだ。

ここでの論点は「石高」絶対なのかそうじゃないのかという論点だから米運たらなんてどうでもよくて
君がしている主張は「石高」基準の正当性で僕は石高基準の怪しさを説いているわけだし
君は僕の主張と同じ書き込みをしている時点で石高基準の正当性の書き込みは矛盾している。

つまり経済力で更なる動因が可能だったらば石高だけで見るのは危険なので石高という判断基準が崩れ去るわけだから
俺の石高という指標は怪しいというのは君の経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。の通り正解で
どういう動因方法という論点では無い。
むしろ石高だけではないと君が書いている時点で俺の主張どおりだ。

経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。


563 :人間七七四年:2007/06/22(金) 03:11:40 ID:j17/bm3K
結局の所おまえら何を主張したいの?

564 :人間七七四年:2007/06/22(金) 03:19:33 ID:QUMZz5Wz
動員兵力とそれに繋がる力関係による今川と武田の対比。

565 :人間七七四年:2007/06/22(金) 03:36:48 ID:j17/bm3K
だったら単純な石高では
義元が生きている時点では今川の方が上だし
経済力と言う観点からも港や統治体制などから今川の方が上だから
単純な力関係でいえば今川の方が上で結論出るんじゃないか?

>>1の条件なら石高経済力合わせて五分として、第3勢力を介在させないという条件なので
どうなるか分からないけど

566 :人間七七四年:2007/06/22(金) 03:59:46 ID:QUMZz5Wz
なんで義元が生きている時点での対比なの

567 :人間七七四年:2007/06/22(金) 04:05:40 ID:j17/bm3K
スレタイが義元対信玄だから
史実に合わせてもし武田と今川が戦うことになったらと
考えるなら1541年〜1560年の間ってことに

もっとも>>1の方は1568年の武田と1560年の今川だけど

568 :人間七七四年:2007/06/22(金) 04:09:09 ID:QUMZz5Wz
対比すべきは全盛期だろ。


569 :人間七七四年:2007/06/22(金) 04:25:42 ID:j17/bm3K
信玄の全盛期って1573年のことか?
それだったら確実に武田のほうが上で決定だろ

570 :人間七七四年:2007/06/22(金) 04:28:41 ID:QUMZz5Wz
そうとは限らん。
武田の上洛は二万五千で
義元上洛も同じくらいだ。
上杉への抑えもいるから一概に言えんが。

武田の家中体制と今川の家中体制など比較できる。

571 :人間七七四年:2007/06/22(金) 04:54:20 ID:j17/bm3K
家中の体制や統治システムでは今川の方が上だろうけど
1560年の今川は3カ国70万石に尾張の一部
1573年の武田は上洛スレを参考にすれば100万石強
石高以外の経済力も駿河は共に所有していることから
一方的にどちらかが有利と言うことは考えられない

だったら武田の方が上となるだろ
どの程度上かはまた別問題だが

572 :人間七七四年:2007/06/22(金) 04:56:56 ID:QUMZz5Wz
で、動員兵力がかわらないのはなんでだ(笑

573 :人間七七四年:2007/06/22(金) 05:06:32 ID:j17/bm3K
今川は背後を同盟国によって守られている上に
大規模な桶狭間以前の数年大規模な軍事行動は起こさず
前年から準備をして借財をした上での遠征

武田は背後の上杉に備えなければならない、
三国同盟破棄から連年万を越える大軍を何度も動かしていて疲弊
表面的な動員力が変わらないように見えるのは当然のこと

1573年武田と1560年今川が戦ったとすれば最初の数年は
今川は互角に戦えるかもしれないが
今川の貯金が尽きて、武田が数年耐えて力を回復させれば
徐々に地力の差が出てきて武田が有利になっていくと思う

574 :人間七七四年:2007/06/22(金) 05:07:42 ID:j17/bm3K
>表面的な動員力が変わらないように見えるのは当然のこと
これ変だな
表面的な動員力が変わらないように見えているだけだと思う

に訂正

575 :人間七七四年:2007/06/22(金) 05:17:47 ID:QUMZz5Wz
>>573
逆だと思うけどな。
100万石で重税課して借財しまくって二万五千だったんだから
今川の体制には遠く及ばないため武田がジリ貧になるだろう。

経済って万石だの港じゃなくて
政治体制に影響するけどそれを含めた比較検討だから
わかりやすい数値だけで決着がつくものじゃない。

576 :人間七七四年:2007/06/22(金) 05:24:26 ID:j17/bm3K
>>575
逆かな?
自分は数年ほど守りに入って経済力を回復させ、
駿河の統治体制を整えれば
国力の差で武田が勝てると思うが

そもそも今川はあれだけしてようやく一度だけ2万5千整えられたのに対し
武田は毎年のように2万ほどの軍で遠征を続けている
この国力の差は大きいと思うが

577 :人間七七四年:2007/06/22(金) 11:07:18 ID:h8VR9V7g
>>562
なんというかまあ、姑息なのはそっちだろ。
そんなに自分の主張に合致してると思ってるならどうして「反論の為の反論だ」
なんていいだしたんだ?
いきなり不平をいってきたのはそっちだろ。
>>経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。
>>ってなんだよ(苦笑
とか言い出したり、金で傭兵を雇うとか、専業武士の多い北条は経済力で
はかるしかないとかずれた事いいだしたからわざわざ米の関連性も説明したのに。
それ以外の経済性があろうとも動員にはやはり石高がベースになるし、
それでも今川は2万の兵力を動員できると書いたんだけど?なにかおかしいわけ?
真面目に考察してる人もいるからここで止めておくけどさ。

とりあえず>>575でいってる武田がしまくってる借財ってなにさ。


578 :人間七七四年:2007/06/22(金) 13:02:39 ID:aKEeH3Pg
ちょっと待ってくれ!1560年以降の武田と
1560年以前の今川を比べるのは、いくらなんでもヒドイよ!

1560年以降なんて義元さん生きてないんだから、比べるなら1560年以前で比べるべきだ。
史実で生きてる時期が重なってるんだから、その重なってる時期にもし闘ったらどうなる?で考えるべきです。


579 :人間七七四年:2007/06/22(金) 14:59:44 ID:+9NtDwcq
単純に考えると
国力なら今川が確実に上。
将など軍の強さなら恐らく武田が上。

少数精鋭の武田 対 大人数で中レベルよりは確実に強い今川の戦い
だと義元健在なら今川有利かな。
いくら武田が強くても義元いる限り今川も平均以上の戦力発揮する事
考えると物量の差がでてくる。
ただ 実際は引き分けに終わりそう

もし 周辺状況も考えるなら北条を味方につけた側の勝ちだと思う。

580 :人間七七四年:2007/06/22(金) 17:25:08 ID:8+HSthSJ
今 川 義 元 ? ハア?・・・・・・

家督を継いでから三河一国しか平定出来なかった大名でしょ?何が凄いの?
24年間何やってたんだか全く、信玄のおかげで北条と和議を結べたことも
忘れてるの?今川厨ってば

581 :人間七七四年:2007/06/22(金) 18:10:49 ID:rOzygxpe
「なに小豆坂みたいな負け方をアンタがしているんだよ」と
義元のお師匠様も嘆いておられる事であろう

582 :人間七七四年:2007/06/22(金) 19:21:20 ID:DbOEvYih
>>580
さんざん既出だが、家督を継いだのではなく奪ったのだ。花倉の乱な。
いわば0からの出発だったわけよ。そこから、北条を撃破して、信秀を撃破した。
さらに謀略で信長から尾張東部を掠め取り90万石の大大名になった。

つーかメガ豚だよねw

583 :人間七七四年:2007/06/22(金) 19:36:57 ID:HU+Sv3IQ
メガ豚は元就信玄比較スレでも
「信虎は勢力を広げられなかった」発言して住人の物笑いの種になってたからなw

584 :人間七七四年:2007/06/22(金) 20:19:31 ID:h8VR9V7g
花倉の乱ではもともと5月3日に義元の家督継承は認められている。
24日の段階で乱が勃発。太原等の尽力もあって家臣の多数が義元を支持。
武田信虎も義元を支持し半月余りで乱は終息している。
奪ったというよりは奪われそうになったのを撃退したという感じ。

585 :人間七七四年:2007/06/23(土) 00:32:52 ID:scjHMczy
武田の領土拡張は強姦、今川は和姦って感じがします

586 :人間七七四年:2007/06/23(土) 05:14:46 ID:BoGIH5Er
>>584
当時、今川家中で相当な力をもった福島氏をはじめ、遠江では、
朝比奈氏・篠原氏・斎藤氏といった有力どころが玄広恵深を支持している訳だが?

それに、家中のできごとなのに、義元が、部外者の北条や武田に
後押ししてもらっていることを考えると軽く考えられるものではない。
半月あまりで乱を終わらせたのは、義元をはじめ、太原、かあちゃん、
岡部などの手柄であって、玄広恵深派が小勢力だったということには、
まったくもってならない。




587 :人間七七四年:2007/06/23(土) 07:49:58 ID:5kZNeLis
義元は花倉の乱で家督争いして
その後武田と同盟結んだせいで自分より強大な北条と延々と争いつづけ
三河では尾張の大半の勢力の協力を得られ西美濃西三河の一部を支配する信秀と戦い続けてと
相手が強大な勢力だった事が勢力伸張が遅かった主要因だろうな

588 :人間七七四年:2007/06/23(土) 11:30:35 ID:X2mkMUQT
>将など軍の強さなら恐らく武田が上

これもよくわからない所だよなあ。
後世の作り話が多いと思う。

589 :人間七七四年:2007/06/23(土) 12:06:49 ID:thPsgwXD
軍の強さは、組織力・資本力・統率力・信頼度等の総合力に関係すから、
それぞれの家によって強さは違うと思う。
将個人の強さ(能力)は、教育を受ける時間が少なく、実戦経験から学んでいく
時代には、日本中大差は無いんじゃないかと思う。

590 :人間七七四年:2007/06/23(土) 12:21:24 ID:SlLhc5QR
これだから歴史しか知らない馬鹿は



>なんというかまあ、姑息なのはそっちだろ。
>そんなに自分の主張に合致してると思ってるならどうして「反論の為の反論だ」
>なんていいだしたんだ?

あほな歴史ヲタクにありがちなあほな議論をやっているから
反論のための反論だな。
結局上で何度も書いているように君は
石高ベースにしたりそれを否定したり俺の主張に変えてころころ変えているから
反論のための反論と書いた。


>いきなり不平をいってきたのはそっちだろ。
>>経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。
>>ってなんだよ(苦
>とか言い出したり、金で傭兵を雇うとか、専業武士の多い北条は経済力で

あんたは経済的には豊かなところで他所と同列にしがたいと書いたのに
俺がそれを肯定するような議論をしたら数字や議論のはじめまで変え始めて
「他所」と同じの基準を主張してみたりどう考えても俺の主張にあわせて
反論のために書いている。



>それ以外の経済性があろうとも動員にはやはり石高がベースになるし、

石高による判断の是非が議論で石高がベースかどうかの議論ではない。
石高がベースで+Aがあるということは石高での算出は不可能ということになり
石高は当てにならないという俺の議論は間違ってないな。

>それでも今川は2万の兵力を動員できると書いたんだけど?なにかおかしいわけ?
おかしいな。俺が書いたのは2万じゃなくて3万だよなあ。
石高によると2万五千は無理なんじゃないですか?
そもそも正確な石高がわからない以上石高で見ることなんて不可能だな。

591 :人間七七四年:2007/06/23(土) 14:43:27 ID:fGyeuZAU
>>590
なんというかどこまで続けるのか知らないが、
>>あほな歴史ヲタクにありがちなあほな議論をやっているから
とりあえず適当な事いって根拠もろくにださない奴にはいわれたくない。
>>石高ベースにしたりそれを否定したり俺の主張に変えてころころ変えているから
だから、石高は結局の所ベースになるんだってば。他の経済性でそれ以上の動員が
可能であろうとも、それが意味を持たないわけじゃないと何度も書いてるだろ。
なんなんだ?石高の他の経済性で動員が可能になるといったら石高での動員はしない
ことにでもなるのか?極端に見すぎだろ。
>>石高がベースで+Aがあるということは石高での算出は不可能ということになり
上とも被るけどなんで石高プラスαがあると石高での算出ができなくなるんだ?
少なくともその石高分の動員は可能と言う事は十分しめせるでしょうが。
>>おかしいな。俺が書いたのは2万じゃなくて3万だよなあ
ぶっちゃけあんたが3万と書こうと関係ないんだが。なんで3万にこだわるんだ?
>>547であんたが述べているのは今川は2万を超える兵力を動かせた、だろ?
俺はそれに答えて>>548では石高で見ても2万余りは特に問題ないといっただけだぞ。
それに経済性が加わるならそれ以上も可能だろうよ。全然矛盾してないだろ。
もう一回レスの流れ読んだら?
少なくとも慶長検地は1560年代から40年ほど後でまだ戦乱が終わって
それほど立ってなく開墾もあんまり進んでない時期だから十分参考になるだろ。
吉宗検地なんか150年以上経っちゃって開墾進みまくりでそれでみたら
戦国時代の毛利領土なんか280万石近いぞ。


592 :人間七七四年:2007/06/23(土) 15:08:46 ID:T+qV8Pzt
ちょっと横レスなんだけど、SlLhc5QRはえらく自説に自信もってるようだけど

戦国時代では農民を兵にすることは少なく基本的に
専業武士や傭兵を金で雇うスタイルだったと考えられる。
万石計算はあまり当てにならず、石高からの収入を計算するしかない

この部分はどの歴史書なり研究書から学んだ知識なんだろうか?


593 :人間七七四年:2007/06/23(土) 15:39:04 ID:SlLhc5QR
>とりあえず適当な事いって根拠もろくにださない奴にはいわれたくない。
俺は「石高は当てにならない」との具体的な根拠はずっと出している。
君は具体的な根拠も書かずにベースだ。ベースだと言い張り続け論点も理解できていない君には言われたくないな。

>だから、石高は結局の所ベースになるんだってば。他の経済性でそれ以上の動員が
>可能であろうとも、それが意味を持たないわけじゃないと何度も書いてるだろ。
> なんなんだ?石高の他の経済性で動員が可能になるといったら石高での動員はしない
>ことにでもなるのか?極端に見すぎだろ。
ここでの論点は何度も書くけど石高による動因兵力の判断基準の是非について語っている。
つまり石高による兵員の割り出し方法についてだが、
俺も君も経済力や政治体制による変動があるのだから石高による判断基準は別物であり

石高での動員なんてのは否定していないというよりも
石高なんてのは基準の一つにしか過ぎないわけだ。gdpとかそんなのに近い。
仮にGDPで判断をすることが出来ないなら兵隊の数とGDPの関連性自体が否定されるわけだから
GDPは当てにならないという論は間違っていないことになる。

>上とも被るけどなんで石高プラスαがあると石高での算出ができなくなるんだ?
>少なくともその石高分の動員は可能と言う事は十分しめせるでしょうが。
少なくとも最大兵員や動員兵力の割り出しなんてのは不可能で判断基準のひとつでしかなくなる。
極端に言えば石高が100万石でも飢饉の年なんかは動員なんて出来ないだろう。
だから石高で動員兵力を割り出すような方法なんてのは不可能に近い。

>おかしいな。俺が書いたのは2万じゃなくて3万だよなあ
>ぶっちゃけあんたが3万と書こうと関係ないんだが。なんで3万にこだわるんだ?
遠征について書くが君は上の議論を見ても遠征についてわかっていないので
遠征で国を空っぽにしていくようなやつなど存在しない。
正確に言うと77万石で二万五千で遠征をするとなったら遠征に全軍をつぎ込むような人間なんていないので
3万はいただろう。3万は石高からみれば明らかにありえないとしか言いようが無い。

>>547であんたが述べているのは今川は2万を超える兵力を動かせた、だろ?
>俺はそれに答えて>>548では石高で見ても2万余りは特に問題ないといっただけだぞ。

君は「石高」から見て不自然ではないと言っている。
つまり石高否定の俺に対して流れで言うと石高を肯定するような議論なんだけどそれは上の君のレスを見るとわかるとおり自己矛盾としか言いようが無い。
今川氏の石高を肯定するのか否定するのかがまったくわからない。矛盾している。

>それに経済性が加わるならそれ以上も可能だろうよ。全然矛盾してないだろ。
>もう一回レスの流れ読んだら?
ここでの議論は「石高」は当てになるかならないかだ。
石高から見て以上も可能だったらば石高でうんたらなんてのはまったく意味を成さなくなる。
なので動員兵力を石高で割り出したりするような方法は不可能だ。

>少なくとも慶長検地は1560年代から40年ほど後でまだ戦乱が終わって
>それほど立ってなく開墾もあんまり進んでない時期だから十分参考になるだろ。
例えば日本で50年たってしまえばもう別物といってもいい。
そして開墾が進んでいないという根拠も不明だ。
常識的判断をしてみろ。お前の年に50歳足して判断しろよ。同じだと思うか?
しかも開墾が進んでないと言っても戦争やっていた時代とやっていない時代では
大きな差がある。戦があれば畑も焼けるし領土も荒れる。
歴史ヲタクの悪い癖は歴史書だけしか見ていないので常識的判断をしていいないことだ。

しかも精度が全く無い。
土佐の例があったりするものだから参考にはならない。インチキの類に近い。
めちゃくちゃな検査を参考にする方がおかしい。

>吉宗検地なんか150年以上経っちゃって開墾進みまくりでそれでみたら
>戦国時代の毛利領土なんか280万石近いぞ。
江戸初期や精度を考えるとそれしかないな。

594 :人間七七四年:2007/06/23(土) 17:27:18 ID:fGyeuZAU
>>593
さんざんこっちは当時における米の経済性まで述べてベースだと示しただろ。
言いがかりをつけられても困るのだが。っていうか大名が農民使ってないとか
女をたくさん動員してるとか、織田信秀が2万5千率いたとか、傭兵とか
聞かれてもろくに根拠だしてないのはたくさんあるぞ。>>592も聞いてることだし
答えてもらえる?
>>ここでの論点は何度も書くけど石高による動因兵力の判断基準の是非
だから、こっちも何度も書くけど「石高を全てとすることは出来ない」と
いったって石高の動員性から兵力を測ることの価値が損なわれるわけじゃないんだってば。
少なくとも石高において2万の兵力を動員できるのだから2万動員できることがおかしくない、
という事になんか問題あるの?石高でとりあえずベースとなる動員兵力を計ることは出来るんだよ。
>>極端に言えば石高が100万石でも飢饉の年なんかは動員なんて出来ないだろう。
なんでそう思うの?武田なんて治世前半は毎年のように災害に悩まされてるけど動員しまくってるよ。
>>だから石高で動員兵力を割り出すような方法なんてのは不可能に近い。
だ・か・ら。石高でとりあえずベースとなる兵力は割り出せるといってるでしょ。
それ以上の兵力動員が可能であったとしても手がかりには十分なる。
今川が結局の所最高で前年から準備して動員できた兵力が2万5千だった事から見て
石高で動員できる2万の兵力をそれほど圧倒的に上回ってはいないと見るのが妥当だろ。
>>遠征について書くが君は上の議論を見ても遠征についてわかっていないので
論点がずれまくってるんだけどさ。君が2万の兵力が出来ない、といったのを
2万の兵力は石高的には問題ないといったんでしょうが。何度もいわせないでくれ。いい加減。
>>つまり石高否定の俺に対して流れで言うと石高を肯定するような議論なんだけどそれは上の君のレス
だから・・・もう何度同じことを繰り返したか・・・。君の中には石高で評価するのと
石高で全く評価しないの2つしかないのか?今川にどんなに経済性があろうと
それだけで兵力を賄うわけじゃない。結局米からなる動員がベースになる。
だから石高での動員計算で問題がないというのは全然矛盾にならないんだよ。
他の経済性がある、といったら石高からの計算を全否定するとでも考えてるわけ?
石高プラスαで見るって事だよ。君は極端に勝手に分けすぎだ。何度も書いてるのに。
>>石高から見て以上も可能だったらば石高でうんたらなんてのはまったく意味を成さなくなる。
ここにいたっては正気なのか、としかいえない。石高である程度の動員兵力を測ってそれで
他の経済性とかを含めて考察していくべきだろう。ベースとする手がかりなしで何をするんだ?
なんで君はそう極端な2元論なんだ?
>>そして開墾が進んでいないという根拠も不明だ。(以下略)
確かに戦国時代でも開墾はある程度進んではいるだろうよ。
ただしそれでも平和になってから積極的にすすめられた開墾とはとても及ばないんだよ。
当時は戦国時代であちこちが戦場になる時代だったんだぞ?
常識で考えたらそれこそ安定して激増してるとか考えるのはおかしいだろ。
それでそっちは>>戦があれば畑も焼けるし領土も荒れる,といいつつ
吉宗検地を肯定するのか?それこそ戦国の指標にはならない事くらいわかるだろ。
常識的に考えて。吉宗検地が江戸初期とかいってるけど正気か?
とりあえず吉宗という人物がいつの時代の人物かわかればそんな事いえないはずだが?
あと前から思ってたけど君はぶっちゃけ慶長検地と太閤検地を誤認してるだろ。
太閤検地では土佐は9万8千石くらいだが、慶長検地では20万石超えてたはずだが?
何をもって土佐でもってインチキなんていうんだ?



595 :人間七七四年:2007/06/23(土) 17:59:52 ID:sl5te0Fi
>>593
内容にとやかく言うつもりはないが
>正確に言うと77万石で二万五千で遠征をするとなったら遠征に全軍をつぎ込むような人間なんていないので
>3万はいただろう。3万は石高からみれば明らかにありえないとしか言いようが無い。
これと
>石高から見て以上も可能だったらば石高でうんたらなんてのはまったく意味を成さなくなる。
この文章をもっと前後の文章と合うように書き直してくれ


596 :人間七七四年:2007/06/23(土) 18:12:49 ID:SlLhc5QR
今反論かいてるがあほがけちつけるな氏ね

597 :人間七七四年:2007/06/23(土) 18:23:26 ID:sl5te0Fi
>>596
なら
>極端に言えば石高が100万石でも飢饉の年なんかは動員なんて出来ないだろう。
>だから石高で動員兵力を割り出すような方法なんてのは不可能に近い。
とか
>土佐の例があったりするものだから参考にはならない。インチキの類に近い。
>めちゃくちゃな検査を参考にする方がおかしい。
みたいな詭弁極論で逃げずにまともに応えてやれよ、人をアホ呼ばわりできるほど賢い人ならな

598 :人間七七四年:2007/06/23(土) 18:54:41 ID:SlLhc5QR
どこが詭弁極論で逃げなんだこのあほは。
こいつが詭弁なんて思いたいだけでちゃんとした事例で事例は事例には変わりないのに
自分は議論をせずにあほなけちをつけしかできない。

逃げだと思いたいんだろ?ただ:fGyeuZAUを心情的に応援したくて
自分に肯定的ならなんでも受け入れるただのアホそのた大勢だ。
氏ぬこと薦める。

石高以外の要素があるという俺の論から見ればあってるんだから
理解できない知的障害者は自殺しろ。そこらへんにあるロープで。

599 :人間七七四年:2007/06/23(土) 19:02:16 ID:SlLhc5QR
>だから、こっちも何度も書くけど「石高を全てとすることは出来ない」と
>いったって石高の動員性から兵力を測ることの価値が損なわれるわけじゃないんだってば。
>少なくとも石高において2万の兵力を動員できるのだから2万動員できることがおかしくない、
>という事になんか問題あるの?石高でとりあえずベースとなる動員兵力を計ることは出来るんだよ。

君は基準が必要なモノを考えたことが一回でもあるならわかるだろうが
ほかの要素が絡む基準なら数値の決定はできないのでその他大勢の基準に回すしかない。
石高が全てではなくほかの要素で動員兵力が多々変化するなら石高で割り出す方式なんてのは使えない。
兵力は石高以外のほかの要素を考えて算出しなければならないため石高は動員兵力を測るものではない
という論は全く間違っていない。

何故なら石高以外の動員する方法も多々あり増減しているため
石高算出方法は兵力を測るものではない。
他にもいろいろなものがありそれにより兵力を測らなければならない。
それは石高が兵力を測るというのとは別物になるため当てにはならない。

>だ・か・ら。石高でとりあえずベースとなる兵力は割り出せるといってるでしょ。
>それ以上の兵力動員が可能であったとしても手がかりには十分なる。
>今川が結局の所最高で前年から準備して動員できた兵力が2万5千だった事から見て
>石高で動員できる2万の兵力をそれほど圧倒的に上回ってはいないと見るのが妥当だろ。
石高でベースとなるといったってほかの要素が絡んでしまうと石高による兵力の割り出しなんてのは不可能だ。
政治体制や経済等の他の事情が兵力には混ざってしまうなら石高はあてにならない。
義元が桶狭間で行ったのは今の静岡から愛知への遠征だ。
本拠はどうするの?家はどうするんだ?それとも警備員つける?それは兵士だよな。
だから明らかに77万石で3万以上は動員しており石高算出方法を使うとありえない兵力になってしまうため
結局石高算出方法は使えない。

>論点がずれまくってるんだけどさ。君が2万の兵力が出来ない、といったのを
>2万の兵力は石高的には問題ないといったんでしょうが。何度もいわせないでくれ。いい加減。
君は経済力があるので他所の基準は使えないと言っておいて
その後石高を取りあげるやり方はおかしい。
何故なら今川が他所と違うなら他所とはモノサシにするべきだから他所と同じ言い方なのはおかしい。

>つまり石高否定の俺に対して流れで言うと石高を肯定するような議論なんだけどそれは上の君のレス
>だから・・・もう何度同じことを繰り返したか・・・。君の中には石高で評価するのと
>石高で全く評価しないの2つしかないのか?今川にどんなに経済性があろうと
石高で動員兵力を見るやり方について言及している。
石高など当てにならないぐらい他の要素で兵力として動員可能人数が減少したり増加したりしている。
この状態で石高で動員兵力を見るようなやり方が当てならない。
石高を評価するしないじゃなくて石高の判断基準が使えるかどうかだから石高を評価しない。
逆に石高算出が兵力方法として使えるなら石高しか評価しない。
現状では石高は兵力を見る道具ですらないのが実情なので動員兵力を推定するための
石高算出法を評価できない。


600 :人間七七四年:2007/06/23(土) 19:15:02 ID:sl5te0Fi
>>598
説明せねばわからんのか?
上でいえば該当時期の駿河遠江三河尾張に壊滅的な飢饉が起きてない
で、あれば全く議論とは関係ないこと持ち出してさも自分の論に、いや論と呼べるほど高尚なものではないが、説得力を持たせようとしてる
まして動員が出来ないほどの飢饉が発生してれば織田に蹂躙されてるであろうにもかかわらず、西三河へは順調というほどでもないが支配範囲を拡大させてる
下で言えば土佐の例と東海の国の石高を同じに語ってるのがそれこそインチキだろう?
まず土佐のそれと同じように東海の石高についても怪しいことを示した上で、だから東海の石高についても疑問がつくというならわかるがな
詭弁が悪いとは言ってないぞ
多分詭弁の意味も、そして詭弁を意図して使えるほど能力がある人間ではないだろうからな
人に氏ねだのアホだのというような、無能を絵に描いたような発言するようなのにはお似合いかも知れんがな

601 :人間七七四年:2007/06/23(土) 19:24:58 ID:T+qV8Pzt
戦国期には大名家の動員兵力の主体は農兵でないの。
俺が持ってる勝俣鎮夫静岡文化芸術大学教授や
池亨一橋大学教授の本にはそう書いてあるけど。
でもSlLhc5QRはそれとは違うことを自信持って書いてるから
どんな本を読んでるのか興味があるんだけど。
教えてもらえないか。

602 :人間七七四年:2007/06/23(土) 19:32:56 ID:SlLhc5QR
議論ごっこは小学校の先生とやれ

>上でいえば該当時期の駿河遠江三河尾張に壊滅的な飢饉が起きてない
>で、あれば全く議論とは関係ないこと持ち出してさも自分の論に、いや論と呼べるほど高尚なものではないが、説得力を持たせようとしてる
あはははははははははははははははは。
やっぱりお前は馬鹿でアホでボケだ。
俺が書いているのは「石高」での兵力算出方法の是非を書いていることであり
石高以外の基準や石高があてにならないという議論をしていて上にはいろいろな基準や例えがある。

恣意的な設定こそ詭弁だな。
また「壊滅的な飢饉」になぜ限定するんだ?
俺が書いたのは飢饉だぞくそぼけ。
しかもちゃんと極端な話として取り扱っている。
飢饉の可能性がある豊作不作の可能性もある。そうでなくても毎年農業の生産高は違う。
なので石高による判断基準は全く役に立たない。

俺は「石高による基準は役にやつ」とのQ&Aを石高信者とやっているだけだ。

しかもお前馬鹿だから飢饉があると動員できないというのは否定してない。
やはり馬鹿である。結局飢饉や経済力や政治で石高なんてあてにならないと。

>下で言えば土佐の例と東海の国の石高を同じに語ってるのがそれこそインチキだろう?
>まず土佐のそれと同じように東海の石高についても怪しいことを示した上で、だから東海の石高についても疑問がつくというならわかるがな
君は知恵遅れだから理解できないかもしれないが
同じ検地の水準をの是非を問われているのだからなぜ違うかということを書かなきゃ意味が無い。
まあそれ自体が勘違いだったから別にいいんだが。
Aという検査が行われてめちゃくちゃな結果が出てるのにAを鵜呑みにしろというのかボケ。
Aの正当性に言及しろ。じゃなかったら悪徳商社が犯罪起こしてるのに他の部署は安心なのか?てめーの脳内で。

>詭弁が悪いとは言ってないぞ
>多分詭弁の意味も、そして詭弁を意図して使えるほど能力がある人間ではないだろうからな
>人に氏ねだのアホだのというような、無能を絵に描いたような発言するようなのにはお似合いかも知れんがな
俺の完璧な幼稚園児にもわかる正論に詭弁といい上でも全く理解できていないレスをしているような人間がアホなことを言うと
侮辱としか取れない。
お前は正論に詭弁といったり、最低なやつに最高といったりすることは反論がこないとでも思っているのか?
だからアホだ。


603 :人間七七四年:2007/06/23(土) 19:45:36 ID:fGyeuZAU
>>599
なんというか・・・。こっちが書いた文に対して帰ってきた内容がえらく少ないが・・・。
結局俺や>>592さんが知りたがってる、君の自説の根拠は教えてくれないわけね。
なんというかわざとやってんじゃないかと思うほどに詭弁を弄されているが
頑張って答えてみるよ。
>>君は基準が必要なry
だからね・・・。石高以外の要素があろうとも、ベースになるのは米であり、
そしてその石高から計算される動員兵力というのはちゃんと存在するわけ。
他の要素が入るとしても、石高によって計算された動員可能兵力という指標の価値が
減じる事はないわけ。何度もいうけどこの当時の経済の主体は米であり
大名がこの米による動員を主体としていた以上、それによって導き出された兵力は
その大名の動員兵力の基本的な目安として価値を有するわけ。そっからはどれだけ
プラスαがあるかの問題になる。
君がいってる他の経済性によって兵力が減少するってなに?どうして減るの?
史実における今川の動員も結局は無理して2万5千であり、石高計算されるおよそ2万の兵力を
大きく上回るものではなかった事がうかがえるでしょ?守備における兵力は費用的には食料輸送とかの
手間が小さい分遠征用兵力と同列に語れるものではないしな。
>>石高でベースとなるといったってほかのry
だから、上でもあるように今川はこの戦いでかなり無理して動員してる。
何度もいうように石高からなる動員兵力は基本的な目安になるんだってば。
後はプラスαの問題でそれも今川の例をみれば圧倒的に大きくはない。
ていうか・・他も上とほとんどダブるな・・・。上の文章読んでみ。
その政治体制ってなに?君は何度も言ってるけどさ。雑賀や一向宗なんていう
大名じゃない例や長宗我部なんて極例挙げてどうするの?今川は普通の大名だよ。
普通の大名である今川が政治体制によってどう兵力動員に影響を受けるの?
>>君は経済力があるので他所の基準は使えないとry
だからね・・・。石高プラスαの問題なんだけどね・・・。普通の大名は大体石高で
おおまかな計算ができる。でも今川の領地は豊かな経済性があるからそれにプラスαが
つくということであって、石高による兵力の計算が基本的な目安になる、という事まで
否定してはいないんだよ。
>>石高で動員兵力を見るやり方について言及している。ry
だからなんで経済性で動員が減少するの?どうして石高によってある程度基本となる
兵力を計算できるのにそれを完全に否定するの?どうしてそんな2元論なの?
石高を基本としてプラスαがつくという、両方の要素が混在してるというのが
どうして肯定できないの?米も他の経済性も当時における経済を、大名における
動員力を構成した要素だってわからない?どっちがあるから片方はない、っていう極端な
問題じゃないのがわからないの?どっちも大名は使っていったんだよ。
地域によって豊かか貧しいかという違いはあれど。なんかそうやって極端な2元論で
拒絶し続ける事が君が最初に言ってた否定の為の否定じゃないのか?




604 :人間七七四年:2007/06/23(土) 20:07:55 ID:sl5te0Fi
>>602
変形メガ豚か
相手して損した
全部お前の言うとおりだ
凄い凄い
そのご高説にはかなわないよ
あんたが大将、凄いよ
反論の余地無い
うん、異人だわ

605 :人間七七四年:2007/06/23(土) 20:11:19 ID:SlLhc5QR
他のはコピーしたら消えたが吉宗検地うんたらは別の議論だ。書くな。

>だからね・・・。石高以外の要素があろうとも、ベースになるのは米であり、
>そしてその石高から計算される動員兵力というのはちゃんと存在するわけ。
>他の要素が入るとしても、石高によって計算された動員可能兵力という指標の価値が
>減じる事はないわけ。何度もいうけどこの当時の経済の主体は米であり
>大名がこの米による動員を主体としていた以上、それによって導き出された兵力は
>その大名の動員兵力の基本的な目安として価値を有するわけ。そっからはどれだけ
>プラスαがあるかの問題になる。

いくらベースになるのは米でも石高算出が全く使えないくらい石高による算出と兵力が乖離してしまうと当てになどならない。
例えば米や泡は95年の不作を思い出してほしいし各農家に訪ねてみてほしいが生産高が毎年違うだろう。
なので一概に100万石なんて言えず石高以外のさまざまな要素が動員兵力には存在するので
石高算出は当てにならない。俺はこれしかずーっと書いていない。

残念ながら指標にはならない。何故なら一部でしかないからだ。プラスAや他の事情があるということは
他の事情を丹念に読み取り算出する方法をとらなければならない。
天候や生産高や政治体制や借財なども考えた上での算出を行ったうえでの動員兵力なのだから
石高での算出なんて指標ではなくて一部にしかならないだろう。大部分だとしても当てにはならない。
それはもう算出ではなくてただのどれだけ農業生産高があったかという一部指標なのだから。

>君がいってる他の経済性によって兵力が減少するってなに?どうして減るの?
>史実における今川の動員も結局は無理して2万5千であり、石高計算されるおよそ2万の兵力を
>大きく上回るものではなかった事がうかがえるでしょ?守備における兵力は費用的には食料輸送とかの
>手間が小さい分遠征用兵力と同列に語れるものではないしな。
だからなんで2万五千なんだ?俺は防衛兵力入れるともっと上だと書いている。
なので3万は超えるだろう。その3万の兵力は77万石では不可能なのではないか。
そんな石高では不可能な兵力を動員している今川家や雑賀や一向宗などを見ると石高なんてのは全く持って
算出方法としては使えないとしか僕は書いていない。
で、君みたいな書き方をするが結局石高以上の兵力を雇っていたと認めるわけだね?
食糧輸送や防衛用だとしても。



606 :人間七七四年:2007/06/23(土) 20:28:30 ID:SlLhc5QR
>何度もいうように石高からなる動員兵力は基本的な目安になるんだってば。
>後はプラスαの問題でそれも今川の例をみれば圧倒的に大きくはない。
基本的な目安って結局は動員兵力の大多数だとしても一部指標で動員兵力数割り出しには使えないと認めるわけだね。
目安ってどれは動員兵力では無くて簡易妊娠検査薬みたいなものだ。
そんなのは基準ではなくて目安つまりあいまいなものでしかない。
あいまいなものなんて当てにならない。当てに出来ない。

>その政治体制ってなに?君は何度も言ってるけどさ。雑賀や一向宗なんていう
>大名じゃない例や長宗我部なんて極例挙げてどうするの?今川は普通の大名だよ。
勝手に極例と定めたり宗教だから別と言っているが当時の勢力であることには変わりは無い。
また大名ごとに違う体制を敷いたりしている例も多々あるだろう。
なので、長宗我部や一向宗のような政治体制による石高なんてあてにはならないほどの
動員兵力があったわけだ。経済では織田や毛利や尼子や大内等いろいろあると思うが俺じゃないが三好は多いとは書かれている。
なので地域や勢力や政治体制による動員兵力の変遷は存在するために石高算出方法は気休め程度じゃないだろうか。

>普通の大名である今川が政治体制によってどう兵力動員に影響を受けるの?
なんで今川専門の議論なわけ?
ここでは石高が当てになるかどうかしか俺は書いてない。
普通の大名ではないと書いたのは君だからね。

経済的には相当豊かな所で他所と同列にはしがたいのでは。

他所と同列には出来ないんだろ?普通とは違うから他所と同列にしがたいだろ?

>だからね・・・。石高プラスαの問題なんだけどね・・・。普通の大名は大体石高で
>おおまかな計算ができる。でも今川の領地は豊かな経済性があるからそれにプラスαが
>つくということであって、石高による兵力の計算が基本的な目安になる、という事まで
>否定してはいないんだよ。
プラスAがあるということはプラスAを含めた議論をしなければならない。
しかし君は石高によると→経済による石高否定→石高肯定と議論を変遷させているためおかしい。
君が言い出したことだ。経済による石高算出方法の否定は。
他所と違うなら他所の例とは混在できない。それなら普通の基準を出さなければよろしい。
違う例だったらば違う方向性での算出方法が必要になる。
何故なら他所とは違うほどの経済での動員兵力の上乗せがあるんだし。いきなり普通に戻っているけど。

>だからなんで経済性で動員が減少するの?どうして石高によってある程度基本となる
>兵力を計算できるのにそれを完全に否定するの?どうしてそんな2元論なの?
俺が否定しているのは石高算出方法を否定している。
つまり石高による動員兵力の否定を動員数の例示で否定せざる終えない。
何故なら具体例として全く役に立っていないからだ。

>石高を基本としてプラスαがつくという、両方の要素が混在してるというのが
>どうして肯定できないの?米も他の経済性も当時における経済を、大名における
>動員力を構成した要素だってわからない?どっちがあるから片方はない、っていう極端な
>問題じゃないのがわからないの?どっちも大名は使っていったんだよ。
>地域によって豊かか貧しいかという違いはあれど。なんかそうやって極端な2元論
>拒絶し続ける事が君が最初に言ってた否定の為の否定じゃないのか?

それは肯定してしまうと結局は他に経済やプラスAを含めて考えなければならないので石高算出方法が曖昧かつ役に立たない目安程度にしか使えませんねとなってしまう。
なので各種さまざまな石高やプラスAや政治体制や経済を見ていかなければなりませんねで終わりなんだけど。
俺が書いたのは石高は当てにならないなぜなら君が書いた経済や政治体制やさまざまな事情がありそのため
石高だけじゃなくて他のを見なきゃだめだね石高による動員可能兵力はあてにならないだね。
当てにならないね的な方向性なんだけど。
片方が無いんじゃなくて算出としては使えないだけだ。
経済があるなら経済も含めた動員可能兵力の算出方法を考えなければならず石高算出法など数ある計算のうちの一つになるため
「石高による算出ではなくて石高を含めた算出」になるだろう。これはもはや石高算出法ではない。

607 :人間七七四年:2007/06/23(土) 21:15:37 ID:fGyeuZAU
>>605
なんというか、もはや・・・。同じことを繰り返してるねえ・・・。
>>他のはコピーしたら消えたが吉宗検地うんたらは別の議論だ。書くな。
吉宗検地を得意げに押していたのはお前さんじゃろ。
第一この議論はもともとそれらとつながった話題だったはずだが?都合が悪いからと
いからといって勝手に別の議論にするな。
だから、今川はそんなに乖離した兵力を率いていたの?桶狭間は無理を重ねたものだった
といってるだろう。
>>大部分だとしても当てにはならない,ってなんだよこれ。大部分なら十分に指標になるだろ。
言ってる事めちゃくちゃだぞ。
なんで2万5千なんだ、って桶狭間で遠征に率いていった数がそれだっったからだよ。
3万、これも極めて疑わしいが、残りは本国で留守にしてて遠征に出すほどの力を使う
必要はないんだってば。そう書いてるだろ。なんで留守にしてる兵士と遠征してる兵士を
同列にしてるんだよ。
>>結局石高以上の兵力を雇っていたと認めるわけだね?
はあ・・・。散々下で俺が石高否定を言い出したとかわめいてるのに何この言い方?
石高だけ、だなんて俺がいついったの?頭大丈夫?石高プラスαだって散々かいてるでしょ。
>>動員兵力の大多数だとしても一部指標で動員兵力数割り出しには
>>使えないと認めるわけだね。
だからさあ・・・。大多数なら十分に指標になるでしょ。大多数をあらわしてくれるものを
指標にしないで何を使うんだ?
>>他所と同列には出来ないんだろ?普通とは違うから他所と同列にしがたいだろ?
ちゃんと文章読める?経済的に、って自分で俺のレスをぬきだしてるやん。
ここで俺が普通の大名だと今川をいってるのは君が何度も主張しそれでいて意味不明な
政治体制のことなんだが。とりあえずさ、今川がどう政治体制において他の大名と違って
それが動員にどう影響するのか具体的に書いてくれる?政治体制は影響するというんだろ?
>>石高によると→経済による石高否定→石高肯定と議論を変遷させているためおかしい
だから、それは君が読み違えているだけで全然変遷してないの。
経済による石高否定なんかしてないの。何度も書いてるけどさ・・・。
なんで2元論でしか語れないわけ?
石高とプラスαだといってんでしょ。今川にはそれが他よりやや優位にあると書いてる。
>>つまり石高による動員兵力の否定を動員数の例示で否定せざる終えない。
だからねえ・・。これも前に書いたけどさ、戦国時代の軍隊には誇張や誤認は
十分にあるの。長篠しかり。武田の諏訪攻めや安国寺しかり。
そして今川が史実において2万5千の大軍を遠征に動員したのは桶狭間だけ。
しかもそれは前年からの準備と借財などの無理があった。これを一般例とするのは無理だろ。
特殊例を一般例にされても困るんだが。
>>「石高による算出ではなくて石高を含めた算出」になるだろう。これはもはや石高算出法ではない
だから・・・さあ。何度いったらわかるのかな。当時の経済の主体は米であり
経済力には米が大きなウエイトを占めると。そしてその石高からの計算で大まかな
兵力を出せるというのになんであてにならないというんだ?君は何を当てにするわけ?
軍記物とかの兵力?上杉8万、北条4万とかの?誤認や誇張は十分ありえるんだけど。
君は上杉が8万はおろか1万2千さえ、動員できないとかいってたけどさ。
また意味不明な政治体制で。そんなに石高そ使うのが当てにならないなら
(君のは大部分がわかっても駄目とかいう意味不明な理論だけど。)
結局君が当てになるという指標を出して具体例で示してもらわにゃ話にならんよ。




608 :人間七七四年:2007/06/23(土) 21:16:25 ID:fGyeuZAU
とりあえず今日は他にやる事あるので返答はおそらく明日以降と思われる。

609 :人間七七四年:2007/06/23(土) 21:46:51 ID:SlLhc5QR
じゃあ明日反論でいいな。保守しろよ。

じゃ。

610 :人間七七四年:2007/06/23(土) 21:58:18 ID:fGyeuZAU
いい加減こいつの態度がうざくなってきたな・・・。
明日の反論はちゃんと今まで答えてこなかった分の根拠もだせよ。
曖昧な抽象論じゃなくてな。んじゃ。


611 :人間七七四年:2007/06/23(土) 22:06:04 ID:SlLhc5QR
明日から論点を何十度説明すればいいのかわからないから小学生向けでいくな。

具体論といった類の議論じゃないのは明白なんだから1から10まで書いてやるよ。
理解できなきゃ夜間中学池よ。

落ち。

612 :人間七七四年:2007/06/23(土) 22:09:20 ID:fGyeuZAU
んなこと言ってる前にさっさと出してない分の根拠はしっかり出せよ。
あれだけ自信満々にいっといてうやむやにすんなよ。
論点が全然理解できてない、というかしたくないんだろうから
いい加減こっちもうざくて仕方ないんでな。
小学校からやり直してきたほうがいいぞ。リアル厨房かどうかはしらんがな。

613 :人間七七四年:2007/06/23(土) 22:13:59 ID:SlLhc5QR
論点も理解できずに議論できないタイプなのは仕方がないし
君が馬鹿なのはしょうがないが
アホ向けの説明しても
理解しようとしないのは勝ちたいだけだとわかったので

どんどん主張がずれていてかわいそうな君だけどとりあえず意地はるのやめてとっとと
石高信者の振りした2ch的遊びが大好きな中学生ですとでも額に書いておけば
優しく扱ってやるから。子供が大人の議論をしても仕方が無いし
反論のための反論や二元論といったどこからか引っ張ってきた論旨を理解できてない発言が目立つが
仕方ないな。ディベートってそんなんじゃないからな。うん。
アホの言葉遊びなんてしても仕方が無い。

614 :人間七七四年:2007/06/23(土) 22:18:44 ID:fGyeuZAU
いなくなるとかいってたくせにしぶといな。
反論の為の反論をしてたのはお前で、一が駄目なら全部だめとかいう2元論を
振り回して逃げ回り続けていたのはお前だけどな。
必死こいて適当な理屈こねて根拠もとめられたら逃げ回る無様な状況をこれ以上繰り返したいなら
頑張れよ。主張がずれてる?全然ずれてないといってるのに理解できないってか。
理解したくないんだと思ってたら本当に理解できない奴だったとはな。
相手にしてんのが阿呆らしくなるな。まあ、実際阿呆なお前のの相手をしてるわけだがな。

615 :592:2007/06/23(土) 22:20:34 ID:wTSIZzYM
自分のにも答えてよ。歴史知識があやふやな人間が得々とご高説たれてもなんら説得力ないよ。


616 :人間七七四年:2007/06/24(日) 06:48:15 ID:DiOh++6x
>>533
今度為御合力越山候意趣者 去天文6年義元御縁嫁之儀 信虎被申合候
然処以後一儀 駿・豆執合之由 於世間風聞 依之晴信5ヵ年之間
別而申合候 此度同心申相動候所 為始吉原之儀 御分国悉御本意
一身之満足不過之候 内々此上行等 雖可申合候 北条事御骨肉之御間
殊駿府大方(寿桂尼)思食も難計候条 一和取成候 就中長久保城被責候者
或者経数日 或者敵味方方手負死人有出来者 近々之間之執合更無所詮候哉
縦氏康雖滅亡候 過数10ヶ年 関東衆相・豆本意候者
所領之論却只今可相劣候哉 彼此以一統 可然候条 如此走廻候 自今以後
有偏執之族者 此旨各分別候而 長久保之儀肝要候 恐々謹言

617 :人間七七四年:2007/06/24(日) 14:18:25 ID:hU+9ik1c
ちょっ、読む気しねー

618 :@:2007/06/24(日) 14:53:28 ID:IsvUlXyx
>言ってる事めちゃくちゃだぞ。
>なんで2万5千なんだ、って桶狭間で遠征に率いていった数がそれだっったからだよ。
>3万、これも極めて疑わしいが、残りは本国で留守にしてて遠征に出すほどの力を使う
>必要はないんだってば。そう書いてるだろ。なんで留守にしてる兵士と遠征してる兵士を
>同列にしてるんだよ。

動員兵力には変わらないし
動員兵力=遠征用兵力という議論や定義がどこからが出されたならばともかく
遠征兵力で無い兵力は動因にはならないなんてのは君の勝手な推測に過ぎないため全く持って
君の勝手な定義は意味をなさない。

それなら防衛兵力を動員数と見ないという根拠を書く作業が必要になる上に
君は経済うんたらとそれを認めた発言をしたんだからそれを訂正しなければならない。

遠征よりは負担が少ないのは事実だが動員するだけでも負担がかかるし
兵士として動員しているのだから動員数に入ると俺は主張する。

>はあ・・・。散々下で俺が石高否定を言い出したとかわめいてるのに何この言い方?
>石高だけ、だなんて俺がいついったの?頭大丈夫?石高プラスαだって散々かいてるでしょ。

石高算出方法の否定を言ったのは君なんだけどね。
俺はそれに同意したよ。
なぜだか変な反論が帰ってきたが。

石高以外の要素が沢山するのにも関わらず
石高で動員兵力を見るようなやり方をおかしいと何度も書いているのだが
動員数の石高算出方法の否定なんだよ。石高で動員していないなんてのは全く書いていない。

石高を含めた経済不作天候etcがそれに加わるだろう。
なので石高算出方法のようなやり方は他のものを無視しすぎていておかしい。



小学生向け解説

動員兵力とはつまり動員可能な兵力を指す。
つまり石高算出方法で動員可能兵力の割り出しの是非について語っている。
遠征用の兵力が動員可能兵力と語られているようでは上記のレスを見る限り
3万という数字を受けて経済で動員できたと書いているので
この人の定義では防衛用も動員数として取り扱っているように見えるが
いきなり動員数とは遠征動員で防衛動員は違うなんて言い出したりしている。

俺そもそも石高は当てにならないね→こいつ今川は他所と違って経済があるからね他所の基準である石高で同列には出来ないよ→
俺じゃあ経済という例もあるし石高だけでは見れないから石高で動員可能数なんて図れないね→こいつ今川は石高では(他所と同じ基準)

とアホくさい議論をやっているのはこいつで
他の要素が多々存在するから石高算出は曖昧なので動員可能数を推測する数値には
使えないとなんども説明しているのは俺だ。

戦国時代というが常識的判断や時代考証や仕組みを考えなければならないのは
学者の使命で歴史書に書いてあったことが本当とは限らないわけだ。
歴史書に書いてあることにも誤認があり学者は史書をいかに解析判断するかの作業を日々行っている。
だから沢山の説が出ては消えの繰り返しを行われる。

俺が書いてるのは判断や解析を繰り返した上での結論を求めているのだが

619 :A:2007/06/24(日) 15:14:52 ID:IsvUlXyx
>>動員兵力の大多数だとしても一部指標で動員兵力数割り出しには
>だからさあ・・・。大多数なら十分に指標になるでしょ。大多数をあらわしてくれるものを
>指標にしないで何を使うんだ?

世の中ではそれを指標とは言わない。
何故なら他の要素が多々ありすぎるので
大多数の曖昧と見るならともかく動員数見当数値にはならない。


小学生向け解説
石高自体の疑わしさ。

江戸時代では実高と表高の違いまがそれが常識化していた。
つまりいくら大体の生産高を申告していても
実際に取れる生産は全く違うといったような事例が多々存在した。
民心を得るため過少申告させてなんて話まである。
戦国時代でも江戸時代でも隠し田などなんだのだって多々あった。
黒田家なんかでは表高を自己申告で多めにしたりしていた
逆に不正のため伊達家のように過少申告した大名もいるので検地の数値を鵜呑みにするのは危険だ。
当時の技術で生産がどれだけ図れるのか?
農業生産は100万石なんて一概に言えるものではない。
何故なら不作豊作天候技術etcであまりにも変動しすぎる上に平和な安土桃山時代を経由しているため
ぜんぜん違うだろう。
50年前や40年前の日本のGNPで現代の経済社会を語ったり
またその逆が出来るのか?といいたい。戦時と平時という違いまである。
人口だって大分違うだろうし税率や戦費などの問題もある。

こういった時代背景を考慮せず石見見地ではこうだからこれだけ動員できるなんてのは馬鹿のやることだ。



620 :B:2007/06/24(日) 15:27:19 ID:IsvUlXyx
>ちゃんと文章読める?経済的に、って自分で俺のレスをぬきだしてるやん。
>ここで俺が普通の大名だと今川をいってるのは君が何度も主張しそれでいて意味不明な
>政治体制のことなんだが。とりあえずさ、今川がどう政治体制において他の大名と違って
>それが動員にどう影響するのか具体的に書いてくれる?政治体制は影響するというんだろ?

君の定義に従うと今川は普通の大名の基準を石高だとすると
今川は他所とは同列にしがたいと書いているとおり
今川は他の大名とは違う定義を設定しなければならないので石高で動員兵力を見る方法を図ることが出来ないはずだ。
普通の大名だったらば普通の基準、つまり石高で見なければならないが
今川は他所とは同列に出来ないなら他所とは別の算出方法を考えなけれなばならないため
他所とは違うと主張したのは君なんだから他所と同列にすることは出来ないはずだ。
だから他の基準が必要になる。同列に出来ないほど差異が存在するんだろ?

>だから、それは君が読み違えているだけで全然変遷してないの。
>経済による石高否定なんかしてないの。何度も書いてるけどさ・・・。
>なんで2元論でしか語れないわけ?
石高が見当になるかならないかの議論で誰も石高で動員しないなんてのは語っていない。
石高以外の動員方法を君や他の人だって語っている。
石高から見ると過剰な動員をしていた当時の勢力だって存在するわけだ。
それを見ていくと当てにはならないとの結論にたどり着いただけ。

>石高とプラスαだといってんでしょ。今川にはそれが他よりやや優位にあると書いてる。
プラスAが混じってしまうとプラスAからも算出しなければならないので石高を含めた作業をしなければならず
石高で動員可能兵力数を決める石高算出を動員可能兵力数として使うようなやり方はおかしい。
石高を含めたやり方は石高算出する方法とは違うとう言っている。

>つまり石高による動員兵力の否定を動員数の例示で否定せざる終えない。
>だからねえ・・。これも前に書いたけどさ、戦国時代の軍隊には誇張や誤認は
>十分にあるの。長篠しかり。武田の諏訪攻めや安国寺しかり。

誇張や誤認だってあるだろうし事実だってあるだろう。
なぜ誤認でなぜ誇張なんてのは全く現代人がわかるわけは無い。
現地にでも行かない限り。

逆に正確な動員人数はどうやって図るの?としか言えない。

正確な把握なんてのは出来るわけが無い。
何故なら号するが一般的だったわけで統計とっていた人間
なんているのかどうなのかすらわからないだろう。

逆に史実の可能性だってあるんだよ。

>そして今川が史実において2万5千の大軍を遠征に動員したのは桶狭間だけ。
>しかもそれは前年からの準備と借財などの無理があった。これを一般例とするのは無理だろ。
>特殊例を一般例にされても困るんだが。

ということは借財や準備をすれば石高を超えるような動員をすることは可能で
そういう多々存在する動員方法を見ていかなければ動員兵力なんてのは語れないことになる。
石高算出方法が使えない事例を示しているだけのような気がするんだが。

無理をしたりすれば石高を超える動員を誇るのは可能なのか。
なら石高では動員数は見れないな。
兵の性質や暴発もあるだろうし。

621 :人間七七四年:2007/06/24(日) 16:10:14 ID:FHrJSgKG
なんか痛々しいな。スルーしたほうがいいよ。

622 :人間七七四年:2007/06/24(日) 21:23:01 ID:cjPePzxH
>>621
>>618の奴にレスしてきた者なんだが、やっぱりスルーしたほうがいいか?
こいつには根拠ないし、言ってる事はめちゃくちゃだし、反論は山ほどあるけど
ぶっちゃけこいつとは泥沼にしかならんし真面目に話をしたい
人の邪魔しちゃやっぱ悪いよなあ・・・。

623 :B:2007/06/24(日) 21:52:27 ID:IsvUlXyx
つーか時代考証できてるのかね。
歴史なんてのは正確に言うとはっきりしたことなんてわからないんだから
断片を拾っていく丹念な作業が必要で50年後の指標で
安易に定めてしまう行為は危険極まりない。

だからやり方の是非について書いているわけだ。
スタンスの問題であり君が言う歴史をタク的根拠は学者でもない限り全く持って意味が無い行為で
俗説だと思われていたものが真実だったなんてのは沢山あるわけで
逆に資料を鵜呑みにしすぎるのも危険なんだよ。

624 :B:2007/06/24(日) 21:57:08 ID:IsvUlXyx
この板の池沼どもの議論でよくある○○の本にこんなことが書いてあったからこうだ!
と無批判に書いているような馬鹿が多いが少し考えれば
それがいかに馬鹿のやることかわかるはずだ。
最低限の知識すらもっていないのが多い。
社会学や心理学や軍事学についても全くわかっていないのも多い。
所詮趣味板なんだから三戦板みたいな楽しもうという姿勢なんて無い。偏狭だ。

625 :人間七七四年:2007/06/24(日) 22:10:28 ID:cjPePzxH
>>624
最低限の歴史の知識さえ持ってなくて書き込んでるお前が一番の馬鹿だけどな。
適当に書きまくった織田信秀が2万5千とか傭兵とかの根拠はどうせ出せないんだろ?
書き込みから見るに社会学も心理学も軍事学も伺い知れないけどな。
憶測と妄想で書いて根拠聞かれれば逃げ回り抽象論でごまかす、の繰り返しだろお前。

626 :人間七七四年:2007/06/24(日) 22:12:42 ID:sDjZy12Q
547や549で書いてるような自分の無知さを覆い隠すために必死になって
レスしてるんだろうか、彼は?
間違った知識というのは最低限の知識にも及ばないもんなんだが。

627 :B:2007/06/24(日) 22:17:25 ID:IsvUlXyx
知能が無い人間が知識に対して崇拝する気持ちは良くわかるよ。
間違った知識に対して所謂俗説がまかり通ってるのもこの板の特徴だし知能も無いからディベートできず
スタンスを抽象論なんてはずかしいアホなことを書いてしまう。

そもそも歴史事態抽象的なものなのではっきりしたことなんてわからないから改定できる余地を残していかなければ
ならないがアホは50年後のあいまいな基準で見てきたように書くからなあ。
戦国板の住民は馬鹿だから死ねばいいんだ。板自体不法だしな。

628 :人間七七四年:2007/06/24(日) 22:20:02 ID:cjPePzxH
お前はそもそも戦国から150年近く経った吉宗検地を堂々と
あげてきたんだけどな。江戸時代になって平和になって開墾進みまくったのも
考慮せずにな。それでいながら50年後で戦乱も終わって間もない時代を
指標にできないというこの厚顔無恥には恐れ入るよ。

629 :B:2007/06/24(日) 22:25:59 ID:IsvUlXyx
お前の歳に50年足してみろよ。
2057年や1957と今が同じかと思うのかよと。
当時の平均を考えてみろよ。3世代くらい違うだろと。
爺ちゃんの昔話を聞いて同じだと思えたら初めて信頼できるな。

にゃんこが書いていたようなきちんとした学問や文化的判断で議論をするような人間と
メガ豚や仙台藩やこいつみたいに学問なんていざ知らずゲーム感覚で議論をするような人間では歴史的視点からの議論の正当性が全然違ってくる。

630 :人間七七四年:2007/06/24(日) 22:31:36 ID:cjPePzxH
それでお前様は150年後の吉宗検地を堂々と根拠にしたわけだ。
戦乱が終わってから随分と経って開墾も進みまくった時代を。
その50年後は戦乱が終わって間もないころだというのに。
50年で3世代も違うというなら、150年先なんてはるかかなただな。
まずお前が150年前の時代の人間に話を聞いて指標にできると思うなら
初めて信頼できるな。
そもそもお前自体がゲームにも達してなさそうだがな。

631 :人間七七四年:2007/06/24(日) 22:32:16 ID:sDjZy12Q
すると将来的には547や549に書いてることが研究が進むことで
新たなる歴史事実となるというわけだ。
それを見通せる知能を持ってるID:IsvUlXyxとはいったい何者。
こんなとこでレスするよりも学会や研究会に参加して論を
展開したほうがいいな。

632 :B:2007/06/24(日) 22:43:24 ID:IsvUlXyx
お前らよりは随分ましなスタンスをもっているけどな。
歴史事実となるというのと歴史事実を導き出す姿勢を履き違えているような馬鹿はやはり
日本史板みたいなインテリには及ばないし三戦みたいな物語でもない。歴史の恥部だな。
この板消せ。

633 :人間七七四年:2007/06/24(日) 22:45:49 ID:cjPePzxH
スタンスってなんだ?根拠聞かれたら逃げ回るスタンスか?
ろくに根拠も挙げずに勝手に適当な事いってそれが歴史事実を導き出す姿勢
だとでもいうわけか?

634 :B:2007/06/24(日) 22:58:57 ID:IsvUlXyx
上に書いてあったことも読めないなあ。結局は歴史的事実を導き出す姿勢が足りない知識の共有だけでうなずきあっているような議論。
当時の社会的かつ文化的な学問的な姿勢を知識を使う知能の元に導き出すスタンスでは全く違うのにヲタクは安易な時代考証が出来ていない
知識だけで判断する。知能が足りないとしか岩ざる終えない。

ちなみに検地はめちゃくちゃ。
http://homepage2.nifty.com/shinkei/yamashiro/keicho_ikki.htm

635 :人間七七四年:2007/06/24(日) 23:06:41 ID:cjPePzxH
それで?一例だけだしてどうすんの?他の郡では普通に計測されてると
そのホムペにも書いてあるでしょ。
その一例でも結局最後は修正されたことが記されてるでしょ。
こんな一ページの内容さえ把握できないのに知能ですか。そうですか。
>>当時の社会的かつ文化的な学問的な姿勢を知識を使う知能の元に導き出すスタンスでは
>>全く違うのにヲタクは安易な時代考証が出来ていない
えらそうに語っている本人に一番その知識と知能が欠けているのが一番の問題だな。
女が戦争に動員されるのは多かったとかいうのは何を根拠にしてたんだろうな。
どんな知能に基づいていたっていうんだろうな。


636 :人間七七四年:2007/06/25(月) 10:48:35 ID:/sSXYyi7
>>634
あおりとかじゃなくて、スレタイに沿った
634さんの意見が聞きたいな。

637 :B:2007/06/25(月) 10:53:06 ID:It/TlNFA
今川は敵多すぎなので負けるね。史実でも武田勝ってるし。

638 :人間七七四年:2007/06/25(月) 10:58:41 ID:/sSXYyi7
意見短かっ!

史実で武田勝ってるって氏真さんの時代じゃ・・・

639 :B:2007/06/25(月) 11:04:51 ID:It/TlNFA
織田、北条と敵に回してただろ。
北条も織田も他に敵がいるが武田が和睦させれば勝てるね。

640 :人間七七四年:2007/06/25(月) 11:10:34 ID:/sSXYyi7
義元が北条を敵にまわしてた時代のことかな??

641 :B:2007/06/25(月) 11:17:53 ID:It/TlNFA
義元が引きこもって織田と和睦すれば負けないと思うよ。上杉北条と連携して。
その場合は武田滅亡だよ。

642 :人間七七四年:2007/06/25(月) 11:22:11 ID:/sSXYyi7
闘う時代を1555年〜1560年くらに絞ったらどうなるだろうか?

643 :人間七七四年:2007/06/25(月) 14:03:48 ID:TvXhck9j
情勢考えれば武田が好き好んで今川と敵対するのを望まないだろうし、また今川も三河経略に腐心してる状況
今川は織田、織田は斉藤からの圧力
武田は上杉、上杉には揚北という爆弾
北条次第だろうな

644 :B:2007/06/25(月) 14:56:11 ID:It/TlNFA
北条というか武田よりも今川の方が先進的だが今川仮名録は少し君主権限が強すぎるので
今川が不利だな。

645 :人間七七四年:2007/06/25(月) 18:43:45 ID:1aSbeYJ5
当主権限が強すぎるのが何故不利になるんだろう。よくわからんが。

646 :B:2007/06/25(月) 19:50:18 ID:It/TlNFA
>>645
嫌われるから。

647 :人間七七四年:2007/06/25(月) 20:07:29 ID:N5273j+x
634 名前:B[] 投稿日:2007/06/24(日) 22:58:57 ID:IsvUlXyx
上に書いてあったことも読めないなあ。結局は歴史的事実を導き出す姿勢が足りない知識の共有だけでうなずきあっているような議論。
当時の社会的かつ文化的な学問的な姿勢を知識を使う知能の元に導き出すスタンスでは全く違うのにヲタクは安易な時代考証が出来ていない
知識だけで判断する。知能が足りないとしか岩ざる終えない。



648 :人間七七四年:2007/06/25(月) 22:44:01 ID:GrBPlDBS
昔なんかで呼んだこと

難しいことを難しくしかいえない奴は馬鹿

649 :人間七七四年:2007/06/28(木) 15:10:21 ID:1shviBe5
確かに倉賀野城をはじめとする西上野の数箇所は落城させているが、
あくまで拠点をいくつか軍事的に押さえたというだけで、この段階では
行政上の代官を配置地した領域支配には入っていないため、敢えて無視した次第。




650 :人間七七四年:2007/06/28(木) 16:00:30 ID:zVdKM8qV
でも義元は信長の奇襲にやられた。

651 :人間七七四年:2007/06/28(木) 21:30:06 ID:7FhnXFdF
>>649>>650はどこの誤爆だ?

652 :人間七七四年:2007/06/29(金) 20:56:08 ID:ILGFob9R
>>644
????今川仮名録って義元が制定したんじゃないよね、信玄は甲州法度を
作ったね、この時点で両者に差がでるね。
それにしても義元って家督を継いでから20数年間で、三河一国と尾張を少し
しか平定出来てないなんて情けなくない?

653 :人間七七四年:2007/06/29(金) 21:07:33 ID:g8t8Isto
さんざん既出だが、花倉での家督争い、対北条との河東郡争奪戦、
対信秀の三河争奪戦、そして謀略により信長から東尾張を奪い取っている。

今川仮名目録は、義元が追加して、先進的なものに生まれ変わった。
そして、公衆便所法度は、仮名目録追加にかなりの影響を受けている。

信玄が義元に勝てる訳がないね。


654 :人間七七四年:2007/06/29(金) 21:10:29 ID:ILGFob9R
>>653
甲州法度は信玄の領土拡大の為に十分に効果を発揮しました
今川のそれは結局無残に義元の討ち死にによって効果が発揮される
ことはありませんでした。
一国を維持出来ない政治力の無い大名が信玄に勝てる見込みは到底
ありませんね。

655 :人間七七四年:2007/06/29(金) 21:19:32 ID:ILGFob9R
「甲州法度」
合理的な名将信玄が山国を統治する為に絶対不可欠なものだった、政才家ならではの行動

「今川仮名録」
ただ親父の制定したものに少しだけ付け加えただけ


まあどう考えても自らの代で作り上げた信玄の方が上だね

656 :B:2007/06/29(金) 21:25:22 ID:QT6pihzc ?2BP(0)
ウエイト板に篭ってろボケ

657 :人間七七四年:2007/06/29(金) 21:34:57 ID:WdPUa095
どうでもいいが今川厨っているのか?

658 :人間七七四年:2007/06/30(土) 14:37:49 ID:EPKjFYCm
>>654>>655アフォやねー勉強しろ

659 :人間七七四年:2007/06/30(土) 17:33:33 ID:EPKjFYCm
>>654>>655
は単なる釣りw

660 :貼っとくね:2007/06/30(土) 21:45:16 ID:EPKjFYCm
       ,ィ                      __
      ,. / |´ ̄`ヽー- 、 ト、        , -‐、/./.- 、 書き込みのはやきこと風の如く
    / | |    ヽ   l l        ( 火◇風 ノ
  /o ̄`ハ._.ゝ===┴=く.ノ- 、      ノ ◇ ◇ (  他人と会話せざること林の如く
  /o O / l´ ノ      ヽ lo ',ヽ      ( 山◇ 林 }
  \___/. ト、  ●    ● ハ  ∧      `⌒/7へ‐´  ネットで煽ること火の如く
 / ,イ   レ_   ( _●_) ミl~T--‐彡    /./
/ ̄ ̄l.  彡、   |∪|  ノ'l  l::::::::::彡ー7⌒つ、    部屋から動かざる事山の如し
彡:::::::::::l  ト、___ヽノ /|  l::::::::::::ミ  {,_.イニノ
彡ソ/ノハ   ト、 \  / ,イ  川ハ ヾー‐'^┴


661 :人間七七四年:2007/06/30(土) 23:12:17 ID:+xMmv35r
>>658>>659←←悔しがる今川オタでしたwww


662 :人間七七四年:2007/07/01(日) 13:35:37 ID:GMe2uK1b
>>652
>>654
>>655
同じことの繰り返しで、議論が不毛なり。
一体、甲州法度は何を基にして制定されたと考えているのかwww
今川仮名目録追加と比べると、君主権の強さや先進性において、
甲州法度はかなり見劣りするのだが、イメージ&先入観独走の
武田厨には理解不能か‥



663 :人間七七四年:2007/07/01(日) 13:57:14 ID:7uOUsi/v
とりあえず平山氏によると甲州法度の最初の26条のうち12には
氏親の定めた今川仮名目録の影響があるらしい。
しかしその後も条文追加された57条にはわずか一条しか仮名目録との
影響は見られず、義元の仮名目録追加の影響は見られないそうだ。
これをもって平山氏は信玄は1547年以降は独自に法令を制定して
いったものとしているな。

664 :人間七七四年:2007/07/01(日) 14:40:49 ID:ureYJmAD
>>663
最初の26条は、いわゆる分国法
後の57条は、単なる家訓だお。
しかし、26条中12条とは・・・
50%近いじゃないか。

さすが今川氏だね!

665 :人間七七四年:2007/07/01(日) 15:02:40 ID:7uOUsi/v
その家訓って信繁家訓と混同してない?信繁家訓は99条で
法度57条とは別物だよ。

666 :人間七七四年:2007/07/01(日) 15:11:51 ID:ureYJmAD
むむむ、詳しいな

667 :B:2007/07/01(日) 15:22:36 ID:HstWZMIL
今川も武田も独裁者だから不満が噴出して滅んだんだよ。

668 :人間七七四年:2007/07/01(日) 16:26:00 ID:ureYJmAD
むむむ

669 :人間七七四年:2007/07/01(日) 17:14:56 ID:7uOUsi/v
>>667
その理屈だと戦国時代の大名は皆滅亡するはずなんだけどな。
多かれ少なかれ独裁制のない組織では戦国時代では敵につけこまれやすい。


670 :B:2007/07/01(日) 17:15:37 ID:HstWZMIL
んなわけねーだろ。
「独裁者」なんて数えるほどしかいないぞ。


671 :人間七七四年:2007/07/01(日) 17:21:58 ID:HS4Rcj6B
脳内歴史ですか

672 :人間七七四年:2007/07/01(日) 17:22:31 ID:hYrdlBjS
山国とゆう厳しい土地環境で育った武田武士の方が強い
三方ケ原で今川旧臣がいる徳川家康を破ったことを見ればあきらか

673 :B:2007/07/01(日) 17:23:59 ID:HstWZMIL
独裁者って配下を無理に動かしたり出来るやつらだぞ。
そんなのはほとんどいない。

674 :人間七七四年:2007/07/01(日) 18:03:05 ID:7uOUsi/v
戦国時代の大名は多かれ少なかれ独裁的になるもんだよ。
配下の武士達が皆厳しい軍役に喜んで従っていたと思ってる?

675 :B:2007/07/01(日) 18:10:51 ID:HstWZMIL
利益はあった。
無くなったり私的運用したり一族重用したり法を乱用するのが独裁者。

676 :人間七七四年:2007/07/01(日) 18:13:28 ID:ureYJmAD
ジャーンジャーン

677 :人間七七四年:2007/07/01(日) 18:16:23 ID:eeo2hZz0
>>672
武田にも、徳川と同じだけ今川旧臣がいるわけだが。

678 :人間七七四年:2007/07/01(日) 18:54:37 ID:7uOUsi/v
>>675
その定義でいうと戦国大名はほとんど独裁者だよ。
一門を大事にして勢力の要とするのは皆やってるし。
信玄なんか甲州法度にわざわざ「法度に自分がそむいてたら言ってね」って
書いてるから独裁者じゃない事になるのでは。

679 :B:2007/07/01(日) 18:59:10 ID:HstWZMIL
信玄それ守ってないでしょ
例えば秀吉は独裁者だけど家康が独裁者といわれないのは
独裁的な公私混同をしなかったからじゃないか?

一門を大事にって勘違いしてないかな?
大事な重用ポストにまで一門を付ける政治は大名でほとんどやってない

680 :人間七七四年:2007/07/01(日) 19:14:40 ID:7uOUsi/v
>>679
まあ、そもそも信玄がそれを言われたという記録自体がないのでな。
生涯遵守していたともいえるわけで。
秀吉はどうも家康が天下とっちゃったから貶められた感じもある。
晩年はいろいろあったしな。

一門重用だけど、毛利は両川。島津は4兄弟、北条も氏照や氏邦が重要な
役目を担ってる。朝倉でも一門の朝倉景健が姉川とかで総大将を務めてる。
長宗我部でも香宗我部や吉良が重用されてる。武田・上杉も軍役では
一門衆はいずれも高い動員を誇っているよ。

681 :B:2007/07/01(日) 19:24:37 ID:HstWZMIL
北条は有名な独裁体制で長宗我部元親も有名だろ。
毛利は両川があるけど配下や従属には気を使っていたし
徳川は天下を取った後一族を大目付や老中にはしていない。

高い動因を誇るのが独裁者な定義がわからんが武田は独裁者だけど
上杉は一族というかわけがわからんくなっていたんで独裁も糞も無いが
謙信は晩年だけを見ると独裁者だな。

682 :B:2007/07/01(日) 19:26:13 ID:HstWZMIL
>>680
信玄にいったとして記録が残るのか?
信玄にいえるのか?
言えるわけ無いだろ。

だから歴史をタクは嫌なんだよ。記録やパーツだけしか見ないで
定義自体を不明にするから。

683 :人間七七四年:2007/07/01(日) 19:31:51 ID:ow8wc33p
↑こいつとまともな論争をしようとしても無駄だって。なにせ自己解釈で脳内歴史を作って
自己完結してるあれな人間だから。

684 :人間七七四年:2007/07/01(日) 19:41:36 ID:rdL+QAUd
>>682
あなたの独裁的な戦国大名の定義が一番わからないんだけど?

685 :B:2007/07/01(日) 19:42:21 ID:HstWZMIL
自己解釈って誰が自分以外に解釈するんだ?
根拠と論拠があれば良いと思うけどな。

意味がわからん。

そうやつてごっとハンドの事件も「あの先生がいってるから大丈夫」とか思ったから
あういう事件がおきたんだろうな。
お前らばかりで。

信虎が独裁やって嫌われただろ?アレと同じで独裁者って嫌われるんだよな。

686 :B:2007/07/01(日) 19:46:13 ID:HstWZMIL
>>684
例えば君主だったら何も言われないが
神保の小島みたいに寵臣が一族重用や法の私的運用をしてたら独裁者と言われるだろ?

あれと同じようなもので公私混同と
個人への権力集中のような個人的な政権運営を行うのが独裁だと思ってはいる。
あと「大名個人」と「家」は違うからな。

687 :人間七七四年:2007/07/01(日) 19:48:36 ID:rdL+QAUd
武田や今川があなたのいう独裁的な政権運営していたという具体的な事例は何かあるの?


688 :B:2007/07/01(日) 19:51:52 ID:HstWZMIL
今川仮名録と甲州法度。

689 :人間七七四年:2007/07/01(日) 19:53:50 ID:7uOUsi/v
>>683
ご忠告ありがとうwこれで切りにしとくw
>>681
北条や長宗我部が加わるなら今の時点でさえ武田・今川・北条・長我宗部・上杉
といった戦国を代表する大名達が君の中では独裁者だった事になるのだが。
他にも例はあるよ。一門重用は。徳川は天下を取ったあとで必死こいて大領土に
一門を封じて強力な藩屏を造ってるよ。
上杉なんだけど、晩年の謙信の独裁権力も自然に出来たものじゃないよ。
上杉軍役帳とか見ればわかるけど一門衆は結構な動員能力を誇っているし
これも謙信が自ら一門を増やす事に努めてきた結果。さらに自分で家臣を取り立てて
重用ポストを任せるというのも結局の所自己の権力拡大につながる。
戦国大名は強い組織を作る為に独裁、というよりは中央集権を目指さざるを得なかった。

結局記録が残ってない以上「言ったかもしれないし言ってないかもしれない」
としかいえない。俺も書いてるだろ。「ともいえる」って。

まあここらで止めにしておく。

690 :人間七七四年:2007/07/01(日) 19:56:27 ID:rdL+QAUd
そんな子供がするような回答されてもなあ・・・。
領主権力への集中を行うことで譜代なり国人勢力においてそれへの
反発というものが記録に残ってるんですかと聞いてるんですが?


691 :人間七七四年:2007/07/01(日) 20:00:33 ID:rdL+QAUd
今川仮名録と甲州法度だけをもって独裁的なんだとかいうのは
記録だけみて判断するとかいうタクと同じでは。
なんか683にいう通り相手にしてはいけなかったのかもしれない。

692 :B:2007/07/01(日) 20:07:10 ID:HstWZMIL
>北条や長宗我部が加わるなら今の時点でさえ武田・今川・北条・長我宗部・上杉
>といった戦国を代表する大名達が君の中では独裁者だった事になるのだが。
長宗我部や北条は独裁の弊害が出ていたしあくまでも上杉は謙信の晩年だけだった
ほとんどは独裁を代表する連中なんて滅亡したんだから独裁制の弊害はあっていることになる。

>徳川は天下を取ったあとで必死こいて大領土に
所詮は外部組織であり徳川幕府内での発言力があるわけではない。
こんなもの独裁とはいえない。
一族重用と外部に飛ばすは全然違う。
重要なポストは他家がやっている。

>上杉なんだけど、晩年の謙信の独裁権力も自然に出来たものじゃない
>上杉軍役帳とか見ればわかるけど一門衆は結構な動員能力を誇っているし
>これも謙信が自ら一門を増やす事に努めてきた結果。さらに自分で家臣を取り立てて
一門同士で争っていたような越後上杉氏に
一門を増やすこと自体が独裁にはつながらない。
それなら子沢山が独裁になってしまう。

あくまで一族の重用なんだよ。

例えば疎いお前らにわかりやすいたとえを言うが
安倍が一族を大臣につけまくったり法の私的運用を行ったりすれば
はっきり言うが独裁だ。

>上杉軍役帳とか見ればわかるけど一門衆は結構な動員能力を誇っているし
>これも謙信が自ら一門を増やす事に努めてきた結果。さらに自分で家臣を取り立てて
一門衆が動因を誇るのは当たり前なんだけどね。
言うこと聞くのはは単純にそいつらってだけだし。他はずるしたり嫌がって兵力を出さないけど。

それと子飼いを取り立てるのは発言力を君主に集中させたりリベートの問題で
信長や秀吉もやってるよね?
でも子飼いって忠誠心が薄いんだな。

>重用ポストを任せるというのも結局の所自己の権力拡大につながる。
>戦国大名は強い組織を作る為に独裁、というよりは中央集権を目指さざるを得なかった。
北条や信虎みたいな弊害もあり
他家の軍事力をあてにするのが前提の封建制でこれをやると反発を食らう可能性が非常に高い。
戦国大名は中央集権なんて目指してもいないし実現できてもいない。

>結局記録が残ってない以上「言ったかもしれないし言ってないかもしれない」
それなら言ってないかもしれないも根拠として入れるので何の根拠にもならない

693 :B:2007/07/01(日) 20:11:10 ID:HstWZMIL
>>691
今川仮名録で実際に領地を統治した実績があるわけだろ?
分国法作ってる連中は独裁のためにそれをやる傾向があるので独裁傾向が強いんだよな。
反発は起きてるよ。
例えば信玄独裁には義信事件とか義元には調略されまくったりとか。

694 :人間七七四年:2007/07/01(日) 21:42:11 ID:7uOUsi/v
>>692
相変わらず痛い主張をするなあ・・・。
とりあえず一門衆を増やす、一門衆を大領を与えるというのが
どういうことなのか調べてみるといいよ。
独裁の弊害というけど独裁にまでいけなかった所はそれこそ食い物に
されてしまうんだけどな。
北条が滅んだのも、他の集権化を目指した大名が滅んだのも
他大名との抗争が原因だよ。北条だって豊臣との外交をうまくやれば
普通に生き残れただろうし独裁制度云々はあんまり関係ない。

695 :B:2007/07/02(月) 18:16:42 ID:/y+DPFAt
一門を増やすのと重用は違うんだよな。それなら子沢山が独裁者となってしまう。
政権を牛耳ったり暴君と化すのは大概独裁者で
非独裁政権のほうが生き延びていることを考慮しても
やっぱり封建制度で独裁をやってしまうと反発が大きいということ。

中央集権化の過程でどんどん滅んだ大名は
ほとんど反発やボイコットがかなり大きいわけ。
信長なんていい例だろ。

696 :人間七七四年:2007/07/02(月) 18:50:37 ID:gIFVoV8a
北条家が独裁?どの部分で?

697 :B:2007/07/02(月) 18:51:30 ID:/y+DPFAt
国人豪族への仕打ち

698 :人間七七四年:2007/07/02(月) 18:57:54 ID:gIFVoV8a
支配下の国人に何をしたから独裁なの?

699 :B:2007/07/02(月) 19:24:48 ID:/y+DPFAt
こきつかったり恩賞不十分だったりしまくった。
だから旧体制にことごとく寝返られた。

700 :人間七七四年:2007/07/03(火) 13:07:54 ID:D07nnL/c
いつどの国人にそういう事したのか、具体例を聞くのは野暮なんだろうかね。

701 :人間七七四年:2007/07/04(水) 05:46:33 ID:lc8NS/BW
>>695
・・・とりあえず名跡を継がせるという概念から学んでおいで。

702 :人間七七四年:2007/07/04(水) 12:13:17 ID:GHm74tdc
また、話が変な方向に進んでいる‥
現代の民主政体万能のパラダイムと戦国時代は違うんだって。
そもそも今の価値基準で以て「独裁」を批判しても、無意味なのでは。

703 :B:2007/07/04(水) 14:21:35 ID:i//JenLU
>>700
旧体制に裏切られまくり強固に抵抗されたのは事実だろ?

704 :人間七七四年:2007/07/04(水) 19:20:54 ID:fOR1U8T/
日本語も不自由なようで

705 :B:2007/07/05(木) 05:34:13 ID:Ddgs/lfL
何か間違ってるのかな?
君の使用言語は他国の言語のようだけど早くとっとと日本語学べ。馬鹿。


知識と知能で知能が圧勝しているいい見本だな

706 :人間七七四年:2007/07/05(木) 07:15:50 ID:jnmRbT94
具体例というからにはその豪族の名前や根拠地、それにいつ頃のことか書いてくれと
いってるんでは?正直皮肉られてもしょうがないと思うぞ。

707 :B:2007/07/05(木) 08:18:29 ID:Ddgs/lfL
具体例というか北条はことごとく旧体制に抵抗され寝返られたのは
独裁があったからではと思われるし北条一族が(全権氏照上野方面氏邦それ以外氏政直と兵権と権力を持ちすぎな感があり氏康は飛び地や豪族に厳しく氏政は動員させたのにみかん一箱で動因拒否をされている。

毛利も北条も似てるけど北条と毛利の違いは旧体制の受け入れられ方が違いすぎるんだよな。
毛利は大内尼子残党くらいだけど北条は結城宇都宮佐竹里美足利etcの土豪や小大名大名クラスに反抗されすぎだからやはり毛利とかと比べると反発を買っていたのは否めない。

708 :人間七七四年:2007/07/05(木) 18:30:34 ID:jnmRbT94
馬鹿殿ティロリロリーンに似てるな

709 :人間七七四年:2007/07/09(月) 19:44:24 ID:uF+1jA/2
age

710 :人間七七四年:2007/07/09(月) 20:21:23 ID:9B6h4JhB
Bが痛いのはガチ

711 :人間七七四年:2007/07/10(火) 07:45:44 ID:xBxnjEgv
このスレは、Bが現れてからというもの、完全に過疎っちゃってまつねw
どうでもいいけど、Bってメガトンより痛くない?

このスレ結構楽しかったのに・・・

712 :人間七七四年:2007/07/10(火) 21:57:27 ID:IOuw7DB8
そろそろ話しを義元対信玄に戻そうぜ。
やっぱり比べる時期は、2人が死ぬ直前、今川は1560年で武田は1573年だよな。
ただ、領土とかで被るから武田は1573年頃の版図−旧今川領・旧今川勢力で
良いんじゃね?
つまり…。
今川方:駿河・遠江・三河に尾張の一部
武田方:甲斐・信濃・西上野に美濃と飛騨と越中の一部
って感じかな?

713 :人間七七四年:2007/07/10(火) 22:23:06 ID:oP5ktecC
飛騨越中は版図と呼べるほど強固な支配体制じゃない

714 :人間七七四年:2007/07/10(火) 23:23:10 ID:IOuw7DB8
じゃあ
今川方:駿河・遠江・三河に尾張の一部
武田方:甲斐・信濃・西上野に美濃の一部
か?
それはそうと、今川義元は尾張をどの程度支配してたんだ?


715 :人間七七四年:2007/07/11(水) 22:52:47 ID:PrWlGD2t
義元の胴塚が愛知県東海市にあるのを知ってるか?

716 :人間七七四年:2007/07/14(土) 15:16:40 ID:6tzJguXM
(゚听)シラネ

717 :人間七七四年:2007/07/17(火) 16:26:39 ID:TD/AogMQ
保守

718 :人間七七四年:2007/08/04(土) 00:19:17 ID:pKOTUsey
もう一辺保守。ついでにage

719 :義元様命:2007/08/04(土) 06:58:30 ID:eI+VFAee
兵農分離や鉄砲保有数は関係ないのかな?

720 :人間七七四年:2007/08/04(土) 07:56:45 ID:pKOTUsey
鉄砲の保有数は今川の方が上では?

721 :人間七七四年:2007/08/04(土) 14:45:26 ID:QIAgTZVp
いつまでも終わらねー

722 :人間七七四年:2007/08/04(土) 15:49:27 ID:E/U6ZG5M
兵農分離は都市伝説

723 :人間七七四年:2007/08/05(日) 21:01:19 ID:min4s8An
兵の数を出す時、慶長の石高を元に考えていたんだけど。
美濃54・伊勢56・尾張57・三河29・遠江25・駿河15・信濃40・甲斐22
平安時代規模・生産性を元に4等分した基準
美濃上・伊勢大・尾張上・三河上・遠江上・駿河上・信濃上・甲斐上
というのもあるから、駿河って30万石分位出せるんじゃないかと考えてみた。

724 :人間七七四年:2007/08/16(木) 12:07:09 ID:iHw8hq+c
取り敢えずageとく

725 :人間七七四年:2007/08/26(日) 09:28:07 ID:MzYBwZEj
そもそも今川は上洛が目標で
武田は眼中にないんだろう。
戦って領地奪ってもうまみはない。
武田は領地広げないと食っていけない状態だった
しかも評判悪く四方に敵がいる状態では攻め込めば他の大名に攻められたり
謀反が起きたりする可能性が高く戦うことになってたら滅んでいただろう



726 :人間七七四年:2007/09/08(土) 20:08:25 ID:j9UnRPFh
age

727 :人間七七四年:2007/09/17(月) 01:39:53 ID:72SQ5ryc
あげ

728 :人間七七四年:2007/10/01(月) 23:56:09 ID:YihVMezC
21 名前:無名武将@お腹せっぷく[sage] 投稿日:2007/06/07(木) 03:52:59
長期戦の準備をしてるかどうかでしょ。

日本の戦国大名の戦なんて、ヤンキーの果し合いの延長みたいなもんなんだから。
力比べみたいなもんだよ。
川中島の戦いだって数日で終わってるでしょ。
武田、上杉双方、長期戦の準備をしてなかったから、山に陣取っても水をたたれて兵糧攻めにされなかったんだよ。
いちいち長期の水や食料を用意して喧嘩するヤンキーいないでしょ。

武田だって、兵力と兵糧に余裕があれば、山を包囲して、水を絶つよ。

戦術レベルで争っていた戦国大名(信長や秀吉は除いて)と、戦略レベルで戦っていた魏と蜀では事情が違う。


729 :人間七七四年:2007/10/06(土) 03:55:25 ID:p24r9mz2
age

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