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赤壁〜夷陵まで 呉蜀対立

1 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/01(木) 11:06:47
前スレぽいの
関羽はなぜ荊州を守りきれなかったのか
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1166772708/

蜀の国是 戦略
漢の復興 隆中対 荊州、益州からの同時侵攻

呉の国是 戦略
呉の独立 長江流域制圧による防衛 国土拡大

2 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/01(木) 11:13:24
やっと立ったか乙

3 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/01(木) 11:31:49
劉備と孫権が力を合わせて曹操を滅ぼす方法
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1169188235/

4 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/01(木) 19:10:29
989 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 14:47:09
>>985
劉備の裏切りはあくまで蜀を手に入れるためのもので、呉が害したものではない。
諸葛亮が説いた天下三分が蜀の戦略の根本なのだから、同盟堅持が前提なのは当然の話だが。

>>986
呉トウは反乱は呉が三郡を奪取した際の一局面に過ぎない話だし、
呉トウが逃亡したものの攸県は治めてるようだからそんな所まであげつらってもしょうがないでしょう。


990 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 14:47:57
単に呉とすれば呉>蜀のパワーバランス逆転されるの恐れたんだろ。
それどころかもし許都まで関羽が侵攻、呼応して劉備が長安まで占拠と言う自体になれば
もう呉蜀どころか蜀=魏に匹敵する勢力をつけてしまう事になる。
それを望まぬ呉とそれを怖れた魏の思惑が一致しただけの話であって魯粛の外交とかと
既に切り離して考えるべき問題。

現実的に考えれば城一つ5ヶ月余り落とせない関羽に二国とも過大にビビっただけだが。


5 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/01(木) 19:11:10
991 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 14:52:54
>同盟堅持が前提なのは当然の話。
だから蜀がどう堅持したか聞いてるんですが?
これ出さないと、蜀は呉に攻め込んでもおかしくないぞ。


992 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 14:56:24
>同盟堅持が前提なのは当然の話。

百歩譲ってこれがありだとする。
しかし呉には蜀とも、あるいは魏と組む選択肢の両方がある。
蜀は呉と組む以外には両方敵に回す選択肢しかない(名目上魏と組めないっしょ)
だからそんな前提あったとしても、結局呉も「どうせ組むだろ・・・」と思い込んでいた
蜀の外交政策の根本の錯覚だ、としか言えないのだがね。


993 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 14:59:26
先に言われてた。

「呉も蜀との同盟を維持するはずだ」
「関羽が北上しても悪くて中立のはずだ」
「三国鼎立してる状況で魏を利する行動を取らないはずだ」

要はこれ全て蜀の勘違い&思い上がりに過ぎないんだよな。
蜀、でなく蜀びいきの人間と言った方がここではいいのかも知れないがw


6 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/01(木) 19:11:45
994 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 15:02:44
>>987
>「関羽に対抗する必要がない」
そもそも孫権はこんな事問題にしていない。
呂蒙から提言を受けても、関羽と通じた反乱一つ対処できてない。
むしろ孫権の評価を補強する記述が呂岱伝にある。

>蜀が呉を征服しようとした例を教えてください。
何故、そんなこと答えなければならないの?一応、夷陵。
劉備の目的が入蜀だった時、何故、呉を攻めるという発想にいたるのですか?

>蒙等というのが具体的に誰を指していた
これから先の死者を具体的に挙げられるわけないでしょう。
この時、呂蒙が病気だった記述もないのですよ。この場合、蒙等はあくまで蒙等です。



995 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 15:09:23
長文君は>>904で長沙・桂陽を荊州領の半分くらいって書くほどの無知だから
呉の国是とか理解できないだよ。


996 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 15:09:27
>>989
そりゃ変ですね。
呉書の各伝に反にたいして乱鎮圧し首領を捕らえた記述が散見されますし、
呂岱の方は捕らえ斬罪に処しているのです。
魯粛が反乱に首謀者を捕らえて断罪する形で対処しきれなかったのは明白ですし、
首謀者を捕らえて断罪するのと、首謀者を逃がしてしまうことは、
あげつらうというレベルではないでしょう。


7 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/01(木) 19:13:31
997 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 15:22:40
>>991
呉に攻め入ることしなかったし、荊州割譲の盟約を結んでいたはずだが?

>>992
選択肢だけなら蜀にも存在するよ、やったらどうなるかは話は別だが。
しかし問題は呉も蜀も手を組まないと魏に対抗できないという事、
「どうせ組むだろ・・・」と思い込んでいたのは間違い無いが、
手を組む事をやめた呉の行動は魏を利して、その後両国とも国力差を覆せずに滅亡しましたねと。
蜀と手を組まないでもやっていけると呉も同様に錯覚してるんだよ。

>>994
>呂蒙から提言を受けても、関羽と通じた反乱一つ対処できてない。
呉トウの逃亡を許しただけで反乱一つ対処できない扱いはないでしょう、
攸県は実際に鎮圧してるようだしね。
また「関羽に対抗する必要がない」というのを問題にせずに戦術手腕だけの問題ならば
魯粛の戦略を理解していないって事になる、関羽攻略をしたいだけならば
魯粛にしてみれば関羽対策を考えてる呂蒙を使えば良いだけの話だよ。

>何故、そんなこと答えなければならないの?一応、夷陵。
蜀が率先して呉を攻めるのが有り得ないというのが過ちであるなら答えるのが義務でしょう、
また夷陵は呉の先制攻撃に対する報復ですよ。

>これから先の死者を具体的に挙げられるわけないでしょう。
例を挙げろといってるのではなく、呂蒙が一体具体的に「誰が死ぬかもしれない」と考えていたかという事。


8 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/01(木) 19:15:47
998 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 15:25:10
>>995
彼はわざとそのようにしたんでしょう

>>840で、南部四郡を劉備が自力で攻略したと言い。
>>915で陸遜伝の記事を無視したり。
>>954で原文で蒙等とあるのを、呂蒙一人と解釈。
>>955で趙雲別伝の劉備の征西を無視して入蜀の大分前と曰う。

史料の無視、改竄となんでもあり。


999 名前:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中 投稿日:2007/01/31(水) 15:27:08
>>995
劉備が領有していた荊州領の半分くらいってかいたけど、
何か間違ってる?指摘あったらよろしく。

>>996
首謀者を逃がしても攸県を抑えてれば問題ないでしょ、
単に呂岱は最上の戦果を挙げれて、魯粛は最上ではなかったというだけ。
こんな一局面の戦術をもって、「そんなんじゃ魯粛は関羽に対抗できない」
っていうのはあげつらいでしょう。


9 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/01(木) 23:12:34
いちおつ

10 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 02:06:39
義兄周瑜が命を懸けて取った荊州。
跡を継いだ魯粛がその当時自分の実力では守りきれずやむなく劉備に貸し出す。
215年その劉備が益州を取り、呉も呂蒙などの人材も育ち、
実力を持って荊州を守れるほどになった。
劉備は荊州返却を拒否、しかし魏に対抗するには呉蜀同盟は必須。
呉は周瑜の意思そして国土防衛の為、荊州奪還をする。
劉備の軽率な行動により魏は安定した国家になり三国鼎立という膠着状態になる。

11 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 03:27:58
>>10
荊州貸与ということが既定であるかのように語るのはやめれ
むしろ劉備は「涼州取ったら荊州返す」という事で呉側の領有権を認める譲歩をしてるとも考えられるんだぞ

12 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 04:30:07
>「涼州取ったら荊州返す」という事で呉側の領有権を認める譲歩
仮にあったとしても、襄陽を攻めるのは盟約違反であり
関羽の北伐が成功した場合、南郡返却はその襄陽が飛び地なることで不可能になる

13 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 04:38:35
益州取って返さないものを涼州取れば返却するなど流石に呉は歯牙にも掛けないだろ。
今度こそ返して貰える、とか信じる呉のお偉いさんが居たとしたら魯粛以上のお人よしだわ。

14 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 08:27:01
>>10
周瑜の意思?

15 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 08:51:05
>>13
ここで重要なのは劉備が、荊州は呉の物だと認めちゃった事なんだよね
踏み倒す気があってもなくても、相手の物だと認めてしまった事が政治的に大きな意味を持ったと思う

16 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 08:56:14
>>14
魯粛伝に周瑜が上疏してる。

17 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 09:52:46
>>15
それでも215年(216年?)だったかの和解で荊州の領有問題に関しては決着済み。
だから219年の荊州侵攻に関して215年以前の劉備の「涼州取ったら返す」発言は呉にとっての大義名分にはならない。
呉が第二次荊州侵攻から夷陵まで上手だったことは別にしてね。

18 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 13:51:38
>>17
別に和解なんかしてないだろ。
曹操が劉備を攻めたから停戦しただけで。

19 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 14:23:33
>>15
呉のものだと認めちゃったというか、返す約束をするのは借りた時にするであろう事から、
あの時点で認めたというよりは江陵及び南郡を借り受けたときに結んだ条約じゃなかろうか。
こっからは想像込みの話だが、
借り受けた当時の劉備勢力は呉と比べ弱小なので、江陵と南郡を借りるだけで将来的には南部四郡を利子として
荊州領を返却するという無茶苦茶な条約を結ばされたと。

これを劉備側から見れば当時の荊州の人材が劉備に流れていた事、呉の荊州における領土は少なく、
単独での蜀遠征なんて不可能と判断しており、借りた事に大して恩義を感じていなかったと思う、
なので力関係が対等になれば荊州領を全部返せという呉の論理に従えないもの道理であったろう。
私見ではるが事実南郡+江夏+その他程度しか領有していない呉では荊州防衛さえままなったかは疑問である。
対して孫権側ではわざわざ切り取った地域を劉備に貸し出すことに対する不満が根付いててもおかしくはない、
周瑜という呉の重鎮が切り取った土地+蜀遠征を企画してたり劉備を抑えつける戦略を提唱していたのも大きく、
一部の不満はかなりのものであったろうし、その上で江陵を貸し出したからには劉備が恩義を感じるのも当然という
思いもあったであろうと思う、また蜀遠征では裏をかかれ事にも憤慨している。
こうなれば南部四郡を切り取ったかつての劉備の行動さえねこばばに見えたのかもしれないし、
荊州は蜀が呉に返すべきものであるっていう意識が強くなっても不思議は無い。

総括して考えれば同盟初期の圧迫外交が蜀の反発を生み、また魯粛のとった戦略や劉備の躍進が呉内部の反発を生み、
それが同盟中期の三国鼎立した段階で噴出したと見ると、同盟の初段階で互いの歩み寄りが必要だった気がする。
それでも劉備が当初の荊州三郡譲渡を飲んでいればまた違う形へと進展した期待もあるが。
まあ互いの視点なんてほぼ俺の想像なんでアレな話だが。

20 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 14:31:55
とりあえず、なにが言いたいか良く分からんが
荊南四郡に土地的価値はあまりないぞ?

21 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 14:48:38
>>20
交通の要所という戦略価値ならともかく、
荊州南部は人口が多く四郡合わせれば戸数は約65万、人口は280万人(後漢調べ)
南郡が戸数約16万、人口約75万。
人口=生産力であった当時でみれば土地的価値は高く、
江陵を維持する策源地としては非常に重要な拠点となる場所。
で言いたい事は最後の段落さえ見てくれれば。

22 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 14:57:21
三国時代の人口激減と蛮族の存在をわざと無視してるのかな?

23 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 16:06:51
荊州南部の異民族討伐に名将潘濬・呂岱に五万もの兵を与えて討伐させるほど
荒れていてそれに比べ襄陽・南郡は中原地帯から難を逃れ知識人や名士が移動してきていた。
南郡は人材面、策源地ととても他に比べることができないほどの要所。

24 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 16:25:38
劉備が益州を取った時に孫権が返還を求めたのは数郡だよ
それに対して劉備は涼州取るまで待ってくれたら
荊州全郡を呉に与えるといってる
全郡の返還義務があることを認めた発言じゃなく
涼州を取るまで数郡の借用を認めてくれたら
借用対象じゃない郡も利子代わりに呉に譲りますよってことでしょ

>>18
呉主伝に明確に同盟を結んだことは記されている
呉側にとって停戦程度の認識だったなんて言い訳はきかないよ


25 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 16:49:08
>>22
いいや、だから後漢調べと書いてあるが、
それでも人口減に極端な差が無い限り200万以上の人口差は埋め難い。
南部四郡が他地域と比べて特に荒廃してるとの記述でもないしね。

>>23
異民族が蠢動するのは統治の問題で、生産力の否定にはならんでしょ。
劉備・劉表が治めていた頃には大規模な異民族反乱の話も無いので、
異民族さえ上手く抑えれれば問題ない。
また潘濬・呂岱が討伐したのも武陵の異民族で生産性が低い郡であり、
他郡と同一視できないと思うが?
あと南郡自体の価値は否定してない、ただ南郡だけでは大軍を養う事は出来ないという事。

26 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 16:56:54
三国が同盟結べば良かったのに

27 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 16:57:46
>人口減に極端な差が無い限り200万以上の人口差は埋め難い。
安定期の呉末期に総人口二百万になるほど人口減になってるのですが。


28 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 16:58:13
南部四郡の生産価値はおいといて、呉とすれば江陵を対魏の西方軍事拠点にしたいわけで。
だから生産以前に江陵奪還するまでは納得も満足もしないだろうよ。

29 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:01:11
三国時代末期には荊州人口全体でも5-600万しか戸籍上は存在しないのは無視ですか?

30 :27:2007/02/02(金) 17:02:13
日本語が不自由になったな。
三国の合計が700万。呉の総人口が200万。
後漢から十分の一になるほど減ってます。

31 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:02:45
「與權連和、分荊州江夏・長沙・桂陽東屬、南郡・零陵・武陵西屬、引軍還江州」(先主伝)
「備懼失益州、使使求和。權令諸葛瑾報、更尋盟好、遂分荊州長沙・江夏・桂陽以東屬權、南郡・零陵・武陵以西屬備」(呉主伝)

ともに建安20年の記事な。
劉備と孫権の荊州領有問題は外交上ここで一応の決着を見、以後これが立脚点となる。
建安24年の呉の荊州侵攻は、戦略上の間違いはないが、道義上の理はない。

32 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:04:34
魯粛が死んで周瑜が生きてたら劉備滅んでたかもな

33 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:09:54
道義上か知らんが魏から荊州討伐を命令されているし問題ないのでは?

34 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:13:21
>>27、30
だからそれは総人口であって、人口減の地域差かどうかは分からない問題でしょ。
人口減の極端な差とは例えば南郡が10万減るだけの65万人、一方南部四郡は200万減って80万人しかいない、
そういう状況の事だよ。

>>29
だからそれがどのような分布で減ったかは不明、
しかしながら上で書いた様な極端な人口減差が無い限りは人口差はそう変わらんよ。

35 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:16:50
>>32
その代わりに呉も滅んで魏が一人勝ちしそうだが。

36 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:21:56
>>33
劉備との同盟を一方的に破ってる時点で問題ありだよ。道義の話を持ち出すならね。
荊州の問題は理ではなくて利。
なのに変に理を持ち出すから変になる。

37 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:35:17
同盟自体が魏に対抗するためであるのだから呉が降伏したことで無効なんじゃない。

38 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:44:31
>>37
劉備死後に諸葛亮が孫権と同盟したときも
最初は孫権は魏とも付き合いつつ蜀と同盟しているように
「魏と結んだら蜀との同盟は無効になる」という証明にはならん
本来なら同盟を無効にするなら明確に破棄を宣言しないと

39 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:49:14
>>37
だからそれは孫権側の都合よすぎる建前だろ。
大体、陸遜が陸口に着任した時に関羽に送った手紙の中にも魏を敵国と表現してる。
つまり二枚舌の二股外交をしてるわけで、その良し悪しは別にしても呉に道義があるというのはムリがありすぎる。

40 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 17:52:50
>>39
蜀にも元より道義無しなので道義とか名目飾る議論には無理があるような。

41 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 18:02:50
>>40
最初から道義を持ち出す人がいなければそれでいいんだろうけどね
どういうわけか初期の借用権を振りかざして蜀を責める人ほど
分割後の呉の行動を理より利で片付けて主張しようとする


42 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 18:35:47
>>41
そういうことなんだよね。
別に乱世なんだから自国の強化のために強かな戦略を取ることを別に非難はしない。
ただ、一方の都合の良い箇所だけ取り上げ都合の悪い箇所は無視し、他方を一方的に責めるその姿勢は非難する。

43 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 18:40:34
戦端の口実を与えたのは関羽が湘関の食料を強奪したからじゃないの?

44 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 18:46:51
>>43
「相手が肩をぶつけてきたから、後ろからこっそりついていってナイフで刺し殺してもいい」というお考えの持ち主ならそう思うでしょうね。

45 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 18:59:57
>>42
同意

>>43
口実を与えてしまった上に荊州を失った関羽には
当然責められなければいけない点はあるよ
でもその時すでに荊州を攻める戦略を立て、魏から命まで受けておいて
蜀との同盟破棄を宣言しなかった
呉の2枚舌外交を正当化できるものではない

46 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:01:17
蜀を擁護する人って食料を強奪を肩がぶつかる程度でしかないんだ・・・

47 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:03:49
とはいえ関羽もまったく備えをしてなかったわけでもなく。
また孫呉との仲も一度は破綻寸前までいったわけだし。

48 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:10:52
2枚舌外交だの正当化だの分からんが、劉備の得意な事だよなあ。

49 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:13:00
>>48
曹操も孫権も得意だしね。
梟雄の持ってるべき能力の一つだと思うよ。

50 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:21:04
信義とか二枚舌とか言う人は、劉備が益州騙し取った事はどう説明すんの?
確かに一部の奸臣(劉樟からすれば)の乗っ取り案に便乗しただけと言えばそれまでだが
間違いなくリアルタイムの民衆には同族の信頼を逆手に取った裏切りにしか見えてないはず。

つまり何を言いたいかと言うとこの時代に信義とか道義とか問うのが間違い。

51 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:24:55
>>50
だから劉備も孫権もえらく変わらんと言ってるんだと思うが?

52 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:26:01
>>50
同意
そのことで一度、呉を裏切ってるわけだし。

53 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:26:52
219年荊州の場合は民が呉を選んでるからそこは違う

54 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:28:21
>>53
為政者は誰でも良かったんだろ。
劉備の時も劉備に従っていたし。

55 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:29:36
民衆からすれば戦場にならず一つの主に安定して統治されればどこでも一緒だろうさ

56 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:29:42
呉は最初は交渉で返して貰うようにしたが無理で
二回目は劉備にやられたこと返したことにすぎない。

57 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:32:25
>>56
劉備が呉の隙をついて呉領に侵攻したのか?
いつ?

58 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:33:23
蜀侵攻で呉を騙してるが。

59 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:35:19
>>58
劉璋が助けを求めたから益州に入ってあげたのに……
援助をケチったのでやっちゃいました。テヘッ

60 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:40:22
>>58
建安20年の和約は無視?

61 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:41:02
>>59
呉蜀同盟を強化しようと婚姻打診してあげたのに……
関羽が拒否ったのでやっちゃいました。テヘッ

62 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:42:55
もとが京城でのこと裏切っていることが下地だからね。

63 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:43:55
>>59,61
要約すると
「劉備は孫権を批難できない 孫権も劉備を批難してはいけない」
ということだな。

64 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:45:20
一言付け加えるなら先にやったのは劉備。

65 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:46:54
じゃあ曹丕を裏切った孫権は曹丕に謝らなきゃ!w

66 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:48:06
だな、曹丕は騙されすぎ。

67 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:53:11
食糧強奪ねぇ・・・呉が関羽を攻める準備をしてる最中での降って湧いたような大義名分過ぎて
関羽主導かどうか怪しいと思うんだけどねえ、重大事件の割には呂蒙伝にしか記述が無いし、
んな訳で関羽主導ではない説を唱えたい、要点は以下の3つ。

・湘関の場所は不明だが湘という地域は江陵より南方
・食糧強奪事件は于禁捕縛後(呂蒙伝)
・于禁と捕虜は江陵に護送されている(呉主伝)

まず第一に関羽はハン城で包囲戦中で、わざわざ南方までいって強奪するのはあまりに不自然で、
位置的に捕虜捕縛直後に強奪は不可能であり、捕虜は時期を置かずに江陵へと送られてるので
強奪自体は関羽が直接行った訳ではなさそう。
それよりも実際に捕虜が送られた江陵の方が食糧不足・食糧強奪が起きた現場である可能性が高い。
そして江陵太守の麋芳は内通してる旨の記述が関羽伝・呉録にあったり、城を挙げて降伏したりと内通の疑いが強く、
以上の事から食糧強奪は大義名分を用意したい呉側が、内通していた麋芳にその旨を打診してやらせたやらせ疑惑
であったという陰謀説を唱えてみよう。
まあ関羽からの命令or本当に食糧に困ってやったっつー可能性も普通にあるけど。

68 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:53:40
>>64
そういうこと言うこと事態が荊州問題において意味ないって
散々呉オタも蜀オタも言ってるのになぜわからんのだ?

まあ、実際は信義や道義や義理の部分に両者とも振り回された部分があるから
まったく無視して議論はできないけどな
一方だけがより悪かった理論には意味ないんだよ

69 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 19:58:28
和解したけど、やっぱり納得いかないので約束を破った。
子供の言い分ですな。
乱世なのに約束したのに破るなんてひどいや!!
これもまあ子供の言い分ですな。

70 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 20:00:13
>>58
蜀侵攻で騙してるっても、
元々劉備を参加せないという形の蜀侵攻をやろうとしてた上に、
劉備監禁案まで呉内部で出ていたとあっては共同遠征なんて
「今更何言ってんだこいつ」ってなもんだろう。

まあお互いに初期から権謀を駆使しすぎたね、だから友好関係ガタガタになっていった。

71 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 20:04:30
>お互いに初期から権謀を駆使しすぎた

そうだろうね
結局蜀を排除して呉だけで荊州を支配するという
明確なプランを立てられた呉側に軍配が上がったのが
全てと言ってしまえば全てなんだよね

72 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 20:34:38
いやぁ...軍配が上がったのはどう考えても魏(晋)だろう。
呉蜀の勝ち負け以前に勝ち負けやってる時点で両者ともに
本来の目的と自分達の立場ってものを忘れてる。

73 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 22:45:08
>>56
麋芳が内通していたことで呉録を持ち出しても真偽が疑わしい。
呉録を書いた張勃の父が後出師の表を書いた可能性の人物で内容も
季漢輔臣賛の丸写しに近く呉の行動も内通を前提に動いていない。
>>72
呉の本来の目的を遂行しているよ。

74 :73:2007/02/02(金) 23:15:06
56でなくて>>67でした。
すみません。

75 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 23:38:09
呉の本来の目的って?

76 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/02(金) 23:48:18
割拠だろ
そもそも、統一とか帝位とか狙えるわけないし

77 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 00:02:32
>>73
>呉録を書いた張勃の父が後出師の表を書いた可能性の人物
張勃に直接関係無いじゃん。

>内容も季漢輔臣賛の丸写しに近く
季漢輔臣賛伝では「関羽と仲違いし孫権を招いた」とあるだけで、
呉録での南郡での失火の件とか全然記述内容に違いがあると思うけど。

>行動も内通を前提に動いていない。
内通を前提に動いてないとは?
内通があろうとなかろうか位置的に公安を遡り江陵を突くっていう最短ルート
に違いがでるとは思えないけど。

78 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 00:17:02
たった58年間しか保てなかったのでは割拠に成功してるとも言えないし、
呉が割拠だけが目的ならば帝位を僭称する必要も、あれだけ大規模な侵攻を起こす意味もない。
周瑜や魯粛は明らかに天下を伺う戦略を孫権に説いてるし、呂蒙もまた襄陽への侵攻を望んでいた、
よく言う呉の目的は割拠だというのは単なる負け惜しみに過ぎない。

79 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 00:20:05
機甲師団がいればなぁ。

80 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 01:50:20
東晋みたいに100年近く政権を維持出来てれば割拠に成功したと言えるかな

81 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 01:54:24
>>78
横レスでスマンが
> よく言う呉の目的は割拠だというのは単なる負け惜しみに過ぎない
これはどっちかというと呉を貶める時に使われてると思うぞ。


俺は呉は統一を狙っていたと思うし呂蒙が死ぬまでは巧くいってたと思う。
呉は夷陵を何とかして回避すべきだったんだよ。
呂蒙が生きてればもっと蜀に食い込めたかもしれないし
それが無理でも劉備が警戒して譲歩を引き出せたかもしれない。
そうすれば襄陽を維持できた可能性もあると思う。

82 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 02:44:09
>>81
襄陽を維持できたというのがよくわからんのだが
そもそも呉は襄陽を取ったことがないんじゃないのか?

83 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 03:52:41
>呂蒙が死ぬまでは巧くいってたと思う。
むしろ逆だと思うんだが、呂蒙があそこで死んでくれた方が呉として良い。
益州への侵攻は困難を極めるので失敗する可能性が高い上に、
下手に益州に食い込めば本格的に蜀と争いになるのは必須、
荊州を失って益州も侵攻されれば蜀にとって致命的過ぎて同盟とかいう問題じゃなくなる。
そして劉備と関羽の間柄を考えれば呂蒙は劉備にとっては怨敵にあたるので警戒して
侵攻を止めるというのはなさそうだし、むしろ警戒されて慎重な進軍になり、
陸遜の時のようにポカしてくれなくて戦争が泥沼化しそう。
あと呂蒙が襄陽へと進軍すれば魏との戦争も始まりそうだから、
魏&蜀VS呉とかいう最悪の事態に陥る芽も出てくる。

84 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 04:23:58
>>77
>張勃に直接関係無いじゃん。
張勃は晋将であり、当時の時代で父の影響を全く影響を受けてないとは考えられない。

>季漢輔臣賛
ごめん。なにかと間違えた。

>最短ルート
陸口から隠密に船を使わず公安を攻めると大回りになる。

85 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 05:09:49
>>82
攻め取った訳では無いが関羽の死後に陳邵と言う将軍が襄陽を占拠したらしい。
「らしい」のは曹仁伝に徐晃とともに陳邵を討伐して襄陽に入城した、と言う記述より。

関羽死んでから曹仁没する223年までのどのタイミングの話かは分からないが。

86 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 05:34:54
呉が負けなら蜀と魏も負けでいいな、呉より持たなかったのだから当然だよね?

87 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 08:15:19
自分は関羽の湘関の食料強奪があったと思う。

まず、于禁たち捕虜を江陵に送った兵たちがやれば距離的謎は問題なし。
魯粛伝に関羽が国境付近でごたごたが起こっていてその時期からあった可能性があり。
湘関の場所は不明で湘水と関係あるかは分からない。


88 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 10:28:44
蜀オタはそんなに江陵を鮮やかに取られたのが悔しくて
負け惜しみ言っているだけだし。
呂蒙死後も領土拡大してる事も知らない人達ばっか。

89 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 11:02:50
>>85
呉主伝だと曹操が死ぬと魏の部将梅敷が降ってきたとあるので、これ幸いと陳邵を送ったんじゃないかな?
南陽郡の一部も呉に帰属してきたとあるし。
でも魏と本格的に対決する気はなかったので、曹仁が討伐の任を帯びて南下してくるとあっさり引き上げたってところと推測。

ちなみに時期的には曹丕が魏王に就いた220年春2月から曹丕が曹仁を大将軍に任命した221年夏4月までの間の出来事。

90 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 11:59:05
>>67
まず第一に関羽はハン城で包囲戦中で、わざわざ南方までいって強奪するのはあまりに不自然で、
位置的に捕虜捕縛直後に強奪は不可能であり、捕虜は時期を置かずに江陵へと送られてるので
強奪自体は関羽が直接行った訳ではなさそう。

「関羽が直接行った」かどうか正直どうでもいい。要は関羽軍が奪った。

91 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 12:35:20
南郡攻めの口実を作る為に呉が捏造したという

92 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 12:58:20
>>91
何一つソースがない妄想乙

93 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 14:03:46
孫権が迷ってるところに降って湧いたような話だからなあ
まあ捏造だろうね
狼煙台作ったりして関羽は少なくとも北上の時は呉が攻めてくるのを警戒しているのに
わざわざその口実を与えるようなことをするはずがない

94 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 14:09:13
>>91,93
さすがにそれはムリがありすぎるな。
根拠がない。
荊州侵攻の口実としてとても釣り合うものではないのも事実だと思うが。

95 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 14:14:33
呂蒙がいないと侮って予備兵まで使っちゃう関羽だろ。
呂蒙がいなければ米盗んでも反撃されないとおもったんだろww

96 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 14:15:58
捏造というかハッタリだな。
孫権に決心を促すための。

97 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 14:17:48
>>96
とっくに決心してたろ。

98 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 14:22:44
関羽厨の行動
捏造→ハッタリ→?
次なに〜

99 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 14:23:28
何で蜀側に都合悪い意見だと捏造って来るんだろう・・・?

とりあえずここで議論する人は中立(蜀ファンでも呉ファンでもない)でなければ困るよまず。

100 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 14:38:18
まず蜀びいきは捏造だらけの演義入学で贔屓になっているのになw
信仰のソースが完全捏造なのに他の文献に捏造捏造言える立場だと思っているのかね?

珊瑚事件捏造した朝日があるある叩きをするくらいのお笑いじゃないか。

101 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 15:42:18
中立な奴は三戦板に来ないほうがよい

102 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 15:45:45
何言ってるの?

103 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 16:13:17
マンセー者は各武将スレで思いっきり関羽神とか孔明様とかオナっておけばいいんだよ

104 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 16:23:18
>>103
しかし現実は各武将スレですら電波強すぎる奴はスルーされている悲劇

105 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:18:22
ふむう、呉書の信憑性の議論か。
魏に負けて降伏した戦いを、さも勝ったかのように記述したりしてるな。
呉の史官の記述が基になっているから、鵜呑みにするのは危険だな。

106 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:20:31
関羽軍の食料奪取があろうがなかろうが、呉の行動が変わったわけでもなし。

107 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:25:59
ここも強制IDになれば恐らく蜀ヲタが一人赤IDで喋ってるのがばれるのに・・・

108 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:27:49
関羽厨の行動
捏造→ハッタリ→信憑性→?
次なに〜


109 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:33:57
殺伐としてきたな
これぞ三戦

110 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:37:03
>魏に負けて降伏した戦いを、さも勝ったかのように記述

言うだけ言ってその具体的箇所の提示なし。
まず当人が捏造ハッタリ信憑性なしなのが何より笑えるなw

111 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:38:50
呉書の信憑性の話を持ち出されると呉オタは弱いからな
あとは相手を厨呼ばわりして叩き続けるしかない

112 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:44:02
そうか、呉オタでも呉録、江表伝なんかは信憑性低いのは知ってるし。

113 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:44:05
>>107
むしろ昨日の呉ヲタと思しき人が一人で暴れてる気がする。
荊州に対する呉の行動に一点の非もないことを他者が認めてくれないので、関羽厨を装って自演してる臭いんだがw

114 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:44:11
呉書は別名韋昭演義

115 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:52:39
関羽厨の行動
捏造→ハッタリ→信憑性→韋昭演義→?
次なに〜


116 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:54:36
>>115
関羽軍の食料強奪がなかったら、荊州侵攻はなかったの?

117 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:58:01
強奪がなければ荊州進攻はなかった

118 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 17:59:42
工エエェェ(´д`)ェェエエ工

119 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:03:42
戦い方は変わったんじゃね。
関羽軍は食料切れ起こすわけだし。

120 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:07:37
>>119
関羽の留守を急襲することは前もって図られてるんだから戦い方が変わったとも思えないが……

121 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:10:40
晋は荊州から攻め込んで呉を滅亡させたんだから。
荊州なんか取らないほうがよかったんじゃね?

122 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:17:43
ちょw
それ言うなら、ぶっちゃけ蜀が滅んだら交州に移住すべきだった。

123 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:19:46
蜀は荊州を持っていたから国力、人材を多数死なせたから
荊州なんか取らないほうがよかったんじゃね?

124 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:24:35
難癖の付け合いになってるな
議論すること無いからか?

125 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:25:53
>>124
呉が上手く立ち回ったでFAだから。

126 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:26:04
魏にくれてやればよかったんだよ

127 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:28:39
>>125
なんでそんなに必死なんだ?

128 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:29:53
>呉が上手く立ち回ったでFAだから。
ここで、蜀オタが呉は本来の目的からずれてる、魏が一番得した、
判断を誤ったとループすると。

129 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:38:18
とりあえず蜀ヲタでも呉ヲタでもいいが。
議論スレで議論する時だけはどちらでもなく中立観点で話をしろ。
個人的客観を含むレスは荒らしに同義だ。

130 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:38:40
>>128
違うよ。
少なくとも昨日の主題は「建安24年の呉の荊州侵攻は劉備が荊州を返さなかったせい」と必死に主張してる人がいたから。

131 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:42:15
随分と余裕のない連中の集まるスレだな

132 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:45:55
>劉備が荊州を返さなかったせい
意味が分からん。
返してたら攻める必要もないと思うが?

133 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:50:20
>>132
返さなくちゃならない理由がない。
>>31を読み返してみて。

134 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 18:56:55
31は理由にならんでしょ。
呉は長江流域制圧による防衛が第一前提なんだから。

135 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:02:39
>返さなくちゃならない理由がない。
だから攻めたんだろ、日本語大丈夫か?

136 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:02:56
>>134
> 呉は長江流域制圧による防衛が第一前提なんだから。

それは呉が荊州に侵攻する理由であって、劉備が荊州を放棄しなければならない理由ではないんだが……

137 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:06:30
ほんとに意味が分からん。
呉が攻める理由になんで蜀の事を考えなきゃならんのだ?

138 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:09:57
>>137
返さない劉備に非があるとか言ってるヤツがいるからだろ。

139 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:10:00
同盟結んでいたからだろ

140 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:23:07
貸借契約は単刀赴会までだよ
あれ以降は正式に蜀の領土

141 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:29:07
孫権自身が呉による天下統一を宣言してるのに
何故呉オタは割拠が目的だと吠えてるんだ?

142 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:31:36
>>141
まあ、そこは理想と現実は違うということでw

143 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:36:20
>>84
張勃が晋将である事があの記述に影響を与えるとは思えないが?
呉蜀の争いなど晋にとっては一方を贔屓する意味もなく、父が偽作を作った可能性があるなら
息子の作品も偽作であるというのはあんまり過ぎると思うが。

>陸口から隠密に船を使わず公安を攻めると大回りになる。
全然、陸口から素直に遡れば通り道に公安があるが。

>>87
関羽は包囲中で兵力を送るように各地に指令を出しており、
本来ならば捕虜護送の兵さえ惜しい立場なのに、江陵の行かせた後にさらに
南方へと兵を送るのは考えにくいと思うが。
また魯粛伝の話は大分過去なんでこの場合当て嵌まらないであろうし、
湘関という地名や、蜀が襲えそうな場所といえば国境である湘水付近以外考えにくい。

144 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:39:59
最終目標とそれに伴う第一目標をごっちゃに語られてもしょうがないので
もうすこし、勉強してきて。

145 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:42:46
>南方へと兵を送るのは考えにくいと思うが。
飯も食わずに戦える兵がいるならそうなんじゃね。

146 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:43:01
ちょっと前のレスとだいぶ矛盾してるな

147 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:49:08
その目先の第一目標を達成するために最終目標を見失っては意味ないって事でしょ。

結局孫権の行動は一貫性のある戦略ではなく、短期的な視野での領土拡大が主、
配下の意見を取捨選択したといえば聞こえが良いが、良い所取りをしたいから
孫権は常にグレーゾーンな選択をし、周瑜→魯粛→呂蒙とその時々の有力者の意見に引きずられ過ぎる所がある。
例えば総司令官を分権させるところにその傾向が伺えるな。
それでも孫権の目標は天下統一であり、それを擁護したいから割拠が主目的論が現れる。

148 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:52:00
割拠をしなければ天下も狙えないのになに言ってるんだ?

149 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:54:55
>>147
> それでも孫権の目標は天下統一であり、それを擁護したいから割拠が主目的論が現れる。

部下に発破はかけてるけど、国是とまではしてないんじゃないかな?
まあ公孫淵とかにちょっかいとか出してるから孫権個人の野望としてはあるんだろうけど。

150 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:56:13
>>145
食糧不足の原因は捕虜、そしてその捕虜はすぐに江陵へと送っているのに、関羽本隊が食糧不足を起こす可能性は低い、
元々が北伐へと向っているのに本隊の食糧を捕虜に廻す為に食糧をわざわざ江陵へと送ってやる程の人道主義とも思えんが。

151 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 19:58:44
そろそろ「呉が天下統一するに当たって建安24年の荊州侵攻は正しかったか?」にスレ趣旨を変更するか?

152 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 20:04:34
捕虜を飯も食わせずに移動させるの?
予定が狂ってるのに計画通りに進むとは思わないが。

153 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 20:07:08
>>151

意味がない、統一した晋以外、魏も呉も蜀も正しくないがFAだから。

154 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 20:19:05
>>153
それは暴論。
最終的に成功しなかったからといって過程が全て間違ってるということにはならんだろうに。

155 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/03(土) 22:48:15
もう道義とか建前とか永久ループするのは止めようぜ。
荊州奪還は呉の国是であり、荊州保持は蜀の国是であるから共に譲れなかった。
ここはこれでいいだろ・・・どっちが正しいとかどちらが間違いとかは無いよ。

156 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 00:05:46
>>152
食わさないとは言ってないが、捕虜の飯だったらそんな良い待遇でなくてもいいであろうし、
関羽は水軍を保有しているので船を使えば江陵までは下りなんで労力や時間を短縮出来たであろう事から
関羽軍が危機になるほどの食糧問題になるとは考えにくい。
計画自体も出兵が7月or8月で于禁捕縛が8月、なので一ヶ月程度の対陣であることを考慮すれば
捕虜をとったからといって兵糧不足になるのはおかしい状況。

157 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 01:04:09
>危機になるほどの食糧問題
危機になるほどでなくても問題が起きれば対処するわけだが。

>兵糧不足になるのはおかしい状況。
関羽軍が一度に何ヶ月分も食料を持って行ってないのは関羽伝にも載っているし
江陵へ捕虜を連れて行ったときに食料が持ち出せず呉の食料庫を襲った可能性がある。

158 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 01:06:19
捕虜は穴埋めにでもしてりゃ食料問題は無かっただろうな

159 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 01:08:24
それやったら蜀に降伏する奴がいなくなるぞ。

160 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 01:12:53
>>159
曹操もやってるから無問題
劉備的には関羽が勝手にやったと言えるしな

161 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 01:49:20
>>157
>>157
同盟軍の食糧を奪うという対処は危機的状況以外では発生しにくいでしょ。

一度に持って行かなくても(全力ではないとはいえ)供給を受けていた事実も関羽伝にあり、
もし現地で食糧不足が起きたならば湘まで兵糧を奪いに行くよりは目前の捕虜の問題に直面するので、
すぐに兵糧問題が起きたという事実はありえない。
そして江陵へと連れて行った際に食糧供給を拒否したのならばそれは関羽伝の記述に反し、
軍資供給の拒否となり関羽はすぐさま取って返すだろう、拒否となればそれは職務怠慢では済まず
反逆となってもおかしくないレベルの話で、食糧を拒否されたまま戦争続行は自殺行為であるからね。
(関羽は職務怠慢の問題を先送りしており、急遽罰する必要が無い事が伺える)
またその場合にその間の食糧を呉の食糧庫を襲って賄ったといのも有り得ない、
関羽は10月まで対陣を続けており于禁捕縛の8月から2ヶ月間も食糧供給を拒否された事になるし、
それだけの規模の兵糧を運ぶ兵士や手段を包囲戦の最中どうやって捻出したのかと、まず有り得ない話だ。

162 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 02:12:51
蜀側は同盟国と思ってなかったんでしょ。
停戦程度しか蜀側にはなく同盟なんて重要なことが一方にしか記入されてるとは考えにくい。

>拒否となればそれは職務怠慢では済まず
>反逆となってもおかしくないレベルの話で
関羽伝の麋芳に対して同じこといってんじゃん。

163 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 02:15:55
包囲戦自体が魏の兵力は少なく囲っている間は別働隊が出せてる。

164 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 02:38:30
徐晃が真っ正面から打ち負かすまでは完全に包囲してたんだよな・・


165 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 02:44:53
完全に包囲=全軍で包囲じゃないんだぜ。

166 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 10:42:16
>>162
それは流石にない、陸遜なんかも手紙で同盟相手の勝利を喜ぶという内容の手紙を送ってるのに、
蜀側が同盟国と認識していないとかまずない。

>関羽伝の麋芳に対して同じこといってんじゃん。
「帰ったら処罰するぞ」とは言ったものの、問題を先送りして包囲を続行してるので
麋芳の反逆とまでは捉えてないね、それに関羽伝を基にするならば軍資の供給自体は止まってない。

>>165
対徐晃では5千しか動かせなかった事を考えると包囲に大部分を割いて、
自由に動かせた兵力は少なそうだけどね。

167 :.:2007/02/04(日) 10:50:17
5000?
そんな具体的な数字どっかに乗ってたっけ

168 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 11:23:56
陸遜の手紙って騙すのを前提だから内容にそこまで意味をなさないのでは?
それと、陸遜だからパクッたんじゃないの?

169 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 11:39:05
>>167
徐晃伝に書いてある。

>>168
「貴方が勝利を治めて同盟国の我等も嬉しいです」ってな手紙を受けといっておいて、
自分達が同盟を結んでないと認識できないってのはまず無い。
また陸遜の手紙を受け取った頃には本格的でないにしても徐晃が援軍として来てる時期で、
せっかく友好的な手紙が着てるのに何でわざわざ警戒心を持たせるような事をするかね。


170 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 11:45:51
陸遜を侮ったからでしょ。
いくら、同盟国といえど守備兵まで使うことはありえない。
警戒心を持たせる以前にありえないことをしている。

171 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 12:01:02
>麋芳の反逆とまでは捉えてないね
関羽と雖も外戚である麋芳を処刑ができるはずがない。なにか重大な事件があったとあるべき。

>軍資の供給自体は止まってない。
止まってなくても関羽軍の欲求を充たしてなければ意味がない。

172 :.:2007/02/04(日) 12:24:11
>>169
サンキュ、ホンとだ、歩兵、騎兵合わせて5000だけか、
急だったからこれだけなのか、包囲してるの抜かすと限界でこれだけだったのかどっちだろうねぇ

173 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 12:41:55
>>172
ぎりぎりだったんじゃないか?
城って結構でかいしな
それと城二つも包囲しているのをわすれていないか?


174 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 15:40:30
蜀側としては呉を同盟国と扱っていると同時に当然警戒はしてる。
関羽軍の食料強奪は突発的な事件と思われる。
奪った側としての理論は相手を同盟国と思ってなかったからではなく、同盟なんだからちょっとくらい融通しろよという傲慢さからだと思われる。
呉はその前から荊州侵攻を計画しており、これを機に一気に侵攻した。
こんなところだろうな。

175 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 16:25:34
魏領内での包囲戦を行なっている関羽がどうやって呉領にある食糧庫を襲うんだろう?
中国は広いし一日やそこらで出来る話じゃないぞ。

176 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 16:31:47
>>175
関羽の部下がやったことじゃないか?

俺も信憑性は低いと思うけどな

仮にも同盟国なら食料奪われたら、まずは外交からだとおもうけど

即攻撃だからな

狙ってたとしか思えない

177 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 16:46:29
>>175
関羽は最前線にいるわけだからいちいちそんなことは指示はしない。
食料足りなくなったら呉から貰え、くれなかったら奪えくらいは言ったかもしれんがw

>>176
信憑性云々は論ずるだけムダ。
少なくとも記述がある以上、根拠もなく疑うのはどうか?
結局、それは口実か侵攻の直前にあった出来事に過ぎず、荊州侵攻は前以て練られてる呉の既定路線。

178 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 16:54:14
>>177
信憑性は低いと言ってるだけだ
完全に嘘だと言ってないよ

>仮にも同盟国なら食料奪われたら、まずは外交からだとおもうけど

外交&勧告せずにいきなり攻めている辺りが狙ってたんだと思っている



179 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 16:56:24
俺は兵糧強奪の「実行犯」は士仁とか麋芳だと思う。指示したのは無論関羽で。

関「おい前線の兵糧枯渇しだしたからさっさと輸送してくれ」
麋「そんな事言われても、于禁軍捕虜万余回されてその分で既にカツカツです・・・」
関「じゃあ埋めとけ・・・は俺の名声に傷つくなあ。仕方ない湘関の備蓄米を使おう」
麋「そんな事したら呉にあらぬ言いがかりつけられやしませんかね?」
関「フン、陸遜の若造になら事後『火急なので借りました』とか言えば許してくれるだろ」

180 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 17:02:49
それだとしたら呉が自分のところの兵糧奪った奴の降伏を寛容に認めるとは思えんが

181 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 17:12:33
>>178
そりゃあ、狙ってたんだろ。
前もって練られてるわけだから。

182 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 17:14:25
逆に言えばそれで降伏認めておけば、他の荊州の諸将は確実に下るだろうよ。
士仁が実行犯で許されたとしたら麋芳は安心しきって下ったかも知れんな。

183 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 17:20:19
そもそも兵糧奪ってくると想定してるなら、寛容も何も無いなまず。
寧ろ「俺たち(呉)のために大義名分作ってくれてありがとう」だろうよ。
恐らく境界付近の穀倉庫に奪われて痛いほど数年分貯蓄してるとかでもないだろうし。

184 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 18:05:09
>>183
> そもそも兵糧奪ってくると想定してるなら、寛容も何も無いなまず。

そこまでは想定してないと思うがな。
ちょうど良い口実が出来たくらいの感じで、無ければ無くても構わずゴーくらいの感覚だったといったところじゃね?

185 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 20:51:40
再開

186 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/04(日) 22:27:46
>>179
「じゃあ埋めとけ」
にワロタw
降伏させておいてそれかよw

187 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 00:45:00
>>179
関帝様の不愉快な尊大さと根拠の無い希望的観測で戦略を動かすのがよく表現できててるw

188 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 14:59:04
昨日までの自治スレの議論により、
三戦板は、純粋な三国志及び戦国時代の話題以外は全て禁止、
という現行ローカルルールを遵守することで合意した。
後世の関帝などが話題に出ているこのスレはローカルルールに違反している疑いが濃いので、速やかに三戦板から退場すること。
つ中国英雄板
http://hobby9.2ch.net/chinahero/
つ世界史板
http://academy5.2ch.net/whis/

189 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 15:27:16
さらなる議論を

190 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 15:30:45
>>169
その手の手紙や発言は発する人間の意図や形式的な礼儀その他でハデに修飾されるものじゃないか?言うだけなら只だ。
例えば魏の朝廷の勅使が孫権に対して「お前は(魏の)皇室の補佐役として辺境の地を任され云々〜」と送ったからと言って、
曹丕が「孫権は俺のために呉の地を治めてるんだ!」と本心から思っているわけもなく、また受け取る呉の側の心境も別物だろう。
後年、陳震が呉に赴いて述べた祝賀の言葉と、送った諸葛亮や蜀の群臣の心境や情勢なんかはかなり乖離してる。

「私達は良好な関係の同盟国ですよね〜」なんて手紙が、前線の一将軍から送られてきたからと言って、
関羽の方が「そうだな、俺達同盟国だよな」なんて思うわけでも、実際に両国の関係が良好だった保障にもならない。

魯粛生前でさえ「しばしば疑心暗鬼から国境紛争が起こり、魯粛は毎回友好的な処置をとった」とあるくらいだから、
「陸遜なら魯粛時代と同じことやってもナアナアで済ますだろwなんかビビってるし」と失敬したら
待ってましたとばかりに本格侵攻かもしれん。

191 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 15:41:58
>>171
関羽は処罰をするとは言ったものの処刑とは言ってなく、帰ったらの処分で
問題を先送りしているのでそこまでの重大事件ではないのでしょう、
捕虜の受け入れも行っているし明確な命令違反をしてる訳でもなさそう。
また軍の欲求を満たしていない原因が江陵にあるとするならば
まずそっちを治めるほうが食糧強奪で賄うより楽であるし、
前述したとおり約二ヶ月間も強奪により食糧を補うのは不可能。

192 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 16:15:32
>>190
形式と認識の問題なので、派手な修飾があっても同盟国の勝利を祝うという形式の手紙が来たのだから
呉と蜀は形式上は同盟国であり、手紙を受け取った関羽はその手紙を信じたという事なんで
認識上も呉は同盟国扱いでしょう、関係が良好かどうかはともかくとしてね。

魯粛時代の国境紛争の原因はどちらかは分からない、多分両方だと思うけど。

193 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 16:17:19
まず一つ、支援に関して関羽が満足できる範囲になかった。
二つ、樊城は陥落寸前だった。
三つ、にも拘らず江陵が落ちてから約二ヶ月間も食料が足りている。

194 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 16:36:34
同盟にこだわってる奴って、関羽に都合のいい事しか書いてないな。

195 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 16:38:59
>>193
満足の範囲が不明、食糧問題になる程のであればまず供給を止めている
江陵を治めるであろうし、食糧問題となる捕虜は江陵へと護送済み。
満足でなくても戦争を続行できる範囲の不満足である可能性のほうが高い。

樊城は陥落寸前であっても徐晃が派遣されてきており、樊城・襄陽と抵抗を続けており
包囲網をやめていい訳では無い。

むしろそれこそが最大の疑問だが、仮に食糧問題が起きるほどであれば、
関羽の軍を2ヶ月も養うだけの食糧を強奪程度でどうやって賄うのかと?
湘まで行く兵士と、国境付近で(蜀に警戒してる)呉を何とかしての強奪する方法、
その兵糧を運ぶ労力を考えればあまりに非合理的な食糧調達方法、

196 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 16:40:06
>>194
同盟の意味分かってる?

197 :.:2007/02/05(月) 16:42:52
呉は魏に臣従してたな
そっちは裏切ったところで大して問題ないようだが(w

198 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 16:55:22
別々に答えられてもな。
樊城は陥落寸前であって多少の無理は利く状態。
麋芳の先送りや食料にしても。
関羽は問題が起きてもすぐには行動しないタイプこれは呂蒙伝に書いてある。

だからなんで食料が無くなってからの行動が前提なんだ?
船を使ったんだろ。

199 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 17:07:56
とりあえず食料不足で約二ヶ月、食料が止まってからも約二ヶ月
関羽が食料強奪してないとすると何処から持ってきたのか?

200 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 17:10:24
>>191
まず、その形式としての同盟というのがどの程度の内容・条件のものなのかもわからず、
またそれまでどこまで守られてきたかも定かでない。現に紛争事件は頻発してきたわけで。
当然、関羽に(形式的に)どこまでの制約があり、それをどこまで守るつもりだったかも不明。

>手紙を受け取った関羽はその手紙を信じたという事なんで
とはどういう意味の発言?

関羽は陸遜の手紙を受け取った後の記述といえば、
「その手紙が謙って自らを関羽に託したいとの気持ちがあるのを見て、大いに安心し、呉への警戒を解いた」
関羽はこの時になって「呉と蜀が同盟関係にあるんだ!」と信じて警戒を解いたんだという主張ですか?

そうだとするなら後半の「それまでも認識上も呉は同盟国扱い」にどうして繋がるのかが判らない。
関羽がこの手紙の結果信じたならそれまでは信じていなかったことになる。


それと魯粛の件のこちらの意図が正しく伝わってるか不安なんだが、
「もしそれまでも形式的に同盟関係だったとしても、実際にはしばしば紛争が起こってるくらい形骸化したものじゃないか?」ということ。
「同盟国の食料を奪うなんて〜」という主張(>>166>>169)に関してね。

201 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 17:28:58
呉蜀の同盟問題なんて>>177で終わりだろ。
蜀も呉も同盟を自分に都合のいいように利用した。
関羽は、あるいは主君たる劉備も、結局は認識を誤り荊州を失陥した。
食料強奪なんて瑣末な問題。あろうがなかろうが全体への影響はない。

202 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 18:22:51
いや、食料強奪が在ったかどうかを議論している訳で
同盟問題はそれに対する材料なんだが。

203 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 18:44:37
>>202
呂蒙伝の記述を否定するだけの根拠がない。
関羽は同盟国の呉を格下と思ってるから傍若無人にふるまってもいいと思った。
これで終わりでしょ?

204 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 18:51:06
>>198
だから樊城・襄陽はいまだに包囲中であり、徐晃が援軍として来ている状態であり
劉封等に援軍を求めているように兵数を確保したい状況。
捕虜を護送しつつさらに兵糧を強奪なんて多少じゃない無理だ。
また関羽が>問題が起きてもすぐには行動しないタイプ、というのは具体的にはどれ?
食糧がなくなりそう→じゃあ奪おう、なんていう発想を仮にするならむしろそれには当て嵌まらんけど。

それに食糧が無くなってからの行動を前提にはしていないが。
食糧が無くなるかもしれないという事であればまず江陵を先に何とかするだろうというのは前述したとおり、
船を使うのであってもベン水を下れば湘関までは大分大回りな上に、夏口を経由するのは呉領内を
堂々と進む行為であるし、江陵を経由してもも同じく国境を長々と下っていく上に、江陵を経由するくらいだったら
まず江陵にいって麋芳に文句つけた方が早い。

>>199
江陵からの供給でしょ、軍資の供給を受けていたことは書いてあるし。

しかし今確認したら湘関って零陵郡のちょい北方にあり、湘水の西側なのな。
湘水を境に分割したっていう記述に反してるだがどうなってるんだろうね?

205 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:01:23
>>200
そんな詳しい形式は不明だが、同盟を結ばれていたのは事実なので何か問題が?
荊州分割を見る限り最低限は不可侵同盟くらいの条約はあったと思うけどね。
同盟関係にあっても紛争事件は起きるだろうし、それも収まってるって事は同盟として
破綻していなかったっていう事だろう。

どういう意味って、>「呉と蜀が同盟関係にあるんだ!」
なんてのを手紙を受け取って認識するなんてのはただの馬鹿でしょ、
手紙の内容から蜀と呉の同盟認識は関羽側では「呉は同盟国と」いう認識だったという事さ。
そこに警戒心のあるなしは別にしてね。

だから紛争が起きる=形骸化じゃないでしょ、それは魯粛が治めているのだからむしろ形骸化を
防いだって事になるかと。

206 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:05:43
>>204
> しかし今確認したら湘関って零陵郡のちょい北方にあり、湘水の西側なのな。
> 湘水を境に分割したっていう記述に反してるだがどうなってるんだろうね?

川の流れが変わったとかあるんじゃないか?
それにしても同盟の内容にこだわってる人は何が言いたいんだろうか?

207 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:07:38
蜀の同盟意識って散々世話になった劉璋を裏切るほどだから
呉の食料を強奪しても不思議じゃないね。

208 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:08:02
河の流れなんてそんな一瞬で変わらんだろう・・・。

209 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:12:58
>>208
ああ、今の地図で見てという話じゃないのか。

>>207
兵糧強奪事件が起きる前から同盟国相手に荊州侵攻の手はずを整えていた呉の道徳性は素晴らしいですね(棒読み
っつうかどっちもどっちw

210 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:13:56
>>204
湘関の位置って、なんか史料があったっけ?
調べたいからソースを教えておくれ

211 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:16:13
道徳性なんぞ知らんが同盟国だから奪うはずがないとは言えんよな。

212 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:20:36
魏領で包囲戦の真っ最中の関羽が呉領の食糧庫を襲うなんて不可能じゃね?

213 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:22:29
>>211
そう。
だから関羽も一応警戒もしてた。
しかし、呂蒙が退き後任の陸遜も謙った手紙を送ってくる。
ジャイアン関羽としては当然慢心、守備の兵も最低限残し北上させたところ、気がついたら本拠地に侵攻されちゃった……

214 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:28:02
>>212
ちくまの呉書に載ってる地図が正しいなら、湘関は江陵よりはるか南。
零陵郡・長沙郡・桂陽郡の境目くらいの場所。
仮にその地で食料強奪が行われたとしても、樊城を囲んでる関羽はさすがにあずかり知らぬところだろう。

215 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:31:32
いつ落ちてもおかしくない状態で粘り続けて、呉蜀の全面戦争を引き起こした曹仁の一人勝ちだな。
弱小二国が争っている間に、内紛で揺らいでいた魏はゆっくりと国を固めて、
お仕舞い。

216 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:31:40
>>214
ありがと、確認したよ

217 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:34:48
荊州戦は魏は土地を守り、呉は土地を得、蜀は土地を失ったこれで終了だと思うが。

218 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:46:17
>>215
天下の帰趨が決まっちゃったね。
呉蜀には天下を見据えて大局を語れる人物がいなかったということだな。

219 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:50:47
>>205
論点(というか発言の意図)としては
「当然、関羽に(形式的に)どこまでの制約があり、それをどこまで守るつもりだったかも不明」
を強調してるつもりだったんだが。

「守るつもりのある無しや、実際の行動への影響等の話しとは別に、形式的には同盟関係でしたと言ってるだけ」なら別に文句つけようとも思わない。
そうじゃなくて>>162とかを見るに「同盟を結んでるから危機的状況にでも陥らなければ食料を奪ったりしない」という文脈の議論なんでしょ?
>>192やその他でも、形式云々とは別に「関羽は呉を同盟関係として意識してた」ことを強調してるし。

関羽の手紙云々はそちらが
「同盟国の勝利を祝うという形式の手紙が来た=呉と蜀は形式上は同盟国」
「手紙を受け取った関羽はその手紙を信じた=認識上も呉は同盟国扱い」
という主張をしてるから、その「信じた」ってどういう意味?と突っ込んでるのにバカじゃんと言われても困るんだが。

どうやら>>200のような解釈ではなく、
「手紙の内容から蜀と呉の同盟認識は関羽側では「呉は同盟国と」いう認識だったという事さ。」
らしいが、余計に文意を読み解き難くて困る。
>>192(信じる云々など)と合わせて馬鹿な俺にも判るように教えてくださいませんか?

220 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:55:29
天下の帰趨が決まったのは夷陵の戦いだと思うが。

221 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:56:59
ところで>>205さん、私は「蜀漢地位向上委員会」の同士として貴方の知的なレスは大変勉強になります。
>>219はまるで論理的じゃなく、考慮に値しませんね。

↑こういうレスを付けたとして、
このレスを根拠に「205は「蜀漢地位向上委員会」に属していて、221を同士と認識してる」とは誰も思わないと思うんだが、
なんで陸遜の手紙から「関羽が呉を同盟関係にあるとずっと認識してた」の根拠になると思うのかわからん。

222 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 19:59:02
夷陵の勝敗なんて魏にはどうでもいい話だよ
数年に渡って呉蜀が争っている間に魏が国を固めてしまったことで天下の趨勢は決まった

223 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:03:30
夷陵に魏が関係あるとしたら、劉曄の言に従って呉を攻めとけば良かった。
片方滅ぼせばもう魏の天下は見えてたのに。

224 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:08:30
>>223
それを言ったら、曹操が賈クの言に従って
江陵の保持に努めていたら三国時代すらなかった。

225 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:11:50
ちくまの呉主伝の訳文によると建安十九年の紛争後に同盟友好関係を回復したとあるな

226 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:16:16
>>225
>>31

227 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:16:19
>>223>>224
そんなたらればに意味は無い

228 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:17:40
同盟国だから関羽が強奪するはずがないと言われても益州を簒奪してるのに説得力が足りません。

229 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:18:29
>>228
まだそんなこと言ってるの?

230 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:19:50
呂蒙は死期が迫ってたから最後に大きな仕事がしたいとあせってたんだろうな
死後に蜀魏に攻められて呉が滅んでも俺関係ねーもんって感じだったんだろう

231 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:22:12
益州簒奪は建安二十年の和解前の話だな。


232 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:23:08
肝心の諸葛瑾伝だと「权遣瑾使蜀通好刘备」どうなんだろね。

233 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:33:44
>>228
同意。
蜀に道徳的なものはなく食料強奪しても不思議じゃないね

234 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:36:53
関羽が魏の主力を引き付けてる間に呉が許を攻めてれば天下が取れたのに

235 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:40:03
だって元々曹操が赤壁でボーンヘッドしてなければ三国鼎立とかになってないわけだ。
更に言えば隴を得て蜀を望んでおけばそこでも赤壁の負けを挽回できた。

236 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:41:14
いい加減「道義」「道徳」「信頼」を省いて議論しないかw
どう考えても両者共にそんなもの持ち合わせてないし、そんな淡い期待などしてないだろ。

237 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:44:55
>>234
合肥とかが数千で粘れちゃう堅牢な要塞に仕上がってるもんだから、都までの道のりはかなり遠いな。
ただちょっとしたきっかけで状況が一気にひっくり返ることもあるから、やってみなきゃ分からん部分もあるけどね。

238 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 20:53:29
>>234
空想のしすぎ。
孫権は実際結局合肥を存命中一度も攻略する事ができなかった。
関羽も結局城一つ落とす事ができなかった。

第一三国の人口比考えれば呉蜀組んでもまだ3:7ぐらいの話。
両国共に最大限動員して10万が限界、魏は合肥、エン、長安にその規模を常時召集できる。
何より呉に至っては勝ち戦はほぼ防衛撃退戦で、自分で攻めた勝った戦はほぼ無いし。
10個ぐらいifを重ねないとありえない話だよ。

239 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 23:11:32
>>238
大筋では異論ないし、細かい話しなんだが呉も朱然が攻めた時に敵の迎撃部隊を撃退してるみたいに、野戦ではちょこちょこ勝ち星がある。
ただ、攻めても城を落とせない…

呉で魏の城を奪ったのは周瑜の江陵と呂蒙の皖城くらいかな。
あと微妙だが賀斉もキ春を奪ったっぽい(そこを攻めて太守は生け捕った)が、城を落とした確証はない。

240 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 23:11:41
>>219
だから詳細は不明って返した、ただし同盟である以上は領土は不可侵は確実。
関羽の守る意識は不明だが、前述したとおり手紙を信じて警戒心を解いてる辺りは逆に侵攻する気もないでしょう。

馬鹿ってのはあんたの事じゃなくて、手紙を受け取った時に>「呉と蜀が同盟関係にあるんだ!」
と感じるような関羽の事ね。
>「手紙を受け取った関羽はその手紙を信じた=認識上も呉は同盟国扱い」
ってのは祝辞の手紙を喜んで、警戒心を解いて守備兵を減らしてるのにも関わらず、
関羽が呉を「同盟国と認識していない」ってのはありえないでしょと。

>>221
掲示板ではまたニュアンスが違うけど、そこに俺が221の内容を喜んだという反応を示せば
>「205は「蜀漢地位向上委員会」に属していて、221を同士と認識してる」
という根拠になるだろ、関羽にも陸遜の手紙を受け取ってそれを喜んだという反応がある訳、
「呉は同盟国」と認識してないのに勝利の祝辞を貰って喜び、警戒心を解いて国境付近の警備兵を減らした、
なんていう反応を示すのはおかしいでしょ。

241 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 23:20:24
>>228 233
益州は元々奪い取るための仮の同盟じゃん。
それにそれを言ったら魏に降伏してるくせに〜とか
孫堅・孫策・孫権と騙まし討ちしまくってる呉も人の事いえん。

242 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/05(月) 23:33:10
だから人の事は言えないから「信義」だの「正当性」だのは排除しようってことでは。

243 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 00:19:27
信義なんてのは、統一した後で十分だな。

244 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 00:46:12
>>240
「関羽は祝賀をもらったから同盟関係の強固さを再確認し、万が一の備えも解いた」とあるならその説も判らないでもないんだが、
実際は「その手紙が謙って自らを関羽に託したいとの気持ちがあるのを見て、大いに安心し」たからなんだよね。
つまりそれまでは「攻めてきてもおかしくねー」と疑い、陸遜の態度で「こりゃ大丈夫だわ」と思って考えを改めてる。

この時の関羽を見て
@手紙以前は呉を同盟相手と信じきれていなかったが、この手紙の結果信用できると信じた(信頼の問題)
A呂蒙は油断できないと思っていたが、陸遜にその器量はないと判断した(実力の問題)
みたいな「心境の変化」は読み解けるけど、
「手紙を喜ぶ→それまでも同盟関係と思ってた」みたいな理論が(ずっと説明してくれてるんだろうが)一向にわからない。

関羽が仮に呉と互いに不可侵であると信じてなければ、あの腹を見せた犬のような手紙は喜ばなかったのだろうか?
それとも「お手紙ありがとう。でも僕達別に同盟国じゃないよね、あしからず」とでも送り返すのだろうか?
俺には例え関羽がそれまで呉を同盟関係を守ると信じてなかったとしてもあの手紙を喜ぶように思える。

しかも「手紙を喜ぶ→領土不可侵も守る気だった」とも言えるらしい。
頻発した国境紛争の時はお互い相手の領土には踏み込まないで長距離兵器でも撃ち合ってたんだろうか?
当然どちらかが分を犯さなければ紛争にまでは至らないだろうに。

245 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 00:51:30
>食糧問題になる程のであればまず供給を止めている
>江陵を治めるであろうし

>手紙を信じて警戒心を解いてる辺りは逆に侵攻する気もないでしょう。

ここら辺はあなたの感想だから確証でもなんでもないぞ。

246 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 01:18:46
>>244
>「手紙を喜ぶ→それまでも同盟関係と思ってた」
だからね、手紙の形式はあくまで同盟国からの手紙って形式でしょ、
信頼できるかどうかはともかく形式は同盟国であり、その手の手紙を貰ってるので形式への認識も同じ。
んで認識の問題も貴方が@Aで書いたように警戒心を解いてるのだから信頼できる同盟国だと認識したという事で良いと思うが?

>関羽が仮に呉と互いに不可侵であると信じてなければ、あの腹を見せた犬のような手紙は喜ばなかったのだろうか?
不可侵と信じる信じないじゃなくて、形式は同盟国でありという事実と、認識上も同盟国になったという事。
誰も>がそれまで呉を同盟関係を守ると信じてなかった、でないと主張していない。

>しかも「手紙を喜ぶ→領土不可侵も守る気だった」とも言えるらしい。
そこじゃなくてだね、警戒心を解いて守備兵を減らしてるのに相手を攻め込むってのは有り得ないでしょ、
まさに長距離砲で撃ち合ってるのならともかくね。
国境紛争も頻発したとあるのは魯粛の頃であり、当時は守備兵を減らしても大丈夫な程度の状況だったんだろう。

>>245
まあ確証ではないね、ただ論理的に考えれば当たり前の話だが。

247 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 01:24:02
>論理的に考えれば当たり前の話
これを関羽がしたかどうかで、論理的に考えれば当たり前してない事をしてるし。

248 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 02:39:57
言った傍から信頼信頼言っててワロタw

249 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 03:02:24
同盟をどう捉えるかに
よって意見がわかれているようだな

250 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 05:53:41
でも呉主伝見るとその時期には呉は魏に「降伏」しているよな・・・
『建安22年(217年)都尉の徐詳を曹公の元へ遣わし降伏を申し入れさせた。
曹公は返礼の使者を送り、改めて好を通じ重ねて婚姻関係を固めた』とある。
更に魏略では『曹操が長安から洛陽に帰還した時(219年の漢中失陥後)
孫権は上奏文を奉り、自ら臣と称して〜』とあり、この時驃騎将軍、南昌侯に封じられている。

実際は濡須口の戦いの和議であって形だけの藩国化だったのだろうけど
呉は蜀だけでなく魏ともこの時期確かな外交関係を結んでいた訳で。
濡須のは一種の密約であった可能性もあるが、219年の時点では蜀側に
孫権が曹操に臣下の礼を取った、呉が魏と結んだと情報伝わっているんじゃないの?
これを加味すると219年の呉蜀の外交関係が一層ややこしい事になりそう。

251 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 05:57:22
前スレに居た長文君の呂蒙の被害妄想とか
今居る信頼君は自分が関羽の立場ならこうしただの、
関羽ならこうしたはずだで、感想でしかないよな。

252 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 06:05:15
まあ、そこは二重外交の可能性もあるが
呉なんて魏と組んだ逆賊と思って、呂蒙も居ないし食料奪った後
陸遜からの手紙で非難もされずに謙れて慢心したのかも。

253 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 06:09:31
>>250
確かにそうだ。
二重外交だとしても、同盟者の蜀より(立場上の)盟主である魏の意向が優先されると。
だから信義とか言う理屈はこの意味でも完全に否定していい話だ。

254 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 06:34:11
>>252
俺もそう思う。
219年時点で蜀−呉間に確かな同盟関係が存在しないからこそ
陸遜に代わるまで北上に踏み切れず、候音の反乱などの絶好機も見逃すしかなかった。
呂蒙が病気で陸遜にになると、前任ほどの才覚や危険度はないと関羽は判断。
それでも狼煙台を設置、後方の江陵公安に相応の守備兵を残して北上した。

関羽も蜀本国も魏−呉の和約を認識していただろう。
呉から破棄は無くても実質魏−呉で結ばれたら蜀からすれば敵方に回られたと言う想いでは。
「あの青二才なら動かないだろう」と言う錯覚・油断が命取りになっただけで。

255 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 07:27:29
>>253
先日からのこの議論て呉が信義に背いたことを
否定したいための議論だったの?
当時の呉蜀の同盟に対する認識を議論しているのかと思ってたけど


256 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 07:38:13
>>255
強いて言えば信義の存在の可否議論じゃないの?
俺も呉蜀同盟は明白な破棄は無いが実質霧消していると思う立場だからここ二日見てるだけだったが。

257 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 07:57:45
『司馬宣王・蒋済以為関羽の志を得るは、孫権必ず願わず。人を遣わし権に勧め其の後を躡むべし。
江南を割いて以て権を封ずるを許さば、則ち樊の囲み自ずから解けん。曹公これに従う』

・・・と関羽伝にもあるしな。
孫権の上奏に対して、背後を突かせる条件で驃騎将軍、そして成功後呉王と荊州牧任命。
長江以南、があるから>>85>>89である事後襄陽占拠も「割いて」やったとも取れる。
公然と魏呉間で外交関係(名目上の君臣関係)があった以上、この時期にあったとされる
呉蜀関係(同盟の継続?)も推して知るべしレベルの話だよなあ。

258 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 08:00:48
>>256
呉は悪くないやい。蜀に対して信義も破ってないやい。蜀が一方的に悪いんだ!
ということを一所懸命に主張してるだけだと思うよ。

259 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 08:06:33
>>257
とはいえ呉はその後、表面上は魏に臣従してたが要求に対しては従ってないからね。
魏に対しても蜀に対しても、誠実な態度とは言いかねる。
結局、魏も呉も蜀も自分の都合のいいように振舞ってるだけ。
だからそのような態度を非難されても「それが何か?」で済ませばいいのにね〜

260 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 08:12:42
あとは呉蜀は同盟関係だから関羽が呉に攻め込むはずがないって主張してる人もいるけどな。

261 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 08:19:07
>>260
それは食料強奪の話じゃね?
食料強奪に関しては、関羽が関知してるか否かに関わらず、否定する根拠はないが、食料強奪と呉への侵攻は別の次元の話。
少なくとも北上を始めた段階では呉への侵攻なぞは考えてなかったろうとは言えると思うよ。

262 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 08:20:31
どっちも悪い、どっちも悪くないとしか言いようが無いな。
いい加減「信義」の審議は終わりにしようぜ・・・おお寒。

蜀は呉が魏に(名目だけ)降ってしまい、その時対呉関係をどう認識していたのか。
同盟関係が残っていたとしても、魏呉関係を加えると呉と蜀では捉え方が同じではないはずで。

263 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 08:28:08
>>260
同盟関係どころか、魏呉が結んだ時点で1vs2の状況を蜀は覚悟してそうだが。
だから呉に背後を突かれる怖れのある状況では>>254が言われてるが動けなかった。
呉の総督が陸遜に代わり、恐らく安牌と言う関羽の判断か蜀本国からのゴーサイン。
そうで無ければ関羽なり法正なり孔明の戦略・大局観に疑問符打たざるを得ないわ。

264 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 08:42:40
>>254
> 呉から破棄は無くても実質魏−呉で結ばれたら蜀からすれば敵方に回られたと言う想いでは。

どうだろうね?
魯粛の後任として呂蒙が赴任してきた時も、魏に降伏したあとではあったが関羽との友好関係を表面上ではあるが固めるべく動いてる。
関羽としては不信はあり警戒してるものの魏への降伏は方便であろうと認識していたと言ったところだと思う。

265 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 08:50:40
>警戒してるものの魏への降伏は方便であろうと認識
そうだとしたらつくづく関羽はお目出度いと言うか何と言うか・・・
陸遜舐めきったり兵糧事後貸借(あるいは強奪)したり、究極のポジティブ野郎というのか
都合の良すぎるプラス思考の持ち主と言うか・・・ああ褒めてないな。

266 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 08:52:24
敵国同士だからって諸葛亮と司馬懿や陸抗と羊祜らの例があるし
国とは別に友好を結ぶのは不思議な事じゃないし。

267 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 09:02:22
>>266
その件の人達もきっちり公私は分けて戦場でまみえた仲だしねえ・・・
思うと手紙で友好的に接され「こいつは大丈夫だ」と判断してしまう関羽ってホント・・・

268 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 09:12:42
徐晃との単馬会とか見てもそうだよな何か。
(尤もアレは出典が補伝の蜀記だから信憑性に甚だ疑問があるけども)
その辺りが義侠性から抜けきれてないと言うか、友誼と公務の切り替えが遅い・鈍いと言うか。

269 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 10:56:00
この頃の関羽に義侠性があったかというと謎だけどなあ。
同じ義侠性のある潘濬を疎んじるし黄忠の件では媚び諂う人間を好んでるし。

270 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 12:18:42
>同じ義侠性のある潘濬を疎んじるし黄忠の件では媚び諂う人間を好んでるし。

なんて漫画から得た知識?

271 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 12:35:13
結論としては
目先の荊州に目が眩んだ呉によって魏の優勢が揺るぎないものになってしまった
ということか

272 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 13:43:12
赤壁の戦いの真実
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1165497905/


273 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 13:59:26
>>265
事実方便だったからその認識も仕方ないと思うけど。
呉内部でも関羽討伐は反対者多かったし、荊州奪取に動いてくるのは意外だったんでしょう。

274 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 15:21:01
>>270は潘濬の事を知らないのかな、それとも潘濬が疎まれていたことを知らないのかな
黄忠と位だけは同格でブチ切れたこと知らないのかな?
演義だけでなくて正史を読んだほうがいいよ。

275 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 16:01:00
今度は義侠性ですか……
潘濬の件は不和だったことと義侠性がどうのこうのは関係ない。
黄忠の件に関しても公私の混同をするなと諭されると態度を改めてる。
媚び諂うとか悪意がにじみ出るような書き方しかできないのは何でだろうね?w

まあ関羽がプライドが高く傲慢さを持った人物であったことは間違いないだろうがね。

276 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 16:08:39
潘濬は生粋の儒学者だし、礼儀忠節を重んじるタイプではあるけどヤクザ者的な義侠心とはちょっと違うような…

277 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 16:10:51
関羽がプライドが高く傲慢さを持った人物で義侠性もなかった荒れるからこれで終了。

278 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 16:16:42
再開

279 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 16:18:12
義▼侠
強い者をおさえ、弱い者を助けること。男だて。

280 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 16:41:41
>>274

潘濬伝にも関羽伝にも互いの関係を示す記述は出てこず、
潘濬が関羽への私怨で国を売ったという悪意で書かれた一文の中で、仲が悪かったと書かれてるだけ。
そもそも、義侠心ある奴を疎んじたから義侠心がないとか屁理屈にもなってない。


>黄忠と位だけは同格でブチ切れたこと知らないのかな?

媚び諂う人間を好んでるという理由にはなってない。屁理屈にはなってるけど。

君はまず文章を書く勉強をしたほうがいいよ。

281 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 16:48:15
まあ関羽と潘濬の仲は普通だったんじゃないかな

282 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 16:53:44
蜀志に不和って書いてあるね。

283 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 16:57:17
>>292
その文がどういう意味合いで書かれてるかくらいわかってるくせに

284 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 16:59:02
そんなこと言ったら糜芳や士仁も悪意があって書かれた事になっちゃうじゃないか。

285 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 17:01:34
別にこの二人の仲がどうかなんて荊州問題とは何の関係もないやん
それで何かあったわけじゃないんだから

286 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 17:09:06
>>284
少なくともあの一文に関してはそうだよ

287 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 17:23:55
このスレも末期症状が出てきたな

288 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 17:49:56
>>285
関羽を批判することだけが目的だから。

289 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 17:51:32
>>287
呉も蜀も、もちろん魏も、同盟を自分たちの都合のいいように利用しようとしていたというFAが出てるからね。

290 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 18:31:29
そう言うこと。
究極的には関羽の問題に直結するから全部部下が悪い呉が悪い任命した劉備が悪い、って
関羽当人の資質に傷つかないように蜀ファンが核心部分に迫ると荒らしてうやむやにするだけ。

291 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 18:36:49
少なくても関羽を神格化する人にはこのスレで有益な議論できるはずがないしなー

292 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 18:42:30
わざわざ煽る必要はあるまいに…
潘濬に関しては仲が悪かったのは事実かもしれんが、そこから仕事上問題があったとはどこにも書いてないし、
李漢輔臣賛の「彼等は司令官に恨みをいだき〜中略〜二国の笑いものになった」は明らかに事実と反してる部分がある。
(潘濬は呉で尊敬こそされ、後ろ指さされたことなど無い。

関羽には士大夫と揉める記述が散見できるし、関羽の人物像を語る上でその一つの例にはなり得るが、それだけ。

293 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 22:02:34
なんで潘濬が蜀にとって裏切り者にされてるのだろ?
麋芳・士仁・カク普は城主だったり太守だから責任があるが内政官の彼に
裏切る物と言われる責任はないわけだし。

294 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/06(火) 22:04:22
>>293
黄権は違うのにな。
黄権と違い相手国で実権を持っていたことと、関羽の罪を軽減する意味合いは持っていたかもな。

295 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/07(水) 02:33:56
>>294
黄権の場合、そもそも劉備が責任は黄権にないと判断してるから、
蜀としても公式には裏切り者でないと扱う事にしたんだろう。

296 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/07(水) 02:42:37
魏が一番とくしとるな

297 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/07(水) 04:52:46
魏が一番得したのは夷陵の戦いだよな。
曹操が死んで曹丕が継いで皇帝になった頃はまだ政権が安定してなく
まだ各地で寝返りや反乱があり、梅敷の時に呉が襄陽をから
蜀が長安に行けばまだまだ逆転のチャンスがあったが
呉蜀が争い魏が安定してしまった。

298 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/07(水) 04:54:54
この戦争ため蜀は国力が一気に減りしばらくは呉一国で魏と対立しなければならなかった。

299 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/07(水) 07:49:26
呉蜀以上に守りに徹し国土は増やせず、内部崩壊で滅びた魏がどう得したんだ。

300 :名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中:2007/02/07(水) 07:59:07
>>299
外敵の脅威度が下がった。

301 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 17:46:25
あれで魏は安泰になったな

302 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 17:48:55
そんなこといったら呉も安泰になった

303 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 18:05:04
>>299
夷陵直後になるけど撤退した襄陽を取り戻したから夷陵前よりは戦線押し上げるきっかけにはなったかな。

304 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 18:12:44
>>302
そんなことないだろ

305 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 18:32:49
>>304
夷陵の結果呉の防衛ラインと都合の良いパワーバランスが整ったという意味では外的脅威は下がったと思う。
その直後の魏の三路侵攻に陸遜を投入せずに防ぎきれるくらい、長江の防衛ラインは北からの攻勢に強い。
そして蜀方面を晋に押さえられて瓦解したように上流からの攻勢には弱い。

306 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 18:43:17
>>303
魏が襄陽を取り戻したのは曹丕が帝位についてまもなく。
>>89を参照のこと。

307 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 18:55:49
>>306
なるほど、勘違いしてたかも。失礼しました。

308 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 21:17:16
>蜀方面を晋に押さえられて瓦解したように上流からの攻勢には弱い。
そんなことないだろ。劉備が東征した時もきちんと守りきれてるし
晋が来たときは将も兵もいない状態。
荊州は西陵と江陵で西と北からの防御するわけだし。

309 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 21:45:07
>>308
劉備が東征した時もきちんと守りきれてるしというか、
あそこで対処できたからこそ、陸遜は一躍稀代の名将扱いされたんだと思う。
戦力比はほぼ五分五分の守備側だったにも関わらず。

もちろん夷陵(西陵)が対西対策の重要ポイントだし、他の地点で守るよりずっと守り易いだろうけど、
朱然なんかも同じく大軍を5000で守りきったが評価は当時から陸遜>朱然。
…単純に江陵が特別堅牢という面もあるかも。

西に弱いというより、やはり北からの圧力にすこぶる強いといった方が正確なのかな?

310 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 22:22:57
晋の場合、長江上流からだけで攻めたわけでもないしなあ。
北からも、西からも、南からも圧力かけてる。
そりゃ瓦解もするだろう。あんましいい例じゃないかも。

311 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 23:04:02
陸遜は劉備を撃退しただけで名将になったわけじゃない。
夷陵の戦いを完勝したうえで深追いせず、魏からの三方から攻撃を撃退したからで
蜀と魏の両方を撃退して名将と呼ばれてる。

312 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 23:11:06
攻めても撃退されてるがな。
夷陵以外で大きな戦勝というと石亭くらい?
まあそれでも十分な功だけど。

313 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 23:13:28
>>311
陸遜は魏の三路侵攻の防衛に参加してないよ。
それとは別に、陸遜が一発屋みたいに思わせたならゴメン。そんな意図は無かったよ。

314 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/07(水) 23:21:08
陸遜は魏の防衛戦には参加はしてないかが侵攻をよんで対処してる。

315 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/08(木) 16:19:47
【大耳児】 劉備 【昭烈帝】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1169187384/l50


316 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/08(木) 19:36:32
道義を言い出したら三国全部語るに落ちる。
逆切れして蜀をぶんどった劉備、
手当たり次第に戦争を吹っかけ併合し建国の礎とした孫ファミリー、
あらゆる汚名が霞む帝位簒奪者曹操。

317 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/09(金) 01:13:52
曹操は簒奪してないぞ。

318 :無名武将@お腹せっぷく:2007/02/09(金) 03:56:58
曹操の死後一年以内に息子が簒奪したんだからたいした違いはない。

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