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魏の名将・良将を語るスレ 其の八

157 :転載:2006/09/14(木) 23:30:18
のち晋の初代皇帝となった司馬炎についてもよく似た話があって、ある勅書のなかで、「わが一族は代々書生の家である」と誇らしげに述べている。
当時の書生とは、現在の言葉でいう学者ということである。
だが、当時、学問は特定の家に代々伝えられるいわゆる家学であり、その家に生まれれば誰でも“書生”であった。
家学は先祖伝来の学問をそのまま子々孫々に伝えるだけであるから、
あらたな発展は基本的に皆無である。そのため後漢末期には学問が硬直化した。
さらには本来個人の学識で決定されるべき学者が世襲の地位になっていたため、
当然のことながら無学無知の“書生”が輩出し、学問自体の水準も低下した。学問どころか、文盲の書生までいたらしい。
後述するが、司馬氏自体がその典型であることが晋朝の歴史のなかで明らかになる。
後漢末に、学問の知的閉塞状態に憤慨した在野の学者が新たな学問的潮流を起こす。
それから半世紀以上を経た司馬炎の時代、すでに世襲の“書生”はその固陋さと知的創造性のなさを阿諛される対象であり、少なくとも尊敬される存在ではなくなっていた。
ところが、この司馬炎の言葉は、我が家はそこいらで独学している人間ではなく、先祖代々の書生の家なのだと自慢しているのである。
今述べた当時の世相を考えると、これがなぜ自慢になるのか理解に苦しむのだが、
学問ではなく、家学という伝統的権威を拠り所に、我が家の由緒正しさを誇るところに、司馬炎の真意はあったらしい。


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