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本能寺の変 = 信長の皇位簒奪計画の阻止

1 :人間七七四年:2007/06/22(金) 07:06:22 ID:wIqm8M7D
信長の究極目標は、天皇の養父すなわち上皇(=治天の君)になることであった。
「治天の君」とは、院政では天皇の上に立つ天下の主権者、まさに日本の国王である。
これは明らかに皇位簒奪であり、天皇家は完全に息の根を止められる。
明智光秀が信長を討った最大の動機は、信長の「皇位簒奪」の野望の阻止であった。
それは朝廷内の反信長勢力からの要請によるものであった。

信長は朝廷から高官を付与されて天下人のお墨付きを得る手法では、
永遠に朝廷の風下に立ち、本物の天下人足り得ないと考えていた。
第二第三の勢力が朝廷を担ぎ出し、織田政権に反逆する可能性があり、
朝廷の存立基盤たる、時の実力者への漁夫の利政策に止めを刺したかったのだ。

朝廷権威を乗り越えなければ、いつか朝廷を利用した勢力がその権威を利用し、
錦の御旗を掲げて織田政権を崩壊させる時が来るとも限らないからだ。

明智光秀は正真正銘の勤王主義者である。織田家にあっては、朝廷との橋渡しをしてくれる重要人物であった。
天正七年(1579)、光秀は丹波を平定したのに伴い、朝廷の御料所を回復している。
朝廷は大いに喜んで勅使を下向させ、官位のない陪臣の光秀に賞詞と下賜品を与えた。
これは異例の事で、光秀は大いに感激し「天下はすべて天皇の土地である」とまで書き残している。
それは信長の「天下布武」路線に抵触する文言である。
何故なら信長は「天下」を「朝廷」より上位においていたからだ。

信長の朝廷圧迫政策が具体的になるのは、天正七年皇太子の誠仁親王父子を二条御所に移した頃からだ。
これは信長の意のままになる「第二朝廷」の誕生だった。しかも信長はその前後、親王の第四子五宮を猶子にしている。
五宮が即位すれば、信長は天皇の養父、すなわち上皇(=治天の君)になれるのだ。

信長が誠仁親王と五宮を利用して皇位簒奪を実現するには、邪魔な正親町天皇を退位させなければならない。
信長は再三譲位を迫ったが、ことごとく正親町帝の拒否に遭っている。

天正十年の武田征伐後朝廷は、官位から離脱していた信長を官位体系に繋ぎ止めようとして、三職推任を下賜した。
関白・太政大臣・征夷大将軍のいずれかへの就任要請である。
ところが信長は、あっさりとそれを拒否し、その直後に毛利征伐の号令が下した。

正親町天皇は即位の際、財政窮迫のために毛利元就の献金によって即位式を行っている。
後ろに毛利が存在する限り、帝の退位は難しい。
天下制覇の総仕上げとの二重の意味で、信長は毛利征伐に乗り出した。
織田と毛利との実力差は明らかで、毛利の命脈は風前の灯だった。
信長は毛利を滅亡させた後、正親町帝に譲位を迫る考えだったのだ。

朝廷は「正親町帝、誠仁親王への譲位を決意」と言って信長を京に誘き出したのではないのか。
同時に光秀にも密かに征夷大将軍の位を賜る事を条件に謀反を決意させたと思われる。
朝廷内の日記には、山崎の合戦で光秀が敗死した六月十三日以後、ヤバい箇所が明らかに書き直され、削除されているからだ。 


2 :人間七七四年:2007/06/22(金) 07:27:57 ID:mhWGAdSU
またか。

3 :人間七七四年:2007/06/22(金) 09:12:11 ID:lJmcstcW
( ´゚ω゚` )

4 :人間七七四年:2007/06/22(金) 14:27:41 ID:WEbuy7r1
嘘はやめようぜ

5 :人間七七四年:2007/06/23(土) 06:34:14 ID:JL+5lcfF
>>1
ですよね〜

6 :人間七七四年:2007/07/04(水) 21:17:14 ID:dJFop5lH
家康と光秀が影で結託して信長を謀殺した、なんて馬鹿げた戯れ言をのたまう阿呆は論外

7 :人間七七四年:2007/07/05(木) 12:59:04 ID:kMdFHOy8
信長が本能寺で横死しなければ織田王朝となり、日本はもっとマシな国になった
かも知れん

8 :人間七七四年:2007/07/05(木) 13:19:32 ID:PiRtvHcI
なぜ本能寺の変の話は、この手のやつが定期的にわいてくるのか?
馬鹿殿スレ、博くんスレに続く大物妄想家によるネタスレの予感。

9 :人間七七四年:2007/07/07(土) 04:58:39 ID:Y6tBx04m
博くんスレはまだあるの?
暫らくレスが無かったと思ったら分からなくなった。

10 :人間七七四年:2007/07/12(木) 23:18:20 ID:lB9aVtmM
>>8
思考停止している自分の腐れ頭をないがしろにして、
他説にケチをつけるしか能のない能無しのチンカス

11 :人間七七四年:2007/07/25(水) 05:26:03 ID:Yjco0Fv2
光秀敗死後の信孝、秀吉の一連の策動から、信長暗殺に朝廷が一枚噛んでいるのは間違いない
それは豊臣政権成立にも関係している

12 :人間七七四年:2007/07/25(水) 06:33:05 ID:NSqNFNmh
 明智のバカが余計な事してくれたお陰で日本の開国が300年も
 遅れた

 ノブならイギリスと争うまでの帝国を築きあげた可能性が有る

 光秀まじイラネ

13 :人間七七四年:2007/08/15(水) 04:21:06 ID:0N8GUSjN
本保守

14 :人間七七四年:2007/09/02(日) 19:23:40 ID:P3Mce0Mb
1にほぼ同感ですね
信長が目指していたのは東アジア全体の王者
つまり東アジアの皇帝だったのではないでしょうか?
したがって1国の王である朝廷から官位や官職を拝命
する事などありえないわけです

一方信忠は官位を返上していないようです
さらには織田家の家督すら信忠に譲っている事を考えると
近い将来自分の子孫には織田幕府を開かせる予定だったようにも思えます

光秀にはそこまでの世界観はなかったので
たとえ恩人の信長でも朝廷から討伐の命令があれば
これを討つしかなかったと考えます

15 :人間七七四年:2007/09/02(日) 20:50:42 ID:5QyLQQ+F
日本の王、世界の王になるょり、大切なのは日本を世界をどう自分の理想につくりかえるかだと思うよ。
天皇なんて張り子の虎信長にしたら、一過程の対応で上皇なぞ、誰かが着てた古い着物さ途中で脱ぎ捨てただろうね。

16 :人間七七四年:2007/09/11(火) 02:55:36 ID:cSTX589x
正式な形で正親町天皇が譲位をして、
その後に治天の君が代わるのであればまず先に上皇になるのはもちろん正親町天皇になる。
ここを無視して無理矢理譲位させるのであれば結局追放して奪うのと大して変わらない。

17 :人間七七四年:2007/09/20(木) 09:38:05 ID:SGKwB49A
旧横山城を改築し福知山城初代城代になったのが確か明智秀光と藤木権兵衛。
藤木権兵衛は丹波衆なのかなあ?本能寺の変、山崎や関が原では活躍したのだろうか。
細川藤孝に仕えていたとも聞いたんだけど?

18 :仙台藩百姓:2007/09/28(金) 04:13:51 ID:B/goxFV/
藤木又左衛門=賀茂の藤木正五位駿河守

藤木弘之

妻木氏、松平氏、保科氏と縁があるのでは?

 ○〈信長公記〉〈甫庵信長記〉に、「妻木」がなくて「下間(下妻)」がある、
  ○〈明智軍記〉は「妻木」も「下間」もあるが、下間関係の表記は「法箸」となったり本名も違ったり
    している、
ということから両者は親類であるのが隠されているという感じがします。
「下妻」という表記は、「下津」の「下」と「妻木」の「妻」と合体させたと考えられます。〈甫庵信長記〉で
「下妻」というのがそうだとすると、「相田権内」に接近する「藤木又左衛門」の「藤木」は
「後藤」の「藤」と、「妻木」の「木」の合成というこが、はっきりしそうです。ここで
    「さすがの間(あいだ)」
も絡んでくると、「下津は間(あいだ=相田)」、「下津間は下妻」」、読み方では「妻木は間木」
つまり、「妻木」は「下間」を語る材料として出してきたといってもよいと思います。
ほかでも両者(土岐と下間)の接近がみられます。 
  元亀元年
  『右手は弓にて中野又兵衛、左は野村越中・・・・・・下間丹後(しもつまたんご)内長末新七郎
   金松又四郎・・・・・爰にて野村越中討死なり。』〈信長公記〉
       
  『野村越中守、金松又四郎・・・・越中守・・・・下間(しもつま)与四郎と云う者・・・・越中守を討つたり
  ける。』〈甫庵信長記〉
  
 があります。野村越中守、金松又四郎、中野又兵衛は、明智光秀、太田和泉を暗示しています。
  本願寺幹部の下間氏と明智氏が親類だということを示すために、またそれを隠すために
       「下間」(しもつま)
という姓を使ったと思われます。というよりも妻木という地名だか苗字だかわからないものを利用して
本来の下間氏に「熙子」を結びつけたと思われます

19 :宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c :2007/09/28(金) 04:34:00 ID:4MVj9KIB
まともすぎる百姓

20 :人間七七四年:2007/09/28(金) 06:56:17 ID:OuwtvT1I
>18

井上力のコピペ?w

21 :人間七七四年:2007/09/28(金) 09:10:53 ID:PTBrZf9T
信長が御所に近い上京を焼打ちしたのも天皇への脅迫とも取れる
譲位促す精神的圧迫。

22 :人間七七四年:2007/09/28(金) 12:46:42 ID:VeDc15hb
>>16
>正式な形で正親町天皇が譲位をして、
 その後に治天の君が代わるのであればまず先に上皇になるのはもちろん正親町天皇になる

正親町天皇を譲位させ、皇太子の誠仁親王が即位しても、信長が上皇(=治天の君)になれるわけではない。
猶子とした五宮が天皇に即位した時こそ、信長の野望が実現するのだ。
その時には、高齢の正親町帝は既にこの世の人ではない。
誠仁親王は正親町帝を追い落とし、五宮を即位させるまでの「繋ぎ」でしかない。
新天皇を自家薬籠にした信長は、朝廷を完全に織田政権内に取り込んで、自己の都合のいいように改変したであろう。

本能寺の変に誠仁親王が関与していたという説もあるが、笑止千万といえる。
信長と誠仁親王の利害は完全に一致しており、誠仁親王は信長という大実力者が背後にいるからこそ、次期天皇の座が確約されているからだ。

23 :人間七七四年:2007/09/28(金) 13:26:50 ID:WyQeOXDP
>>1
重複ですよ。

本能寺の変
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1149962316/


24 :人間七七四年:2007/09/28(金) 16:27:29 ID:5kTdFbo1
安土城の清涼殿は五宮が天皇なった時
招く場所だったように思う
さらに信忠が将軍になれば信長は公武両方の父として
万全の支配体制を築く事ができる

25 :人間七七四年:2007/09/28(金) 17:33:36 ID:w+/B4O03
光秀こそ英雄

26 :人間七七四年:2007/10/01(月) 10:42:47 ID:tG/pi1JW
簒奪と言うか、天皇差し置いて現人神を自称してた革新者信長なら
最終的には朝廷滅亡まで追い詰めると思うが。

神武朝が2000年余りで終焉してたかも知れん。日本を守った光秀は英雄

27 :人間七七四年:2007/10/02(火) 09:07:58 ID:EZxO2e9k
テロリスト信長

28 :人間七七四年:2007/10/02(火) 10:05:27 ID:CLpf1xeg
ちがうね 本能寺の変は光秀の突発的な判断で起こったもの
野望説が一番説得力がある

29 :人間七七四年:2007/10/02(火) 11:15:23 ID:EZxO2e9k
イエスズ会から見た信長

いよいよ傲慢となり、自力を過信し、
その乱行と尊大さゆえに破滅するという極限に達したのである。
彼はもはや、自らを日本の絶対君主と称し、
諸国でそのように処遇されることだけに満足せず、

全身に燃え上がったこの悪魔的傲慢さから、
突如としてナブコドノゾールの無謀さと不遜に出ることを決め、
自らが単に地上の死すべき人間としてでなく、あたかも神的生命を有し、

不滅の主であるかのように万人から礼拝させることを希望した。

そしてこの冒涜的な欲望を実現すべく、
自邸に近く城から離れた円い山の上に一寺を建立することを命じ、
そこに毒々しい野望的意思を書いて掲げた。

30 :人間七七四年:2007/10/02(火) 11:56:06 ID:ZUW9IZ5P
>>12
基督勢力の力と江戸時代のあらゆる発達を舐めてないか

31 :人間七七四年:2007/10/02(火) 20:52:16 ID:O3eYOs0f
>>29
やはり頭の悪い南蛮人どもは、そうゆう観点でしか人を見れないんだろうなぁ

32 :人間七七四年:2007/10/02(火) 22:52:18 ID:dk1eRGFF
佞臣信長の野望
主筋の斯波氏を利用して主家の清洲織田氏を滅ぼし、
織田氏全体の主家の斯波氏を乗っ取り
義昭を利用するために還俗、将軍にして
ついには将軍を追放し、幕府を滅亡させて
台所事情が逼迫した朝廷を献金であやつる。
次に来るのは・・・

33 :人間七七四年:2007/10/02(火) 23:17:35 ID:xZ4acOlO
将軍利用して追放して幕府滅亡させて朝廷をも操る

叩く振りして信長への賞賛か

34 :人間七七四年:2007/10/02(火) 23:50:00 ID:6pwDYco1
毛利攻めが本格化した天正十年のあの時期、
正親町天皇はかなり焦りくっていた事だろう。

毛利が織田によって消滅すれば、信長の天下は成ったも同然だし、
その絶大な権力の下では、自身の即位のスポンサーたる毛利を失った己の発言力は無に帰したに等しい。

正親町天皇としては、待ったなしで信長を消す必要があったし、
それは天正十年のあの時期しかなかったわけだ。

朝廷としては、足利義満以来の皇位簒奪の危機を、その手段は違うが謀略を用いた暗殺で、どうにか乗りきったわけだ。

35 :人間七七四年:2007/10/03(水) 04:55:50 ID:4qBmxuFL
>>28
 一番説得力がないのが野望説だろうに。
 この説の拠り所は、全ての戦国大名が天下を狙っていたという前提なのだが、それが虚構にすぎないのは論を待たない。
 朝倉義景は勿論、上杉謙信、武田信玄、毛利輝元、北条氏政等等、信長以外のどの戦国大名も本気で天下取りなど考えてはいないのである。
 無論、明智光秀も同様であり、秀吉や家康でさえ、信長存命中自らが天下人たろうと試みた事さえない。
 光秀以前に信長に謀反した荒木や松永なども、その動機は己が天下人になるためではなかった。
 光秀が信長の家臣になる前は勿論、なった後も自らが天下の主権者になろうと考えていた形跡など一片とてない。
 彼は信長の家臣として、織田家内での栄達を目指していたにすぎないのである。
 なのに、唐突に何の清算も無しに、自らが天下人になろうだなんて、聡明な光秀が考える筈もない。

 

36 :人間七七四年:2007/10/03(水) 07:15:36 ID:qvZsLzRa
テロリスト信長の国家転覆計画を阻止した光秀は真の英雄

37 :人間七七四年:2007/10/03(水) 07:25:44 ID:Tp3c431U
その聡明な光秀が事前になんの根回しもせず主殺しか
突発的な判断ってのは恐らくそうだろう
にしても裏切った理由が気になるなー。案外しょうもない理由だったりしてな

38 :人間七七四年:2007/10/03(水) 13:17:46 ID:w9Ox8Tbz
>37
信長のストレスでこれ以上禿げたくない

39 :人間七七四年:2007/10/04(木) 09:37:10 ID:+lgPTnPT
石を祭って、「自分の化身だから拝め」
なんて基地外権力者がおぞましいから。

40 :人間七七四年:2007/10/04(木) 09:41:08 ID:9KdxagyG
>>39
天皇崇拝者の光秀にしたら
そこが信長暗殺の発端と考えるのが正しいな。

41 :自由の具現者ごるごるもあ ◆753Z/RLFiY :2007/10/04(木) 17:24:26 ID:RQROyGjN ?2BP(210)
            、             
           ) |  ■■■■■■■■日本政府に告ぐ。■■■■■■■■
         ( ノノ   我々の要求は沖縄県における皇室放送コードの廃止だ。
       , --" - 、  歴史歪曲工作という退廃したイデオロギーに対して沖縄は
スチャ    / 〃.,、   ヽ 爆発寸前のマグマであるから、自由主義革命を執行する。
  ∧、   l ノ ノハヽ、  i   
/⌒ヽ\ i | l'┃ ┃〈リ  ▽琉球の伝統文化を尊重して皇民化政策を廃止する事。
|( ● )| i\从|l、 _ヮ/从   ▽大東亜戦争を誘因したことに対してお詫びする事。
\_ノ ^i |ハ  ∀ \     ▽沖縄県を昇格して名称を琉球府と変更する事。
 |_|,-''iつl/  †/ ̄ ̄ ̄ ̄/  ▽共栄圏を尊重して国立大図書館を建設する事。
  [__|_|/〉 .__/ 魔 法 /__ ▽日米両軍事施設を本土移転する事。
   [ニニ〉\/____/      
        
      


42 :人間七七四年:2007/10/04(木) 18:01:41 ID:TAEDy8ks
ていうか、実際に目的自体は達成出来たんだろうからいいじゃん。

これで信長に逃げられて、自身もやられていたら、何でこんな愚かな
計画を・・・って事になるが。

43 :人間七七四年:2007/10/05(金) 10:07:13 ID:2ucYkDyB
ありえないよ
光秀は変の後、信長の菩提を弔うために親子で出家した細川氏を仲間に引き入れようと必死に手紙を送っているが
その中には「嫡子らを取り立てるため」と動機を説明している
もし錦の御旗になりそうなものがあるのなら、この時点まで隠蔽する理由が無い

44 :人間七七四年:2007/10/05(金) 10:12:48 ID:zE8lXadI
仮に「弾正忠には禁中簒奪の意志があったゆえ誅した」としたためて
信用してくる武将達がどれだけいるのか

45 :人間七七四年:2007/10/05(金) 10:52:23 ID:lRYunP0z
>>44
つまりそれだけ非現実的ってことじゃん>簒奪説

46 :人間七七四年:2007/10/05(金) 11:22:24 ID:CXrmHSJ/
>>45
信長なら簒奪もリアル。

安土城にあるのは「天守」じゃなくて 「天主」
キティ信長の座所 自らが「天の主」のつもり
信長公は 吉日選んで 天正7年5月11日 正式に天主に移座(←信長公記)
(天にまします我らの神よ)・・・神になったつもり。
普通天守になんか住まないよ。
安土城の模写なんか上段は金ぴかで、派手な仏壇の中を見てるよう。

かっての天守や物見櫓的な使われ方、5層は安土城が最初。

バテレン曰く
「そうとうな高台にあったが、建物自体の高さゆえに、
雲を突くかのように何里も離れたところから望見できた」

宝塔のつもりか。

信長は誇大妄想。

47 :人間七七四年:2007/10/05(金) 11:40:24 ID:Chyx0Elf
アホくさ。信長を貶めてるのか逆に過大評価しているのかどっちやらw

48 :人間七七四年:2007/10/05(金) 15:28:14 ID:g7kkm95B
今、酔っぱらって帰って来て歯を磨いたらなんだか
口が生ぬるかったのでペッと吐いたら 血がドロドロと出てきた。
よくみたら歯ブラシじゃなくって T字カミソリだった。
口の中はもちろんの事、歯茎まで勢いよくゴシゴシしてしまった。
ベロより歯茎のほうが悲惨で何カ所もベロンと皮がめくれてしまいました。
生まれてきて一番痛い・・・。血が止まらない・・・。掲示板どころじゃない・・・。
少し横になろう・・・。

49 :人間七七四年:2007/10/05(金) 16:19:37 ID:bh1vkPnD
黒幕は朝廷
動機は朝廷の権威を守る為
実行犯は光秀
光秀の連絡役、監視役は吉田兼見
(兼見は本能寺の茶会も参加していない)
朝廷は秀吉に敗れて形勢悪くなった光秀も暗殺
以後秀吉と二人三脚で国内統一
秀吉が死ぬと家康に鞍替え
江戸幕府が開かれ豊臣家滅亡

50 :人間七七四年:2007/10/05(金) 16:29:39 ID:qdaYkt3j
>>1
まず、丸腰の信長がいる近くで明智が毛利討伐の軍勢を整えたのは
信長の命令であり明智側からすれば偶然の産物である事と
朝廷や細川などの親類にも事後承諾を得ようとして失敗している事から
明智の行動の計画性は絶対にありえない

次に、信長の死後の数年間の各大名の動きは非常に流動的であり
秀吉が中国大返しを成功させて天下統一したのも偶然の産物であり
言い方を変えれば「ラッキー」にすぎない

なのでその珍説はありえない

51 :人間七七四年:2007/10/05(金) 19:55:28 ID:zE8lXadI
「天主」命名や石崇拝強要から
光秀が信長を危険視し始めたのは考えられるだろう
機会あらば排除の機会を伺ってた、と

52 :人間七七四年:2007/10/05(金) 20:03:42 ID:3Ao5hDxr
行動は突発的なものだったかもしれない。
しかし、その裏には朝廷をも利用する信長への不信感。
積もり積もった危機感を感じ取っていたものと想像できる。

53 :人間七七四年:2007/10/05(金) 22:55:15 ID:zA5XsFYd
つうかなんで野望説とか怨みとか朝廷守るためとか一括りにしてんの?
複数の理由が重なって信長を殺すに至ったと考える方が自然だし人間らしいだろ

54 :人間七七四年:2007/10/06(土) 02:56:26 ID:HSVcLQqV
石崇拝っていうのは宗教をからかうための
ギャグの一種でやってたとしか思えないんだけど
「俺を神として崇めろ」ってのもギャグで
無神論者に近い考え方をしてると思うんだが

55 :人間七七四年:2007/10/06(土) 03:01:07 ID:HSVcLQqV
>>53
積年の恨みと現在の不遇と将来への危機感
この3つの動機と
たまたま運良く信長を殺すチャンスがやってきた
という4つで動いちゃったんだろうな
だから信長を殺した後の事はその時点ではまだ何も考えてないし
何の準備も布石もない

56 :人間七七四年:2007/10/06(土) 05:16:53 ID:zbpx3IQH
>>43
>もし錦の御旗になりそうなものがあるのなら、この時点まで隠蔽する理由が無い

朝廷が正式な信長追討令の綸旨を公に発布できるはずもない。
何故なら、その正当な根拠が存在しないからだ。
表面的には、信長は経済的に困窮していた朝廷を全面的に支援してくれた大功労者だ。
それに表立って朝廷が信長に反旗を翻せば、
その昔、後鳥羽上皇が北条義時追討のため挙兵し惨敗した「承久の乱」の二の舞となるにすぎず、それこそ信長の思う壺。
正親町天皇は島流しとなり、朝廷は完全に信長に乗っ取られる。
事は隠密裏に実行されねばならなかったのだ。
足利義満が毒殺されたように。
信長暗殺の実行犯である光秀にしても、帝を殺人教唆の主犯として、世間に公表できるはずもない。


>>50
>明智の行動の計画性は絶対にありえない

そんなの当たり前。
信長を抹殺できる千載一遇の機会が唐突に現出したのだから。
明智の襲撃が可能だったのは信長が入洛したからであり、
そう仕向けたのは、おそらく朝廷。



57 :人間七七四年:2007/10/06(土) 09:10:28 ID:CdBmk+ee
光秀自身がどうしても味方して欲しい人に「子と娘婿のため」と明言しているじゃないか
なんで本人が自白していて、しかもそれ以外の正当性を振り回してるわけでもないのに、アホな陰謀説に執着するわけ?
おまけに某自費出版者のコテが書き込んでたようなののコピペくさいのばっかだしw

58 :人間七七四年:2007/10/06(土) 09:17:03 ID:xvgbyaAw
つ 建前と本音
信長は天皇家に仇成す可能性があったから、と書いて相手に受け入れられるか微妙だろ

59 :人間七七四年:2007/10/06(土) 09:22:22 ID:CdBmk+ee
>>58
お話にもならんな
・信長が簒奪を狙っている(と、少なくとも光秀は思い込んでいた)
・それを宣伝しても信頼されないと思った
という二重の妄想に過ぎない
どれ一つ証明するものが無い

60 :人間七七四年:2007/10/06(土) 10:08:55 ID:8vNce/Tv
>>54
信長はギャク使う玉か?
信長はほんまもんの基地外

何度も接見している第三者の目

「傲慢さと尊大さは非常なもので、
そのため、この不幸にして哀れな人物は
途方もない狂気と盲目に陥り、
自らに優る宇宙の主なる造物主は存在しないと述べ、
中略
彼自身が地上で礼拝されることを望み、
彼、すなわち信長以外に礼拝に価する者は誰もいないと言うに至った。」




61 :人間七七四年:2007/10/06(土) 10:11:16 ID:KShp1ydL
>>60
信長は扮装して民衆と踊ったりしてるお茶目な人ですけどもw
だいたいそれは信長がキリスト教を容認はしても他宗教と同列程度にしかしない、とわかって急速に筆が悪くなった後のフロイス文章にしかない話じゃねぇか

62 :人間七七四年:2007/10/06(土) 10:17:34 ID:8vNce/Tv
牛いうところの「物狂い」を起こす人
晩年の信長は完全に狂人だよ。

63 :人間七七四年:2007/10/06(土) 10:22:15 ID:KShp1ydL
>>62
アホか。それは今で言う狂人という意味じゃねぇよ
例えば冨士の裾野で若手と騎馬で駆け回った様子も「お狂」と表現されている
今で言えばテンション上げたという程度
妄想を補強するためにでっち上げを続けても説得力がさらにマイナスになるだけw

64 :人間七七四年:2007/10/06(土) 10:29:21 ID:8vNce/Tv
自己愛性人格障害
1. 自己の重要性に関する誇大な感覚。自分の業績や才能を誇張する。
2. 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
3. 自分が特別であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人(権威的な機関)にしか理解されない、または関係があるべきだと信じている。
4. 過剰な賞賛を求める。
5. 特権意識、つまり特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。
6. 対人関係で相手を不当に利用する、つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。
7. 共感の欠如。他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
8. しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
9. 尊大で傲慢な行動、または態度。

65 :人間七七四年:2007/10/06(土) 10:50:37 ID:amSg5Dyl
あーあ、お前らが追い詰めるものだから陰謀踊り子さん、コピペに逃げちゃったじゃないか

66 :人間七七四年:2007/10/06(土) 11:34:10 ID:8vNce/Tv
>>61
「我らが知っていることは、その声だけでなく、
その名だけでも万人を戦慄せしめていた人間が、
毛髪といわず骨といわず灰塵に帰さざるものは一つもなくなり、
彼のものとしては地上にならんら残存しなかったことである」

当時の人々にとって信長は恐怖心を抱かせる
キレると上京を放火してる。下手なことは書けないだろ。

フロイスの信長に関する書簡
「安土城にソウ見寺を建立して 
信長の誕生日を聖日に決めて老若男女問わずに参詣することを強要した。
更に、誕生日に参詣すれば、功徳やご利益があると立て札を列挙した。
・ 金持ちは更に金持ちに、長生きできる、病気が治る・・・
信じるものの希望は必ず適う。
信じぬものはこの世でもあの世でも身を滅ぼす
自分(信長)を尊敬し崇拝し続けることが必要だ。」

この書簡は後世の創作ではないことは確か。
フロイス以外の書では認められなかった複数の神仏を集めたソウ見寺
しかし、京都市中からの無数の石仏類の徴発が調査で確認されて、
信長自身が神格化しようとした部分の記述も脚光あびるに至っている。




67 :人間七七四年:2007/10/06(土) 11:41:53 ID:oJq9/rID
自身を神格化なんて謙信や信玄もやっていること
仮託するものが何かが違うだけ
それで簒奪扱いってことは、じゃあ謙信信玄も簒奪予備軍か?
ボコボコにされてるからってねぇァ '`,、'`,、('∀`) '`,、'`,、

68 :人間七七四年:2007/10/06(土) 11:46:36 ID:8vNce/Tv
>>67
誠仁親王父子を二条御所に移した目的は?

69 :人間七七四年:2007/10/06(土) 11:58:06 ID:xXzncFnm
光秀はむしゃくしゃしてやったんだよ
名も無い土民に槍で突かれて今は反省している

70 :人間七七四年:2007/10/06(土) 13:54:03 ID:ZrOn/Dta
>>66
「複数の神仏を集めたソウ見寺」
「京都市中からの無数の石仏類の徴発が調査で確認されて」
この二つがなぜイコールになるのか理解不能なんだが。総見寺がどこにあったかご存知?

しかもフロイスの総見寺参拝の記述って、日記ですらなく本能寺で信長が死んだ後から
描かれた本国への報告書。その間の書簡に記述なし。そもそもフロイス自体、当時は安土
や京大坂どころか畿内にすらいなかった。


71 :人間七七四年:2007/10/06(土) 16:33:21 ID:LoavgqR+
>>70
フロイスが書いたハ見寺はどんな性質か
他の寺院の仏像を徴発

安土城跡に隣接するハ見寺の仏像が寺の構築されたものでなく、
他の寺院にあった仏像を移したものであることが確認されている。
他には見られないフロイスのみの記述。
永禄12年に本国に送った書簡
信長が京都中から無数の石仏類を徴発、石仏を引き倒し、破壊して
二条御所の石垣に転用した。と書かれている。
昭和末期の地下鉄工事の最中、平安女子学院の地下から
石仏、五輪塔、板碑、礎石など大量に出土。
石仏の大半は腹あたりを二つに割られ、記述の二条御所の跡地であること、
書簡の記述が正しかったことが判明した。

反れるが、信長以前に墓や石仏で礎石や石垣に使った記録はあるのかね?
信長以降はあるらしいが。安土城の石段に墓碑が組み込まれてて怖けた。。


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